――良いこと? 無暗に物を壊しては駄目よ ――分かってるわ ――良いこと? 絶対に癇癪を起こしては駄目よ ――わ、分かってるわ ――良いこと? 絶対に弾幕ごっことか申し込んでは駄目よ ――わ、分かってるわよぅ…… ――良いこと? お腹パンチとかしちゃ絶対に駄目だからね ――もう! 分かってるわよ! いい加減にして!! ――ふぅ……、分かっているならいいわ ――そ、そうよ。もう、そんなに子供じゃないんだから ――まあ、それは良いとして ――う、うん ――良いこと、フラ――ギャーッ! ――お姉さまの馬鹿ぁーーー!! 結婚というのはかくも不思議なものだと思う。もともと他人だった2人が家族になる。 “一緒になる”とは、良く表現したものだが、まさにその通り。 とは言え『博麗』を名乗れるのは博麗の巫女だけだし、それ以外が博麗を名乗る訳にはいかないので、どちらも元の姓を名乗っているという訳の分からない状況になっているのだけど。 ちなみに、外の戸籍では土樹靈夢になっていた。『霊』の字が違うのは、色々と“謂れ”的なものを回避する為なんだろう。 最初は色々と問題が出てくるような気もしたが、ぶっちゃけ、幻想郷で上の名前を呼ぶ奴なんてほとんどいないので、取り越し苦労ですらなかった。 初めの頃に言っていた住所の問題も、スキマが外と内の博麗神社を繋げてしまったことで解決したし、本当に驚くぐらい問題らしい問題が出ていない。 ちなみに、ヲタクグッズは外の神社に置いてある。最近ではあまり触らなくなってしまったのは、リアルの生活が充実してしまているからだろう。 「ほら、お茶が入ったぞ」 「あら、ありがとう」 だって、嫁さんマジ可愛いし。10人中100人が羨ましがるぐらい可愛いし。 見ろよ世の男子。これだけの美人が目の前でだらけてる姿が毎日見れるとかすごいだろ。 最近は大丈夫だが、最初はニヤニヤを止めるのに必死だった。 「何ニヤけてるのよ」 今でも大丈夫じゃないらしい。テヘッ☆ ああ、町中でイチャつくバカップルの気持ちが今なら分かる。浮かれているのは百も承知だが、 新婚なんてそんなもんだと割り切って生暖かい目で見てくれると嬉しい。テヘッ★ 結婚してから早くも半年、僕たちは、特に問題もなく結婚生活を満喫していた。 具体的にどうこう言えることばはないけど、とにかく幸せだ。 「ふふふふふ」 「……もういいわ。それよりもそこの桶とって」 霊夢に呆れられたようだが、大したことはない。最近は、皆がそんな反応をするから慣れた。 と、言うわけで今日も(休みだけど)嫁さんのために働くとしよう。 「はいはい。えーと、これだな」 「そう、そこにある100均の」 「はいよ」 青いバケツを手に取り霊夢に渡す。スキマが良い顔をしないから外の道具は極力、持って来ないようにしているが、これぐらいなら許してくれるらしい。 まぁ、僕と霊夢しか通れないとは言え、ここと外の神社が襖一枚で繋がっていることに比べれば小事過ぎるんだろうけど。 「それにしても外って便利ね。こんなに軽くて水漏れもしないオケが端金で買えるんだから」 「空を飛ぶ方がよっぽど便利だよ」 そうは言いつつ、霊夢は外への興味はあまりないようで、外の神社に客が来た時や邪魔が入って欲しくない時(僕限定の用事……もとい情事)ぐらいしか出ようとしない。 「それで、何でバケツなんだ?」 お茶を零した形跡は無いんだけど。 すると、霊夢は受け取ったバケツを抱えておもむろに言った。 「ああ、なんかちょっと気持ち悪くてウボロバァァッ!」 「きゃああああああっ!!!」 助けてERINNNNNN!! スキマ曰く、それはそれはなっっさけない叫びだったという。 「おめでとう。2ヶ月ね」 「え?」 突然、脈絡なく言われた言葉にビビる。2ヶ月? 余命……な訳はないな『おめでとう』だし。 おめでとうで体調が悪くなって新婚で2ヶ月となると―― 「え? じゃないわよ。妊娠2ヶ月目。吐いたのは病気じゃなくてただのつわりよ。ちょっと遅いけど誤差範囲内ね。もう一度言うわ。おめでとう、妊娠2ヶ月目よ」 妊娠? つわり? つまり? コロコロと転がるタマゴ、転じてヒヨコ。それを見守るコケコッコ。 妙な想像の中、おんぶ紐で霊夢に背負われる赤ん坊の姿が浮かび上がる。 そう、つまりはそういうことだ。結婚して1年は経っていないけど、そう。そういうことなのだ!! 「いっ」 全身に喜びが駆け巡る。僕はその衝動が赴くままに開放しようと―― 「いよっしゃばああぁぁぁっ!!!!!」 ――したその気勢を塗り潰すようにスキマがスキマから吠えた。 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 ………………………………。 「よくやったわ良也! ヘタレ! ベリーグッドヘタレ! 毎日毎日あれだけやって本当は胤無しなんじゃないかとヒヤヒヤしてた所よ! このヘタレよくやったわドヘタレ! 私は今から宴会の準備――は駄目ね母胎に響いたら事だもの。……とにかく、色々と根回ししてくるから、それまで霊夢は任せたわよヘタレ!」 そのまま、きゃっほー! という喜声を残し、スキマを通り越して胡散臭い未確認生命体になった八雲紫は、固まる僕らを尻目に異空間へと消えて行った。 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 ………………………………。 ………………………………。 ………………………………。 「…………」 「…………」 「…………」 地獄のような沈黙が辺りを支配する。僕も霊夢も鈴仙も、そして、あの永琳さんですら何を言えばいいのか、と迷うぐらい酷い光景だった。 ゆかりん、こうふんしたせいでおはながふくらんでおりますよ? ……最悪の光景だった。 その固定化された空間で、ふらり、と鈴仙がよろける。 「あ、駄目。ついに能力が暴走を起こしたんだわ。狂気を操る兎が狂気に侵されたんじゃいい笑い者ね。あー、ありえない。妖怪の賢者とまで言われる胡散臭いスキマ妖怪がはしゃいで自分を見失うぐらい――ありえてんじゃないわよ! 何なのあれ! ヘタレって何回言うの!? 意味不明過ぎたけど物凄く見たくない光景だったわ! 胡蝶夢丸ナイトメアタイプも真っ青かー!」 そして、ばだーん、とそのまま両手と両膝を床に叩きつける月のJK(じょーしきてきなかんがえのひと)。永い沈黙を破った現実逃避だったが、途中からなんか堪えられなくなったらしい。 レミリアばりのボケ気質なら、言い切れたんだろうけど、そこは気真面目なツッコミ気質の鈴仙。薄幸の美少女の悲しい性だった。 「うどんげも現実逃避するなら最後までしなさい。逆に突き付けられた気分になったじゃないの」 ここで、さらに詰られる辺り、本物だと思います。永琳さん、足でグリグリしないであげて下さいマジで。鈴仙のヘコみっぷりが半端無いです。 でも、今はそんなことを気にしている場合ではない。いや、僕的に気にするほどのことですらない。 今日はめでたい日だ。僕の人生の中で最も良い日だ。今までの全ての苦労が報われたぐらいの気持ちにすらなる。 スキマの奇行ぐらい何のその。わき腹をつま先で抉られて「あふぅんっ!」と言ってる鈴仙すらスルーどころか受け入れるぐらい大きな心を今の僕は持っている。 ――と、言うわけで。 「いよっしゃばああぁぁぁっ!!!!!」 「この空気でよくやり直せるわね! あ、師匠そこマジで駄目です……」 残念ながらそんな空気はスルーだぜきゃっほーぅっ! まさにヘヴン状態!! 「…………はぁ〜、何やってんだか」 ドタンバタンと良也がはしゃぎ、鈴仙がパニクり、永琳が脱力する中、霊夢は腹を撫でながら呆れた声を出した。 自分たちが夫婦と呼ばれるようになって、もうすぐ1年になるのである。 突然、吐いたのには確かに驚いたが、もとより跡継ぎ問題を発端に結婚した夫婦、やることは(恐らく普通以上に)やっているのだから、むしろ遅いぐらいと言っていい。流石、蓬莱人。再精力が半端無い――と言う奴である。 紫もそうだが、良也も鈴仙も、形は違えどはしゃぎ過ぎだ。もっと冷静に――。 (あれ?) だが、そうして溜息を吐いた時、霊夢は自分が腹を撫でていることに気が付いた。 なでりなでり。優しく動く手と腹を見ながら、はて、と霊夢は首を傾げた。その無意識の行動もそうだが、それ以上に、ここに命が宿っているということが不思議に思えた。 (ああ、そうか。私は母親になるのか) ……やはり、不思議だ。そう思うと、未だ膨らんでもいない腹が、急に愛しく思えて来る。 ここに、命が宿っているのだ。 もう1度、霊夢は視線を前にやった。良也が喜んでいる。鈴仙もキリキリ言いながら何処か楽しそうで、永琳の苦笑いはどこか優しげだった。 腹を撫でる。霊夢は幸せというものを、初めて肌で感じたような気がした。 「良かったわね。あなた、もうこんなに愛されてるわよ」 半ば無意識に零れた言葉は、自分でも驚いてしまうぐらい、とても優しい声だった。 「おめでとう霊夢! よくやったヘタレ! 死なすわ!!」 「霊夢さんのおめでたい話と、ヘタレさんが男を見せたと聞いて取材に来ました!」 「霊夢おめでとう! おいヘタレ! 呑もう! めでたいから酒呑もう!!」 「妊婦の前だから控えろよ。おめでとう。霊夢に良……ヘタレ。これはお祝いだぜ」 「ヘタレ先生も霊夢さんもおめでとうございます。これ、安産祈願のおまもりです。良かったらどうぞ」 「ヘタre……っ、じゃなくて良也さんに霊夢。この度はおめでとうございます」 「ヘタレ」 「ヘタレ!」 「何? 僕をヘタレと詰るのが流行ってんのか? いくら温厚な僕でもそろそろ怒る頃だけど、今日は特別に許しちゃうぜきゃっぽー!!」 「落ち着けヘタレ」 それからは、右往左往前後上下と大混乱だった。 具合の悪い霊夢に連日押しかけるもんだから、スキマが切れたり、世話を焼きすぎなスキマに霊夢が切れたり、レミリアが不夜城フィーバーしたりで大変だった。 割と冷静な鈴仙や藍さんを初めとする従者陣が頑張ってくれていたので、問題は起きなかったが、この幻想郷中が浮かれたような状態は、もしかすると結構、危なかったんじゃないかとすら思う。 かくいう僕も、この時ばかりは後で恥ずかしくなるぐらい舞い上がっていた訳だが、この頃はどの人妖も同じぐらいに舞い上がっていて、この話となると、どいつもこいつも照れ笑いすることになる。 特にスキマを筆頭とする霊夢に近い妖怪たちの奇行とも言える舞い上がりっぷりは、時に従者たちが泣くほど面白い状態だったので、そのことで僕がからかわれることはなかった。 当たり前だが、誰だって巨大ブーメランは避けたいのだろう。 その時の事を、とある大妖怪の式であるRさんはこう語る。 「あれが××△(プライバシーの為伏せさせて頂きます)? ご冗談を、あれはただのスキマババァです。断じて私の尊敬し、敬愛している主ではございません。思考回路が完全に孫が出来たお婆ちゃんでした。いくら私でも「私もお婆ちゃんって呼ばれるのかしら? ふふふ、それはちょっと嫌ねぇ……」とかクネクネしながら言われた日には心中を考えましたよ。言わねぇよ。どっから出てきたその話。ぶっちゃけ、自分の式のいない身軽な身ならそのまま決行してましたね。主殺し? 上等だ。それも忠実な従者の役割ですよ。ああ、もう私の癒しはもはや□(プライバシーのry)しかいないのか。□可愛いよ□。ああ、マジ可愛いよ□。ああ□! □!! □えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!!!」 ……突っ込み所は多いけど、まぁ、それぐらい酷かったと思って貰って構わない。 あと、本当に××△(プライバry)がお婆ちゃんと呼ばれる日が来るんだが、それはまた別の話だ。 「………………むぅ」 まぁ、そんな中でも、それが気に入らない子も居たらしいが、そのことを僕が意識することは、最後までなかった。 「詰まんなぁい」 とある日の昼下がり、紅魔館のテラスでは、フランドールがテーブルに顎を乗せ、どこか拗ねた響きのある声を出していた。 そこに、レミリアはいない。彼女はここ最近、かなりの頻度で博麗神社に赴いては色々と迷惑がられている。 もちろん、咲夜も一緒だ。と言うより、平日は良也が家にいないので、誰かしら霊夢の世話をする人間、もとい妖怪が必要ということになり、毎日、誰かしら神社へ寄越すのが暗黙の了解になっているのだ。つまり、レミリアの方がオマケなのである。 「何さ。みんな赤ちゃん赤ちゃんってさ〜」 とは言え、そんな事情は比較的どうでもいい紅魔館のお姫様は、ぶぅ〜、と今日も可愛いらしく膨れている。 「仕方がないですよ。知り合いの子供が生れるのは、珍しいですからね」 その様子に、主と供に館に残っている小悪魔は苦笑を噛みながらも、微笑ましく見守っていた。何のことはない。要するにヤキモチなのだ。 基本的に末っ子の扱いで、皆から何かと目を掛けられているフランドールには、どうも興味が完全に自分から他者へ移っている状況というのに慣れていないのだろう。 とりあえず、赤ちゃん返りを起こす程、彼女は幼くないが、典型的な“お姉ちゃんになるんだから、ちょっとぐらい我慢していなさい”の気分なのは間違いない。とりあえず、その程度の機嫌斜めである。 「咲夜ならともかく、お姉さまが言っても迷惑がられるだけなのにさ」 「あはは……」 これが少し前であれば、憂慮もしたのだろうが、今はもう大丈夫なのだと、小悪魔は知っている。 博麗の巫女や白黒の魔法使いがやって来てから、千日手に陥っていた紅魔館は動き出した。そして、良也が尋ねて来るようになって、不安定だったものを少しずつ、そして目に見える形で安定させていった。 もう、レミリアが地下を見て憂いを浮かべることも、地下室から不安定な泣き声が聞こえてくることもない。 紅魔館は、楽園の一部になったのだ。 小悪魔は思う。人間は変化をもたらす生き物だ。その善悪など自分には分かりはしないが、100年も生きることない人間は、どうしても変わって行かざるを得ない存在だ。 それは、1000年を裕に生きる妖怪には決して得ることの出来ない毒であり、薬なのだろう。 あんな脆弱な者たちに何故、幻想が追われてしまったのか。今なら、その理由が分かる気がした。 「そんなに退屈なのでしたら、着いて行かれたらどうですか?」 そんな益体の無いことを考えながら、小悪魔はフランドールにそう提案した。そうすれば、一挙両得なのに、と。 しかし、それを聞いて彼女はしゅん、と羽根と頭を下げてしまった。 「……私が行ったら怖がるもん」 「もう、力も感情も制御出来るようになりましたし、今更だと思いますけどね」 外出許可が下りたのも、随分と前の話だ。1年や2年程度に“随分”なんて言葉を使うのは妖怪的におかしいけれど、それでも“随分”前なんだろう。そんな気がする。 「……それでも、私が行く理由がないわ」 「そうですか?」 「そうよ」 どうやら、もう意固地になってしまっているらしい。もしかすると、向こうに行って赤ちゃん赤ちゃんと連呼されるのを見るのが嫌なのかもしれない。 確かに、ああいった場で話しに入れないこと程、孤独を感じることは無いだろう。 真の孤独とは親しいはずの人たちの輪に入れないことだと、小悪魔は個人的に思っている。 だからという訳ではないが、何となく、それを恐れる気持ちは分かる。 しかし、小悪魔とて、伊達に七曜の魔女の使い魔をやってはいない。その程度の意固地を解けなくてて何が使い魔か。 難しいことなど何も無い。たった1つの“魔法の言葉”で、フランドールをその気にさせる自身が、彼女にはあった。 「フランドール様なら、良いお姉さんになれると思ったんですけどね」 その“魔法の言葉”に反応して、ピクピクッ、と虹色の羽根が揺れる。 「……お姉さん」 そして、ふむふむと考えるそぶりを見せた後、うふふとフランドールは笑った。 「お姉さんかぁ……」 その満更でもなさそうな様子に、小悪魔は優しく微笑んだのだった。 そして、もう少し経って霊夢のお腹が大きくなって来た頃、博麗神社では彼女のお腹に耳を当てる姉妹が度々、見られるようになった。 「ああ、でも私らもそんな年齢かよ。霊夢が子供産むとか、もう私の想像の埒外だぜ。……あ、蹴った」 妊娠発覚騒動から早くも数ヶ月、元から細いせいもあって霊夢のお腹もだいぶ目立ってきた頃、お腹に耳を当てていた魔理沙がそんなことを言った。 傍若無人を絵に描いたようなこいつでも、幼馴染の妊娠には色々と思うことがあるのだろう。 「そう言うなら、あなたもそろそろ魔法使いになることを考えたらどうかしら?」 今日は珍しいことにアリスも来ている。何となく魔理沙に連れて来られたような雰囲気だったが、手縫いのマタニティグッズをどっさり持ってきた辺り、来るタイミングを逃していただけだろう。 いや、魔理沙も最近、足が鈍っていたから一緒に作っていたとか材料調達をしていたとか、そういう理由もあるかも知れない。 何だかんだと言いながら相性が良い奴らである。 「魔法使いなぁ……。私も考えないわけじゃないんだけどさあ……」 「今のご時勢、歳を取ってからするもんじゃないわよ?」 うーんうーんと魔理沙が唸る。どうも、こいつは人間の魔法使いっていうのが気に入ってるようで、その手の話にはあまり乗り気じゃない。 ただ、アリスの言うとおり、若い容姿を残すのとある程度、歳を取ってから成るでは色々と違ってくるのは確かだ。 知り合いに少女妖怪が多いから、なおさらだろう。その辺は魔理沙も分かっているようで、少し考えがぐらついているようだ。 「確かに、成ったは成ったで誰かみたいにババァババァって言われ続けるのは嫌だしな」 そう言って魔理沙は横を見やる。…………おい。 「何で私の方を見て言うのかしら?」 おい、魔理沙。やめてくれ。命知らずにも程があるだろ。いや、お前は大丈夫だろうけど僕の命のことも考えて下さい。 あと、スキマがそう言われるのは見た目じゃなくて長く生きた雰囲気って言うか―― ――ギロリ いやいや、そんなことを言うのは例外中の例外のあの馬鹿ヲタどもぐらいなもんですので僕は一切そういうことはおもっておりませんのでどうか頭の中を除く(誤字にあらず)のはご遠慮下さいーーー!!! 魔理沙の馬鹿野郎! 何で僕がとばっちり受けてるんだよ!! 頼むから何かフォローしてくれ―― 「いやいや、わかってるよ。お婆ちゃんって言われるのはちょっと嫌なんだろ?」 「ブフォッ!」 吹いた。口に何も含んでないのに吹いた。いやいや、いやいやいやいや。 「そ、その話をどこで……っ」 スキマが割りとマジで動揺してる。確かに珍しくてざまぁみろ何だけど、僕の心臓も死にそうなので、楽しんでる余裕なんかない。もう生きた心地がしなかった。 つーか、その話の発生源って……。 「自分の式は大切に扱ってやれよ」 「……ええ、今夜にでも修理しておくわ」 藍さんにげてー! 修理されちゃうー!! 「それはそうと良也。もう名前は決めてんのか?」 と、ここで僕に話題が振られた。話題が変わるのは良いけど非常にありがたくないぞ……っ! 「あ、ああ、名前。名前……ね」 ああ、でも話題を変えておかないと地獄へ直行か。今の霊夢の前で無茶は絶対にしないだろうけど、ギスギスフィーリングは勘弁願いたい。藍さんのことは残念だった。 しかし、名前……ね。とりあえず、僕が今考えているのは―― 「男の子なら霊也、女の子なら良夢か霊奈にしようかなと」 ちょっと安易って思われるかもしれないけど、両親に因んだ名前と言うのは王道で良いと思う。 最近では突飛な名前も増えてきたけど、自分の子供にそれを付けたいかとなると、答えはノーだ。 幻想郷だからってそこぐらいは常識に縛られているべきだと思う。 ……うん、我ながら浮かれてない良い名前だと思―― 「センスねぇな」 「センスないわね」 「センスに欠けるわ」 「そんなに駄目だしされるほど駄目!?」 魔法使いsとスキマから多いに駄目だしされた。……つーか、センスって。名前にセンスは関係――あるけど、あからさまに『格好良い!』っていう感じのDQNネームはマズイだろ! 僕と霊夢の子供なら名前負けすることも無いだろうけどさぁ! そういうのは子供の名前に入れるべきではないと言うか! 「霊夢は良いと思うよな!?」 僕はそう言って、いつもの改造巫女服ではなく、スキマが持ってきたちょっと楽そうな着物を着た霊夢に縋る。 だが、彼女はやっぱりクールだった。 「私は嫌よ、そんな安易な名前」 「な、何だとぅ!?」 ブルータスお前もか! 「だって安易じゃない。名前の由来とか聞かれないぐらい安易よ」 そして、そこでショックで打ちひしがれる僕にスキマが追い討ちを掛ける。 「“也”が出てくるのは何となく予想してたけど、そこまでストレートだと引くわ」 「だ、代々、受け継がれてきた“也”の字を馬鹿にするなよ!」 「ヘタレの遺伝子ね。どの道、男は産まれないと思うから女の子の名前だけでいいわ。さっきのはなしで」 へ、ヘタレの遺伝子……っ! 想像を絶する暴言を吐いて来やがったこのスキマ! でも、爺ちゃんのアレを見てると否定できない……く、悔しい! 「お、女の子の字だって……」 「良夢は聞くまでもないし、その“奈”だって母系の字じゃない。字面も悪いし、却下よ却下」 苦も無く撃沈。あー、もう反論する気も起きません。完敗です。 その前に何でスキマがそのことを知ってるんだよ。……いや、うちの家族の名前は知ってるんだから、別に不思議でもなんでもないんだけどさ。 まぁ、霊也、良夢辺りで繋がりに気付くのは当然か……。でも遺伝子って……。ヘタレの遺伝子って……。 「まあ、いいけどね。とりあえず、これをあげるわ」 ガーンガーンと凹む僕に、スキマはポイとスキマから何かを投げて寄越した。姓名判断や命名に関係する本だ。 あー、読めと。 「とりあえず、あと半年は時間があるんだからそれまでに考えておきなさい。それぐらいあれば良い案も浮かぶわ」 どうやら、自分から何か案を出すことはしないらしい。親になるんだから名前ぐらい決めろって所か。 しかし、あれ以外の名前……ねぇ? 「つー訳で、今日のロングホームルームは産まれてくる先生の子供の名前を考えよう」 他に相談出来る奴がいないのか? と言われそうだが、両親に相談した所、モロに被ったので、既に当てには出来ないし、妖怪たちも結構、微妙な感じだった。 今のところ、紅魔館のおぜうさまのおっしゃった『紅音(あかね)』、酔いどれ鬼が意外過ぎる達筆で書いた『粋(すい)』、不良天人の押す『地子(ちこ)』、魔法の森の盗人が半分以上ふざけて言った『魔亜若(まーにゃ)』などがあるが、センスはともかくどいつもこいつも自分に関係のある字を入れたがるから困る。 正直、最初の2つは結構、引かれるものがあったけど、前記の問題により却下。ぶっちゃけ、それなら僕の言った名前のほうが両親に因んでいるだけマシだと思う。 あと、魔理沙にこれを自分の子供に付けるか? と聞いたら「私は自分の字を入れたりはしないね」とか言われた。あいつの皮肉のセンスだけは時々ぶっ飛ばしたい。 とは言え、自分1人で考えても良い考えが浮かぶ気がしなかったので、ふいに予定の開いたLHRで言ってみた訳だ。 三人寄らば文殊の知恵と言うし、こいつらその10倍はいるんだから、ちょっとぐらいは役に立つだろう。だと言うのに―― 「もげろ」 「もげろ」 「もげろ」 ……全くコイツラと来たらほんとに人の話を聞かない。女子は笑っているが、男子の視線なんてもうアレである。 「嫉妬は良くないな」 ……もうね、パルパルオーラがすごい。嫉妬妖怪も嫉妬する嫉妬っぷりだ。 餓えた獣か貴様らは。僕は満腹だけど。 「もういい、もぐ」 「もっげーれ↑」 「いいから早く、も(↑)げ(↓)て(↑)」 隣からもベキィッ! とチョークの折れる音がした。今年も委員長の少年H君(あだ名)である。 「先生……」 相変わらず幽鬼のような凄みを漂わせるのが得意な男だった。今度の進路相談では遊園地の就職を勧めてみようと思う。 「……それで、良い名前が出たら採用するんですか?」 そんだけ溜めて今更な質問だな。そんな事は考えなくても分かるだろ。 「お前な、自分の子供にお前の名前は自分の教え子がホームルームで適当に決めたんだよとか言える訳ないだろ」 「よし、その喧嘩買った」 腰を落としてレスリングスタイルを取る少年H(読みが似ている)。 「ハハハっ! 嫉妬に狂ったパンピーに今の僕が負けるか!」 残念ながらここ数年で僕の体裁きは、高宮関係の事件での荒事やらなんちゃって魔女やらの影響で体術と呼べるレベルになっている。 もう、そこいらの素人に負けるほど弱くは―― 「残念だが俺も買う!」 「じゃあ、俺も!」 「俺たちも買う!!」 「俺がガンダムだ!」 「ヒャッハァ!!」 だが、そこで参戦する男子男子男子に男子。いや、 「ちょっ、ちょっと待――」 いや、先生、パンピーだから。いくら不老不死とは言え魔法無しで千切っては投げの無双は無理っていうか―― 「押せ押せ!」 「倒せ倒せ!」 「もげもげ!」 「俺たちがガンダムだ!」 「ヒャッハァーッ!」 「ちょっ、おまっ! って、アーッ!」 ……男の嫉妬恐るべし。 と、まあ、そんな感じでのらりくらりと考えてきた訳なんだけど―― 「……で、決まってないのね。とっくに臨月に入ったこの時期に」 「す、すいましぇえん」 鈴仙の呆れた言葉が突き刺さる。そう、季節はもう冬。そろそろ雪が降りそうだなという頃、霊夢の妊娠が発覚してから早半年が経とうとしていると言うのに、名前はまだ決まっていなかった。 現在、在胎週数38週目。本当は永遠亭に入院しておく方が良いんだろうけど、「次代の博麗の巫女なのだから当然、神社で産まれるべき」というスキマや永琳さんの言により、自宅出産と相成った。 それに伴って、ここ数週間は万全を期して鈴仙(ついでに何故か魔理沙。何となくだが、萃香もその辺で漂ってるっぽい)が寝泊りをしている。 ちょっと幻想郷を通して過保護な気もするけど、鈴仙が「万が一にも妊婦に害があってはならない」と魔眼封じの眼鏡をして来た時点で突っ込むのは諦めた。 見ただけで危険があるのは分かるけど魔眼封じって……。しかも、眼鏡……。うーむ。 「…………」 「な、何よ」 何故か胸元を抱えて後ずさられた。失礼だ。失礼兎だ。 「……いや、何でも」 似合ってる、とか言ったらまた変な誤解をされそうだからやめとこう。しかし、眼鏡越しの視線がこうも可愛らしく感じられるのはレアだよなぁ……。 そんなしみじみした感想をどう取ったのかは知らないが、『また変なこと考えてるわね。でも、まさか魔理沙や霊夢のいる前でハレンチなことはしないだろうから大丈夫でしょう』なんて視線が返って来た。 ……ああ、顔に書いてあるってこういうことか。確かに分かり易い。 ふむ、と納得した僕に再度、鈴仙の視線が呆れたものになり、とうとう溜息を吐いた。鈴仙の癖に失礼な。 「言っておくけどね。本当にいつ産まれてもおかしくないんだからね。」 気を取り直して言われたのは、それはもう酸っぱくなるほど聞いた言葉だった。 これは、先週辺りに今日明日、遅くても3週間以内には産まれると永琳さんからお墨付きを頂いている。 僕もいよいよやばいとは思っているのだ。だけど、 「いくつかは良い案があったんだよ。でもなぁ……」 そう、なかった訳ではないのだ。人妖交えて色々な意見を出し合ったこともある。LHRで意見を出しまくったこともある。徹夜で本を読んだりもした。その中でいくつかは『これだ!』と思うようなものもあったのだ。 しかし、それは全て、ある人物に阻まれている。 「ああ、だって霊夢が……なぁ」 2人で振り向く。 「…………何よ。私が悪いっていうの?」 「いや、そういう訳じゃないんだけどな」 うんうんと魔理沙も頷く。そう、僕らの考えた名前は、悉く霊夢に寄って阻まれていた。 「そういうなら、別に私に聞かなくても良いじゃない。私は特別変な名前じゃなければ構わないわよ」 「そう言われてもなぁ……」 つーか、それなら別に良夢でも良いじゃねぇかよ。嫌だってハッキリ言ったじゃねぇか。あれか? よっぽど変な名前だとでも言いたいのか? ヘタレの遺伝子は受け継いじゃ駄目ってか? ……まぁ、それは置いておいて、ご覧の通り、霊夢が突然やる気になって「最高の名前を考えましょう!」とか言っている訳ではない。むしろ、他の案を推し通そうと思えば出来ただろう。 しかし、である。 「お前に『ピンと来ないわね』なんて言われたら採用なんか出来るはずないぜ」 「あ〜、それで決まらないのね」 鈴仙も思わず納得する。そうなのだ。必殺『どうもピンと来ないわね』。それを“あの”霊夢に言われて、怖気づかない訳がない。 勘自体が一種の能力であると言っても過言ではないこいつの『ピンと来ない』ほど怖ろしいものはない。霊夢にお伺いを立てない何てもっての他だ。 むしろ、少々、変な名前でも霊夢のお墨付きさえあればそれに決定しても良いと思っているのは、たぶん僕だけじゃない。 「それって、あのスキマ妖怪とか白玉楼の主人の考えたのも却下されてるの?」 良い所を突いてくるな。確かに、あの辺の知識人なら誰しも納得するような教養高い名前を考えてくれることだろう。 しかし、そうは問屋が卸さないのだ。 「何か頭の良さそうな奴らはのらりくらりだよ。何でも、影響力のある人物がするには事が大きすぎるって言われてさ。あんまり大妖怪に頼るなって。スキマでさえ聞くたびに本を投げてくるぐらいだから、問題あるんだろうなぁ……」 「あ〜、確かに。でも、本って?」 「ああ、そこがあいつの妥協点なんじゃないかな? かなり高そうな本も混じってる。まぁ、そうでなくてもいつの間にか本棚に入ってるんだけど」 おかげで、1冊も買ってないのにいつの間にか本棚が名付け本でいっぱいだ。まぁ、この頃のスキマのことを考えると、変な本どころか、かなり良い本が揃っているんだろう。 これが終わったら実家にでも送って、いつか玲於奈に使って貰うか。いや、本よりも因習を優先して貰いたいかも知れない。 僕の方から土樹家を継げる子は出ないから、也とか菜とかヘタレの遺伝子はそっちで受け継いでいってくれ。 僕は1人で“也”の歴史に思いを馳せてみる。ふ〜む、そういえばいつか見せてもらった家系図は“也”ばっかりだったなぁ。 「良也さん」 ……まあ、何代も続いているとは言え、本当に何となく続いているだけなので、変な謂れとかそういうのは“也”に含まれてないんだけどな。 「良也さん」 「あ、ごめん。ちょっと考え事……を?」 ふと、霊夢を見ると普段からは想像も出来ないような切羽詰った顔に、油汗をびっしりと浮かべていた。 「たぶん、……来たわ」 ……………………来たって何…………ガ…………って! 「え、ええええ永琳さんを呼べぇ!」 「来たわ」 「ギャー!!」 え、ちょ! おま!? 何で!? 「今日のような気がしたのよ」 もう何でもいいや! 便利だから何でもいいや! 何でもいいので霊夢をお願いします! 「霊夢、呼吸は教えた通りよ。まずはそれだけ考えなさい。うどんげはここでいいから布団を持ってきて霊夢を楽な姿勢に。私は今のうちに分娩台の用意をしておくわ。黒白はこの間、教えた通りの段取りで。八雲紫、いるなら手伝いなさい。言っておくけど、今日ばかりは私の指示に従って貰うわよ」 「はい!」 「わ、わかった!」 「……仕方が無いわね」 もう何が何やらで声も出ない程テンパっている僕に、永琳さんは分かっているとばかりに頷くと、堂々と指示を飛ばし始めた。 もうかなりあれでアレなんだけど、もうスキマに突っ込む余裕すら無い。 えーと、えーと、とりあえず! 「ぼ、僕は!?」 「障子を閉めなさい」 OK! 任されました!! ……………………あれー? ちなみに、僕も最近になって知った話なのだが、出産と言うのは初産の場合、陣痛が始まってから平均10〜15時間と意外に長い。 それは子供が約半日もかけて出てくるという訳ではなく、出るための準備にそれだけの時間がかかるということらしい。頭が出ると、すぐだそうだ。 陣痛が始まったのが昼過ぎだから、産まれるのは日付が変わる頃になるだろう。現在の時刻が8時。ただ待つには少し、時間が多い。 「はぁ〜…………」 そして、僕は何をしているかというと、何分か置きに聞こえる霊夢の苦しそうな声を聞きながら、隣室の隅っこでそわそわしまくっていた。 ちなみに、何で霊夢の隣ではないかと言うと、僕があんまり不安そうにそわそわするので、妊婦の精神的に良くないと判断されてしまったからだった。凹む。 現在、霊夢の隣にはスキマが陣取っていおり、魔理沙はスキマと一緒に永琳さんの指示の元、霊夢の身の回りの世話を甲斐甲斐しく焼いている。 「なあ、鈴仙」 「何よ」 と言う訳で、今の僕の話し相手は何やら色々と器具のチェックをしている鈴仙だ。準備自体はとっくに終わっているようなので、どちらかというと時間潰しの意味合いが強いかもしれない。 「魔理沙って何であんなにテキパキしてるんだ?」 「あなたが名前でうんうん唸ってる間に、いざって時の為に勉強しに来てたのよ」 …………おー、マジか。いつのまに。そういえば一時期、足が鈍ったことがあったような気がする。 「あの子って、ああ見えて意外に気が回るわよね」 うん、それは良く知ってる。割と迷惑な奴なんだけど、どうしてか本気で嫌だと思うことはないんだよな。どうしても憎めない奴というか。 それに、あいつは霊夢の一番の友達だ。幼馴染の間柄というのもあるだろうけど、あの平等を具現化したような奴が、良くも悪くも他の奴より気安い態度を取っているのは、貴重だと思う。 それで今回は幼馴染を心配してお産のノウハウを習いに行ってた訳か。しっかりしてるなぁ……。 「誰かと違って」 「一言余計だと思います」 やめて、凹むから。 「………………」 「………………」 …………凹んだついでに話題がなくなった。全く無いということも無いけど、この状況でお気楽な話ができるほど、僕は空気の読めない男ではない。 「………………」 「………………」 ……でも、沈黙が痛い。鈴仙は黙々と作業……というか点検をしているから良いだろうけど、手持ち無沙汰の僕はそれに耐えないといけない訳で。 「………………」 「………なぁ、鈴――」 「鈴仙! 来なさい!! 出始めたわ!!」 ―――――――――――!!!!! 「えぇ!?」 「分かりました!!」 い、いきなり過ぎる―――って言うかまだ8時だぞ! 「鈴仙! 鈴仙!!」 「何よ!!」 テンパった僕が行こうとする鈴仙の腕を掴んで引き止める。 「早くない!?」 「早くないわよ! 子供が出始めてるんだったら予定時間ぐらいでしょ!」 いやいやいや、2時間以上もあるじゃんか!! 「でも頭が出てからは早いって……!」 「頭が出るまでが長いのよ!! まず離しなさい!」 ………………あー! そりゃ当然か!! 勘違いしてた! 名前の方を重視してそちは少し疎かだった! 「と、ととととりあえず僕に何か出来ることは――でっ!」 言い切る前にバッと鈴仙が僕の腕を振り払い、そのまま胸倉を掴んで、ガツンと額同士が衝突するまで引き寄せられた。 「五月蝿い黙れ邪魔するな! 産まれたら呼ぶから外で待ってろ!!」 眉間の皺に鼻まで寄せた般若の顔。あまりの剣幕に一瞬どころか、思考どころか混乱まで吹き飛ばされ、冷静になった頭が自分の行動を詰る。 ……おい、何引き止めてんだ僕。 「鈴仙何やってるの!」 「今行きます!!」 鈴仙が去った後、残された僕は無力感と自己嫌悪に涙目になるのだった。 あれから、隣の部屋でじっと待っているのが居た堪れなくなった僕は、せめて神頼みだけでもと賽銭箱の前に来ていた。 さっさと財布ごと投げ込んで手を合わせれば良いんだろうけど、この大事な時にネガティブな気分で願い事をしたくないって言うか何というか。 あー、マジで何やってんだ僕。テンパるのはもう仕方が無いと開き直っても邪魔してちゃ意味ないじゃないか。 そんな致命的な失敗じゃないかも知れないけど今、頑張ってる魔理沙やスキマと比べるとどうしても情けなさ過ぎる……。 「おー、良也じゃないか。何をやってるんだそんな所で」 そんな風にウジウジ考えていた僕に、暗がりの向こうから声がかけられた。 その声がした方を見てみれば、何やらピョコン角が生えている。 「全く、これからめでたい日になるっていうのに何て不景気な面してるんだい」 そう言ってそれじゃ酒も不味くなると手を振るのは、案の定と言うか酔いどれ鬼の萃香だった。 いつものように図々しく、マイペースな雰囲気で、そこに立っている。 うん、立っているんだけどさぁ……。 「お前こそ何やってんだよ。そんな隅っこで」 いつもなら賽銭箱やら鳥居の上に座って酒を呑んでいるような萃香が今日は何故か木の後ろにこそこそ隠れるようにこちらを伺っているのだ。雰囲気以外は物凄く遠慮がちである。 あと、それ霊夢が可愛がって(?)いる林檎の木だから、悪さをすると怒られるぞ。食べ物の恨みは怖いからな。羊羹の端っことか。 「何と言うか、その……ね」 珍しく歯切れも悪い。そして、さらに珍しく、ひょこひょこ近づいてくるシルエットに瓢箪が無い。こいつはこいつで、色々と気を使ってくれているようだ。 そんな遠慮がちな萃香は、「あー」とか「うー」とかレミリアみたいに唸りながら、最終的に俯いてボソリと呟いた。 「子供が産まれる時に鬼がいるっていうのは、何かこう…………不吉じゃん」 「…………いや、気を使いすぎだろ」 遠慮がち所か遠慮しすぎだった。まさか自虐ネタが来るとは思っていなかっただけに、かなり面食らってしまった。 ここ最近は気配だけで、全く姿を見せなかったのはそのせいらしい。 確かに分からなくもないけど、そこまで気を使われると逆にこっちが気を使うって言うか。 そもそも、今更過ぎるんじゃないか? 「永琳さんや鈴仙はともかく、スキマも居るしさ」 妖怪の賢者って言うぐらいなんだから妖怪代表みたいなもんだろ。 ネームバリューは鬼の方がありそうだけど、縁起の悪さで引けを取るとは思えん。 「良いんだよ。あいつは厳密には妖怪じゃないから」 「妖怪じゃなかったら何なんだ?」 そう思うんだけど、どうやら萃香に言わせれば違うらしい。やけに力強く首を振られてしまった。 「本当に“どうしようもないから”妖怪に分類されてるのさ。あれのあり方は本来、もっと破滅的で壊滅的で致命的なモノのはずなんだよ」 「お前、友達に向かって散々な言い方するな……」 確かに最近は(キャラ的に)致命的で壊滅的だったけどさ。 「“本来”って言ったろ? それを乗り越えて頑張ってるから私はあいつの友達をやってるんだよ」 「深くは聞かないでおくよ」 えらい墓穴掘りそうだし。長く生きてる分、それはそれは深い穴だろうから。 「そうしとくのが良い。お前も千年ぐらい歳を食ったら嫌でも分かるようになるさ」 「千年後なんてあんまり考えたくもないけどね。僕は今を生きるだけで精一杯だよ」 そう、精一杯過ぎて、その今でさえままならない……。あ〜、ままならねえ。 「うぼぁ〜」 「情けない声を出すんじゃないよ」 頭を抱え込んで溜息を吐く。そうは言っても父親になるって時にこんな情けない状況っていうか状態になってるのはいささか頂けないと思うんですよ。 ヘタレはもう開き直るにしても、最低限のプライドくらいは残しておきたいと言うか。 「大丈夫だよ。あんたは確かにヘタレだけどやる時はやれる奴さ。並の男じゃ、霊夢と結婚なんてさせて貰えないって」 「そうかなぁ……」 「そうだよ。人格に能力、それを認めさせるだけの人脈。まぁ、比較的無害ってのも条件だけどね」 ……それはまぁ。そうでしょうとも。 「とにかく元気出しな。出迎えは笑顔でして貰うのが一番さ」 「そうだな。暗い顔して祝うのは失礼だもんな」 ぐっ、と気合を入れて顔を上げる。そして、上げた向こう側にぴょこぴょこ揺れる蝙蝠羽を見た。 「……あれってレミリアじゃね?」 「何やってるんだろうねぇ……」 鳥居の辺りでコソコソキョロキョロしているのは、紅魔館のおぜうさま。萃香と違って表情まで挙動不審です。 とりあえず、こちらをチラチラ気にするような素振りを見せているので、手招きした。テテテ、と小走りで来る様が似合いすぎていてカリスマブレイクだった。 「何やってんの? あんな所で」 「だって……」 『だって……』って、今日はずいぶん可愛らしいな。何かしょげてるし。 いつもならガンたれんな、とか言われるぐらいまじまじと見てるんだけど、不愉快な様子すらみせない。 そして、そんな僕を他所にレミリアは何だかブルーな感じで言った。 「悪魔が立ち会った出産なんて…………縁起が悪いじゃない」 「…………」 「…………」 萃香の顔もブルーになった。僕もブルーがぶり返した。 ……お前もかよ。お前らどんだけ気にするんだよ。普段の図々しさはどこへやった。 「…………」 「…………」 「…………」 沈黙が痛い。何というか、暗い。レミリアなんかこのまま見た目相応にしくしく泣き出しそうだ。 萃香もまさか、酔ってないと喋れないタイプでしたとか言うオチはないだろうな? ……ありえそうで怖い。 「ん?」 もう、何かどうしようもなくなった感じがした時、僕の頬に冷たいものが触れた。 雨か? と思ったが、空を仰げば白いものがちらちらと降っていた。 「あら?」 「あー、雪だ」 年増ロリたちもブルーさを和らげて空を見上げた。 積もるような降り方ではないけど、その分、まばらで綺麗な雪だった。 「良い日ね。こんな日に産まれるなんてロマンチックだわ」 「ああ、良い日だ。産まれ来る子供への祝福には相応しいじゃないか」 幻想郷からの祝福というには、こじ付け臭いけど、その言葉を信じても罰は当たらないだろう。 「良也」 ふいに、レミリアが僕の名前を呼んだ。 「霊夢と、その子供のことでなら、私に頼ることを無条件で許すわ」 「え?」 驚いてレミリアを見るが、彼女は僕が視線を向けても空を見つめたまま微動だにしない。 それでも、合わない瞳に映る真剣さだけは、本物だった。 そして、何を言っていいか迷う僕に、萃香が後を続けた。 「そうだよ、良也。お前は頼っても良いんだよ。あんた個人のことならともかくさ、霊夢やその子供のことなら大抵の妖怪は動く。お前がヘタレだなんて知れ渡ってるんだ。今更、気負うことも無い。迷ったなら居もしない博麗の神に祈るより、私らに頼りな。居もしない奴よりは役に立つさ。良也だって、私らがどれだけ永く生きてるか、知らない訳じゃないだろう?」 言っていて少し恥ずかしかったのか、萃香はそのまま誤魔化す様に何かを呷る動作をして、瓢箪の不在に顔を顰めた。 レミリアも、何処か居心地悪そうにプイッと横を向いてしまっている。 あー、あー、あー……。何というかその―― 「……お前ら、ほんっと良い奴だよな」 「……唐突に悪いことをしたくなったわ」 真っ赤になったレミリアが言う。萃香も、たははともう一度、誤魔化し笑いをした。 何というか……そう、悩んでいたのがあほらしい。そうだった、僕が多少ミスをしようと、その程度でどうにかなるようなことなど、幻想郷には何一つないんだ。 なら、僕は何も難しく考える必要はない。さっきのことだって、永琳さんや鈴仙に任せておけば良かったのだ。 遠慮なく頼ろう。たぶん、それが一番、確実な方法なんだから。それでも、 「頑張るよ」 うん、頑張らなくっちゃいけないんだろう。 「当たり前よ」 レミリアが笑う。こうして、また1つ、僕は幻想郷が好きになったのだった。 そして、丁度その時だった。母屋から鈴仙の大声が聞こえたのは。 「生まれたわーーーーー!!!」 「マジで!? おい、もう縁起とかどうでもいいからお前らも――!」 来いよ。と言おうと思ったけど、その時には既に遠くの空に翼の付いた人影が見えるだけだった。 萃香は薄くなって消えたのだろう。だけど、いつもと違って霊力の残り香すら感じない。 「“産まれた瞬間、鬼も悪魔も逃げ出した”……か」 縁起が良いどころか、伝説の始まりみたいなフレースが口から出た。 まぁ、博麗の巫女の誕生には相応しいフレーズだろう。 ほんっと、いい奴だよお前ら。 「良也、何やってるの! 早く来なさい!!」 「今行く!」 鬼どころかスキマも神も逃げ出すような恐ろしい巫女になるとは、今の僕では想像も出来なかった。 僕が鈴仙を押しのけて部屋に入ってきた時、産まれ立ての赤ん坊は霊夢の腕の中ですやすやと寝息を立てていた。 たぶん、産まれてから落ち着くまで結構、時間があったんだろう。 産まれた瞬間に教えろよ何て文句は言わない。ただ、疲れたと言うよりは疲弊したという感じの霊夢や、何だか魂が抜けかけている魔理沙、朴訥としたスキマのそれぞれが、それとは裏腹に達成感で満ちているのを見ると、それだけすごいことがあったんだと窺い知れた。 「霊夢……」 喜びなのか驚きなのか幸福なのか自分でも分からない感情に突き動かされ、僕は自分の妻と子供に足を向けた。 緊張で足取りすら覚束なくなっているのが自分でも分かる。情けない限りだが、少し気おされていたのかも知れない。 僕のそんな様子に霊夢は苦笑して、子供をこちらに少し掲げて見せた。 「早く抱いてあげて。元気な女の子よ」 恐る恐る受け取る。弱弱しい軽さと物凄く重い責任感が同じに腕の中へ入って来る でも、この寝顔を見ていたら、何が何でも強くならなきゃなって、そう思えた。 きっと、これが父親になるってことなんだろう。 動かしたせいか少しむずがる我が子に、僕は知らず頬を緩ませた。 ようこそ幻想郷へ―― ………… ようこそ――………… 「……あー、えーと」 「……そういえば、まだ名前が決まってなかったわね」 「うっわぁ、締まらないぜ」 いや、マジごめん。『うっわぁ』とか言わせちゃってごめん。 「…………」 「いや、凹むなよマジで」 「おう……」 しかし、今から即興で名前を決めるなんて流石に無理だろう。 思い切ってリストの中から霊夢に選んで貰うのも一興かも――……いや、そんな事をしなくても、それが出来る奴がこの場にいる。 「スキマ……いや、八雲 紫。あんたに頼めないかな?」 抱いた子を見せながら、僕はそう言った。 そう、僕に出来ないなら、誰かに頼れば良い。大事な場面は自分の手でと言う人もいるだろう。でも、僕は大事だからこそ、ベストの選択をしたいんだ。 「……何度も言ったでしょ。あまり妖怪の影響力を増やすのは良くないの」 しかし、スキマはにべもない。興味はあったのだろうけど、立場がそれを許さないと何度も言っていた。だけど―― 「それこそ“今更”だろ」 「それでも、引くべき境界と言うのはあるのよ」 意外に思うかも知れないけど、幻想郷の管理者を名乗るだけあって、こいつは手回しだとか根回しだとかをかなり気にする。 異変の際も、自分が出ても拗れないギリギリのラインを見極めていた。 「大丈夫」 「……何故、そんなに自身有り気なのかしら」 何でって言われてもな。答えはシンプルだ。 「さっき、“鬼も悪魔も逃げ出したからだよ”」 だって、そうだろう。こいつは“厳密には”妖怪じゃないらしいし、それなら妖怪の代表格は、あいつらになる。 「あのねぇ……」 それでも渋るスキマ。ここまで言って駄目ならもう霊夢にダーツで決めて貰うしかない。 娘には僕が考えて霊夢が決めたで押し通す。 そう覚悟を決めたその時、鶴が声を上げた。 「良い考えだと思うわ。私も、あんたが決めてくれるのが一番、良い気がするもの」 「――――」 霊夢にそう言われ、スキマが初めて沈黙した。 そして、むっつりと黙り込むと、扇子を少し開いて口に当てた。 スキマが何か考えている時のポーズだ。 「わかりました。お受けしましょう」 そう言うなり、スキマは居住まいを正して、優雅な動作で正座をした。 それと同じにスキマから習字箱が出てきて、見る間にセットされてしまった。 「……では――」 そして、筆を取ったスキマは、これまた優雅に筆を半紙に滑らせた。 書道家のような秀麗でも読めない達筆ではなく、習字のお手本のような綺麗な字で。 一文字目は“律”。そして、二文字目に“花” 「――『律花(りつか)』と」 スキマは言った。 「“律”とは規律、戒律、法律、すなわち秩序。この娘が幻想郷の新しい“律(ちつじょ)”となるように」 この娘が創る新しい幻想を願って。 「そして、読みの“りつか”は、雪の異称である“六花(りっか)”に通じ、この娘が生まれた雪の日を」 あの美しい結晶のように育つ事を祈って。 「しかし、冬とは美しくも終焉の季節。その次に誕生の季節である春が訪れることを忘れないように、“花”が咲くことを刻みましょう」 必ず花は開くのだと、そう信じて。 僕たちはしばらく、その言葉を反芻した。 『律花(りつか)』……か。 「ありがとう。これ以上無い、素敵な名前だ」 霊夢も頷いた。うん、本当に良い名前だと思う。理由も何か洒落てるし。 なぁ、霊夢――と言おうとしたら、その前に物凄いダルそうな感じで霊夢が言った。 「あ〜、流石に疲れたわ。私はしばらく寝るから後をよろしく。すかー……」 「って、ちょっと待ちなさいまだ後産が……って、もう寝たの? ほんっとにこの巫女は……」 それだけ言って寝息を立てだした霊夢に、永琳さんが突っ込む気力も無いと言った風に溜息を吐く。 こんな状況でも、いつも通りな霊夢に、僕も苦笑するしかなかった。 「あっ、あー」 「お?」 律花がぐずり始めたので、少しあやしてやる。このまま泣かれるかとも思ったが、すぐに泣き止んでまた寝だした。 うん、本当に元気な子だ。きっと、この子が次の幻想郷を作っていくんだろう。 霊夢が築いたものを引き継ぐのか、はたまた新しいものを形作るのかは分からないけど、楽しいものになるに違いない。 まぁ、何はともあれ。これだけは言っておこう。 「ようこそ、律花。この美しき幻想郷へ。今は何も知らないだろうけど、きっと君もここが気に入ると思う。だって――」 ――だって、ここは素敵な巫女が守る素敵な楽園なんだから ――やあ、フラン。久しぶりだな。 ――うん、もう色々と落ち着いた頃だろうと思って。……それが赤ちゃん? ――ああ、可愛いだろ? 律花っていうんだ ――へぇ、小さいのね ――……抱いてみるか? ――い、いいの? 壊れちゃわない? ――壊れるよ。 ――え? 壊れるよ。物凄く簡単に。ぬいぐるみなんかよりよっぽどね ――ひっ! ――大丈夫、フランは壊したりしないよ。僕が保障する。ほら、怖がらないで ――う、うん。…………あ、暖かい ――うん、これからどんどん大きくなるから、仲良くしてやってくれな ――うん! ――こんにちは、天からの授かりものさん。やさしいやさしい楽園へようこそ ――私もまだ少ししか知らないんだけれど、きっと、あなたもここが気に入ると思います ――だって。 ――だって、あなたはこんなにも優しい人に守られているんだから ハハハ、この前の更新はいつでしたっけ? あはは…………すんましぇえええええん!! 忙しかった訳じゃないのに何か色々、後手に回りすぎてましたほんとに。 いや、これはマズいよねぇ……。半年以上経ってますよ奥さん。いや、マジですいません。忘れられていないかが心配です。閑話休題。 ちなみに、今回のテーマはズバリ『天』からの贈り物。要するに赤ちゃんですね。 霊夢の妊娠出産に関するゴタゴタを書いてみました。 基本的にコメディなんですが、今まで、良也が格好良かったり良い思いし過ぎているような気がしたんで少し落としておきました。 いや、自分で書いてパルパルしちゃった訳じゃ無いんです……ってな訳が無い。パルパルしました。もうぶっちぎってバルバルしました。 つーか、あの場面ですが、鈴仙もテンパってます。明らかに配慮が足りてません。永琳さんはもうこれでもかってぐらい出産には関わってるんでしょうけど、鈴仙はたぶん初めてなんじゃないかと。 ぶっちゃけ、かなり緊張していたと思います。 もしかしたら、地上の兎のはあるかもしれないですが、勝手が違いますし、小説版を見る限りそれすら無い可能性があります(永遠の魔法の中では老いが無い為)。 しかも、ウジウジ不安がってる良也にモロ引きずられているので、めっちゃ伝染してます。良也のそわそわがウジウジではなくワクワクだったら、色々と変わっていたことは間違いありません。 実際、妊婦から引き離したのは正しい判断だったでしょう。妊娠中の女性はホルモンバランスの関係で不安定になる人が多いらしいですからね。 分娩室から追い出されるお父さんも非常に多いらしいですが。 名前に関しては完全にオリジナルです。スキマが考えるならこれぐらい洒落た名前にするだろうと思って書きました。 個人的に、“鬼も悪魔も逃げ出した”のフレーズは中々だと思っています。ええ、それぐらいすごい……以前にえぐい巫女に成長してくれることでしょう。 さて、今回の話ですが、いかがだったでしょうか? 個人的にはクスリとは来てもらえてもインパクト自体は少ないような気がしています。 もっと「ええ〜!」みたいなシーンを増やせると良いんですけどね。修行不足です。 『やっぱり霊夢の出番少ないよね』や『お前、ちょっと遅すぎるぜゴルァ……』などと思われた方は是非、感想を下さい。 次はもっと早く出してよて言う気持ちと共にお願いします。あ〜、マジでヤバめなぐらい筆遅い。 次はもうちょっと頑張ります。 それでは、皆様、次は最終回である『生』にてお会いしましょう。 それは物語の一つの終着点。めでたしめでたしの少し後の話。 彼らが、本当に夫婦になるまでの物語です。 |
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