大学での講義も終わり、これから帰ろうかという時に、そいつは現れた。

 外見だけは割りと良い好青年。50人いれば2〜3人いるかいないかぐらいのちょいイケメン。
 ただ、いくら面が良くても何だか赤いリボンで綺麗に包装されたプレゼント用の紙袋を持ってニヤニヤと笑っていれば全て台無しである。

 ……うわぁ、マジでちょっとキモい。なまじ顔が良いだけにガッカリ感がすごい。

 ぶっちゃけ、無視したかったが、これでも僕の友人である。こいつの周りだけ、若干 人ごみが薄くなっていたとしても、友人なのである。

 この通報一歩手前の男の名は高橋。生粋のエロゲとエロ漫画の収集家であり、何度も言うが、悲しいことに僕の友人だった。


「なぁ、土樹君。頼みがあるんだが」
「何だよ、気持ち悪いな」


 本当に気色悪い。ニヤニヤ笑うな、気色悪い。

 僕の視線とテンションの温度がどんどん下がる。世界の温度もどんどん下がる。


「まぁ、そう言うな。簡単なことなんだ。お前にちょっと届け物をして欲しいんだよ。……つーか、なんか寒くない?」


 僕の心がね。出来れば、そのまま通り過ぎてくれ。

 それにしても、届け物か……。僕に頼むってことは、たぶん幻想郷関係。となると……。


「……フランドールにか?」
「そう! フランちゃんにこのプレゼントを届けて欲しいんだ!!」


 案の定か、このロリコンめ。


「このロリコンめ」


 思わず、心の声が表に出てしまった。だが、そこは高橋、それに対して何のダメージも受けたそぶりもない。
 ……本当に付き合い方を考え直した方がいいかもしれない。

 でも、今から別の友達が出来るかって言われると……情け無い話だけど、ちょっと自信が無かったりする。
 ヲタク趣味は隠す奴が多いんだよなぁ……。

 そんな複雑な思いを持ちながら、僕は溜息を吐いた。


「渡すだけ! ただ、渡すだけでいいんだ! 変なものは入れてないから大丈夫だって!」
「じゃあ、何が入ってるんだよ?」


 物によっては僕の残機(無限)が1つ減るんだけど。

 そんな僕に対して、高橋はふふん、と得意気に笑うと、こう言った。


「それは、見てからのお楽しみだ」


 思わず懐に伸びた手を寸での所で捕まえる。いかん、落ち着け。スペカはこんな場所で使うもんじゃない……っ!


「つーことで、頼んだぞ」


 あ、プルプル震えてる間に紙袋を渡されてしまった。しかし、この感触は……。


「服?」
「ああ、フランちゃんに似合うと思ってな。女の子だし、服は好きだと思うんだよね。写真にあったのはゴスロリ系ばっかだったしさ」


 まぁ、ぬいぐるみとかそっち系も好きだし、嫌いじゃないはずだけど。まぁ、そういうからには中身は普通の服なんだろう。


「わかった、届けておくよ」
「ああ、それから」


 ポンと渡される手の平サイズのメタリック。丸っこい1つ目が可愛いニクい奴。


「写真も取ってきてくれ」


 ……ああ、お前はそういう奴だよな。














「と、言うことではい、フランドール」
「良く分からないけどありがとう」


 うん、説明はしておいてなんだけど、僕も良く分からない。


「開けて良い?」
「え? ああ、うん。いいんじゃないか?」
「うんっ!」


 そう言うと、フランドールは丁寧にリボンを解き始めた。

 おおう、フランドールがビリビリやらずに封を開けている……っ!
 しかも、当然のマナーであるかのように、開けるのにも確認を取ったぞ!!
 最初の頃の“とりあえずレーヴァテイン”みたいなノリから考えれば、巨大な進歩だ。

 この成長具合には僕も感動をせざるを得ない。僕も何か買って来てあげよう。

 そんな感慨に耽っていると、フランドールが紙袋から高橋からのプレゼントであろう服を取り出した。


「服とヘアバン……ド?」


 フランドールが困惑した表情になる。そして、僕の表情は盛大に引きつった。

 うん、服とヘアバンドだ。一応、服とヘアバンドだ。
 黒を基調に白いレースがふんだんにあしらわれた露出の高い“メイド服”に、フランドールの髪の色に合わせたふっさふさの“ネコミミヘアバンド”。

 …………よし、高橋よ。帰ったら後ろからノームロックしてやるから首を洗って待っていろ。


「人間って良く分からないわね」
「うん、僕も良く分からないよ」


 さっきまでの感動と、果てしない虚無感に囚われながら、僕は去っていくフランドールの背中を見送った。



















「と、言うことがあったんだ」


 所変わって紅魔館の一室。あの後、フラフラと歩いていたら、レミリアに呼ばれたのでお茶会に参加している。
 珍しい事にパチュリーや小悪魔さんまで、美鈴を除く全員が揃っていた。

 いや、仲間外れにしている訳じゃないんだ。美鈴にはやっぱ仕事があるからしょうがない。


「貴族にメイド服を送るとは、そいつもやるわね」
「怒らないんだな」


 そんな変態服を送るとは何事だぎゃおーーー!! とか言うと思ってたんだけど。


「それぐらいで怒らないわよ。露出がちょっと高いだけでメイド服なんでしょ?」


 ああ、そういえば、ここでは珍しくも何とも無い服でしたね。むしろ、現役真っ盛り。
 レミリアのすぐ後ろに視線をやる。


「なんでしょうか?」
「いいえ、何でもないです」


 邪な感情を持っているのは外来人だけか……。ちょっと、自分が情けなくなった。


「外の世界の文化かしら? 良也も時々、変なこだわりを見せることがあるものね」


 興味深いわ。などとパチュリーにまで言われているが、たぶん理解される日は来ないだろう。
 ごめんなさい、それでも男は浪漫を捨てられないんです。

 そんな僕の苦悩を知ってか知らずか、レミリア達は僕に普段よりも優しい声で言った。


「それに、理由はどうあれ、フランの成長が見れただけで、そのプレゼントには価値があるわ。中身はどうあれ、ね」
「ええ、以前とは見違えるようです。癇癪を起こすことも、ほとんど無くなりました。外に出れる日も、そう遠くは無いでしょう」
「前までは図書館に顔を出す事も稀だったのにね」
「最近では、妖精たちもあまり怯えなくなりましたよ」


 フランドールが羨ましくなるぐらい、それは愛の篭った言葉たちだった。
 およそ500年の幽閉がどこまで正しかったのか、なんて僕には分からない。
 でも、少なくともそれがフランドールを思ってのことなのは、疑いようのないことだった。

 自惚れる訳じゃないけど、そこから生まれた微妙で悲しいすれ違いを無くすきっかけを作ったのが僕なら、それは本当に誇らしいことだ。


「良也」


 だって、ほら、レミリアがこんなにも慈愛に溢れた、真剣な目をしている。
 僕も、真剣な目をして彼女に向き直った。


「我が妹がここまで成長することが出来たのは、他ならぬお前の存在があったからだ。紅魔館の主として、そしてフランドールの姉として礼を言う」


 そして、信じられないことに、あのレミリア・スカーレットが“頭を下げた”。


「ありがとう」


 ……フランドール、君は本当に愛されているんだな。

 こういう良い奴らばっかりだから、いくら酷い目に遭ってもここに来るのがやめられないんだ。


「うん、どう致しまして」


 僕は、一切の謙遜をしなかった。レミリアが頭まで下げたのだ。下手な言葉は彼女のプライドを傷つけるかもしれない。
 だから、素直に受けとっておこう。それが、正しいのかは別として。

 僕達は、それ以上は何も語らず、しかし、とても穏やかな気分になりながら、紅茶に口を付けた。


「あ、みんなここに居たんだ」


 その時、扉の向こうからフランドールの声がした。

 今日は、何て良い日なんだろうか。まるで、見計らったかのようなタイミングだ。
 ちょっと、気恥ずかしいかもしれないけど、今なら、レミリアも素直な気持ちでフランドールを迎え入れることが出来る。
 きっと、今度は僕のおかげなんかじゃなく、自分達で距離を縮めることが出来るだろう。

 そして、扉が開いた。


「じゃーん」

「ぶふっ!」
「ゴホ、ゴホゴホガホッ!」


 その突然、飛び込んできた光景に、レミリアが紅茶を鼻から吹きだし、パチュリーが咽る。


「ゴホッガホッ! ゲフっ! ガホッガホっ!!」


 パチュリーが超咽る。喘息が発動したらしい。


「えへへ☆ 似合う?」


 パシャリ。
 しかし、そんな惨状も無視して思わずシャッターを切ったことを誰が責められるだろう。

 そう、そこに居たのは確かにフランドール。いや、今はあえてこう呼ぼう。

 『ネコミミメイドフランドール』と!!

 黒を基調に胸元や各部位の裾にあしらわれた白いレース。半袖とミニスカートに、そこからちょろりと垂れた尻尾。
 スカートの丈が太ももの半分程という、かなり危ない長さにも関わらず、厭らしさを感じさせないのは、胴に比べかなり長い足のせいだろう。
 そこに、コスプレ衣装特有の安っぽさはなく、エロさと幼さが奇妙な程、いや、絶妙と言って良いぐらいに共存するそれは、まさしくフランドールの為に誂えられた逸品だった。

 思わず、レミリアの方に視線をやる。彼女は、鼻から血液入りの紅茶をポタリポタリと垂らしながら言った。


「良也、良いこと? 今、吹きだしたのはカリスマよ。私ほどの大妖になると鼻からもキャリスマが溢れる事があるの。分かる? 断じて紅茶では無いわ」


 とりあえず、フランドールの格好を怒っている訳ではないらしい。
 流石キャリスマ、分かっている。


「ゲホッ! ゲホっ! ゲホゲホガホっ!! ゴフガホふもっふグほっ!!」


 パチュリー五月蝿い。今は黙っていて欲しい。

 しかし、こう、はにかんでいるフランドールも殺人的に可愛いが(現に魔女は死にかけている)、ネコミミメイドとしては、ちょっと物足りない。

 出来ればこう――


「手をこうやって口元に持っていって『ニャンッ☆』って言ってくれ。腰の動きと上目遣いを忘れるな」


 二十歳を越えた男がするもんじゃないが、フランドールにこのポーズを伝えるためなら僕は恥を捨てる。
 そう、至高の芸術の前に僕のちっぽけなプライドなんか消えてしまえば良い。


「にゅ、ニャンッ☆」


 プヒュルッ、とレミリアの鼻から赤いものが吹きだした。
 パシャリ、と僕はモニターも見ずにシャッターを押した。


「良也、良いこと? 今、吹きだしたのは愛よ。私ほど慈悲深くなると鼻からも愛が溢れる事があるの。分かる? 断じて鼻血では無いわ」


 言い訳乙。しかし、今は他の所に視線をやる時間も惜しい。

 それに、今は横を見ると酷い光景になっていそうだからなおさらだ。


「私のこれも忠誠心ですので、悪しからず。完全瀟洒を名乗るには、時に溢れるぐらいの忠誠心が無くてはいけません」
「じゃあ、ガフッ、わガハっ、しのグフッ、ゴホ、のは知識ゲヘッ。私クラスのゴホッ、ゴホっ! 魔女になると、ブフィっなゴとガらバふっ、れることもゴホッガハッゴホっ! こ、こあ、薬をごほっ!!」
「すいません、今はこの光景を一秒でも長く焼き付けていたいんです」
「ゴハッぐまぁ゛!!」


 うん、見なくて正解。この非常事態とは言え、咲夜さんのちゅうせいしんを見た日には能力をフル活用して引き篭もりそうだ。


「フランドール、次は――」


 まぁ、とりあえず僕らはそれからしばらく、フランドールに色々なポーズをさせて色々なものを溢れさせた。



















 後日談と言うか、今回のオチ。 既にオチているとかの突っ込みは総スルー。

 週明けの月曜日のことだ。講義が終わり、昼休みになろうかと言う時間、そいつは現れた。


「りょっうやく〜〜〜nボグゥっ!!」
「格闘『ヘッドロック』!!」


 走り寄って来る気持ち悪いイケメンを隠すように腕をぶつけ、そのまま変則型ヘッドロックへ移行する。
 もはや、ヘッドロックと言うよりもラリアットに近いものだが、ノームロックで無い分、むしろありがたく思え。


「ギブです! ギブですギブです! 良也先生ギブです!!」
「貴様に先生呼ばわりされる覚えは無い!!」


 そう呼んでいいのは、塾の可愛い(?)教え子たちだけだ!!

 まぁ、そうは言っても長々とこんなことを続ける訳にもいかないので、腕を外してやる。
 明らかに周囲に人が居なくなったのが悲しくもあったけど、それはもう諦める。

 大丈夫、幻想郷にだって出会いはある。それにホラ、僕ってば不老不死だし……。


「………………」
「いや、何いきなり落ち込んでるんだよ。何かあったのか?」


 ……ここで、フランドールに送った衣装のことだと思わない辺り、コイツは本物だと思う。


「何でもないよ。ほら、頼まれてたカメラだ」
「おおおっ!! ありがとう! 恩に着る!! ……ってなんじゃこりゃぁっ!!」


 さっそく、データを閲覧しだした高橋が絶叫する。本当に周りの目を考えて欲しい。


「まともに撮れてる奴ねえじゃねえか!!」
「うん、それは僕も残念に思う」


 フランドールから目を逸らすのが勿体無くて、ついついモニターを見ずにシャッターを押し捲ってしまったのだ。
 そんな状態だから、あの薄暗い紅魔館にも関わらずフラッシュも焚いてないし、ズームもピントも合っていない変な出来上がりになっていしまった。

 とは言え、あれは僕のせいじゃない。フランドールの可愛さが全ての元凶なんだよ(キッパリ)。


「畜生っ! あの服、高かったのに! 良い思いをしたのは、また土樹だけかよ!!」


 うん、今回だけは本当に良い思いをさせて頂きました。


「まあ、そう言うなよ。お礼も預かってきたんだ。それで手を打ってくれ」


 僕はカバンから丁寧に布で包まれたものを渡す。


「ん? うわ、羊皮紙か。また何で?」
「フランドールのお姉さんのレミリアからだ。ありがたく受け取れ」


 高橋が丸められたそれをシュルシュルと開く。
 すると、そこには黒ずんだ赤いインクで書かれた英語ともラテン語とも付かない文章に、所々、魔方陣のような紋様を彩った不思議なものだった。


「何か、物凄く呪術的なあれだな。古い形式のお礼状か何かか?」
「何でも、“所有者の運命を良い方向へ導く程度の効果”のあるアイテムなんだとさ。効果はお墨付きだから、大事にしろよ」


 ふ〜ん、と高橋は胡散臭げにその羊皮紙を見ていたが、流石にそこから発せられるある種、異様な力を感じたのだろう。
 普段からは考え付かないぐらい真剣な顔をして、頷いた。


「わかった。額縁にでも飾っとくよ」


 どの程度の効力があるかは分からないが、『運命を操る程度の能力』を持つレミリアが手ずから書いたものなのだから、効果が無いなんてことは無いだろう。
 願わくば、この友人が道を踏み外さないように運命を導いてやって欲しいと切に思う。


 まあ、でも、何となく変な方向に突っ走りそうな気がするけどな。何たって――





 ――その文字は、溢れ出したキャリスマで書かれているんだから。





























 あとがき


 キャリスマッ! ブレイィィィィィィィック!!!

 はい、無事に内定も貰ってずいぶんと余裕の出てきたマイマイです。今回の物語はいかがでしたでしょうか?
 若干、咲夜さんや小悪魔っちが空気になってしまった感じがしますが、おぜうさまのカリスマブレイクっぷりは良く書けたと思います。
 ええ、本当に物凄く楽しく書けてしまって、読者を置いてけぼりにしていないか心配であります。

 ちなみに、今回の話は、『思いついたネタを書いていけ! リクエスト☆板!!』から銀狼のキョウさんのプロットを使わせて頂きました。
 分かりやすい内容だったので、スラスラ書けましたが、今回はそれ以上にオリジナリティを入れられたと思います。
 おぜうさまの言い訳とかは、ちょっと自信作ですwww ちなみに、パッチェさんは「じゃあ、私のは知識ね。私クラスの魔女になると不意に知識が溢れることも――」と言っています。最後まで言うのは諦めたようです。

では、次の作品や掲示板でお会いしましょう。チャットルーム(http://f01.rakugakichat.com/rentalRoom?userID=yozakura)にも良く出没しているので、興味のある方は是非、来て下さい。


 あと、感想はどんな内容であれ大募集です。おぜうさまはもっと格好良いんだとか、フランちゃんにエロ衣装着させるとは何事だとか、ピンボケ写真でいいからZIPでくれとか、何でも良いのでとにかく送って来て下さい。
 その数によって自分のモチベーションは上がりますのでどうぞよろしくお願いします。





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