「うふ、うふふふっ。うふふふふふふ」


 レミリア・スカーレットはご満悦だった。
 何がそんなに楽しいのか、黒い翼をピコピコと揺らし、ニヤニヤと満面に近い笑みを浮かべ、夢見がちにうふうふと笑っている。
 本当に、先週まで同じ件で事ある毎に絶叫していたとは思えない上機嫌さである。
 
 従者は思った、何て可愛らしいのだろうと。カリスマは諦めた。


「あっはっは! ご機嫌だね吸血鬼。そんだけ喜んでくれるなら、色々と根回しした甲斐があるってもんさね」


 その上機嫌さに追従するように、多量に酒を飲んだ赤ら顔で萃香も大笑する。
 それもそのはず。今回の異変を起こすに当たって、人“集”めに奔走したのは彼女なのだ。
 
 宴会のような漠然としたものでなく、協力者として呼ぶ場合、彼女の“萃”める力では無用な反発が起こる。
 その為、面倒ではあるが妖怪の棲家に挨拶回りに行ったのだ。
 とは言え、妖怪たちの食いつきが思った以上に良く、口コミで広がっていった為、人数集めに苦労することはなかったのだが。
 
 
 「ええ、感謝するわ。伊吹萃香。まさかここまで大掛かりなものにしてくれるとはね」
 
 
 ちなみにレミリアは会場設営を担当した。
 もちろん、咲夜が空間を広げただけであり、彼女は何もしていない。他の小道具を作ったのも別の妖怪だ。
 小道具如きに妖怪たちが力を合わせているのも変な話だが、吸血鬼の日光対策に神が上空に巨大な暗雲を出している辺りで突っ込むのは諦めるべきである。
 むしろ、それだけのことで異変規模の事象操作をするのが笑える。
 
 妖怪どころか神さえも暇な幻想郷は平和なのか否か。
 少なくとも、傍迷惑なのは確かだった。
 
 そして、暇を持て余した人外たちが集った結果など、もはや語るまでも無い。
 酒も入らないのに、会場は恐ろしいぐらいに混沌とした喧騒に包まれていた。
 
 
 
「これなら、奴を霊夢の伴侶に相応しくないと合法的に証明出来るわ!」
「ないわね。そもそも、あなた法律なんか碌に知らないし守る気も無いくせに。そろそろ現実をみきゅっ!」
「あらあらうふふ。そんな空気の読めないことを言うのはこの口かしら? 長いスペルを唱えきれないこの口かしら? うふ、うふふふっ」
「むきゅっむきゅきゅっ!!」
「お嬢様、それ以上やるとパチュリー様のほっぺたが……本当に良く伸びますね」
「むきゅー!!」
「なぁ、それよりもその笑い方やめてくれないか? 何か嫌なことを思い出しそうなんだよ……」
「あら、私は良く覚えてるわよ?」
「僕も覚えているよ。……しかし騒がしい。宴会でもないのにここまで騒げるものなのか。やはり、うちで本を読んでいる方がよかったかもしれないな」
「八っつ目鰻の蒲焼と〜おっでんがあるよ〜♪」
「たまごは無いの?」
「んなっ、何て残酷な! あんた鳥の癖に鳥の赤ちゃんを食べようだなんて!!」
「うにゅ? ねえ、お燐。そういえば赤ちゃんって何処から来るの?」
「臍の無い奴には関係無いよ。それよりもさあ、このままだと不死のはずのお兄さんの死体を運ぶことになりそうなんだけど。まずくない? これはいくらなんでもまずくない?」
「ねぇ、たまごは無いの?」
「喧嘩売ってんのかテメェ!」
「あははっ! やっぱり良也はすごいわね! 本当に楽しい子だわ!!」
「そうですね。不死にして正解でした」
「流石にあいつでも、これには同情するわ……」
「同感だね。私しゃ呆れてものも言えないよ」
「なあ慧音。私は何でここに居るんだ?」
「お前が気になるって言ってついて来たんじゃないか」
「いや、でもこれはあまりにも……。そう言えば、慧音は何でここに?」
「何、新しい歴史に興味が沸いてね」
「?」
「ねえめーりん。私、良也に協力しても良い? って言うかここ吹き飛ばしても良い?」
「ええ!? そんな事したら収拾付かなくなからやめて下さいよ!!」
「ちぇ〜」
「こ、これはすごい! これはすごいスクープになりますよ!! 素晴らしいです!! 灯也もそうでしたけど、やっぱ変な遺伝子とか持ってるんですかね!!」
「確かにあの人も大概でしたけど、良也くんには負けますよ。あ、来た来た」
「は〜、良也も大変だね〜」
「大変と言うか、厄の影響を受けないくせにここまで厄いのには問題があると思うわ」
「ねぇ衣玖。このヤケにデカい亀は何かしら?」
「な、何で方位神様がここに!?」
「ふんっ! 良也なんかあたいだけで醜聞なのさ!」
「そーなのかー」
「もう、どうでも良いけど嫌な間違いだね……」
「じ、神社の裏が大変なことに……」
「こりゃあ、流石に信仰が減るかもねぇ……」
「まあ、減っても良也が頑張ってくれた分よりは少ないだろう」


 とりあえず、混沌っぷりは伝わったと思う。
 暇人とは本当に碌でもないものである。
 
 とは言え、ここまで人が集まった理由が花嫁である巫女にあることは疑いようが無いだろう。
 何だかんだと言ってあの妙に人(?)望の厚い巫女の婚姻騒動に興味心身なのである。
 そう思えば、可愛く見えなくも無いことは無い。
 
 ちなみに、今回の異変のシナリオはこうである。
 
 まず、潤沢過ぎて軍事力的にインフレを起こした妖怪や神が能力を最大限行使してお昼寝中の霊夢を起こさないように移動させ、眠りから覚めないようにして会場裏手の小屋の中に放り込む。
 能力の無駄遣いだが、それはそうでもしないと“勘”などと言うチート技能で目を覚ましてしまうであろう巫女の怪物っぷりが悪いのだ。余談ではあるが、万全を期して7人がかりで行った。
 次に、演出としてすぐに直せる程度かつ派手に神社を壊し、果たし状を良也が発見しやすいであろう位置に置く。むしろ、発見出来るような呪いをかけておく。
 それを見た良也が会場に来たら代表6名がそれぞれ弾幕ごっこを申し込む。
 ルールはスペルカード異変の条約に乗っ取り、良也が勝つまで、もしくは諦めるまで続けられる。
 普通なら、諦める前に死んでしまうが、良也には不幸にも不死という性質がある。つまり、諦めない限りは絶対に負けないようになっているのだ。
 よって、負けると言うことは必然的に“花嫁を見捨てる”ということになり、十分に婚約破棄の大義名分になる。
 へべれけ鬼が考えたとは思えないほど良く出来たシステムだった。
 
 そして、栄えある代表はこちら。
 
Stage1 チルノ
Stage2 比那名居 天子
Stage3 霊烏路 空
Stage4 八雲 紫
Stage5 伊吹 萃香
Stage6 レミリア・スカーレット

 Stage2からのインフレが酷い。Stage3からはもっと酷い。もはや、ここまで来るとイジメや私刑(リンチ)の類である。
 焔猫の心配も杞憂ではない布陣だった。これは死ねる。


「霊夢を良也なんかには渡さないぞー!」


パチュリーを伸ばしきったレミリアが吼えた。
それに笑い声が追従し、会場はさらに混沌さを増していく。





「あらあら、本当に愛されてるわねぇ」
「どちらが?」
「どちらもよ」


 そんな会場の隅の方で、幽々子と紫は流されることもなく、呑気に会話を楽しんでいた。
 もともと、宴会でさえ楽しみはするが超然とした雰囲気を崩さない彼女らである。
 この程度の喧騒で動じることなどはないのだろう。


「良也も可哀想に。これから嬲り殺されてしまうのね」
「笑顔で言っても説得力がないわよ」
「そして死にたいと思っても死ねないので――そのうち良也は考えるのをやめた」
「どこで、そんなネタを覚えてきたのよ……」
「あら、家に来る霊には外界から来る子も多いのよ?」


 とは言え、ずいぶんと物騒な会話である。
 良也が聞けば、華麗な突込みを披露した後、適当にあしらわれて拗ねているだろう。

 それに、苦笑する紫と言うのも中々、珍しいものだ。
 彼女は本来、もっと捏ね繰り回した会話を好むのだが、幽々子を相手にする時は、意外と普通の会話をする。
 むしろ、幽々子の方が煙に巻くような話し方をするぐらいだ。千年の付き合いは伊達ではないということだろう。
 最も、あの幻想郷の閻魔である四季映姫をして、その深謀遠慮を買われる幽々子に回りくどい話をしても意味が無いことは確かであるが。


「それにしても、思い切ったわね」
「ええ、あの子にも困ったものですわ」


 だからこそ、彼女はこの異変の真意だけでなく、その発端。そして、その裏までを読み切っていた。


「違うわ。思い切ったのはあなたよ、紫。鬼はそれを手助けしただけ」


 真意ぐらいであれば、発案者の萃香だけでなく、ほとんどの者が分かっているだろう。
 認めはしないだろうが、乗りに乗っているあのレミリアでさえ、それは例外ではないはずだ。
 この異変は、良也を相応しくないと判ずる場ではなく、“相応しいと証明する場”なのだと言うことを。

 そもそも、代表者の布陣からして疑うべきだろう。
 彼女らは、確かに霊夢に懐いていたり彼女を気に入っていたりする者ばかりだが、同時に良也とも親しい者ばかりである。

 チルノはライバルだと言って張り合っているし、天子も何だかんだ言ってちょっかいをかけに行くのだから、嫌いではないだろう。
 むしろ、淋しがりやと言うか、構ってちゃんだけに、面倒見の良い良也とは相性が良いぐらいである。
 空にしても、燐もそうだが、霊夢よりも良也に懐いている感があるらしい。
 そして、紫はこの婚約の発案者、萃香も良也が本気で向かってくるなら負けてやる度量ぐらいはある。
 レミリアだって、決して良也と不仲という訳ではないのだ。

 発端の新聞による婚姻報道にしても、ここに紫が居る以上、彼女が噛んでいるのは間違いない。

 しかし、何故、八雲 紫がそういう行動に出たのか。
 その本当の理由を理解出来るのは自分だけだろうと幽々子は思う。


「そんなにあの子が気に入った?」
「何のこと?」
「駄目よ紫。とぼけたって。私にはちゃんと分かってるんだから」
「意外……かしら」


 その時、少しだけ、本当に少しだけ、紫の顔に不安そうな影が差したのを幽々子は見逃さなかった。
 それはそうだろう。これは、これまでに無かった新しい試み。それも、幻想郷の存続にも関わる大事なのだから。


「ええ、だってそうじゃない。今までずっと――」


 その言葉を



「あーーーーーーっ!!!」



 空気の読めない大声が遮った。


「どうしたのよ椛。そんな大声出して」


 この混沌とした会場の雰囲気の中にあって尚、浮いてしまう切羽詰った声を上げたのは哨戒役の白狼天狗である犬走 椛であった。
 そのあまりの焦りぶりに、会場全体の目と言う目が一斉に彼女に向く。
 
 
「いや、だって、アレ」
 
 
 そんな周りの視線にも気付かない程に焦る彼女が指差す先は会場の遥か彼方の博麗神社。
 とは言え、ここからは比較的視力の良い妖怪であっても、米粒より小さい点。千里眼以外のものには訳が分からないだろう。
 ただ、方角が方角である。何が起こったのか、これはかなり重要な問題だ。


「アレだけじゃ分からないでしょうが。私には千里眼なんて便利なものはないんだから」


 故に、それを伝える言葉がなければ、周囲の者に取っては意味が無い。
 
 
「えーと……」
 
 
 そして、今更ながらに自分への注目を知った椛は若干あわてながらも、気まずそうに言った。
 本当に気まずそうに言った。
 
 彼女は後に語る。これだけは、本当に気まずかった……と。



「は、花婿が…………、逃げちゃいました」



…………………………………………。



「んな………………な、何ですってえぇぇぇぇぇ!!!」



 マイナスKすら嘲笑うような沈黙の後、会場の混沌に、混乱と騒乱が加わった。





「あらあら、大変なことになったみたいよ? ねぇ紫――」


まぁ、こうなるかも知れないとは思っていたけど。とは言わず振り返る。
しかし、幽々子の振り向いた先に紫は居なかった。


「うふふ。まぁ、これも予想通りね」


そんな事を良いながら、彼女は声もかけずに居なくなった薄情な親友を責めるでもなく、少しだけ遠くを見るような目をして微笑んだ。


「意外なんかじゃないわ。あなたがずっと待っていた事を、私は知っているもの」



















 田舎の道をひたすらに走る。
 空を飛ぶとか、外界までは追って来れないとか、そもそも走ることに意味が無いことなんて頭の隅においやって、腹に堪る灼熱の望むままに全力疾走。
 
 今は只、頭の中を空っぽにしたかった。
 
 
「ハッ、ハァっ! ゼェ、ゼェ、ハッ!!」
 
 
 もう、どれぐらい走っただろうか。鍛えてはいるけれど、基本的に移動は飛行に頼っている怠け者の足が笑い出す。
 息は上がりに上がって、もう肺の奥から血の味がする。
 正直、かなりキツい。
 
 こうなってくると、もう安物のスニーカーがアスファルトを噛んで立つ、クックという音さえ嫌味な笑い声に聞こえてくる。
 それでも、アスファルトの地面で無ければ早々に転んでいるであろう自分が想像出来たので、甘んじて受け入れることにした。
 こんな田舎なのに地面がアスファルトなのは田中さんが推奨した国土改造計画とやらのおかげなんだろうかとか、そんなどうでも良いことが頭に浮かんだが、政治は専門外の僕には良く分からなかった。
 
 
「ゼッ! ハァ、ハァっ……! ちく、しょう……」
 
 
 雑念が働いたのが良くなかったのか、急激にスピードが落ちる。駄目だ。流石にもう走れん。
 全力疾走だとしても、自転車のような加速による自走構造が無い以上、足が止まればすぐに停止するのは当然、そのままもつれるように地面に膝を付いた。
 走ってる最中はそうでもなかったのに、止まった途端に噴出してきた汗を袖で拭う。
 しかし、緩んだ汗腺はそんなものお構い無しに水分を排出していった。
 
 腹が減っても苦しいだけで、一定以上は痩せないと妹紅は言っていたけど、水分を使い切った蓬莱人はどうなるんだろうか。
 心の乾いた僕はそんなことを思った。
 
 
「はぁ、はぁ……。結構、走ったのかな」
 
 
 走るのなんか1分を超えたら訳が分からなくなるので自身は無いが、せいぜい1〜2kmと行ったところだろう。
 元々が田舎なので、風景的にはあんまり変わっているような気がしない。
 
 相も変わらず民家は疎ら、平日の昼前だと言うのに不自然なぐらい人が居ないのは、田舎だからか否か。


「不自然と言えば、騒ぎの原因もおかしいんだけどな」


 本当は、射命丸の新聞って言う時点で疑うべきだった。


「射命丸は確かに適当だけど、新聞に嘘を書いたりはしない」


 真実しか記事にしない。あいつの口癖だ。
 怪しい案件であれば、必ず取材に来て事実確認をする几帳面さも持っている。
 
 だけど、今回は“その事実自体が存在しない”。
 焦っていて文面を読んでいないから分からないけど、たぶん当人への取材内容は載っていないはず。


「最初は、霊夢が適当に答えたからそうなったんだと思ったんだけど、記事のことは妖怪が持って来た時に初めて知ったって言ってたしな。射命丸なら射命丸だって言うだろうし、騒ぎになって贈り物が来る前なら取材でも否定したはずだ」


 正解へのヒントなんて、それこそ腐るほど出ていた訳だ。
 要は気付かなかった僕がマヌケだったというだけの話。


「今回の誘拐騒動だって、そんな所にノコノコ出て行ったら記事の内容を認めたようなもんだしな」


 どういうシナリオかは分からないけど、ボッコボコのギッタンギッタンにされた後、レミリア辺りに『霊夢の伴侶には不足も不足も不足だけど、ここまで向かってきた気概に免じて認めてやら無くも無くも無いわ! …………あれ?』とか言われるんだろう。
 そして、皆に認められて宴会に突入してハッピーエンド、と。……目に見えるようだ。
 
 つまりは外堀を埋める作戦。何でかは知らないけど、どうやっても僕と霊夢を結婚させたい奴が居る。
 まぁ、そうは言っても――


「さて、黒幕。考察も済んだ所で答え合わせと行こうか。大方、射命丸にもこれから真実に成るんだから嘘じゃない、最高のスクープを記事に出来るぞとか言ったんだろ?」
「正解よ腰抜け。大した洞察力ね。買い被っていたわ」


 ――それが誰か何て最初っから分かりきってるんだけどな。
 
 リボン付きの裂け目から現れたスキマが凄絶な笑みを見せる。
 ……やばい、目が笑ってない上にマジだ。
 でもな、スキマ。今回ばっかりは僕だってトサカに来ているんだ。
 いつもみたいな終わり方にはするつもりはないぞ。
 
 
「買い被り……ね。それが勝手に無茶な騒動起こして勝手に無茶な要求突きつけて勝手に無茶な結婚させようとした奴の言葉かよ」
「確かに急だったかもしれないわね。でも、まさか逃げ出すなんて思わなかったんだもの」
「そういうことを言ってるんじゃない! 何だ“急”って! こんな無理矢理みたいなことしたら拗れるのは当たり前だろ!! 僕の意思はどうなる!!」
 
 
 もっと、時間をかけるという言い方はおかしいけど、お見合いみたいな形で付き合ってみるとか、そういう風にしていれば僕だって、もっと考えた!
 霊夢は綺麗な女の子だ。そして、友達としてだけど付き合い易い、そしてあらゆる意味で我侭な格好良い奴だ。
 
 ……嫌いじゃないんだ。だけど、だけどなぁ!


「こんな形でさせるなら、僕じゃなくても良いじゃないか!」


 こんな風に選択肢を奪って強要するぐらいなら、人里は無理でも外界から誰か攫ってくれば良い。
 霊夢ほどの美人なら、喜ぶ奴だって居るだろう。スキマが本気で探せば、霊夢と共に幻想郷で骨を埋めて良いと言う奴だって出てくるはずだ。霊夢は別に――
 
 
「……霊夢は別に、僕じゃなくても良いんだから」


 条件に合えば、たぶんアイツは文句を言わないだろうから。
 それなら、あいつを愛していると言う訳でもない僕が結婚しても、上手く行くとは思えない。
 
 成り行きに任せるのも良いかもしれない。でも、行き成りでは駄目なんだよ。
 必ず、どこかで綻びが出てしまう。そんな不幸は、僕は嫌だ。
 
 スキマは無表情。しばらく何か思案するように黙り込む。
 そして、いつもの様に扇子を広げて口元を隠した。
 
 
「そうね、私も別に“あなた”でなくていいわ」
「――――っ!」
 
 
 あまりに無責任な言葉に再度、僕の頭が灼熱する。あまりの怒りに声も出なかった。
 その代わり、有りっ丈の怒りを視線に乗せてぶつけた。
 
 返って来たのは絶対零度の、否、温度が無いだけの視線。
 食えもしない食料でも見るかのような、“妖怪が人間を見る視線”。
 
 それはスキマの、いや、八雲 紫が僕に対して初めて見せる目だった。
 
 
「でも、確かにそうね。少し、不公平だったかも知れないわね」
「“少し”……ね。過小評価も大概にしろ」

 
 八雲 紫は僕を無視した。何となく分かる。ここからは、知り合いでも友人でもなく、古くから伝わる“妖怪と人間”とのやり取りだ。
 
 
「ここは幻想郷ではないけれど、“これ”で決着を付けるというのはどうかしら?」
 
 
 かの大妖が掲げるのは一枚の符。新しく伝えていくべき、“人間と妖怪”とのやり取りの象徴。
 
 
「弾幕ごっこで私に勝ったら全てを丸く治めてあげましょう」
 
 
 スペルカード
 
 それは、今代の博麗が考えた、人間と妖怪が安全に戦う為のルール。
 意見が衝突したら弾幕ごっこ。弱肉強食という真理を模した幻想のバトルゲーム。
 殺し合いではなくとも、変わらない本質が、そこにある
 
 
「……負けたら?」
 
 
 いつものように逃げる選択肢は端から排除。当然のようにスペルカードを取り出した。
 
 勝ち負け? そんなものは関係ない。僕だって、ここで引けるほど大人じゃないんだ。
 
 
「別にどうもしないわ。ただ、放って置くだけ。それ以上でも以下でもないわ」
「……そうか」
 
 
 結婚させることは、諦めたのだろうか? 僕がこのまま行かなければ、この婚約は流れる。
 八雲 紫の提案は、僕にメリットこそあれ、デメリットは無い。
 
 こいつの考えなんて、理解しようと思ったことさえ無いけど、意味の無いことをするよな奴じゃない。
 なら、聞いておくべきだろう。
 
 
「なら、何でこんな事をしたんだ?」


 そこで初めて、八雲 紫は言葉を詰まらせた。
 いや、詰まると言うより、見間違いかも知れないけど、それは傷ついた様子だったのかも知れない。
 
 ただ、どのみち他のどの表情よりも八雲 紫らしくないものであったことは確かだった。
 

「私には運命を変えることは出来ないから」
「運命?」
「そう、あなたは運命を無視出来る。でも、打ち破れる訳では無い。イレギュラーは所詮イレギュラー。“揺らぎ”を起こせてもそれを捲る主人公になれないのなら意味が無い」
「……自分が主人公だと思えるのは中学生までだよ」


 情けない話だけど、僕は妹にノックアウトされた時にそれを悟った。
 才能が無いのは知っていたけど、年下の女の子に喧嘩で負ける辺り、自分は凡人なんだと漠然と理解したんだ。
 
 その認識は生霊になって、魔法使いになって、その上不老不死になっても変わらない。
 運命を変える? 僕にそんな度量も線路造りのノウハウも無いってーの。
 
 でも、八雲 紫は続ける。いつも通り胡散臭く、それでいて、心にしこりの様な何かを残す言葉を吐く。


「我思う、ゆえに我あり。全てのものは固有の意思と運命を持つ。共有出来ないのなら、それは絶対の“個”であると言うこと。運命に選ばれるなんて迷信も迷信、運命は運命であって意思なんて無いのよ」
「相変わらず、湾曲過ぎて分からないな」
「あなたの頭が悪いのよ」
「この上なく率直な罵倒をありがとう」
「マゾね」
「サドめ」
 
 
 誰もが自分の人生の主人公だとでも言いたいんだろうか? こいつらしくもない。お前は、そんなロマンチストじゃ無いだろうに。
 そんなこと、今じゃ中学生だって信じてないさ。

 これ以上、こんな益体の無い会話を続ける気は無い。
 僕は、いつでも取り出せるようにスペルカードを確認して、空を飛んだ。



 boder of duell



 紫が取り出したスペルカードは3枚。
 これを耐え切るか、ブレイクすれば僕の勝ち。
 僕が墜ちるようなら八雲 紫の勝ち。
 
 強力な妖怪と人間が安全に戦える決闘方。
 スペルカード戦の最も基本的なルールだ。
 
 僕が体勢を整えたのを見ると、八雲 紫は薄く笑って口を開いた。
 
 
「さて、そんなマゾな被告に弁護の機会を与えます。何か言うことは?」
「これは陰謀です。僕は陥れられたんです」
「可哀想に、妄想癖ここに極めりね」
「ボケ老人がここにいるようですね」
「あくまでも無罪を主張すると?」
「もちろんです。僕に罪はありません」


 芝居がかった口調。もう、一種の作法のようになった前口上だ。
 しかし、いつもなら楽しくなるはずの脳髄反射による会話が、今はテンションが上がる毎に怒りが増している。
 霊夢と結婚? 今はそれよりも目の前のコイツをぶちのめしてやりたくてしょうがない。そんな気分だ。
 
 そんな僕の逸る心を読んだかのように、八雲 紫は一枚目のスペルカードを掲げた。



 SET SPELL CARD――



「私としては完全に有罪よ。死刑は流石に無理にしても私刑ぐらいは付き合って貰うわ」
「僕はどう見ても無罪だよ。私刑は流石に無理にしても一発ぐらいは入れさせて貰うぞ」



 ――ATTACK


















あとがき

 こんにちは、自分の話は、おぜうさまへの愛で出来ていることに気付いたマイマイです。
 
 いや、実際問題、マジでヒロインであるはずの霊夢よりも出張ってる……と言うか霊夢出てきてない。
 むしろ、影の主役は明らかにレミリアなのは間違いない。
 あれ? 霊夢ルートじゃねえのコレって感じです。
 ううむ、どうなっているんでしょうね。本当に。閑話休題。
 
 
 さて、今回は何と言うか、怒った良也を表現したかったのに、妙に淡々とした文章になってしまいました。
 これも、偏に本編にシリアスが無いせいですね。……すいません、調子に乗りました。
 しかし、自分のレベルではこれ以上は出来ないっぽい。悲しいことに。
 これからも、より一層精進して行きたいと思うので、暖かく見守って頂けたらなぁと思います。

 これを読んで『面白っ!』や『巫女さんはどうしたゴルァ!』などと思ったかたはBBSでも拍手でも、何でも良いですから感想を下さい。賞賛、批判に関わらず自分のモチベーションが上がります。
特に、文章の批評なんかは咽び泣いて喜ぶので、本当によろしくお願いします。




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