今日はパチュリーの手伝いで書庫の整理をやることになった。
なんでも、小悪魔さんがしばらく所用でいないのだそうだ。
その所用と言うのが非常に気になるが、蛇どころか大悪魔が出てきそうなので、詮索はやめておいた。


「しっかし、意外と流れ着いてるもんなんだな」


僕の目の前には他の古臭い――と、言ってもここも十分に古臭いのだが――本と違って、色とりどりの“外の世界の本”が並べられていた。
その数はジャンル毎に並べられてはいるが、非常に多い。ざっと見た限りでも絵本やハードカバーの学術書、雑誌なんかもたくさんある。


「お〜、すごいすごい。漫画まであるのか」


旧式とは言えパソコンだって流れ着いているのだから、漫画だってあってもおかしくは無いが、意外な気がする。
ああ、でも。よくよく考えれば、この前、パチュリーに漫画を持っていったら、開いた瞬間に失望したような顔してたもんな。そして、アグニシャイン。
たぶん、漫画がフィクションの類で実入りが少ないうえに、文章が少ないことを知っていたのだろう。
……見開きがグラビアだったことも関係してたのかもしれないけど。


「……でも、知ってるような漫画が全然無いな」


ヤケに太くて濃い線で書かれた背表紙のキャラクターが年季を感じさせる。
まぁ、年代的なものもあるだろうけど、人から忘れ去られて、幻想になってしまったものが流れ着くんだから、当然と言えば当然なのかもしれない。
そう考えると、どうも読む気が失せる。浅慮かもしれないが、忘れ去られるようなものが、面白いとは思えない。
何より古いし、ジェネレーションギャップにも程がある。
まぁ、それ以前に、手伝いの最中に漫画を手に取るのもどうかと思うからなんだけど。

そう思って、通り過ぎようとした時、僕も知っている漫画がズラっと並んでいるのを見つけた。


「うおおおい!! J○J○があるじゃんか!?」


しかも三部までは全部揃ってる!! 流石は吸血鬼の館!


「あら、良也。こんにちは、良い天気ね」
「うおおおい!! ……って、何だレミリアか」
「……ずいぶんなご挨拶ね」


意外すぎるものを見つけてハイなテンションのまま、応答してしまった。
確かに、何だはないよな何だは。つーか、この図書館で天気とか関係ないし。


「ごめんごめん、ちょっと意外なものを見つけたもんだからさ」
「意外なもの?」


ちょこん、と首をかしげる紅魔館のお嬢様。
その無邪気な仕草は、500年の時を生きた吸血鬼とは思えないほどに可愛らしく、子供っぽい。


(ん? 子供っぽい?)


その時、僕の脳内で閃くものがあった。
悪戯心というか、好奇心というか、もしかして、という感情が首をもたげたのだ。


「きさまー、いったい何人の生命をその傷のために吸い取ったー?」
「あなたは今まで食べたパンの枚数をおぼえているのかしら?」


即答かよ。まさかとは、思ったが。


「レミリア・スカーレット! 貴様! 読んでいるなッ!?」
「Exactly(そのとおりでございますわ)」


2人してニヤリと笑いあった後、僕たちは固く、固ーーーく握手を交わした。


「痛っ! ちょっ、潰れる! 潰れるって!!」


ドギャーーーーーンッッ!!!
















あれから、僕たちは語り合った。何がとは言わない。それぐらい熱く、僕たちは語り合った。


「それにしても、意外だったわ。まさか、あなたとこんな話が出来るなんてね」
「それを言うなら僕だって。まさか、アレが幻想入りしてるとは」


ついでに言うなら、お前がアレを読んでいるとは。


「でも、良いのか? 吸血鬼としては複雑なところもあるような気がするんだけど」


絵はかなり濃いし、出てくるゾンビはグロいし、お世辞にもお上品な吸血鬼の話ではない。
本物からしたら、喧嘩売ってるようにも見えるだろう。


「フィクションにケチを付けるほど狭量じゃないわ」
「それもそうか」


でなけりゃ、漫画なんか楽しめない。


「こんにちは、良也様。楽しそうですね」
「あ、咲夜さん。どうも、お邪魔してます」


僕の挨拶に、彼女は言葉でなくニコリと会釈だけして、ティーセットをテーブルに置いた。
突然の出現だったが、流石になれたので驚かない。どうも、僕が彼女の時間操作に気付けるのは、僕が認識していたり、対象に入っていたりする場合だけらしい。
まぁ、彼女が能力を使うたびに影響されていたのでは、生活が成り立たなくなるので、ありがたいと言えば、ありがたいのだが。


「そうだ良也。咲夜もあの漫画が好きなのよ」
「ええ!? マジで!?」


それは意外だ! あ、そういえば時間停止とかナイフとかすげぇDI……


「マジもマジ。大マジよ。スペル名にだって使ってるんだから」
「マジで!?」
「その名も『幻世【ザ・ワールド】』!!!」
「マジでーーーー!!?」


ひゃっほー! とハイタッチを交わす僕とレミリア。従者は置いてけぼり。普段の僕らは地平の向こう。手に手をとって走り出しそうだ。
そんな、僕らをしばらく呆然と見ていた咲夜さんだったが、やがて得心がいったのか、ああ。と頷いた。


「ああ、あの漫画の事ですか。……お恥ずかしい。何年も前の事ですよ」
「あら、ここ最近までは使っていたのではなくて?」


クスクスとレミリアが楽しそうに笑う。こんない機嫌の良い彼女は、もしかしたら初めてかもしれない。
心なしか咲夜さんも楽しそうだ。


「そうか、そんなに好きなら今度、続きでも持ってくる――」


よ。と言う前に手がガシィッ! と握られた。全く反応できなかった。
時間操作だとか時間停止だとか、 そんなチャチなもんじゃあ断じてない。 もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……。


「つ、続きがあるんですか!?」


ずずいぃっ、と顔を寄せてくる『咲夜さん』。普段の瀟洒な顔はどこへやら、そこには童女のように期待に目を輝かせた見知らぬ彼女が居た。視界の隅でレミリアが唖然としている。
って、言うか近い。いや、本当に近い。もう、ほとんど唇が触れる位置に顔がある。


(……しかし、こうして見ると本当に美人だな。)


本当にそう思う。彼女が二十歳前後で、幻想郷の美少女たちのほとんどがミドルティーン以下というのもあるけど、それを差し引いたって屈指の美貌を持っていると思う。
スッと通った鼻筋、小さめの唇、黄色人種なのか分からなくなる程に白くてきめ細やかな肌。
灰色がかった青くて深い瞳なんか吸い込まれそうで……って、目の色が真っ赤に!? え? ちょ、ほんとに色が変わってるんですけど!!


「咲夜!」


レミリアの声にはっとした表情になって、咲夜さんの目の色が戻る。いつも通りの透けた曇り空に。
そして、僕の顔と握った手を交互に見て、自分の行いに気付いたのか、ぱっと手を離した。
さっきの変化が唐突すぎて、残念と思う暇も無い。


「……すみません。少し取り乱したようです」
「お、おう」


正直、“少し”って感じじゃなかっけど、そこに突っ込む余裕はなかった。


「それで、先ほどの件ですが」
「ああ、持ってくるよ。全巻、持ってこさせて頂きます」


なんかもう、意味もなく敬語になる僕。あ、ちょっと口元がニヤけた。


「よろしくお願いします。では、私はこれで」


それだけ言うと、クルクルラッタッターとお花畑で踊る夢見がちな乙女のようなステップで去っていった。
おいおい、我を忘れてるとかテンションあがってるなんてもんじゃないぞ。お盆を胸に抱いて回るとかどんだけレアなんだ。
そう思いながら横を見ると、間抜けな表情でレミリアが固まっていた。あ、時間停止中なんだ。
流石にアレを人に見られたいとは思わないか。僕の存在を忘れてる時点でその浮かれっぷりが伺えるのだが。


「あ、紅茶……」


動き出したレミリアの言葉を聞いて、今日はもう帰ろうと思った。
テーブルの上に置き去りにされたティーセットが哀愁を誘っていた。










ちなみに後日、書庫の整理を完全にすっぽかされてマジギレしたパチュリーのお仕置きを受けそうになるのだが、咲夜さんが必死になって庇ってくれた。
その日のお土産は宣言通り、続きの第四部全巻。パチュリーが本の類を粗末に扱うとは思えないが、アグニシャイン上級を喰らったら燃えていたかもしれない。複雑な心境だ。
その時に第六部まであることを教えたら、感激した咲夜さんにハグされた。


そのせいで、あの紅い瞳のことなんてすっかり忘れてしまった僕だった。












あとがき

どうも、もしかすると三次一番乗りかも知れないマイマイです。
今回の作品ですが、東方サッカーネタの時に、良也が漫画を持ち込んでいたのを見て、思いつきました。
知っている人も多いでしょうが、紅魔郷の作中では、実際にジョジョネタが出てきます。
咲夜のスペルやレミリアと魔理沙の会話がそうですね。
それで思ったわけです。『あれ、J○J○って幻想入りしてねぇ?』と。まぁ、そんなしょうもないネタです。
出来るだけ、奇縁譚の文体に近づけたつもりですが、いかがでしたか?
楽しんでいただけるといいなと思います。







戻る?