目を開ける、と見慣れない天井。
いや、見覚えはある。これは博麗神社の天井だ。

そしてここは布団の中。
ぬくい。ぬくぬく。


…じゃなくて、
また僕は気絶してたのか。

今度は最初からハッキリ思い出せる。
紫さんに無茶振りされて、できたはいいもののすぐ気絶して墜落……。

ってことは、助けてくれたのか。
ありがたい。妖怪にも人の心は有るのか。
…何かもうこれもフラグになりそうな予感しかしないから思考中断。


取り敢えず起き上がる。
寒さは堪えるけど、ちゃんと現状認識しなきゃ。

辺りを見回す。

普通の和室だ。畳のいい匂いがする。障子から陽の光が射し込んでいい感じの雰囲気だ。
また枕元に畳まれた上着が。…それと、和室には似合わないゴテゴテした自動小銃が置かれている。

M4A1。僕が能力で取り寄せたやつだ。
布団から這い出て、改めて手に取って確かめてみる。

ズシリとした重量感。
20mm幅のごつごつしたレールに付けられた、
光学照準器、軍用フラッシュライト、レーザーポインター、フォアグリップ。
手の平に触れる金属製のボディが冷たい。
バッテリーのコードをしまうスペースが無くて、ストックから仕方なく飛び出てる接続端子。
そして動かすたびに弾倉の中のBB弾がジャラジャラ鳴るのはご愛嬌。

やっぱり間違いなく僕の銃だ。

能力、きちんと成功してたのか。流石僕だな、なんて。

…能力があることに違和感をもう持ってないことが自分でも違和感だ。
今更、全部ドッキリでした、とか言われても知らないぞ。



……ぐぅ〜。


腹減った。お腹が鳴る鳴る。

銃を置いて障子を開ける。
起きてからお腹が空いてかなわない。
ああ、あと口の中が気持ち悪い。
歯磨きもしなくちゃあな。

霊夢を探しに神社の縁側を歩く。
足を進めるたび床が少しきしむのが心地良い。
何だかいい匂いがしてきた。ご飯の匂いだ。

匂いの強い方へ……、足が勝手に進んで行く……



ここだ。
がらっ、と障子を開けるとそこに霊夢がいた。
今から食べるところだったらしい。

「やっと目を覚ましたのね。もう少し早く来てくれれば朝ご飯作る手間が省けたのに」
不満げな視線。まさか僕に作らせるつもりだったのか。

「言っとくけど僕は家事なんてできないよ、…って朝?」
そういや時間気にしてなかったけど、朝なのか?
紫さんにちょっかい出される前、丁度真上辺りに太陽があったのを覚えてる。
ってことは……

「そうよ。ひなたくんってば、霊力を使い果たして丸一日寝てたのよ。お蔭で楽もできなかったわ」
あむ、とご飯を頬張る霊夢。

一日…、そんな気絶してたのか。
「そうだ紫さんは? あの後どうなったの?」

「ひなたくんを布団に寝かせてすぐ帰ったわよ。あなた、随分と紫に気に入られてるみたいね。あんなに人間に対して優しい紫なんて見たことないわよ」

「そ、そうなんだ…、ハハハ…」
…何ともコメントのしづらい。そりゃ嬉しいけど何か怖い。
僕的にはただ面白い人間くらいにしか思われてないと思ってたけど。

「昨日はつきっきりで能力のお稽古でしょう? 私は二日酔いで頭痛くて動けなかったけど、ひなたくんが落ちてきた時の声が煩かったから覚えてるわ」
霊夢は喋りながらも合間にご飯を食べ進める。器用だな。

って待ちなさい。
最後眩暈がして気絶した時、僕はそのまま落ちたはずだ。
「僕が落ちた時の声?」

「落ちながら叫んでたじゃない。あんまり煩かったものだから撃っちゃったけど」
…………?
あれ? 落ちながらって…、あの悪夢? そのとき僕、確か起きてから声出したんじゃ…?
あれあれ? じゃ、つまりアレは全部現実? で、僕は天井を突き抜けて落ちて……
いやすり抜けたのか…?ってことは幽体離脱でもしてたのか…?
死に掛けてたのならあり得る話だけど、


…………じゃああの出てきた目玉はもしかして、
そうか分かったぞ。アレも紫さんの仕業だ。思い返せばスキマっぽかったし。スキマ妖怪め。

小さな怒りがふつふつと湧いてくる。怖がらせてそんなに面白いか……。
スキマを通して、死に掛けで幽体離脱してた僕を面白おかしく観察してたってことか。
なるほどなるほど…。あんにゃろめ、覚えてろよ。


「それで? ご飯食べないのかしら?」
「あ、…食べます。はい」
考え事してて忘れてた。ご飯ご飯。
「一応、ひなたくんの分もあるわよ」
台所に置いてあるわ、とそっちの方を指差す。
なんてありがたい。霊夢の手料理かぁ…

でもまあその前にだ、
「その前に僕、顔とか洗ってくるよ」
「そ。いってらっしゃい。井戸なら向こうよ」
「いってきます」
ああ、何か良いなぁこの感じ。












生まれて初めて使う井戸に悪戦苦闘しながらも、顔を洗ったり歯磨きしたり色々済ませた。
水入りの桶が重くて二、三回落ちそうになったけど必死で耐えた。
江戸時代では塩を使って歯を磨いていたって確か聞いたことがあったから、台所から食塩を少し持ってきて指で歯磨きをした。
…凄く、塩辛かったです。
そして桶から手ですくって口を濯いだ。
ほんとは歯ブラシ的な物もあればよかったんだけど。あとで取り寄せに挑戦してみようか。


さて、寝起きの身支度も済んだことだし、ご飯だご飯。
霊夢の手作り朝ご飯。テンションも上がるってもんよ。

意気揚々と台所に戻ると、霊夢がいた。
もう食べ終わったみたいで抱えてるお盆には空の皿が乗ってる。

「ただいま、霊夢。僕の分のご飯は?」
るんるん。霊夢の手料理がさっきからずっと楽しみで仕方が無かったぜ。

すると霊夢は無言で今持っているお盆を示した。
……ハイ?
「あんまり遅いからひなたくんの分も食べちゃったわよ」
「なんですとっ!?」

なん…だと……っ
膝をついて落ち込む。
そんな遅かったか僕…。
楽しみで結構急いだハズなんだけどなぁ…。

「白いご飯ならまだお釜に残ってるけど」
竈の上のお釜を指差す霊夢。
蓋を開けて見てみると、確かに美味しそうなご飯が茶碗二杯分くらい残ってる。

でもな…
「白米だけでもそりゃイケるけど、おかずも欲しいよ…」
嗚呼、霊夢さんの手作り……

「丁度いいじゃない、練習よ、練習。自分でご飯作ってみなさい」

………………。
朝から二人前ぺろりと平らげてまぁ、
この何とも言えない、心の中のわだかまりは何なんだろうか。


…いいや、もう。諦めてポジティブに行こう。
確かにここで暮らすのならそういうのは必須のスキルだ。
確実に覚えないといけない。

そう。覚えないといけないのだ。
自分に言い聞かせる。理不尽だなぁもう…。

「挑戦してみるよ……」
しかし背に腹は替えられない。お腹が空いた。

「材料ならそこにあるから。じゃ、頑張ってね」
「はい…」
そう言い残して霊夢はふらりといなくなってしまった。



あー…、もう。

いや仕方ない。相手はあの霊夢だ。家主さんに逆らう訳にはいかない。
家事とか自分の事とかできないまま居候するのは何かダメな気がする。


さて、何からやろう。
取り敢えず簡単な料理で済ませたいところだ。

簡単なやつ…、うーん、適当に野菜炒めにでもするか?
材料はあるみたいだし。
家庭科の授業以来の僕の料理の腕前をば、





待てよ。
火はどうするんだ。

おい。家庭科とか考えてる場合じゃないぞ。
どうする?
ライターは持ち歩いてない。こんな時に限って…

火種になりそうな…何か……
確か…、昔の火を起こす方法って、
火打石…とか、もっと昔なら木の棒でガリガリするとか…、

探してみる、…けど何もそれらしいものは見つからない。
火打石すら無いとな…。
どうしよ…



ん? じゃあ霊夢は一体どうやって料理してたんだ?

何か秘密があるはずだ。
考えろ、推理するんだ。
道具も無いのにどうやって火をつけるのか。

道具を使わないで火なんて起こせるわけ……


……もしかして起こせる?
普通に過ごしてると忘れがちだけど、一応ここは幻想郷だ。
つまり今まで漫画やゲームの中だと思ってた世界だ。
火だって起こせるだろう。

ほら、ネ○ま!でもやってたじゃん。
火よ灯れって初心者用の魔法とか。
呪文は一通り覚えてる。中二病の酷い一時期練習してたし。

…黒歴史は忘れよう。
これからやるのはホントのマジもんなんだから。


よし。そうと決まれば、まずは…そうだな、魔法の杖的なのを…
んー、よさげなのが無い。菜箸とかだとそれ自体燃えそうだし、

あと丁度いい長さで燃えないものといったら…
……お玉? ふと目に入った。

これで、いけるか?
手に取ってみる。これなら…できそうだ。

見た目なんか間抜けだけど、仕方ない。
右手で順手に構える。

ふぅ…
集中して、だ。

いくぞ…?


「プラクテ・ビギ・ナル… アールデスカット!」



うぉ、
点いた。火。
お玉の先にちろちろと火が点いてる。

何ていうか、昔練習してたせいもあってか、凄まじい感動が。
こんなことまでできるようになってるのか僕。

もしかしたら他にも何かできるかもしれない。
そんな予測も出てきてテンション右肩上がり。ふはははは。

ありがとう霊夢さん。お蔭でまた一つ面白い事を覚えたよ。
何かもう別の作品になってる気もするけど。
食べ物の恨みももうどうでもよくなったぜ。


そうか、こうして家事とかを通して僕に色々覚えさせてくれてるのか。
…ホントにここまで考えてたのかは知らないけど。

何にせよ、面白くなってきたぜ。
ご飯だご飯だ。





















「疲れた…」
異変の無い平和な間の霊夢の仕事は、専ら神社の掃除とお茶飲みだ、なんてどこかで聞いたことがあった気がする。
実際その通りで箒を持ってきて境内の掃き掃除をしてた霊夢。
休み休み……というか殆ど休んでたけど。
僕もそんな霊夢さんの「居候だから」の一言で午前中はずっと掃除してた。ずっと。神社は居住区含めて結構広いから午前中じゃあ終わらなかったけど。でも文句は言えない。
だけどそれも一段落ついて、

やっと休憩だぁ……。
ごろりと縁側に仰向けで寝転がる。
家事もある程度やったし、しばしのお休みだ。

「だらしがないわね。この程度で疲れてちゃ神社の居候は務まらないわよ」
隣に座って足をぷらぷらさせている霊夢。
いたって平気そうだ。やる気の方はなさそうだけど。

「現代っ子はひ弱なんだよ。僕朝ご飯だって満足に食べれてないし」
朝ご飯は、火を点けたは良いものの火力の調節ができなくて結構コゲてしまった。
まあでも初めてでできたんだ、十分だろう。
現代人ってホント恵まれてたんだな。

「ほんと外の人って、家事もできなくてよく生きていけるわよね」
呆れたように言う霊夢。いや大体の僕ぐらいの人はこんなもんなんだってホントに。
「便利な道具がいっぱいできたからね。そのぶん人間は退化したのかもしれない」
うん。うまいこと言った。

「じゃ、早く進化するためにお昼も自分で作りなさい」
…くっ、血も涙も無…いや、しかし精進しなきゃいつまでもできない。

「つ、作るよ? 作るけどさぁ……」
また焦がしてしまうのが嫌だというか。コゲた野菜はもう食べたくない。あのじゃりじゃりした食感が…
あと火を点けるのに少し抵抗がある。
いや楽しいんだけどさ、お玉振り回して呪文唱えるのが何か恥ずかしい。
あと地味に疲れるし…まだ霊力使い慣れてないからかな?
因みに種火を起こしたのは能力じゃなくて練習すれば誰でも出来る霊力技らしい。
能力どころか魔法も関係なかった。でも新しい事が出来るようになったのは大きい。

むむむ。どうしようか。
実を言うとお風呂にも入りたい。丸一日以上入ってないし汗臭くて結構気になるし。
お風呂もきっとアナログだろう。すると火を使わなきゃいけない。

一緒に済ませられるのなら同時に済ましてしまいたい。
「その前にお風呂入れないかなぁ…。汗とか気になってさ」
昼間だけど、入りたいものは仕方ない。

「あら、お風呂入るのなら私も入ろうかしら」


…今なんと!?
霊夢さんもお風呂…だと…?

「何よ、ニヤニヤして。…一緒に入りたい?」
と悪戯っぽい微笑を浮かべながら言われた。


にゃんだと。
飛び起きて霊夢の方へ振り向く。
こ、ここでハイと答えれば、もも、もしかして……?
「え、えええう、え、ええと、あ、は…」
「冗談よ。もし覗いたりしたら生まれたことを後悔させてあげるわ」
やっぱり冗談か。無駄にテンパっちゃったぜ。
…なんて強がってみる。半分以上本気にしかけたのは秘密だ。

「全く、と、年頃の男の子にそんな冗談言っちゃいけません。本気にしちゃうでしょう」
あー、ドキドキした。心臓が…。
深呼吸をして落ち着こう。
すーはーすーはー……、…はぁ。

「初心なのね、ひなたくんって」
「うるせぃやい」
顔が…赤くなってくのが自分でも分かる。
初心じゃないのかあんたは。外見的には僕と同い年か少し下くらいにしか見えないのに。

僕は…いや、初心なんじゃなくて、ただ女の子とのこういう付き合いが多くなかったというか……
一人っ子だし…、そりゃ学校に女友達も一応いるけど、こんな突っ込んだ会話はしてないというか。

頑張れ、僕。折角幻想入りできたんだ、頑張ってフラグを立てるのだ。
ファイトいっぱーつ。

…ふぅ。少し落ち着こう。


「じゃ、お風呂は用意してね。私は後で入るから」
お風呂はあっち、と指を差す霊夢。
「……へーい」
よっこらせ、っと立ち上がる。

じゃ、お風呂の用意でもしてくるかぁ……


…と、そうだ。着替え。
どうしようか。替えなんて無いし。
でもこの服…結構汗かいたし。
「ね、服はどうすればいい?」

「入ってる間に洗濯して乾かせばいいでしょ。」
なんと軽い。
「でも、そう…浴衣的なのあったりする?」
雰囲気だ。こういう時は雰囲気を楽しまなきゃ。

「あるけど……私のしかないわよ?」
「……じゃいいや」
流石に女物の、しかも霊夢の浴衣は…ねぇ。
正気を保っていられな…いや男として着るわけにはいかない。
てことは着替えも取り寄せなきゃならないのか。大変だなぁ…。

「お風呂沸かしてくる」
取り敢えず今は霊夢の言う通り進化しなくちゃならないだろう。
何事も挑戦だ。





風呂場に着いた。思った通り火を起こして沸かすタイプのお風呂だ。
「さて、まずは……」
着替えの取り寄せを。風呂入って洗濯しても着替えが無けりゃどうしようもない。
あとついでに歯ブラシとか必要そうなのも一緒にやっちゃおうかな。

これ異常に疲れるんだよな。けど仕方ない、これも必要事項だ。
…また気絶なんかしないよな。平気だよな。

よっし、
両手を前に突き出して目を閉じる。
集中しろ……

まぶたの裏に徐々に浮かんでくる自分の部屋の情景。
やっぱり疲れる。心拍数が上がっていく。

…この、箪笥の中に……、
箪笥の中を、…………。
分かるぞ。感覚的に何が入ってるか理解できる。

うっしゃ、取り敢えず持ってこれるだけ持って来よう。
まとめて意識の内に入れる。…ちと辛いけど我慢できるレベルだ。
よし、来い!



ぼふっ。

という感触。
目を開けると、僕の服が数着分両手に乗っていた。

成功だ。
疲れるけど気絶するほどじゃあない。
あんまり進んでやりたいものじゃないのは確かだけど。

しかし今更ながら不思議だ。こんなの。
僕が超能力少年になってしまうなんて。夢にも思わな…いや思ってたからこそ不思議だ。
しばらくは能力使うたび興奮するんだろうな、僕。早く慣れなきゃなぁ……。

さて、着替えも用意したし、お風呂の準備をしよう。











「ぬるい。ぬるいぞ」
どこぞのボスキャラみたいな呟きをしてみる。
霊力で火を起こして興奮したのはいいものの、いかんせん火力が足りなかったようだ。
ぬるめの湯に肩まで浸かって溜息を吐く。
薪を追加したいところだけど、あいにく僕に念動力みたいな能力は無いらしい。
火は建物の外だ。風呂桶の中からじゃ手も足も出ない状況。

「…もっと薪くべとけばよかった」
こんなもんで十分かな、で済ませた過去の自分が憎らしい。
意外と火力必要なのな、お風呂って。

風呂桶のふちに顎を乗っけて、ふぃーっと一息。
ぬるめのお湯に半身浴が健康に良いなんて聞いたこともあるし、失敗したわけでもないんじゃないかなーとも思うけど。
でも熱めの風呂のが僕は好きだなぁ…。


…………。
……平和だ。
風呂場の床にはさっき体洗うついでに石鹸で洗った服が畳んで置いてある。
風呂場で服を洗濯板で擦るなんて初めての体験だったから楽しかった。
後は竿に掛けて乾かすだけだ。

さぁ…て、
ゆっくり浸かって疲れを癒そう……。
風呂は命の洗濯。服の次は心を癒そう。

頭にタオルを乗っけてしみじみとする。
はぁ…………。



この頭に乗っけてるの含めタオル数枚と歯磨きセットもさっき取り寄せた。
それで、分かったことがある。

取り寄せの疲れ具合、つまり霊力とやらの消費量は取り寄せる物の質量に比例するっぽい。
最初に銃を取り寄せた時は、既に霊力使って疲れてたとはいえ気絶。
M4A1の重さは大体、三〜四キロくらいだ。結構重い。

そしてさっき、服とかを取り寄せた。
服数着の時はそれなりに疲れたけど、歯ブラシコップだけの時は少し疲れたーで済んだ。

結局は相当疲れることに変わりないんだけど。世界を越えてるんだ、当然だろう。
だけど自分の能力の特徴が分かったことは良い事だ。

……つまり僕が自分の家に帰るためにはとんでもない量の霊力が必要になりそうという事だ。
どうしよう。ダイエットでもしようか。
いやそれより疲労はどうなるのか。僕の体重…、単純計算であのライフルの十数倍以上だろ?
気絶で済むか……?

でもそれじゃ、僕が幻想入りした時はどうして平気だったんだろう?
疲労なんて欠片も無かった。
しかし今、冷静に思い返してみれば、ちょっとした違和感くらいはあった気がする。
んんー…………?



駄目だ。分からない。
ぬるま湯でのぼせる心配は無いけど、そろそろ上がろうかな。
霊夢も後で入るって言ってたし、長湯はいけない。

湯船から出……寒っ!?
ち、ちょっとホントに寒い。これはマズイかもしれない。
……追い焚きしておくか。後でぬるいって怒られたくないし。

洗濯物を持っていそいそと体を拭いて着替えを着て外へ出る。ああ寒い。
追い焚きを……って、火ほとんど消えてるじゃん。そりゃぬるい訳だ。
新しい薪をくべて空気を送る。

よし、火が戻ってきた。もっと勢い強くしなきゃな。
燃えろ燃えろ。思い切り息を吹き込む。
ふぅーー…っ、ぶぇっ、げほっげほっ。
燃えカスが舞い上がって悲惨な事に……。
だけどめちゃくちゃ燃え上ってる。火力は十分そうだ。

……あ、洗った服も干さなきゃ。
大変だなぁ…。





そのお蔭か後で霊夢に「丁度いいお湯だったわよ」と言われて結構嬉しかった。
霊夢がお風呂に入ってる間は気が気じゃなかったもんな。
別に変な妄想してたわけじゃなくて、…お湯の温度で怒られないかどうかで。
変な妄想なんてしてないんだからね!? ……いやでも、ちょこっとは…うん。


洗濯物干した後、すぐにお昼ご飯にとりかかった、だけど、
……昼ご飯も野菜を焦がした。仕方なく全部食べたけど、コゲというか炭になってる部分がまぁ…
美味しいご飯が食べたい…。

その後も掃除だー洗い物だーっと色々あったけれど、
大変だっただけで新しい能力的な何かが身に付く気配はなかった。
残念。とほほ……。



















「も、ダメ…」
敷きっぱなしだった布団にばふっと倒れ込む。
辺りも大分薄暗くなってきた。

結局一日、霊夢の指導を交えながら家事をこなして、
……めちゃくちゃ疲れた。

身体も精神も総動員したからな。でもまさかこんな疲れるとは思いもしなかった。
能力とか、取り寄せを何回も使っちゃって相当疲れたからね。
一回の取り寄せが、大体、全力五十メートル走一回分くらい疲れる。
…あんまり多用はしたくないなぁ。

掃除の合間を縫ってその他の能力に挑戦もした。
挑戦っていうか、色々思いついて試してみたんだけどね。大体全部上手くいかなかった。
火よ灯れ以外の魔法の呪文も思い出せる限り試してみたけど、出来る気配すらしなかった。

あ、でも一つ収穫があった。
携帯の電源が回復した事だ。

バッテリーの状態とか、電源のオンオフとかの意識をして念を込めたら電源が入った。
多分、充電の具合とか、オンとオフとかの所属を上手いことできたから点いたんだろう。多分。

…うん、我ながらよく分からない能力だと思う。
使ってる自分でさえ仕組みが理解できてないし。そのうち分かるんだろうか。

しかし電源点いたはいいものの勿論圏外で電波なんて入る気配すらなかった。
電話メールネット以外の機能なら使えそうだけど。時計とか。

電気、気を付けてたのにな。もう心配する必要が無くなってちょっと残念だ。
だけどそういう冒険も少ししてみたかった気もする。窮乏のピンチってロマンの王道じゃん?


あと、家事の能力はそれなりに覚えたな。やり方だけは。
まあ勿論、上手くなんてできない。疲れたし、多分明日は筋肉痛だろう。

掃除なんてもう大変だった。
廊下、縁側とかの雑巾がけも掃き掃除も。
霊夢も一緒に掃除してたとはいえ…、
…ひどいもんだった。適当というか虫食いというか。

そりゃ僕も掃除は嫌いだけど、ああも堂々とサボられると…な、
何ていうか、掃除しなきゃいけないような感じになって、
殆ど全部僕がやったようなもんだ。




…………。
疲れた。

まぶたを閉じれば今日一日の記憶が浮かび上がってくる。
このまま寝てしまおうか。


…いや、駄目だ。
もうそろそろ晩御飯の時間だし。
寝るならお腹を満たしてからだ。

それにまだ霊夢の手料理を食べれる可能性だって…ゼロに近いけどあるかもだ。
まだ諦めちゃいけないぜ。
ここでぼーっとしてれば僕の分もまとめて作ってくれたり…、

……無いか。

でもなぁ……、コゲた野菜炒めはもう嫌だ。食べたくない。
いや料理の練習でコゲるのは仕方ないとしても、せめて一食はまともな美味しいご飯が食べたい。

土下座覚悟で霊夢に直談判でもすれば……


決めた。
がばっ、と布団から起き上がる。

僅かな可能性に賭けよう。
上手くいけば最高だし、
ダメでも待遇はこれ以上あんまり変わらないだろう、きっと。
今日の神社の家事をこなしたのは八割方僕だし。
……なんでなんだろ。居候だから、じゃ済まない気がする。

そうと決まればすぐに行動。
霊夢を探しに部屋を出る。


今朝の時と同じ部屋にいるだろうか。
朝ご飯の匂いにつられて分かったんだよな。
ほら、こんな風ないい匂いに……、匂い?

ああ、霊夢さんが晩御飯作ってるのか。
道しるべがあるなら見つけるのも楽だな。

お腹がご飯を求めてる……、匂いの方へ……。
何かデジャビュ。


……あれ、ここ台所じゃん。
がらっ、とふすまを開けると、割烹着を着た霊夢が晩御飯を作ってる後ろ姿が見えた。

「どうしたの、ひなたくん。ご飯の匂いに釣られて来ちゃったのかしら」
はい、その通りです。
鍋をかき混ぜつつ振り向く霊夢さん。
いいなぁ……こういうの。家庭的な女の子は大歓迎ですよ。

あ、いやいやいや。掃除しないのは家庭的じゃないだろ。文句言いに来たんだよ、直談判に。
文句でもないか、僕の食糧事情について話が。

「ああ…うん、ちょっと話があってさ……」
ニヤニヤを抑えて真剣な表情にする。…大丈夫? ちゃんとできてるかな……。

「何かしら? 晩御飯なら今作ってるところだけど」
「その事なんだけどさ。もし……そう、できれば僕の分も一緒に作ってくれると嬉しいなーなんて」
口では軽ーく言ってるけど内心ドキドキだ。冷や汗もかいてる。

「今言ったばかりじゃない。晩御飯なら作ってるところだって」
「だから僕の…」
「だからひなたくんの分も」



ナンダッテ。

「今なんて…」
「今日、ひなたくん色々と頑張ってくれたでしょ? そのお礼よ」


神は……神はここに居らせられたのか……。
嗚呼、在り難や在り難や。南無南無…いや神社だからどうなんだ……? ま、いいか。

「…何拝んでるのよ。巫女に拝んだって何も出ないわよ」
「いや…出るよ。有り難いご馳走が……」

ああ女神様、実は貴女に対してフラストレーション溜まってたけど、すっかり晴れました。
溜まったからって何かするわけじゃないけど。
こんな言い方するのもアレだけど、何ていうか、見直した。

「そんなに食べたかったの? 私の料理」
呆れた表情になる霊夢。
「そんなに食べたかった。コゲた野菜ばっかじゃ生きていけないよ」

僕の切実な気持ちは伝わってたんだな……

「仕方ないわねぇ…、そこまで言うんだったら、これからも作ってあげるわよ」
「ありがとう霊夢。僕、掃除とか頑張るよ!」
嬉しくてノリで言ってしまった。まぁ頑張ることに変わりはないんだけどね。


「そう、それじゃ私がご飯作ってあげる代わりに他の家事は全部やってね。よろしく」
最高の笑顔でそんな事を言われた。



……嵌められた。

霊夢って、笑うとこんなに可愛いのかーなんて思ってる場合じゃない。

…まさか、最初からそのつもりで……。
女の子って怖い。怖いよ。




でもその後食べた晩御飯は最高に美味しかった。
こ、こんなもので許されると思ったら大間違いなんだからねっ!?


あ、結局あのライフル取り寄せたはいいものの試してないや。
明日やってみるか。


















 あとがき

平凡な一日修行編です。

少しづつ能力の様相が分かってきます。出来ることも段々と増えて……。

この能力、汎用性が結構ある分、少し使い勝手が悪い感じです。今のところは。


次回は、ひなたくん幻想郷案内です。 なるべく早く纏め上げます。



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