「ひなたくんも結構あくどいわね、人を騙して楽しようだなんて」
「誤解だったんだって、僕の言葉が足りなかったせいで…」
「でも結果として楽してるでしょう」
「う…、まぁそうだけどさ…」

博麗神社の炬燵。僕は雪かきで冷えた体を温めている。
…霊夢のせいで心は余計に冷え込んでるけど。

「手伝おうと思っても、良也の方が手際良いし、火の熾し方も分からないしでどうにも」
いかんせん、僕は普通の現代っ子なんだよ。ガスコンロどころかライターも無いのにそんな宴会料理なんて作れるはずもない。
雪かきだって良也は魔法?みたいなの使ってすぐに片づけてた。湿ってたハズの地面もなぜか乾いてたし。
…ええ驚きましたとも。そんな特殊能力とかを改めて目の当たりにしてね。

「まあいいけど、こっちで暮らすなら使い方くらい覚えておきなさいよ?」
「…努力するよ」
ゴロン、と横になる。今練習しに行ったところで良也の邪魔になるだけだろ。多分。

………。
こっちでの暮らし方、か…。
竈とかの使い方くらいならなんとか覚えられるだろうけど、
さっき見た、アレ。霊夢が出した青白い光とか、良也が雪かきで使ってたのとか。
ああいう感じのも必要なんだろうな…。
僕にもそんな変な能力はあるらしいんだけど…
…って慣れてきてる自分が恐ろしい。

「そういえば、能力ってどうやって使うの?」
「ん〜?」
間延びした返事。
なんか思ってたイメージ通りの反応だ。ちょっと嬉しい。

「知らないわよ、物心ついた時には何一つ不自由無かったし」
…やっぱイメージ通りだ。どうやら訊く相手を間違えていたらしい。
「良也さん辺りに訊いた方がいいんじゃない? 似たような境遇なんだし」
「訊きたいのは山々なんだけどさあ…、今すぐって訳には…」
ちょっと負い目がある。今だって大量の料理作ってるし。

…にしてもこの良也って人、誰なんだろ?
かなり神社に溶け込んでるみたいだし。なんか外の人間っぽいし。
すんごい気になる。「東方」が大好きな人間としては。
色々聞いてみたいけど、今は忙しそうだし宴会中にでも話してみようか。

……。
静かだな…。
僕が住んでたとこも都会ではなかったけど、こんなに音が少ない環境じゃなかった。
遠くの車の走る音とか、時計の針の音とか、冷蔵庫のヴーンって音とか。
でも、今聞こえるのは良也が料理を作っている音くらいだ。
きっと料理が終われば、この世界から余計な音は消えるのだろう。
時間とか義務とか、何に追われる事もない、煩わしい一切が無い…。
…ちょっと中二っぽいかな?

なんて考えてたら急にドッと解放感と安心感が襲ってきた。
僕は幻想郷で暮らすことになったんだ、と。
ようやっと、そう確信できた気がする。

いやはや感動だよ。それ以上の形容の言葉が見つからない。
このほぼ無音な状況が愛しくなってきたよ。
現代社会のしがらみも全部無い。
音が無いって幸せだー、としみじみしてみる。


とっ、とっ、とっ、
…ん? 足音がする。
誰だろう、せっかく無音を楽しんでたのに。

「よう霊夢。 …ん?誰だ? 久々の外の人間か?」
ガラッと障子を開くのと同時に声が聞こえた。
「そんなところよ。ウチの居候二号みたいなものね」
「ほう、居候にしちゃ随分とのんびりしてるじゃないか」

確かに炬燵で寝っ転がるのはアレだったかもしれない…けど。
「いや…仕事はしたいけど、僕のできる事が無くて…ね」
黒い服、とんがり帽子、金髪。
ホントに会えた驚きというか感動というか、
…てかいちいち驚いてたら身が持たないだろ、僕。これから宴会なんだし。みんな集まるっぽいし。
驚き過ぎて心臓麻痺とかならないよな?大丈夫かな?

「へぇそうかい。ま、よろしくな、私は霧雨 魔理沙だ。」
「よろしく、僕は琴川 ひなた」
とりあえず僕は体を起こす。流石にこれ以上ゴロゴロは出来ない。
魔理沙も炬燵に足を突っ込む。来たばっかりなせいか寒そうだ。

「いやー、年は明けたがちっとも暖かくならないな、外は寒かったぜ」
と両手まで炬燵の中に入れて暖めてる。
「まだ正月よ。冬真っ盛りじゃない」
「気分だ、気分」
それは気分では済まないと思う。

「で、ひなた…だっけ。ここに居候しようだなんてなかなか物好きな奴だな」
まぁ今のところ他に身寄りも無いし、でも博麗神社住まいは素直に嬉しい。
「どういう意味よ」
「ま、気にすんな」
ほい、宴会用の酒持ってきたぜ。と、どこから出したのか炬燵の上にドンと一升瓶が置かれる。

「幻想郷で最初に来たとこがここだったし、そのまま居候って流れで」
「神社に来たのなら、何で帰ろうとしなかったんだ?」
「いや…霊夢に送り帰してもらおうとはしたんだけど…、僕の能力?のせいで出来なくてさ」
「へえ、能力? あるのか?」
「紫さんには『所属を変える程度の能力』って言われたけど、自覚はしてない」
あるのかどうか本人も知らない能力で帰れないなんてね。…っと、そうだ、

「それで、なんだけど、能力ってどうやったら使えるか知ってる?」
ダメもとで。魔理沙って実は努力の人らしいし。
「んー、固有能力だったら自分で考えるしかないだろうな。魔法なら魔導書なり読めば何とかなることもあるんだが」
やっぱ自分で考えるしかないのか…。

「私にはそんな固有能力なんて無いからな、使い方なんて知らん。…良也ー! お茶淹れてきてくれ」
魔理沙が障子の向こうに声をかける。
…溜息が聞こえた気がする。
するとすぐにお盆にお茶を持って良也が来た。

「全く、僕を便利な使いっ走りか何かと思ってないか?」
「違うのか?」
と言いつつ魔理沙は自分の分のお茶を取って飲む。
「違う、僕は…」
「あ、良也さん私のもお願い」
「………はぁ」

こうなると予想してたのか霊夢の分のお茶も…あ、僕の分もある。ありがとうございます。
…良也のここでの立場が分かった気がする。
頑張れ良也。と応援しつつ貰ったお茶に口をつける。

あ、お茶凄く美味しい。
味というか香りというか、今まで飲んできたお茶とは何だったのかくらいのお茶だ。これ。
温度も丁度いいし…、これ良也が淹れたの?凄くない?

「美味しい…」
自然と僕の口からそんな言葉が出た。しかし、
「今日のは七十五点ってとこね。良也さん最近は淹れるの上手くなったと思ってたはずなんだけど」
え? これで七十五点…、じゃあ満点のお茶って一体どれほどの…、
「む…、精進はしてるつもりなんだが、料理の片手間で淹れたせいかな、多分」
疲れ気味の返事。
雪かきして大人数用の料理作って、あと確か最初お菓子を探し回ってたとも言ってたな。そりゃ疲れるよ。

「まだ未熟ね、そんなことで味を落とすなんて。」
ずず、と霊夢はお茶をすする。
「まあ私は気にならないけどな」
「僕も。お茶美味しい」
これは素直な気持ちだ。初めての美味しさ。

「ああ、ありがとう。じゃ、僕は料理に戻るよ」
と良也はまた台所へ戻っていった。
早く色々な事聞きたいんだけどな…、まだかなそんな機会来るの。
取り敢えず今はこの美味しいお茶をじっくり味わっていようと思う。

ああ、美味い。

















もうそろそろ、夕暮れも薄暗くなってくる頃だ。
幻想郷には現代的なインフラなんて整ってない、点ける電灯も無い。
明かりは障子が夕焼け色に染まってるだけで、部屋の中はかなり暗い。
なんだか切ないっていうか、懐かしいっていうか。
こういうのをノスタルジックっていうんだろうな。

美味しいお茶を飲みつつ、霊夢達と外の世界の事とか幻想郷の事とか、適当に雑談してたらいつのまにか時間が経っていた。
非常に楽しい時間だった。なんのこともない只の会話だったんだけどさ。
時間を忘れて雑談してたら、…まあアレだ、催してきた。お茶たらふく飲んだせいかな。

僕は厠の場所を訊いて、まあ寒かったけど仕方なく炬燵を離れる。

「寒っ」
暖房設備なんてある訳ない。日本家屋な構造なもんで外気が直に肌に触れる。
この上着着ててよかった…。ある程度寒さが緩和される…。


「で、例のお厠ってこれか?」
造りこそは昔っぽかったけど、普通の和式だし何も不便なことはなかった。便所だけに。
…余計寒さが増してきた。僕の馬鹿野郎。

その帰り道、ついでにちょっと外の夕暮れの景色でも眺めようかなーなんて…思ってしまったんだな。
靴を履いてすっかり雪かきされた境内まで足を運ぶ。

もう陽は沈んだけど、まだ夕焼けの色は残ってる。
昔の日本の光景…とでも言うのかな。綺麗だ。
今まで気が付かなかったけど、空気も澄んでて美味い。
なんだかこっちへ来てから、心を動かされる体験ばっかだ。
自然っていいな…、こんな綺麗なものが無い現代社会って不幸だな…。

で、
逢魔ヶ時とはよく言ったもんだ、突然の悪寒。背中がゾクってした。
まるで濡れ雑巾を当てられたような嫌な感じの寒気。
これには経験がある。昔、間近で幽霊に遭遇したときにもこんな感触を感じた。

恐る恐る振り返る。
…誰もいない。

背後から気配を感じて、振り返ってもいない時は上にいるんだっけ?
見てみる。…何もない。

……気のせい、だよね。
ふう、と目を瞑って胸を撫で下ろす。

目を開けると、すぐ目の前に人魂があった。

「うひゃうっ!!!」
ひ、人魂!? 何だよそれ!?
必死で飛び退く。でも慌てていたせいかしりもちをついた。

人魂がゆっくり追いかけてくる。

どうしようどうしよう、やばいやばいやばい。
臨兵闘者とかってどうやるんだっけ、えーとえーと、
ああもう、うわどうしよう、
もうそこまで来てるし、

くそ、もうダメだ…
覚悟を決めて僕は目を閉じた。






………あれ? 何も起こらない?
目を開ける。辺りを見回す。

人が二人いた。
お腹を抱えて笑いを堪えてる和服の女の人と、
それを見て呆れてる腰に刀を吊ってる女の子と大きな人魂。
そしてついに堪えきれなくなったのか、女の人は声に出して笑い始めた。
…上品な笑い方だな、
ってオイ、この二人組って、

「あのちょっと、幽々子様、さすがにこれは非道いと思うのですが」
「ふ、ふふ…、いいじゃない、最近娯楽が少なかったんだから、ふふふ」
いやその理屈はおかしい。てかホントに酷い。

「…こんな初対面な人間を脅かして、非道いじゃないか」
「あれで驚く方も酷いと思うわ、ふふ」
まだ笑ってるし…くそぅ。

「ふふ…それで、貴方が紫の言っていた珍しい外の人間ね」
既に話が通ってる…。そういえば紫さん、いつの間にか居なくなってたな。
「珍しい…かどうかは分からないけど、一応、外の人間です」

面白いとか、珍しいとか、こっちへ来てから僕の評価がおかしい気がする。
でもまあそこは気にしないでおく。今のところは。

「で、貴方。本当に私達の事、分かるのかしら? 具体的に何処其処の誰々とか」
え、何故知ってる、…あ、紫さんが話したのか。人にはあんまり言いふらすなって言ってたのに。

「…はい。冥界の白玉楼に住んでいる、西行寺幽々子さんと魂魄妖夢さん…です」
合ってるよね? もしも違ってたら大恥物なんだけど。

目を細める幽々子さんと目に見えて驚く妖夢。
どうやら合っていたようだ。よかった。

「その通りよ。貴方はひなたというのでしょう? お互い知っているのなら、自己紹介は大丈夫ね」
うん、いいんだろうけど… なんか不思議な感じ。一応、初対面なんだけど。

「本当に知っているのですか? 私達の事を? 外の人間なのにですか?」
妖夢はまだ信じ切れていないらしい。
「妖夢もさっきの紫の話を聞いていたでしょう? 珍しい、外の人間だって」
「確かに能力を持っている人間は珍しいですけど…」
「その能力で、私達の事を知ったのよ。…そうでしょう?」
と投げかけられる。

話を合わせろ的な幽々子さんの視線。
なにやら僕が能力を使って、幻想郷の知識を手に入れたことになってるらしい。
…まだ使いこなせてないんだけどな、自分の能力。
面倒だし、そういうことにしておこう。 

「はい、そんな感じで」
「はあ…何だか不思議な能力ですね…」
本当の事をむやみやたらに言う訳にもいかないだろう。
妖夢もなんとか納得したようだ。

「それで、幽々子さん達はどうして神社へ?」
もし僕を脅かすためだけに来たのなら性質が悪すぎる。
「だって今日は新年の宴会があるのでしょう? 来ないわけにはいかないわ。…あと、幽々子、でいいわよ」
おお、幽々子様から呼び捨ての権利を頂いた。嬉しい。
そういえば宴会があるんだったよ。人魂のせいで忘れてた。

…そうだよ。あの人魂、何だったのさ。
ちょっとだけ、僕の中に怒りが湧いてきた。流石に相手が幽々子だからちょっとだけ。
「じゃあ幽々子、さっきの人魂は一体何だったのさ」
さっきも言ったがいくらなんでも初対面にアレは非道過ぎる。

「目の前に面白そうな人間がいたら、ちょっかいをかけてみたくなるでしょう?」
「小学生かっ」
思わずツッコんでしまった。
「宴会の為に神社に来てみたら、紫の話していた珍しい人間がいるんだもの。軽い挨拶みたいなものよ」
ならもっと穏便な方法は無かったものか。普通に挨拶をすればいいだろうに…。

「挨拶に人魂使わないでよ…」
全く、初めて見たよ人魂なんて。今も妖夢の傍に何か浮いてるし。…ああ、あれが半霊か。
「…もしかして、さっきのって妖夢の半霊だったり?」
「違いますよ! 私はあんなことしません!」
強く否定をする妖夢。あんなこと、って仮にもあなたのご主人がやったことを…。

…ほら、幽々子の表情が少しだけ変わった気がするもん。
何でもないように見せかけて実は内心…、って感じで。
「私の能力よ、幽霊を操れるの。知ってるでしょう?」

もちろん知ってる。その能力で冥界の管理を閻魔様に任されてるんだよな。
…僕の主観だけど妖夢も幽々子の好きなように振り回されてる気がする。一応半分は幽霊なんだしさ。

「それは知ってるけどさ、もう二度とそんな大層な能力で僕を驚かさないでよ」
僕はお化けとかその類は大の苦手だ。
我が家は代々霊が視える家庭で、僕もそれなりに視える体質なんだ。
でも、小さい頃酷い霊障に遭ったせいで苦手になったんだよ。
幽々子達みたいにきちんと理性がある人(霊?)なら平気なんだけれど。

「あら、それはフリかしら?」
「断じて違う!」
前言撤回。こんな理性なら要らない。
もしあれ以上が来たら失神する自信がある。自分でも情けないことに。

「そうねえ、今度こそ妖夢に協力してもらおうかしら」
「わ、私はやりませんよ!?」
ああ、やっぱり妖夢は良い子だな。僕の好感度急上昇中。
ていうか本気でやめてっ、お化けはマジで嫌だホントに。
「妖夢、お願いだよ、幽々子を止めてくれ」
今頼れるのは妖夢しかいないんだっ!

「う…、できればそうしたいのですが…、私には幽々子様を止めることはできません…」
申し訳なさそうに妖夢が答える。
藁にもすがる思いで頼んだんだけど、やっぱり無理か…。

「ふふ…冗談よ、冗談」
また面白そうに幽々子。
…非力な人間をオモチャにするのは止めてください。

「幽々子様、そろそろひなたさんが可哀そうです」
妖夢の助け船。本当に妖夢には感謝の言葉しかないよ…。
「うーん、まあそれもそうね。とても面白かったのだけれど」
「それは幽々子だけだって」
もしかしてこれが幻想郷の実態なのだろうか。
…気のせいということにしておこう。

「本当はちゃんと話す事もあったのだけれど、そろそろ宴会も始まりそうだからねえ、話の続きはお酒の席でね」
にこりと笑う幽々子。
む…。さっきの変な悪戯が無ければ、もっと純粋に可愛いとか思えていたかも知れないのに…。

「それじゃあね、これからの宴会楽しみにしてるわよ」
と言って幽々子は妖夢に宴会の用意をさせ始めた。

とりあえず霊夢達の所へ行こうと思って、僕は神社の中に戻ろうとした、…が、
気が付けば、いつの間にか辺りには見覚えのある妖怪達が集まって来ていた。
天狗とか、吸血鬼とか、鬼とか、あと分類のよく分からない妖怪とか、
皆酒を持ってきてたり既に呑んでいたり、楽しそうだ。

おっと、良也が料理持ってきた。これも美味しそう。

ええと、これで宴会開始…になるのかな? 
…まあいいや、楽しめれば。

さあ、夢にまで見た幻想郷の宴会の始まりだっ!



















 あとがき

えと、新年度で忙しくてなかなか書くひまがありませんでした。

落ち着いてきたら腰を落ち着けて書こうと思います。

求聞口授、出ましたね。あんな感じの幻想郷チックな会話のノリが大好きです。

よく、言葉遊び、と神主は言いますけど、本当にお洒落で素敵ですよね…。

あんなふうにお洒落に書くのは難しいです。

でも頑張ります。お洒落に書けるその日まで。




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