気が付いたら、知らない場所にいた…いや、この言い方だと語弊がある。

確かに僕はついさっきまでは神社に居たはずだ、いや目の前のこれも神社なんだけど。
毎年同じ神社に初詣に行っているんだ、気まぐれで違う神社へは行かない。
ていうか来た覚えがない。

でも今僕が目にしているのはいつものとは違う神社。
どことなく古びた佇まいの小さな拝殿が向かって正面に建っている。賽銭箱もある。
それに寒い。雪が参道から除けられて積もってる。四、五十センチ以上はあるな。
そして背後には境内の方向を向いて立っている鳥居。
知識としては知っていたけど、まさかこれって…






あー………オーライ、ちょっと落ち着いて考えよう。
見知らぬ場所だけど、僕はこの神社の名前を知っている。流石に祭られている神様の名前までは知らないけど。

「この場所」の名前も、知っている。…はずだ。
さっきまで僕は初詣でいつもの神社に行っていた。
でも今現在、自分が日本の何処にいるのか分からない。

この状況は…、「アレ」だよなぁ、どう考えても。
まさかその機会が自分に訪れるとは思わなかったけど。

…そう考えるとなんだか感情が昂ってきた。動悸が激しくなっていく。声を上げて叫びたい欲求に駆られる。
ダメだ抑えろ自分。ここではしゃいでも何の得もない。落ち着けー…、状況を把握するんだー…。

ふと賽銭箱に視線が移る。
そうだ、折角だし参拝しよう。初詣の続きだ。
若干ハイになり気味な心を抑えて財布から四十五円を取り出す。
終始ご縁がありますように。

…あれ? お賽銭って二拝二拍一拝のどのタイミングで入れるの?
まぁ適当でいいやと礼をして鈴を鳴らしてお賽銭を入れて、手を合わせてむにゃむにゃ。
そういえば、別の方の神社で祈った願い「今年一年も平和でありますように」は速攻破られてるな、なんて考えていると、向こうの方から足音が聞こえてきた。

「一体誰かしら? 普通の人間の参拝客だといいんだけど」
現れたのは、巫女さん。若干不思議な巫女装束だけど、巫女さん。
その巫女さんはこっちに気付くと少し考えた後に溜息をついた。

「…普通じゃない人間の参拝客。外の人間なんて久しぶりね」
そのままこっちへ向かって歩いてくる。
僕は言葉が詰まる。だって…

「まぁいいわ、アンタも家に帰りたいでしょ? 元の場所に帰してあげるから」
言葉が出ないのは、別に突然の出来事に戸惑ってるからじゃあない。
この巫女さん。可愛い。…じゃなくて、この神社と同様、僕が知っている人物だから。

といっても知り合いではない。向こうは絶対にこちらの事を知らないだろう。
でも僕は知ってる。言われる前に予言しておこう。妖怪退治が専門の楽園の素敵な巫女。多分これであってるはずだ。

「…何? 人の事ジロジロ見て」
「あ、えと…ごめん。色々驚くようなこと続きで言葉が出なくてさ。驚天動地ってやつ?」
「そりゃそうでしょうね。外の世界とここじゃ様子が随分と違うみたいだし」
 
実はこの時点で心臓バクバク。
コミュ障でも女性不信でもない。憧れていた有名人に会うようなものだ。
無論、向こうにそんな自覚は全く存在する訳ないだろうけど。

「とりあえずアンタの置かれてる状況を説明してあげるわ。アンタは、外の世界からここに迷い込んできた迷子。それでここは外の世界から結界で隔離された場所、幻想郷。私はその結界を管理してる巫女、博麗 霊夢。説明終わり」
 
幻想郷。博麗 霊夢。多分、宝くじ当選した時とか合格発表で自分の番号を見つけた時ってこんな気分になるんだろうな。テンション抑えるの辛い。
ね? ほら、言ったとおりじゃん。っていうかマジなのかこれ。
夢じゃないの? もしくはカメラどこ? ドッキリのプラ板は?
 
…余計頭が混乱してきた。
あ、ほら、僕が喋らないから霊夢が困ってるじゃないか。僕も何か喋ろう。

「あー、霊夢…でいいのかな?」
「別に構わないけど」
「まあ一応は理解できた。ありがとう」
「随分と物分かりが早いのね」
「まぁちょっと事情があって…。それで僕の名前は…琴川 ひなた。よろしく」

僕は右手を差し出した。いや、握手はしておかなきゃね。
しかし、霊夢はその手を握ってはくれなかった。嫌な予感がして冷や汗たらり。

「ごめんなさい。私はまだあなたの意思を聞いてないから、その手を取ることができないの」
…あー、よかった。どうやら僕の勘違いだったらしい。
で、だ。えーと、僕の意思? それって…
「ここに来た外来人にはとりあえず言うことになってるんだけど、アンタ、帰りたい? それともまさか帰りたくない?」
 
ああ、そういう事か。究極の選択的な運命の選択、みたいな事か。
なんだか言外に帰れと言われている気がしないでもないけど…
「うーむ……」 

帰りたいか帰りたくないか。そりゃこんな体験めったにできるもんじゃない。
ここでのんびり生きていくのも悪くないだろう。むしろそんな人生を送りたいとさえ思っていた事だってある。願ったり叶ったりだ。
でもセンター試験まであと半月もない。ここに残れば大学どころか高校の卒業だって不可能だろう。
家族も友達もいる。突然消えた僕をきっと心配する。
失踪で死んだことにされて遺品の整理なんてされたら堪ったもんじゃない。見られたくないものだって部屋に仕舞ってある。
ネットどころか電化製品すらないのに生きていけるかどうか…。


「…分からない、どっちだろう…」
僕は呟く。そりゃできれば残りたいさ、でも知り合いに挨拶も持ち物の整理もなしだ、色々準備してからだったら良かったのに。

霊夢はまた溜息をついた。
「私に聞かれても知らないわよ。どっちでもいいなら勝手に送り返すわよ?」
僕は頷いた。もったいないけど、これが最良だろう。
そもそもこんな重大な決定をそんなすぐにできる訳がないさ。
誰かに、それも…霊夢に決めてもらえるなら文句はない。

「それじゃ行くわよ。目を瞑って」
言われるままに目を閉じる。ホウッ、という不思議な擬音が聞こえた。
そして、僕は、元の場所に戻った。









































 …はずだった。

目を開けると、知らない場所にいた…いや、この言い方だと語弊がある。
ここは知識として知っていただけの神社で、目の前には不思議な紅白巫女。
何故か状況に変化が無い。

「あれ…? どうして?」
霊夢は傍目にもよく分かるほど動揺していた。
そしてすぐ右手を前に突き出し、何かを念じ始める。もう一度僕を送り帰そうとしているらしい。
青白くてフワッとした不思議な光が、さっきの不思議な擬音と共に僕を包み込む。
でもその光が消えても、見える景色に変化は全く無かった。
霊夢は何度か繰り返したが、僕が元の世界に帰れることはなかった。



「……おかしいわ、どうして失敗するのかしら」
霊夢は腕を組んで首を傾げた。…やっぱり可愛い。
「まあまあ、偶にはそんな時もあるって」
慰めにもならないだろうけど…、言ってみた。
「そういうものかしらね…?」

うーむむ。どういうことだろう。
仮にも、「あの」霊夢だ。失敗するなんて普通じゃ考えられないよな。
何か原因でもあるのだろうか…。

「それは勿論貴方が原因よ」
あっ、そうか。僕が原因か。なーるほどなるほど。…って、
………この声。何だか妙に嫌ーな予感のする怪しげな声はもしかして…
恐る恐る振り返ってみる…と、
「正解。でも、少しオーバーじゃないかしら」
そこにいたのは、怪しげな若い女性。金髪、ゴスロリ、日傘、扇子。噂通りの胡散臭さだった。やっぱり怪し過ぎる。
「因みに先程から貴方程度の心の中なんて筒抜けなのだけれど」
「…スミマセンデシタ」

「紫? 原因って?」
土下座している僕を不思議そうに眺めながら霊夢が聞いた。額に当たる雪が冷たい…。
というか僕も知りたいそれ。僕が原因とな?
頭を上げて僕は八雲紫――流石に人違いではないだろう。多分――の方を見た。

「ええ。いくら外来人といっても幻想郷の常識を知っていたら、越えられる結界も越えられないでしょう」
八雲紫…さんにジッと睨まれる。知ってるって気付かれてる。絶対。
ていうか………これは、怖いなんてもんじゃない。…命の危機よりもっと重くて、もっと危険なものが迫ってくるのが解る。

「つまり、既に幻想郷に染まっていたから、送り帰すことができなかったって訳ね」
「その通りよ。この結界はそういう結界ですもの。…まあ、それだけが原因でもないのですけど」
「はぁー…、私の腕が落ちたのかと思って焦っちゃったわ」
それを聞いて霊夢は本気で安心したらしい、胸を撫で下ろしていた。

そして、紫さんはもう一度僕を見た。
「貴方」
「………はい」
一瞬声が出なかったけど、精一杯絞り出した。
そのまま紫さんは僕の事をしばらく見つめた後
「面白いわね」
とだけ言った。

「あ、ありがとうございます…?」
面白い…の? 僕が?
なんだかよく理解できないんだけど。
それに今の沈黙て………もしかして、

(貴方の心、悪いけど読ませてもらいましたよ)
空気を介さず、頭の中に直接聞こえるような声。
えーと、テレパシーってやつですか?
(そう、私と貴方の心の境界を弄って聞こえるようにしているの)
おおぅ、流石は境界の能力、便利ですねー…。
(その事なのだけれど、いいかしら?)
…? とクエスチョンマーク。どの事だろう?

(貴方、幻想郷で生きていきたい?)
との質問。
あー、先程も考えましたけど、外での身辺整理が済んでいないので…、かなり悩んでます。
(それなら大丈夫よ、一度戻って整理してから、また来れば済む話でしょう)
え? いいんですか? それならば…、僕は幻想郷に住みたいです!

(良い心意気ね。…但し、条件が二つあるわ)
条件?何の条件でしょうか。
(まず一つ目に、幻想郷の知識をあまり無駄にひけらかさないこと)
うん、確かにトラブルを避ける為にもそれは必要だな。
(そして二つ目は…、貴方の幻想郷に関する記憶の中で、いかがわしい部分を全て消去することよ)

…………ハイ?
いかがわしいって…、あー…R指定な同人誌とか画像に関する記憶ね。
まぁ、ほら、思春期少年にとって、たとえ絵であってもだ、「そういう姿」を見た記憶を持ったままモノホンの美少女達と接するのは自殺行為だ。
というか心を読む妖怪だっているんだし…。色々マズイよな。
ほら、あの画像とかあの同人誌とか。内容はアレだし絵だけでもクるものがあるのに…。

(現在進行形で心を読んでいるのだけれど。それ以上思い浮かべたら殺すわよ)
…申し訳ございません。もうしません、許して下さい。
(勿論それだけじゃなくて、他に深刻な影響を与えそうな記憶もなのだけれど。幻想郷で暮らすのなら、要らないわよね?)
圧力。この状況で要る、と答えられる奴が居たら見てみたい。いや本当に怖いんだって。
それに実際、僕の精神衛生上大変よろしくないであろうので、忘れた方がいいんだろうな。
僕は幻想郷に住みたいから。

そう思ったや否や、そういう記憶を思い出せなくなった。
物凄い勢いで記憶が消えていくのが判る。
そうして僕は、そんな記憶を綺麗サッパリ、忘れてしまった。
(これでもう思い出せないはずよ)

あの、消して頂いて、ありがとうございます。
(どういたしまして)
それから今度は耳に聞こえる声で、
「そうね、幻想郷で暮らすなら暫くの間この神社で暮らせばいいわ」
と霊夢にも聞こえるように紫さんは言った。

「ちょっと紫、既にウチには半居候が一人いるんだから、無理よ」
「平気よ。働き手は多い方がいいでしょうし、第一良也はいつもいる訳ではないでしょう?」
「まあそりゃそうだけど…」
「それじゃあ決まりね」
「…仕方ないわねぇ」

どうやら霊夢が折れて、僕の一時的な住所が決まったらしい。
博麗神社住まいかぁ…。なんだか夢みたいだ。
「それじゃあ、これからよろしく、霊夢」
と言って僕は右手を差し出す。
さっきはできなかったからさ、握手。
「…よろしく」
今度はしっかりと僕の手を握ってくれた。
ああ、もの凄い感動だ…。俺は今猛烈に感動しているッ!

なんだか紫さんが脇で怪しい微笑みをしてはいるけど、
ひょんなことから始まった僕の幻想郷ライフはなかなか上々なスタートを切れたんじゃないかと思う。







 あとがき
 
初めまして、ことかわ ひなたと申します。

初投稿です。プロットも何も無く思いついたまま書いたので、文法や用法やキャラ設定など色々とダメなところがあると思います。是非ご指摘頂けると嬉しいです。

主人公の名前の由来は自分のペンネームから。この名前が非常に気に入っているのでつい…(笑)

実は琴川くん設定は相当作り込んであります。まだ出てはいないけれど能力とか。特技とか。

そしてこの主人公。「東方」を知っています。結構異例な存在なんじゃないかと思いつつ、これで良いのかなと、皆さんの感想が少し怖いです…。

記憶を消したのは話を健全に円滑に進めるためと、単に紫様が許さなかったためです。

あと、オリジンの幻想郷でなく、良也のいる奇縁譚世界に出してみたかったんです。出来心なんです。

僕はタイピングの手が遅いので、なるべく早く続きを書けるように頑張ります。

皆さん、これからよろしくお願いします。



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