僕の作った霊力ベーゴマ、商品名『ベイプレート』は僕の予想通り大ヒットした。 ……飽くまで、ベイプレートだ、『プ』であって『ブ』ではないので誤解しないでもらいたい。 僕が作ったベイプレートの商品としての価値は自信を持っていたし、事前に子供にそれとなく情報をリークして、マーケットを操作していたので、当然といえば当然のことだった。 事前に少し多すぎなんじゃないかと思うくらい商品を用意しておいたが、あっという間に完売してしまった。 それのみならず、当日のうちに、僕のキャパシティを大幅に超えるだろう数の予約が入った。 調子乗りすぎて無制限に予約を受け付けたのがまずかった。 久々に僕の能力でもって時間をいじって、ハイペースでベイプレートの量産をしたけど、引渡し予定日を何人もの子供に頭を下げて、伸ばしてもらった。 最初だから、という理由で、ベイプレート一個あたりの利益はものすごく低くしてあったので、いくら売っても忙しいだけでほとんどトントン。 販売開始イベントと銘打って、縁日に出店を出してそこで売ったので、ベイプレート以外にかかった費用を考えると、若干の赤が出るほどだった。 いくら僕がカツカツでもベイプレートは普通のベーゴマより若干割高なせいで、他に縁日に店を出していた射的屋やお面屋などには子供が集まらず、白い目で見られたり、子供の喜ぶ姿が見れた以外では、僕に得なことなんてほとんど無かった。 ベイプレート公式試合場というものを設置したせいで、僕の魔法屋は寺子屋の授業が終わった時間からほとんど子供たまり場になってしまったし、追加で購入しようとする子供がいるせいで、他の魔法屋としての仕事もほとんど出来なくなってしまった。 目の回るほどの忙しさと表現される極地にたどり着くと、何故か、ああも新しいアイディアが浮かぶのか。 僕のグリモワールには、ベイプレートを作成中に思いついたアイディアがびっしり書き込まれたものの、それを実証したり、研究したりする時間がないので、グリモワールなのにメモ帳みたいになってしまった。 それでも幻想郷の人里の子供の数は限られているので、ベイプレート流行初期を過ぎると、おおよその子供にベイプレートが行き渡り、少し落ち着いてきた。 まあ、それでも、色々な問題が発生したりはした。 例えば、慧音さんが店にやってきたことだ。 何でも、寺子屋に来る子供が、ベイプレートに熱中しすぎて、授業をサボったり、授業中に寝たり、宿題をやってこなかったり、休み時間にベイプレートをやり始めて教室に戻る時間が遅くなったりしたらしい。 僕にベイプレートの販売をやめて欲しい、と直接言ったわけではないが、大体そんな意味が裏にあることを言った。 今時の子供は慧音さんが怖くないんだろうか、僕は牛の角がトラウマになっているのに、と思いつつも、僕は慧音さんと解決策を話し合った。 一応、僕も何も考えなし、というわけではなかった。 予約されたベイプレートを量産中、何日も徹夜をし、その間能力をフル活用した疲労した脳が、近いウチにこのようなことが発生するかもしれない、と考えていたのだ。 そのときに考えた解決策に、若干の修正を加え、実行することにした。 その解決策は、寺子屋に通う生徒の名前を表にして、僕の店の壁に貼り、その脇に数字を書き込んでいったのだ。 慧音さんが寺子屋に通う子供の、テストの点数や、授業態度なんかをチェックし、一日の終わりに、そのチェック表を僕の店に持ってくる。 僕の店に来た慧音さんと相談しながら、その表の数字を加算、もしくは減算していく。 ある程度、数字がたまったら、新しいベイプレートやあるいは非売品の試作型ベイプレートやグッズと交換してやる。 それを目当てに、子どもたちが寺子屋の授業をサボらないようになった。 みんな賞品目当てに頑張っているわけだから、根本的な解決にはなってないと思うけど、慧音さんは、前よりも熱心に授業を聞くようになった、と喜んでくれたからいいんだろう、多分。 慧音さんも、子どもたちの気持ちを理解するため、といってベイプレートを買ってくれた。 まあ、僕が、やってもないことを理解することはできないでしょう、と少し詭弁じみた言い方で勧めたから買ったんだろうけど、慧音さんは慧音さんでベイプレートをそれなりに楽しんでくれたようだった。 そんなこんなで問題を一つ一つ解決していき、ある程度人里の子供達がベイプレートの操作に慣れてきたので、第一回ベイプレート大会ツチキカップを開くことにした。 残念ながらスポンサーは付かなかったし、なけなしのお小遣いをベイプレートにつぎ込んでいる子供から更に巻き上げるのも気が咎めたので、今までの儲けを吐き出す形での開催になった。 とはいえ、出場希望者を募って、対戦表を作るくらいの苦労しかしていない。 バトルフィールドは今まで使っていたものを使えばいいし、解説者なんかはボランティアで来てもらった。 会場は言うまでもなく僕の店だし、かかった費用といえば適当にポスターやらエントリー表用の紙や、あとは優勝賞品くらいだ。 想像以上に人が集まったけど、男女に分け、予選用バトルフィールドを即席で作っておいたので、うまくやれた。 本当は店の中でだけやるつもりだったけど、天候が曇りということもあり、店の外でもやることが出来た。 それで、今はちょうど決勝戦。 ベイプレート男子の部優勝者と、ベイプレート女子の部優勝者との頂上決戦が始まろうとしていた。 「それでは、決勝戦を始めるぞ。まずは女子の部優勝者、レミちゃん、前へ」 解説役として手伝ってくれているのは慧音さん。 慧音さんは流石に大人で、ベイプレートにのめりこむことはなかったが、それなりに楽しんでくれた。 僕のした小細工にもすぐに気づいたし、歴史が専門なのに、物理分野でも多くの改良案も出してくれた。 そこで、僕が、非公式にしている情報を慧音さんに教えて、解説役をしてもらうことにしたのだ。 慧音さんは流石に長く人と接する仕事をしているので、こういうことは得意だった。 女子の部優勝者は、エントリー名『レミ』という子だ。 いつもの格好をせず、顔や体や羽や牙なんかは多分、パチュリーの魔法か何かで変化状態にある。 中の人が誰なのかは、敢えて言及する必要はないと思われる。 彼女は圧倒的パワーでもって、女子の部を勝ち抜いてきた。 ベイプレートは単純な霊力の強さで勝敗は決まらないが、それでも差は生じる。 彼女のスタイルは驚異的な回転力でもって、相手を力づくでねじふせるタイプだった。 また、彼女のベイプレートは特別製だ。 特別っていっても、別に性能がいいわけじゃない。 ベイプレートに限らず、ベーゴマというのは頭頂部分に装飾がある。 例えば絵だったり、誰かの苗字だったり、あるいはアルファベットだったりする。 レミちゃんのベーゴマには、『R』の文字があり、Rの文字の囲い込みの部分にコウモリがあしらってある。 僕の作ったベイプレートは装飾が大抵アルファベットや簡単な絵だったりするのだが、Rの文字は一枚しか作っていない。 レミちゃんには以前から世話になっていたので、ちょっとだけ恩を返すつもりで、特別に作ったのだ。 レミちゃんの霊力と、霊力感応金属に微量に含まれる銀は相性が悪いので、普通のは使えないし。 渡したときは、こんな子供のおもちゃを渡すなんてバカじゃないの? とか鼻で笑って、面倒くさそうに受け取ったけど、今や大会で思う存分に楽しんで、女子の部で優勝してくれた。 果ては、自分のベイプレートに『レッド・クイーン』なんていう名前まで付けて、いかにも誇らしげにバトルフィールドの前に立っている。 大人げないなあ、と思うけど、口には出さない。 僕も人のことは言えないし。 「では、男子の部優勝者、良君、前へ」 僕は体が小さいという違和感を抑えつけて、前へ足を勧めた。 片手には僕のベイプレート『ブルー・インパルス』が握り締められている。 あ、いや、ベイプレートの名称は前々からあったわけじゃなくて、レミリ……もといレミちゃんに触発されてつけたものだ。 自分のベイプレートの名前を叫び、相手のベイプレートをリングアウトさせたレミちゃんを見て、格好いいなあ、と思って、男子の部決勝戦でついつい熱い展開になったので、即席で名前を考えて叫んでしまった。 ……ああ、自前で体を一時的に子供にする薬を作って、僕も大会に参加した。 流石に、僕も魔法使いをやっている身として、霊力の強さは子供に負けるわけがないし、ベイプレートの構造も誰よりもよく知っている。 男子の部で優勝したのは、言わば当たり前というべきだろう。 ちなみに慧音さんの隣で、大会主催者として座っている僕は、ちょっとした魔法で作り上げた木偶人形だ。 「第一回ベイプレート大会、ツチキカップは、異例の展開を迎えた。 男女両方の優勝者がともに無改造のベイプレートを使い、かたや堅実な戦法で、かたや圧倒的なパワーでもって勝ち上がった」 ベイプレートの頭頂部分には絵や文字が掘ってあるとはさっきも言った通りだが、この装飾は別にいらない。 むしろ、これがあるせいで、ベイプレート全体の重量に偏りが生じる。 だから、こだわる子供はこの頭頂部を削って、平らにするのが常識だ。 男女ともに大会のいいところにいった子供は、ほとんどがこの改造をしている。 僕とレミちゃんは、これをせず、頭頂部の装飾を残したまま勝ったので、慧音さんが異例と称したのだ。 レミちゃんがそれをやったのは、自分の力の誇示のためだろうけど、僕は、ベイプレートを操作する技能さえあれば、無改造でも相手に勝てるということを子どもたちに知らしめるためにやった。 別に改造を施すことがいけないって言ってるんじゃなくて、ベイプレートは奥が深いということを教えたかった。 「この両者がいかなる試合を見せて……いや、魅せてくれるのか。 第一回ベイプレート大会を制する強者を決める最終決勝戦をはじめよう。 では、両者、握手」 子どもたちが見守る中、僕は円形のバトルフィールドに沿ってレミちゃんに近づいた。 「お手柔らかに、よろしくお願いします」 見る人が見れば、深窓の令嬢の様相をしているレミちゃんだが、ここにいる全員がその本性を今まで目の当たりにしてきた。 そして、僕は、ここにいる人間の中で最も彼女を理解している。 握手で手と手がふれあった瞬間、レミちゃんが思考を送ってきた。 『私のレッド・クイーンの力の前にひれ伏すがいいわ、良也!』 お約束、というか、ラスボスちっくな台詞をしてくれた。 そこはかとなく負けフラグっぽい。 とはいえ、彼女の台詞も最もだ。 人と吸血鬼の霊力の差なんて、ごくごく一部を除けば、アリとゾウとの差、と表現してもまだ足りない。 ただ単にパワーだけではベイプレートは勝てないというのがベイプレートの一般常識だが、彼女はその壁を乗り越える解決策を持っている。 真正面にやった場合、僕に勝ち目はない……が、それは飽くまで真正面からやったらの場合だ。 「ああ、こっちこそ、よろしく」 僕もにこやかに応えた。 とはいえ、彼女と同じように意欲は満々だ。 他のどんなこと……例えば弾幕ごっこで負けたとしても、このベイプレートでの勝負だけは譲れない。 作成者としても、男としてもだ。 レミちゃんも、そういった僕の感情を読み取ったのか、こめかみを微かにひくひくさせていた。 それでも笑顔は崩していないのだから、相当頑丈というかしがみつく力が半端じゃない猫を被っているようだ。 握手を終えた後、僕はレミちゃんと反対の位置にたった。 無言でベイプレートに紐を巻き付け、投げる時に崩れないようにぐっぐと固定する。 「では……最終決戦、一本勝負……両者同時に投擲してくれ!」 割とノリノリな慧音さんの言葉を後押しに、レミちゃんの目を見た。 勝負対する心得やら、戦略なんかは僕と彼女は全く違うことを考えているだろうが、このときばかりは同じことを考えているのがわかる。 「ちっちぃの、ちッ!」 僕とレミちゃんの声が合わさっていた。 同時に普通のベーゴマ用のものより遥かに大きいバトルフィールドに、二つの独楽が躍り出た。 ぶーん、とベーゴマが振動する音があたりに響く。 見ている子どもたちも息を潜め、僕とレミちゃんの独楽に意識を集中させているのがわかる。 「いきなり行くわよッ! いきなさい、レッド・クイーン! スカーレット・サイクロン!」 「おおっと、レミ選手、開戦直後に決勝戦のときに使った技を使ったっ!」 実況役の僕のコピーがそう言った。 というか、勝負しているときに考えることじゃないけど、自分の声って録音というか分身にしゃべらせると、自分の思っている声と結構違うんだね。 なんでなんだろうか。 それはそうと、レミちゃんの……ああ、もう、レミリアでいいか。 レミリアのレッド・クイーンは赤い光を発し始めた。 この現象は作成段階には想定していなかったものだ。 霊力をベイプレートに向けて照射すると、照射された霊力の一部が反射して、その場に残留し、光を発するようになる。 その場で回転しているだけだと薄ぼんやりした光が霧のように滞留するだけだが、例えば高速で横に動いているときに光を発すると、軌跡が光となって残るため、すごく格好良い。 それなりに強い霊力を当てないと光らないので、ベイプレートを光らせることが出来るのは一種のステータスになっている。 光が出せるからといっても、それがベイプレートの強さにはならないところがミソだ。 そもそも光が出るのだって、粗悪な霊力感応金属を使っているから、という理由だ。 レミリアの言う『スカーレット・サイクロン』というのは、彼女が編み出した技だ。 まさか、ベイプレートでアニメでしか見れなさそうな技を作られるとは思ってもいなかった。 レミリアのレッド・クイーンを中心として、赤い光が渦を巻くように放出されている。 光は何かに押されているかのように、上へと上がり……あたかも本当に竜巻……サイクロンの様相を示している。 最初は、レッドサイクロン、という名前だったらしいが、僕がなんとか説得して、スカーレットサイクロンにしてもらった。 レッドサイクロンだと、どうしても筋肉ムキムキのロシア出身プロレスラーを思い出してしまうからだ。 このスカーレット・サイクロンは伊達で光っているわけではない。 赤い竜巻の中央のベイプレートは、高速で回転をしている。 上から霊力をかけると、回転数が上がるが安定性が失われ、周りから霊力をかけると、安定性が増し、精密な動きができるが回転数が下がる、というのは現段階のベイプレートの仕様だ。 今、レミリアがやっているような高速で回転数を上げる方法は、普通では愚策という認識がある。 あそこまで急激に回転数を上げるようなことをしたら、安定性もまた急激に失われ、結果、自滅するのが落ちだからだ。 が、それは普通の場合。 レミリアは、それを莫大な霊力とそれを操る精密性でもって解決してきた。 全方位霊力照射。 まあ、種はこんなに簡単なものだ。 上部から霊力をかけて回転数を増やしつつも、周囲360度からも霊力を与えて、安定性を回復させている。 原理そのものは単純きわまりないが、これをやろう、というのは相当むずかしい。 全方位に均等に力を振り分けないとベイプレートが吹っ飛んでしまうからだ。 霊力コントロールの難易度もさながら、一瞬でも気が緩むと自分のベイプレートが場外の空を飛ぶ技なんてのを実戦でやろうと考えるやつは稀有だ。 いくら吸血鬼だとしても、この技を習得するためには、相当な苦労をしたということは容易に想像出来る。 レミリアはこの技を完全に使いこなしている。 だからこそ、僕の顔を見て、ニヤニヤ笑いをしているわけだし、子供の歓声に包まれても余裕を保っていられる。 レミリアのこの技は、自分固有の名称『スカーレット・サイクロン』というのを勝手に付けても文句のつけようのないほど完成させていた。 赤い竜巻の中心……ベイプレートの少し上では、燦然とレッドクイーン施された装飾……つまり、『R』の文字が浮かんでいる。 それがベイプレートの回転にあわせてくるくる廻っているせいか、Rの文字に描かれたコウモリが、微妙に羽ばたいて見える。 レミリアは、この大会でどちらかといえば嫌われる感じの戦闘スタイルだった。 パワータイプというのは迫力がある戦い方で、最初は、すごい、という感想を抱かせるが、大会のように連戦をしていると、それが段々面白みのなさを産んでしまう。 相手がどんな優れた小手先の技を披露しても、それをいつもと同じ戦法で撃破してしまうので、見ている側としてはいまいち面白みがない。 だが、決勝戦を迎えて、その評価が一変した。 今、レミリアが使っているスカーレット・サイクロンは一気に子供心をつかんだのだ。 赤く輝く竜巻は見るもの全てを魅了した。 僕ですら例外でなく。 諸手を挙げて、レミリアの技の完成を祝うことを、僕はできなかった。 理由もまた簡単で、悔しかったからだ。 僕が作ったベイプレートで、僕が考えもしなかった方法でもって必殺技を作り出したのだ。 それがとても悔しい。 僕だって、レミリアのスカーレットサイクロンを真似しようと思えば出来ただろう。 むしろ、霊力コントロールにおいてはレミリアよりも高い技術があると自負しているので、レミリアよりも遥かに早く習得できるだろう。 だけど、今更やったって、それは後追い。 コピー技とレッテルを貼られ、明らかな負けフラグを立ててしまうことになる。 自分自身の技を作り出さなければ、と思うが、今のこの状況でアイディアはないし、アイディアを出すための時間もない。 「ほら、何かあなたに策ありと見ていたけど、何かしないの?」 レミリアが言った。 本当にレミリアはこの技を習熟しているようで、会話するために思考リソースを省けるようだった。 「何もしないのなら、私が勝ちをもらうわよ」 本当に何もしなければ、レミリアの勝ちは当然のことだろう。 何もしなければ、僕のベイプレートの回転力は落ちていく。 かといって、回転力を上げようとすると安定性は失われていく。 レミリアのスカーレットサイクロンは、何かをするためには何かを失わなければならない、というベイプレートの基本ルールを根底から覆すものだ。 どちらかを失っていく相手に対して、これ以上有用な手はない。 が、しかし、この技の弱点を僕は見抜いている。 ベイプレート開発者であり、その構造を知り尽くしているからこそわかる弱点だ。 「そっちこそ、何もせずに止まったままなら、僕が勝ちをもらうぞ」 いささか挑発気味に僕は言った。 確かに、スカーレットサイクロン中はその場から動かない。 だけど、その中央で回るレッドクイーンは本物の竜巻さながらのパワーを持っている。 迂闊に突っ込めば、ただ場外に弾き出されるだけだろう。 僕は精密動作性にものを言わせ、レッドクイーンの放つ赤い霊力の迸りすれすれの位置で、ベイプレートを接触させた。 空気が弾けるような、チッという音があたりに響き、僕のベイプレートが数センチ弾かれた。 「……それがあなたの策なの? がっかりね」 レミリアが言ったが、僕は何も言い返せなかった。 正直、スカーレットサイクロンの弱点を見抜きはしたが、僕の策がうまくはまるかどうかは運に頼らざるを得ない。 今の動作に、平常のベイプレートバトルにおける優位性に繋がる意味は全く無かった。 袖と袖がふれあうような接触では、相手の回転力を少し削ぐことが出来るが、レミリアのレッドクイーンは、下がった回転力をスカーレットサイクロンでもって、すぐに回復させることが出来る。 それに対し、僕のベイプレートはただ回転力と安定性を失うだけで、得るところは何もない。 スカーレットサイクロンを発動させたレッドクイーンを、普通の方法で倒すためには一撃で弾き飛ばす他にない。 しかし、僕は失われた回転力を僅かに回復させると、再びレッドクイーンに紙一枚を隔てたかのようなタックルを繰り返す。 これでいい、これで僕の策は進んでいく。 あとは、うまくいくかどうかを祈るだけだ。 「あなたのベイプレートの扱いの上手さはよーくわかったわ。 だけど、それだけで勝利を得られないということも十分にね。 そろそろ、レッドクイーンのトルクも十分に温まったから、デーモンロードスラッシュで息の根を止めてあげる」 相変わらずの戦法を繰り返していたが、未だ機は見えず。 僕は内心焦っていた。 度重なる不利なタックルで、僕のベイプレートの回転力は相当失われていたし、その反面、レッドクイーンの回転力は本当のつむじ風の種になってもおかしくないくらい強まっている。 ここまでか、と思いつつも、僕は最後のタックルをしかけた。 チッ、という空気の爆ぜるような音がして、僕のベイプレートがバトルフィールドの端にまで弾かれる。 なんとかぎりぎりのところで耐えたが……。 「あっ、スカーレットサイクロンが解かれた! ついに、デーモンロードスラッシュが出るのか!?」 外野の子供がそんなことを言ったのが聞こえた。 デーモンロードスラッシュというのもレミリアの技だ。 スカーレットサイクロンで限界まで上がった回転力に物を言わせ、急加速、急停止を連続して行い、直線的軌道の目にも留まらぬ連続で相手を幻惑し、確実に逃げられないようにフィールドの端に追い詰めてから、最大力での突進を行う。 実際のレミリアが、どつきあいの色が濃い弾幕ごっこで用いてくる技がモチーフになった技だ。 吸血鬼の動体視力と、スカーレットサイクロンで上昇した回転力に太刀打ちできるようなやつはいない。 だが、この勝負、僕がもらった。 先程までの絶望が希望に変化したのは、スカーレットサイクロンが解かれた後にレミリアが一瞬だけ浮かべた狼狽の表情だった。 「……ふふ、もう私の勝ちが決まったようね。 今のうちに降伏したら、自分のベイプレートが宙に舞う無様な姿を晒さなくていいんじゃないの?」 「あざといな。そんなに自分の勝ちを確信しているなら、僕を気遣うことなんてせずにかかってこればいいじゃないか」 レミリアも、本当に僕が降伏を選ぶなんて考えていなかっただろう。 ここでこんな台詞を吐いたのは、飽くまで時間稼ぎ。 時間稼ぎ、といっても、自分の余裕が無くなったから、という理由ではなく、不可解なアクシデントで狼狽える姿を他人に見せたくないための時間稼ぎだったろう。 とはいえ、その時間稼ぎは本当は前者の方に使うべきだということを、まだレミリアは気付いていない。 レミリアはスカーレットサイクロンを自発的に解除したわけではない。 そろそろ解除しよう、とは思っていただろうが、全く不意なタイミングで解除された。 ついでにいうと、今、レミリアは必死になってレッドクイーンをコントロールしようとしているはずだ。 僕は僕の勝ちを確信しているが、外野はそうは思ってはいない。 この場にいる人間は、レミリアのスカーレットサイクロン及びデーモンロードスラッシュでもって勝ちを制した、女子の部決勝戦の名勝負を見ていたわけであり、その威力のすさまじさを目に焼き付けてきた。 ならば、この試合、スカーレットサイクロンが発動した時点で、僕の負けが確定した、と見た人が大半だった。 「動かせないんだろう、レッドクイーンが」 「な、何を……ッ」 「ベイプレートは普通のおもちゃなんかじゃない。一緒に戦ってくれる相棒だ。 お前は、その相棒に無理をさせすぎた。 莫大な霊力を背景とし、レッドクイーンのことを考えない強力な回転力の増加。 それが、レッドクイーンの命の灯火がかき消えてしまったんだ! もう、レッドクイーンはお前の呼びかけに答えることはない!」 場を盛り上げるような言い方をしているけど、本当のところ、高負荷に霊力感応金属がたえきれなくなってしまっただけだ。 僕が予想していなかった霊力の流し方をした、っていうことは、そこまで想定した耐久力を持たせていなかった、ということになる。 もちろん、遊びとして少し頑丈に作っていたから、すぐには壊れはしなかったが、スカーレットサイクロン中に何度も衝撃が加わることによって、コルク抜きのような形状をしている霊力感応金属がボキボキに折れてしまった。 「そ、そんな……嘘よっ!」 「嘘だと思うのなら、とどめを刺せばいい。 僕のブルー・インパルスは、力を失ったレッドクイーンを緋色の玉座から引きずり落とすために力を蓄えているところだ、今なら簡単に取れる」 なんというか、今は場の空気というやつでスラスラこんな台詞が吐けているけど、夜寝る前にベッドの上で悶絶するんだろうなあ、というクサイ台詞が簡単に出てくる。 ええい、一度出した言葉は口に戻すことはできない。 今夜、思う存分ベッドで悶絶するから、今はそのことを忘れよう。 レミリアは一生懸命、レッドクイーンを動かそうとしていた。 が、一切の反応がない。 レッドクイーンは、霊力の補助を失い、ただただ以前の回転エネルギーを怠惰に消費することによって回転を続けていた。 女王は補助を失ったとはいえ、未だに強い回転をしている。 今のブルー・インパルスは、さっき、レッドクイーンの中枢を破壊するために回転力をほとんど使い果たしてしまっていた。 いくら霊力の制御が出来ない相手だとはいえ、そのまま突っ込むのは自殺行為だ。 十分に力を蓄えた後、レッドクイーンを屠ればいい。 「うっ、動きなさい、レッドクイーン! 相手を、相手を倒すのよッ!」 もはや、余裕を失ったレミリアは叫んだ。 少し、かわいそうな気がしたが、スカーレットサイクロンを使っている以上、霊力感応金属の激しい劣化は避けられない。 まさか、これから勝負するという相手に、お前の技は自滅を招き兼ねない、技を使うのをやめろ、とか言うわけにはいかないし。 「動きなさいッ! レッドクイーン、動け、動けぇぇぇぇッ!!」 レミリアの絶叫と同時に、あたりに膨大な霊力が発せられた。 ベイプレートのバトルフィールドには、所有者以外の霊力による干渉を受けないような魔法陣が台の下に描かれているので、僕のベイプレートは影響を受けなかったが、辺りにあるものが風が吹かれたかのようにたなびくほどの膨大な霊力だった。 「レッドクイーンが動いたッ!」 「何っ、しまった!」 レッドクイーンが動いた。 霊力感応金属の軸が崩れているはずなのに、ブレることなく真っ直ぐと、僕のブルーインパルス目がけて突っ込んできた。 後ろに逃げるか? いや、後ろはもうない、バトルフィールドから落ちるだけだ。 立ち向かうか? いや、今の回転力ではレッドクイーンに勝てない。 避けるか? 右に? それとも左に? 完全な油断だった。 もうレミリアのレッドクイーンは動かないだろう、と信じきり、万が一動いた時の警戒をしていなかった。 避けることすら出来ず、レッドクイーンの至近距離までの接近を許していた。 僕の頭の中が、真っ白になった。 そのとき、僕がどうやったのかわからない。 頭の中が真っ白になっていたから、考えてやったわけじゃないんだろう。 僕のブルーインパルスは空を飛んだ。 けど、それはレッドクイーンとレミリアの渾身の力でもって放たれた突進を受けたからではなかった。 ブルーインパルスは、直撃を受ける直前、ふわりと浮かび上がり、突進してくるレッドクイーンの上空を飛び越えた。 空中で九十度傾き、バトルフィールドの反対側に落ちる。 強烈な縦回転がかかった状態での着地だったため、ブルーインパルスは反射した。 やけに時間が遅く感じられた。 実際、僕が時間を操作したのかもしれない。 レッドクイーンが戻ってきたところに、ブルーインパルスがアタックした。 「ディープ・インパクトォォォッ!!」 僕の口が勝手に動いて叫んでいた。 何をもって言ったのか自分でもその時の記憶はないが、この技の名前のつもりで言ったことは推測出来る。 レッドクイーンとブルーインパルスでは回転力の強さはどちらが強いのかを言うまでもない。 だが、僕のブルーインパルスはそのとき九十度傾いていた。 圧倒的な回転力の差がありながらも、ブルーインパルスは、『縦回転』という新たなジャンルの強さを持って、レッドクイーンを跳ね上げた。 まるで、ボクサーの放つアッパーのように、レッドクイーンを場外の空高くに打ち上げたのだ。 しかし、僕の気は休まらなかった。 レッドクイーンを打ち上げたブルーインパルスは、またバトルフィールドの床にぶつかり、跳ね上がった。 いくらレッドクイーンを場外にはじき出しても、ブルーインパルスが倒れてしまっていては意味がない。 中空に上がったブルーインパルスを、僕は全力を尽くして、姿勢制御をさせた。 ……カッカ、と音をたて、ブルーインパルスはバトルフィールドに舞い降りた。 さっきまで、赤い竜巻が渦巻いていたが、異様なまでに静かなバトルフィールドにだ。 僕は、たった一人ぼっちでバトルフィールドに舞い降りるブルーインパルスに、何かを見た。 「……アルマゲドン」 また僕の口が勝手に動いていた。 けど、その言葉を自分の口から聞いたとき、下半身が震えるような感覚に襲われた。 真っ直ぐ立っていられないような震えが走り、背筋がゾクゾクした。 頭がやけに冷静になった。 まるで潮が引くように感情と言う感情が消え去り、どこか他人事のように目の前の状況が見れた。 が、数秒後、異様な興奮が胸の奥底から沸き上がってきた。 ここからは後日談になる。 翌日、レミリアがレッドクイーンを持って僕の店にやってきた。 僕に負けたことがよほど悔しかったのか、覚えてなさいよ、と捨て台詞を残して、表彰式に参加せずに帰ってしまったが、レッドクイーンが再起不能になっているのを一晩たってから思い出したらしい。 レッドクイーンはベイプレートの軸となる霊力感応金属が砕けてしまっているので、僕にもすぐに修理するのは無理で、別に用意しておいたレミリア仕様ベイプレートを用意しておいたのだが、レミリアはレッドクイーンを直せ、と頑として引かなかった。 しょうがないので、レッドクイーンをもう一度溶かして、もう一度型に流して、再び作ってやった。 相当な手間だったが、一度再起不能になったレッドクイーンは、銑鉄部分が若干の赤みを帯びていた。 別に余分な成分が混じったわけでもないのに、赤黒くなったので、あるいはレミリアの霊力に影響を受けたのかもしれない。 僕が自信を持って、かっこういい『R』の文字を掘ったレッドクイーンが、独自色を持って更に格好良くなった。 レミリアもこの色の変化を喜び、大層喜んでくれた。 それを見たフランドールが、嫉妬したのが悩みの種ではあった。 フランも先日の大会に参加していたのだが、こっちは二回戦敗退という成績だ。 やはりまだ力の制御というものが難しいらしく、レミリアと同じパワータイプなのだが、横からのタックルに対処出来ずに負けてしまっていた。 ちなみに、フランのベイプレートは、やはり他には無い『F』という文字に、フランの翼の形状をあしらった装飾を施してある。 これは霊力感応金属が砕けていないし、一度溶かして、もう一度型に嵌めてみても、色が変化するとは限らないわけで、なんとか他の方法で我慢してもらった。 フランドール専用の、ベイプレートアタッチメントを作ることにしたのだ。 デザインはフランに紙に書いてもらって、僕はそれを再現することにした。 となると、黙っていないのがレミリアで、私にも作りなさい、と強引に言ってきて、勝手に紙にデザインを描き始めてしまった。 「……そういえば、良也」 「ん、何?」 レミリアは何度も何度も自分の翼の形状を見ながら、紙にそれを描きながら、不意に僕に声をかけてきた。 紙から目を離さず、僕の方を向きもしない。 「最近、パチェの様子が変じゃない?」 「そうか? 別に感じないけど」 「……髪飾りで髪の毛を束ねたり、咲夜と人里に行って服を買ってきたりしてるけど?」 「ああ、そういえば、そんなこともしてたな。 でもいいじゃないか、パチュリーだって女の子なんだし、おしゃれくらいしたって。 まあ、あの地下図書館だと、見せる人がいないのが問題だろうけど」 とまあ、そんなことを言ったら、レミリアが急にこっちを向いて、僕の顔面をぶん殴った。 鼻血は出るわ、鼻の骨は折れるわ、前歯が二本抜けるわ、と、散々だったけど、レミリアだけでなくフランや咲夜さんまでもが、僕が悪いと言ってきた。 なんだってんだもう。 |
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