今日は地霊殿にお呼ばれをしたので、核融合炉入り口から地霊殿へとやってきた。
 途中、お空に核融合炉に侵入した異物だ、と言われて焼かれそうになったのはいつものことだ。
 どうも彼女は物を覚えることが苦手らしく、何度も何度も顔を合わせているのに、僕のことがわからないらしい。
 ただそれだけならばいいのだけど、彼女は幻想郷の中でも並ぶものがほとんどいないほど尋常じゃないパワーを持っている。
 人間では魔理沙がとことん火力を追求していたが、彼女ですらお空のそれには及ばない。
 弾幕を避け損なうと、一般人なら一瞬で消し炭にすらならずに蒸発してしまう炎を、これでもかと撃ってくる。

 とはいえ、対応としては、チルノとそれほど変わらない。
 なんとかして戦闘以外のことに気を引いて、口で他の話をすればいいのだ。
 お空はすぐに物事を忘れてしまうので、話を少ししてやれば、攻撃することを忘れてしまう。
 そうしたら適当なところで話を切って、じゃあまた、と立ち去れば危険は回避出来る。

 核融合炉を抜けて、ちょっと登れば、地霊殿に到着する。
 地霊殿は地上人である僕からすると少し風変わりに見える屋敷だ。
 門番妖精に挨拶して中に入り、案内されて奥へと進む。

 珍しくその案内がお燐でないことに、猫マスターの僕は少し寂しく思いながらも、この屋敷の主に対面した。

「こんにちは、良也」

 地底の妖怪というのは、能力が陰湿なものが多いが、その性格まで陰湿であるものばかりというわけではない。
 結構な数の鬼が住処にしているように、お祭り好きの明るい性格のものも多い。
 もちろん、それは『良く』言った場合であり、ただ単純に騒ぎを引き起こすような連中も多いのは確かだ。

 僕が地底の旧地獄街道をあまり通らない理由もここにある。
 萃香の古い友人である鬼が、萃香に好かれている僕を見るとすぐに力試しをしようとするのだ。
 もう何度もこてんぱんにのしているというのに、顔を見るたびに弾幕ごっこが始まるので、たまらない。
 彼女も手加減をしているのだろうが、繰り出してくる三歩必殺はまさに鬼の怪力を遺憾なく発揮している技なので、直撃がものすごく痛い。

 だからまあ、妖怪の山にある深い穴……核融合炉入り口を経由してきたわけだ。

 話はそれたが、そんな危ない連中の多い地底の中で常識人であるさとりさんだ。
 弾幕ごっこも、他人から頼まれない限り自分からしようとしないし、彼女は彼女の能力によって弾幕ごっこをしようとする人もいない。
 だから、あまり弾幕ごっこが上手じゃないのかもしれないが、まあ、僕にとってそばにいると平穏な気持ちになれる人だ。

「こんにちは、それで、今日は何の用なんです? さとりさん」

 お呼ばれしたものの、手紙で来てください、と伝えられただけなので理由は知らなかったりする。
 すると、さとりさんの背後から、ひょこっと、さとりさんによく似た女の子が出てきた。
 ちょっとはにかむように近づいてきて、紅い紐に繋がっているものを見せてきた。

「おお、三番目の瞳が完全に開いたのか、そりゃ良かった」

 彼女はこいしといって、さとりさんの妹。
 さとりさんと同じ種族の妖怪……『覚り』なのだが、人の心を読む程度の能力によって他人から嫌われるのを拒み、自分の三番目の瞳を自分で縫いつけた子だ。

 こいしの気持ちもわからなくもないが、さとりさん曰く、「それは悲しいこと」とのこと。
 どこがどう悲しいことなのかは、言われたような気がするが、今では思い出せない。
 本人やさとりさんが、第三の目が開いた事に対して喜んでいるのなら、それでいいんだろう。

 こいしと僕が出会って、かれこれ……えーっと……どのくらいの年月が経ったのか……確かあのときの阿礼乙女は阿求さんだったから……阿弥さんだったっけ?
 いやいや阿弥さんは僕が産まれる前の阿礼乙女だったはず……ということは、阿求さんかな。

 まあ、正確な時期なんてどうでもいいか。
 とにかくずっと昔から、第三の目を開こうと色々と努力してきて、ようやく完全に開ききったというわけだ。
 閉じたときには一瞬だったのに、開くのにはすごく長い年月が必要になった、というのがまた人間関係の難しさを表しているんじゃないかと思ったり。

「よかったな、こいし」
「うん」

 どこがどう良いのかよくわからないが、喜んでいることは確かなんだし、めでたいことなんだろう。
 僕は、僕の能力のせいでさとりさんの能力が効かないので、いまいち実感はない。
 ただ、知人の慶事を祝う気持ちは、僕にはたっぷりある。

 普通の連中だったら、さて、じゃあ宴会をやろうか、という流れになるが、ここだけは例外だ。
 さとりさんと、あとこいしの能力があるが故、あまりおおっぴらな宴会はできない。
 しかも今回は事が事なので、こいしの第三の目が開いたことに対して、いらぬ感情を持った妖怪が混じられると色々と面倒だ。
 主賓が、口に出さなくても何を考えているかわかる妖怪だから余計にややこしくなっている。

 個人的な祝い事ということで、宴会じゃなくて身内プラス僕というパーティーを開けばいいんじゃないかな、というところで落ち着くんじゃないかと。

「ということなら、何か持ってこれば良かったかな」

 アイシャドーやつけまつげなんかはどうだろうか。
 第三の目が開いたんだから、何かしら化粧をしてもいいような気がする。

 と思ったけど、あの何もかも見透かすような……実際見透かしている瞳が化粧ッ気たっぷりだと、それはそれで不気味な気もする。

「いえ、こいしの目が開くようになったのも、良也さんの助けがあってこそのことです。
 こいしの姉として、良也さんにお礼を申し上げます」

 さとりさんは席を立って、ぺこりと頭を下げた。
 助け、といっても僕自身はそれほど大したことをやったつもりはない。
 こいしが瞳を開こうとする切っ掛けを作ったのは僕じゃなくて霊夢や魔理沙だし、僕がやったのはせいぜいこいしの会話に付き合ってやっただけだ。

「僕としては大したことはやってないつもりだけど……役に立てたようなら良かったよ」





 その後は、まあ、お決まりルートといったところだった。
 地霊殿のペットたちと、お燐やお空なんかと一緒にささやかなパーティーだ。
 お空は案の定、さっきの出来事を忘れていたが、もう慣れたので、気に留めない。
 お酒を飲んで体温が上がったところで、お燐や他の火焔猫達となごなごしながら心地よい時間を過ごしていた。

 馬鹿騒ぎするやつもいなくて、久しぶりにまったりとした時間を楽しめる宴会だった。

 地底は昼も夜もないと思われがちだが、今や地底の天井には人工太陽が煌々と輝いている。
 河童と神様とお空の技術と力の結晶だ。
 外の世界の昼の時間は人工太陽が地底全体を照らし、外の世界の夜の時間は人工太陽は停止状態になっている。

 妖怪ってのは夜を好む種族が多いのに、なんでこんなことをしているのかというと、生活の張りが出るからだそうだ。
 自分の力が弱まる時間があると、自分の力が強まることを心地よく感じるんだそうで。

 今は人工太陽は停止しているが、つい先ほどお空が地霊殿を出て人工太陽の炉に火を入れに行った。
 あの忘れやすいお空が毎日毎日忘れずに決まった時間、あそこに行っていると聞いて、最初は耳を疑ったが、そういえば烏は朝に敏感だったか。
 いや、烏じゃなくてニワトリだったかな? どっちでもいいか。

 時刻的には、地上も朝を迎える時間なんだろう。
 流石に、昨日の昼過ぎからずっと起きていて、更にお酒も結構入っているため、眠くなってきた。
 さとりさんもこいしも、飲み過ぎた飲み過ぎた、といいつつも余裕そうな表情を浮かべているので、まだまだ平気だろう、と思ってつい飲み過ぎてしまう。
 いっそ急性アルコール中毒で死んだ方が血中からアルコールが飛ぶから楽になれるんだが、地霊殿でそんなことをしたらお燐が嬉々として僕の体を荷車に放り込んでしまう。

「うーん……」
「ん、起こしたか?」

 こいしがもそもそとテーブルから体を起こした。
 まだまだ寝ぼけ眼で、辺りを見回した後、僕を見てきた。

 昔のこいしは、無意識を操る程度の能力、というのを持っていて、とても気配の読みづらい子だった。
 僕の領域に入りこむまで、存在に気づかないこともしばしばあった。
 が、今や完全に第三の目を開いている状態なので、その能力は何か別のものに変容してしまったようだった。

 少し動いただけで、彼女がどこにいるかすぐに気配を感じることが出来る。
 不意に背後から声を掛けられて、どきっとしたことも一度や二度ではないので、気配を感じることが出来るようになったのはありがたい。

「うー……良也?」

 どうやらまだ寝ぼけているようで、またテーブルに突っ伏してしまった。
 いくら身体的な病気や怪我に強い妖怪でも、こんなところで寝ると風邪を引きはしないだろうか。
 さとりさんは、もうとっくに寝室に戻ってしまっているし、ここにいるのは僕とお燐とその他ペットぐらいだ。
 僕がこいしを持ち上げて、寝室に運んでやってもいいんだが、膝の上で猫形態のお燐がいるので、こちらはこちらで起こすのも忍びなく感じてしまう。

「良也が……心を開くのは、いつなの?」
「え?」

 どきん、と胸が痛くなるようなことを言われた。
 こいしを見ると、テーブルの上に顔を載せ、すーすー、と寝息を立てているだけだ。
 どうやら寝ぼけていたようだ。

 僕が、心を開く?

 いやいやいや、僕は心を開きまくっているだろう。
 毎日毎日、知人のところに遊びに行ったり、外の世界で働いていたり、一人でいる時間の方が圧倒的に少ない
 親しい友人、というのも僕が自分自身で言うのもなんだが、結構沢山いると思っている。

 そんな僕が、心を閉じているわけはないだろう。

 膝の上に乗って眠っているお燐の頭を軽く撫でる。
 短い毛が手に心地よく、りん、と首につけられた鈴の音が耳に届く。
 二本の尻尾がゆらりと持ち上がり、左右に二度三度震えたかと思うと、ゆっくりまたおろされた。

「……」

 自己弁護というか、自分で自分のことを評価してみたけど、こいしの言葉は僕の胸に未だ残り続けていた。






 翌日、あの子は買い物に出かける、ということで僕しかいなくなった神社で、一人お茶を啜っていた。
 二日酔いでガンガン痛む頭に負担をかけないように、暖かい『天然物』の太陽光を縁側で受けながら、時間の流れを感じ取っていた。

 今なお、こいしのあの言葉は忘れられない。
 やっぱりこいしはあのとき眠っていたようで、起きたときはあの言葉を言ったそぶりは見せなかった。

「心を開かないってことは、つまり、僕の能力のことなんだろうなあ」

 『自分だけの世界に引き篭もる程度の能力』
 スキマが言うには、そういう能力なんだとか。
 僕を中心とした、半径数メートルの範囲は、僕が生きやすいような僕だけの世界になっている。
 僕だけの世界を作り出しているわけだから、他者の能力がそこに入り込む余地はなく、さとりさんの能力なんかの影響も受けないわけだ。
 この能力は僕を取り巻く環境を良くするから解く必要がないから、この能力を常時展開している。

 とはいえ、その能力と心を開かない、ということに関係があるとは言い難い。
 実際、僕は僕の人間関係というものをとても大切にしているし、その関係もとても良好だ。

 僕の能力が、自分とそれ以外のものをはっきりと区別し、境界を作る能力であっても、現実ではそんなことはない。
 幻想郷にはたくさんの友人がいるし、一人っきりで寂しいなんて思ったことは滅多にない。

「……」

 だけど、ひっかかるところは確かにある。
 今までずっとわかっていたけど、敢えて気づいていないふりをしていたようなことだ。

 友人はたくさんいる。
 しかし誰も、友人止まりだ。
 親友と呼べる人間もいるが、普通こんな異性の親友が多くいて、誰一人恋愛感情に発展しないなんてことはあり得るだろうか?
 ラノベや漫画だとよくあるシチュエーションだが、現実でここまでの状況は、そうはないだろう。

 今まで、僕がへたれだから、とか、幻想郷の女性は変わり者が多いから、とか考えてきたが、本当は僕の能力がそうさせているからなのかもしれない。

「んな、馬鹿な」

 とはいえ、それを簡単に認めるわけにはいかない。
 色々と考えてみたモノの、それは飽くまで推論でしかないわけだ。
 確固たる証拠は一切無いし、見当はずれのことを考えている可能性だってないわけじゃない。

 そもそも、能力を使っていて何が悪いというんだろうか。
 時間を遅れさせたり早めたりする便利な能力もあるし、たいていの環境でも快適に過ごせる。
 能力を独占するわけではなくて、夏や冬なんかは色んな人が僕の領域に入ってぬくぬくと過ごしている。
 それに……いや、考えたってしょうがないことだな、考えるのを止めよう。



 手に持ったお茶を、ずずーっと啜る。
 空には雲一つ無い、いい天気だ。

 今日はどこへ行こうか。
 昨日は地霊殿で、一昨日は人里に行った。
 じゃあ紅魔館か、白玉楼あたりに行こうかな……。

「臆病者」

 弾かれたように振り返った。
 確かに今、耳元で誰かの声が聞こえた。

 ……はずだ。

「……」

 神社の中を見ても、誰もいない。
 日光が差し込んだ部屋の畳には影一つ無く、物音一つ聞こえない。
 すぐに僕の領域を神社全体に広げ、さっきの声の主を捜した。

「……いない?」

 薄々わかっていたことだが、何一つ気配は感じられなかった。

 声の発せられた場所は僕の領域の中のことだ。
 そこで、声の出るタイミングまで全く何も感じられなかったのだ。
 今更領域を広げてみようとも、感じ取れないのは当然のことと考えるのが普通だ。

 空耳か、と思ったが、それにしてはすごくはっきり聞き取れた。
 誰の声なのかは、あまりに突然だったのでわからなかった。

 こんな芸当が出来る人間……あるいは妖怪なんて、僕は知らない。
 それらしいことが出来るのは、光の三妖精とか、あるいは、第三の目が開ききっていなかったころのこいし、僕の領域を解除することのできる能力を持ったスキマくらいだ。
 けれども、三妖精はもちろんのこと、前のこいしだってここまで近くにいたら僕が気づいていたはずだし、スキマが僕の領域を解除したとしても、解除したこと自体は察知できてしまう。

 じゃあ、さっきの声はなんだったんだよ、という話になる。
 僕にもわからない。

 僕の領域の中に僕が知らぬ間に入り込み、僕の心中を察しているかのような言葉を言って、僕に気づかれることなく去っていくものなんて。
 首を捻って考えてみても、いっこうにわからない。

 うーん……僕の知らない新しい妖怪か、はたまた新しい能力に目覚めたスキマか。

 ……あるいは。







「ふーっ……今日はあっついなあ」

 天然物の太陽は、じりじりと地面に照らしていた。
 さしものチルノも湖の真ん中で自分の寝ころぶ氷を作って、ぐでーっと寝そべっていた。
 僕の姿が視線に入ったようだったが、珍しく絡んでくることはなかった。

「こんにちは、美鈴」
「こんにちは、良也さん」

 今日は、じーっと長時間見続けていると目が非常に疲れることに定評のある紅魔館へとやってきた。
 特に変わったところはなく、いつも通り、門の前には美鈴が立っている。

「今日は暑いなあ。もう夏が終わるっていうころなのに」
「そうですねー。といっても、私は妖怪なので暑さや寒さに強いんですけど」

 そうは言っているが、確か美鈴の服にはきちんと夏服と冬服がある。
 それはなんでなんだろう、と思いつつ、彼女の面子というものを傷つけないように黙っておこう。

「良也さんも体を鍛えれば、暑さに耐えられるようになりますよ。
 ということで、今日、どうですか? 久々に組み手でも」
「あー……それは遠慮しておこうかな……」

 こんな暑い日に外で組み手なんて……あまり考えたくない。
 それに美鈴はものすごく強くて、結構長生きしているはずの僕でもまだ手も足も出ない強さだ。
 コテンと倒されてしまって終わり、というのは少し情けないと思うわけで。

「そうですか……」

 美鈴は妖夢とは違って、こういうことにあまり強く迫ってこない。
 妖夢は、強引に僕を引っ張って剣術の訓練に付き合わせたりするが、美鈴はただ、少し寂しそうに引くだけだ。

 んー……。

「今日は紅魔館に一泊泊まらせてもらう予定だから、明日なら大丈夫だけど、美鈴の方は大丈夫か?」
「あ、はい、私の方はいつでも大丈夫です」

 たまにはいいかな、と思った。
 前、レミリアに襲われたときに助けて貰った恩もあるし、ちょっと付き合ってやっても罰は当たらないだろう。
 ただ、遠慮する、と言った手前、すぐに言い直すこともアレかと思って、明日にしてもらった。

 美鈴との会話はそこまでで、僕は紅魔館の玄関へと足を向けた。





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