たまには地べたに寝ころんで、星だけを肴に酒を飲むのもいいかな、とお昼を食べている最中に思い立った。
 宴会の最中にそういう風に飲んだことは数え切れないほどあるが、最初からそういう風に呑んだことはなかった。
 素面のまま地面に寝転がるのはどんな感じがするのだろう、と、少しわくわくしながら実行してみた。
 ワクワクなんて、年齢が三桁を過ぎてから久しぶりに味わう感情だ。

 日が沈んで夕飯を食べ終えた後、虫の声だけが聞こえる無人の境内にごろりと横になる。
 ひんやりとした石畳が背中に触れ、心地よい。
 月は新月からまだ二、三日ほどしか経っていないので、星が綺麗な夜だった。

「あー……癖になったらどうしよ」

 仰向けに寝たまま、傍らに置いてあった酒瓶を引き寄せ、コップを使わずそのまま一気に煽る。
 酒が口の中にとくとくと注がれ、粘膜を灼きながら喉を通っていく。
 中々の心地よさのせいか、まだ酔っていないくせに体中の体温が少し上がり、石畳の冷たさが一層心地よいものになっていく。

 一旦瓶を置き、口の中にわずかに残る酒を舌で転がし、ぬるくなってきてから喉に通す。
 想像していたよりもずっといい気分になってきた。

「このまま、一晩中過ごそうかな」

 そう独り言をつぶやいたものの、用意しておいた酒はとてもじゃないけど一晩持ちそうになかった。
 いつも酔っぱらってる鬼の持つ瓢箪があればよかったのだが、彼女は今はいない。
 どこに行っているのかわからないが、少なくとも僕のテリトリーである博霊神社周辺には、霧状の彼女すら存在しない。

 まあ、僕も彼女も長生きだから、今度会ったときに誘えばいいことだ。
 分不相応とはいえ、好意的な感情を抱かれているので、誘えば付き合ってくれるだろう。
 そのときのために、少し多めにつまみをストックしておこう。

 突き抜けるような星空を眺めながら、視線を動かさず、再び酒瓶を掴む。

 寝ながら呑むのは、中々難しい。
 あまりに大量に注ぎすぎると、入ってはいけないところに入ってしまいそうで緊張する。
 ちゃんと気を配ってやれば、問題はないんだけど……。

「あら、ごめんなさい」

 ガッ、という音と同時に酒瓶が地面に垂直になるように浮かんだ。
 大量に酒が口の中に流れ込み、酒瓶の口が、前歯に直撃。

「ッッッッ!!!! ェッホッ!! ゲッホ……ぐ、グェェェ……」

 目の前がスパークした。
 大量に入り込んだ酒が逆流して、鼻から噴出し、粘膜が……。

「なっ……あにすんだ……」

 思わず起きあがり、口の中にあった酒をはき出した。
 喉の奥がツンとしているし、鼻の下がなんだか暖かい。
 痛みで目の前が霞んでいるが、なんとか近くに置いておいたタオルを取って顔を拭う。
 鼻水……というか鼻から逆流してきた酒もなんとか拭い、ついでに涙も拭いておく。

「す、スキマ……今のはちょっと洒落にならなかったぞ」
「しょうがないじゃない、私が出てくる先に寝ころんでいたんだから」

 夜なのに日傘を差した女は、手に持った扇子を口元に当てながら、いけしゃあしゃあと言ってのけた。

 絶対にワザとやったはずだ。
 元々性格が良くなく、今のようにくすくす笑いを浮かべているのだから間違いない。

 ……とはいえ、スキマに追求したところでひらりひらりとごまかされるだけだろう。
 最近になってようやく、スキマに対してどういう立ち振る舞いをすればいいのか見えてきた。
 口で勝てないことが明確なときは無視するに限る。

「で、何しに来たんだ、スキマ」
「別に。ただの散歩よ」

 というものの、スキマの手には酒やらツマミが入った手桶があった。
 どこが『ただの散歩』だと言いたくなったが、まあ、勘弁しておいてやろう。

 今日は一人で酒を呑むつもりだったが、人が来てしまったのならしょうがない。
 苦手な相手とはいえ、とりわけ嫌いというわけでもないので、花柄模様のビニールシートを取り出して座るのを止めない。

「それにしても、寂しいわね。こんなところで一人酒なんて」
「一人で呑みたい気分だったんだよ」
「呑む相手がいなかったんじゃなくて?」

 スキマがちらちらとこちらを伺いながら言った。
 いつの間にか、コップを取り出し、僕の酒を勝手に呑んでいる。
 こいつに限らず、僕の知り合いには人の物を勝手に取っていく人は多いし、僕だってスキマの持ち寄ったツマミを勝手につまんでいるので文句は言わない。

「まさか。僕が企画すれば集まってくる人は沢山いるさ。もちろん妖怪も」
「あらあら、本当かしらね。最近はさっぱりだと聞いているけど」
「そうでもないって。まあ確かにあのころほどじゃないが、定期的に宴会も開いている。
 というか、スキマもいつも来てるじゃないか」

 スキマの言外の意味をあえて無視して、僕は言葉を続けた。
 長く生きている僕にも……いや、長く生きているからこそ、昔よりもずっと気にしなければならないことがある。
 スキマは、顔をあわせるたびに僕の触れられたくないところを指摘してくる。
 だから、今のなんてことのない言葉も、裏の意味があるように思えるし、実際裏の意味があるのだろう。

「それはそれは……流石、『大魔法使い』土樹良也ね」
「うぐっ」

 なんとかかわそうとしていたが、スキマはストレートで勝負を仕掛けてきた。

「う、うるさいなっ! 余計なお世話だろう!」
「外の世界では三十歳まで童貞だったら魔法使いになるらしいわね。
 ということは、百歳以上童貞のあなたはきっと大魔道士ね」
「う、うぐぐぐぐっ」

 何度も聞き慣れているはずなのに、ぐさぐさと僕の胸に突き刺さってくる。
 ええいっ、そうさっ、僕は未だに経験をしていないさっ。

 はっ、笑いたいやつは笑えばいいさ。
 僕がどんなに辛い思いをしているのか、きっと誰にもわかりゃしない。
 紅魔館に行って、人を人とも思わない吸血鬼に血を吸われるたびに哀れっぽい目で見られるのが気まずくなって、行きづらくなったり、永遠亭に行って、若い頃はセクハラセクハラ言ってきたウサギが、セクハラも仕方ないよね、とかぶつぶつつぶやいていたのを聞いてショックをうけたりとか、
 そういう辛い思いをしたことがあるのは僕だけだろうさっ!

 嫌な思い出が噴出してきたのを抑えるため、酒瓶を持ち上げて大きく煽る。
 大量の酒が喉を通り、胃の中で熱くなる。
 体温がわずかに上がったせいか、外気の冷たさがほんの少しだけ冷静になれたかのような錯覚が感じられる。

 いやいや、落ち着け、土樹良也。
 何も魔法使いは僕だけじゃない。
 よくよく考えれば、僕以外の妖怪だって、そういった経験があるのは多くないはず。

 第一、目の前にいるスキマ妖怪だって、男と付き合ったことがあるのか?
 スキマに一番近い男性と言えば、霖之助さんだろう。
 霖之助さんの持っているストーブはスキマと取り引きした燃料で動いているし、結構昔から知り合いだったらしい。
 だけど、霖之助さんはスキマのことを苦手だ、って言っていた。
 ドアを使って入ってこない等々、ごく普通の人がスキマに思うようなことが理由で避けている。

 霖之助さんは没として……じゃあ次に親しい男性となると……僕、か?
 いやいやいや、そんなことはあまり考えたくないな。
 スキマも見た目は美女と言って差し支えないが、中身はあからさまに見えている地雷だ。

 手を突っ込めば、確実に手が吹っ飛ぶことがわかりきっているのに、手を突っ込むやつがどこにいるのか。
 僕の場合、手が吹っ飛んでもすぐに治っちゃうけど、それとこれとはまた別の問題だろう。

 ということで、僕は没……となるとスキマのお相手は……。

 と、そこまで考えてやめた。
 何が悲しくてスキマの男性遍歴を予想しなきゃならないのか。
 いくら嫌な話を変えるための思考だとはいえ、こんなことを考えなきゃならないなんてあまりにも悲しすぎる。

「昔はいつも連れている女性が違う、節操なしと人里で噂されたんだがなあ」
「一皮剥いてみたら節操なしなんじゃなくてただの八方美人、しかも重度のへたれっていう救いようのないものだっただけじゃない」

 自分でも痛い感じの過去話を披露したら、スキマに幻想を木っ端微塵に砕かれた。

 ぐうの音も出なかった。
 さっきからスキマから繰り出される連続ストレートパンチで、僕はもうノックアウト寸前。
 痛いのは嫌だから、と言う理由でリングを降りないと、どうにもこうにもスキマを黙らせることは出来なさそうだ。

 コップに酒を注いで、ぐいと一気に飲み干す。
 ふわぁっと意識が舞うような心地よい感覚に浸りながら、スキマの持ってきた皮を剥いたピンクグレープフルーツを口の中に放り込む。
 ぷちぷちと果汁たっぷりの果肉が噛むごとに潰れ、あまずっぱい汁が口の中に溢れてくる。
 甘いだけでなく、わずかにほろ苦いのがおいしかった。

 また懲りずに、スキマをなんとかやりこませようと考えているとき、境内に強い風が吹いた。
 強いというか、乱暴といった方が適切な風だ。
 この風を起こすのは、風祝の巫女じゃなくて……。

「あやややや、珍しい組み合わせ……というわけではないですが、こんなところでこんなことをしているのは珍しいですね。
 ひょっとして、良也さん、『大魔法使い』を引退するおつもりですか?」

 カメラを構えた少女が石畳の上に立っていた。
 カッカッと一本歯の下駄をならしてこちらに近づきながら、カメラを通してこっちを見ている。

「僕が、スキマと? 笑えないジョークはジョークじゃないんだぞ、射命丸」
「いえいえ、ジョークじゃありませんよ。
 紫さんに限らず、良也さんが脱魔法使いしたとなれば、龍神様が人里で八百屋を始めるくらいのビッグニュースです。
 どうですか? ここは一つ、ダンプカーに飛び込むような感じで、魔法使いを引退してみませんか?
 ちょうどいい相手も私の方で今すぐに用意できますし。
 あ、その際は、もちろん私が情報を独占させてもらいますけど!」
「む、無茶苦茶だ……」

 大概のことには驚かない、と自負してきた僕だけど、今回は少し肝を冷やした。
 射命丸が無茶苦茶なことを言うのはいつものことだ。
 記事のためには何でもするのはわかっていたが、こんな突拍子もないことを言われるとは思わなかった。
 魅力的な提案、だけれども、百年以上守ってきた貞操を射命丸の三文記事なんかのために投げ打つ気にはなれない。

 魔法使いが何を言っているんだ、とか言われそうだけど、折角なら普通に恋をして普通に脱魔法使いしたい。
 意味もなく理想が高い上に、早々恋が出来るような精神状態になっているおかげで、今も素敵な恋をする目処が立っていないわけだ。

 それになんか、スキマが異様に機嫌が悪くなっている。
 顔には笑顔が張り付いているが、あからさまに気が変化した。
 僕の引きこもり世界の中ですら感じる変化なので、そりゃもうすごいものなんだろう。

 スキマと射命丸がぶつかりあったら、間違いなくとばっちりを受けるのは僕だ。

 これはっ! スキマと射命丸の挟み撃ちの陣形……ッ!! と一人おののいていると、射命丸が僕の隣に座ってきた。

「まあまあ、それは冗談として、いい加減お相手は見つかったんですか?」

 冗談、と言いつつも射命丸はスキマにちらちらと視線を向けていた。
 正直、挑発はやめてください、と心の中で叫びながらも、無視して酒を呑んだ。
 もはやさっきまで味わえた心地よさは失せ、胃がなんだかちりちりと痛くなってきた。

「いやあ、全然だね。
 まあ、いつものメンバーは代わり映えしないし、かといって人里の子に手を出すのもどうかと思えるし。
 完全に袋小路に入っちゃって、何か異変でも起きないと無理かも」

 ははは、と笑ってみせるが、自分でもわかるくらい渇いた笑いだ。
 自虐的な笑いだから渇いているのか、それとも火花が幻視できる状況だから渇いているのか、自分でもよくわからない。
 何故二人が火花を散らしあっているのかもよくわからない。
 仲が良いわけじゃなくとも、別段悪いという間柄ではないと思うんだけど。

「今代の博麗の巫女とはどうなんですか?」
「あの子は自分の娘みたいなもんだよ」

 ふと、霊夢のことを思い出した。
 僕がこの幻想郷に来たときの博麗の巫女だ。

 もし、なんて言葉は、なんだか虚しいし、情けなくなってくるから使いたくないけど、もし僕がそういう機会があったのならば、彼女が相手だった可能性が最も高かったろう。
 今も昔も、僕の幻想郷の寝床は博麗神社であったし、一番同じ時間を共有していたのは彼女だったからだ。

 一般的に知られていた空を飛ぶ程度の能力というのは、霊夢の持つ様々な能力のうち代表的なものを抜き出しただけであり、正確に表現するならば『全てのものから浮く能力』を持っていた。
 だから、世間からも他人からも『浮いて』いた彼女に唯一近づけたのは、他人の能力を無視できる僕とスキマだけだった。
 スキマは女……スキマはある意味、性を超越した存在になってたけど……霊夢に一番近かった男性は僕だけであったと、最近、解った。

 僕と霊夢の縁談、なんてのも正直な話、何度かあった。
 だけど、僕は霊夢のことを、手間の掛かる妹のような存在だと思い、また同時に不可侵なものであるとも思っていた。
 縁談が出るたびに、僕は蹴って、霊夢は特に関心を持たなかったため、結局はご破算になってしまったわけだ。
 霊夢は霊夢で未婚のまま夭折しちゃったし、その後、スキマの連れてきた新しい博麗の巫女達はすでに娘のような存在になってしまっていた。

 惜しかった、なんてことは考えない。
 当時の僕は確かに結婚なんてものに臨む覚悟は無かったし、覚悟の無いまま結婚しても、あまりいい結果にはならなかっただろう。
 いや、案外、ゆるーい感じでゆるい決着がついていたかもしれないけど、何にせよ、今更後悔したって、霊夢に対して逆に失礼だろう。

「紅魔館の吸血鬼の妹とはどうなのかしら? 今でも十分好かれているじゃない」

 スキマが僕の目の前にスキマを開いて、上半身を出して尋ねてきた。
 すこし離れたところに、スキマに体の上部分をつっこんでいるスキマの下半身が見える。
 ちょっとしか離れていないんだから、普通に近づけばいいのに、と思う。
 スキマから体を出しているから、息がかかるくらい近くに来ているので、尚更に。

 あと、いくら支えがないからって僕の肩に体重掛けないでほしい。
 案外重いし、髪の毛は僕の顔にかかるし、変な密着度が高すぎる。

「確かに、フランは僕を好いてくれるけど、体も心もまだ幼すぎてね。
 成長したらいいよ、って言ったけど、百年過ぎてまだ何にも変わってないからなあ。
 まだまだ気の長い源氏物語ってところだよ。
 もっとも、フランが成長しきるころまで僕に興味を持っているかどうかわからないけど」

 それに最近、紅魔館に行っていない。
 さっき言ったとおり、レミリアからの視線が痛い。
 ただでさえ痛いというのに、フランと仲良くしていると更に視線が痛くなってくる。
 それでもって、フランが「良也のお嫁さんになるー」とか言うと、もう耐えられないほどの痛みになる。
 多分、レミリアは僕が思っているほど視線を投げかけているわけではないと思うが、僕自身が過剰に気にしてしまい、痛くなってしまうのだ。

 それが嫌で、最近は数えるほどしか行っていない。
 霊夢が亡くなってから、レミリアは博麗神社にめっきり訪れなくなったし、フランは僕に抱きつこうとして日傘を放り投げ、危うく気化しかけたので外出禁止令が出されてしまった。

 もっとも、宴会には毎回参加しているから、顔を合わせる回数自体はそれほど減ってはいないんだけど。

「他にはいないんですか? 良也さん」

 射命丸がずずいと近寄ってきた。
 こちらも密着、といっても間違いじゃないくらい近づいている。
 録音機器の調子が悪いので、なんて言っているが、こいつは録音機器なんて持っていなかったはずだ。
 要するに僕をからかおうとして近づいてきたってことか。

 左にはスキマ、右には射命丸。
 あまり相手にしたくない二人に挟まれてしまった。
 もしこれがオセロだったら、僕は裏返らなきゃならないな。

 二人とも美人といえば美人だけど、僕のことはせいぜいからかうと楽しい相手としか認識されていないだろう。
 僕としては、嬉しい気持ちがないわけではないけれども、ノーサンキューだ。

 射命丸は僕の肩に触れるくらい近づき、手に持っていた空のコップに酒を注ぎ始めた。
 よくよく見てみると、僕の用意していたものとスキマが持ってきたものとも違う。
 射命丸が持ってきた銘柄のお酒だった。

 天狗が好む、度数がアホみたいに高いお酒だ。
 体育会系のノリは好きというわけでもないが、注がれたお酒は呑まなきゃ失礼に当たるだろう。
 ぐい、と口の中に流し込むと、粘膜がじくじくと侵されるような痛みが走る。
 痛みに耐えて飲み干すと、それ相応の高揚感に襲われた。

「他……他ねえ……白玉楼、人里、永遠亭、妖怪の山、天界、地霊殿なんかにも知り合いはいるけど」

 そこまで親密になった人はいないと思う。
 知り合いは本当にたくさんいるが、特別仲良くなっている人はいない。

 そういえばパチュリーが僕の魔法の属性に対する適正は全てフラットだといっていた。
 苦手なものがないかわりに得意なものもない、だから、魔法使いとして大成する可能性はほとんど無いと言われた。
 今の僕のていたらくをみれば、やっぱりその言葉は正しかったと思う。
 地力がついているから弱いってわけじゃないんだろうけど、なんとも地味な強さに落ち着いてしまった。
 もちろん、幻想郷の上位ランカーには手も足も出ない。

 それと同じことなのかな、と思う。
 よくよく考えれば、僕自身がだれそれが一番好きだ、という感情を抱かなかった。
 苦手な相手はいたものの、特に分け隔て無くみんなと仲良くしようと思って交流していた。
 だから、結局、深い仲になる人がいなかったんだと思う。

 八方美人で重度のへたれ……今になってスキマに言われた言葉がじくじく痛む。
 ギャルゲーで欲張って、登場ヒロイン全員にイベントを起こして、タイムアウトでどのエンディングにもたどり着けなかった、みたいな感じだ。
 ゲームによってはハーレムエンドにたどり着くかもしれないが、残念ながらそれに至るには僕自身のスペックが足らないし、ルートもない。
 自分で言ってて情けないけれど、一人を選ぶことのできないへたれに複数人の相手なんてできっこない。

 当然の事ながら、ゲームと違い現実はバッドエンドになってもその後の日常は続くしね。

「ま、案外気づかないところにあなたの相手はいるかもしれないわよ」

 スキマがそういって僕のコップに酒を足してきた。
 軽く口に含むと、思わず吐きそうになってしまった。

 この酒は確か、萃香がストックしていた酒だ。
 度数が射命丸の持ってきた酒よりも更に高い……何度急性アルコール中毒で死んだかわからない、僕にとっての鬼門だ。
 こんなものどっから取ってきたんだ、スキマは。

 ヤバイ、とわかっていても、おいしいから呑むのをやめれない。
 射命丸がツマミの木の実を、僕の口の中に放り込んでくれているから、一気呑みをすることはないが、ヤバイ、段々目の前が霞んできた。

「天狗の社会に入るのはどうですか?
 しがらみがあるのが欠点と言えば欠点ですが、それに対する見返りもありますよ?」
「ふぁ……天狗に結婚出来るような知り合いはいない……ああ、山のコミュニティに入ればいいから、河童でもいいのか。
 でも、水中で暮らすのもちょっと辛い……かな」

 頭がくらくらしてきた。
 段々、何を言っているのか、自分でもよくわかってないようになってきている。

 ああ、空が綺麗だ。
 星が線を描いている。
 そういえば、今日は星を見ながら酒を呑もうとしていたんだっけ……。

「博麗大結界の保守点検作業にスカウトしようかしら。
 今の博麗の巫女は少し頼りないから、藍だけだと手が足りないのよね」

 なんでその話が今出てくるんだろう、と思いつつ、僕はまだ責任を負わない立場にいたいから、といって断った。
 すると、スキマも射命丸も、一瞬、怖い顔を浮かべたように見えた。

 駄目だ、本格的にお酒が回ってきた。
 今の発言に二人を怒らせる要素が何もないのに、そういう風に見えてしまうのは、相当酔っている証拠だ。

「まあまあ、良也さん、ここは一杯……」
「ほら、良也、こっちのお酒も呑みなさいな」

 まるでわんこそばのようにコップに酒が足されていく。
 そしてそれを僕は何の躊躇いもなく呑んでいく。
 駄目だとわかっていても止められない。
 なんだか不思議な魔法か何かをかけられているかのように、手が勝手に動いていく。

「ちょ……と、いたずらを……」
「やっぱ……自覚……いんですね」

 スキマと射命丸が何かを言っているが、ぐわんぐわんと耳鳴りがして聞こえない。
 もう目の前がぼやけて判別できていないし、心臓が驚くほど早鐘を打っている。

 ああ、もうダメだ……意識が、白く……溶けていく……。







 気が付くと、ちゅんちゅんと雀が鳴く朝だった。
 境内の石畳に一人寝ころんでいた。
 辺りには酒瓶が何本も転がっており、つまみのカスが散らかっている。

「うう……頭痛い……」

 二日酔いの頭痛にさいなまれながら、ふらふらと立ち上がる。
 昨日のことは途中から何にも覚えていない。

「え、えーっと、確か、スキマと射命丸と一緒に呑んでたんだよな……」

 二人の姿は当然の事ながら辺りにはない。
 結局、あの二人は何をしに来たんだろうか。

 ……うー……頭痛い……考えるのはよそう、せいぜい僕のことをからかって遊びたかったんだろう。
 そういうことにしておこう。

 酒瓶やつまみのカスを片づけないと……あの子に怒鳴られる。
 酷い二日酔いになっているのに、怒鳴られたら気分は最悪だろう。

 気が付けば、昨日着ている服が微妙に変わっている。
 下着まで違ったので、ひょっとしたら僕がゲロって、二人が着せ替えてくれたのかな?
 あの自分勝手というか自分本位の二人が気を遣ってくれるなんて珍しいもんだな、と思ったけど、ゲロまみれになって起きるような目に遭わなかったことには感謝しておかないとな。







 数日後、久しぶりに紅魔館にフランに会いに行ったら、例のごとくレミリアに血を吸われた。
 また、あの、いやーな視線で見られるのだろう、と覚悟したら、レミリアは少し困惑しはじめた。
 曰く「味が変わった、というわけではないけれども、何か変ね」と。
 その後、更に大量の血を吸われ、やっぱり変という結論が出たのか、レミリアに危うく監禁されかけた。
 逃げようとしたら咲夜さんに邪魔されて、そこをパチュリーと美鈴の助けでなんとか逃げられたけど……一体なんだったんだろうか。
 咲夜さんがいつまで経っても老いず、姿が変わらないくらい謎だ。




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