フランドールと付き合ったなら 六年と少々前の話である。 それはフランドールと良也が付き合い初めて幾月か経った頃。 まだ二人が傍目からは仲の良い兄妹位にしか見えたかった時期の事だ。 「ねぇ、良也、飴食べてるの?」 良也が組んだ胡坐を枕にして、下からフランがわたしにもと見上げてくる。 「……ング、これは駄目だ」 「え〜、ケチー」 言葉と共に足を突っ張っり、腹にグリグリと頭をこすり付けて攻撃。 柔く当たる髪の感触に良也は息を吐き出した。 読んでいた魔道書を置いて、空いた手をフランの額へ落す。 掌が肌に触れた瞬間、ん、と彼女は呟いて頭の動きを止めた。そのままグリグリと頭を撫でて不満を収める。 ふくれていたのも数秒。すぐにその顔はふにゃっと緩んだ。 「あはは、くすぐったいよぉ」 フランを身をよじるが良也の胡坐からは頭を動かさない。だったらくすぐったくても嫌ではないのだろうと良也は行為を続ける。 この可愛い恋人のおねだりを叶えてあげたいのはヤマヤマなのだが、今回の良也には甲斐性を見せられない理由があった。 「この飴、永琳さんとこ製だからなぁ。今度普通のヤツ持ってきてやるからそれまで我慢しといてくれ」 「っ! 良也病気なのっ!?」 永遠亭作と聞いてフランが飛び起きた。 刹那の間も置かず振り向いて、良也の顔を覗き込む。 「あ、違う違う。別にどこも悪くないから」 「……本当?」 まだ心配そうな顔を崩さずに問い詰めて来るが、良也が舐めているのは別に病を治すための物ではない。 「ほら、僕って年取らないじゃないか。それで貰ったのがこの飴。年齢詐称薬って言って、一つ舐める度に一つ年取ったように見せかけるんだ」 「へぇ……」 そんなのあるんだ、と目を丸くするフラン。 「これがないと外の世界で生活できないからな。別に一年二年程度なら見た目が若いで誤魔化せるんだろうけど……。ん、フランどうかしたか?」 感心していた恋人が何故か急に下を向いてしまったのを見て、良也は声をかける。 しかし当の彼女は、 「――それがあれば私も……ううんでもそれじゃ意味が……」 小さく何事か呟き続けて返事をしない。 暫く自問自答が続き、流石に心配になった良也が肩を叩こうとしたした所で、バッと顔を上げた。 「良也っ!」 「う、うぉっ! な、何だ!?」 「あ、あのね、その薬って沢山あるの!?」 「は……? そりゃ、一瓶分殆ど手付かずだから結構あるけど……」 基本一年に一粒しか使わないため、かなりの数が残っていた。永遠亭に追加注文する事もできるし足りなくなる事はまず無いだろう。 その説明を聞いたフランの顔がぱぁっと輝いた。 「じゃあね、お願いがあるのっ!」 ごにょごにょと良也の耳元に口を寄せ、ある事を囁く。 「…………ん? うぅん、そりゃあフラン良いっていうなら構わないけど。何でまたそんな風に?」 告げられた内容はそれほど大したお願いではない。 しかし、妙な条件が付いていた。手間ではないが、面倒ではある。 「それがいいのっ!」 良也の疑問に何故かフランは顔を赤くして応えた。 そうしてもう一度、先刻のお願いを繰り返す。 ――あのね、良也と私が恋人になった記念日に、一つずつそれを頂戴? ……そして今現在。つまりはそれから六年と少々後。 良也は椅子の上、そわそわと落ち着きなく座っていた。 頻繁に自分の服装を確認し、意味もなく腕を組んだり解いたり。 「……はぁ。まったく、貴方は幾つになってもそんな感じね」 「まぁまぁ、それだけ良也さんも楽しみにしてるって事じゃないですか」 呆れたパチュリーが良也を嗜め、美鈴がそれを擁護する。 しかしそれすら良也はあぁ、と生返事だ。 駄目だこりゃ、と二人は肩を竦めた。 此処は紅魔館の食堂。巨大なテーブルの上には絢爛豪華な料理の数々。カートには上等なワインがコルクを抜かれる時を待っている。 六回目の良也とフランの交際記念日。 それを祝う準備は万端だった。 「それにしても随分と遅いわ。咲夜、何かあったの?」 頬杖を付きながら面白そうに良也を観察していたレミリアが従者に問う。 三歩後ろに下がっていた彼女は先程見てきた光景を思いだして微笑んだ。 「はい、何でも用意していた服が合わず選び直している最中だから多少遅れる、との事でした」 「ああ、それで小悪魔が居ないのね?」 「現在進行形で準備に西へ東、文字通り飛び回っていましたわ」 図書館に入り浸っていた所為か、フランと小悪魔は随分と気安くなった。直接的な主従がない所為もあってか、傍から見ても親友と言っていい関係だろう。 ただ、それは二人の間だけに言える事ではない。 紅魔間館の面々、そして館の外にも。 フランが友人と呼べる人数は、この数年で前と比べ物にならない位に増えた。 今日ここに居ないのは、この場が『家族』の祝い事だから。 館でのパーティーが終れば、二次会はフランの友人達との宴会が待っている。 それはフラン自身の成果であり、幻想郷を連れ回した――。 「やっぱりフラン、かなり成長してるだろうなぁ……」 その言葉で周りの呆れた視線を集めた、この場で一人だけの男による成果だった。 コンコン。 ノックの音に良也が顕著に、後の者もそれぞれに反応する。 「失礼しま〜す」 言葉と共に、開いた扉から覗く小悪魔の顔。 しかし直に引っ込むと、奥から本日の主役の背中を押して入り直してくる。 「はいはい、フランも恥かしがらずに早く。皆さん待ってますよ?」 「ちょっとこあ! 押さないでよぉ……」 小悪魔に押されて入ってくる人影。その姿は、もう幼い少女ではない。 あれから六年。 外見年齢十六歳へと成長したフランドール・スカーレットが照れたように顔を俯かせていた。 一年で一粒。一年で一歳分。 いつまでも子供だと、そうは言えなくなったこの吸血鬼はこの六年の間に少しずつ変わっていった。 良也は振り返る。 抱きついてくる頻度が減って、そうかと思えば寂しさが募ったのか急にベタベタし出したり。 文々。新聞に載った良也の写真。その隣に座った少女に嫉妬したり。 子供が拗ねていると思えたのは最初の二、三年。 年毎に狭まる二人の身長の差が、ずっと『恋人ごっこ』では済まされないと告げていた。 伸びた手足と高くなった視界は仮初でも、それにつられて彼女の内面は成長して、いつしか良也の彼女への見方を変えていく。 これといったイベントも、改まった告白もなく。 寄り添い本を読んで。 他愛のない雑談に、共に笑みを零す。 そんなありふれた日常を経て、幼かった少女との恋仲はいつしか本気になっていた。 「しかし、もう完全にレミリアを追い越したなぁ。お姉様って呼んでるのを聞くと、もう違和感バリバリだ」 「もう、そんなの何年前の話よ。それに、いくら私の背が高くなってもお姉様はお姉様だし」 パーティーも一段落。 レミリア達は一足先に博麗神社で二次会の準備中。今頃はフランのお披露目の段取りを整えている事だろう。 主役は遅れてやって来るものと、その準備が終るのに合わせて二人はわざとゆっくり飛んでいた。 遠くには神社の灯り。小さく見える人影の幾つかが、酔っているのかふらふらと揺れている。 宴の席も盛り上がり、隣に居る少女と良也を待ちわびているだろう。 ふと、良也は隣を飛ぶフランを見た。 女性と呼ぶにはまだ少々役者不足、少女と呼ぶにはもうそろそろ役不足。 顔立ちは大人びた光を垣間見せ、体つきも随分と丸くなった。 ……つまりは僕たちが付き合い始めてもう六年になる訳で。しかし今までの外見で手を出したら犯罪者な訳で。 でもほら、十六歳っていったら一応、結婚可能年齢だし。そろそろ良いんじゃないかとも思う訳で! ナニがとは言わないけれど!! そんな風に成長した『彼女』の姿に良也は心中だけで悶えた。 一方、横目でチラチラと覗き見ている恋人の視線も素知らぬ風にフランは夜の風に目を細めている。 ん〜、と背を伸ばして深呼吸。金の髪を揺らして、機械の煙に汚れていない、冷たい空気を吸い込む。 「やっぱり夜の空は良いよね。何だか飛んでるだけで元気が出てくるもの」 その声で妄想を中断した良也は慌てて相槌を打った。 「あっ、ああ。やっぱり吸血鬼だもんな。月光とかで……」 「え〜そうかなぁ? 種族とか関係なく、夜の空気ってワクワクしてこない?」 良也の言葉を遮って、フランは小首を傾げた。 その陽気な姿には数刻前、皆に成長した姿を見せた際の恥じらいは欠片も無い。 館の住人全員の視線を前に最初はモジモジとしていたのだが、 「……うん、姉としては鼻が高いわね」 「妹様も御立派になられて……」 「まあ、順当ね。自信を持って良いと思うわ」 「わぁ〜、フラン様、年々綺麗になれてますねぇ」 「ね、だから言ったでしょ。もっと可愛くなったよって」 それぞれが言う褒め言葉。 そして、皆の視線を集めての良也が照れながら一言。 「……えっと、綺麗になったな」 それを聞いてフランの機嫌は有頂天。 昔のように良也の下へダイブこそしないものの、彼の隣に座って始終ニコニコ。以降はいつもの陽気を取り戻した。 周りの連中が砂糖を吐きそうな顔をしたのは、まあ愛嬌だろう。 「……そう言えば全然話は変わるけどさ」 のんびりと夜の空を遊覧飛行中。 ふと、何の気なしに良也の口から言葉がついて出る。 「ん、何?」 毎年毎年、この時期になると湧き上がる疑問があった。最初の一年目に聞いてみて、『いいのっ!』と押し切られてから問うてない疑問だ。 「何で一々、一年で一粒なんて事にしたんだ? 別に一気に六粒とかでも良かった気がするけど」 純粋に不思議だった。 今なら、人と同じ速度で背を伸ばしたフランはとてもいい成長をしたと言える。 でも一年目に六粒飲んだ成長が、悪いものだとも言えないだろう。 急な成長を危ぶんだのか。 良也と同じ変わり方をしたかったのか。 だからこれは特に意味のない質問だった。の、だけれど、 「……む〜、良也、本当に解らない?」 何故かフランは頬を膨らまして抗議の声を上げる。最近は見なくなった子供っぽい仕草で、ストレートな不満を露にした。 言葉にせずともその理由、良也は解って然るべきだと態度が告げていた。 これは不味い。自分が恋人の機嫌を損ねたのを自覚して、良也はあ〜、と唸る。言いながら答えを探るけれど、はっきりとした解答が出ない。 思いつく理由は幾つかある。しかしそのどれかとなるとさっぱり解らない。 はっきりしない彼氏に、フランが声を荒げた。 「もうっ! 良也は自分が言った告白のセリフも忘れたの!?」 「告白のセリフ!?」 思いがけない理由に、はて僕何か言ったけと良也は記憶を辿り……。 ―――知ってるか? 光源氏は……。 思いっきり心辺りがあった。 有名な話ではあるけれど、源氏物語において光源氏は若紫を幼い内に引き取って自分好みに育て上げる。 育て上げる。普通、その言葉は一気に六年分成長する少女が居る事を想定して言わないだろう。 つまりは光源氏計画を遂行する為には、例えば大量の年齢詐称薬の一斉投薬等は厳禁な訳で。 ……ちなみに見た目十歳の少女に好きだと言われ、件の源氏物語を引き合いに出して付き合い出したけしからん輩が幻想郷の何処かにいるらしい。 勿論誰とは言わないけれど。 「解った?」 まだ不満げな彼女に、コクコクと頷く。 「全く。だから甲斐性が無いなんて言われるんだよ?」 「む……。今回は流石に否定できないな」 少し前まで、知り合いの彼女持ちが何々の記念日等と事細かに覚えていたのをよくやるよと見ていたモノだが、いざ自分がその立場に立ってみるとその重要性が身に染みる。 女性の心は摩訶不思議。ならば最低限解りやすいポイント位抑えて置かなければ、という事で。 「悪かったよ」 こう素直に謝る事も必要なのだ。 解れば宜しい、とフランは鷹揚に頷いて、同時に大して無かった良也との距離を詰める。 その意図を悟って速度を調節した良也の腕を取り、空飛ぶ二人は腕を組んだ。 「それでさ、良也?」 「何だ?」 何年も仕込んだ罠の成果を、意地悪く彼女は確認する。 「わたし、良也好みに育ったかな?」 ……はて、むしろ僕がフランを好みに思うようしつけられたような気が。 なんて雑念が一瞬頭をよぎるも。 そういえば結局どっちも同じ事だと思い直した良也は。 少し苦笑して、頷いた。 |
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