こなたさんはもしもの時の覚悟を決められたようです。 「あれ、リョウじゃん」 いわゆる特殊な趣味の人向けのショップで店内をブラブラ回っていた良也にかかる声。 その呼び名と、何よりこんな場所で自分を呼ぶ事。 振り向けば案の定、見知った小さな女の子が立っていた。 「おっすこなた。奇遇だな」 「奇遇だね、と言いたい所だけどよくここで会うじゃんかさ」 「だよなぁ。行動範囲、つーか行動原理が似てるからだろうけど」 二人の欲しい物がかなり被っているので、ゲームや漫画の発売日には結構な頻度で遭遇していた。 今日は特に何が発売されるというわけでもないのだけれど、良也は今度発売のゲームの予約を行い、ついでに暇を潰す為に大学帰りにこの店に寄っている。どうせ、こなたの理由も似たようなものだろう。 「そうだ、こっちはもう出てメシでも食べようと思うだけど一緒に来るか?」 一通り見回って、小腹も空いたので今からジャンクフードでも詰め込もうと思っていた良也は折角なのでこなたを誘う事にした。 偶々こんな店で彼女と会った時、最近は適当な店で食事をしつつダベる事が多い。 「お! いいねいいね。今月ピンチでさぁ、お昼代すら節約する毎日なんだよ。やっぱり持つべきものはボーイフレンドだね」 「ワリカンする気すら完全にゼロだな……。いやまぁいいけどさ」 バイトをしているらしいが、そこはやはり高校生。自由時間の多い大学生との収入の違いか、或いは趣味に使う金額の違いか。今までこなたが良也のこの手の誘いを断った事はない。 その理由の大きな所はやはり年齢柄、こちらが代金を持っている事だろうと良也は小さく呆れた息を吐き出した。 十分後。全国で一、二を争うバーガーチェーン店。二階窓際、二人掛けの席に良也とこなたは向かい合っていた。 「いやぁ、やっぱり空腹こそ最大の調味料とは良く言ったもんだね。お昼を抜くと間食が美味しいこと美味しいこと」 「いやいや、そこは普通、空腹じゃなくて愛情とかだろう。今回的には僕の五百円分の」 「うんうん、良也の愛は美味しいねぇ」 バーガーセットに与えられる幸せを満喫しながらこなたは至福の表情を浮かべていた。 硬貨一枚分の愛情は、意外に人を幸福にするらしい。 にこにこと機嫌良くポテトを摘むこなたは、如何なる罪も許す聖人のような顔をしている。 モグモグと食べ続け……ふと、何故かこちらを凝視して来た。 ん、と良也の心に警戒の念が沸き立つ。 元々ネット上の付き合いの時代からkonakonaとは気が置けない間柄だったが、流石にリアルで会った当初は一応初対面な状態、それも男女の違いがあって多少の……本当に多少だが、遠慮が有ったと思う。 しかしそれも当初だけの事。こうやって顔を会わせる度に画面の向こうに居たkonakonaに近くなり――やがてはかつてのそれより遠慮が無くなって来た。 ――ニヤリ。 こなたが笑う。 お世辞にしても純粋な、とは言えない微笑で。 「ねぇ、リョウ」 「な、なんだ?」 「愛って与え合うものだよね?」 唐突な話題。いや、先程の愛情は調味料云々を継いでいるのか。狙いが解らず、良也はとりあず曖昧な返事に逃げる事にした。 「……まぁ、一般的には」 我が意を得たりとこなたが力強く頷く。 加速度的に増す嫌な予感。引きつる良也の顔を明らかに無視しながら、彼女は笑みを深く深くしていく。 「だからさぁ…………」 そこで一溜。 そして、こなたはポテトを突き出した。 「あ〜ん♪」 「――勘弁してくれ」 肩の力が抜けて、ガクッと落ち込んだ良也が言う。 「…………むぅ、酷くない? 折角こんな美少女があ〜んしてあげようって言うのに」 機嫌を損ねたこなたが口を尖らせるが、良也にも世間体という物がある。 ただ死ぬだけなら生き返れる。だが死ぬ、の前に『社会的に』と付くと蓬莱の薬の保障外だ。 良也も今まで色々な男女を見てきた。一つのグラスから二人で飲むカップルから始まり、お前らもしかして語尾に愛してる、とか好きだよ、とか付けないと死ぬ病気なのかと問い詰めたくなるようなカップルまで。 その中でも実際にあ〜ん、を言いながら食べさせ合いをやるカップルは間違いなく上位に入っていた。何の、かは良也の口からは言えない。 「ほらほらリョウ、あ〜ん♪」 「まだ言うか」 意地になったのか良也の口にしつこくポテトを差し出してくるこなた。 手を振って断るが余計に強く押し付けて来るだけ。 どうするかと悩む事数秒。 良也は強制的にこなたを黙らせる妙案を思いついた。 「なぁ、こなた」 言葉と同時、彼女の手からポテトを抜き取る。 「ん? 何、ちゃんと私の手から食べ――っ!」 当然、抗議の声をあげるこなた。その口に良也は奪い取ったポテトを押し込んだ。 「ほら、これで良いだろ」 一応、これであ〜んは果たした事になる。と言っても肝心のかけ声自体は言っていないし、食べる相手と食べさせる相手が逆転した形だけれど。 詭弁もいい所だが、無理矢理ポテトを食べさせられたこなたはモゴモゴと口を動かすだけで即座には反論できない。 まさしく口を封じられた状態だ。 後は落ち着き払ってカップを傾ければいい。それで、場の雰囲気は良也の物となった。 こんな掛け合いでは理論の正当性や矛盾の無さなど大した力を持たない。勝った気、負けた気にさせれば意外とどうにかなるものだ。 良也は紙コップに入ったコーヒーを無駄に格好つけて一口。 ふぅ。余裕の息を吐き出した。 モグモグ……ゴクン。 「……リョウの卑怯者」 良也は笑う。 口の中の物を呑み込んだこなたから出た台詞は、間違いなく降伏宣言だった。 結局、負けを認めた、しかし機嫌を微妙に損ねたこなたを宥める為にデザートを追加した。 勝者には勝者なりの義務と責任があるのである。 まぁ許してあげるよ。そう言った後にはもういつも通りのこなたが居た。 「でさぁ、話を元に……というよりいつものに戻すけど最近何か買った?」 「うーん、特には買ってないな。そういうこなたは?」 「さっきも言ったけど今散財しちゃってスッカラカンなのさ。ほら、今月はゲームが幾つも固まってでるじゃん?」 お手上げのポーズまで取ってそれをアピールする。 良也はそれを見て吹き出した。大いに共感できる事だったからだ。 「ああ、解る解る。アレとソレで……限定版含めてゲーム5本か。あざといけど買っちゃうんだよな」 「もう予約しちゃったし、その代金を考えると――って、5本? 4本じゃなくて?」 指折り数えた良也をこなたがキョトンとした目で見る。 何か間違えたかともう一度数え直しても答えは変わらない。そのどれもが、良也だけでなく彼女が買う事が間違いないだろう物だ。 「え、5本だろ。一般ゲームが半ばに4本、成年向けが月末に1本」 「何、月末のゲームって。わたし知らないんだけど」 あれ? と心の中で疑問の声を上げる。 こなたともあろう者が珍しい。それ程大きく取り上げられてはいないが、彼女がならばてっきり知っているものとばかり思っていた。 「■■■の続編」 一瞬。こなたの呼吸が止まった。 「………嘘だぁ」 言葉の意味を理解するのに数秒かけたのだろう。少しの間硬直していた体がテーブルの上に崩れ落ちる。 流石にそんな反応が返って来るとは思わず、良也は慌てた。 「おい、こなた?」 「………………良也、それマジ?」 「マジだ」 「ちなみにいくら?」 「大体××××円」 その金額を聞いたこなたの目から光が消える。 勿論比喩表現だが、良也には彼女の瞳からハイライトが消えるのが見えた。 「終わった……」 「おぉい、こなた……?」 「ムリ……これ以上は本当ムリ……。ふふ、鼻血も出ないってこういう事を言うのかな……」 「ちょっと、おい! 帰って来い!」 揺さぶって声をかけてもマトモな反応が返ってこない。結局、彼女が落ち着くまで十数分の時間がかかり、二人は周囲の注目を集める事になった。 目の前のこなたは、少しはマシになったとはいえまだ心の傷が癒えていないのだろう。テーブルに突っ伏したまま、アレを諦めて、いやもう予約キャンセルの期間過ぎてた……等とぶつぶつ言っている。 流石に目の前でオタクの暗黒面に囚われた彼女を見捨てるのも哀れだった。良也は追加のシェイクを注文し、こなたにそっと差し出す。 無言で置かれたカップに彼女はのろのろと手を伸ばし、一口ずつゆっくりと呑み込む。 「うぅ、その優しさが心に染みるねぇ」 「まぁそう気落ちするな。何だったら僕が終った後で貸してやるから」 「それは是非とも!」 よほどゲームがやりたかったのだろう。一泊の間も開けずに歓喜の声が返る。 「あ、でも……そう言えば良也ってゲームするの早い方?」 「うーん、普通じゃないかな? あのゲームって結構ボリュームあるけど丁度発売日から週末だろ、たぶん貫徹する事になるからその間に終ると思う」 「それはまた剛毅だね。……う〜ん、でもそっか、やっぱりそれ位はかかるかぁ」 残念そうに呟くが、良也も流石に自分がやる前にゲームを貸すとは言い辛い。前作は良也もこなたも大ハマリしたのだ。もしも逆の立場なら、正しく一日千秋の思いでその連休を過ごしただろう。 そんな風に思っていると、まだうんうんとこなたは唸っていたこなたが、何時の間にやら何やらこっそりとこちらを見ていた。 パンッと手を合わせ、良也を拝んでくる。 「ねぇ、リョウ。一生のお願い!」 「おいこなた、僕にも聞けるお願いと聞けるお願いがあるぞ」 ここは厳しい態度で臨まないと。妥協できない事を伝えようと、一言の元に切って捨てた。 しかしこなたは引き下がらない。 「ちょと! 話位聞いてくれてもいいじゃない!」 「駄目だ駄目だ! どうせ先にゲーム貸してくれって言うんだろ? 僕だって楽しみにしてたんだから」 「ん……? ああ、違う違う。いくら私だってそんな無茶言わないって」 パタパタと手を振り否定された。 そしてもう一度こちらを拝み、頭を下げてお願いを続ける。 「あのゲーム……私も一緒にやらせて!」 「…………は?」 そう言われ、良也は口をあんぐりと開けた。 何故なら、事件の発端となったゲームは対戦ゲームでもなんでもない。 分類するなら、ギャルゲーと呼ばれる種類のノベルゲーム。 それも話しに出て来た通り――18歳未満お断りのゲームだったのだから。 ほら、ノベルゲームなら横で見せて貰うだけでいいからさ。 勿論、選択肢はリョウの好きに選んでいいし、読み進める早さも私の方が早いからリョウに合わせられるから。 だからお願い! この通り! 今思えば、何故その言葉に頷いてしまったのか。 楽しみにしていたゲームの発売日。懐にはパッケージに包まれた新品のソフト。心躍る帰り道の筈が、良也の心は乱れていた。 「いやぁ楽しみだね。前評判も良いし、あのメーカーなら外れはないだろうし。もうワクワクだよ」 ルンルン気分で前を歩く小さな姿が原因なのは解っているが、今更突き放すわけにもいかない。腕を振り上げ、鼻歌すら歌いながら道の先を歩く様子を見てどのような言葉で断れば良いのか。 それでも、僅かな抵抗とばかりに良也は声をかけた。 「いやしかし、仮にもこなた女の子だろう。男と一緒にギャルゲーってありえなくないか……?」 「む〜。何度も話したでしょ、そんな一般人の常識じゃ私を止められないね。それより早く早く。ゲームが私達を待ってるよっ!」 唇を尖らせて一言の下に両断するこなた。あまつさえ、良也の手を取って先へ先へと促してくる。 「ああもうっ! 解ったから引っ張るな!」 もはや観念してこなたに連れられて歩くスピードを上げた。それを受けたこなたはニヤリ笑い、更に足を速める。 それに追いつこうとまた良也が……。 連鎖が続き、やがて二人は走り出した。 ……嫌がらせかよ、もうっ! 運動不足の体が直に息を荒げた。相手も同じインドア生活の筈が、着いていくのがやっとだ。 「ほらほら、私リョウの家知らないんだから案内してよ!」 「知ら、ずに、先行してたのかよお前はっ!」 憎たらしい程余裕の声に罵声を返すが、大した効果はない。 笑みを浮かべたままの顔がこちらを振り返る。 「で、分かれ道だけどどっち!?」 「……右だっ!」 片や大学生、片や子供に見える高校生。 二人は、休日の住宅街を手を繋いで爆走していった。 はー、はー、はー、はー。 ぜー、ぜー、ぜー、ぜー。 走り出してから十分後、 最後は全力疾走になった帰宅路は、良也とこなたの呼吸を荒げていた。 こなたが少し息を乱しているだけなのに対して、良也の方は激しく空気を求めているのが悲しい対比だ。 とりあえず部屋の鍵を開け、中に入る。 乱れたままの呼吸でまず冷蔵庫を開けて中に入れていたミネラルウォーターをコップに注いだ。それをそのまま差し出せば、こなたが一息も入れずに飲み干す。 「ック、ハーッ! 生き返るねぇ」 その声を聞きつつペットボトルに直接口を付ける。それでようやく、良也も人心地ついた。 「……というか、何でこんな馬鹿な真似やってるんだか」 「いいじゃん、楽しかったし」 「それはまぁ、そうだけど」 一秒でも早く買ったゲームをやる為に家まで全力疾走、なんて事ずっとやっていなかった。楽しくなかったと言えば大嘘だ。 ……そういえば小学校の頃は小遣いが出た日に友達とゲーム屋に走ったりしたなぁ。 前にやった時を思い返すには、その年代まで記憶を辿る必要があった。 「へぇ、意外と綺麗にしてるんだ」 感傷に浸っていると、こなたが何時の間にか部屋を物色していた。本棚のラインナップを眺めている。 ちなみに部屋が綺麗なのも、ヤバい物が目に付く所に置いていないのも数日かけて良也が掃除した成果だ。 ……掃除はともかく、成年向けのあれこれを片付けてもあまり意味はない気がするけど。何せこれからやるゲームがゲームだし。 そう考える良也だが、あ、これリョウ持ってたんだ。そう言って漫画を一冊本棚から抜き出そうとするこなたを見て大いに慌てた。 その本の後ろには隠したお宝が眠っているのだ。 「お、おいこなたっ! 早速ゲーム入れるぞ!」 言葉と同時、パソコンの電源を入れ、その手でそのままこなたにゲームを投げ渡す。 「おっとっと! そうそう、本題を忘れちゃいけないね」 随分と慣れた手つきで箱が開封され、特典が大事に机の上へ置かれる。 とりあえず特典も説明書も全部スルー。良也が開いたディスクトレイに、こなたがゲームを置く。 ログイン画面が表示された所に、間髪いれずパースワードを入力した。 「ん? 何、gennsoukyouって。どっかのゲーム?」 「あ、こらマナー違反だろそれっ!」 タイピングから入力された文字を読み取ったこなたを叱り付けてるが、ごめんごめんと生返事だ。 まったく……。そう一言呟くが、良也も本気で怒っているわけではない。 それよりも重要な事が今はあった。 「あ、このデスクトップ、今私もこれだ」 「サイト配布の壁紙だもんなぁ」 件のゲームのキャラクターがモニターを飾るが、それも一瞬。即座に動いた良也の手がマウスを操ってウィンドゥを次々開いて行く。 早速ゲームを起動し、続いて出てくるボタンをYES、YES、YES。 『この場所にゲームをsetupします。よろしいですか?』 最後のボタンをクリックして所で、良也はふと気付いた。 「…………うわっ!」 「ん?」 何時の間にやら自分のすぐ隣にこなたが居る。肩と肩の隙間はゼロで、二人は並んでモニターを覗き込んでいたのだ。 バッと身を離す良也を見て、不審気な顔をするこなた。しかし、自分の肩と良也を見比べてにんまりと笑った。 「なになに、もしかしてリョウ、私の事意識しちゃった?」 「違うわっ! ただ単にびっくりしただけだ!」 どもらなかったのは、いつも似たようなやり取りをしていた御蔭か。 む〜、とこなたは膨れるが良也は心中で胸を撫で下ろしていた。これから最低でも数時間は二人っきりの部屋にいるのだ。今から変な空気になってしまっては堪らない。 「――――まぁいいよ。時間はあるんだし」 小さな声が、聞こえたような気がした。 「…………? こなた、何か言ったか?」 「ううん、別に何も言ってないよ。それよりすぐにインストールも終るし、今の内に準備しとこうよ」 そう言って背負っていた大き目のリュックをあけるこなた。そこから取り出したるは結構な量のお菓子やジュース。 その内500mlのペットボトルを一本、良也へ投げて寄越した。 「こんなのまで準備して来たのか……。というかこれ背負って全力疾走してたのか」 基本的にかさ張るだけの甘いものと違い、ジュースはそれなりの重さがあった筈だ。 「別にこういうのだけじゃないけどね」 ポンポンとこなたはリュックを叩いた。 「あ、ほらほら良也、もうインストール終るよ」 声に見れば、もうバーは8割方色が変わっている。 慌ててマウスの前に移動すると、肩に柔らかな感触。こなたがピッタリとくっ付いて、良也との横から画面を覗き込んでいた。 「……おい、こなた。近くないか?」 「え、邪魔かな?」 「邪魔とは言わないが……その、落ち着かない。フルスクリーンのオートモードでやるから、良い子はモニターから1メートル以上離れて待ってなさい」 元々、手放しで自動的に読み進むオートモードを使って進めるつもりだったのでパソコンの前にかぶりついている必要はなかった。選択肢が出た時だけ身を乗り出して操作すればいいのだ。 「りょ〜か〜い」 間延びした声と共に、肩に当たっていた熱が離れた。 ポチポチと操作する事数回。モニターにスタート画面が現れ、オープニングが流れ出す。 「「おお〜」」 二人の感嘆の声が揃い、ついに待ち望んでいたゲームが始まった。 オートでの読み進み機能を使い、画面から距離を取ってゲームを見る二人。まるで映画鑑賞のようで、時折良也が選択肢を選ぶ為に身を乗り出すのが唯一の違いか。 内容は、期待以上の物だった。 「ぷっ、あはははは! ちょっと、そこでそのネタ持って来ちゃうんだ!」 「いやいや無いだろフツー! 絶対狙ってるってこれ!」 笑いあり、 「……スン。ちょっとリョウ、ティッシュ取って」 「おう、ちょっと待て」 涙あり、 「行っちゃえ行っちゃえ! そこで男見せなきゃ何時見せるっていうんだよ!」 「勿論! この選択肢、特攻選ぶけど文句ないよな!?」 「ないない! さっさと進む!」 熱血あり。 そうして、物語りも一段落した頃。成年ゲームである以上、必然とも言えるある要素が前面に押し出されようとしていた。 良也は悶々としていた。 覚悟していたとはいえ、画面の中の主人公とヒロインはなにやら良い雰囲気をかもしだしている。 これからどんな場面に移るか? そんなのは数多のギャルゲーをクリアして来た良也には解りきった事だ。 チラチラと隣のこなたを盗み見るが、ポリポリとポテチを齧っているだけで何の反応もない。 どうしたものか。 もう、そこだけ跳ばしてしてしまおうか。そう考えた良也だが、ふとある事を思いついて壁の時計を見る。 短針は4分の3近く回った所、つまりはもうすぐ9時を指そうとしていた。そういえば、暗くなったと部屋の電気を付けたのはどれくらい前の事だったか。 ……うわ。いくら最近は日が暮れるのが遅くなったからってこれはないだろ。 どれだけのめり込んでいたんだ、と思うもこれはチャンスに違いない。 「お〜いこなた、そろそろ帰らないと不味いだろう? 駅まで送るから準備しろ」 「ん〜? 何言ってんのリョウ。今夜は帰らないよ〜?」 冗談言うな、と返そうとした良也に向かってこなたは自分のリュックの底から取り出した布を目の前に置き、パンパンと叩いた。 良也の目が見開かれる。 パジャマだった。 『……ごめん、もう我慢できそうにない』 『ううん、いいの。このまま何もしてくれない方が、ヤダ……』 奇しくも画面の中では困難を乗り越えた恋人達が、ついに一つになろうとしていた。 「…………」 「……そこまでやっちゃうんだぁ」 『そ、そんなの駄目ぇ!』 『言ったろう、もう我慢できないって!』 部屋の中で声を発するのは、こなたとスピーカーのみ。 ご近所と良也の世間体に配慮して下げられた音量が、それでも確りと嬌声を伝えてくる。 言ってしまえば、良也も我慢の限界だった。 「だぁぁぁっ! 停止停止! 幾らなんでも泊めさせられるか、とっとと帰れこなた!」 クリック一つで恋人達だけの世界を終了させ、良也が叫ぶ。それでもちゃんとセーブしている所は笑うべきか呆れるべきか。 「むぅー。いい加減リョウも諦めたら? というか買った日の昼間でこの手のゲームが終るわけないじゃん。夜には返すつもりだったのが驚きだよ」 「僕には泊まるつもりだったお前の方が驚きだよ! つーか親御さんはどうすんだ、ほら、あのエキセントリックなお父さんとか」 「大丈夫大丈夫。友達の家で泊りがけのゲームするって言ったら簡単に許可くれたから」 「その友達が男だってのはちゃんと言ったのか!? ……こら目を逸らすな! 口笛を吹くな!」 「もう、リョウはおかたいなぁ……。あ、もしかしてあれがお望み?」 「何の事だ?」 突然変な事を言い出したこなたは尋ねられて急にモジモジとし始めた。 意味も無くスカートの裾を握ったりして、顔を俯かせる。 「お願い……今日は帰りたくないの……」 ぐはっ。良也は息を詰まらせた。 冗談だとは解っている。解ってはいるのだが、男には敗北せざるをえない業というものがあった。 刹那の間だけ意識を飛ばした良也が回復した時。目の前ではこなたがゲームを再開しようと手を伸ばしていた。 「させるかぁ!」 その腕を、後ろから引っ掴む。 「ちょ、ちょとリョウ! 急に何すんのさ! 私にも心の準備とか色々……!」 そんな男殺しな台詞に再度目の前が白くなるも、今の状態でもう一度あんなものを見せられたら流石の良也の鉄壁な理性も危うい。 ……というかちょっとは身の危険とか意識しろよこいつは! こなたが伸ばしていた手を無理矢理引き戻してパソコンから遠く……つまりは良也の方へ引き寄せる。 「ああもうっ! ゲームは明日の朝まで進めずにいるから、とにかく帰れ! そんな事ばっかり言ってると襲われたって文句言えないぞ!」 叱り付けた直後。 こなたの、今まで良也に逆らっていた腕の力が抜けた。 「な、何だよ……」 「…………いやぁ、リョウも男の子なんだなぁ、って」 じっと見つめてくる瞳と、その言葉にかっと良也の顔が熱くなった。 自分でもわけの解らない衝動のまま、喉から声が出る。 「ああそうだよ! 僕だって男なんだから、襲われるのが嫌なら早く荷物纏めろ!」 怒鳴った良也をこなたは暫しの間見つめて……ぷっ、と吹き出した。 それで今まで最高だと思っていた顔の温度が上がった。 似合わない事を言っている。その自覚もある。だけれども、今回悪いのは間違いなくこなただ。 そう思っているのに、どうしても良也は腰が引けてしまう。 こなたは、こちらを静かに見つめて言った。 「リョウはさぁ、勘違いしてるよ」 「勘違いって……何をだよ」 ニマニマと、いつものような笑みを浮かべて。 緑の瞳を意地悪げに細めて。 「男の子には解んないかもしれないけど……女の子は、好きでもない男の家に一人で泊まりに来たりしないよ」 「『…………好きだよ』」 先程こなたが弄った時、実はもう起動していたのか。 ゲームの台詞と、こなたの台詞が重なった。 『…………はい、私もです』 応えるヒロインと違って、良也は赤面して口をパクパクと開け閉めする事しか出来なかった。 |
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