普段はお空やお燐などのペットで賑わっている地霊殿が、今日ばかりは静まり返っている。 その静寂の中で、正装の良也は一人で二枚の写真を眺めていた。 片方は博麗霊夢、もう片方は高宮栞。 共に数十年前に良也の妻だった女性たちだ。 外界では甲斐甲斐しく尽くしてくれる元教え子、幻想郷ではお気楽な巫女。 女性としては決定的に違う二人を同時に愛するなんて無理だ―――そうは思っていたが、いざ結婚してみると二人を平等に想える自分の妙な器用さに驚いたりした。 「ごめんな、霊夢・・栞。また結婚することになっちゃったから」 死別した二人の妻に謝るように小さく呟いた言葉は、誰の耳にも入らずに消えてします。 優柔不断なのは分かっているし、実際に結婚の話が持ち上がったときは尻込みしてしまっていたのに。 いざとなると、誰よりこの日を待ち望んでいる自分がいたことに気付いてしまった。 「あら。どうしたのかしら?また臆病の虫が出たの?」 「――出たなスキマ。こんな日ぐらい一人にさせてくれよ?」 「いい加減スキマ呼ばわりも直して欲しいものだけれど。まぁ、今日はいいわ」 普段のゴスロリ服ではなく、れっきとしたドレス―――スキマ曰く外界で買ったものらしい―――を着た隙間妖怪に、良也はため息をついてみせる。 「新郎がため息?辛気臭いわよ」 「誰のせいだと思ってるんだ」 「新婦の用意が出来たから呼びに来たのに、えらい言い様ね」 「それを早く言えって!」 良也がすっと立ち上がると、紫は誇らしげに微笑む。 ずっと面倒を見ていた巫女の夫――彼女にとっても大切な存在になりつつあった良也の決断を、紫は決して咎めなかった。 彼は霊夢を支え、愛してくれた。―――それだけで、理由は十分だった。 「さぁ、行ってらっしゃいな。もうみんな待ちくたびれているわよ」 「わかってるよ」 部屋をゆっくりと出て行く良也の後姿に感慨深いものを感じながら、紫はスキマ経由で他の人々の待つ会場へと戻る。 ――さぁ、結婚式がもうすぐ始まる。 一方新婦のほうはといえば。 「本当にお兄さんが新しいご主人様になるんだねえ」 「そうよ、お燐」 「本当に、あんな・・・・土樹なんとかと結婚しちゃうなんて・・・」 「良也は悪い人じゃないよ、お空」 「そうね、こいしのいうとおり。良也さんは、とてもいい人よ」 白無垢に身を包むさとりが、穏やかに微笑む。 博麗霊夢と良也が結婚する前から懇意であり、また床を同じにすることもあったのに、この日に至るまでどれだけ待ったことか。 嫉妬はしなかった。 最も、外界にもう一人いたらしい妻のことを聞いて、少し羨ましく思ったのもうそではないが。 「お姉ちゃんが幸せなら、私たちはそれでいいよ?」 「充分に幸せよ、こいし。お空もお燐も、良也さんと仲良くしてあげて欲しいわ」 「あたいはもう十分に仲良しだよ」 「うぅ・・・・さとり様がそういうなら・・・」 三人は、このまま控え室で待つと、前からそういっていた。 きっと二人の式をじっと見ていることが出来るほど、おとなしく出来ないからと。 さとりはそれを寂しく思ったが、しかし元より良也側もあまり縁者を呼んではいない。 本当に少しだけの人々に見守られての結婚式だから。 「じゃあ、行ってくるわね」 さとりの声に、答えは返ってこない。 だけれども、三人が一様にさとりの幸せを思ってくれているのは、誰より知っている。 その気持ちと、良也への想いだけを胸に。 ――もうすぐ始まるわね。 ―――――――――――――――――――――――― 「・・・・・・・・・・・」 両目をぱっちりと開け、良也が飛び起きる。 覚えている。夢とは思えないぐらい、鮮明に覚えている。 「・・・・・・・さとりさんと、結婚式・・・?」 ありえない。確かに霊夢や栞とは結婚しそして死別したが、そこまで節操がないわけじゃない(と自負している)。 「・・・なんちゅー夢を見るんだ」 「あら。素敵な夢ね?」 「っっ!!?」 隣から不意に聞こえた声に、良也は身を強張らせる。 そこには、妖しいぐらいに美しい半裸姿のさとりの姿があった。 「さ、さとりさん!?」 「昨夜はとても・・。私も初めてなのに、愛してくれたでしょう?」 「え・・・そんな、夕べは・・・・・」 ほうっと色っぽくため息をつくさとりを尻目に、良也は頭をフル回転させる。 そうだ、地霊殿で鍋をすると聞いて来て、いつものようにみんなで鍋を食べて、さとりさんに酌をしてもらいながら気分良く飲んで――――――。 「あれ?飲んでからの記憶がない・・・?」 「飲んだ後、私が良也さんを床まで連れて行って――そのまま、結ばれたのよ」 「結ばれたって・・・・えぇぇぇ!?さとりさんは嫌じゃなかったんですか!?」 「嫌ではなかったわ?――私は、貴方のことが好きでしたし」 しれっと言うようで、その実頬が桃色に染まっているさとりに、良也は不覚にもどきりとする。 しかし、しかし――今ここで煩悩に屈しては、霊夢や栞に申し訳が立たないと、その意思だけが良也に最後の一線を守らせている。のだが。 (やっぱり、綺麗だよなぁ・・・不謹慎かも知れないけど) 意識が浮つく。今心を読まれたら、間違いなく嫌われる。 酔ってのことであったとしても、はっきりと責任は取らないといけないと思う反面――私欲が前面に出てしまいそうになることに不安になる。 結局どうしようか、どうしようかと悩んだ挙句。 「あのー、さとりさん?」 「はい?」 「能力を解きますから、また僕の心を読んでもらえませんか?」 結局はこうすることを選ぶ辺りが、良也がヘタレたる所以なのだが。 「・・・いやです」 珍しく、さとりが首を横に振る。 基本的にさとりが心を読むことを拒絶すること自体が極稀なため、今度は良也が目を丸くする。 「えっと、それは・・・」 「はっきりと貴方の口から伝えて欲しいの。確かに心を読めばはっきりと分かるでしょうし、それが早いのも知っている。だけれど、貴方の――良也さんの口から、私への感情を教えて欲しい。――我侭なのは、分かっています」 さとりの、懇願するような眼差し。 そこで良也は改めて目を丸める。 逃げたくないと、人生でも何度か程度しか思ったことのない感情が満ちる。 彼女、さとりの想いは、既に知っている。語られたばかりだ。 ならばこそ。自分の想いを真っ当にぶつけようと、良也は口を開く。 「さとりさ、僕はさとりさんのことが―――!!」 「――――――!!」 声にならぬ声が重なる。 その声を聞いたのがその場にいた良也とさとりの二人だけだったのは、二人にとっては幸か不幸か。 ただひとつ言えるのは、その夜のしばらく後から良也が地霊殿で暮らすようになり。 良也とさとりが四六時中一緒にいるようになり、こいしやお燐たちが砂を吐くような日々を過ごすことになったということだけである。 |
戻る? |