幻想郷に初めて訪れてから、一体どれほどの時間が経ったのだろうか。 満月の夜、草むらに立ち尽くした良也はふと考える。 最初に早苗が逝って、次いで魔理沙が、更には霊夢も天命を全うして、それからどれだけの時間が経ったのだろうか。 ――たった一人、誰とも結ばれず愛し合うこともなく、どれだけの時間を過ごしたのだろうか。 悠久の命があるからこそ、度々考えてしまうのだ。 霊夢と結ばれるように画策されたこともあったし、早苗とも然り。 そのたびに「僕じゃなくてもいいだろうから」「僕が相手じゃ不足だろうし」と逃げ続けた結果が、今の自分で。 「あー・・・・考えるのも面倒になってきたかなー・・・?」 「そうやって逃げるクセ。直したほうがいいわよ」 「・・・ウドンゲ?」 良也の世界のギリギリ外から鈴仙の声が聞こえて、良也は振り向く。 霊夢が逝って以来長らく永遠亭に居候しているからか、昔のように棘は多くない。 「何か面倒があったら話し合いで解決、荒事になれば他人任せ―――ずっとそうでしょ」 「僕なんかが出ても、どうしようもないからね」 「そんなことないと思うわよ、『永久の調停者』さん?」 「その名前で呼ばないで欲しいなぁ・・・」 秋口とはいえ、夜風は冷たい。 鈴仙はいくらか考えた後、良也の世界の中に踏み込む。 良也が暖かめの温度設定にしていたからか、ほっと一息ついてもいた。 「幻想郷で起きた大きな異変の大半に顔を出して、博麗の巫女と共に解決に奔走、各地の人々の関係を取り持ったのよね」 「結局最後まで霊夢に使われっぱなしだったけどね」 「各所で女の子と一緒に居たのも、それなりに仲が良い友達。だったかしら?」 「そうそう」 良也の隣に、鈴仙がそっと座る。 こうやって彼女と二人で居ることが多くなったのは、極々最近のことだ。 永遠亭や紅魔館、白玉楼に泊まり歩くうちに、良也は一人で居ることが多くなって。 輝夜からの伝言を鈴仙が度々言いにきて、それから。 「はっきりしない態度が、一番人を傷つける。・・・それは知ってたんだけどなぁ」 「しょうがないわよ。それが貴方だもの」 今だって、きっと色んな人たちをやきもきさせているんだろう。 時々紫や映姫に厳しく言われるのが何よりの証だ。 蓬莱人であることは、免罪符にはなりえないのだと。 今からでも遅くはない、誰かと結ばれなさいと。 「でも、貴方がどこかに属したら調停者の名前は返上ね?」 「その呼ばれ方、あんまり好きじゃないんだけどね」 「あら。いいと思うわよ?」 鈴仙が、まるで少女のように笑う。 出会いが最悪だったために好感度を取り戻すのは至難だったけれど、こうやって笑ってもらえるのならば、苦労した甲斐はあったものだと、良也は思う。 ‘永遠の調停者‘ 良也がそう呼ばれるのは、彼の古くからの行動によるものだ。 異変が起こるごとに(本意であるにしろないにしろ)首を突っ込んでは解決に協力し、また各所で争いが起こりそうになると率先して争いを未然に防いできた、そのことへのあだ名である。 彼自身は平和主義者である上、争いごとになると一番被害が及ぶのは自分だと知っているからの行動なため、特別なことをしたとは思ってはいない。 「な、鈴仙」 「何かしら」 「僕は、何で霊夢のことを好きだって言えなかったんだろう・・・」 「知らないわよ。貴方が誰よりも彼女と一緒だったから、じゃあ駄目なのかしら?」 小さく息を吐きながら、鈴仙がぽつりと呟く。 死してなお彼の一番であり続けた女性を、少しだけ羨ましく思って。 「・・・うん、そうだ。僕はずっと霊夢と一緒に居たから、怖くなったんだ」 怖かったと、良也はそう結論付けようとする。 これ以上考えたくない。これ以上悩みたくない。これ以上囚われたくない。 「今日は永遠亭に泊めてもらうんだったっけ?」 「そうよ。姫様もお師匠も首を長くして待ってるわ。・・さ、行きましょ?」 昔から全く変わらずネガティヴな良也に、しかし鈴仙は呆れたりしない。 それこそが彼の本質と、既に理解しきっているから。 ゆっくりと空を舞う良也を追うように、鈴仙も高く空へと飛んだ。 ―――――――――――――――――― その日の夜。 鈴仙は、自身の師匠である永琳と二人でいた。 良也も輝夜もてゐも眠りについたのを確認してのことだ。 話す内容は他でもない、良也のことである。 「良也が、過去のことを悔やんでいた?」 「はい、そうです。どうにも色々と考えることも多いようで」 「そう。それは良かったわ」 「良かった・・・って?」 永琳は穏やかな表情に、少しばかりの笑みを滲ませる。 一方、鈴仙は永琳の笑みの理由が解せず、考えて。 そんな弟子に、師匠は諭すように呟いた。 「世界は、歯車で動く時計のようなもの。前に進んでも後ろに下がっても、歯車は動き続ける。―――だけれど、止まってしまったら、他の歯車も止まってしまう」 永琳は、変わらず穏やかな顔のままで。 「力のないものが立ち止まったとしても、すぐに周りの流れに巻き込まれてしまうでしょう。でも、良也は違う。彼は自分の世界を持っている。・・・全ての歯車が止まってしまうことも、十二分に考えられる」 ようやく理解に至ったらしい鈴仙に、永琳は続ける。 「彼を人々は調停者と呼んでいる。それは強ち間違いではないわ。彼がどこかに所属してしまえば、今の均衡した力関係は一気に崩れてしまう」 永琳の言葉に、鈴仙は頷く。 良也は幻想郷に根ざした数少ない『普通』の『変わり者』である。 人里の人々に恐れられることもなく、かといって妖怪などと険悪でもない。 過去、そして現在にもそういった者は何人かいるが、決して彼のように好かれるわけではない。 また本人が覚醒していないだけで、その能力も破格といえば破格のものだ。 「でも、私たちではどうしようも・・・・」 「そう。だから、今の良也の姿が、一番といえば一番。・・・だけれど、それは幻想郷全体の停滞を招きつつあるのも事実」 だからこそ、と永琳は続ける。 「誰よりも中立で、誰よりも彼を大切にする伴侶が居て欲しい」 「それが、幻想郷の未来のためと?」 「・・・・良也にも、未来は必要だもの」 二人で話していて、初めて永琳が苦々しい顔になる。 それはきっと、彼女たちがお礼と思って渡した薬のせいで、良也が苦しんでいる、そう感じていることの表れなのだろう。 永琳と別れ自分の寝床に向かいながら、鈴仙はどうしようもない初めて抱く感情をもてあましていた。 |
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