小春日和のある日。
高橋に呼び出された良也は、先日買ったばかりのライトノベルを読みながら呼び出した張本人を待っていた。
全くの新シリーズということと、以前良也が好きだった作家の新刊ということもあり、すらすらと読み進めることができた。
成る程ファンタジー物から学園ラブコメ物に形は変わっているが、根幹にあるのは同じもののようだと、一先ず安心したりして。

「土樹〜?」
「うぉわっ!?」

耳元で突然に声をかけられた良也は慌てふためき、思わず本を落としそうになる。
だが、声をかけた張本人――高橋は、悪びれる様子もなく、良也にさっと衣類が入ってそうな大きな紙袋を差し出す。
無論封はしてあるようで、隙間の一つも見当たらないほどだ。

「・・・これ、何?」
「俺はフランドールちゃんに会いたくても会えないんだろう?だから――」
「プレゼント・・なのか?」
「開けるな土樹!その中身を最初に見ていいのは、フランドールちゃんなんだ!」
「ふぅん・・・まぁ、それなら渡しておくけど」

だけど、と良也は付け足す。

「これが原因で僕が大変なことになったら――」
「責任は取るよ。・・・大したことは出来ないけど」

良也に責任を取ると言ったときの、高橋の清清しい笑顔。
それをみて、良也はまた自分が酷い目に合うのだろうと、直感的に察していた。

「それじゃあよろしくな。出来るとフランドールちゃんに感想を聞いておいて貰えると嬉しい」
「・・・あぁ、まぁ聞けたらね」

あくまで曖昧な返事を返す良也とは違い、満足そうな笑顔で去っていく高橋。
手元に残された、恐らく自身の不幸の種になるであろう紙袋を見つめて。

「・・・・・・・・はぁ」

とりあえず、大きなため息をついていた。

―――――――――――――――――――――――――

その日の夕刻に、良也は幻想郷を訪れた。
手元にずっと怪しい紙袋を置いておくわけにもいかないし、ならば早々にフランに渡して――出来れば美鈴や咲夜に預けて逃げようと企んでいた。

「あ、良也様」
「こんばんわ、美鈴。フランはいるかな?」
「はい、お嬢様方は共に屋敷の中にいますよー。フランドール様は大図書館で絵本を読んでいると思います」

どうぞー、と美鈴に門を通される。
顔見知りだからといって、油断しすぎな気もするが。

「ん、ありがと」
「いえいえ。また拳法の練習にでも付き合ってもらえれば――」
「っ」

美鈴の言葉を聞かなかったことにして、良也は屋敷の中へと入る。
あぁ見えて拳法では幻想郷随一の使い手である少女なのだ――マトモに向き合えばただで済まないのは分かりきっている。
ともかく、紅魔館には入れたのだ。
後は(美鈴に聞く限り)大図書館にいるらしいフランに紙袋を渡して、すぐに帰ればいいんだと、良也は自分に言い聞かせた。





「良也ぁぁぁっ♪」

大図書館に入った良也の眼前に。
甲高い声と共に、ドロワースが見えることも厭わずに飛び込んでくる影――フラン。
しかしそうそう何度も同じ攻撃を食らうかとばかりに良也は身を翻して。

結果、ゴンっという鈍い音がする程の勢いでフランは壁にぶつかり。

「・・あー、大丈夫か?」
「あうぅ・・・痛いよぉ・・・」
「ああいうことばっかりしてるからそうなるんだ」

頭を抱えて涙目になっているフランを軽く撫でてやる。
弾幕ごっこでは間違っても勝てないほどの差がある――むしろ怖いとさえ思うのに、時々見せるドジな面のせいで、どうも妹のように感じてしまう。

「良也は、避けちゃ駄目なんだからぁ」
「避けないと首の骨が曲がるんだ」
「でも、良也が避けたらフランが壁にぶつかっちゃうもん」
「いっそそっちのほうが僕は痛くないんだけど」
「・・いじわるぅ」

少しだけ不機嫌そうになるが、良也に頭を撫でられているのが嬉しいのか、すぐに顔を綻ばせる。
こうやってみると、精神的には外見相応の幼さがあるのに、と良也は苦笑して。

「あら良也。来てたのね」
「失礼ですが、鈍器で殴ったような音がしませんでしたか?」

悪魔とその瀟洒なメイドが出てくる。
紙袋一枚渡して帰るつもりなのに、これでは帰るまでに自身の未来が消えるだろうと、良也は戦慄する。

「い、いや、なんでもないぞ?フランが飛び出してきたから避けたら、フランが壁に激突しただけで――」
「良也に、頭をなでなでしてもらってたの」
「・・・良也様?」

怪訝そうな目で良也を見つめる瀟洒なメイドさん。
呆れのため息はレミリアのものだ。

「ぼ、僕は悪くないぞ!?火の粉を避けた、ってだけだし!」
「・・・へぇ」
「それにっ!今日だって、知り合いがフランに渡して欲しいっていうから荷物を持ってきただけなのに!」
「フランに荷物?」
「そう。これだけど」

きっちりと封をしているままの紙袋をフランに渡して。

「じゃあ、僕は帰るからっ」

中身が何かも知らないようなものを渡して、自分に何かあってはいけない。
とばかりに逃げ出そうとした良也の両腕を、完全で瀟洒なメイドさんがきっちりとホールドする。

「咲夜さん!?」
「うわー、フランの服だぁ」
「へぇ、良かったわね。で、私の分はないのかしら、良也?」
「ないみたいだよ?」
「フランドール様、ここで着替えをなさっては!」

嬉々として紙袋の中に入っていた服に着替えだすフランと、自分のものがないことに青筋を浮かべているレミリア。
咲夜は良也の目を手で覆い隠しながら、ハァハァと危なげな呼吸をしている。
――そして、良也の視界が再び明るくなったとき。

眼前には、ネコ耳+スク水姿(スク水の胸の部分には、丁寧にも『ふらんどぉる』と書いてある名札が縫われていた)のフランドールがいた。

「・・・・・・・」
「・・・・ぶほっ・・」
「良也、この服、フランに似合ってるかなぁ?」
「・・まぁ、似合ってるとは思うけど」

鼻から血を溢れさせて身悶えている瀟洒なメイドの姿を見て――この人も『こっち側だったか』なんて思ったり、洒落にならないほどロリィで愛らしいフランをもふもふしたいと思ったり。
良也の脳裏に色々なことが浮かぶが。

「ねぇ、良也。私にもこれと同じものをもらえないかしら。――すぐにとは言わないわ。丁度湖で水浴びをするのに丁度よさそうな格好だもの、姉妹お揃いの服で水浴びなんか、楽しそうじゃない?」
「ん・・・探してみるけど、なかったらどうしようもないぞ?」
「・・・ごふぁっ」
「咲夜さん!?」

先ほどから鼻血を垂れ流し続けていたメイドが、ついに吐血までしてしまう。
良也に似合うといわれて喜んでいるフランを撫でながら、咲夜に声をかけると。

「りょ、良也様!」
「・・はい?」
「この私の身から出るものは、すべて忠誠心です。――そして、貴方のことを初めて私以上の能力者だと気付きました」

まだハァハァ言っている姿からは、最早完全も瀟洒も飾りの言葉にしか見えない。
しかしここで突き放すような良也ではない。

「落ち着いて咲夜さん。――あぁ、確かにレミリアの分も探してくるけど。良かったら、咲夜さんの分もどうだろう?そうなると美鈴の分もいるなぁ」
「それじゃあ、みんなで水浴びするのー?フラン、とっても楽しみ!」
「そうね。咲夜も美鈴も――パチェはみるだけになってしまうでしょうけど、夏になったらみんなで湖で水浴びね。――良也、当然だけど、あなたもよ」

珍しく心底嬉しそうなレミリアの笑顔に、咲夜が再度鼻血を噴出し――そして、ブっ倒れる。
何人もの妖精メイドに介護される咲夜の笑顔が、とても幸せそうだったので――良也は何も言わなかった。いえなかった。
ただ一部の人種には核兵器を超える兵器になりえる姿をしているフランを愛でながら、高橋に頼みごとが出来てしまった事に悩んでいた。

「フランね、良也やお姉様と水浴びにいくの、すっごく楽しみ!」
「私もよ、フラン。みんなでいっぱい遊べるものね。私たちの能力は打ち消されるから、何の心配もいらないわ」
「うん!」

なんかもう突っ込むのも疲れたし、突っ込んでも黙殺されるだと思うので――良也は、気にしないことにした。


―――――――――――――――――――――――――

良也は外界に戻って翌日、高橋を呼び出した。
約束の時間は過ぎているが、気にはならない。
手にしたライトノベルはついに終盤の告白合戦を終え、主人公とヒロインが結ばれる辺りまで読み進めている。
こんなにすーっといくような恋愛ばかりだと、世の中は楽しくないのだろうかなどと思いながら、一ページ一ページゆっくり読む。

「おーい、土樹ぃ!」
「お、遅いぞー」

聞きなれた声――紛れも無く高橋の声を聞いた良也は、栞を本に挿んで鞄にしまう。

「フランちゃん、なんて言ってた?気に入ってくれたかなぁ?」
「そのことで、お前に頼みがあるんだけど」
「何?」

良也が先日のネコ耳スク水フランの写真を一枚、高橋の眼前に出す。
即席カメラではあるが、そこまで酷い写りではない。

「これが、お前のプレゼントした服を着たフランの写真だ」
「うそ!?すげぇ、やっべぇ、マジで彼女になって欲しいぜ!」
「・・・フランの姉の頼みでな。このフランと同じもの――似てればそれでいいから、同じものをもう一つ調達して欲しいんだけど」
「報酬は?」
「フランのこの写真――あぁ、後一枚二枚なら出してもいいけど」
「任せろ。釣りが来るぜ」
「一応、調達した品との交換だぜ?」
「三日で用意してやるよ」

カール・ルイスもかくや、といわんばかりの勢いで高橋は走り出す。
成程、歪んではいるようだがそれも一つの愛の形なのだと思いながら、良也はそれを見送って。



三日後。
レミリアのためのスクール水着と、イヌ耳。
そして、二着ずつセットでコスプレ衣装八種類、合計十七着の衣装が入った旅行鞄を持ってきた高橋を見て、心底縁を切ったほうがいいような気がしてきた良也だった。



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