「ねぇ、良也さん」
「・・どうしたー?」
「私たち、結婚しないのかって紫に聞かれたんだけど」

余りに突然な話に、良也は目を見開く。
二の句も告げない良也に、霊夢は追い討ちのように言葉を紡ぐ。

「何でも、良也さんなら喜んで結婚してくれるって言ってたけど」
「急に言われても困るなぁ」
「全く、そのとおりよね」

霊夢がずずっと茶を啜る音だけが、二人きりの博麗神社に響く。
普段が騒がしいだけに、良也は静かだと霊夢を意識してしまう。
普段は見慣れていると思っているのに、やっぱり可愛くみえる。

「さて、僕は寝るぞ」

霊夢をじっと見ているのが気恥ずかしくなって、良也は逃げの一手を打つ。

「ええ、おやすみなさい。結婚のことは、また今度で良いわよね?」
「霊夢次第だけどね」
「良也さん次第でしょ?」
「僕は外界で仕事とかあるから、週末に少しだけきたりするしか出来ないだろう?霊夢がそれを嫌だっていうなら無理じゃないか」
「それもそうね」

霊夢が納得したとばかりに微笑む。
そのマイペースさは、出会った頃から変わらない、霊夢が霊夢である証のような気がして。
良也も釣られて苦笑した。


―――――――――――――――――――――――――

良也が初めて幻想郷を訪れた時から、早くも五年の月日が流れていた。
無事に大学を卒業して職を得た良也は、必然的に幻想郷に来ることが少なくなって。
それでも、幻想郷の人々は、良也を温かく迎えてくれる。

その五年の月日は、良也にとって何物にも変えがたい宝であると思っている。
数多の出会い、そして異変解決のために霊夢たちと奔走した記憶は、全て心の中かに残っている。
また霊夢は美しく、まさしく字のごとく美女と呼んで差し支えないほどになっていて、出会った頃の霊夢とはまた違った魅力がある。
正直に言えば、良也は霊夢のことを好きになっていた。

(だけど、僕は外界の人間――しかも蓬莱人なんだから)

霊夢に言えば一笑されるだけで終わりそうな、小さな小さな負い目。
自分もかつては、大したことじゃあないと思っていたし、――実際には便利だとさえ思えたものが、大きな十字架として身を縛るのだ。
この巫女の世話をしているのに慣れ、一緒に解決した異変が片手で数えられなくなったときには、もう自分の感情に気付いていたのに。

「あーぁ、まさかこんな事で悩まないといけないなんてなぁ・・」
「どんなことで悩んでるのかしら?」
「れ、霊夢!?」

良也の声が上ずる。
寝間着に着替えた霊夢が、良也の顔を見ていた。
それだけで気恥ずかしくなる辺り、良也はまだ純情だった。

「何でもないよ、僕自身の問題だから」
「そうかしら?――大方、自分が蓬莱人だってことに悩んでるんじゃない?」
「ぐ――」

霊夢が微笑みのまま言った言葉に、良也はまた苦笑する。
ああ――どうしてこの娘はこれほど勘がいいのだろうかと。
巫女だから、という理由で良也の心境も読めるのなら、それ程恐ろしいことはない。

「確かに、うん、そうだ。僕は蓬莱人だって事で――」
「私は良也さんが蓬莱人だろうと妖怪だろうと、関係ないわよ?」
「霊夢がそう言ってもね・・これは、僕自身の中で、覚悟が出来るかどうかの問題なんだから」
「覚悟?」
「きっと霊夢が逝った後も、僕は生き続けることになる。――そして僕は、その時に寂しさに耐えられずに壊れてしまうかもしれないから」

良也は、横になったまま自嘲の笑みを見せる。
彼は、自分が主人公になれないと知っている――だからこその、笑み。

「我侭なのね」
「うん、そうだ。霊夢もこんな我侭なやつと結婚なんてしたくないだろうに?」
「そんなことはないわよ?」
「それに、霊夢の夫は僕じゃなくてもいい――そのはずだよね?」

良也が言い切った瞬間、深夜の博麗神社に乾いた炸裂音が響く。
霊夢の手が、良也の頬を打った音が、響く。
突然のことに、良也が呆然と霊夢を見つめなおすと。

「れい・・・む?」
「確かに、他の人は誰でもいいと考えてるかもしれないけど。私は、良也さん以外が夫になるなんて――真っ平御免よ」
「なんで・・・?」
「結婚する相手は、ずっと一緒にいた相手、一番一緒に居て落ち着く相手、何よりずっと一緒に居たいと私が思う相手でないといけないって、私が思うもの」

霊夢は、自分が打った頬に手を当てると、愛しむように撫で擦る。
昔とは違う――少女とは違う、大人としての一面に、良也は不覚にも胸を打たれる。

「良也さんが悩むのも分かってたけど。でも、だからって私は、妥協したくないものね」
「まぁ、人生の一大事だし、それはわかるけど」
「本当に駄目なら、はっきりと言って欲しいわ。そうなら、私は諦める」
「・・・・・参ったなぁ」

まっすぐに顔を見つめられた良也は、照れくさくて、つい顔を背けようとしてしまう。
だけれど、今は顔を背けてはいけないと、自分の照れくささをかみ殺す。

「じゃあ、何で霊夢は僕がいいと思ったの?」
「簡単なことだけど、一緒に居て一番落ち着くもの。――強いて言えば、ずっと守ってもらってたから、背中を任せることもできるぐらいには信頼できることも、理由の一つではあるわ」
「――っ!!」
「きゃあ!?」

いつものように、素っ気無く――しかし霊夢の頬が赤く染まっているのを、良也は見逃しはしなかった。
その態度があまりにも可愛くて、愛らしくて。
良也は、霊夢を強引に抱き寄せた。――自分が横になっている布団の上に。

「そんなことを言われたら、断れないじゃないか・・」
「それじゃあ、受けてもらえるのかしら?」
「うん、僕なんかで良ければ、霊夢のそばに居させてもらえるかな?」
「えぇ、喜んで!」

良也が霊夢を抱きしめると、霊夢はそれに甘える。
寝間着越しでも分かる――霊夢のぬくもり、甘い香り。
互いの胸が、激しく鳴り響いているのがはっきりと理解できる。

「えらく長い問答になっちゃったけど。これからもよろしくね、良也さん」
「僕のほうこそ。ずっと霊夢を守るから、出来たら見捨てないでもらえると嬉しい、かな?」

まだ、良也の中で迷いは残っている。
本当に自分は霊夢に相応しいのかと、霊夢が逝ったら自分はどうなるのだろうかと。
だけれども、それを表には出さない。
こうやって落ち着こうとしているものに水を差すなど、無粋でしかない。
今はただ、抱きしめ合う美しい巫女と二人きりで、穏やかなときを過ごそうと、そう思った。

―――――――――――――――――――――――――

『土樹良也と博麗霊夢が結婚する』
その話は、瞬く間に幻想郷全土に広がり、大きな波紋を呼ぶこととなる。
霊夢を慕うものが発狂しそうになったり、それはもう異変とならないのが異変と呼べるほどに混沌とする。

最も、それらが異変とならなかったのは、本人たちが自重したからに他ならない。
自分たちが霊夢を慕っているからこそ、霊夢に迷惑をかけたくない、霊夢が幸せであればそれでいいのではないかという自覚の元に根ざした、自重。
かといって、黙っていたわけではない。
土樹良也に数多の警告が与えられたのが、それである。

しかし、その警告は全く意味を成すことがなかった。
良也が真の意味で霊夢を守ることの出来る人間であったことも大きかったし、何よりも博麗霊夢が信じている、愛している相手を、傷つけるわけにはいかなかったからだ。

霊夢と良也のターニングポイントとなる夜の暫く先のこと。
多くのものが祝福する中、霊夢と良也の結婚式は無事に執り行われ。
それから巫女が逝去するまで、二人の絆が途切れることはなく。
幸せに満ち満ちた日々を過ごし続けたというのは、幻想郷で知らぬもののいない話だとか――。









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