土樹良也は、人里ではアイドルと呼んで差し支えないほどの人気を誇っている。
というのも、長らくお菓子売りを続けている関係で子供が大人になり、その子がまた大人になりと繰り返される営みを見ており、またその人々に慕われていたからである、というのが大方の理由である。
もうひとつの有力な理由としては、かの博麗霊夢の良人であったことが挙げられるだろうか。
異変の際に度々博麗霊夢を守りきった、ある意味で『最硬の盾』として。
博麗霊夢の死後は幾らかの間迷走し、酒に溺れていたと伝えられているが、それも多くの知り合い(彼曰く『バケモノの集まりと、一部大事な友人』)に救われたらしい。
今も異変解決に際し、妖怪の賢者や永遠に幼い紅、亡霊の姫に呼び出されたりするらしいのだが。

そしてこれは、そんな彼の再婚に関する間の抜けたお話である。

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「良也さんは再婚とかってしないんですか?」
「ははは、考えたこともなかったなぁそんなこと」
「やっぱり霊夢様に操を立ててるんですか?」
「うーん・・・別にそういうのじゃないけどね。相手もいないし、まさか普通の人と結婚するなんて考えたこともなかったしね」

良也が談笑しているのは、人里の可愛らしい女の子である。
彼女が三歳の頃から良也は彼女を知っているため、成長している姿に感慨を覚えなくもない。
再婚の話については、良也の言葉が事実である。

「周りがバケモノ揃い――僕も他人のことは言えないけど、相手になんて考えたこともなかったからさ」
「もったいないなぁ。良也さん、普通に格好良いし、魔法とか使えるし、私が妖怪とかだったらすぐにでも求婚してるのに」
「またまた。冗談はやめようよ?」
「あー、ひっどーい!」

からからと笑う良也と女の子の間に、『蓬莱人』と『人間』としての区別は――皆無。
それだけ良也は人里の人々にとって身近な存在になっていた。

「それじゃあ、今日の土樹商店はこれで閉店。希望の品は、また三日後にね」
「はーい。じゃあ、よろしくねー!」

手を振って駆けて行く少女を見やり、良也はため息をつく。
再婚など、実際は考えたことも無かった。
霊夢への操など関係も無く、ただ今の気ままな生活が気に入っていたから。

「今日から三日は永遠亭か――なんかお土産あったかなー?」

荷物を仕舞いながら、良也は苦笑を浮かべ続ける。
こんなことが鈴仙に知れたら、また大騒ぎになるだろうなぁ、なんて思う。

「まぁ、どうせ再婚なんてする相手もいないしなーっと」

荷物を仕舞い終えると、それを背に――永遠亭まで飛んでいく。
そこまでのやり取りを見ていた影が、小さく顔をゆがめるのにも気付かずに――。


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「良也、再婚を考えてるそうね」
「それ誰から聞きました?」
「てゐよ?」
「・・・ぬかった」

永遠亭に到着して早々に、良也はギリリと歯軋りをする。
いきなり輝夜に問いただされた内容は、言うまでもなく人里での一件のことだ。

「くそぅ・・また何か、嫌な予感がするんだけど・・・」
「あら。気にしたら負けよ。それじゃあ、誰と結ばれるつもりなのか――きりきり白状しなさい?」
「だーかーらぁ!僕はそんなの考えてないって。再婚したらって薦められただけで、どうせ相手もいないだろうしさ!」

半ばやけっぱちで叫ぶように良也は訴える。
そう、自分を好きな相手など、いるはずも無い。
いたとして、その好きという感情は、紛れも無く――友愛の好きなのだと思い込んでいた。
だが、輝夜は顔を驚愕に歪めて――

「――嘘。まさか本気で言ってるの?だとしたら相当の鈍感よ?」
「本気も本気だよ。みんな良い友達だとは思ってるけどね」
「・・・呆れたわ、今回ばっかりは本気で」

良也は荷物を置いて、横になる。
少し疲れたというのは、言い訳になるのだろうかと逡巡しながら。

「大体、私は本気で良也のこと、気に行ってるんだから」
「ははは、冗談は――」
「冗談じゃあないわ。一緒にいるとき、心がとても落ち着くの。ずっと一緒に居たいって、そう思うほどにね」
「・・・・輝、夜?」

横になった良也の顔を、輝夜の瞳が見つめてくる。
照れくさいのに、顔を背けられない――視線をはずせない。

「永遠に生きる伴侶――子供を作ろうとは、思わないけれども。人恋しくなるときに、一緒にいたい相手がいる――理由はそれだけで充分じゃないかしら」
「だ、けど・・・・輝夜には僕なんかより、もっと良い相手がいるだろう――?」
「私は、良也が良いと言ってるの。それが、全て。間違ってないでしょう?」
「今まで、そんなこと――素振りも見せなかったのに?」
「見せていなかったんじゃないわ。良也が、気付かなかっただけよ」

輝夜が、良也に圧し掛かる。
良也は動けない――動こうという意志さえ断ち切られる。
ずっと奇麗だとは思っていた――他の娘の『可愛い』『可愛らしい』とはまったく別の次元にあるその美貌に、心を奪われてしまったから。

「本当に嫌なら振り払うなりなんなりしなさい。それなら、私はいつもどおり――良い友達として、付き合うわ」
「むしろ、輝夜は本当に僕でいいのか?」

輝夜は、答えない。
答えの代わりに、良也の頬には、柔らかい感触がひとつ。
呆然とする良也に、輝夜は笑顔を見せる。

「再婚、なんて固い考えじゃなくていいわ。ずっと一緒に支えあう、それでいい。――ねぇ、そうでしょう?」
「あ――――それなら、うん、僕も大丈夫だ」
「寝食を共にして、時々愛し合う――それで、いいわよね」

良也は、こくりと首だけを動かす。
それだけで良かった。

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その後永遠亭では、当然の如く荒れた―そう思うのが普通だろうが、驚くことに大して荒れることも変わることも、何もなかった。
永琳も言及したりはしなかったし、鈴仙が少しばかり文句を言ったものの輝夜直々に説明したところ、『姫様に変なことをしたら殺すからね!』と良也に言っただけだし。

もっとも、良也が定期的に通っていた紅魔館の住人たちには、何故今更永遠亭に永住すると決めたのか疑問に思っていたようではあったが、良也が時折遊びに来ると聞いて、ならば構わないと納得したようだった。

今も良也は人里でお菓子売りをやっている。
但し、今は一人ではない――傍らに、絶世の美女を連れて、やっている。




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