「相変わらずスゲェ人気だなぁ、『姫様』は」
「さぁてな。知ったこっちゃねぇよ」

愛読書のページを一枚、また一枚と読み進めながら、少年は小さく答える。
『姫様』のことは、幼い頃に付き合いがあった分良く知っているのに。

「あんなやつ、幼馴染どころか知り合いとも思ってねェもん」
「・・・ヒュー。贅沢だぜ?」
「生憎、俺は外面より内面を見る男でね」

隣り合う席で座る少年は、主人公―佐々木亮一の親友、三河太一である。
窓の外では、校門の辺りから何人ものファンを連れ歩く、通称『姫様』――亮一の幼馴染、浜崎林檎の姿が見受けられるらしい。
太一はファン未満であるらしく、彼女の外見を褒める程度にしているが、それには亮一から聞いた過去のことも少なからず影響している。

「まぁ、どうでもいいけどよ」
「お前・・」

太一の飄々とした姿に、亮一はすっかり毒気を抜かれる。
そう、亮一が太一を親友だと思うのも、彼のこの性格ありきだ。
亮一はどうにも熱しやすく冷めやすい性格なのだが、太一も似たようなものであって(むしろ振れ幅を考えるとむしろ亮一以上かもしれない)結果的に付き合いやすいのだ。

「その本、面白いの?」
「挿絵も何もない小説だぜ」
「け。そんなの俺にゃあ読めねぇな」

からからと笑う太一に、亮一は苦笑する。
腕時計に目を落とすと――午前八時十五分。
取りあえず、もうしばらくは本を読めそうだと思った。

―――――――――――――――――――――――――

「ほらほら、席に着け!」

口調は荒々しいが、しかし口調に反して可愛らしい、高い声が教室に響く。
担任の女教師――綺堂綾である。
スポーツを嗜んでいたという彼女は、根っからのスポ根気質で、実際に女子バスケットボール部の顧問もしているらしい。

「今日は転校生が一人いるよ。可愛い女の子だ、仲良くするんだぞ」

生徒全員が席に着いているのを確認して、満足そうな笑顔を浮かべた女教師は、さらっとトンでもないことを言う。

「五月に、転校生?」
「美少女だってよ」
「・・時期はずれな」

大きく欠伸をしながら、亮一は呆れ顔をする。
一方の太一はほくほく顔で、『姫様以上ならいいなぁ』とか言っているのだが。

「ほら、入ってきて良いよ」
「あ、はいぃ!失礼しますっ!」
『うぉぉぉぉぉぉぉ!!?』

綾の声に合わせて教室に入ってきた少女は、一目見ただけの亮一が息を呑むほどの美少女だった。
その姿を見た教室中の男子の声が、綺麗にハモるほどにも。

「ほらほら。そんなにジロジロ見ちゃあ駄目だよ。じゃ、自己紹介してね」
「はい、わかりましたっ。私は佐藤マリア、父が日本人で母が米国人なので、こんな変わった名前です!」
「・・・マリア・・・・さとう・・・マリアぁ?」

少女の名を聞いた瞬間、亮一は怪訝な顔をする。
間違いなく、どこかで聞いたことのある名前。
芸能人とか、そんなものじゃない、もっと身近な。

「マリア・・・マリア・・マリ子?」
「おいおい亮一、名前変わってんじゃねぇか」
「あぁ、そうだな。・・確か、昔マリアって子をマリ子って呼んでた気がしてな」

耳打ちしながら、亮一と太一は顔を緩ませる。
ひどく馬鹿馬鹿しいやり取りだが、それが楽しかった。
そんな二人を尻目に、転校生の女の子の自己紹介は続く。

「両親が事故で亡くなったため、父と懇意にしていた人に引き取られることになり、ここに来ましたっ!佐々木亮一さんのご両親が、そうです」
「ちょっと待てコラ」

亮一は思わず声を上げていた。
仕方あるまい、突如自身の名前が挙がって驚かないはずがない。

「亮一?」
「黙ってろ太一。俺はそんなこと一言も聞いてねぇぞ?」
「えっと・・・亮さん?」
「亮さん言うな!その名前で呼ぶのはマリ子しか知らねぇぞ?」

クラスが、にわかにざわめく。
普段は無口というか一匹狼みたいな雰囲気のある男が激昂しているのだ、当たり前なのだが。

「そう、そのマリ子が私ですって。小さい頃、お父さんに連れられて何度も一緒に遊びに行きましたよね?」
「あぁ、確かにマリ子とはよく遊んだ。・・・・・へ?」
「良かった!ずっと会えなかったけど、忘れたことはなかったよ、亮さん!」

亮一の顔が、驚愕にゆがむ。クラスメイトの顔も大体がそうだ。
ただ亮一の隣で太一が笑いを堪えているのと、離れた席で林檎が辛そうな顔をしていた。

「何だ、佐々木の知り合いか。なら、彼女の世話は佐々木に頼むよ」
「ちょっ、待て!?」
「佐藤、佐々木に何でも聞くといい。あいつはあぁ見えて世話好きだ」
「知ってますよ。ずぅっと昔から、お世話好きでしたもん」

ニコニコと綾へ返答するマリアに、亮一は頭を抱える。
ただ林檎の視線に気付くことは、全くなかったのだが。

―――――――――――――――――――――――――





戻る?