懐かしい夢。
長い記憶の中で忘れ去りそうな、ちっぽけで、でも大きな夢。

『りょーちゃん、こっちこっち〜』
『りんちゃんってば、まってよぉ・・』

それは、セピア色の夢。
幼い子二人が、小さな公園を走り回っている、夢。

『りんちゃん、つーかまえた!』
『あー、りん、りょーちゃんにつかまっちゃったぁ』

ハァハァと呼気を荒げながらも、りょーちゃんと呼ばれる子は向日葵のような笑顔で、りんちゃんと呼ぶ子の肩を捕まえている。

『りんちゃん、やくそくだよー?おにごっこで10かいつかまえたら、けっこんしてくれるんだよね?』
『ううん、りんね、パパがきめたこんやくしゃのひとがいるんだってー』
『えぇー、りんちゃんのうそつきー』

りょーちゃん、と呼ばれるほうの子が、目に見えて落胆する。
りんという子は、恐らくその理由などわからないのだろう。
だが、子供心にも約束を裏切られたというのは嫌なことらしい。
ぶぅ、と頬を膨らませたりょーちゃんは、そのままりんちゃんを無視して帰ろうと踵を返した。

『りょーちゃん、どこにいくの?』
『りんちゃんはうそつきだもん。りんちゃんなんかきらいだー!』
『だって、しょうがないもん。りんだって、きのうパパにいわれたんだもん』
『でも、うそつきはうそつきでしょ?』

りょーちゃんは、子供ながらに頑固な性格らしい。
りんちゃんの言葉に耳を貸そうともせず、すたすたと早歩きで公園を出て行く。

『もう、りんちゃんとはあそばないもん。おしゃべりもしないからねーだ』

りょーちゃんが公園を出る間際の言葉が、りんちゃんの耳に届いた瞬間、りんちゃんの双眸からは涙の雫があふれ出ていた。

『まってよー、りょーちゃーん!』

ひぐひぐと嗚咽しながら、しかしりんちゃんが駆け出して公園の外に出たとき、既にりょーちゃんの姿は見えなくなっており。

『りょーちゃーん!りょーちゃああん!?』

半狂乱になりながら、必死で去って行った子を追いかけても、その姿は結局見つからなくて。
結局、りんちゃんは家に帰ってもぐすぐすと泣くだけで、両親にその理由を問われても答えられずに、ただ仲の良かった―――否、最早恋愛感情にまで到っていた想いが破れたことに、自分でもわからず泣き続けるしか出来なかった。


それから、りんちゃんはりょーちゃんと話すことが出来なくなった。
話しかけようとすると、明らかに避けられる。
遊びに行こうと家まで誘いに行くと、別の友達と遊びに行ってばかり。
そうなって、初めてりんちゃんは気付く。
自分がりょーちゃんに言ったことの、重大さを。
元々りんちゃんは内気で、家が近く両親の親交があったりょーちゃんしか友達がいなかったのだ。
なのに、そのりょーちゃんに嫌われて。

りんちゃんは結局、数ヶ月後に初めて友達が出来るまで、一人ぼっちで毎日を過ごすことになってしまった。

―――――――――――――――――――――――――

「・・・・・夢?」

ぱちりと目を覚ました少女は、小さな欠伸を一つする。
どうにも、酷く懐かしい夢を見た気がする。
内容は覚えていないが、とても辛い夢だったと思ってしまう。

「・・私・・・泣いてたの?」

顔を両手で擦ると、ほんの少しだけ、涙の痕がある。
それに気付いた少女は、ほう、とため息をつく。
そして、ベッドのライトスタンドに置きっぱなしの写真立ての中の笑顔と目が合い。

「亮ちゃん・・・」

その小さなころの『大好きだった人』とは、もう何年も話していない。
悪かったのは、自分なのだろうか、巡り会わせだろうか。

「・・もう、起きなくっちゃ」

高校生ということが嘘のような、下手なグラビアアイドルを凌ぐほどのスタイルを誇る体をベッドから起こし。
ライトスタンドに置いてあるベルを鳴らし、自分付きの従者を呼ぶ。
少女の朝は、毎日憂鬱な気分から始まっている。



「・・・・夢、か」

ボサボサの髪を掻き乱しながら、少年が大きな欠伸をする。
空気を入れ替えようと窓を開けると、隣の豪邸がまず目に入り、そして溢れんばかりの陽の光と朝の澄んだ風が部屋を満たす。
この隣の家の、自分の幼馴染が、少年は大嫌いだった。
結婚してあげると、憧れていた娘に言われたとき、まだ二人は幼稚園児で。

「・・・・」

子供心にそれが嬉しくて堪らなく、鬼ごっこで彼女を10回捕まえる――そんなことも、苦にはならなかったのに。

「凛・・・か」

片や二流家庭の普通の子、片や日本有数の企業の社長令嬢。
今も同じ高校に通っている少女は、自分としか遊べなかった幼子ではない。
見目麗しく、日々靴箱からは十指に余るほどのラブレターを貰うほどの人気者で、頭も非常にいい。
いわゆる才色兼備というやつなのだ。

「どうせ、叶わない想いだったんだろうし、なぁ」

今ならわかる。
彼女に許婚がいるのも、理解できる。
しかし、理解は出来ても心が癒えるわけではない。
成長した今も彼女を避けているのが、その証である。

「いつになったら――いつになったら、次の恋が出来るんだろうなぁ・・」

幼き日の出来事は、確実に傷跡を残している――しかも心のド真ん中に。
それを隠そうと、わざとらしく伸びをして、少年は笑う。

「さて。そろそろ学校に行かねーと。――生徒会のメンバーが遅刻じゃあ、他の生徒に示しがつかねぇもんなぁ」

窓を閉めながら、少年は呟く。
また、代わり映えのない一日が始まろうとしていた――。



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