土樹良也が、博麗の巫女が亡くなった後酒浸りで放浪していると聞き、ひどく心を痛めている少女がいた。 良也が幻想郷で初めて訪れた場所、冥界の白玉楼の庭師の少女・魂魄妖夢がそれだった。 「・・・」 「妖夢。少しは落ち着いたらどう?」 「でも、幽々子様・・・・」 「少しは信用してあげなさい。良也は確かに臆病で弱いかも知れないけれど、辛いことを乗り越える力を持っているはずよ」 そうでなければ、博麗の巫女の夫など務まろうはずもない。 いや、夫云々以前に、八雲紫に認められたりしないだろうからと。 幽々子は至極落ち着いているように装う。 しかし妖夢と同じく、彼女も心配していないわけではないのだ。 ただ、慌てても心配しても、自分たちにはどうしようもないことを、幽々子は知っているから。 「それに」 「幽々子・・・・様?」 「噂をすればなんとやら、とはよく言ったものね。・・・良也が来たようよ?」 「ほ、本当ですか!?」 居ても立ってもいられぬといった様子の妖夢は、幽々子の声に立ち上がると、大慌てで外へと駆け出す。 その様子を見た幽々子は、穏やかな微笑を浮かべていた。 ――――――――――――――――――――――――― 「良・・・也、さん・・・・・」 「やあ、妖夢。・・久しぶり、だね」 「ええ、本当に・・・」 妖夢が久しぶりに会った青年は、昔と変わらぬ笑顔のままで。 噂程度に活躍は聞いていたが、少しだけ強くなっている気さえした。 「博麗の巫女のことは残念でした・・・」 「仕方ないさ。僕が蓬莱人だから、ね」 「立派になりましたね、良也さん」 銀髪の少女は、良也が自分の知らないところで成長していることに、少しばかり寂しさを感じてしまいながら。 それでも、青年を優しく抱きしめる。 「妖夢・・」 「白玉楼を出てから・・・ずっと、心配してばかりでしたから・・」 「うん、でも、もう大丈夫だから・・・・」 穏やかな声の良也に、妖夢はようやく不安ごとがひとつなくなったとばかりに涙を流す。 その様子を物陰から眺めていた幽々子は、幼い子同士の再会と言ってもいいような情景に、頬を緩ませる。 (まるで離れ離れの恋人の再会・・ね。今ここで出るのは、流石に・・・) 仲のよかった二人の再会に水をさすほど、幽々子は無粋ではない(と自負している)。 そう長い別れではなかったものの、三人で暮らしていた白玉楼は、幽々子だってとても楽しかったし。 (良也と妖夢が入ってくるまで、中で待ちましょうか) 小さく微笑みながら、幽々子は屋敷の中へと戻っていった。 ――――――――――――――――――――――――― 「いらっしゃい良也。博麗の巫女のことは残念だったわね」 「いらっしゃいも何も、外にいただろ・・」 「え、そうなんですか幽々子様?」 「まぁ、一応はね。でも愛し合う二人の再会の邪魔なんてしないわよ?」 「あ、愛し合ってなんていません!」 ―――白玉楼の居間にて。 良也が久しぶりに再会した二人は、良くも悪くもいつもどおりだった。 「妖夢は外で話してたときに分かったけど。幽々子も、相変わらずなんだな」 「えぇ、そうよ。――それで、私たちに何か用事があるんでしょう?」 「あぁ、幽々子には分かっちゃうか」 「私たちに、用事・・・ですか?」 みっつの湯飲み―ひとつは以前に良也が使っていたものだ――に茶を注ぎながら、妖夢が首を傾げる。 無理もない、数年前に来て以来だし、その数年前の来訪も遊びに来ただけだったから、仕方はないけれど。 「率直に言うと、当分白玉楼で住まわせて欲しいんだ」 妖夢が湯飲みを手にしたまま固まる。 しかし、幽々子は不敵な笑顔のまま表情を崩さない。 「そうね。私は別に構わないわよ?・・・だけれど、私が断ったら?」 「そのときは紅魔館か、永遠亭に頼む羽目になってたと思うけど」 「あらあら、顔が広いのね。構わないわ。好きなだけ住みなさい」 幽々子が二度構わないと言ったのだ、妖夢は何も言わない。 ただ、今しばらくはまた三人で過ごせるのだ。 これほどうれしいことは数年間なかった。 「妖夢も嬉しい様だし、文句はないようね。・・・但し、たまに外界の美味しい菓子か、食事を作ってもらうわよ?」 「それぐらいなら。もっとも、そこまで豪華なのは作れないけどな」 「えぇ、それで十分よ。交渉成立ね」 妖夢は、声も出せずにいた。 ただ、自分の顔を見つめる良也が、そこにいて。 「そういうことで。じゃあ幽々子、妖夢、またしばらく――いつまでかはわからないけど、よろしくってことで」 そういって笑っている良也の顔が、懐かしくて、愛おしくて。 妖夢は、心からの笑顔で、良也を迎えようと、溢れる涙を拭った。 ――――――――――――――――――――――――― かくして、土樹良也は白玉楼にて住むことになった。 既に妻亡き身ではあるが、その身持ちの堅さは人里でも噂になるほどだったという。 そんな彼が、銀髪で常に帯刀している少女と人里に来るようになるのは、そう遠い日の話ではなかった。 |
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