杯一杯の酒を、一気に飲み干して。
成るほど急性アルコール中毒で逝きかねないほどに強い酒は、良也の肺腑を抉るような痛みを与えてくれる。
その痛みに耐える間だけ、良也は辛く重く悲しいことを忘れることが出来た。
いっそのこと、これで死ねればと思ったこともある。
しかし、良也が不老不死になったのは偽れない事実であり。

この無縁塚で。
愛する妻が亡くなった後の灰色の風景を。
良也は、ただぼんやりと見つめて。
こうやって、万が一のための備蓄を浪費して買った酒を飲むしか、出来なかった。

―――――――――――――――――――――――――

「おや、今晩も来てたのかい」

背中からかけられる声に、良也はこくんと頷くしかしない。
次の瞬間には空になった杯に酒を注いで、また一気に飲み干している。

「今日も今日とて、かい。おまえさんがそんなだと、召された巫女も成仏しきれないよ?」
「なぁ小町。・・・死ねないって、こんなに辛いんだな」
「ようやく、分かったのかい?」

鎌を置き、小町は良也の隣に座る。
小町は良也と長らく懇意ではあるが、これほど墜ちた姿の良也は初めて見る。
蓬莱人であるがゆえに、愛する人を失い続けるだけの未来。
それを知った良也を。

「もしかしたら、僕は幻想郷に来ないほうが良かったのかも知れない」
「・・・・え?」

小町が杯に半分だけ入った酒に口を付けていると、良也は小さく微笑む。
自嘲の微笑だというのは、小町にもよく分かった。

「幻想郷に来なければ、最初の事故で死んでいれば。・・・・こんな身を切られるような思いはしなくて良かったのに」
「それは、本気で言ってるのかい?なら笑えないよ?」
「・・・・小町も分かるだろう!?」

ぎりり、と良也の手が握られる。
双眸からは枯れ果てることの涙が伝い。

「確かに、幸せだったと思う!霊夢を愛して、二人で奔走して!だけど、それは思い出でしかないんだ・・・・」
「その思い出は、確かに今のおまえさんには辛いかも知れないね」

小町は、幻想郷の人々のなかでも、一番に良也のことを気に入っていると自負している。
だからこそ、ネガティブな、悲しみに明け暮れる今の良也を見ていたくはなかった。

「でも、きっと思い出は良也の宝になるはずさね。その痛みは、おまえさんが優しく温かい心を持っているからこそのものだからね」

そういうと、小町は杯に半杯残った酒を一気に飲み込む。

「きっといつかは痛みも笑って思い出せるようになるはずさ」
「小町・・・・」

からからと笑いながら、小町は良也の背中を叩く。
屈託もなく笑い合うその姿は、まさに友情で結ばれた親友同士のようで。

「さぁ、今夜は飲み明かすよ?映姫様にはこっぴどく叱られるかも知れないけどね」
「・・・・ありがとう、小町。僕は、自分の辛さを誤魔化して、逃げて、僕を好きになってくれた霊夢の想いも無為にしようとしてたんだな・・・」
「間違うことは誰にだってある。その間違いに気付いて、正せるかどうかが大事なんだ」

だから、おまえさんは間違えはしたけど悪いわけじゃないよ、と小町は続ける。
空のままの良也の杯に、溢れんばかりに酒を注いで。

「あたいらは友達だろう?こうやって二人で飲んで、支えあうのが一番さね」
「うん、本当にありがとうな・・・」

良也は、頬を伝っていた涙を拭うと、小町が注いでくれた酒を一口飲む。
まだ吹っ切れてはいないものの、心の奥にあったしこりがなくなったような、憑き物が落ちたような、そんな顔の良也をみて、小町もうれしそうに笑い始めて。
そして良也は、あることを決意していた。




それから数日、良也は幻想郷から姿を消し。
幻想郷に戻ってきた彼は、縁のある場所を転々としながら、商売を再開することになる。

だが、その後も、時折死神の美少女と良也が無縁塚で共に酒を飲んでいる光景が見られるようになったそうな。



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