「ですから。先生は、私と一緒に守矢神社で暮らしてもらいます」
「そんなことをしたら、私が家事をしなきゃならなくなるでしょ?駄目よ、却下」
「先生は貴方の家事をするための道具じゃないんですから」

キーキーと二人の美少女が口論をしている。
その様子を眺めながら、その口論の中心であるはずの土樹良也はずずーっと茶を啜っていて。
その隣には、スキマこと八雲紫もいたりする。

「全く。異変が解決したばかりだというのに、騒がしいことね」
「そうだよなぁ。もっとゆとりを持ってたほうがいいと思うんだよ」
『先生(良也さん)は黙っててください!』
「あらあら。どちらにしても尻にひかれそうね」
「・・・・もう、逃げていいかなぁ?」

幻想郷、というか博麗神社をピンポイントで狙った大地震を起こした元凶をボコるという仕事がつい数日前に終わったばかりなのに、良也と特に親しい二人の巫女はまたつまらないことで言い争いを繰り広げている。
一昨日は分社をどうするか、昨日は良也が当面世話になる場所、今日は博麗神社が復活してからの良也の住居であり。
昨日、今日と良也が話の中心であるはずなのに、良也は口出しを禁じられているという変といえば変な事態ではある。

「逃げてもかまわないでしょう。それは貴方が選ぶべき選択だもの、あの二人の口論に貴方が関わっているのを知ってて言っているのならば、だけれど?」
「暗に逃げるなって言ってるじゃないか」
「私としては博麗の巫女の夫のほうが良いと思うけれど。守矢の巫女とも仲が良いのでしょう?」
「どちらにしろ、スキマと一緒に暮らすよりはマシだと思う」

まだ火が燻っている七輪に乗せておいたやかんから、急須に湯を注いで。

「そうね、私も良也に襲われたりしたくないもの」
「少なくともスキマみたいなとしm・・・うぉぉぉぉっ!!?」

金ダライではなく、鉛球が良也の頭上から二つ、降ってくる。
すんでのところで避けることが出来たのは、彼自身の能力の恩恵が大きい。

「女の子に歳の話をしちゃあいけないって、何度も言ったわよね?」
「女の子って歳じゃあないだろ、っ全く」
「・・・次はないわよ」

全く笑ってない顔で、曲がりなりにも美女(むしろ黙っていれば美女)の紫が良也を見つめる。
不覚にもどきりとした良也は、それを隠すかのごとく、顔を背けて。

「兎に角、人里にも行かないといけないし。霊夢と東風谷があの調子じゃあ、僕の話も聴きそうにないしさ。気付いたら、よろしく言っといてよ」

そうとだけいうと、ふわりと空に舞い上がり、人里の方へと飛んでいった。

「・・・問題の解決を先延ばしにしても、結果は変わることはないのに」

愉快そうに顔を歪めた紫は、早速良也を追い詰めようと画策し始めた。

―――――――――――――――――――――――――

「あら。良也様」
「あれ、咲夜さん」

見事に声がハモる。
人里の定位置で商売を始めようとしていた良也の前を、紅魔館の瀟洒なメイドが通りがかっただけなのだが。
彼女を人里で見ること自体が珍しいため、良也は多少なりと驚いていたりする。

「本当に外界のお菓子とかを売っているんですね」
「うん、まぁ定期的ってわけにはいかないんだけど」
「少し見せてもらいますね」

良也が並べる商品をひとつずつ、手にとって凝視する姿は、ある意味での主婦みたいなものがあって。

「そういえば」

商品から目を離さず、咲夜の口だけが開く。

「お嬢様が、一昨日ぐらいに良也様の血を飲みたいとおっしゃっておりました」
「レミリアが?」
「フランドール様も、本を読んでもらいたいとごねておりました」
「あぁ、まだ途中の本もあったような・・」

思い返すと、最近の一週間近くは紅魔館に行っていないなぁ、と良也は息を吐く。
癇癪を起こすようなことはないだろうが、次に紅魔館に行くときには命の一つ二つを失う覚悟はいるかもしれない。すぐに復活できるけど。

「僭越ながら。・・・フランドール様は、良也様のお陰で精神的にも成長しつつあります。出来れば、週に一度は会ってあげていただきたいのです」
「成長・・・・してるのか?」
「はい。恐らく以前のフランドール様ならば、気に入らないことがあれば即座に暴れまわったりすることも考えられました」
「十分に暴れてる気もするんだけど」
「ですが、良也様とお会いして、徐々にですが我慢することも覚えておりますし」

咲夜はニコリと微笑み。

「本日今すぐに、などと無理は言いません。出来れば明日辺りに来ていただいて、フランドール様と一緒にすごしていただきたいのです」
「うん、もともと明後日ぐらいに行くつもりだったけど」
「ではお嬢様方にそう伝えさせていただきますね」

手に取っていた商品を置くと、咲夜は満足そうに笑み。

「では、良也様。お嬢様たち共々、お待ちしておりますね」
「あー、うん。これ、フランとレミリアにお土産ってことで」

商品からふたつ、チョコレートを咲夜に渡して、良也は続ける。

「じゃあ、僕は商売があるから」
「ありがとうございます。それでは、私が邪魔になるかもしれませんので、これで」

チョコレートを仕舞い、咲夜は空に舞い上がる。
その仕草さえ美しいのは、さすがというべきか。
良也は一瞬、咲夜に見惚れはしたものの、自分のすべきことを思い出して。
商品をいつもどおりに並べ始めた。

―――――――――――――――――――――――――

やはりというか、外界のものは幻想郷に住む人々にとって、どれだけ経っても刺激的な代物であるらしい。
一時間も経たずに売り物は完売してしまった。
だがそれなりに時間がつぶれたのも事実であって。

「そろそろ東風谷と霊夢も落ち着いただろうし、帰るか」
「その必要はないですよ」
「そうね」
「え?」

荷物をまとめている良也の前に、二人の見慣れた巫女が降り立つ。
先ほどまで口喧嘩していたとは思えないほど、爽やかな笑顔で。

「私たち、紫に怒られたのよ」
「先生の意思も汲んで、相手の想いも少しは考慮しなさいって」
「・・・スキマが?」

八雲紫の仲裁とは、また珍しいと良也は苦笑する。
だがそれと同時に、ほんのりと嫌な予感がして。

「そうです。どうせなら、博麗神社と守矢神社の二箇所に、一回ずつ交代で泊まればいいんじゃないかって言われて」
「いつまでも決着の付かない話をしても意味がないですから。そういうことで、和解したんです」
「・・・・やっぱりか」

嫌な予感は的中した、と良也は頭を抱える。
が、問題を先送りにした自分が文句など言えるはずもなく。



まもなく、二つの神社を忙しく行き来する青年の姿が幻想郷にてよく見られるようになるが、それはまた別のお話で。



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