しぃんと静かな紅魔館の大図書館。
良也とパチュリーの二人だけが、向かい合って本を捲り続ける音だけが時折聞こえるだけで。
最近はフランドールや魔理沙の茶々が入ってロクに魔法の勉強が進まないことも多かったため、こういった空間であることは、良也の精神の平穏と勉強の進行に一役買っていた。

元来、良也は物覚えはいいのだ。こういう知識ごとになると、それは顕著である。
体を動かすのも嫌いではないが、やはり本を読むなどのほうが自分には合っている、と良也は思っているのだ。

「どうかしら。初歩の初歩さえ完全とはいえないけれど・・・もうそろそろワンステップ踏んでみない?」
「いや、まだいいよ。まず二つ以上を完全に制御しきれないと」

パチュリーの声にも顔を向けず、良也は本に目を落としたまま答える。
そんな姿が、パチュリーには微笑ましくてかわいらしくて。

「二つ以上の制御は、相当に難しいのよ?一朝一夕に出来るものじゃあ・・」
「でも、コツさえ掴めればどうにでもなりそうなんだけどな」
「そのコツを掴む、ってだけのことが、一朝一夕には難しいと言ってるの」

最も、良也には既に寿命という概念がないのは知っている。
望めば永遠に学び続けることができるのは、パチュリーも理解している。

「兎に角、もう少し基本を勉強してみるよ。多分ステップアップしても扱いきれないだろうし」
「そうね。良也がそう思ってるなら、それがいいのかも知れないわね」

本人が早いというのならば、その意志に任せてしまおうではないか。
パチュリーは一度良也に顔を向けると、そのまま何も言わずに本の続きを読み始めた。

―――――――――――――――――――――――――

「良也ーっ♪」
「うわ!?フラン!!?」

パチュリーがちょうど本を読み終わったときに、良也の背中にフランドールが飛びつくのが目に入る。
何度も殺されているからだろうが、フランに対するときの良也は警戒心でいっぱいになっているようだ。

「ねぇねぇ、フランと遊ぼう〜!」
「だ、ダメダメ!フランと遊んだら僕が死ぬって!?」
「じゃあ本を読んでー!」
「ま、まぁ、それぐらいなら・・」

やったー!と嬉しそうに顔を綻ばせ、フランドールは良也に読んでもらいたい本を探し始める。
その様子を、パチュリーも微笑ましく見守る。
フランドールの力のことは、パチュリーとて知っているし、レミリアの力も知っている。
この姉妹が、その力ゆえに他人に恐れられることばかりだったのも。
だからこそ、分け隔てなく付き合ってくれる良也を気に入っているのだろうかと、愚にもつかないことを考えながら。

「今日は勉強会もおしまいね」

パタンと手元にある本を閉じて、パチュリーは微笑む。
フランドールが何冊もの本を机に置いて、いつもどおり良也の上に座っていて。
良也は渋々ながらちゃんとフランに本を読んであげていて。

(いつもどおりの光景ね。小悪魔がいないのは、多少の誤差の範囲かしら)

この『いつもどおり』も、きっと良也がいなければ、成立しなかったのだろうと思いながら。

(よくできた立派な弟子、とはいかないけれど)

良也が幻想郷を、幻想郷の人々を変えつつあるのも、また事実であって。

「じゃあ、魔法の勉強はこれまでね。次の時間に、多数のスペルカードを同時に扱うコツをひとつ、教えてあげるわ」

動かない大図書館は、賑やかになりつつある幻想郷を、紅魔館を、そしてこの図書館のことを考えながら、弟子へのご褒美をあげようと、そう思ったのだった。



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