幻想郷に、今日も雪が降り積もる。 既に数日の間降り続いている雪は、しかし勢いを無くさずに幻想郷の大地を白く染め上げていった。 「・・・まぁ、こんな日に自分の世界に閉じこもるのも、風情がないんだけど」 「あら、いいじゃない。デタラメに寒くなってしまったのだもの、不可抗力よ」 リュックを背負い、博麗神社に向かう良也の傍らを歩く、(見てくれは)美少女。 「大体、スキマはスキマに居たら寒くないんじゃないの?」 「あら。こんな珍しい大雪のときに引きこもるだなんて」 「・・・・まぁいいや」 幻想郷に永住を決め、早100余年。 多少の理不尽では動じなくなった自身を異常に思う時期もあったが、この幻想郷では自分など『異常になりえもしない』と勝手に理解していた。 妻である博麗霊夢は、既に他界。 不運からか子を成せず、現在博麗の巫女の位は空白である。 博麗神社は必然的に良也一人の住処となっている。 「それにしても・・・・。以外とタフなのね。まさか巫女が逝ってからずっと独り身なんて思ってもなかったわ」 「昔、慧音さんたちにも言われた。何かあったら頼って欲しい、君はひとりじゃない、多くの人と絆があるんだからって」 「人里の半獣が、かしら」 「そう。確かに不老不死ってわけじゃないけど、バケモノの類の知り合いは多いから・・・・自慢にもならないけど」 しゃく、しゃくと雪を踏みしめる音と、雪の降る音だけが良也の耳に聞こえる。 空を飛んで行くのも良かったけれど、ほんの気まぐれで歩きたくなって。 こんなとき、彼が愛した巫女ならばなんと言っただろう。 寒いから、と良也の世界に入り、一緒に茶を啜るか、寝るか、他愛もない話をしていただろうか。 「ほとんどのときに、僕は霊夢と一緒だったから。霊夢といて、そのおかげで多くの出会いがあったから、ね」 「もっとも、それも生霊になるという稀有な体験があって、その生霊が白玉楼に迷いつくという奇跡がなければ成り立たなかったのだけれど?」 「うん、妖夢と幽々子にも感謝はしてるよ」 だけれども、と良也が微笑んだ。 「霊夢と出会って、霊夢と結婚して、霊夢と一緒にすごしたからこそ、僕は僕なんだ」 「歴史に『もしも』はないわよ」 「それは分かってるさ。でも、他の選択をしていたら、僕は違う僕になっていたんだと思う」 もし、交通事故に遭わなければ。 もし、そのまま死んでしまっていれば。 もし、博麗神社に行くと言っていなければ。 もし、博麗神社の巫女が違う人物だったら。 もし、霊夢を好きになっていなければ。 もし、霊夢が自分を好きになってくれていなければ。 もしも、二人が愛し合えなかったら。 あらゆる『If』が過去にも数多存在していて、そしてそれが正解かどうかは分かりはしないのだけれども。 「でも、きっと僕は霊夢を好きになって、愛して、結婚して。そんな僕だから、今ここにいるんだ」 「それは間違いではないわね」 紫は、しみじみと頷く。 普段の彼女からは見えることの無い、慈愛に満ちた優しい笑み。 「それでも、良也は他の相手を見つけなければならない。それは分かってるわね?」 「分かってる。博麗の巫女がどれだけ大事かなんて、ずっと一緒に居た僕が一番理解してる」 幻想郷の要が、不在の今。 博麗の守護者と皮肉と敬愛、少しの嫉妬を込めて呼ばれる良也自身が、霊夢とは違う『他の誰か』と結ばれ、子を成し、そして次代に残さねばならない。 だけれども、だけれども。 「僕は、きっと誰が相手でも二番目にしちゃうと思う。一番は変わることはないんだ」 「・・・・ほんっとうに不器用ね。仕方ないわ」 慈愛に満ちた微笑が、苦笑に変わる。 しかしそこに悪戯心や悪意は一切見えない。 どちらかといえば、不器用な子を微笑ましく見つめる親のような苦笑。 「雪解けの季節になったら、私が博麗神社に住みます。当然、私の世話は良也。貴方がするのよ?」 「妖怪が神社に住むって・・・・」 「いつかは分からないけれど、私が良也の子を宿し、そしてその子を博麗神社の巫女にするの」 ふわりと、良也の背に重みが増す。 ふと良也の足が止まって。 「・・・・・僕とスキマが、子供を?」 「そう」 「少しは躊躇してほしいんだけど・・・」 良也が、苦笑する。 「大体、僕が嫌だって言ったらどうするの?」 「嫌なんて言わせません。・・・私は二番目でも良いもの、時間は永遠なのだから」 「相変わらず力ずくだなぁ・・」 「藍と橙も一緒になるわね」 「あ、それは悪くないかも」 ほんの少し、微笑んで。 また帰路の第一歩を踏み出す。 背なの重みは、もうない。 代わりに、紫が良也の隣で一歩を踏み出す。 「でも、もう少しだけ待ってほしんだけど」 「分かってます。・・・貴方の中の霊夢との思い出を、綺麗な宝箱にしまうのでしょう?たまになら、彼女との思い出に浸るのも許すわ」 「ううん、違う。ちゃんと霊夢に報告しないと。スキマが博麗神社に住むって」 良也の頬を伝うそれを、紫は見ないふりをして。 「次に桜が咲く頃には、きっと覚悟も決める。もう思い出に囚われないから」 だから、もう少しだけ二人で居させて欲しい、と良也がつぶやくのを、紫は聞かないふりをした。 やがて博麗神社の境内が見えてきた頃には、良也の隣に紫の姿は無く。 まだまだ止みそうにない雪の中を、良也は一人歩いていた。 |
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