登る朝陽に澄んだ空気が気持ち良い、朝もやのかかった早朝の幻想郷。

 動き出す人もまばらな時間帯のはずだがそんな幻想郷に一つ、トントントンと一定のリズムで響く音があった

 出処を辿れば、そこは博麗神社の台所。音の正体は、小気味良い包丁を刻む音だったようで。

 博麗の巫女が朝食の準備でもしているのかと思えば、何とそこには予想に反して白南風誠隆の姿があった。

 どうやら誠隆は味噌汁に入れる具材を切っていた最中らしく、豆腐を手のひらに乗せると手慣れた手つきでさいの目切りにし丁寧に鍋に入れた。

 鍋を軽くかき混ぜると、誠隆は流れるように次の作業に移る。


「干物が焼けるな、そろそろ」


 なぜ、こんなことになっているのかと言うと。

 これは別に、誠隆が霊夢から強制的にやらせられているわけではなかった。

 博麗神社で、誠隆がお世話になるようになってから約2週間。

 流石に動けるのに何もしないでいるのはあんまりだと考え、魔理沙の家から戻ってからすぐ誠隆は自ら朝食の準備をかってでたのである。

 霊夢の許可もすんなり貰え、誠隆はようやく役に立てると張り切って朝食を作っていたのだが、その準備もそろそろ佳境に差し掛かっているところであった。

 誠隆は土間の外に出ると、七輪で焼いていた魚の干物の様子を見に行く。

 干物は油を滴らせながら、なんとも言えない食欲をそそる良い焼き具合になっていた。

 それを箸で器に移すと台所に戻り、こちらも良い具合に煮えた味噌汁を器にすくい刻んだネギを入れる。

 蒸らしていた炊きたての白米を御釜から多めによそい、だし巻き卵と切っておいた漬物を味噌汁と干物、そしておかわり用のおひつと一緒にお盆に載せそれを居間に運んだ。

 そして、誠隆は居間に足を踏み入れて――目の前の光景に呆れて嘆息した。

 そこにあったのは、早朝からだらけきった博麗霊夢の姿。着替えこそしているが、まだ眠いのかちゃぶ台に突っ伏して寝ている。

 年頃の少女。それも神聖な職業であろう本物の神社の巫女が、こんな姿を他人に晒すのは如何なものか。

 今までバイト巫女しか見たことがなかった誠隆が本物の巫女という存在に長らく抱いていた『長く艶やかで漆塗りのような綺麗な黒髪に紅白の巫女装束が似合う凛とした姿の大和撫子』なんていう幻想が霊夢のせいで崩壊したのは、もう結構前のことだ。

 知り合って間もないのでとやかく言う間柄ではないのかもしれないが、霊夢はもう少し普段の生活態度を改善すべきだと誠隆は思った。

 とりあえず、このまま突っ立っていても料理が冷めるだけので誠隆は霊夢の前に朝食を並べて置くと一言告げる。


「ご飯できたよ」

「! ご飯!」


 がばっと起き上がった霊夢は、餌を前にした獣を彷彿とさせるような俊敏な動作で箸を掴む。

 その変わりように誠隆が顔を引き攣らせているのも気づかないまま、霊夢は早速味噌汁に口をつけた。

 すると味噌汁に口をつけたまま、霊夢は驚いたように大きく目を見開く。続けてだし巻き卵を口に運び、一緒に白米を頬張った。

 それから、口の中のものを咀嚼し飲み込むと目を輝かせた。


「なにこれ、凄く美味しい……!」

「ありがとう」

「私が作るより全然美味しいじゃない。見直したわ」

「霊夢ちゃんが作るのも十分美味しいと思うけど。まぁ、これが人に言える唯一の特技みたいなものだから多少はね?」

「この特技を活かせば誠隆さん将来は、立派なヒモになれるわよ。断言する」

「ヒモって……」


 霊夢は誠隆を褒めているつもりなのかそれとも貶しているのか。

 どちらにしろ、随分ひどい言われようである。

 確かに最近までヒモと呼ばれても仕方がないような生活を送っていたとはいえ、あんまりだ。

 それほどまで甲斐性なしに見えるのだろうか。男として、それはどうなのか。

 そんな風に誠隆が地味にショックを受けていると、急に目の前に茶碗が差し出された。


「おかわりお願い」

「は? も、もう食べたの?」


 気持ち多めによそっておいたのだが霊夢はもう食べてしまったらしい。

 空っぽの茶碗には米粒一つ残っていなかった。

 持ってきていたおひつから、新たにご飯をよそって差し出すと霊夢は凄まじい勢いで掻っ攫う。

 沢山食べてくれるのは嬉しいが、もう少しゆっくり味わって食べて欲しかった。


「それにしても、こんなに美味しいなんて何かやってたりしたの?」

「ああ、うん。おじいちゃんとおばあちゃんが死んじゃうまで食堂やってたから、手伝いしながら教えてもらったりね。まぁ、これでもおじいちゃんの足元にも及ばないレベルだよ」

「謙遜しないでもいいんじゃない? 凄く美味しいから、これで十分な気もするけど」


 料理も本気でやっていたわけではなかったが、褒められたり自分の料理で喜んでくれる姿を見るのは嬉しいものだと改めて誠隆は実感した。

 祖父の足元に及ばないというのは事実なのだが、これは癖になりそうだった。

 もう少し、本気で取り組んでみるのもいいかもしれない。

 そんなことを誠隆が考えていると、不意に目の前に茶碗が差し出された。

 茶碗には、綺麗に何もない。

 霊夢を見ると、今度は誠隆を見ることなくおかずを口に運んでいる。

 最早言葉で確認するまでもないので、誠隆は無言で受け取るとご飯をよそって霊夢に手渡した。

 それにしても予想外に霊夢が食べるので、実はおひつのご飯の残りが少ない。

 霊夢は、まだおかわりするつもりだろう。もう、手に持っている茶碗には半分も残っていなかった。

 誠隆は自分の分まで炊いておいたのだが、どうやら霊夢に回したほうが良さそうだと判断してとりあえず台所に向かうことにした。


「おひつの中、追加してくるから」

「あ、ついでにお味噌汁もお願い」

「はいはい」


 霊夢から味噌汁のお椀も受け取り台所に急ぐ。

 味噌汁は一度温め直した方いいだろうかなんて考えながら、数秒とかからず誠隆が台所に足を踏み入れると何故かそこには、


「おいすー」

「(びしっ!)」

「……なにゆえオレの朝ごはん食べてるし!」


 自分用に誠隆が作っておいた朝食を凄まじい勢いで貪る霧雨魔理沙と、その肩に乗っている小妖精の姿があった。



 …



「食べ物の恨みは恐ろしいという名言を知らないんですかねぇ……?」

「すまんすまん。あんな美味しそうな匂いさせてたから、つい」

「だからって」

「あ、私もお茶くれ」

「……どうぞ」


 最終的に誠隆の分の朝食を全部食べてしまった魔理沙は食べ終わったあと、何食わぬ顔で居間でくつろいでいた。

 魔理沙のせいで朝食抜きになった誠隆は恨みがましそうな目で睨むが、当の本人は全然反省しているようには見えずお茶を要求してくる始末。

 その姿に呆れながら、誠隆は律儀にお茶を渡した。


「はー、食べた食べた」

「はい、お茶」

「ありがと。それにしても、誠隆さんがあんなに料理がうまいなんて思わなかったわ。これからうちにいる間は誠隆さんが食事係ね」

「はいはい、了解」


 満足したようにお茶をすする霊夢に突然食事係に任命されて誠隆は了承した。

 そもそも、それくらいしか役に立てないのでむしろ望むところだった。


「で、なんで小妖精もいるのよ?」

「ああ、なんだかよくわからんが家から出たら待ってたんだよ。なにか言いたげな目でじっと見つめてくるし。流石に、ほっとくのは気が引けたんでとりあえず連れてきた」

「ふーん……で、早速定位置なわけね」

「もはやお前の頭は座椅子だな、誠隆」

「オレの扱いがひどすぎる」


 誠隆の頭の上に座っている小妖精は、霊夢と魔理沙の視線に何で見られているんだろうといった感じで首を傾げる。

 どうも、誠隆は小妖精に頭の上が完璧に気に入られてしまったらしい。

 重さなんてほとんどないので頭の上に座られても誠隆は一向に構わないのだが、誰かに見られるのは少し気恥ずかしくもあった。


「なあなあ、誠隆ってホントに何者なんだ? そんなに妖精に懐かれてる人間なんて初めて見たぜ」


 魔理沙の疑問はもっともだろう。

 霊夢ですら驚いていたのだ。

 外来人の誠隆には分からないが幻想郷の住人にこの光景はやはり異様なのかもしれない。

 とはいえ、相変わらず理由は分からないので誠隆には説明のしようがないのだが。


「本人が言うには、外来人で妖精に懐かれる理由は知らないってさ。怪しいものよね」

「本人を前に怪しいとか普通言う? でも、本当に知らないから理由を聞かれても何も言えないんだけど」

「まあ、私に迷惑がかからないなら何でもいいけどな。でも、誠隆も面倒な奴に目をつけられたな。霊夢に狙われるとかいつ退治されてもおかしくないんだぜ」


 それは確かに、と誠隆は苦笑する。

 既に退治されそうになったので、どれだけ厄介なのかは誠隆も多少は理解していた。

 本気の彼女には、何を言っても無駄だということだ。

 方法はたった一つ。霊夢を倒すことだが、それが一番不可能に近いだろう。

 魔理沙も誠隆と同じような経験があるのか、苦笑いしていた。

 そんな魔理沙を霊夢は、お茶をすすりながら半目で睨みつける。


「仕事なんだから仕方ないでしょ? それに今のところは保留よ保留」

「疑わしきはぶん殴れが心情だと思ってたのに、意外だぜ」

「今のところ異変ってわけでもないし、妖精に悪影響も出てないみたいだから様子見ってことにしたのよ。それにしても誠隆さん、お茶の淹れ方もわかってるわね。おかわり」

「本当にあの時はもう終わりだと思ったよ。あ、でも、お茶はやっぱり霊夢ちゃんの淹れたほうがおいしいけどね。これに関しては全く勝てる気がしない」


 こと、お茶の淹れ方に関しては誠隆より霊夢のほうが一枚上手だった。

 さすが、趣味がお茶というだけのことはある。

 霊夢のお茶は渋みと甘みが絶妙で、何とも言えない旨さがあるのだ。

 淹れている姿を眺めていても特別なことをしているようには全然見えないのに全くもって不思議だった。


「確かに霊夢のお茶は美味しいけどさ、話題変わってるぜ。でだ、誠隆はこれからどうするんだよ?」

「うーん、どうしようか。怪我も、もう治ってきてるし帰るのもありかなぁ」

「下手に逃げられても困るから、正体がハッキリするまでは帰さないけどね」

「え……マジで?」

「マジよ」


 どちらにしろ完治するまで幻想郷にいるという紫との約束があるので、今のところは帰るつもりはないのだが。

 普通に動く分には問題ないのだが、未だに服の下は包帯が巻いてある。

 完治するまでとわざわざ明言しているので、包帯が外れるまでは紫も帰すつもりはないだろう。

 たとえ霊夢の力で帰っても、トンボ返りが確定しているので今帰る意味もない。

 そして、それとは別にもう少し居てもいいかなと思う理由が誠隆には生まれていた。

 ふと、誠隆が上を見上げるとそれに気づいて身を乗り出してきた小妖精と目が合う。小妖精は、花が咲いたような笑みを浮かべた。

 その理由というのは、この子だ。いや、正確に言えばこの子も含めた妖精たちの行動が発端だった。

 昨日の妖精たちの行動が、誠隆はどうしても気になっていたのだ。

 理由がわからない妖精たちの行動。見舞いに来た紫が最後に残していった言葉。

 霊夢に言われたからではないが、誠隆も自分自身なにか特殊な力があるんじゃないかと思い始めていた。

 外の世界に戻ってしまえば多分すぐに忘れてしまうようなことなんだろうが、何か自分に特別な力があるかもしれないと言われてしまえば確かめたくなるのも仕方ないというものだろう。

 御伽話の中に出てくるような不思議な力が欲しい。人間誰しも、一度くらいならそんな願望を持ったこともあるだろう。

 大人になれば子供のころの痛い願望なんて黒歴史として封印するところだが、誠隆は現在進行形で御伽話の中に居るような出来事を体験しているのだ。

 現実にあると分かってしまえば、少しくらいそんな痛い願望をもう一度持ったっていいはずだ、きっと。


「ご愁傷様だぜ、誠隆」

「もういいんだ、いろいろ諦めてるから。ここに来て女は強いってよく理解できたよ、うん」

「まあ、確かに私もそこいらの男に負けるきはしないぜ」

「人里の男も、ホント情けないの多いからね」

「(ぽんぽん)」


 胸を張る魔理沙と呆れたように言う霊夢と慰めてくれる小妖精。

 誠隆は改めて認識させられたが何処の世界だろうと、女性が強いのは同じか。

 しかも幻想郷の場合、外の世界に比べても圧倒的に女性が強いため男がさらに不憫に思えて仕方ない。

 それもこれも、男が情けないからと言われてしまえば全くもってその通りなので何も言い返せないのだが。


「ところで、魔理沙ちゃん。今日は品物を売りに行くんだよね?」

「ん? ああ、そうだよ。いろいろ見繕ったんだが適当だからな。確認してもらうためにいくつか持ってきた」

「へー、どんなの?」

「外においてあるけど、見に行くか?」

「うん、是非」

「そうね、私も確認しておきたいし見に行きましょ」


 品物に興味があった誠隆は2人と揃って外に出ると、目の前の光景に思わず目を疑った。


「……引越し?」

「は? なんで突然引越しなんだ?」


 思わずそんなことを呟いてしてしまうほどの、圧倒的な物量に誠隆は唖然としていた。

 一体、魔理沙の家の何処にこれだけ大量の物が置いてあったのか。家のサイズから見ても、無理がありすぎる。

 そも、どうやってこれを神社まで運んできたのか誠隆は全くもって疑問だった。 


「量、多くない?」

「これでも一部だぜ? 他のは買い取ってくれる場所が魔法の森にあるから置いてきたが」

「いや、それなら全部置いてくればよかったんじゃ」

「量が量だしな。鑑定してもらうのも時間かかるし高く売れそうな奴だけでも朝のうちに見てもらおうかと思って持ってきたんだけど、流石に多かったか」

「魔理沙は加減を知りなさい加減を。それにしても、相変わらずガラクタばっかりね」

「悪かったな、ガラクタで。まあ、私もあんまり必要じゃないのを持ってきたんだが」

「必要じゃないって……これとか結構、高価そうじゃない?」


 誠隆は置いてある中でも高価そうな刀を一本手にとってみる。

 ずっしりと重いそれは、どう見ても玩具の刀ではない。

 それになんと言うか全体から禍々しい何かを発しているような気がするのだ。そう、例えば妖刀とか呼ばれる類のものがこんな感じなのかもしれない。

 少し興味が湧いたので誠隆は鞘から刀を少し抜いて――吐気がするほど強烈な血の匂いがした気がしたが気のせいということにしてそっと元に戻した。


「まあ、刀なんて持ってても役に立たないからなぁ。所詮、拾い物だし」

「盗んだんじゃなくて?」

「私は盗んだことはないぜ。借りてるだけだ、死ぬまでな」

「人それを窃盗という」

「でもまあ、ここにあるのは本当に拾い物だぜ。森には結構いろんなものが落ちてるんだよ」

「え?……これが、全部?」


 誠隆も流石にいくらなんでもと思ったが、霊夢が何も言わないところを見るとどうやら嘘ではないらしい。

 それにしても、統一性のない品物が所狭しと並んでいる。

 年代物のブラウン管テレビ、鉱石らしき塊、エジプトのミイラが入っていそうな棺桶、ネタにしか見えない鮭を咥えたクマの置物など。

 それら以外にも様々な物が置いてある。こんなものが落ちてる魔法の森とは一体どうなっているのか。幻想郷では使えないようなものまであるのはどういうことなのか。

 そんな誠隆の疑問に霊夢が答えた。


「別に魔法の森に限ったことじゃないけど、結構外の世界から流れ着いたりするのよこういうのが。まあ、大抵は外の世界でも忘れ去られたようなガラクタよ。価値はあまりないんじゃないかしら」

「そ、そうかなぁ?」


 確かにガラクタも多いがいくつかの品は、ちゃんとしたところで売れば相当な値段になる気がするのだが。

 だが、ここは幻想郷。外の世界の常識とはかけ離れた世界だ。

 仕方ないことなんだろうが外の世界では価値があっても幻想郷では、その程度の代物ということなのかもしれない。

 誠隆は、そう思うことにした。


「でもって、こういうガラクタを買い取ってくれる物好きがいるんだよ。今日はそこに売りに行くんだ」

「全部買い取ってくれるの……?」

「ああ」


 ガラクタでもこれだけあれば確かに結構な額になるだろう。

 家の修繕に必要な金額がどれほどかは分からないが、2軒分ともなると相当かかると思われるのでこれくらい売る必要があるのかもしれない。

 それにしても、これだけの量を買い取ってくれると魔理沙が断言する人物とは果たしてどんな人なのか。

 またもや非常識極まりない人間なのか。

 誠隆は、また面倒なことになりそうだと思うと胃が痛くなった。


「とりあえず、そろそろ行きましょう」

「そうするか、あんまり遅くなると日が暮れるしな」

「でも、魔法の森までって結構あるよね?」

「飛んでいけば一瞬だぜ?」

「と、飛ぶの?」

「そうだが……どうしたんだ誠隆?」


 不思議そうに首を傾げる魔理沙。

 すると霊夢が顔を引き攣らせる誠隆を見て意地悪そうな笑みを浮かべた。


「魔理沙、誠隆さん高所恐怖症なんですって。昨日も魔理沙の家から戻る時だって気絶するほどビビってたのよ」

「なんだって? 情けないなー」

「悪かったね」


 苦手なものは苦手なのだからしょうがない。

 醜態を晒してしまうので、誠隆は空を飛ぶのは絶対に嫌だった。


「それでなんだけど。私、誠隆さんを運ぶ良い方法を思いついたのよね」

「引っ張って飛ぶっていうのはもうなしだからね?」


 何かを思いついたという霊夢に誠隆はなんだか嫌な予感がして釘を打っておく。

 と、霊夢は誠隆を指さしながら笑顔で答えた。


「途中で気絶するくらいなら、最初から気絶させておけば駄々こねられることもないし楽だと思うのよね」

「……は?」


 一瞬、誠隆は耳を疑った。

 霊夢が何を言っているか分からない。

 誠隆が唖然としたまま何も言い返せずにいると魔理沙が驚きの声を上げる。


「おお! それは名案だな!」

「でしょ? そのほうが手っ取り早いし」

「ちょ、えっ? な、何いってんの2人共!?」


 冗談かと思って誠隆が霊夢を見たら何故かサムズアップされた。

 これは、本気だ。

 思わず誠隆が後退りすると、それよりも早く足を踏み出していた霊夢に逃げる暇も与えられず肩を掴まれた、

 そして霊夢が何故か右手を後ろに引いているのが見える。

 誠隆は霊夢が何をやろうとしているのか、すぐに把握した。

 逃げなければ。それは誠隆も分かっている。

 しかし相変わらずその細腕の何処から出ているのか理解不能なほどの凄まじい握力に捕らえられている誠隆には為す術がなかった。


「ほら、オレは別に行かなくてもいいんじゃ? 売るなら2人だけでも十分だし」

「目を放してる間に家の中とか物色されても困るのよね。下着とかあるし」

「オレ、そんなことやるような人間に見られてたの!?」

「ただでさえ怪しい、それも出会って間もない人間を完全に信用しろという方が無理じゃない?」

「いやほら、霊夢ちゃんはオレから見れば明らかに子どもじゃん? 下着とか何の興味もないというか」

「ふんっ!」

「がっ!?」


 必死の説得も虚しく。

 気合の入った霊夢の言葉と同時に、腹部に凄まじい衝撃を感じた誠隆はゆっくりと視線を落とした。

 そこには完全に鳩尾に入った霊夢の拳があって。

 それを認識すると、途端に誠隆は体を支えられなくなり地面に倒れこむ。

 小妖精が心配そうに顔をのぞき込んでいるが、誠隆は言葉を発することも出来ず徐々に視界が霞んでいった。


「じゃあ魔理沙、運ぶの頼んだわ」

「はぁ? いや、なんでそうなる。霊夢が気絶させたんだから自分で連れて行けよ」

「嫌よ。こんな可憐でか弱い女の子に重労働させる気?」

「寝言は寝て言え。それに私も女の子だよ」


 最後。

 どちらが誠隆を担いでいくかで不毛な争いを始めた2人の声を耳にしたのを最後に誠隆は意識から手を放した。



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