第10話 帰還 「……ん」 ゆっくりと意識が浮上し、僕は目を開けた。 「見覚えのないてんじょ……いや、紅魔館か」 この紅い天井は紅魔館以外、ありえない。確か、響の魂に取り込まれた後、抜け殻の僕の体は紅魔館の一室に転送されたはずだ。 「あ、だからか」 僕はベッドに横になっていた。転送されただけかと思っていたが、ちゃんと響は僕の体に対して気を使ってくれたらしい。 「ん?」 その時、僕の横で何かが動いた。 「……は?」 そこにいたのは美少女だった。顔は女の子にしては凛々しい。髪にはツヤがあり、美しかった。 「……って、響じゃん!?」 髪を降ろしていたので一瞬、気付かなかった。 「うるさいぞー、良也……」 向こうは少し、寝惚けているが僕がここにいることを知っているようだ。 「と、とにかく起きないと……」 僕は怠い体を動かしてベッドから抜け出し、部屋を出た。 「うわぁ……」 廊下に出るとそこは世紀末だった。もう、何から何まで壊れている。特に響がレミリアに放った『魔法』の傷跡がすごい。 あるところは焼け焦げ、あるところは水浸し。凍っているところもあれば深い切り傷。木が生えている場所もあった。 ……勝ったんだな。 僕はほとんど何もやっていないけど、確かにレミリアとフランに勝ったのだ。 「あ、良也さん。起きたんですね?」 後ろから声をかけられ、振り返ると美鈴がいた。 「美鈴? なんで、こんなところに?」 「ここを修復するためですよ。でも、あの木が邪魔なので撤去しろ、と咲夜さんが」 なるほど、あの馬鹿でかい木を破壊するのは咲夜じゃ厳しいかもしれない。破壊はできるだろうが時間がかかってしまうはずだ。 「僕も手伝うよ」 「あ、それなんですけどパチュリー様が音無さんを連れて来るように言っていましたよ?」 パチュリーが? まぁ、師匠の言うことは聞いておいた方がいいだろう。美鈴と別れて響を起こすために部屋に戻った。 「響? 起きて……え?」 「あ、バカ!? ノックぐらいしろ!」 凄まじい速さでシーツを被る響。 「え? あ、ご、ゴメン……でも、男同士なんだからそこまで警戒しなくても」 響の魂に取り込まれた際、そこにいた吸血鬼、狂気、トールに散々、響は男だと説明された。 「……はぁ」 ため息を吐いた響はシーツから手を離し、その姿を現した。顔は見えなかったのでこちらに背を向けているのがわかる。 「……は?」 しかし、僕は呆けることしかできなかった。その背に前までなかった漆黒の翼が生えていたからだ。何故か、響は上半身裸だったので白い背中がより一層、目立った。 「油断した……まさか、今日が満月だったなんて」 そう言いながら振り返った響を見て僕は目が飛び出そうになるほど驚愕してしまう。 「きょ、響!? え、あ、え? え!? えええ!? な、何で……」 「……男同士だから警戒する必要ないだろ?」 そう言ってのける響だったが、その顔は少しだけ紅潮していた。 「あ、あんまり……見ないで」 とうとう、涙目になって“胸”を隠した。そう、“胸”をだ。 「あ、ご、ごめんなさい!!」 僕は女になってしまった響を置いて部屋を飛び出した。 「は? 満月の日?」 響が部屋から出て来た後、地下にある図書館を目指して歩いている最中に説明を受けていた。 「ああ、お前だって知ってると思うけど俺の魂には吸血鬼がいるだろ?」 「うん、お前とそっくりで……ってあれ?」 今、響の背中には翼がある。そして、身長も少し縮んでいるし、何より体つきが女っぽく――いや、女になっている。 魂の中にいた吸血鬼も女だった。 「気付いたみたいだな。そう、吸血鬼の影響で俺、満月の日だけ半吸血鬼&女になるんだよ」 「ま、まさかの女体化!?」 もう、響の吃驚体質には驚かされてばかりだった。 「でも……吸血鬼とそっくりだもんね」 「顔は同じだし……まぁ、胸は向こうの方が大きいけどな」 そう言う響だったが、響の胸も相当、でかい。 「で? パチュリーは何の用で俺たちを呼んだんだ?」 「さぁ? 僕もわからない」 そこまで話したところで図書館に到着。 「やっと来たわね……って、話に聞いてたのと、かなり雰囲気違うんだけど?」 珍しく出迎えてくれたパチュリーは響を見ながら感想を漏らす。 「普段と違うからな。今日だけ半吸血鬼なんだよ」 「すごく研究したいけど……まぁ、いいわ」 そこまで言ってパチュリーは僕に目を向ける。 「確か、転移魔法の事故で彼はこっちの世界に来ちゃったのよね?」 「うん、そうなんだ。魔力を流してないのに勝手に作動しちゃって……」 そう言えば、まだあの原因はわかっていない。 どうして、発動したんだろ? 「とにかく、彼を元の世界に返しましょう」 「そうは言ってもどうやって?」 響が首を傾げて問いかけた。 「それは今から探すわ。でも、その姿じゃ駄目ね」 「駄目って半吸血鬼化してたら何か問題でも?」 「そんな姿で帰ったら驚かせちゃうじゃない、色々な人を」 なるほど、と響は頷く。 「私が何とか、方法を見つけ出しておくから今日はゆっくりしてなさい」 「……ああ、そうさせて貰うよ」 パチュリーの提案を受け入れた響だったけど、何故かその眼は鋭かった。 「良也、行くぞ」 「え? あ、うん……」 僕たちは図書館を後にした。 「……」 「ねぇ? どうしたの?」 何か考え込んでいる響に質問する。 「いや……何か、あのパチュリーに違和感を覚えて」 「そう? いつも通りだったけど……」 「うん、いつも通りだったから変なんだよなぁ……まぁ、いいか」 そう言って響は1枚のスペルカードを取り出した。 「はい、お前の分」 「え?」 そのスペルには『シンクロ』と書かれていた。 「これって……」 「俺とお前の絆だ。まぁ、お前は発動できないけど俺がこの世界にいる限り、離れててもいつでもこのスペルを通じて話すことができる」 しかし、僕は受け取るよりも先に疑問を口にする。 「あ、れ? 僕、貰わなかったっけ?」 「落としたんだよ。気絶しちゃったから」 響の一言で簡単に疑問が解消された。 「ありがとう」 そして、お礼を言いながらスペルを受け取った。 「さて……これからどうする? お前、帰らなくていいのか?」 「帰られるわけないだろ? それに明日は祝日だよ」 そう、嘘を吐いた。 「そっか、なら大丈夫か」 「ほら、レミリアたちの様子を見に行こうよ」 死んではないだろうが少し心配だ。 「……おう、そうだな」 響も頷いてくれた。 それから、半吸血鬼化した響を見て驚く紅魔館メンバーとひと騒動あったのだが、それはまた別の話。 「……そっか、帰れるのか」 レミリアとフランとの戦いから2日後、俺は一人で図書館に来ていた。パチュリーに呼び出されたのである。 「ええ、何とか方法を見つけたわ」 「すごいな……ありがとう」 「……お別れする?」 「いや、その必要はないよ」 ここに来る前に良也との別れは済ませておいたのだ。 「そう、よかったわ。あまり、時間がないの。この魔法は時刻と関係してるから」 「だと、思ったよ」 「え?」 「ほら、始めちゃおうぜ?」 「え、ええ……」 戸惑うパチュリーを放っておいて俺は図書館の奥に進んだ。 こうして、俺は元の世界に帰ることができた。 「……はぁ」 図書館。響が帰ったすぐ後。パチュリーはため息を吐いた。 「お疲れ様」 それを労う一人の人物。この世界の人物ではない。 「ホント、私でも緊張したわよ」 「まぁ、響は気付いてただろうけどね」 「……あら? 私の演技、そこまで酷かったかしら?」 「そんなことはないと思うわよ?」 少しだけ落ち込んだパチュリーを励ましたのはずっと図書館の奥の部屋に隠れていたパチュリーだった。 「貴女は冷静ね?」 励まされたパチュリーがジト目で問いかけた。 「まぁ、説明されたからね。ほら、用が済んだのならとっとと帰って。見つかっても知らないわよ」 そう言ってパチュリーは自分の机に向かって歩いて行った。 「……本当にお前はどの世界でも変わらないな」 「余計なお世話よ。私たちも帰りましょ?」 「そうだな。お前のことも元の世界に送らなきゃ駄目だし」 そう言いながら頭を掻き毟る男。 「あの響がまたこの世界に来るのは何年後かしらね?」 「そうだな……とりあえず、ずっと先だよ」 「貴方は?」 「もう、来ないよ。多分ね」 「マスター! 早く行きましょう!」 そう叫んだのは一体の人形だった。 「おう、早く皆に会いたいぜ」 頷いた男はパチュリーの肩に触れて――世界から消えた。 鞄の中を確認し、忘れ物がないか確認する。 「うん、大丈夫」 手首に腕時計を取り付け、鞄を持つ。そして、玄関で靴を履いてドアノブに手をかけたところで振り返った。 「……いってきます」 僕はこの春、不思議な邂逅を経験した。交わるはずのない世界。会うことのない人。 でも、確かに僕は出会った。あの子に。 少しだけ口元が緩んでしまった。 「さて……行くか!」 僕はドアを開けて仕事に向かった。 良也を見守るかのように『シンクロ』と書かれたスペルカードが飾られた額縁が机の上にあった。 あとがき はい、皆様こんにちは。ホッシーです。 まずはここまで読んでくださってありがとうございます! これにてこの話は終わりです! ……まぁ、最後に変な男とかパチュリーが二人出てきたりして意味がわからなかったと思いますが、お好きなように想像してください。あまり、詳しく説明できないもので。 もちろん、適当に書いたわけではありません。 パチュリーについてだけ説明させていただきます。 響と良也が一緒に会ったあのパチュリーは良也の世界のパチュリーではありません。あの時、すでに二人はすり替わっていました。 そのことに気付いた響さん、すげー。 まぁ、何で響が気付けたのかというと……響の世界のパチュリーと変わっていなかったからです。つまり、響の世界のパチュリーだということになります。 言ってしまえば、パチュリーの演技は『良也が違和感を覚えないように良也の世界のパチュリーの真似』なんです。なので、良也はパチュリーの入れ替わりに気付けませんでした。 さて、解説はこれぐらいにしておきましょう。 本当にここまでお付き合いしてくださってありがとうございます! 後、クロスさせていただき誠にありがとうございます! とても、楽しかったです! 多分、クロス物はこれが最後になると思います。 それでは、お疲れ様でした!!! |
戻る? |