「はーっ、楽しかったなっ」
「うんっ」
 夜、私と阿呼は寝室に二人で転がる。
 白蓮は後ろの小屋。疲れたらしい、今日は私と白蓮の二人で協力してご飯を作って、阿呼にお布団を敷いてもらって、お風呂に入ってさっさと寝ようと、寝転がる。
 疲れた。たくさん、たくさん遊んだからな。
 だから、凄く楽しかった。布団に寝転がり、掛布団をかけて、ころん、寝転がって阿呼と向かい合う。
「それにしても、白蓮、石積むの上手だったなー」
 川を走り回って、疲れた阿呼と阿求、二人と一緒に河原で石を積重ねて何か作ったり、面白い形の石を探したりして遊んでたのを見ている。
 阿呼と阿求が崩す中、一人悠々と石を積み重ねていた白蓮。さすが、古い仏教徒。
「うん、石積みは得意です。だって、それにしても、にとりもだけど、文さんも器用だよねえ」
「そうだなあ」
 頷き、くすくすと一緒に笑う。楽しい思い出を語り、……けど、
 布団から手をだし、阿呼を丁寧に撫でる。
「そろそろ、寝よう、な?」
「う、…………」
 少し、気が進まなさそうな阿呼。それは、私もだぞ。もっと、一緒にお話したいから。けど、な。
「明日も、また、一緒に頑張るんだから、な」
 さわさわと、阿呼を撫でる。一緒に、だから。
「うん、……あ、あの、にとり」
「ん?」
「その、…………あの、ね。
 我が侭、言って、いい?」
 おずおず、と問いかけられる。私は頷く。
「もちろん、阿呼にはたくさん助けられてるから、いくらでも言っていいぞ」
「うん、……あの、…………手、握ってて、いい?」
 それは、え、えっとお。
 何日か前、寝惚けた阿呼が私の手を掴んで離さなかった時。
 そのぬくもりを思い出して、少し、顔が赤くなるのを感じる。けど、
「もう、阿呼は甘えん坊だな」
「えっと、……ごめんね」
「謝らなくてもいいぞ。
 ただ、白蓮に見つかったら怒られるから、気を付けないとな」
「うー、……じゃあ、その時は僕が我が侭言ったって、僕が怒られるから」
「だーめ、もしそうなったら一緒に怒られような」
「……ごめんね」
 もう、そう言う事で謝らなくてもいいのに、
 私は阿呼を撫でていた手を動かし、布団の中へ。阿呼の体温で温まった布団の中。凄く、心地いい。
 いっその事、手だけじゃなくて体も、潜り込もうかな、なんて考えて自重。阿呼の腕に触れ、伝って、手を握る。
「これでいいか?」
 温かな手に触れる。ぎゅっと、手を握られる。
「うん、温かい。ありがと、にとり」
「阿呼もだぞ。
 ぬくぬくして心地いいぞ。いい夢が見られそうだな」
「うん、僕も、……だから、にとり、」
「うん、阿呼」

 明日から、また一緒に、頑張ろう。

「「おやすみなさい」」

 そして、また賑やかな動作確認。阿呼設計の発信機も順調に動く事を確認。
 十分な動作確認、けど、不具合は見つからない。そして、日数は過ぎ、………………カレンダーを見る。
 その日は、
「いよいよですね。バザー」
 振り返る。おっとりと微笑む白蓮。
「うむ、そうだな」
 そう、バザー……手元のGPSを見る。
「やっと日の目を見るな。
 なんか、…………「寂しい、ですか?」」
 問いに、苦笑して首肯。
「開発者としては間違えているけどな。
 やっぱり、あーだこーだいいながら作るのは、楽しかったぞ」
「ふふ、それも阿呼さんのおかげ、ですね」
「……そうだな」
 本当に、感謝してもし足りない。……それに、うん。
「バザーが終わった後も、また、阿呼といろいろなものを作りたいな」
「きっと、阿呼さんなら喜んで協力してくれますよ」
「そう、だな」
 そう、約束したのだから、な。…………「白蓮も、いろいろと助かった。ありがとな」
 最初は少し、困ったけど、けど、いてくれて本当に助かった。
 順調に進んだ理由は、白蓮のおかげでもある。
「どういたしまして、それに、私も楽しかったです」
 そして、悪戯っぽく微笑。指を立てて唇に押し当て、
「また、遊びに来てもいいですか?
 あんまり遊んでいると命蓮寺のみんなに示しがつかないので、内緒に、ですけど」
「もちろん、歓迎するぞ」
 と、ぱたぱたと駆け寄る音。
「阿呼、準備できたか? ……って、それは?」
 明日の準備を頼んでいた阿呼。彼が持っているのは小さな発信機。
「あの、にとり。
 これ、僕、一つ貰っていい?」
「ん、構わないぞ」
 バザー出展用にいくつか作ってある。一つくらい問題ない。
 それは阿呼も解っている。……けど、
「えへへ」
 嬉しそうに、ぎゅっと、発信機を抱きしめた。
「嬉しそうだな」
 そんなに、特別な物でもないのだけど、
「あら、いいですね」
 ぽんっ、と手を叩く白蓮。
「そうかー?」
「ふふ、それがあれば阿呼さんが悪い妖怪に攫われても、すぐににとりさんが駆けつけられますね。
 大切な人と繋がっている事、それはとても幸せな事です」
 ……ぐっ
 なんていうか、白蓮の、悪意のない言葉はたまに心臓に悪い。おまけに、
「だ、だめかな」
 照れくさそうに、けど、発信機を大切そうに抱きしめて阿呼は問う。……そんな風に言われたら、こう答えるしかないじゃないか。
「ううん、だめじゃないぞ」
 ぐしぐしと、少し照れ隠し交じりに阿呼を撫でる。阿呼は心地よさそうに目を細めた。
「では、最後のお仕事。
 荷物運びはお任せください」
 むんっ、と拳を握る白蓮。けど、
「いろいろと世話になったんだし、気にしなくていいぞ」
「うん、僕とにとりで大丈夫だよ?」
 たしかに、それなりに量はあるけど、阿呼と二人で持っていけない事もない。もともと、歩いて行くつもりだったし、
 けど、白蓮は首を横に振る。
「最後まで、手伝わせてください。
 それが、――――」

//.河城にとりの家

 一息、聖白蓮は不思議そうに視線を送る河城にとりと、そして、阿呼に視線を送る。
 その瞳は、とても、とても真摯に阿呼に向けられて、
 そう、それが、いつか、生きた者たちにとっての願い。

「恩返しでもあるのですから」

//.河城にとりの家

「恩返しって言われてもなあ」
 どっちかって言えば恩を返したいのは私たちなのだけど、……けど、ま。
「よしっ、わかったっ
 じゃあ、白蓮もお願いなっ、また、三人で行こうかっ」
「うんっ」「はいっ」

 私たちと同じく、自慢の機械を出品する河童たち。そして、集うのは主に河童と天狗、あとは、よくわからない妖怪とか、それと、少しの、人間。
「賑やかですね」
「まあな。……みんな自慢の機械を持ってきてるからな」
 自分の出品場所を目指しながら、辺りを見る。それぞれ、工夫を凝らした機械がある。
 この中で一番優れた機械は賞金とかが出る。視界に移る機械、そのどれもが河童の技術をつぎ込んだ優良品。けど、
「にとりが頑張って作ったんだもん。
 GPSも負けてないよね」
「私と、阿呼が、だ。
 うむ、もちろん、絶対に負けてないぞ」
「それで、どのように審査されるのですか?」
「うん、」私はあたりを見渡す、見知った河童に手を振ったりしながら目的の、……「あ、いたいた」
「あの河童?」
「うむ」阿呼の示す河童の女性、その腕章を示して「あの、審査員の腕章がある河童が審査員だ。彼女たちが機械の優劣を決めたりするんだぞ」
「お客様が決めるわけではないのですね」
「まあな。
 どれだけ高性能で、私にとっては便利な機械でも、白蓮にとっては全然いらない場合とかあるからな。客に公平な評価をしてもらうのは難しいのだ。
 それに、前から客を買収するって事もあるからな。販売するのとは別に審査員に説明するため一つ確保しておかないとならないのだ」
 もちろん、客として買った河童の中にも審査員が紛れ込んでいる。審査員に評価してもらう機械と、紛れ込んだ審査員が買った機械の性能が全然違えば失格になる。
「なるほど」
「そういうわけだから、真っ向勝負だっ
 阿呼、製品の説明も頼むぞ。それと、白蓮はどうしたい? 好きに見て回っててもいいぞ?」
「……そう、ですね」あたりを見渡し、けど、軽く首を横に振って「GPSの説明とかできませんけど、お手伝いできるなら、私にもお手伝いさせてください」
「そうだな。また、ご飯の買い出しとか、領収書を書いてもらったりとか、雑用ばっかりだけど、それでもいいか?」
「もちろんですっ
 微力ですけど私も開発の一助となれたのなら、最後までお付き合いさせてくださいっ」
 微力、なんて思っていないぞ。すっごく助かった。……だから、
「うむっ、そう言ってくれると助かるぞっ」「うんっ、一緒に頑張ろうねっ、白蓮さんっ」
「はいっ、頑張りましょうっ」
 おーっ、と。私たちは声を上げた。

 始まってみれば案の定、結構忙しい。
 製品の説明やらデモとか、……それに、思ったより天狗様のお客さんが多い。
 やっぱり気になるんだろうなー、って、
「こらーっ!」
「ちっ」
 さりげなく阿呼を攫おうとする天狗様を追い払ったり、
「ふふ、阿呼さんも人気者ですね」
 いくつか箱を開けながら白蓮が苦笑。そうなのだ。何度か阿呼、攫われかけたのだ。
「それはもう、私も目ぇつけている子だからね」
「あ、文」
「こんにちは、繁盛しているみたいね」
「おかげさまでねー」
「ま、他の天狗に攫われるくらいなら私が攫ってあげるから。
 阿呼。その時はよろしくお願いね」
「……えーと」
「だーめ」
 まったく、本当に困ったものだ。文は苦笑して「お一つくださいな」
「欲しいの?」
「いろいろと私も使うのよ。こういうのは。
 幻想郷飛び回るときに現在位置とか解ると便利なのよね」
「…………なるほど、文らしいというか。
 ま、そう言う事ならお一つどうぞ」
「友達のよしみで安くしてね?」
 にこー、と可愛らしく笑う文。私は同じように笑って「だ、め、だ。ちゃんと金払え」
「ちぇっ、けち」
「こんにちわ」
「あっ、こんにちわ、椛さんっ」
「盛況そうですね」
「こんにちわ、椛さん。お買い物ですか?」
 おっとりと首を傾げる白蓮。椛は真顔で首を横に振る。
「哨戒の仕事をさぼると上司に伝えたら給料を持っていかれたので、お金がありません」
「…………大変だね」
「そうですね。
 なのでしばらく文の家に居候してご飯を食べます」
「なんで私の家に来るのよっ?」
「別にいいじゃないですか。
 そう言うわけで挨拶に来ました。文は一つ買ったのですか」
「私にとってはすっごい便利なのよね。こういうの。
 それじゃあ、私はまた適当に見て回るわ」
「では、健闘を祈ります」
「……椛はついてこなくていいわよ」
 と、天狗二人組は去っていく。……たまに思うのだが、あの二人、仲いいのだろうか?
「どちらかといえば天狗さんに好評だね。
 文さんみたいな、烏天狗、だっけ? そのお客さんが多いみたい」
 なにかのメモを見ながら阿呼。
「そうですね。
 やはり、外を飛び回る事が多いから、でしょうか?」
「そうだなー」
 あたりを見る。……やっぱり、人は少ないか。
 攫われた人を探すため、……それもいいかなと思ってたけど、そもそもこのバザーは人が少ない。……うーむ、売り場を間違えたか。
 まあいいか、と思い直す。後で人里に売りに行ってもいいし、阿求なら協力してくれると思う。
 そして、
「数少ない人」
「こんにちわー」
 顔を出したのは早苗。
「あ、こんにちわ、早苗さん」
「ふふ、楽しんでいるみたいですね」
 ぱっ、と笑顔の阿呼と微笑む白蓮。手を振る早苗のもう片方の手には戦利品が入っているらしい、袋がある。
「はいっ、河童のバザーはうろうろしているだけで楽しいですねっ
 なんかよくわからない物がたくさんありますっ」
「……そういうのも買うんだ」
「面白そうなら買いたくなるでしょうっ!」
 軽いなあ。
「あ、これがにとりさんと阿呼さんが作ったGPSですか。
 触ってみていいですか?」
「いいよー
 阿呼、教えてあげなよ。一応、大切なお客さまだからね」
「はいっ」
「もー、いちおーってなんですか、いちおーって」
 頬を膨らませる早苗。けど、な。
「私は他のお客さんの相手してるからさ」
「どうもー」
 視線を向ける。その先、阿求が手をひらひらさせながらやってきた。
 来たんだ。来るの大変だって言ってたのに、……まあ、それならそれで、有難い。
 すとん、と、前にある椅子に腰を下ろす。
「さて、どんな物ですかね。
 一応言っておきますけど、評価に手心は加えませんよ。不良品掴まされても困りますからね」
「それはもちろん」
 私と阿呼が一緒に作った自慢の品。手心なんて必要ない。
 胸を張る私に、阿求は意地悪く笑った。

 阿求は頭がいい。阿呼もそうだけど、私は阿求も負けてないと思う。
 だから、GPSの説明もいやらしいところをついてくる。仕様の不備、動作の不具合時対応、珍しい状況での動作について、けど、
 甘いよ、と。私ははらはらとこっちを見守る白蓮と、なぜか増えるギャラリーを意識しながら思う。
 そう、その辺、全部阿呼と対策済み、元々人里に持っていくつもりだった。受けそうな追及は全部挙げて、対策済み、だから。
 ほう、と一息。
「大丈夫そうですね。
 では、お一つくださいな」
 最後、にこっ、と阿求の笑顔とその言葉に、なぜか集まったギャラリーが喝采、そして、白蓮がほっと一息。
「いい物みたいですね。
 今から慧音先生あたりと話し合って、里でも導入の検討をしましょうか」
「うむっ、そうしてくれると助かるぞ」
 作った物が誰かの役に立つというのなら、それは技術屋冥利に尽きる。阿求は「じゃあ、これはサンプルとして買っていきますね」と、会釈を一つ、会計を済ませて笑顔で歩き出した。
「人里でも使ってくれるんだね。にとり」
「うんっ、そうだな。阿呼っ」
「沢山の人に役立てればいいね」
「うむっ」
 作ったものが役立つこと、誰かの役に立てること。……それで、感謝されたらそれはとても嬉しい。
「えへへ、なんか嬉しいね。こういうの」
「ふふ、そうですね。
 にとりさんと阿呼さんの頑張りで誰かが救われるとしたら、それはとても素敵な事です」
 おっとりと白蓮が微笑む。救われる、とか、そこまでは考えていない、けど、……けど、
「そうだな。
 そうなってくれれば、嬉しいな」

 バザーも終わりが近づき、販売も終わる。
 もともと、多く作ったわけじゃない。だから思ったより早く完売し、私と阿呼は最後の審査結果を待つ。
「やっぱり、どきどきしますね」
「そうだね」
 バザーの最優秀商品の発表。優勝には賞金がつく。賞金が入れば研究資金も増える。そうすれば、またいろいろと作れる。
 はらはらと見守る白蓮と阿呼。けど、
「優勝できたらいいな。……けど、」
「ん?」
「出来なくても、また、次一緒に頑張ろうな」
「うんっ」
「あ、その時はまた私にも教えてください。
 また遊びに来ますね」
「おーう、待ってるぞー」
 くすくす、と白蓮が笑う。そして、発表。

『最優秀作品は、河城にとりの改良型GPSとなりますっ』

 わ、……やった。
 首位、研究資金が入る。けど、それ以上に、
「やったなっ! 阿呼っ!」
 努力が認められたのが嬉しい。そう思って振り返る。それは白蓮も同じ、驚きと喜びの混じった笑顔、そして、
 きっと、阿呼も、と思ったところで、

 とさっ、と。音。

「え?」
 倒れる、阿呼。
「阿呼っ!」「阿呼さんっ!」
 慌てて抱き起す。けど、阿呼は反応しない。
『にとりさん?』と、呼びかける放送の声も耳に届かない。ただ、
「どうしたの?」
 文が駆け寄ってくる。そして、ぐったりする阿呼を見て動きを止める。きょとんとして、けど、すぐにその瞳を鋭くし、
「永琳を呼んでくるわっ!
 にとりっ、家で休ませていてっ!」
「お、おうっ!」
 抱え上げる。細い、華奢な体。今は、ぐったりと動かない阿呼。
「椛っ! あとお願いっ!」
 文の後を追って駆け寄ってきた椛に一言告げて、私は白蓮と飛び出した。

//.迷いの竹林

 幻想郷最速、その速度を発揮して射命丸文は迷いの竹林へ。
 探すのは、竹林の案内役。
「確か、この辺に「妹紅ならいないわよ」」
 声に、文はそちらに視線を向ける。
「鈴仙」
 鈴仙・優曇華院・イナバは一本の竹に背を預けて文を見る。いない、けど。
「なら貴女でいいわ。
 病気、だと思うけど人間の子供が倒れたの、すぐに永琳に取り次ぎなさいっ」
 掴みかかりそうな文の剣幕に、鈴仙は、…………溜息。
「てゐの予想は当たったわね。……いいわ。
 私が行く」
「どういう事よ?」
 文の視線を鈴仙は無視して山へ、厳しい視線を向ける。
「行くわよ」

//.迷いの竹林

「体に異常は、なさそうです」
 白蓮は困ったように首を横に振る。
 傍らには心配そうな表情の早苗、そして、阿求。
「外傷も、ありません。
 発熱や発汗も、……外からわかる異常は、何もないです」
「文さんが永琳先生を呼んで来てくれれば、解るかもしれませんけど」
 困ったように言う阿求。永琳先生。人間も妖怪も診てくれる、人里のお医者様。
 きっと、……私はその思いを込めて阿呼の手を握る。
「阿呼さん」
 早苗の心配そうな声。
 扉が乱暴に開かれる。そして、文の声。
「鈴仙だけど、連れてきたわよっ!」
「鈴仙?」
「鈴仙さんっ、永琳先生はっ?」
 阿求の問いに、鈴仙は首を横に振る。だって、それは、
「必要ないわ。……というより、意味がないわ。
 だって、彼は怪我でも病気でもないの」
「え、と、じゃあ、どうして阿呼さんは倒れてしまったのですか?」
 どうして? それは、
「阿呼よね。彼の波長、消えかけているわ。
 要するに、彼は幻想郷からその存在を否定されているのよ」
 否定、……それは、どういう、事?
 私の疑問はそのまま阿求の口から告げられる。彼女は慌てて立ち上がり、
「阿呼さんは普通の人ですっ!
 それなのに、どうして幻想郷から否定されるのですかっ! そんなの、聞いた事ありませんっ!」
「阿求。それ違うわ。彼は人じゃないの」
「え? ……と、人じゃない、って、……じゃあ、実は阿呼さん。妖怪、ですか?」
「神霊よ」
 早苗の問いに、鈴仙は即答。
「え? 神霊、ですか?」
「そう、八坂神奈子や洩矢諏訪子と同類ね。どっちかって言えば」
「けどっ、神奈子様や諏訪子様は普通に幻想郷にいれますっ!
 同じ神霊なら、どうして阿呼さんだけが幻想郷から否定されるのですかっ!」
「そもそも、否定ってどういう事ですっ!」
 阿求と早苗から詰め寄られ、鈴仙は押しとめるように手を上げて二人の動きを止める。
「幻想郷はすべてを受け入れる。……八雲紫の言葉ね。
 けど、それには前提があるのよ。つまり、幻想になっている、忘れ去られている、というね。
 師匠曰くだけど、神奈子や諏訪子は自力でその存在を幻想と化し、忘れ去られたことで幻想郷に完全に定着した。
 けど、そっちの子は、生粋の神である神奈子や諏訪子とは違って、元がただの人でしかない彼はそれが出来ない。忘れ去られ、幻想になってないのに幻想郷に来た。そんなイレギュラーなのよ、彼は。霊夢はそれで随分とかりかりしていたみたいだけどね」
 思い出す。いつか、霊夢が阿呼に向けていた視線を、
「幻想になっていない、神霊?」
「そ、外の世界で、今でも彼は強く信仰されているの。
 ゆえに忘れ去られず、それでも幻想郷に無理矢理来た。だから、幻想郷にその存在を否定されたのよ。
 今までは、目標をもってそれに縋っていたからその存在を維持できたのでしょうけどね」
「にとりさんの、手伝い、ですか?」
 白蓮の問いに鈴仙は沈鬱な表情で頷く。
「難しいわね。
 それがなければ、この子はすぐに幻想郷に否定されてしまったのかもしれない。縋るものが出来たから、今まで幻想郷にいる事が出来た。
 けど、それは終わってしまった」
 鈴仙は、そう言って、一息、ついた。
「その子が消えるのは、幻想郷にいる限り、変えられないのよ。幻想郷そのものを作りかえない限りはね」

//.阿呼の夢

 最初は、理解できなかった。
 取り戻す、と。父は言った。その誓約のため、姓に文字に刻んだのだ。と。
 自分にとって、それは面倒事でしかなかった。
 同年代の子供が遊びまわっている中、自分は一人勉強ばかりしていた。
 取り戻すのだ、と。父は言った。
 孝謙帝と道鏡が破壊して得ようとしたものを、
 聖武帝と行基が勝利して得ようとしたものを、
 天武帝が作ろうとした理想国家を、
 蘇我善徳が夢見た天寿国を、
 …………神祖が得た、すがの地を、
 取り戻すために、その姓に誓約した。

 それは、けど、僕にとって重荷でしかなかった。実感がわかなかった。
 ……だから、勉強は苦痛でしかなかった。

 友達に会うまでは、
 友達、水辺を生きる漂泊の民。人として扱われない、『もの』。
 その生き方が悲しかった。寂しかった。……もっと、一緒に遊びたかったから。

 だから、僕は取り戻そうと、決めた。
 誓約の姓、菅原の姓を名乗る。かつて、神祖が得た地を、また、取り戻す。
 和をもって尊きとなす。みんなが、あらゆる者たちが、仲良く暮らせる世を、取り戻す。
 その地を、先達が夢見た、理想国家を、天寿国を、……神祖の得た、尊きすがの地を、取り戻す。

 だから、僕は名乗った。
 菅原道真、と。

//.阿呼の夢

「起きたか?」
 さわさわと、阿呼を撫でる。
「……ごめん。ね、にとり」
「ううん、気にしなくて、いいぞ」
 阿呼は、困ったように微笑む。
「少しだけ、話、聞こえたよ」
「そっか」
「ごめんね。……にとり、僕、」
 その先は言わせない。ぎゅっと、抱き締める。
 私の背に手が回される。強く、阿呼に抱きしめられる。
「あのさ、阿呼」
「…………う、うん」

 耳に、幽かに届く声は、泣いている。

「今日一日、また、一緒に遊ぼうな」
「……う、……ん」
「人里で、また、……手を繋いで、いろいろな、お店を見て回ろう、な。
 それでさ、帰ったら、……ぅ、……また、沢で、二人、……で、…………遊ぼう、な」
 強く、抱き締める。
「う、……うん。
 にとり、……また、一緒に、遊ぼう、……ね」

 涙の零れる音。
 大切な人を抱きしめて、言葉を交わして、思いを重ねて、けど、涙を止めることはできなかった。

「じゃあ、人里行こうな」
「うん」
「なんていうか、やっぱりこの体勢は照れるなー」
「う、……ぼ、僕も、……けど、」
 いつかとは違う。阿呼から、ぎゅっと私の背に手を回す。
「これが、いいな」
「う、うむ」
 私も同様、阿呼の背に手を回して抱きしめる。そして、
「それじゃあ、行こうか」
「うん」
 抱き合う形、それがすっごい照れるけど、それ以上に、嬉しい。だから、…………このまま、一緒に行こうな。
「じゃあっ、しっかり掴まってろよ」
「うんっ」
 そして、飛び出した。

 短い、一日。
 いつ終わるかわからない。大切な人と一緒の時間。だから、これから大切に、精一杯楽しんでいこう、そう思って人里に降りる。
 思う存分楽しむんだ。いつかみたいに、たくさん、一緒に遊ぶんだ。その思いで阿呼と手を繋いで歩き出す。

 ――――叩き潰された。



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