「お待たせしました」
 最後、白蓮と阿求、早苗と合流。時計を見れば「時間ぴったりだな」
「ふふ、どうせなので出来るだけ頑張って見て回りました」
「面白かったですねー
 にとりさん、河童目線でお勧めの店とかあります? こう、河童の道具が手に入りそうな場所とか」
「んー、じゃあ、後で紹介するぞ」
 それより、と視線を向ける。服屋。「それじゃあ、行こうか」
「そういえば、水着とかってあるんですか?」
「みずぎ?」
「いえ、不思議そうにされても、……えっと、水に入るための服? まあ、そんな感じのです」
「そういうのはないな。
 河童の服は撥水性とか耐水性すっごく高いから、そのまま水に入れるぞ」
「あ、そうなんですか」
「河童の服ですか。実物手に入れられるなんてこれは幸運ですね」
 うん、と頷く阿求。幻想郷縁起の参考にするかな?
 ともかく、服屋へ。
「透けたりしないの?」
「しーなーいっ、文は何期待してるのさっ!」
 ちぇー、と唇を尖らせる文。まったく、……その、阿呼によくないぞ、そう言うのは、
「僕が着るようなのもあるの?」
「んー、……子供用かあ」
「……子供用か」
「……子供、ですね」
「何回も子供って言わないでいいよっ」
「さあっ、阿呼さんっ、二人で一緒に子供用売り場に行こうではありませんかっ!
 あ、試着したのはちゃんと見てくださいね」
「ふぇ?」
「って、こらーっ! なんで二人で行こうとしてるんだーっ!」
 阿呼の手を引っ張って行く阿求。私の制止に阿求は心外そうに振り返って「だって、子供体型、私と阿呼さんだけではないですか」
「こ、子供体型?」
 軽く落ち込む阿呼。けど、
「そうですね」
「ぐ、……ぐぐ」
「ほらほら、にとりはこっちですよー」
「にとりさん、心配なのは、……阿呼さんが心配なのはわかりますけど、こっちですよー」
 文と早苗が私の両手を掴む。そのまま引っ張って行かれる。
「あはっ、それじゃあ行きましょうかっ! 阿呼さんっ!
 私、いろいろ試着しますからちゃんと見ててくださいねっ!」
「ふぇ? あ、……にゃっ?」
 楽しそうに阿呼の手を引っ張る阿求。ああ、行っちゃうっ!
「阿求ーっ! 変な事したら許さないからなーっ!」
「………………普通、女性の心配しません?」
「阿呼と阿求ではそんなものでしょう」

「結構シンプルなの多いですね」
 むー、と少し不満そうに早苗。対して肩をすくめるのは文で、
「河童って装飾とかほとんど興味ないのよね。種族がらか。
 技術屋ばっかりだし」
「そうだなあ」
 あんまりそういうの、気にした事なかったなあ。…………「変なのかな、そう言うの、女の子としては」
「んー、外だといろいろでしたね。
 こだわる人は本当にこだわるし、」早苗は指を見せて「爪に、いろいろと絵を描いたりしている人とかいましたよ」
「…………凄い細やかなこだわりね」
「おや、文はやりませんか?」
 ワンピースを二着、見比べながら問う椛。文はひらひらと手を振って「やめておく」
「けど、…………ふふ」
「なにさ?」
 何を想像してかくすくす笑い出した白蓮。彼女はそのまま、
「いえ、ただ、にとりさんがいろいろ着飾ったりしたら、きっと可愛らしくなるだろうなって」
 …………いや、注目しないで欲しいんだけど、
「それもそうね。……天狗さんがやっている方の服屋にはいろいろ、可愛い服とかあったし」
「装飾品のお店もありましたね。髪型とか、化粧とか」
「…………ふ、ふふふふ」
 ……文、なに、最後の笑い? 怖いぞ。
「え、……えっとお、私はあっちで選んでこよう、かな」
 そそくさと歩き出す。肩、腕、「って、首を掴むなーっ!」
 首を鷲掴みにする文。じたばたしても逃げられない。
「白蓮さん。そのワンピースの、人数分買っておいてくださいっ! あと、阿呼さんと阿求さんに適当な言い訳をっ!
 では、行きましょうっ! にとりさんっ!」
「さて、どのくらい化けるでしょうか。少し楽しみですね」
「ふふふふふふ」
「はーなーせーっ!」
 手を伸ばす。白蓮は困ったように微笑む。…………「助けろーっ!」

 ひゅいーっ!

「あ、…………あぅう」
「うわー、化けましたねー」
「これはなかなか綺麗になりましたね。
 元がいいのもあるでしょうが」
「……む、ちょっと羨ましいかも」
「う、羨ましいじゃないっ! だったら文がやれーっ!」
「まあいいじゃない、ほら、それよりさっさと行くわよ」
「わ、わっ、お、押すなばかー」
 ぐいぐい押し始める文。私は必死に抵抗。だって、
「なに抵抗しているんですかっ!
 ほら、あっちには阿呼さんもいるのですよっ」
「だ、だからーっ」
 着慣れない、なんか、可愛い服にいつもと違う髪型。妙に張り切ってた天狗たちにいろいろと着せ替えされたり、化粧されたり、髪型弄られたり、大変だった。
 たしかに、鏡を見たときの自分は物凄く変わってたけど、……けど、
 うう、へ、変じゃないかな?
「にとり、昔から言うでしょう」
「な、なにをだ?」
 椛が謹直に言う。なにか、いい事言ってくれるか?
「諦めが肝心」
「……期待した私がばかだったぞ」
「大丈夫っ、にとりさんの可愛らしさは私が保証しますっ!」
「うう、けどー、……えと、」
「ああもうっ、じれったいっ!
 にとりんっ、女は度胸だーっ!」
「ひゅいーっ!」
 思いっきり文に引っ張られて、
「あら、来ましたか」
 こっちを向いている白蓮の声。そして、
「あっ、にと、――――ふぇ?」
「うわー」
「あら、可愛らし」
 驚く阿求と、ぱんっ、と手を叩いて微笑む白蓮。……それと、う、うむ。
 女は度胸、適当としか思えない文の言葉を、今は意識して思い浮かべて、
「あ、あの、……あ、阿呼、どう、かな?」
 ぐぅ、は、恥ずかしい。だから、なんとなく誤魔化すような笑み、あんまり好きじゃないけど、けど、
「あ、あははは、こういう可愛い服、に、似合わないよな。……その、なんていうか、衣装に着られてる、っていうか、……えと、「そんな事ないよっ!」ひゅいっ?」
「あ、……ご、ごめん。
 それと、すっごく似合ってる。似合わないなんて事ないよ。服も可愛いけど、にとりも、全然負けてなんかない。すごく可愛いよ」
 おどおどと、なんて事はなく、きっぱりと言ってのける阿呼。……けど、真面目な顔で、可愛いって言わないでよぉ。
「ぁう、……あ、ありが、と」
「う、うん」
 いまさら、顔を赤くして俯く阿呼。…………私も、間違いなく似たような事になってる。
 ばか、と誰に対してだかわからない呟き。こんな事させた文たちなのか、恥ずかしい事を言った阿呼なのか、それとも、同じように固まる自分になのか解らない。……けど、…………ばか。

 そして、我が家に到着。時計を見れば、まだ十一時。
 なら、
「それじゃあ、着替えて沢に行きましょうか。
 午前中から遊べそうですね」
 椛の言葉にみんなが頷く。
「では、着替えましょうか」
「そうですね」
「では、行きましょうか」
 ぐいぐい阿呼の背中を押して家に入り込む阿求。阿呼は不思議そうに振り返って「あの、阿求ちゃん。どうして僕の背中押すの?」
 彼女は頷く。
「着替えないといけないでしょう?」
「そ、そうだけど」
「では着替えましょう」
「あの、…………って、そっち女の人が着替える場所なのっ!
 僕は、えっと、裏の小屋で着替えるからっ!」
「おやあ、女性の寝室に入ろうなんて、阿呼さんもやりますねえ」
 あら、と頬に手を当てておっとりと首を傾げる白蓮と、によによと笑う文。阿呼、硬直。
「そうですね。……朝食が忙しくて、お布団とか敷きっぱなしです。
 だらしないところを見られちゃうのは、恥ずかしいです」
「そ、そんな事ないよっ! 白蓮さん忙しかったから、だらしなくなんてないよっ!」
「けど、白蓮さんのぬくもりが残る使用済みのお布団ですねー」
「残っているのでしょうか? …………使用済み?」
「そ、そうじゃなくてっ! も、椛さんっ、助けてっ!」
「別に構わないでしょう。
 待っているだけ時間の無駄ですし、阿呼。さっさと着替えてしまいましょう」
「椛さんまでっ?」
「ささ、行きますよー」
「ちょっと、阿求ちゃんっ! 押しちゃだめっ! だめだってばーっ!」
 きゃあきゃあやるあっちを見て、私はなんとなく、蚊帳の外な気分で似たような表情の早苗と視線を交わす。
「あのさ、いいの?」
「いやあ、いいわけないんですけどね。阿呼さんの言うとおり」
「だよねー」
「…………けど、何なんでしょうね。
 あの、阿呼さんの全身から滲み出る無害さ」
「……絶対に阿求とか文の方が有害な感じだぞ」
「白蓮さん、止めないのでしょうか?」
「日常の事だから気にしないんじゃないか? たぶん」
「白蓮さんも、なにか、ずれてますよね」
「ずれてないのって、幻想郷にいたっけ?」
「…………………………さあ?」
 にゃああっ! と、阿呼の悲鳴を聞き流して、早苗と溜息一つ。
「どうしましょう?」
「…………まあ、阿呼にはお風呂で着替えてもらえばいいんじゃないか?
 私たちいっぺんに入ると狭いし」
「そうですね」
 やれやれ、と頷きあう私たち、と。
「えーいじれったいっ! さっさと脱いでしまいなさーいっ!」
「ちょっ、文さんっ! だ、だめーっ! にゃああっ!」
「何やってるんだばかーっ!」

「まったく、いくら無害だからってやりすぎはよくないんだぞ」
「……はい」
 びしょ濡れな文は溜息をついて服を脱ぐ。
「っていうか、白蓮さん、こう、はしたなーい、とかならないんですか?」
 不思議そうな早苗に、白蓮は不思議そうに首を傾げる。
「着替えるだけでしょう?」
「…………一輪さんと水蜜さんにいろいろ警戒するように言っておきます」
「それがいいと思うぞ」
 白蓮は不思議そうに首を傾げる。
「それにしても、ほんと、無地のワンピースね」
「あまりありませんでしたね。種類も、……一応、えっと、ホットパンツ。……でしたっけ?
 そういうのもありましたけど」
「河童はあんまり気を使わないからなあ」
 さて、と。私はどれにしようかな。…………「あのさ、私、そんなに貧相かな」
「…………ほ、本気で気にしていたのですね。その、ごめんなさい」
「真顔で謝るなよ」
 だったら言うなばか。それに、
「そりゃあ、私だって女の子だし、……その、まあ、気に、なる、ぞ」
 この連中にこんな事を言うのも、いろいろと危ない、気もするけど、……すう、と文から息を吸う音。そして、
「大丈夫っ! にとりはおっぱい小さくたって大丈夫っ!」
「大声で言うなーっ!」
 がちゃんっ、と派手な音が響く。……阿呼、転んだかな?
「けど、にとりさんってそんなに小さくないですよね」
「そ、そうかな?」
「そんなに重要ですか?」
 不思議そうな椛。そして、阿求は、すう、と息を吸う。
「重要ですよ椛さんっ! 男の子にとって女の子のおっぱいは重要なんですっ!」
 がちゃんっ、と派手な音が響く。……阿呼、余計な事考えるなよ?
「そうですか? 大きいといいものでしょうか?」
「その、お、男の子は、大きいほうがいい、って」
 ちらりと白蓮を見る。不思議そうに首を傾げられたけど、……その、羨ましい、ぞ。
 早苗は真面目な顔で続ける。
「いいですか、外の世界では大きいのもいいけど、小さいのはそれはそれでよし、という風潮があるのです」
 そして、すう、と息を吸う音。
「いくら男性でも、阿呼さんが大きいおっぱいが好きとは限らないのですっ!
 阿求さんみたいな小さいおっぱいが好きだという人も、たくさんいるのですっ!」
 がちゃんっ、と派手な音が響く。……阿呼、なんか、大丈夫か?
「きゃーっ
 もしかして、阿呼さんはちっちゃいのが好みですかー?」
 阿求はくねくねして楽しそうな声を上げる。
 そして、声。
「お、女の人がっ! そ、その、……そういう事を言ったらだめなのっ!」
 いっぱいいっぱいな阿呼に、文はによによ笑いながら「そういう事ってどういう事ですかっ! 具体的になんですかっ!」
「ふぇっ? ……あ、……お、………………あの、女性の、……その、………………えと、………………………………」
 声が途絶える。早苗は慄く。
「凄い、あんな純情な男の子、本気で幻想入りしたんですね」
「だから、違うと思う」

「あ、着替えたっ?」
 一足先に玄関で待っていた阿呼。
「お待たせー」
「それじゃあ、行こうっ」
 楽しそうに笑い。先頭で歩き出す阿呼。私は阿呼の横に並んで、
「楽しい一日にしようなっ、阿呼っ」
「うんっ」

 さわさわと流れる水。陽光を浴びてきらきら輝く水面。そして、
「きゃーっ」
 ぱしゃっ、と音。阿求は早速水に飛び込んで、
「わっ、冷たくて気持ちいいですっ
 人里より水、すっごく綺麗ですっ」
「飲めそうですよねー
 こんなきれいな水、外だと見た事ないですよ」
 ぱしゃぱしゃと早苗も沢の中へ。
「というわけで、ていっ」
「きゃあっ、……って、いきなりきますねーっ!」
 阿求と早苗が水を掛け合う。うむ。
「では、私たちも行こうかっ」
「うんっ」
 ちなみに、
「喰らいなさいっ、椛っ!」
「どっちかって言えば風ですよねっ! 水じゃなくてっ!」
 文の巻き起こす風に椛はひらひらと逃げ回る。あれはやりすぎ。
「ふふ、みんな楽しそうですね」
「そうだな。だから、」お弁当を手ごろな岩においておっとりと微笑む白蓮の手を掴んで「白蓮も楽しくやるぞっ」
「ふふ、そうしましょうか」
 笑って、最後、白蓮も沢に飛び込んだ。

「くらえー、みずでっぽー」
「甘いですよっ!」
 放った水鉄砲は文の周囲を渦巻く風に撃墜される。
「えいっ」
 で、どこから持ち出したのか大きな水鉄砲で阿呼は文を後ろから狙う。もっとも、
「あややっ、やりましたねーっ」
 文は回避しながら振り返る。そして、
「えーいっ」
 足で蹴り上げた水。そこに風を送り込み、一気に吹き散らす。
「にゃああっ」
「あー、直撃した」
 ずぶぬれで倒れる阿呼。よし、
「仇は討つぞっ!」「さあ、来なさいっ!」
 周囲の水を操り、文に一斉射撃、文は風で吹き散らし、返しながら沢を駆け回った。
「阿呼も、いつまでも倒れていてはだめです。
 にとりを援護しないと」
 阿呼を椛が助け起こす。
「うんっ、行くよっ、文さんっ」
「甘いっ、不意打ちくらいはしなさいっ!」
「では、えいっ!」「わぷっ」
 白蓮に不意打ちされて沈む文。
「ふふ、こうですね?」
「やりますねーっ」
 文は笑って立ち上がる。さて、
「それじゃあ、どんどん行くぞっ」

「疲れましたー」
「ほんとです。けど、楽しかったですね」
 ころん、と寝転がる阿求と、傍らに腰を下ろす早苗。
 早苗は「んーっ」と一つ伸びをして、
「けど、本当にこういう遊びは久しぶりです。
 外は、水辺に入れる場所も少なくなってしまいましたからね」
「そうなのですか」
 ころん、と寝転がったまま阿求は早苗に視線を向ける。
「もう、外には河童もいないし、危険な事なんてないと思うぞ」
 危険はない、たまに聞く話だと、外の世界はすごく、安全だって聞いてる。
 けど、早苗は少し、寂しそうな表情で沢の水に触れる。
「いろいろ、……ええ、幻想郷だと考えられないような、いろいろな理由で、外で遊ぶ子供は少なくなっているのです」
「ま、そんなこことは縁のない事はうっちゃって、それじゃあ、ぱーっとご飯食べましょうかっ」
「そうですね。
 私と、阿求と、文と、とりあえず全員分はありそうですね」
「足りなければ作ってきますよ」
 おっとりという白蓮と「はいっ、私も手伝いますっ!」と、早苗。
「わ、わっ、どれも美味しそうだねっ!」
「うむっ、ではっ」
 お弁当を囲んでみんなで座る。隣に阿呼、隣に文、では、
「「「「「「いただきますっ!」」」」」」
 そして、食事開始、……当然、この面々で静かに食事が出来るはずもなく。
「ちょいやああっ!」
「ひゅいっ? って、文それ私が確保したやつ、とるなーっ!」
「甘い、甘すぎますよにとりさん。
 幻想郷は弱肉強食、油断をしたら食われるの、って、あややっ、なにするんですかーっ!」
「幻想郷は弱肉強食、油断をしたら食われるのです」
 したり顔で咀嚼する椛。
「食事は静かに、……っていっても、仕方ないですよね。この状況」
 そんな私たちを微笑ましそうに見る白蓮。そして、
 そろー、っと。
「…………白蓮さん、あの、お弁当」
「なん、あっ?」
「あ、」
 気まずそうに固まる阿求。彼女の箸には白蓮の膝にあるお弁当箱から拝借したウインナー。
「………………………………ど、どうぞ」
「…………うわーんっ、阿呼さんのばかーっ」
「なにがっ?」
 思わぬ冤罪に声を上げる阿呼。阿求はそのままウインナーを食べた。
「えと、足りなかったら言ってください、ね」
「ごめんなさいー。私が悪かったですー」
 おろおろする白蓮とさめざめ泣く阿求。……ちょっと面白い。
「僕、なにか悪いことした?」
「いえいえ、してないですよー
 それにしても、阿呼さんの隣だと落ち着いて食べられますねー」
「基本無害だからなあ」
 ちなみに、文と椛は壮絶な取り合いを演じている。ご飯食べるよりそっち優先してないか、あんたら?
 ま、いっか。私は文のお弁当箱からお漬物と焼き魚を拝借する。食べる、美味しい。
「遠足みたいで楽しいですねっ、こういうの。すっごい久しぶりですっ」
「遠足?」
 阿呼は首を傾げる。けど、それは私も知らない、ただ。心当たりはある。
「早苗って外から最近来たんだよな?」
「最近、っていうか、もう何年かは前ですけどね」
「えっと、幻想郷、の外、って事?」
「はい。あ、さっきの遠足っていうのもそれで、学校の行事です」
「学校って?」
「えっと、……大人が、子供に勉強とか教える場所です」
「そうなんだ」
「寺小屋みたいなものか?」
 そういえば、外の話はあまり聞いてなかったな。
 技術情報についてはほとんど知らなかった。ものすごく残念。……けど、それ以外は聞いた事なかったな。
「ぎぎ、……って、あや? 
 どうしたのですか?」
「早苗からちょっと外の話を聞こうと思ってな」
「それは、私も興味ありますね」
「あ、聞かせてくださいっ」
 椛と阿求が寄ってくる。
「そうですね。以前に信仰や妖怪について、神奈子さんとお話した事はありますが、日常の事はあまり聞いていないですね」
「え、……いえ、そんな、面白い事なんて、なにも」
 一斉に集まる注目に、早苗はおろおろ。
「外の世界の技術情報開示を要請するっ」
「あまり知りません」
「なんだとー」
「大体みんなそんなものですってばっ」
「えーっ」
「でも、外の世界ってすっごく進んでいるって言いますよね。
 技術にせよ、いろいろなものが幻想郷よりずっと進歩しているらしいです」
 阿求の言葉に、阿呼が尊敬の視線を向けて「じゃあ、早苗さんも頭いいの?」
「ふぇっ? え、ええ、えと」
「じゃあ、時間出来たらお勉強教えてっ!
 僕っ、もっと頭よくなってにとりの役に立ちたいのっ!」
「そう言ってくれると嬉しーぞー」
「お、お勉強、……え、ええ、ま、任せてくださいっ!」
「ふふ、阿呼さんもいい子ですね。
 早苗さんからたくさんお勉強を教えてもらって、にとりさんとたくさんいい物を作ってくださいね」
「うんっ、僕頑張るっ!」
 邪気のない白蓮と阿呼。
「それはいいですね。
 慧音先生にもお願いして、早苗さんから幻想郷の外の進んだ学問を教えてもらう時間を作るのも、いいかもしれません」
 にやー、と。阿求が笑う。早苗がだんだんと大変になる。ま、それはともかく、
「じゃあ、今の開発が終わったら守矢神社に行って早苗に勉強教えてもらおうか。
 私も、参考になるかもしれないし、話を聞きたいぞ」
「ま、任せてくださいっ!」
 いっぱいいっぱいな感じで応じる早苗の傍ら、文と椛がこそこそと、
「…………阿呼って、物凄く頭いいですよね?」
「大丈夫ですよ。
 外の、幻想郷よりずっと進んだ学問を学んでいる早苗さんなら」
 ……あ、早苗固まった。
「へ? ……あ、阿呼さんって頭いいんですか?」
「にとりとしょっちゅう将棋やってる椛が手も足も出なかったわよ。将棋で」
「日本書紀をすらすら読んでましたし、ちゃんと内容を把握して、読解力も凄いですよね」
「器具とかがたくさんあるにとりさんの開発室ですけど、すぐにどこに何があるか把握していましたよね」
「………………ごめんなさい、許してください」
「ふぇ? な、なにがっ?」
「だってぇ、巫女としての勉強と学校の勉強が並行だったんですよお。
 勉強、すっごい難しいんですよぉ。……私だって、友達と一緒に映画見に行ったり喫茶店で甘いもの食べたりしたいんですよぉ。
 学校の成績が悪くても仕方ないじゃないですかー」
 めそめそする早苗。どうも、だめっぽい。
「逆に阿呼さんが寺小屋でお勉強を教える、ってどうですか?」
「僕が、……それは、うーん、…………」
 ……それは、…………困ったな、やっぱり、ちょっとやだなって思った。
 阿呼が遠くに行ってしまう。……それが、寂しいな、と。
「……やっぱり、ごめんなさい」
「ですよねー」
 ひらひらと阿求が応じる。……その、ちょっとよかったぞ。
「阿呼っ!」
「はいっ!」
 いきなりの椛の呼びかけに、阿呼は姿勢を正す。
「な、なんだ? どうした椛?」
「私に将棋を教えてください。
 大丈夫、にとりの家に通います」
「…………椛、あんた、哨戒の仕事は?」
「どうせ誰も来ないのですから、別にしなくていいでしょう」
「椛さんって、真面目な人だと思っていました」
 がくっと肩を落とす早苗。「別に真面目であることを自称した事はないってさ」
 気持ちはわかるぞ。椛は頷く。
「まあそうですけどね」
「将棋ですね。私もいいですか?」
「白蓮もやるの?」
 意外そうな文。白蓮は困ったように微笑んで「前に、マミゾウが、やろうって言っていたのです。けど、私ルール全然解らなくて、少し寂しそうにしていました」
「阿呼の将棋教室かあ」
「ふふ、もちろん、私もにとりさんの家まで通ってもいいですよ」
 けど、うーん、……それなら、…………あっ
「それなら私も教えてもらいたいかな。
 椛に引き離されるのも癪だし」
 椛ほど将棋に熱を入れていないけど、たまに指すこともある。それで負け続けは、さすがに悔しい。それに、
 内心、笑みを浮かべて、けど、表情は強いて自然に、
「そうなれば、阿呼は先生だなっ
 よろしく頼むぞっ、阿呼先生っ」
「あら、そうなりますね。
 ふふ、先生、ご指導のほど、よろしくお願いしますね」
「ふぇ? あ、ぼ、僕、先生なんて言われるほどじゃあ」
「よろしくお願いします。師匠」
「椛さんまで、……けど、うん、」
 阿呼は困ったように、けど、微笑んで、
「どの位教えられるかわからないけど、僕、頑張ってみる。えと、よろしくお願いしますっ」
「流石、阿呼は偉いわねー」
 文が笑って阿呼を撫でる傍ら、
「私、だめでしょうか?」
「早苗さん、しょっぱいですねー」
 俯く早苗と、やれやれ、と呟く阿求。
「しょっぱいってどういう意味ですかっ! っていうか、うるさいですよっ!」
 怒鳴る早苗、そして、
 誰からというわけでもなく、笑い声。頬を膨らませていた早苗も、つられるように笑いだした。

「にとりさん、大変です」
「なにがー、……っていうか、なんとなくわかるぞー」
 うむ、つまり、文と声をそろえて、
「「眠いー」」
 午前中は買い物して沢を駆け回って、ご飯を食べたら眠くなってきた。
「日向の草むらでごろごろするのがこんなに寝心地いいなんて、……意外です。ぐう」
「こういう風に寝るのも久しぶりですね。……だから、」早苗はそう言って空を見上げて「お昼寝、行っちゃいますか? 一時間で頑張って起きる、って事で」
「寝過ごしたら遊ぶ時間が減りますね。
 責任重大です。ふぁー、あ」
「あら、じゃあ私は起きていましょうか?
 時間になったら起こしてあげますよ」
「白蓮さんは眠くないの?」
「ええ、いつもはお昼を食べて読経の時間です。
 ぬえとかはよく居眠りしていますけどね」
 だから、白蓮は微笑んで、
「みんなでお昼寝。していいですよ?
 一時間くらい経ったら起こしてあげますね」

//.玄武の沢

 眠る一人の少年と、そして、少女たちを見て、聖白蓮はそっと微笑む。
 綺麗な大の字で眠る稗田阿求、やや寝相が悪いのは東風谷早苗。
 射命丸文は何かを抱くように横になり、犬走椛は小さな声で寝言を呟く。そして、
 向かい合って眠る河城にとりと阿呼。
「よく寝てるな」
「こんにちわ」
 不意に聞こえてきた声に白蓮は視線を向ける。
 物部布都、彼女は、優しい微笑で、阿呼を見る。
「気になりますか?」
「当り前だ。彼には幸せになって欲しいのだからな」
「たとえ、ね」
 追加の声は上から、視線をあげる。近くの木に腰掛ける鈴仙・優曇華院・イナバ。
「白蓮、一応言っておくわ。
 大体、神子の言うとおりね。だから、」
 鈴仙は視線を向ける。その先は布都と白蓮が見ていた少年。
「どうなるかも、姫やてゐが予想した通り、になりそうね」

 その視線に宿る感情は、憐憫。

 その事を知り、白蓮は、布都は思う。たとえそれが、…………けど、

 幸せになって欲しいな、と。

//.玄武の沢



戻る?