そして、目を開ける。
「んー」
 見慣れない天井、文の家に遊びに来たんだ。と、その事を思い出す。
 そして、
「あ、……えへへー」
 阿呼の胸に乗せていた手が温かい。近くにある阿呼の寝顔。かーわいー
「安心しきっていますね。にとりが傍にいるからでしょうか」
「ん、あ。椛?」
 声、視線を向けると柔らかく微笑む椛。その視線は阿呼の寝顔に向けられている。
「本当に、不思議な子です。
 にとりがここまで気を許す理由も、解る気がします」
「そう、だよな」
 寝転がりながら応じる。行儀は悪いけど、……けど、このままで、いたい。
「おお、なかなか可愛らしい寝顔ね」
「おはよ」「おや、おはようございます。文」
「おはよ、にとり、椛」
「それにしても、」ぷにぷにと文は阿呼の頬をつついて「にとりが食べちゃいたくなる気持ちも解るわー」
「だーかーらっ、なにが食べちゃうってのさっ!」
「どういう事ですか?」
 首を傾げる椛は無視。けど、ぐぬぬ、動けない。
 私の手をしっかり握っている阿呼。
「あははっ、……さて、椛、朝食作るから手伝いなさい。
 にとりはそこでゆっくりと幸せ堪能してなさいねー」
 ひらひらと手を振って出ていく文、苦笑交じりについていく椛。
「まったく、……はあ」
 仕方ないな、と。私は寝ころんで空いた手で阿呼の手を握った。
 
「というわけで、今朝は私が作りました」
 エプロンを外しながら椛。あれ? 「一緒に作るって言わなかったっけ?」
「椛に作らせた方が楽だからね」
 ひらひらと椅子に座りながら手を振る文。
「おはようございますっ
 あっ、椛さんが作ったの?」
「そうですよ。
 そこまで変な物を作ったつもりはないので安心してください。まあ、」
 そして、一度文を見る、にや、と笑って、
「文程上手じゃないかもしれませんが。
 私は文のように本腰を入れて料理の練習をした事がないので」
「あーもうっ、いちいちうるさいわよ椛っ!」
 がーっ、と叫ぶ文。
「文って結構努力家だな」
 そう言う面はすごいと思う。いい新聞記事を書くために弾幕の中にまで突撃するのだから、本当に、大切な事に対しては真面目なやつだ。
「文さんって凄いんだね」
「う、ま、まあ「そうですよ。文は実直で真面目で努力家な天狗なのです」って、横から何言いだすのよ椛っ!」
 怒鳴る文に椛はけらけら笑う。そして、きらきらと尊敬の視線を向ける阿呼。その視線にたじたじな文。
「と、ともかくっ、さっさと食べるわよっ!」
「はーい」「うむ、じゃあ食べよう」
 では、
「「「「いただきます」」」」

「あはっ、楽しかったねっ、にとりっ」
 私の背に掴まる阿呼の声。
「うむっ、そうだなっ」
 笑顔で応じる。文の意外な一面が見れたり、もあるけど、やはり文や椛と遊ぶのは楽しい。
 文もあんまりからかってこなかったしなっ
「さて、また遊んじゃったから仕事頑張るぞっ」
「おーっ」
 背中の声。そして、視線の先には私の家。
 また、阿呼と一緒に頑張ろうっ、遊ぶ約束もしたのだから一層気合が入る。うむっ
 がんばるぞっ、と、私は家に入った。そこで、
「お帰りなさい。にとりさん、阿呼さん」
「…………うわあ、似合うなあ」
 おさんどんさん姿の白蓮がいた。幻想郷のパワーバランスの一角を担おうという命蓮寺の主は想像以上におさんどんさん姿が似合っていた。なぜだ?
「に、似合うね」
「あら、ありがとうございます」
 ころころと笑顔。……じゃなくてっ
「なんで白蓮がいるのさっ!」
「この恰好、似合いませんか?」白蓮は不思議そうに視線を落として「阿求さんから似合うと言っていただけたので、とりあえず着てみましたが」
「あいつか、……じゃ「解りましたっ!」なにが?」
 決意を新たにする白蓮に問うてみる。白蓮は真顔で頷く。
「紅魔館、というところからめいど服、という服を借りてきます。
 家事などをやる服なのでそれでも代用できるでしょう。私、めいど服を着ますっ」
「じゃーなーくーてーっ」
「ふふ、大丈夫。お二人の邪魔はしませんよ。
 理由ですけど、阿求さんに頼まれたのです」
「阿求ちゃんに?」
「はい、お二人が作ろうとしている、えと、……なんでしたっけ? …………えと、じーぴーえす? は人里でとても有用だという事で、そのお手伝いをして欲しいと言われたのです」
「白蓮さんも手伝ってくれるの?」
「はい、……まあ、」困ったように苦笑「といっても、機械には疎くて、家事や雑用だけとなってしまいますが」
 それは、非常に助かるんだけどお。
 阿呼も困ったように私を見る。もちろん、それは非常に助かる。ご飯作る時間省けるし、けど、……で、出来れば、二人きりでいたい時も、ある、し。
 うむむ、と首を傾げる私と阿呼。
「何か不都合がありますか?」
「えっと、白蓮さんは、いいの?
 命蓮寺は?」
「はい、問題ありません。
 星や、私の仲間もいますから、しばらくあけても大丈夫です」
「そ、そうなんだ」
「あの、な。……白蓮。その、阿呼も男だし、何日か、白蓮が同じ部屋に寝るって、よくないと思うぞ」
 とりあえず自分は棚に上げて言ってみる。が、白蓮は重々しく頷く。
「はい、それは阿求さんからも指摘されています。
 体型豊満な私は体型貧相なにとりさんよりも危険が危ないとか、よくわからない事を言っていました」
「………………あの小娘、あとで鉄砲水してやる」
 何が体型貧相だ、失礼な。……その、確かに、白蓮や文に比べれば寂しいけど、……けど、貧相、ってほどじゃない。……よな。
「というわけなので家の後ろに私の寝室用の小屋を建てました」
 しれっ、とすごい事を言う白蓮。
「え? ほんと?」
「はい、これでも建築とかは得意なのです」
 むんっ、と胸を張る。……確かに、白蓮みたいな古い仏教徒は橋を作ったり寺院を修繕したりと、何気に大工仕事が得意だったりする。作善とかいって公共物の修繕とかよくやってたしな。
「では、大丈夫ですね?」
 鉄壁の微笑。私と阿呼はそろって肩を落とす。
「「よろしくお願いします」」
「はい、お任せください」
 白蓮は朗らかに笑って言った。

 言葉通り、白蓮は開発室にあまり来ない。今聞こえる音はかすかな鼻歌と、箒で掃く音。
「白蓮さん、どうしたのかな?」
 ぽつり、図面を見ながら阿呼が呟く。
「確かに、随分と強引な気がしたな」
 ああいうやつとは、……いや、やつ、だったか? うーむ?
 けど、
「まっ、白蓮は悪いやつじゃないし、大丈夫だと思うぞ」
「うん、そうだね」

//.永遠亭

「あれでよかったのかしらねえ?」
 鈴仙・優曇華院・イナバは茶を一口。ぽつり、呟く。応じるのは、
「まあ、太子様の決定ならばな」
 やや不満そうな声、物部布都。
「あの仏教徒、気に入らぬが愚者ではなかろ。
 実力も、……まあ、ある事だし、護衛にはうってつけだな。……」
 ころん、と布都は寝転がる。ぽつり、呟く。
「なにがあるわけでもないがな」
「その確信を持ちながら白蓮を派遣する、と。
 ほんと、過保護ねえ」

//.永遠亭

 白蓮が来てから家事雑事は全部彼女に任せる。それだけでも随分と楽になる。
 というわけで、
「にとりさん、阿呼さん、おゆはん出来ましたよ」
 ひょい、と開発室におさんどんさん姿の白蓮。
「「はーいっ」」
 重なった私と阿呼の声に白蓮は微笑を返す。
「それじゃ、行こうかっ」
「うんっ」
 二人で立ち上がる。そして、白蓮の後に続いて居間へ。並ぶ料理に舌鼓を打って、お風呂に入って、白蓮はいつの間にか立てていた小屋に移り、そして、いつも通り二人でお話して、そして、寝て、………………そして、

 最後の螺子を締め終えて、起動する。

「うん、……問題、なさそう」
 ぱちぱちと弄ってみる。本格的な動作確認はこれからだけど、開発中にも少しずつ、動作は見てきた。
 これはその最後、映像、問題なし、音声、問題なし、……目的地までの経路も、大丈夫そう。
 少し、家の中をうろうろしてみる。その動きに合わせて表示される地図が動く。それも、大丈夫。……うむっ
 振り返る。表情が笑みになる。きっと、阿呼も同じ表情を浮かべていると、同じ思いを共有している、と。そう確信して、
「ちゃんと動くっ、やったぞ。阿、…………」

 倒れている、阿呼。

「え?」
 一瞬の空白、私は完成したGPSを放り投げて「阿呼っ!」
 駆け寄る。そして、助け起こそうとして「ん」
「あ、……だ、大丈夫か?」
 机に手をついて立ち上がる阿呼。
「えっと、……ごめんね。にとり。
 安心したら、ちょっとふらっと来ちゃった」
 困ったような微笑み。「緊張から解けて、疲労が出たのでしょうか?」
「あ、白蓮」
 声、振り返ると困ったように微笑む白蓮。その手には私が放り投げたGPS。
「気持ちはわかりますけど、せっかく作ったのを放り投げるのは、よくないですね」
「あ、……う、うん、ありがと」
「大丈夫ですよ。
 けど、阿呼さんは休ませた方がよさそうですね。えっと、……動作の確認はこれからやるのでしょう?
 明日、みんなと遊ぶのならなおさら、阿呼さん。お休みください」
「うむ、白蓮の言うとおりだぞ」
「…………けど、「だめだっ」ぐぅ」
 けど、言いかけた言葉を遮る。ぐうの音が出る。
「白蓮、ごめん。お布団の準備して」
「はい、では、阿呼さんの事は頼みますね」
「ふぇ? ……あ」
 阿呼が何か言う前に白蓮はあっという間に姿を消す。一瞬、小さな言葉と幽かな光。魔法を使った、と解る。
 急いでくれた事。今は、素直にありがたい、と思って、
「じゃ、行くぞ阿呼」
 阿呼の手を取る。そして、そのまま、
「にゃああっ?」
 よいしょ、と両手で背中と膝に手を回して、抱え上げる。
「に、にとり」
「だめだ。倒れたんだから大人しくしてるんだぞ」
「う、うん」
 間近にある阿呼の顔が赤くなる。…………けど、私は余計な思いを振り払う。急ごう、と思ったから。
 それに、
「ごめんな。……私、」
 丁寧に、慎重に、腕の中の阿呼に、余計な負担をかけないように、…………だって、
 胸を覆い尽くすのは後悔。だって、そうじゃないか。
 疲れて、倒れたっていうのなら、
「私、……無理、させすぎたんだな。
 ごめんな、阿呼」
 頼りすぎちゃったかな、……阿呼が手伝ってくれることが嬉しくて、調子に乗りすぎてたの、かな。
 一番近くにいたのに、誰よりも、近くにいたのに、気付かなくて、……結局。
「ほんと。だめだな。私」

 ごめんなさい。

「泣かないで、にとり」

 泣かないで、だって、…………

「僕、にとりが泣いてるところ見たくないの」

 笑った顔が、大好きだから。
 だから、

「泣かないでね」

 そっと、目元に指先が触れる。指先が濡れている。……そうか。
 私、泣いていたんだ。

//.河城にとりの家

 かちゃかちゃ、と音。
 夜、灯を絞った寝室。かちゃかちゃ、と小さな音。
 傍らには眠る阿呼。布団から手が出ている。さっきまで、ずっと握っていた、小さな手。
 かちゃかちゃ、と音。
「…………ごめんな、気付いてやれなくて」
 呟き、謝る。かちゃかちゃ、と音。かちゃかちゃ、と音が響き、――――――――――途絶える。
 そして、呟く。何の感慨もなく、何の、感情も込めずに、呟く。
「完成」

 漆黒の、巨大な機甲弓。……名を、《射楯神》。
 けど、感慨を持たず作り上げた《射楯神》を片づけ、小さな手を握る。
 強く、……強く、この手の方が、大切だと、強く、手を握った。

//.河城にとりの家

「…………ん、……朝あ?」
 目を開ける。うむむ、そういえば、
 寝転がった記憶がない。座ったまま、だったような。
 けど、……ん、なんだろ?
 安心できる匂い、温かい感触。
 そして、さわさわと、頭に触れる、温かい手。
 なんだろう、……もっと、こうしていたい。
 このまま、もう一度、寝ちゃいたい。…………けど、
 起きたい、とも思う。起きて、そして、
 ぱちり、と目が開く。
「あ、……阿呼」
「おはよ、にとり。
 それと、ごめんね。やっぱり、見入っちゃった」
 目を開ける。そこには困ったように微笑む阿呼。そして、私は、……そか。
「文の家に遊びに行ったときと、逆だな」
 手を伸ばす。私の頭は阿呼の太ももの上に、手を伸ばし、阿呼の頬に触れる。
「うん、……えへへ、そうだね」
「眠れなかったか?」
「ううん、……えっと、僕も、ちょっと前に起きたばっかりなの。
 そしたら、にとり、僕の上で寝てたから、……えと、こっちの方がいいかな、って」
「うむ、そうだな」
 手を伸ばし、さわさわと、阿呼の頬に触れる。阿呼は嬉しそうに目を細める。そして、
「えへへ、よっ、と」
「わっ」
 阿呼に掴まって体を起こす。阿呼の顔が近づく、呼吸も感じられるほどに、
「えへへー、こっちの方が起きるのが楽なのだ」
「もう、そうならそうって先に言ってよ。
 びっくりしたよ」
 いいながら、阿呼は私の背を支えてくれる。至近で笑顔を交わす、もう、少し、…………

「ちわーっすっ!」「遊びに来ましたっ!」「おはようございますっ!」

 射命丸文、稗田阿求、東風谷早苗の突貫。
 そして、
「「「失礼しましたーっ!」」」
「ぎゃーっ!」

「ふふ、今日はたくさんでしたね。少し、準備が大変でした」
「二人で調理するには少し、狭いですからね。……まあ、仕方ないのでしょうけど」
 椛と白蓮が料理を並べる。そして、首を傾げる。
「ところで、文、何で縛られているのですか?」
「阿求さんも、………………し、趣味、ですか?
 ……わ、私は、仏教徒と、し、して、り、理解を、しよ……えと、…………努力は、……か、寛容、…………し、しますっ!」
 全く意味不明なことを言いながら、がくがくする青い顔の白蓮。
「違いますっ!」
 というわけで、水鉄砲で打撃して倒して縛った三人。
「まったくっ、なんでそんな風に人の家に突貫するのっ!」
「いいですか、にとりさん」
「なに?」
 阿求は真面目な視線を向ける。私は胡散臭さを感じながら問いかける。阿求は真面目に頷く。
「にとりさんが阿呼さんを美味しく食べちゃったらどうするんですかっ!」
 みずでっぽー
「あきゅっ?」
「で、……文?」
「スクープを求めるのは新聞記者として当然ですっ!」
 みずでっぽー
「あやっ?」
「…………早苗?」
「神勅ですっ!」
 みずでっぽー
「ひゃあっ?」
「そんなわけのわからん理由で突貫するなーっ!」
「まったく、言ったではないですか」
 やれやれ、と椛が溜息。
「言った?」
「どうせ人に見せられない状況になっているのですから、突貫したらにとりに怒られますよ。と」
 …………ぐあー
「も、もも、椛さんっ、そ、そういうんじゃなくてっ」
 あわあわと、阿呼が弁解する。椛は真顔で頷いた。
「阿呼、安心してください。
 私は気にしません。誰にでも大なり小なり他者に知られたくない事はあるのです」
「そうじゃなくてぇ」
「阿呼さんっ!」
「はいっ!」
 唐突な声に阿呼は背筋を伸ばす。私はそちらに視線を向ける。今度は顔を赤くした白蓮。忙しいな。
「い、いいですかっ!
 た、確かににとりさんと阿呼さんはとても仲が良くて、見ていて微笑ましいと思う事は多々ありますっ!
 けどっ! は、はしたない事とかしてはだめですっ! いいですかっ! 阿呼さんはまだ幼いのですっ、りょ、両者の同意があったとはいえ、そういう事はしてはいけませんっ!
 そう言う事はもっと大人になってからですーっ!」
「は、はいっ!」
「はいじゃないっ! そう言う事はやってないのっ!」
 によによ笑っている文、阿求、早苗を横目に怒鳴る。はいじゃないっ、そこはちゃんと否定しなくちゃだめだぞっ!
「あ、そ、そうだった。
 あの、白蓮さん、僕たちそういうことしてないからっ!」
「そ、そうですか。……それはよかったです」
 はーっ、と一息つく白蓮。
「それではさっさと食べましょう。
 今日は買い物をしたりと忙しいのですからね」
 最後、しれっ、と、椛が言った。…………絶対楽しんでるだろ、おまえ。

 ご飯を食べて、さて、
「それでは、行きましょうか」
 白蓮の言葉に阿呼と早苗が「「おーっ」」と応じる。
「大勢で買い物というのも久しぶりですね」
「そういえば、椛。哨戒は大丈夫だったの?」
 私の知る中で、この中でちゃんと仕事をしているのは白蓮と椛。白蓮は留守を任せられたらしいけど、椛は?
 椛は頷いて「まあ、哨戒って言っても大して意味もありませんし、押し付ける先はいくらでもいますから」
「…………あんた、真面目じゃないの?」
 問いに椛は心外そうに「真面目である事を自称した覚えはありませんよ」
 そりゃあ、そう言う人はいないと思うけど、……結構意外。
「まあ行きましょう。
 早くしないと日が暮れてしまいますよ? 今日はお弁当も持ってきているのですから、せめて沢で食べたいですね」
「あ、お弁当っ」
 阿呼が声を上げる。もともと、私の家でいつも通り食べるつもりだったのだけどな。
 ただ、お弁当、か。沢には座れる岩場もある。それも、いいかもしれないな。
「大丈夫です、阿呼さんっ!」
 阿求が胸を張る。……っていうか、人の事を散々体型貧相と言っておきながらあんたの方が貧相じゃないか?
「え? なにが?」
「私もお弁当、たくさん作ってきました。
 いろいろ楽しんでますからね。この位はお安いご用です」
「ほんとっ、ありがとっ、阿求ちゃんっ、椛さんっ」
「うむっ、ありがとうだぞっ」
 感謝の言葉に二人は笑顔。そして、
「…………私も作ったのだけど」
 文は小さく呟いた。
「文さん、ありがと」「ありがとな、文」
 だから思いのまま素直に感謝。そして、
「あ、……えと、」
「どうしたのですか? 文」
「あ、あやや、……いえ、そんな風に感謝してもらえるなんて思わなかったので、その、……えと、ど、どういたしまして、です」
「照れる文というのも新鮮ですね」
「う、うるさいわよ椛っ! いいでしょ別にっ!」
 うむ、と頷く椛の傍ら、いつもより少し大きめの声で怒鳴る文。
 そして、
「私、これから奇跡を起こしてお弁当を用意します」
 きりっ、とした表情で早苗。
「…………あの、早苗さん。……えっと、言っている意味が全く解らない、けど」
 同感だぞ。
「まあ、人数分はあるでしょう。
 早苗も、変な奇跡を起こさないでいいですよ。ろくな事にならなさそうなので、では、買い物に行きましょうか」
「…………はい、ごめんなさい。私、お弁当用意してませんでした」
「あーもうっ、しょげないのっ
 こっちが誘ったんだから、来てくれただけで十分有難いぞ」
「ありがとうございますー、にとりさーん」
「ひゅいーーっ!」
 いきなり抱きつくなーっ
「どうですか、阿呼。
 女の子同士が抱き合っているのはっ!」
 ひゅいっ?
「…………あ、……え、…………あの、……」阿呼はおどおどと視線を逸らして「は、はしたない事とか、だめだと、思う、よ」
「誤解だーっ!」
「は、は、はしたないのはだめですーっ!」
 白蓮爆発。とりあえず早苗を振り払って、
 みずでっぽー
「あやっ?」
「そういうんじゃないっ!」
「まあ落ち着いてください。
 それより、阿求と阿呼はどうしますか? 飛べないのですよね」
「はいっ」「あ、うん」
 あ、そうだ。阿求は頷いて、
「では、阿呼さんは白蓮さんに運んでもらっては?」
「ふぇ? なんで?」
「私ですか? 構いませんよ」
「阿求ー、なんで白蓮なのさー」
 私がいいのに、むぅ、と膨れる事を自覚しながら問う。阿求は真剣な表情で頷く。
「だって、白蓮さん胸大きいので衝撃とかの緩衝が」
「へ?」「あら?」
 二人の視線が「だから、阿呼は変なところ見るなーっ!」
 ぱーんち。
「にゃあっ?」
「じゃあ、阿呼はクッションのある白蓮として、阿求はどうしますか?」
「おいこらそこ、それで話進めるな」
 すっ、と話を進める椛を睨みつける。椛は心得ていると頷く。信用できない。
「阿求だったら文が風で打ち上げればいいじゃないか」
 ふんっ、と変な提案をした阿求に報復で変な提案をする。文はノリノリで団扇を取り出す。
「って、ちょっとちょっと待ってくださいっ!
 そんな事されたら私死んじゃう、墜落して死んじゃいますよっ!」
「大丈夫っ」文は団扇を素振りしながら「早苗が奇跡を起こしてくれるわよ。死なないような」
「へ? ……あ、はいっ、私頑張りますっ!」
「早苗さん、そんな事も出来るんだ。凄いんだね」
 きらきらと尊敬のまなざしを受けて早苗はノリノリで幣を取り出す。阿求慄く。
「どんな奇跡が起きるんですか?」
 首を傾げる椛。確かに、ちょっと興味があるぞ。対して、早苗は動きを止める。首を傾げながら、
「………………………………阿求さんが、鋼鉄になる、とか」
 すげー
「埋まりますね」「埋まるわね」
「そんな奇跡願い下げですっ!」

 というわけで、阿呼は私が背負う事になった。
「えっと、重くない?」
「ううん、全然大丈夫だぞ」
 というか、思ったよりも軽い。やっぱり、ちょっと頼りない感じ。
 けど、うん、
「温かいな」
「そう?」
「うむ」
 背中に感じる体温が心地いい。それに、
「阿呼、緊張しているか?」
「ふぇ? ううん」
「そうか? 結構どきどきしてるみたいだし、阿呼、不安だったらもっと強くしがみついた方がいいぞ」
 背中から鼓動が伝わる。
「えっと、ね」
「ん?」
 耳元で小さな声。
「凄く、にとりが近いから、だと思うの」
「…………う、……む。
 ま、まあ、大丈夫なら、よかった、ぞ」
 うう、今度は私が大丈夫じゃなくなってきた。
 と、ぎゅっと、私に回される手に力が入る。
「えっと、いいかな?」
「い、いい、ぞ」
 うむ、……ま、まあ、落ちたら危ないから、仕方ない、よな。

「到着っ!」
 ぶんっ、と幣を振り上げる早苗。
「ここは、私も来たことがないですね」
 白蓮に背負われていた阿求があたりを見る。白蓮も興味深そうにきょろきょろと、
「そうなの?」
「ま、わざわざ幻想郷縁起に書くような事でもないからな」
 山の一部だし、天狗様と私たち河童の生活圏だし、
「では行きましょうっ!
 あ、ここの甘味処、人里のとは少し違った面白い味付けしてますよっ」
「早苗、何をしにここに来たのですか?
 着替えを買いに来たのですよ。必要なところに行きましょう」
「あっと、そうでした」
 あっ、…………「えーと、な、椛」
「なんですか?」
 ちょっと前に、約束した事。
「ちょっと、寄り道していい、か?」ぽんっ、と阿呼の肩を叩いて「いろいろと手伝ってもらったんだ。だから、何か贈りたいんだ」
「あっ、私もいろいろ見て回りたいですっ
 少しでいいですからっ!」
「ふふ、私も一緒に行きましょうか」
 阿求と白蓮、ふむ、と椛が頷く。
「では、時間を決めて合流しましょう。
 三十分程度、各々見て回って、それから集まってみんなで服を見ましょうか」
「三十分、ですか」
 不満そうにあたりを見る阿求。けど、肩を落として、
「ま、仕方ないですね。時間も限られますし」
「そういう事です」

「えへへ、ありがとね。にとり」
「んー、お安い御用だぞー」
 笑顔の阿呼をぐしぐしと撫でる。ちなみに、二人きり、やった。
 白蓮と阿求は早苗の案内で見て回り、同行を申し出た椛は文が襟首掴んでどこかに引き摺って行った。
 ちょっと、椛が苦しそうだったけど、まあ、うん。
「じゃ、どこに行こうか?」
「うーん、……よくわからないから、いろいろと見て回ろ」
「うむっ、そうだなっ」
 阿呼と手を繋いで、私たちは一緒に歩き出した。

//.集落

「…………非常に悪趣味な気がします」
「……いや、結局一緒にやってるじゃない」
 店に隠れ、河城にとりと阿呼を追跡する影二つ。
 犬走椛と射命丸文、胡散臭そうな周りの視線もなんのその、片や呆れたように、片や楽しそうに尾行。
「まあ、…………ほら、親友の楽しみを脅かす不届き者を成敗する。
 そう考えなさい」
「そうですね。刀もありますし」
「………………椛、成敗って?」
「親友の楽しみを脅かす不届き者を介錯します」
「……介錯って、意味が違うと思うわ」
「文が不届き者を切腹すればあっています」
「…………それ、どっちかって言えば辻切り。椛まで妖夢みたいにならないでよ」

//.集落

「阿呼はどういうのが欲しい?」
 ふと、気になって聞いてみる。そういえば、こういう機会もなかったな。
 阿呼の好みとか、あんまり知らない。……むぅ。
 格好付かないなあ。
「んー、……よくわからない」
「そうなのか?」
「うん、あんまり意識してなかったの。
 にとりと一緒にいるのが楽しかったから、あんまり気にしなかったの」
「そっか、うりうりー」
「にゃっ? わっ、な、なに?」
 ぐりぐりと阿呼を撫でる。唐突な行動に阿呼は驚く。けど、いいのだっ
「一緒にいて楽しいって言ってくれるとすっごく嬉しいぞー
 うりうりー」
「わ、わっ」
 ちょっと周りからの視線が気になるけど、ま、いいよな。
「さて、それじゃあ、適当に見て回ろうなっ」
「うんっ」

//.集落

「本当に仲よさそうですね」
「……ちょっと、羨ましい、かも」
「そうですか?」
「そりゃあ、……まあ、私もああいう風に一緒に歩いてくれる男性とか、……その、欲しいな、って」
「自分で言って照れないでください」
「…………ほんと、椛と一緒だとこの手の話題は進まないわね」
「早苗となら話が弾むのではないですか?」
「早苗、………………いや、それはそれで、たぶん、大変ね」
「……これはちょっと隠れる場所がない、ですね」
「どんな商品見てるんだろ? 阿呼への贈物よね」
「にとりもいい提案をしますね。
 贈物も、いい思い出としてずっと大切にして欲しいです」
「阿呼ならにとりが驚くくらい大切にしそうね」
「確かに、そうでしょうね」
「けど、阿呼は何を欲するのかしら。
 なんとなく、にとりがいればそれで十分な感じだけど」
「…………同感です。それだと買い物も困るでしょう」
「椛、賭けない? 何か買うか買わないか」
「遠慮します。さすがにそれは下世話でしょう」
「まあ、確かにそうね。……っていうか、二人とも手、繋ぎっぱなしね」
「仲良しですね。いい事です」
「……いいなあ」
「………………文、私と手、繋ぎますか?」
「空しくなるからいい」
「そうですか、そうですね」
「あっ、何か手に取ったわね。椛、確認しなさい」
「はいはい、と。…………んー? 「なにしてるのよ、あんた達」」

//.集落

//.集落

「あ、あやややややーっ!」「貴女はっ!」
 不審者二人を見て、鈴仙・優曇華院・イナバは溜息。
「ただの客よ。だから刀構えないでよ」
 そして、刀を構える犬走椛を見て一歩退く。思い出すのは魂魄妖夢、辻斬りは一人で十分。
「なんであなたがこんなところにいるのよ?」
 射命丸文は警戒の視線を向ける。鈴仙はひらひらと手を振って「河童の道具とか、師匠が医療用具として使えないかって興味あるのよ。多少。で、私が時間空いたからちょっと見に来たわけ」
 因幡てゐの考えた口実を口にする。ふぅん、と二人は納得したらしい。
「で、繰り返すけど何してるのよ。貴女たち。
 傍から見てるとただの不審者よ」
「そ、そうでしたか?」
 目が泳ぐ文。波長を読み取るまでもなく、慌ててるのが解る。
 あれで隠れているつもりだとしたら幻想郷も平和ボケしてるわね、と。苦笑。
「で、尾行してるように見えたけど?」
「そ、そ、そんな事はないですよ?」「いえ、そういうつもりはありません、よ?」
「二人とも、私の能力忘れた? 波長読み取れば嘘ついてるのバレバレよ」
「ぐぐ、嘘発見器妖怪」
「能力の応用。変な事言わないでくれる?
 第一、話逸らそうとしないでよ」
「別にやましい事はしてないわよ。ねえ、椛」
「…………文」
 慌てて言葉を紡ぐ文と、対照的に肩を落とす椛。
 もちろん、鈴仙は二人が尾行している相手を知っている。そして、その事に対して問題視はしていない。
 けど、お互いに責任を押し付け合う二人に溜息。
「なんでもいいけど、――――」
 適当に会話を進めながら、店内の波長を調査する。そして見つける。軽い興奮気味にある甲高い波長。
 河城にとりと、そして、
 やっぱりね。
 それと似ていて、悲しいほどに違う阿呼の波長を拾いながら、鈴仙は一つの確信を得る。そして、願わくば、
「まったく、尾行とかいい事じゃないわよ。
 それに、二人とも下手すぎよ。どうせ友達を面白がって尾行しているんでしょうけど、ばれたらかなり気まずいわよ」
「「はいぃ」」

 願わくば、幸いでありますように、

//.集落



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