さて、人里で十分に遊んで、時刻は夕暮れ。そろそろ戻らないとさすがに危ない。
 その途中で零れた会話。そこで、白蓮がきょとんと、
「へ、飛ばなかったのですか?」
「え? にとり、飛べるの?」
「あ、あははは」
 不思議そうな視線を左右から受けて苦笑。まあ、そうだよね。
 白蓮からすれば非効率な事したわけだし、阿呼に至っては余計な疲労をさせちゃったわけだし、うむ、申し訳ない。
「えっと、ごめんな。阿呼。歩くのに付きあわせちゃって」
「あっ、ううん、いいよ。
 にとりと一緒に歩くのは楽しかったし、全然気にしないでねっ」
 慌てて手を振って言う阿呼。そう言ってくれれば嬉しいぞ。
「ふふ、阿呼さんも優しいのですね。……けど、どうしますか?
 帰り、歩いていきますか?」
「うむむ、……そろそろ日も暮れそうだからなあ」
 空を見る、徐々に赤くなる空。家に到着するころには辺りも暗くなっているよな。
 家の近くには沢がある。さすがに間違えて転ぶことは、……あ、あるかもしれない。
 飛ぶ方が時間はかからないし、だから。
「しょうがない。じゃあ、飛んで帰ろうか」
「はい、そうしましょう」
 だから、と阿呼に手を伸ばす白蓮の手に荷物を載せる。
「白蓮は荷物持って帰ってね」
 その選択をして私はどうなるか、どう思うか、解っていても、けど、絶対に譲らないぞ。
 だから、と私はきょとんとする阿呼の手を取って、
「それじゃあ、阿呼。しっかり掴まってるんだぞ」
「ふぇ? な、なに、に?」
「わ、私に決まってるじゃないかっ
 阿呼は飛べないんだから、仕方ないだろ」
 そう、仕方ない。……仕方ない、別に、それだけ。
「ほらっ、急いでっ」
 ぽいぽいっ、と白蓮に荷物を押し付ける。全部持っても白蓮は揺るがない、さっすが。……で、
「え、……えと、じゃ、じゃあ、失礼します」
 あーっ、照れるなばかーっ! こっちだって気になっちゃうじゃないかーっ!
「し、失礼じゃないの」
 おどおどと近寄ってきた阿呼。触れるか触れないかのところで止まる。だから、
「も、もっと、こうっ!」
 阿呼の腰に手を回して、一気に抱き寄せる。ぽふん、と、阿呼の体温を感じる。
「さ、さあっ、行くぞっ!
 ほらっ、阿呼もちゃんと私に掴まるっ!」
「う、うん」
 おずおずと私の背に回される手。これは、……な、なんか、…………ぬあーっ!
 仕方ない仕方ない、頭の中で何度か唱えて、では、
「帰宅っ!」
 一気に飛び出した。後ろ、くすくすと白蓮。笑ったこと許さぬ、後で愚痴決定。
「背負わないのですね。ほんと、可愛らしいというか、なんというか」
 先に言え、ばかーっ!

 終始笑顔の白蓮にはいろいろ言いたいことがある。けど、まずは、
「と、到着っ」
 歩くよりずっと早く到着。
「あ、阿呼もっ、到着したんだから離れるっ!」
 そのままでもいいけど、……じゃなくてっ、なんかもー、物凄い事になってる鼓動とか、それに妙に顔が熱い。
「あ、ご、ごめんねっ」
 謝らなくても、……そして、離れてしまった感触に残念を感じる自分を、頭の中で一発殴っておく。
「そ、それじゃあっ、おゆはんを作っちゃおうかっ!
 さ、気合いれて作るよっ」
「ふふ、いいですよ。私が作っても」
 くすくすと笑いながら白蓮。もちろん、最初、帰る前まではそのつもりだった。
 白蓮にいろいろいっておゆはん作るの押しつけて、阿呼と二人でのんびり待つ予定だった。けど、
「いいのっ、私が作るのっ
 阿呼っ、白蓮に家の案内しておいてねっ」
 そう言ってさっさと家に入る。……その、今、阿呼と顔を合わせるのは、ちょっと気まずい。
 耳まで真っ赤になっているのを感じながら、私はいっそのこと水でもかぶってしまおうか、とか本気で考えた。

「おーい、出来たぞー」
 開発室をうろうろしていた阿呼と白蓮に呼びかける。
「あ、はーいっ」「ふふ、では、行きましょうか」
 そして、居間へ。「にとりさん」
「んー?」
 なんだろ、振り返ると白蓮が笑顔で「阿呼さんですが、優秀な助手のようですね」
「ふぇ? そう」
 そりゃあ、優秀ですっごく有難い助手だけど、
「ええ、開発室の中、物が多いですけど阿呼さんはちゃんと把握されていましたよ。
 どのように使うかとかも含めて、……ふふ、少し意地悪な質問をしたりもしましたけど、ちゃんと答えてくれました」
「うんっ、にとりにたくさんいろんな事教えてもらったからっ」
 嬉しそうに胸を張る阿呼。
「まあ、教えはしたよ。けど、阿呼が頭いいっていうのもほんとの事だから、十分凄いよ。阿呼」
 うむ、私の自慢の助手だ。頭を撫でてあげると阿呼は嬉しそうに目を細める。
 ともかく、
「白蓮は、食べられなさそうなのがあったら残しちゃっていいからね」
 あんまり意識してなかったからね。普通に肉あるし、けど、白蓮は首を横に振る。
「大丈夫ですよ。
 せっかく作っていただいた物を残すのも不作法な事。それはいけません」
「…………緩いね」
「棄ててしまっては食材となった動植物にも申しわけありません。
 では、」
 手を合わせる。
「「「いただきます」」」

「あら、美味しい。
 河童の手料理は初めてでしたが、思っていたより美味しいのですね」
 意外そうな白蓮。
「うんっ、僕、にとりの料理大好きなの」
「おお、嬉しい事言ってくれるねえ」
 ぐりぐり撫でる。
「ええ、そうですね。……ふふ、これなら好きになる気持ちもわかりますよ。
 ただ、にとりさんが羨ましいですね」
「ん? 私がか?」
 なぜだろう、首を傾げる私と阿呼。
「いえ、美味しいって言ってくれる人がいて、……まあ、なんていうか、どうも、私の作る料理、味付けがすごく薄くなってしまうのです。
 星や一輪は何も言わず食べてくれていますが、ぬえや響子、小傘には味付けが薄いと不評なのです」
 ……まあ、仏教徒の作る料理なんてそんなものだけど、……あ、「マミゾウは?」
 外の世界から最近来た狸。どう思ってるんだろ? 外と比較して、
 問いに、白蓮は苦笑。
「感動していました」
「はあ?」「そうなの?」
 感動、……感動するほど美味しいって事? うーん、想像つかん。
「なんでも、外の世界では絶滅したような素朴の味わいとか、……私もよくわからないのですが、どうも、私の味付けは外の世界では幻想となってしまったようですね」
「……まあ、素朴、かあ」
 ほとんど味付けをしない。素材の味とか、素朴な味とか、確かにそういえるだろうね。
「ああ、そうそう。
 お邪魔させていただいている身なので、明日の朝食くらいは作ろうと思いますが、いいですか? そんな料理しか作れませんけど」
「私はいいぞー、阿呼は?」
「あ、僕も大丈夫。
 えと、お願いします」
 ぺこり、頭を下げる阿呼に白蓮は微笑み「あまり期待されても困りますけどね。では、明日の朝食は私が作ります」
「おーう、任せた」
「はい、任せられました」

 ご飯を食べたらお風呂。お布団の準備を阿呼に任せて、私は白蓮と一緒に入浴。体型豊満、阿求の言葉を一緒にお風呂に入る事でしみじみと確認。
 自分の体に視線を落とす。貧相、とまでは言わないけど、言わせたくないけどっ! ……ちょっと、さびしい。…………ぐぬぬ。
 まあ、それはそれとして、
「あのさー、白蓮」
「なんですか?」
「結局、なんで来たの?
 本気で山籠もり考えているなら、知り合いの天狗紹介するけどー」
 違うだろうな、と思って問うてみる。ちなみに紹介する天狗は……まあ、椛の方がいいかな、白蓮の事を考えれば。
「山を見てみたかったというのもありますけど、……やはり阿呼さんの事、気になるのです」
「知っている、ような気がする、だっけ?」
「はい。……ただ、有り得ないはずなのですよね。
 私は、千年近く前に封印されていますし、復活した後でしたら、人の知り合いは、幻想郷の人里にいる人ですから」
「確かにねえ」
「もちろん、本当に単純に私の錯覚、……だとは思うのですが、それを確認するためにも、寄らせていただきました」
「錯覚、だと思うのだけどねえ」
 というか、そうであって欲しい。白蓮の感覚が間違いでなければ、…………それなら、阿呼は、何?
 なにか、解らない。……けど、
 けど、…………「不安にさせてしまいましたか?」
 そこには、申し訳なさそうな表情の白蓮。
 困ったような問いに、私は意識して白蓮をまっすぐ見る。否、だって、
「たとえ、阿呼が人でなくても、それでも、私の大切な、」
 助手? ううん。
「大切な、友達だ。だから、何であっても関係ないよ」
「仙人や天人であれば、死神が派遣されますよ?」
「だったら何だい。
 たとえ、それが閻魔様の意志に背く事になろうとも、私は絶対に護ってやるんだ」
 傲慢というなら傲慢と言え、絶対に、手放してやるものか。
「……ふふ」
「何笑ってるのさ?」
 真面目な事言ってるのに、失礼なやつ。
「いえ、……すいません。ただ、少し羨ましくなりました」
「そう? なにが?」
「それは秘密です」
 白蓮は、澄ました表情でそう言った。

「あ、お布団、敷いておいたね」
「うむっ、ありがとな」「ありがとうございます。阿呼さん」
 寝室には川の字でお布団が三つ。……「あの、白蓮さん。よかった?」
「何がですか?」
「その、…………あ、あの、僕も、同じ部屋で、……あの、白蓮さんが気になるなら、僕、寝るの。開発室でも」
「私は気にしませんよ? なぜですか?」
 何を聞いているの? と、むしろ不思議そうに首を傾げる白蓮。…………ちょっと黙ってみよ。
「な、なぜって、……あの、僕、男だし」
「ああ、なるほど、大丈夫ですよ。
 阿呼さんがそんな事をする人とは思えませんから」
 まあ、確かにね。
「そ、そうなのかな」
「ええ、では、阿呼さんもお風呂に入ってきちゃってくださいね」
「はい、…………それでいいのかなあ?」
 ぷちぷちと呟きながら阿呼は風呂場へ。白蓮はそんな彼を見送ってくすくすと笑う。
「本当に、いい子ですね」
「いい子過ぎて、ちょっとどうかと思う時もあるけどねー」
「ふふ、そうですね。
 にとりさん、ちゃんと見守ってあげないと、悪い妖怪に攫われてしまいますね」
「……うわー、心当たりがある」
 によによと笑う文。……確かに、なんか、不安な。
「気を付けるぞー」
「ふふ、それがいいでしょうね」

//.河城にとりの家

 深夜、聖白蓮はそっと身を起こす。
 視線の先には二人、月明かりに照らされる寝顔。
 阿呼と河城にとりは向かい合って眠る。白蓮の視線はそのまま、阿呼の寝顔へ。
 幼い少年の寝顔。柔らかな寝息と、穏やかな寝顔。…………問う。
「なぜ、貴方がここにいるのですか?」
 当然、答えはない。……小さな呟きは白蓮自身にさえ届かない。
 最初は、錯覚と思っていた。けど、
 けど、否。自分は知っている。自分と同じ時に生きた者として、その名を知らない者はいない。
 だから、

『彼については不可侵だよ』

「っ?」
 耳元で語りかけられるような声。反射的に白蓮は視線を巡らせる。そして、
「貴女ですか」
 窓の向こうに、真紅の瞳がある。

「こんばんわ、里で、何度か会ったわね」
「ええ、確か、……永遠亭というところの薬師、でしたか?」
「残念だけどまだ見習いよ」
 応じて苦笑するのは鈴仙・優曇華院・イナバ。真紅の瞳を輝かせて白蓮を見据える。
 警戒がありますね、とその目を見て思う。そして、思い出すのは幻想郷縁起の、彼女のページ。
「それで、何か用事ですか?」
 軽く身構えて問う。すでに彼女の視線は自分を捉えている。
「私には用はないのだけどね。……困ったことに師匠も、
 けど、てゐと姫様が言うから見てたのよ」
 爛々と輝く紅の瞳が、白蓮を捉える。
「彼に余計な干渉をさせないようにしろ、ってね」
「まったくもって同感だ。月の兎。
 いや、ここは稲羽と同感だ、というべきかな」
「八坂神奈子」「神奈子さん」
 ふわり、と。家の上、一柱の神。
「まったく、諏訪子の阿呆を押さえつけてきてみれば、……月の兎と古い仏教徒とは、とんだ珍客がいたのものだね」
「彼こそ、珍客でしょ。霊夢が随分とかりかりしてそうだけど」
「そうでしょうね」
 白蓮は頷く。博麗霊夢の役割を考えれば、同情さえする。……とはいえ、自分にはどうする事も出来ないが。
「やはり、彼は「それ以上は言わなくていいよ。白蓮」」
 す、と鈴仙は指を向ける。必要ならば、いつでも撃ち抜く、と。
「……おや、鈴仙。
 君は、彼について知っているのかな?」
「一応ね。話だけは聞いているわ」
 だから、
「大人しく、何も言わないでいなさい。
 そうすれば、とりあえずは何もしないわ」
 神奈子も白蓮に視線を向ける。紅の瞳は爛々と輝く。…………溜息。
「解りました」

//.河城にとりの家

「はっ」
 起床っ! そして、
「えへへー、やった」
 にへら、と頬が緩むのを感じる。眼前にはまだ眠っている阿呼。
「かーわいーなー」
 その寝顔を見て呟く。……はっ?
 振り返る、白蓮はいない。ちょっと安心。耳を澄ませば朝食を作る音が聞こえる。
 …………さっきの呟きを聞かれるのは、ちょっと恥ずかしいぞ。
 よ、よしっ、……にへへー
 手を伸ばす。さわさわと撫でる。……あっ
「ふ、服は着ないとな」
 枕元にある服を手に取る。ごそごそと、音をたてないように気を付けて着る。ふぅ。
 さすがに、またやらかすのは、……非常に恥ずかしい。
「さ、さて、と」
 さわさわと撫でる。阿呼は、……「ってっ?」
 撫でる手を取って、って、そのまま布団の中に、
「ふわあ」
 阿呼の眠る布団の中、温かい。阿呼の体温を感じる。
「ん、…………ん、ぅん」
 そのまま、ぎゅっと抱きしめられる。
「う、……ぬ、抜けないぞ」
 け、結構強く握りしめられてる。下手に動かせない。……なにより、困ったことも、それでもいいかなと思っている自分がいる。
 それでも、ちょっと頑張って抜こうとしてみる、けど。
「………………ん、だ、だめ、……やだあ」
 阿呼は抵抗するようにさらに強くつかむ。離さない、と。
「え、えっと、……あ、あははは、こ、困ったぞー」
 どうしようこれ、……けど、ああもうっ、なんか顔が緩んでる気がするぞ。
 困ったなあ、と顔をあげる。窓の向こうでによによと笑う文と、によによと笑う早苗と目が合った。
「ひゅいーーーーーーっ!」
「どうしましたかっ!」
 包丁片手におさんどんさん姿の白蓮が現れた。そして、…………あ、
 じわじわと、その顔が赤くなる。その視線の先、阿呼の布団に手を入れる私。……や、やばいかも。
「そ、そういう事をしてはだめですーーーーーーっ!」
「にゃぁああっ!」
 阿呼が跳ね起きた。眉根を寄せる。
「すっごく耳が痛い」
 軽く頭を振りながら阿呼。うん、同感だぞ。そうこうしているうちにどたどたと侵入者。
「に、にとりさんが男の子にあんな事をするなんて、……私、びっくりしましたっ」
「いやあ、にとりん成長しましたねー
 お姉さんは嬉しいです」
 誰が姉だばか文。
「い、いいですかっ! にとりさんっ
 ああいう事は同意を、い、いえっ、まだ阿呼さんは若いのだから同意をしてもだめですっ!
 ま、ましてや寝こみなんて、そんなの、絶対に、だめですーーっ!」
 顔を赤くしてなぜか大変な事になってる白蓮。
「うむむ、……一体どうしたの?」
 こしこしと目をこすりながら阿呼。まだ眠そう。
「それはですねっ! 阿呼さんっ、なんとにと「やめいっ!」あぷっ?」
 みずでっぽー
 後ろに傾く早苗を不思議そうに見る阿呼。じとっ、と視線を向ける。文はそっぽを向く。
「えっと、……文さんと早苗さん、どうしたの?」
「っていうか何しに来たの? ……いや、言わなくていいから帰って」
「いえ、神奈子様が様子を見てくるように言いましたっ!
 これは神勅ですっ! 断固守らなければなりませんっ!」
「八坂様を信仰している山の天狗として、神勅は守らなければなりませんっ!」
「出てけばかーっ!」
 みずでっぽー
「わぷっ」「あやっ」
「っていうか、八坂様は何を考えてるのさっ!
 覗き見なんて、そんな事をさせる神様なんて信仰しないぞっ!」
「いえ、覗き見っていうか、…………その、単に神奈子様は様子を見てくるようにって言ってただけで」
「ふんだっ、覗き見するような巫女の祀る神様なんて信じられるかいっ」
「ああんっ、だ、だめですっ
 にとりさんも神奈子様を信仰してくださいっ! 信じる者は「足元を」救われるんですっ!」
「ああ、うん、今掬われたね。足元」
「文さんっ! 変なところで口を挟まないでくださいっ!」
 文はにやにやしている。
「あの、朝ご飯は? せっかく白蓮さんに作ってもらったんだし、冷める前に食べないと」
「ああ、そうですね。
 あとはよそるだけなので、少し待っていてくださいね」
「あっ、朝ご飯っ」「私の分はありますかっ!」
 はいっ、と手を上げる早苗と文。白蓮は困った表情。まあ、言うまでもないよね。
「二人にあるわけないだろっ、さっさと自分の家に帰って食べてくるか、部屋の隅で腹の虫鳴らしててよ。
 いこ、阿呼、白蓮」
「お、女の子に酷い事を」「そんなー」
 崩れ落ちる二人を無視して阿呼と白蓮の手を引っ張る。ふと、
「あの、結局、なにがどうしたの?」
「阿呼は知らなくていい事だよ」

「「ごちそうさまでしたっ」」
「はい、お粗末さまでした。
 ふふ、ちゃんと残さず食べてくれましたね。ありがとうございます」
「もちろんっ、白蓮さんのご飯、美味しかったよっ」
「ふふ、そういってもらえれば私も嬉しいです」
「うむ、たまにはこういう料理もいいな」
 たしかに、味付けは薄いけど、それはそれ、たまにはいい。……毎日だと、ちょっと飽きてくるかも。
 で、
「「おなかすきましたー」」
 部屋の隅でうずくまる二人。ってか、帰れ。

「あのさー、来るはいいんだけど、いや、よくないけど。
 来て何やるの? 私と阿呼だってやる事あるんだから、遊んでる暇ないんだよ」
 とんとん、と指でテーブル叩きながら軽い食事にがっつく二人を見つめる。……まあ、真顔でお腹の虫鳴らせてるところ見たら、ねえ。
 はあ、また近いうちに買い物行かないと、……
「いえいえ、神奈子様から様子を見てくるように言われただけなので、気にしなくて大丈夫ですよ」
「それがなんでなのさー
 八坂様はちゃんと信仰してるし、目ぇつけられるような事は、…………」
 ふと、思い出すのは阿呼と一緒に買い物に行ったとき、
 洩矢様の視線と、妙な態度の八坂様。「阿呼に、何か用?」
 声が沈んだのを自覚する。けど、構わない。
 もし、阿呼に何かするなら、八坂様であっても相手になる。
「え? えっと、わ、解らないです。
 本当に、神奈子様は見て来いって言っただけで、具体的には何も」
 私の声に反応したのか、早苗は慌てて首を横に振る。
 なにもない、かな?

//.河城にとりの家

「…………ほう、今度は山の巫女か。
 賑やかだな」
 不意の声に、鈴仙・優曇華院・イナバは振り返る。「物部布都、だっけ?」
「そうだ。
 我も見に来たぞ。……随分と和やかそうだが」
「ま、そうね。軽く一騒動はあったけど」
 取るに足らない騒ぎ、と鈴仙は気にしない。ただ、
「面倒よねえ。
 八坂の神様も、不干渉って事は同意したのに、なんでいきなりあんなの派遣するんだか。
 あの小娘。なにも解ってないわよ」
「仕方なかろう。
 あの巫女はお主と同様、直接的には関わりがないのだからな」
「…………隠然たる『もの』の血ね。
 本音を言えばよくわからないわ。姫様も、てゐも、なんでそこまで気を使ってるのか」
 もちろん、実害はある。あるいは、凄まじい破壊をあたりにばらまくかもしれない。
 けど、二人の気の使い方は、少し、それとは違う気がする。
 腫れ物に触るような気の使い方ではない。……巧い表現が思い浮かばないが、…………強いて言えば、綿月豊姫が綿月依姫に向けるような視線か。
 物部布都も、それは同じ、騒がしい家を見て微笑。
「使いたくなるのだ。彼には、」
 布都は、自らの手に視線を落とす。流れる『もの』の血を意識して、
「どうしても、な」

//.河城にとりの家

「へー、にとりさんの家の中ってこんなんですか。
 改めてみると面白いですねー」
 開発室の中をうろうろする早苗。
「まあね。……いいけど、あんまり変に触ったりしないでよ? ぐちゃぐちゃにされても困るんだから」
「物が多いですからね。
 どこに何があるか、ちゃんと把握しているのですから、にとりさんも阿呼さんも凄いです」
「私は自分の家だしね。そうでもないさ、長い間付き合ってるんだし、それより短時間で把握できた阿呼の方がずっと凄いぞ」
「えへへ、ありがと」
 照れたように応じる阿呼。本当に、凄いと思うけどな。
「阿呼さんってにとさんの助手さんなんですよね?
 にとりさん、どうですか? 阿呼さん」
「どうもなにも相当頭いいわよ。彼。
 私も新聞書く助手に欲しいくらい。阿求も目ぇつけてたしね」
 ひらひらと文が手を振る。残念そうに苦笑。
「もっとも、阿呼って凄くにとりに懐いてるから引き離すのは無理っぽいけどね」
「当り前だ。絶対に手放したりしないぞ」
 むんっ、と胸を張る。
「おお、阿呼さんもてますねー」
「もて?」
「…………人気があるっていう事です」
「そ、そうかな?」
「みなさんから必要とされているのはとてもありがたい事ですよ。阿呼さん。
 いろいろと言われて困る事もあるかもしれませんが、その事は感謝をしてもいいでしょう」
「あ、はいっ
 …………う、うんっ、文さんっ、応えられなくて申し訳ないけど、けど、来て欲しいって言ってくれて、ありがとうございますっ」
 ぺこり、と真面目に頭を下げる阿呼。
「あ、あやや、い、いえ、いいですよっ、頭下げるような事じゃないですっ
 いや、来て欲しいのは本音ですけど、それは私だけの都合であってっ」
「わ、わっ、凄いっ、あんな文さん初めて見ました」
「うむ、珍しいな。
 椛がいないのが残念だぞ」
「う、うるさいわねっ、いいでしょ別にっ!」
「ふふ、素直でいい子ですね」
 優しく微笑んで阿呼を撫でる白蓮。……むぅ、なんか面白くない。
「それにしても、阿呼さんもすっごい素直な子ですね。…………そっかあ、」早苗はどこか遠くを見て「もう、……素直な子って、幻想入りしたのですね」
「それはないと思うわ、いくらなんでも」
「…………って、阿呼っ、仕事ー」
「あっ、ごめんなさいっ」
「ふふ、頑張ってくださいね。
 文さん、早苗さんも、あまり二人に迷惑をかけてはいけませんよ」
「はーい」「気を付けます」

 かちゃかちゃ、と仕事を進める。その間、早苗と文、白蓮は雑談を交わし、こっちに話が向く事は少ない。
 ま、それはそれで集中できるからいいけどね。三人の雑談を聞き流しながら阿呼と言葉を交わし、作業を進める。
 スケジュールは思ったよりも順調に進んでいる。この分なら、明日か、明後日くらいにはとりあえず完成して、動作確認に移れる、かな。
 もちろん、それで終わりじゃない。動作確認で見つけた問題の修正の方が、開発より時間がかかる事さえある。……けど、
 一段落、その事を思う。
 だから、……その機会に、まあ、余裕があったら、だけどさ。
 椛とか、阿求も呼んで、みんなで、一日、遊ぼうかな。
 たぶん阿呼も喜んでくれる。私も、……まあ、文とか、いろいろ面倒なのも多いけど、それでも、私も、楽しいし。
 だから、言ってみよう、かな。

「にとり、そろそろお昼、作ろうか?」
「んー、……そうだなあ」振り返る「そっち三人はどうする?」
「あ、もうそんな時間でしたか」
 きょとん、と白蓮、気づいてなかったらしい、文と早苗もそれは同様。
「どうするって、食べてっていいの?」
 首を傾げる文に、大仰に溜息をついて「まー、いろいろあれだけと一応は客だからねー、後で食べた分持って来ればいいぞ」
「では、ご相伴にあずかりましょうか」
「はーい、私も食べますっ」
「私もいいですか?」
 はいはいはいっ、と三人手を上げる。「阿呼、どうしてそんな嬉しそうなの?」
「ん、皆で一緒にご飯食べるのも楽しいなって、思って」
「そうですよねっ、ご飯はみんなで楽しく賑やかに、これが一番ですっ!」
 びしっ、と拳を握る早苗に文がぱちぱちと拍手。白蓮は困ったように微笑んで、
「行儀悪い、なんていうのも無粋ですね。これだと」
「まあね。……で、誰が作る?」
「僕が作るっ」
 阿呼? なんか、いつもより楽しそう?
「え? 阿呼さん料理できるのですか?」
 不思議そうな早苗に応じるのは文で「結構上手よ。阿呼、いやあ、本当に我が家に一人欲しいわね。お婿さんにっ!」
「あ、あのー」
「だーかーらっ! 何がお婿さんだーっ」
 ぬがーっ! と、怒鳴ってみる文はけらけら笑う。まったく、
「ま、いっか。
 じゃあ、阿呼、お願いしていい? 大変なら手伝うよ?」
「あ、……う、うん。
 じゃあ、にとり、お手伝い、お願いしていい?」
 これも少し珍しい、遠慮するかなって思ったんだけどね。
 もちろん、断る理由はない。阿呼と一緒に料理を作るのも、楽しそうだぞっ
 意気揚々と二人で台所へ。……後ろから声。
「これは共同作業ね。一緒に家事をやりましょうってね」
「もはや新婚さんっ?」
「…………そ、それは突飛すぎるような」
 私は阿呼の背中を押して早足で台所に向かった。ほんと、……変な事ばっか言わないでよ。ばか。
「あ、あははは、もう、ばかな事ばっかり言うんだから、なー、阿呼」
「う、……うん、あ、あの、ごめんね。にとり」
 まったく、そこで謝るからだめなのだ。ぱーんち。
「いたっ?」
「もうっ、謝らなくていいのっ
 私だって阿呼と一緒に料理とか作りたいんだからな」
 それに、……うむ、なんとなく思いついたこと、想像したらそれはそれで結構むっとしたかもしれない。
「私だって料理できるんだし、それなのに私以外に手伝い頼んだら、私は寂しいぞ」
 …………たとえば、文と阿呼が並んで料理を作る。……その後ろ姿を想像したら、すっごいむかむかしてきた。
 だから、
「一緒にやろうなっ、阿呼っ
 そっちの方が速くできるし、それに、きっと楽しいぞっ」
「うんっ、一緒にやろうっ、にとりっ」

「…………私、恋人いないです」
「…………奇遇ね。私もよ」
「あ、私は仏に仕える身ですから」
「「……………………」」
「なんですかっ! その、逃げるな卑怯者とか言いたそうな顔はっ!」

「出来たよー」
「おおっ、美味しそうですねっ」
 早苗は早速喝采。うむっ、結構頑張って作ったからな。
「あや? 豪勢に作ってくれましたね」
 意外そうに文。もちろん、最初はそんなつもりなかったんだけどなー
「あら、ほんと美味しそう。
 にとりさんも、阿呼さんと一緒に作るという事で、いつもより頑張りましたか?」
「ありゃ、ばれちゃった」
 苦笑、そりゃあ、隣に阿呼がいるんだもん。いつもより気合入っちゃうよな。
「こんな美味しそうなご飯を食べさせてもらえるのなら、ふふ、そうですね。
 今度遊びに来るときは、いろいろとお土産を持ってきましょうか」
「うむっ、期待しているぞっ」
 さて、みんなで椅子に座る。さすがに少し手狭だけど、ともかく、
「「「「「いただきます」」」」」
 みんなの声が綺麗に重なる。思わず、顔を見合わせて笑った。

「あ、そうだ。
 そろそろ開発終わりそうなんだけど、終わったらこの辺でみんなで遊ばないか?」
 そういえば、思い出して早速提案。応じたのは早苗で、
「この辺って、沢のあたりですか?」
「んー、うん。
 まあ、あんまり天狗様の領域にまで行くのもあれだしな」
「気にすることはないけど、あ、けど沢もいいわね。涼しそうで、
 私は賛成っ、一緒に遊びましょう」
「あ、文さん、椛さんもっ」
 慌てて手を上げる阿呼に文は苦笑「もちろん、誘っておくわ。椛も喜ぶでしょうし」
「あ、私もいいですか?」
「いいんだ。少し意外」
 そっと手を上げた白蓮。仏教徒だから遊ぶとか、忌避感あると思ったんだけどなー
「ふふ、いつも遊びほうけるわけにはいきませんけどね。けど、たまにはいいかなって思ったのです」
 少し悪戯っぽく笑う白蓮。結構意外な側面。
「うーん、……沢だと、水着とか必要かな。…………あったっけかなあ?」
「あ、そういえば濡れちゃうかもしれないな」
 あら、と白蓮が首を傾げる。けど、
「ふっふーん、甘いですよにとりさんっ! にとりんっ!」
「…………繰り返すな」
「そういえば、着替えも必要だよね」
「濡れて服とか透けてもいいじゃない。ねえ、阿呼」
「ふ、……え? …………す、透けて、って」
 あーあー
「うわあ、凄い。……こんなに赤くなるんですねえ」
 普通に驚く早苗。うん、私もちょっとびっくり、で、
「そ、そういう事をしてはいけませんっ!
 いいですかっ! ふ、服が、す、透けてだなんて、そんなの良くありませんーっ!」
「白蓮、うるさい」
 隣で怒鳴らないでほしい、すっごく。
「はっ、……あ、すいません。にとりさん」
 文はにやにや笑っている。溜息。私は自分の服を示して、
「私たち河童の服は水はけいいし、そんな風にはならないよ。
 遊びに行く前にちょっと買い物に行こうか」
「あっ、いいですねっ
 午前中はみんなでお買い物、午後は外で遊ぶってすっごい楽しそうですっ」
 適当にした提案に乗り気な早苗。……けど、そっか。
 そういうのも、楽しいかもしれないな。
「河童さんの服が手に入るお店があるのですか?」
「うん、もうちょっと上に行ったところ、山の中腹辺りに天狗様と私たち河童が共同でやってる小さな集落あるんだ。
 そこに店がたくさんあるから、いろいろ買ってるよ」
「河童さんが作った変な機械があったりするから楽しいんですよ。そこ」
「変なというな、失礼だぞ」
「うんっ、僕も早苗さんに案内してもらってみたけど、すっごく面白かったよ」
 はいっ、と阿呼が言う。白蓮は微笑んで「それは、ええ、お買い物も楽しそうですね」
「あ、じゃあ、阿呼。
 今度行ったときに何か買ってあげようか?」
「わっ、いいのっ!」
「うむっ、阿呼にはいつも助けられているからな。
 この程度はお安い御用だぞ」
「ありがとっ、にとりっ」
 にこっ、と笑顔。……うん、阿呼の笑顔が見れたなら、安いものだぞ。
「あっ、私にも何か買ってくださいっ」「私もっ、にとりさんに何か買って欲しいですっ」
 はいはいっ、と手を上げる早苗と文。うん、私は笑顔で「ふざけるな」
「「ですよねー」」
 がっくりと二人は肩を落とした。



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