「ごちそうさまでしたっ」「お粗末さまでした」
 お昼を食べ終わって一声。うむ、今日も美味しかった。
「ありがと、美味しかったぞ。阿呼」
「どういたしましてっ、……うん、やっぱりそう言ってくれると嬉しい」
「よしっ、じゃあ、お昼寝したらまた頑張るぞっ
 今日と、明日頑張って明後日はお買い物とかでお休みな」
「はいっ、……あっ、じゃあ、にとりっ」
「んー?」
「また、椛さんとかと一緒にみんなで遊びたい、な。
 あの、……だめ?」
 どうしようかな? ……それもいいけど、けど、「いいけど、交換条件」
「な、なに?」
 それはいい、なんだかんだ、いろいろ疲れる事もあるけど、みんなと遊ぶのは楽しい。
 けど、阿呼が誘うっていうのは、ちょっと面白くないかも、だから。
「また、私と二人で一緒に遊ぼう、な?」
 みんなと遊ぶのもいいけど、また、二人で遊びたい。
 小川で、冷たい水の流れを感じながら、二人で一緒に遊びたい。
 いつか、初めての友達とかわした約束のように、
 また、二人で一緒にあそぼうね。と、
「うんっ、もちろんっ」
 阿呼は、懐かしい笑顔で言ってくれた。

 お昼ご飯を食べたらお昼寝。布団を適当に引っ張り出して、ころん、と阿呼と寝転がる。
「うに、……ふぁー」
「眠そうだな?」
 ころん、寝転がって阿呼を覗き込む。阿呼は「うむむ」と小さく呟いて、
「ご飯食べて、寝転がると眠くなるよねえ」
「そうだなー」
 と、言いながら、実はあんまり眠くない。眠そうな阿呼を見ているのも面白い。
 だから、さわさわ、と阿呼を撫でる。
「ん、…………にとり」
 阿呼はうつらうつらと手を伸ばして、
「あ」
 私の手を握った。そのまま、幽かな寝息。
「…………もう、しょーがないな」
 私の手を握る阿呼。その手に力はない。寝ているから当たり前。だから、
 私は阿呼の手を握りしめる。眠りを妨げないようにそっと、けど、離さないように強く。
「おやすみ、阿呼。
 いい夢を、見ような」

//.河城にとりの夢

 とんっ、とんっ、と手を繋いで水の中を駆け回る。
 手を握る男の子は水に足を取られながら、けど、一生懸命についてくる。
 そんな事が嬉しくて、笑顔で駆け回る。ただそれだけの事、なのに、一緒にいるから、楽しくて、
 とんっ、と。手をつないだまま小川を駆ける。ぱしゃっ、と音。
「お、……わっ、っとっ」
 ばしゃっ、と遅れて音。姿勢を崩しかけて両手を広げてふらふらしている。……けど、「よ、っとっ」
「おお、今日は転ばなかったなっ」
 いつも、転んで水浸しになってた。そんな姿を見て笑って、笑ってる私を見て頬を膨らませて、けど、結局一緒に笑ってた。
 けど、
「えへへー」胸を張って「いつまでも転んでなんかないよっ、僕だって、えっと、少しくらいは、鍛えてるんだからっ」
「どうだろうねー」
 胸を張る。その姿はまだ細い。ずっと勉強ばかりしていた。そんな事を言ってたっけ?
 姓に刻み込んだ誓約を果たすために、……けど、幼い彼はその意味は解らず、ただ、辛い毎日を送ってたって、
 だから、今は、
「よーし、それじゃあ、もっと奥までいくよっ
 ついてきなっ」
 手を繋いで、言葉を交わして、笑顔で、
「うんっ」

 梅の香る小川で、二人で一緒に遊んでいた。

//.河城にとりの夢

「おはよ、にとり」
「んー?」
 ありゃあ、いつのまにか寝ちゃったかあ。
 見ると、そこにはにこにこと笑っている阿呼。…………「うむー?」
 眠い。けど、阿呼の笑顔。何か面白い事があったの?
 なら、私も知りたい。
「どしたー?」
 だからぼんやりと問う。……そして、声。
「にとりの寝顔、可愛いな、って」
 ………………………………ふぇえあ?
「あ、……って、にとり?」
「……ば、ばかーーーーーーーーーーーーーーっ!」

「もうっ、女の子の寝顔を見るなんて最低だよっ」
「えっと、ごめんね。にとり」
 手を合わせる阿呼。けど、簡単には許してやるものか、……その、女の子の寝顔を見るなんて、…………ま、まあ、私も阿呼の寝顔みてたけど、さ。
 それとこれとは話は別っ!
「反省した?」
「…………………………」
 なんで沈黙「阿呼ー、返事は?」
 不審を感じて覗き込む、阿呼は視線を逸らす。あやしい。
「あ、……あの、ごめんなさい」
「え? 謝るの? なんで?」
「うん、…………その、反省はします。
 けど、にとりの寝顔、すっごく可愛かったから、また、見ちゃうかも、……」
「む、……ぐ」
 じわじわと、また顔が赤くなるのを感じる。……特に、
「か、可愛い、って? その、……わ、私、が」
 まったく意識してなかった。
「う、うん、……僕は、そう思う、けど」
「あ、あははは、……まあ、文とかも、結構綺麗だし、え。えと、その、」
 ……うう、言葉が出ない。可愛いなんて、初めて言われた、し。
 どうすればいいんだよー? もう、……阿呼のばか。
「そんな、べつに比べなくてもいいと思うよ。
 文さんも椛さんも綺麗だと思うけど、けど、それとは関係なくて、にとりは可愛いって思うよ」
 熱に浮かされたように、私を見て一気に言葉を紡ぐ阿呼。真摯な瞳は嘘を否定する。本当に、
「…………ばか」
 視線を逸らして、小さく呟くだけで精一杯だった。

 午後も、十七時までは仕事をする。という事で合意。うん、やっぱり一時間くらいは外で一緒に遊ばないとなっっ
 だから、かちゃかちゃと仕事を続ける。
「にとりー、そろそろ螺子とか足りなくなりそう。
 早めに買いに行く?」
「うーむ?」
 そういえば、まだ組み込まないといけない部品はあるし、ケースを止めるにも螺子が必要。
 もう少し、っていうところで螺子がなくなったから出来ませんでした、っていうのはちょっとね。
「前になくなりそうだった針金もあるし、……どうかな?」
「よし、それじゃあ、ちょっとお買い物に行こうか」
「うんっ、……えっと、人里?」
 問いに、私は否定する。
「ううん、」ぴっ、と上を示して「すぐ近く、山の中腹さ」

「ふぁー?」
 阿呼は興味深そうにあたりを見る。辺りには河童と天狗、それと妖精らしいのとかがいろいろといる。
 妖怪の山中腹、河童や天狗様の店が立ち並ぶ。河童は沢で暮らしている。だから、まとまった商店街は作れない。天狗様も河童の道具は使っているから、折衷という事で、中腹に天狗様が土地と建物を用意して河童の道具を並べた店がある。
 ちなみに、ここから上は天狗様の領域。基本、私たち河童は近寄らない。…………まあ、八坂様の神社に参拝に行ったり椛と大将棋をしに行ったりで結構行ってるけどね。なんだかんだで、
「凄いねー」
「阿呼は初めてだもんね。……あ、そうだ。
 一応、私から絶対に離れちゃだめだぞ? 天狗様に攫われちゃうかもしれないんだからな」
 具体的には文。主に文。
「う、うん、じゃあ、」す、と阿呼は手を出して「手、繋いでいい?」
「…………う、うん」
 し、仕方ないよな。離れちゃいけないんだし、そ、そういったのは私、なんだし。
 頭の中でによによ笑う文。その笑顔を振り払う。うむ。
「じゃ、じゃあ行こうかっ」
「うんっ」
 ぎゅっと手を握って、ちょっとわざとらしいくらい声を上げる。びしっ、と空いた手で前を示す。
 阿呼は笑顔で頷いた。

「けろけろ」

「あ、……洩矢様?」
「やっほ、にとり。
 前は早苗がお世話になったねえ」
 山の神様。洩矢様。彼女はけろけろと笑いながら、……けど、
 いつかの霊夢を思い出す、あるいは、全然違う。
 どろり、と濁った眼で阿呼を見る。まっすぐに、
「洩矢様?」
「にとり。そっちの男の子はだあれ?
 あっ、もしかして恋人とか? もー、にとりも隅に置けないなー」
 茶化す口調でけろけろと笑う。けど、その瞳は、底なし沼のような瞳は、阿呼を捉えて離さない。
「いいよねー、そういうの。
 聞いてよー、早苗ってば全然そういうのないんだから、神奈子はそれはそれで安心しているみたいだけど、やっぱ女の子なら恋愛の一つは二つしないとねー」
「い、いや、そういうのじゃ」
「違うの? なんだ。
 仲よさそうに手ぇ繋いでるからてっきりそういうのかと思ったよ。それなら早苗も少しは、なんていうかな? 危機感? 恋人作らなくちゃなー、的な発想持つかなって思ったんだけど」
 けろけろ、と楽しそうに笑いながら、どろり、底なし沼のような瞳で阿呼を見る、ひたり、と。どれだけ私と言葉を交わしていても、視線は阿呼から離れない。
「でさ、君。」
 濁った瞳を阿呼に向けて問う。祟り神、と、その意味を強く思う。
「おなま、あがっ?」
 問い、その前に直上から叩きつけられた物、御柱。
「すまないね。にとり。
 諏訪子がいらんことしたみたいだね」
 からから笑う「八坂様?」
「ん、」八坂様はずさんに洩矢様を拾い上げて、適当に担いで「そっちの君も、楽しんでいきなさい。……と、そうだ。早苗ー」
「あ、はいーっ」ぱたぱた、と早苗は駆け寄ってきて「あ、にとりさん? ……ふぇ?」
 固まった。
「じゃあ、早苗。二人を案内してあげなさい。
 ではっ」
 ちゃっ、と手を振って八坂様はさっさと飛んで行ってしまった。
「な、なんだったの?」
「さぁ?」
 私も聞きたい。っていうか、案内とかいらないんだけど。
 きょとんとしている私と阿呼。と、早苗が硬直から、……なにか、かたかた震え始めた。
 そして、びしっ、と阿呼を示す。
「にとりさんが人間の男の子を美味しく食べちゃうなんてーっ!」
「なわけがあるかーっ!」

//.守矢神社

「痛い痛い頭が痛いこのばかなこー」
「なにがばかなこだ?」
 べしっ、ともう一度頭を叩く、叩かれた方は不満そうに唇を尖らせる。
「なにすんのさー」
「なにする、……わざわざ聞く必要あるの?」
「ああ、あの子の事?」
 す、と声の温度が変わる。祟り神。その名の通りに、
「ちょっとちょっかい出したかったのさ。
 いいじゃない、別に」
「よくない。
 あの子に手を出すな。出すのなら、また封印するよ?」
 ぱんっ、と手を合わせる。先手必勝。周囲に四本の御柱。
 必要なら、間違いなく封印するだろう。その理由は解る。……けろけろと、汚泥のような瞳、感情の亡い無機質な瞳、祟り神の瞳を向けて笑う。
「まあ、気持ちはわかるかな、保護したくなる、ね。
 なにせ、……同類だもんね。ねえ、神奈子」
 洩矢諏訪子と、八坂神奈子と、……意味は違えど、同じ穴の貉。
「ふん、そういう事だ」
 面白くなさそうに呟いた。

 その胸に、押し隠すのは郷愁。
 
//.守矢神社

「そんなあ、……にとりさんに彼氏がいるなんて、………………私、だめかな」
「知るかい、そんな事」
 っていうか、彼氏じゃないし、だめかどかどうでもいいし。っていうか、だめっぽいし。
「えっと、あの、」
「阿呼。こっちの娘は東風谷早苗。この山の山頂にある神社の巫女。早苗、こっちは私の助手の阿呼」
「へ? じょしゅ? 助手ってなんですか?」
 すっごい事と聞かれた。
「え、えっとね。
 にとりの、開発のお仕事を手伝う人」
「いや、説明しなくていいよ」
「あ、そうなんですか。
 すっごくびっくりしました」
 それはそれですっごく心外だけどね。
「っていうかさ、早苗。案内とかすっごくいらないから、さっさとどっか行っていいから」
 しっしっ、と手を振る。………………なに、その好奇の視線。
「ふっふーん、だめですー
 私には神奈子様からにとりさんの案内を頼まれた大義名、……じゃなくて、…………えっと、……し、神勅があるんですー
 案内してあげますー」
 そのドヤ顔「すっごい鬱陶しいんだけど」
 っていうか、あれが神勅か? ……まあ、神勅なのかな?
「さあっ、行きましょうっ!」
 意気揚々と歩き始める早苗。どうしたもんかなあ、と首を傾げる阿呼。……もう、二人きりがよかったのにっ!
「もう、どっか行けーっ!」

「…………私、疲れたよ」
「あ、あははは、…………はあ」
 家に到着して、私と阿呼はがっくりと崩れ落ちた。もう、早苗、疲れた。
 度重なる追求、振り回される私たち、文みたいに口が巧いわけではなく、椛みたいに切れ味の鋭い言葉じゃない、ひたすら手数で攻めてくる早苗の追及。もう、疲れました。
「ご飯食べてきてよかったねえ」
「うんー」
 たはは、と苦笑しながら言う阿呼に私は頷く。阿呼の手料理もいいし、阿呼に作ってあげるのもいい。けど、……疲れました。
「お風呂、阿呼、先に入っちゃなよ」
 その間に布団の準備をして、……ちょっと面倒だけど、阿呼も疲れてるみたいだし、まあ、仕方ないか。
「ん、だめ。にとりが先に入っちゃって。
 僕、お布団敷いてるから」
「ぐあー、……押し問答の流れだー」
「だってにとり強情なんだもん」
「それは阿呼だぞー」

 はあ、結局私が先に入る事になった。ほんと、阿呼は強情で困る。
「気にしてなんて、ないのに」
 ちゃぽん、と温かい湯に寝転がる。温かい、じわじわと、疲れが取れるのを実感する。
 けど、……えっと、彼氏、だっけ。
 どうなのかな、と湯船につかりながら自問する。
「好き、……なのかな」
 言葉にしてみると、……やっぱり、よくわからない。
 大切だと思ってる。傍にいたいとも、…………ずっと、一緒にいたいとも、
「それが、好き、っていう事なのかなあ?」
 よくわからん。

「ふぁあ、……うぅ、眠い」
「はいはい、さっさと寝ちゃいなよ」ころん、と寝転がって阿呼の方を向いて「無理しないでさ、明日も頑張らなくちゃいけないんだから、な?」
「うん、…………だけど、もうちょっと、お話したいな、って」
 そういってくれると嬉しい。私も、阿呼とお話するの、楽しいから。
 ……けど、手を伸ばす。ぽんっ、と阿呼の布団を軽く叩いて、
「私も同じ、けど、それよりも明日早く起きて、それでお話しような。
 そっちの方が、ちゃんと目も覚めて、もっとたくさんお話しできるから」
「…………う、うん」
 だから、
「おやすみ、阿呼」

//.阿呼の夢

 ぱちゃぱちゃと、小川に足をつけて、僕と友達は河原の岩に座る。
 小川を駆け回るのも楽しいけど、こうやって一緒にお話をするのも、楽しい。
 語られる言葉、それは、聞いたこともない神様の名前。
 初めて聞いた、名前。……たくさん勉強したのに、知らない事があるのが少し悔しくて、そんな事を知っている友達が、また、凄いなあって思った。
「うむっ、……えっと、私たちがこっそりと祀ってる神様なのだ」
 神様? 神代のお話は一通り頭に入っている。けど、やっぱり知らない神様。
「どんな神様?」
 だから興味がある。友達のお話を聞きたくて、知らない事、新しい事を知りたくて、少し近寄って、
「え、えっとだな」
 どんな神様? その問いに答えようとして、首を傾げて、
「えっとお、鉄を食べる、……じゃなくて、鉄を生み出す、神様、だったかな。
 よく覚えてないっ!」
「あ、じゃあ、鉄の神様なんだねっ」
 鉄、とその言葉を思い言う。友達は「うむっ」と胸を張る。
「えと、……えっと、…………そうだっ
 山よりおっきくて、すっごっく強い、……えと、なにかと戦ったのだっ
 あ、あと、それと、……え、えっと、偉い神様に、怒られて、…………うーん、と?」
「山、……ふぁ、凄いんだね」
 想像できない、友達は手を大きく広げる。すっごく大きい、のかな?
「偉い神様。……えっと、……皇祖神?」
 思いつく偉い神様。あとは、別天神、かな?
「ううん、違うよ。
 …………うぅう、ごめんな。よく覚えてない」
 しゅんとしちゃった。そんな表情、見たくない。大好きな友達には笑っていて欲しいから、慌てて、
「い、いいよっ、大丈夫っ
 けど、僕知らなかった、物知りなんだねー」
「ふふんっ、どんなもんだいっ」
 むんっ、と胸を張って得意そうな顔。うん、しゅんとしているよりは、全然そっちの方がいい。
 あ、けど、
「あの、……よかったの?」
「ん、なにが?」
「こっそり、祀ってるって、秘密にしてるんだよね?
 それを、教えちゃって」
 不安を思って問いかける。秘密に関しては、厳しく教えられていたから。
 それを破ったら殺されてしまうかもしれない。そう、教え込まれていたのだから。
 だから、不安になる。大丈夫なのかな、って。
 友達が、大好きな友達が酷い目に遭うのは、絶対に、いやだ。
「んー、……まあ、こっそりと祀ってはいるけど、」
 そして、友達は、にっ、と笑って、
「私の友達だからいいのだっ
 あ、けど、教えた事は、二人だけの秘密だぞっ」
「えっと、」
 そう言う事じゃない、と思うのだけど、…………けど、
「うんっ、二人だけの秘密だねっ」
 二人だけの、……そんな、秘密の共有が嬉しくて、僕は笑った。

//.阿呼の夢

 そして、今日は人里に行く日。買う物のメモはおっけ、ならば、
「よしっ、人里に出発するぞっ」
「おーっ」
 びしっ、と人里の方を示す私と、手を振り上げる阿呼。
 そして、前と同様、手を繋いで歩き出す。阿呼は飛べないから仕方ない。
 いや、それはそれでいい、かな? うーむ?
「どうしたの? にとり」
「ひゅいっ? あ、いや、なんでもないぞ。うん」
「そう? 何か悩んでたみたいだから、……あの、にとり。
 もし悩みがあったら言ってね。僕、にとりの助手なんだから、出来る事なら、何でもするからね?」
 じっと、真摯な瞳。……溜息、まあ、いっか、ってね。
「んー、人里遠いなーって思ったんだけど、それでもいいかな、って思えてきたよ」
「そう? けど、うん、遠いよねえ」
 いつもなら飛んでいくからあんまり気になる距離じゃないけど、改めて歩くと結構遠い。
 それでも、
「だって、阿呼とゆっくりお話する時間が出来るからさ。
 時間かかるけど、その分たくさんお話しようなっ」
「あ、…………う、うんっ」
 さわさわ、と流れる沢に沿って、阿呼と二人、手を繋いでゆっくりと歩く。
 天気は晴、天頂には綺麗な太陽が輝いている。
 暑くない。日差しは木陰に遮られ、傍らに流れる沢は心地よい涼気をくれる。繋いだ手は暖かくて、交わす言葉は楽しくて、…………どうしたもんだろうな。
 到着しなくていい、ずっと、ずっと、こうして、一緒に歩いていたいな、なんて思っちゃうなんて、

 なんて事を考えていても、結局人里に到着。なんか、
「あれ? もう到着しちゃったんだ。
 あっという間だったね」
「そうだなあ」
 時計を見る必要もなく、太陽を見ればそれなりに時間が経っていることはすぐ知れる。……けど、感覚的にはあっという間だった。
「こんな事にとりにいったら怒られるかもしれないけど、もっと時間かかってもよかったなって、にとりとお話してるの、すっごい楽しかった」
「うむ、実は私も同感だ」
「あ、そうなんだ。困ったねえ」「困ったなあ」
 お互い苦笑を交わす、時間がかかっていいはずなんてないのに、それを望んでしまったのだから、ほんと、困ったものだ。
 そして、人里へ。……うーむ。阿求に挨拶すべきか。
 また、いろいろ突っ込まれそうだなあ。……けどまあ、それならそれでもいいかな。
 そんな事を考えながら阿呼と人里を歩く。つらつらと、さて、どこで遊ぼうかな、…………なんて、そんな事を真っ先に考えてる自分に苦笑。やる事は買い物なのにな。
 まあでも、まずは霧雨道具屋かな、と思って歩き出す、と。
「こんにちわ、にとりさん」
「ひゅい? あ、白蓮」
 この近く、命蓮寺の住職。彼女はいつも通り穏やかな笑顔で一礼して、「…………あら? そちらの方、お会いした事はありましたか?」
「ふぇ? 僕?」
 白蓮は不思議そうに阿呼を見る。けど、
「え? あ、……ううん、ない、と思うよ」
「えっと、白蓮。
 彼、阿呼っていうんだけど、なんでも自分の素性に関する記憶がないみたいなんだ」
「そう、……でしたか」白蓮はおっとりと首を傾げて「いえ、すいません。私の錯覚でしょう。最近まで封印されていたのですし」
 すいません、と困ったように白蓮が言った。…………で、
「なんでついてくるかなー?」
「いえ、いいじゃないですか」
 なぜかついてくる白蓮。
「私も暇ですし、いい機会です。
 にとりさんの家、興味があります」
「え? 家まで来るの? すっごいやめて欲しいんだけど」
 嫌そうな表情をしても白蓮は鉄壁の笑顔。
「そうですね。では、荷物持ちくらいはしましょう。
 魔法は得意です。いくらでもお任せください」
 むんっ、と胸を張る白蓮。まったくそういうのじゃない。

//.迷いの竹林

「こ、のおおっ!」
 藤原妹紅は手に宿す火炎を解き放つ、が。
「はっ」
 竹林を滑空する物部布都はその炎熱を回避、そして、「喰らええっ!」
 平瓮を投擲、乱立する竹を旋回しながら妹紅に向かう。
「なめるなっ!」
 たんっ、と地面だけでなく、竹さえ足場に跳躍を繰り返す、飛翔さえ交えた立体的な挙動をもって、かろうじて、平瓮の猛撃を回避。
 避けきった。追撃前に体勢を立て直す、そのために地面に降りようとして、
「つっ!」
「逃がすかっ!」「まだだっ!」
 条件反射で、再度、竹を足場に跳躍。無理な動きに足が悲鳴を上げる。直後、足場にした竹が雷撃に断ち割られる。
「なんなんだよお前らはあっ!」
「安心せよっ! 手加減はしてやるっ!」「もともと、倒す事が目的でもないしねっ!」
 そして、再度妹紅を雷撃が襲う。
「甘いんだよっ!」
 後ろに跳躍。眼前を雷撃が叩き砕く。が、
「甘いのはそっちだっ!」
 ばちっ、と音。違和感を感じて振り返る。直後、
「いっけっぇぇええええええっ!」
 後ろ、全周囲を囲むように、雷撃が走る。落雷ほどの一撃ではなくとも、走り続ける紫電は妹紅を拘束し、
「しばらくは人里に行くことを許さんっ!
 これも太子様の命故っ! 覚悟せよっ! 藤原ぁあっ!」
 平瓮が襲い掛かる。
「なめるなぁああっ!」

 炎。

 爆発的に膨れ上がる炎の翼。不死の鳥。火炎纏い咆哮を上げる。
「何者か知らないが、どういうつもりだ?
 人里に行く事を許さない、だと」
 平瓮を火炎の翼で焼き払い。雷撃の檻を消飛ばし、妹紅は殺伐とした目で問う。
 応じるのは、二つの笑み。
「然り、今お主が人里にいる事は、非常に都合が悪い」「理由は解らなくていいよ。わからないほうが、いい事だからね」
「ふざけるなぁああっ!」
 膨れ上がる翼が伸びる。戯言をほざく輩を焼き払うために、……対して、応じるのは布都の笑み。
「我も、太子様ほどではないが道教の心得と、それに連なる陰陽術の心得はあるのだ」
 ぱんっ、と手を打ち合わせる。
「大海人皇子には感謝をせねばならぬなぁぁああああああああっ!」
 ごぼっ、と音。大気中の水分が布都の力に引き寄せられて集まる。そして、火炎を迎撃。
 大音量、それをもって妹紅の炎は水と相殺。白の蒸気が視界のすべてを覆い尽くす。
「うそだろ?」
「うそじゃあないさ。
 水剋火、熱量差なんて、道術の使い手である布都には関係ないよ。あれで、あいつかなり優秀な使い手だからね」
 白に覆われた視界。そして、後から、声。
「ちっ?」
「落ちろっ! 藤原ぁあっ!」
 雷撃。重なる落雷が妹紅を撃墜した。

「ちょっとやりすぎな気がするぞ」「あー、…………どうもなあ。ま、いっか」

//.迷いの竹林

「えっと、…………いいの?」
「ええ、もちろん。
 ふふ、遠慮なんていりませんよ。阿呼さん」
 笑顔で荷物を受け取る白蓮。その細腕には結構な量。けど、白蓮の表情には余裕がある。
「気にしないで下さい。阿呼さん。
 実は私も、一度山には行きたかったのですよ」
「…………好きだよね。あんたら聖って」
 苦行だか受代苦だか、なんかすっごい物好きな理由でよく山にいた過去の聖。……その、貴重な存在が傍らにいる。
「ええ、そう言う事です。
 余計に荷物を買ってもいいですよ。この程度ならまだ軽いです」
「えと、……けど、………………その、」
「どうしたの? 阿呼?」
 おろおろしている阿呼。どうしたんだろ?
「あの、白蓮さんも女の人だし、僕、男だし、女性にばっかり荷物を持たせるのも、その、……そういうの、だめ、だし」
「あら、ふふ、いい子ですね」
 白蓮は微笑み阿呼を撫でる。
「そういうのじゃなくてぇ」
 あー、まあ、気まずいのかねえ。
 仕方ない、私は白蓮の抱える荷物から適当にかっぱらって、「はい、阿呼」
「うんっ」
「あら? 別にいいのに」
「白蓮もにぶーい。
 実際はともかくだけどね。女の子に荷物を持たせるのはよくないって思ってる阿呼にはこの状況が気まずいのだ」
 こくこく頷く阿呼。あら、と白蓮は頬に手を当てておっとりと首を傾げる。
「そういう事もあるのですね」
 さて、と。ひょい、と再度白蓮から荷物をかっぱらう。
「あら?」
「うんしょ、っと。
 三人いて一人だけ持たないっていうのもさぼってるって思われるからな。そういうのは面倒なのだ」
 だから、
「みんなで、な?」
 にやっ、と二人に笑いかける。
「うんっ、みんなで行こうっ」「ええ、そうですね。みんなで行きましょう」
 返ってきたのは、笑み二つ。うむっ、やっぱりこうでなくてはなっ

 一通りの買い物終り、さて、空を見る。うむ。
「よしっ、ではしばらく遊ぼうっ」
「はーいっ」「ふふ、そうですね」
 けど、と阿呼は首を傾げる。その手には、
「荷物、どうするの?」
「んー、それはどっかに預けよう」
 一応、あてはある、という事で、

「たのもーっ!」
「…………え? なんですか?」
 きょとん、とする阿求。
「阿求っ、荷物預かってっ
 あ、阿呼、白蓮も、その辺に置いちゃって」
「…………あのー、ここ、荷物預かり場所じゃないんですけど」
「気にするな盟友っ!」
「あ、あの、大丈夫、ですか?」
 びしっ、と親指を立ててみる私の傍ら、困ったように阿呼。
「はー、そっちの横暴な河童娘と違って阿呼さんはちゃんと確認できて偉いですね」
 溜息。
「ま、いいですよ。
 代わりに、にとりさんが作ってる改良版GPS出来たら持ってきてください。河童のバザー行くの結構大変なんですよね」
「じーぴーえす?」
 不思議そうに首を傾げる白蓮。
「うち来るってんなら見せてあげるけどね。
 自分の現在地を表示してくれる機械さ。天狗様が作ったんだけど、ごっつくて持ち運びが面倒だから私と阿呼が作り直しているのだ」
「そうですかっ」ぱんっ、と白蓮は手を叩いて「それはとても便利ですね。迷子も減りそうです」
「性質の悪い妖怪に攫われても、すぐに見つけ出せるかもしれませんね」
「性質の悪い妖怪ねえ」
 と、妖怪寺の住職に視線を向ける。白蓮は苦笑「そういう性質の悪い妖怪は誠心誠意お説教します」
「え? っていうか、白蓮さん、にとりさんの家に行くんですか?」
「はい、そのつもりです」むんっ、と彼女は胸を張って「一度、山には行ってみたかったのです」
「はあ、……なんていうか、さすが古い仏教徒ですねえ」
 そして、はっ、として、
「阿呼さんっ」
「あ、なに? 置いちゃまずかった?」
 恐る恐る荷物を重ねる阿呼。阿求は真顔で頷いて、
「白蓮さん、体型豊満なので気を付けてくださいっ!」
「はあ?」
 不思議そうに首を傾げる白蓮。その視線は自分の体を滑る。そして、
「阿呼は変なところ見るなーっ!」
 思わず、同様に視線を滑らせていた阿呼を打撃した。

「もうっ、阿呼のばかっ」
「えっと? その、ごめんね、にとり」
 一歩進む私と、慌てて後ろをおいかける阿呼。最後、くすくすと微笑ましそうな白蓮。
「あんまり気にする事ではないと思いますけどね」
「白蓮もっ、少しは気にしろーっ」
 まったく、その辺適当なのが多すぎて困る。すっごい困る。
「はい、気を付けます。
 阿呼さんも男の子ですからね」
「そうなのっ、もうっ、阿呼だって油断が多いんだから」
「はぁい」
「ふふ、……それより、どこに行きますか?
 少し早いけど、ご飯にしましょうか?」
「んー、そうだなあ」
 お腹に手を当てる、歩いてきたからかな、少し空いてきた。
「阿呼、どうする?」
「えっと、」阿呼も同様、お腹に手を当てて「あの、……結構歩いたから、お腹すいちゃった」
「そうですか。
 では、ご飯にしましょうか。阿呼さんも食べ盛りですからね」
「そうだなあ」
 さて、どこに行こうかな。……一番面倒くさそうなの「白蓮、どっかない?」
「あら? 私ですか?」
「だって一番面倒くさそうじゃん。
 生臭だめとかさー」
 仏教徒だもんな。特に古い聖は食生活がおかしい。雀取って炙って食ってたりとか、木の根齧ってたりとか、……………………ともかく、目の前の白蓮は結構生真面目そうだし、その辺気にしそう。
「そっか、白蓮さんって仏教徒なんだね」
「ええ、そうですよ。
 にとりさんも、お気遣いありがとうございます。じゃあ、私たちがよくいく定食屋さんに行きましょうか」
「はーいっ、……あ、白蓮さんは五穀大丈夫なんだ」
「ええ、そこまで強く戒めているわけではありません。
 阿呼さんは、私が木に噛り付いたら驚きます?」
「……驚くかも」
 木に噛り付く白蓮。…………すっごい嫌な光景を想像してしまった。
 思わず黙り込む私と阿呼。白蓮はくすくすと笑って、……あそこか、定食屋の戸を開く。
「あっ、白蓮上人、いらっしゃいっ」
「いらっしゃいませー」
「こんにちわ。今日は三人でお願いします」
「三人? あ、テキ屋やってた河童さん。……と?」
「あ、こんにちわ」
 最後、阿呼が入ってきて、あれ? と、
「白蓮上人って、弟さんいましたっけ?」
「いましたけど、彼ではありませんよ」
「え? じゃあ、そっちの子は?」
「えっと、僕、にとりの助手ですっ」
 びしっ、と、胸を張って阿呼。
「あ、……そうなんですか。
 私、てっきり白蓮上人の、………………………………ささ、席にどうぞ」
「上人の、なに?」
 一応問うてみる。店員さんは胡散臭い笑顔。
「? まあ、いいでしょう」
 そして、三人腰を下ろす。私の隣には阿呼、私の前には白蓮。で、
「お品書きは、と」
 ひょい、と、私は阿呼の持つお品書きを覗き込む。……おお、なかなかいい感じだねえ。
「わっ、どれも美味しそうだね」
「そうだなっ、これはなかなか迷いそうだぞ」
 うーむ、と並んで首を傾げる私と阿呼。そして、前から微笑。
「なに?」
「ふふ、なんていうか、そうしていると姉と弟みたいだな。って」
「そうかな?」「そう?」
 思わず阿呼と顔を見合わせる。……うーん、そう、かな。
「はい、お冷です。と、
 そうですね。すっごく仲よさそうです」
 お冷持ってきてくれた店員さんが言う。白蓮も笑顔で「ええ」と頷く。
「そっか、にとりがお姉さんか。…………」
 しんみりとする阿呼。阿呼が弟。……うーん、まあ、悪くない、かな。
 お冷に口をつけながら思う。それならそれで楽しそうだな、と。
 けど、……「にとりお姉ちゃんっ」「ぶほっ?」
 思わず、コップの中で噴き出す。幸い、水は飲んでなかったからよかったけど、
「けほっ、けほっ、……な、何を言い出すんだーっ!」
 白蓮の爆笑とかある意味貴重な光景も目に入らない。いきなりなに言いだすんだこの子はっ!
「えっと、だめ?」
「だ、だめとか、そういうのじゃなくてっ!」
 うあ、変な注目が集まってる。ちなみに事情を知っている店員さんは楚々と微笑み、白蓮は苦しそう。
「い、いいからっ、さっさと注文決めちゃうよっ」
「はあい」
 困ったように阿呼はまたお品書きに視線を落とす。そして、私も、…………「白蓮、いつまで笑ってるの?」
「い、……いえ、……ふふ、すいません。
 なんていうか、可愛らしいな、って」
「だってさ、よかったな。阿呼」「え? にとりの事じゃないの?」
 なんで私が白蓮から可愛いって言われにゃならないんだ?
 むぅ、と顔を見合わせる私と阿呼。そして、くすくす、と笑顔。
「二人が、ですよ」

//.迷いの竹林

「藤原は撃墜しましたか。……まあ、よかったです」
 豊聡耳神子は一人頷く。
「そう、思いませんか?」
「まあ、そう思わなくもないわね」
 問いに、応じる声が一つ。
 蓬莱山輝夜の声。

「どの程度の意味があるのかしらね? っていうか、石上麻呂の縁者まで持ち出して、何をしているのかしら?」
「何をしているか? 貴女なら分かっているでしょう? それとも、貫之からは何も聞いていないのですか?
 一応言っておきますが、すこしあはれとおぼしけり、など、言わせませんよ。何があろうともね」
「…………まあ、それもそうね。私もそれは望まないし、……可能性を考えれば、確かに今、妹紅が人里に行くのは危ないわね」
「ご理解をいただけて幸いです」
 謹直に頭を下げる神子を見て、輝夜は眉根を寄せる。
「それで、どうするつもりなの? 善徳」
「どうも、どうこうする事などできないでしょう。
 何事もないように、見守るのが精一杯ですよ。……霊夢は随分とかりかりしていたようですけどね」
「あー」
 輝夜は苦笑。博麗霊夢の気持ちを考えれば同情する。気が気ではないだろう。
 そして、がさっ、と。
「あっ、姫様、……と?」
「イナバ? ああ、善徳は気にしなくていいわ。
 ええ、路傍のこいしのごとく無視しなさい」
「……はあ、まあ、それでいいならいいですけど?」
 鈴仙・優曇華院・イナバは不思議そうな視線を神子に向ける。神子は苦笑して軽く頷く。
 いいのかなあ、と思いながら、
「姫様。彼は白蓮とにとりと一緒にいます。
 放っておいていいですか?」
「白蓮、……ねえ」「ふぅん、…………」
 考え込む輝夜と神子。…………「いえ、いいわ。放っておきましょう。イナバ、引き続きお願いね」
「はあ、了解しました」
「あら、不満そうね?」
 肩を落とす鈴仙に輝夜が苦笑。鈴仙は頷いて「てゐからの頼みもあるし、構わないですけどね。尾行ってしてていい気分にはなれませんよ」
「ごめんなさい。
 けど、私や因幡が直接行くのも、ちょっとね。……だから、お願いね」
「了解しました」

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