「今日は訓練はお休み?」 朝食の席、不満そうな牛若丸。 「はい、ちょっとはたてのことで用事があります」 「はたてのこと? どうしたの?」 問いかける牛若丸に、さて、どうしようか、と思ったところで、 「えっと、………………ちょっと、いいかな。常盤も、諏訪子と巴も」 「ん、どうしたの? 改まって」 「いいわよ」 「あの、ね。……私、五日より前の記憶が、ない、の」 「ふぅん、大変だね」 決意をもって紡がれたはたての言葉に諏訪子は素っ気なく応じました。 「諏訪子ちゃん」 「いいじゃん別に、記憶なんてなくてもさ。 よくしてくれる友達に感謝しなよ」 「え、それは、もちろん」 「よくしてくれる友がいる。怖くなったら探ればいい。 それでいいじゃない。私はそんなこと気にしないよ」 「ふふ、そうね。諏訪子ちゃんの言うとおり」常盤は身を乗り出してはたてを撫でて「難しく考えないで、困ったことがあったら言って、それだけでいいの。できることなら、何でも協力してあげるから、ね」 「諏訪子様、どういう意味?」 一人、よくわからなさそうな巴が諏訪子の手を引きました。諏訪子は困ったように微笑んで「いつかちゃんと教えてあげるね」 「はーい」 「あの、椛、はたて」 「ん?」 「僕も、一緒に行っていい?」 「はたて、好きにすれば」 「そうですね。はたてが決めることです」 はたてに関することだから。はたては、少し迷って、…………けど、 「うん、牛若丸は、いいよ」 頷きました。 まずは、こいしを探さないと、そして、こいしを知っているのは私と、文。 だから二人で庵を出る。……出ようとして、 「あ、椛、文」 「こいし? ちょうどいいわね」 「そう?」 こいし、と。 「こんにちわ、はじめまして、古明地さとりといいます。 ええ、こいしの姉のさとりです。もちろん、覚りの妖怪です。第三の瞳? 閉ざしていませんよ。閉ざすつもりはありません」 え、えっと、…… 「饒舌? ええ、そうですね。 そう、文さん。貴女の思った通り、覚りは嫌われるのですよ。もちろん私も例外ではありません。だからあまり他者に会わないようにしているのです。誰だって嫌いな誰かには近寄ってほしくない、そして、私も好き好んで嫌われたくありませんからね。 言うまでもなくほとんど会話はありません。逆説、ゆえに、饒舌になってしまうのかもしれませんね」 「さとり」 「と、失礼」 すらすらと紡がれた言葉を遮る声。小柄な彼女はまっすぐに、 「あ、え、と」 私たちを見送ろうとしていたはたてを見据えています。まるで、睨みつけるような強い視線。 「はじめまして、私は四季映姫。 閻魔をしています」 閻魔? 「へえ、その閻魔様が何の用ですか?」 す、とその視線を遮るように文が前に立つ。あまり、友好的な感じはしません。 「まあまあ、」ひょい、とこいしが割って入って「で、どうしたの? ちょうどいいって私に用事?」 と、そうでした。 「こいし、前に意識に触れられると言っていましたね?」 「うん」 「はたての、意識の底とか、記憶は探れますか?」 「ん、……そういうのはお姉ちゃんのほうが得意じゃない?」 「そうですね」 さとり、ですか。 「いいのですか? と、あえて問います。 あまりいいことが、」さとりはちらり、と映姫を見て「あるとは限りません。蓋をしておいたほうがいいことも多いですよ?」 「それで毎夜夜泣きされても困るのよ」 「ちょっ、文っ!」 顔を赤くして割って入るはたてに振り返り笑みを見せ、だから。 「文句ある? 閻魔様?」 「…………いいでしょう。 けど、私も同席させてもらいます。少々、厄介なことになりかねませんからね」 「はたて?」 「えっと、……私は、いいよ」 そんなに、厄介なことになるのでしょうか? 「そんな厄介なことになるのですか? っていうか、はたてさんって何者ですか?」 そういえば、それもそうですね。結局相模坊様も見つかりませんでしたし。 応じ、映姫はため息。 「歩きながら話しましょう」 「まず、彼女は天狗ではありません。 宮前霹靂神社に封印されていた、霹靂神です」 「へ?」 天狗、じゃない、ですか? 「あら、」にや、とさとりは意地悪そうに笑って「思ったより平静なのね」 視線の先にははたて、彼女は「まあね」と頷いて、 「天狗じゃないっていうなら牛若丸や常盤もいるしね。 もう、いまさらな気もするし、」 そういって向けられる視線に私と文は頷く。もちろん、気にしません。 「ふふ、素敵な友達」 我が事のように嬉しそうに笑うさとり、こいしは首を傾げました。 ただ、神、ですか。 「私の目的は、その、霹靂神を改めて封印することです」 って、 「ちょっと待ちなさい」 文が立ちふさがる、つまり、 「それ、なに、はたてを、封印するっていう事?」 それは、看過できませんね。不安そうな表情を浮かべるはたての前に立つ。映姫は、溜息。 「そうしたいのは山々よ。 ええ、そのほうが楽ですから、……けど、許しそうにないわね。なので、さとりに記憶を一度呼び戻します。なにかしら、霹靂神のみ封印する糸口はつかめるかも知れません」 「別に無理に封印する必要はないのでは?」 その、霹靂神、というのがなんなのかはよくわかりませんが、今のはたてを見ると害があるようには見えません。 確かに、という風に映姫は頷いて、 「問題なのは、その霹靂神に縁のある存在が、霹靂神を媒介として顕界に舞い戻る事です。 その存在、彼女はすでに死んでいます。死者が顕界に舞い戻るなどあってはいけないこと、その可能性はあらゆる方法で摘み取ります。 最悪ははたてごと封印します。が、私はそれを避けたい。だから協力を願います」 「その存在?」 「ええ、霹靂神を産んだ女性。 井上皇后よ」 皇后? って、また、…………「はい」 「なんですか? さとり」 真顔で手を上げるさとり、映姫は彼女を見て問い、さとりは頷く。 「帰っていいですか?」「だめよ」 「お姉ちゃん?」 首を傾げるこいし。さとりはこいしの肩を掴んで、 「さ、こいし、帰りましょう。 もう、地霊殿は諦めるわ。てゐに空き家をもらってそこで本を読んで過ごします」 「って、ちょっと待ちなさいっ。はたての記憶を戻すのが先でしょっ」 「そうですっ、どこに行くのですかっ!」 文と映姫が遮る。さとりは暗澹と溜息。 「井上皇后なんて、そんな超大物を相手にするなんて聞いてませんよっ!」 ふむ、と映姫は頷いて、手を胸元で合わせて、可愛らしく微笑んで、 「さとりちゃん、がんばってっ」 「打ん殴りますよこの呆け上司」 結構可愛いですけど、さとりちゃんの青筋は治りません。映姫はため息。 「無駄です。すでに小町がこの辺をうろちょろしています。 逃がしません」 「…………くすん、」 本当に泣きそうなのですが、……ともかく、庵から離れて山頂付近まで、そこの一角、開かれた場所に到着。 さとりは何度か逃亡しようとしていました。けど、小町、と呼ばれた者の能力でしょうか。延々と同じところを走るという不気味な行動をとっていました。もう諦めたようですが、 「はあ、……さて、と。 さっさとはじめましょうか。はたてさん、自分の名前とか、あと、ここ数日の思い出とか、強く意識してね。 記憶のふたを開けるとそれに流されることも多いから、…………そうね。文さん、はたてさんの手を握ってあげて、そのほうが確実だし」 「……ほんと、扱いが子供ねえ」 「う、うるさいわねっ」 ため息をついて文は真ん中に座るはたての傍らに、その手を握る。 「椛」 つい、と心配そうに私の手を引く牛若丸。 「大丈夫、ですよ」私は彼の頭を撫でて「終わったら、また一緒に遊びましょう」 「う、うん」 「それでは、さとり。 はじめなさい」 「はい、と。…………」 ふと、さとりは目を閉じる、覚りの瞳がまっすぐにはたてを見詰めて、呟く。「想起」 紅の光がはたてに触れ、……そして、その瞬間に、がくん、と。 「はたて?」 「…………げっ」 げ? さとりは小さくつぶやいて、すぐに、 「文さんっ! 離れてくださいっ!」 「へ?」 直後に、文ははじかれたように離れて、周囲に雷光が走りました。その中央に、 見たこともないほど、優しく、穏やかに微笑む、はたて。 「はじめまして、霹靂神です」 霹靂、神? 「はた、て、よね?」 不安そうに問いかける文。記憶が蘇って、という変化にしては、激しすぎます。 対して、彼女は首を横に振り、 「霹靂神、あるいは、怨霊。……ええ、怨霊。ですね。 ああ、牛若丸。そんな泣きそうな表情をしないでください」 ぎゅっと、私の手を握る牛若丸にはたて、……いえ、怨霊と名乗った彼女は困ったように微笑み、 「今までよくしてくれた。姫海棠はたては」そっと、自身の胸に手を当てて「眠っていますよ。失ったりしません。私の、可愛い、愛おしい、子なのですから」 子? 「ふふ、少しだけ話をしましょう。まあ、時間は、あまりありませんけどね」 「あ、あの、はたて、だよね?」 まだ、信じられなさそうに牛若丸は問います。けど、やはり彼女は首を横に振り、 「いいえ、私は霹靂神。 とある方の怨霊の形で、その子、です。姫海棠はたては、もう八日くらい前になるでしょうか。私が解放されて、その間に芽生えた、人格、です」 「はたては、偽物だっていうの?」 文の睨みつけるような問いに霹靂神は困ったように頷いて、 「言葉でいえばそうでしょう。 けど、私にとってはやはり愛おしい子。そして、文、貴女たちには大切な友達、なのでしょう? それでよし、ではだめですか?」 「…………まあ、そうね」 たとえ偽りでも、偽物でも、……ほんの数日前に芽生えた思い出も、 はたては、私たちの友達なのだから。 「そう、だよね」 牛若丸も、自分に言い聞かせるようにつぶやく、霹靂神は嬉しそうに微笑んで、 「そういってくれると、私も嬉しいです」 「それで、霹靂神、」す、とさとりはこいしをかばうように前に出て「それとも、はたてさん? いえ、それとも、井上皇后、と呼びましょうか?」 「霹靂神で、いずれ、井上皇后も舞い戻るとは思いますけど」 「映姫様、これ、本気で洒落にならないですよ? 霹靂神ならともかく、井上皇后なんて出てきたら、……彼女、格でいえば私よりずっと上、映姫様より上かもしれませんよ」 「まだ、井上皇后は舞い戻っていません。 ですね?」 映姫の問いに霹靂神は頷く。 「はい、私の元、井上皇后はまだ幽冥界より完全には戻っていません。 時間の問題、とも言わせていただきます、が」 …………まさか、 「はい、死者の蘇生です。 井上皇后が舞い戻った道、幽冥界の黄泉路を通じて死霊を操る少女が死霊を顕界に呼び込みます」 「そんな事が、許されるとでも思っているのですかっ!」 映姫の怒声。応じる霹靂神は微笑み、「許されない。それでも、会いたい人がいるのです。私、井上皇后にも、ね」 「認めません。」す、と映姫は錫杖を突き付け「霹靂神は封印し、井上皇后には幽冥界に戻ってもらいます」 「でしょうね。……いいです。」ばちっ、と霹靂神の手に紫電「実力行使、前提でしたからね」 それと、と霹靂神は微笑み。 「文、椛、それと、牛若丸。 貴女たちも、来なさい。私を封印するために」 封印? 確かに、映姫の言うことは一理ある、けど、 「あんまり理由が思いつき――――っ?」 私の横をかすめる。紫電の網。 それが、背後に着弾。爆砕の音。 「いいましたね? 私は怨霊。語られる、井上皇后の恨みの形。怨霊は、その存在にのっとり祟りをばらまきます。 文、椛、牛若丸、はたての大切な友達、貴女たちを直接害なすつもりはありません、が。」 霹靂神は空に手を向ける。それは、号砲のような巨大な雷撃を解き放ち、 「ここ、鞍馬山も、そして、京の都も、祟るにはちょうどいい。 もし守りたいものがあるのなら、来なさい。でなければ、大切な者も、祟られますよ」 「それは、確かに困りますね」ばさっ、と文は団扇を握り「えっと、霹靂神? 話した感じ悪い気はしないけど、ここは平穏に、それと、はたてに戻ってもらうわ」 「それがいいでしょう」 「椛、車太刀取ってきて、それと、牛若丸の避難」 「え?」「はい」 「常盤連れてさっさと山を下りなさい。 ここから先、人には荷が重いわ」 「あ、……う、うん」 「さとりっ、こいしっ! 霹靂神の記憶に干渉しなさいっ! 井上皇后を想起されたら手に負えなくなりますっ!」 「映姫様、その井上皇后って、霹靂神より厄介なの?」 不思議そうなこいしの言葉に応じるのはうんざりとしたさとりの言葉。 「聖武帝の皇女、――皇族で、怨霊で、伊勢斎王。 信仰や恐怖、精神的な要素を存在の基盤とする私たち妖怪からすれば、けた外れの存在ですよ。井上皇后は」 「はたてって皇統だったんだ。 もっと拝んでおけばよかったわっ!」 文は団扇をもって駆け出し、……「させないっ!」 「文っ!」 ぎょっとする文と、激突の音。それは、 「面倒事は重なるわね」 「僧正坊様、相模坊、様?」 「小町っ! 牛若丸と、近くの人を連れてすぐに避難しなさいっ!」 「了解、と」 「わっ?」 ひょい、と牛若丸が抱きかかえられる。赤毛の女性。彼女は頷いて、 「映姫様の部下、船頭の小町が確かに請け負った。だから、そっち、頼むよ。 少年っ、その常盤とかいうのはどこにいるか案内しなっ」 「あ、……」牛若丸は、心配そうに一度私を見る。けど、「あっちっ」 小町は牛若丸を抱えたまま走り出す。向けられる心配そうな視線に、大丈夫、と頷き、 ぎんっ! と、音。 相模坊様の持つ剣を僧正坊様が鉄扇で弾き飛ばした音。そして、 「椛っ!」 私の愛刀。車太刀。 「そっち、任せっ?」 言葉を遮るように相模坊様の剣が僧正坊様に振るわれる。相模坊様はまず僧正坊様をこの場から引き剥がす。 そちらを見送って、霹靂神が呟く。「相対、しますか」 「悪いわね。 はたては友達だし、貴女にも恨みはないけど、この山、育ちの山だから」 「祟らないのなら、一緒に遊びたいですね」 「妖怪の本質は、否定できませんよ」 その言葉を皮切りに、 「文、椛、霹靂神の祟りは私が抑えますっ! だからっ、そっち任せますっ!」 いうなり、映姫を中心に光が走る。塞の、防壁ですか。 だから、私は車太刀を、文は団扇を握り、 「山を守る、天狗らしくていいですね」 //.幕間 「たーまやー」 洩矢諏訪子は空にかけ上る雷撃をけろけろと笑ってみていた。 「諏訪子様、あ、あれ」 「んー、祟りじゃないかな? あそこまで派手だと、現人神、……皇統かな? この辺に雷神なんているのかね、それとも」 不安そうな巴に応じる声。そして、 「巴、常盤と一緒にいてあげなよ? 彼女は訓練とかしていない、ただの人なんだから、ね?」 「う、うん」 ぱたぱたと走り出す巴を見送って、諏訪子はけろけろと雷撃が駆け上った場所を見据える。 「さてさて、なにがあるかな」 //.幕間 //.幕間 「あそこ、ですか」 聖白蓮は強化された己の身体能力を十全に駆使して疾駆する。 空、相模坊が引き連れてきた天狗と鞍馬山の天狗が激突する。それを横目に、天狗よりもなお速い高速の疾走。 向かう先は、 「あそこに、死者を呼び戻す方法が」 罪深い、と思う。白蓮も仏教徒なのだから。……けど、それで、 「命蓮」 ただ一言、あなたに謝ることができるのなら。その罪で地獄に落とされても構わない。 その意志を持って疾駆する。空を舞う天狗は地を高速で駆け抜ける白蓮の存在に気づかず、もう少し、井上皇后が蘇るのを見届ける。その位置に到達できる。 そして、打撃。 「やあ、仏教徒。……んー、潰れちゃったかなあ?」 伊吹萃香はその身を本来の十倍に散らして伸長。巨体から繰り出す一撃で走っていた仏教徒を打撃して叩き潰す。 もともと、仏教徒は好きではない。友人である星熊勇儀や酒呑童子を山から追放したのも仏教徒だった。 その恨み、ととりあえず打撃して叩き潰した、が。 「づっ?」 その巨腕を貫く雷撃。萃香の手を、手首を、肘を、そして、肩まで雷撃が貫通し、粉砕。 「いきなりですね」 元の大きさに戻った萃香を見据える白蓮。その手には雷光が弾ける金剛杵が握られている。 「鬼、ですか。 申し訳ございませんが急ぎの用事があります。邪魔を、しないでもらえますか?」 へえ、と萃香は楽しそうに笑って、 「いいじゃない、ちょっと付き合ってよ。 私の友達がさ、仏教徒に追い払わられたって言ってたの、恨みつらみ晴らす機会をくれないかい?」 「それ、八つ当たりって言いませんか?」 「いいじゃんいいじゃん。 嫌いなものを見つけたら殴る。仏教徒と鬼は相容れない、と思わない?」 「思いません。 偉大なる仏教徒の先駆、豊聡耳神子、聖徳太子とてその母は鬼先の文字を持ち、朱砂の男の末裔であり、同族の長である馬の屋で育てられていたのでしょう。 十分に彼女も、鬼、ではないのですか?」 「なるほどねえ、違いない。……けどまあ、」 萃香は拳を握って、 「やっぱり相容れないなあっ! 日本武尊を殺した蛇としてはねえっ!」 次は小さな姿のまま、萃香は不意打ちではなく本気の打撃に拳を握る。 高速の突撃、それを見据えて白蓮は 「さらに古い鬼でしたか。 けどまあ、」 白蓮は、錫杖を握り、 「私の望み、否定するのなら、私は頑張って抵抗します。たとえ、」 毘沙門天の加護を受けて、鉄製の錫杖が鈍く輝く。――――――迫る鬼を見据えて、激突の声を上げる。 「それが地獄への道行きとしても、私は、歩みを止めるつもりはありませんっ!」 //.幕間 //.幕間 「ここっ!」 「おー、割と立派じゃないかい」 牛若丸を猫のように下げ持っていた小野塚小町。彼女はその庵を見て軽くつぶやく。 山中の庵。だが、結構立派なつくり。この少年、さてはいいところの子か? と思うが今はそれどころではない。 「おお、死神様かい?」 「んあ? ……げ、神様」 けろけろと近くの木に座り笑う洩矢諏訪子に嫌そうな表情を見せる。 「それと、やあ牛若丸。 なかなかいい天気だねえ」 「え? そう?」 牛若丸は心配そうに振り返る。雷撃は、さらに勢いを増して放たれる。 さらに空には烏が集まる。……否、天狗。たくさんの天狗が空で争いを繰り広げる。 戦争、その字を思い。だからこそ目の前で笑う諏訪子に首を傾げた。 「いいさいいさ、若いのはそれで」 「戦争を祭りと思えるようになったら終わりだよ。 それで、神様、ここに人はいるかい?」 「いるよー」諏訪子は薙鎌で庵を示して「可愛い女の子が二人、あんた三途の渡し守でしょ。どばーっと避難させてよ」 「もとよりそのつもり、少年、連れてきて」 どばーっ、とその言葉通り木船に乗って避難を開始する小町と常盤、巴と牛若丸。 すごいねえ、と諏訪子は笑う。便利だねえ、とも。…………そして、よかったねえ、とも。 がさ、と音。 「子供か、ここは危険だ。 すぐに山を下りろ」 声、その声にある気遣いに嘘はない。心配そうな声。 けど、それでもなお。 「いやあ、それはできないねえ。 あれ、」諏訪子は雷光の走る空を薙鎌で示して「興味あるんだ。私、こう見えて神様だしさ、なんか危なさそうだから止めたほうがいいと、思わない?」 「……それは許さない」 そうかい、と諏訪子は笑って、 「なら、いこうかっ!」 木から飛び降りる。同時に鉄輪を創造。そして投擲。 明らかに所持不可能な鉄輪の数。それが不意打ちで全方位から迫る。それでも、 「神、か」 声に揺るぎはない。そして、割砕の音が連続する。諏訪子が目を見開く。 彼の両手には鉈のような形の、巨大な刀。その一刀さえ、並みの大人が両手でようやく扱える刃を軽々と掲げる。 彼、源為朝は刀を向けて、 「この国に生きる人である俺にとって、この国を産み育んだ崇敬すべき慈母よ。 あえて言わせてもらおう。望みのため、俺が会いたい人のために、刀を向ける無礼を許してほしい、と」 「気にするこたあないさ。 いや、私は土着神で地元限定って意味もあるけど、そうでなくてもね。」 諏訪子は突き付けられる刀に、応じるように薙鎌を向けて、 「可愛い子供の反抗も、たまにはいいものさ。成長したんだなあって思えてねえ。 だからさ、おいで、可愛いこの国に宿る人の子。この国を育む神として、相手をしてあげる」 慈母のように優しい微笑みに、為朝は膝を落として、「光栄だっ!」疾駆開始。 そして、刀と薙鎌が激突する。 そして、人と神の争いが、開始する。 //.幕間 //.幕間 凄い/綺麗、と、古明地さとりは/古明地こいしは思う。 意識に触れ、記憶に触れ、それを抑えながら、思う。 劫火のような憤怒/祟りにふさわしき憎悪。 彼女の心はそれに満ちている。なぜ、とどうして、と怒りに震えて憎しみに満ちている。 けど、 綺麗/凄い、と思う。 その憎悪に/秘められたのは愛情。 その憤怒に/隠れているのは思慕。 愛しているから、捨てられたことを憎悪する。 慕っているから、捨てられたことに憤怒する。 矛盾している、と。/不思議だな、と。 古明地さとりは、/古明地こいしは、思う。 「こいし」 「なに、お姉ちゃん?」 「なんか。派手になっていませんか?」 さとりの言葉にこいしは改めてあたりを見る。雷撃は、確実に派手になっている。 理由は一つ、徐々に、確実に霹靂神、怨霊の元となった皇女、井上皇后が顕界に舞い戻っていること。 現人神の系譜として、井上皇后の格はさとりやこいしより、……そして、その上司である映姫よりさらに上にある。 その存在があらわになるにつれて、霹靂神の格も引き上げられるように高くなる。 今は射命丸文と犬走椛の連携相手に雷撃と回避で互角に立ち回っているが、このままでは椛と文は押され始めるだろう。だから、 「こいし、私のことを頼みます」 「え?」 「私は彼女の記憶を抑えることに集中します。 私を抱えて逃げ回ってください。彼女の意識を抑えてくれたらなおよし、です」 「え、それ、って?」 雷撃は、散発的にあたりを砕く。四季映姫が必死に抑えているが雷撃の回避も重ねて行っているため、なかなか巧くいかないらしい。 その中を、さとりを抱えて回避する? 「そ、そんなの無理だよっ お姉ちゃんっ、危ないってっ」 「大丈夫、こいしは出来る子です。 私の命を任せますね」 その言葉に、こいしは息をのむ。触れるのは閉ざした覚りの瞳。 怖いから、嫌われるのが怖くて閉ざした瞳。……臆病なことは、自覚している。だからこそ、重い。と、 「勘違いしないでください。こいし。 私は別に死にたいわけでもないですよ。やりたいことがあるのです。地霊殿をもらったら、いい本が手に入ったのです。これが終わったらさらにもう一冊。 地霊殿の奥に引き籠って一緒に読みましょう? けど、その前に、」 ばぢっ、と鈍い音。右そでを焦がして手を抑える椛がいる。 雷撃は、さらに激しさを増す。だから、 「さっさと、これ、終わらせましょう。 楽しみなのよ。こいしと引籠るの」 何てことなさそうに、微笑むさとりにこいしはため息。 「……もう、少しは手加減してよお」 「引籠りを? ふふ、私はこいしに対してはいつも全力よ。 だから、」 「あっちだね。 はあ、お姉ちゃんのばか」 言葉、さとりは笑みで応じて、その力を抜く。霹靂神にまとわりつく赤い光は網のように広がる。 思考に干渉する覚りの力は井上皇后の記憶を封殺しようとし、けど、 「ああもうっ! お姉ちゃんのばかっ!」 力の抜けたさとりの体をこいしは支えて走り出す。霹靂神の意識に干渉し、さとりとこいしの存在を無意識の位置におく。これで直接的な攻撃はなくなる。けど、散発的に、意識せずばらまかれた雷撃まではその範囲外。 ゆえにこいしはさとりを抱えて走る。大切な姉の命を支える。その重圧は重い。臆病な心は不安を叫ぶ。けど、 「つまらない本なんて読ませたら、承知しないんだからっ!」 臆病な心を叱咤するには、それでいい。 こいしはほとんど意識をなくしたさとりを抱えて駆け出した。 出来れば、必死に逃げ回りながら思う。 出来れば、彼女の心よりも、綺麗な物語を、―――――― ――それは、ちょっと難易度高いわね。 //.幕間 |
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