「すっかりお祭りね」
「そうね」
 そして、私とメリーは祭りの道を歩く。
 人か神か、あるいは、山人か天狗か、何かが呼び込みを行い、そして、それに応じて受け取り、歩く。
 足音、声、そして、遠くに聞こえる歓声。ハレの舞台はざわめきに充ち溢れている。
 それと、ぽつ、ぽつ、とした灯りも、――――あ、
「はたて、椛ちゃん」
「やっほー」「こんにちわ」
 笑顔で手を振るはたてと小さく頭を下げる椛ちゃん。
「キャンプファイヤーで使う木造の塔はもう出来たの?」
 櫓、とは言わない。櫓じゃないし。
「塔?」「はい、完成しました」
 椛ちゃんは頷く、自信を持って、
「早苗がこれで完璧ですっ、と言っていました」
「あんまりそういう面であの子信用しない方がいいと思うわ」
 ちょっと、ずれてるし。
「にとりは一緒じゃないの?」
「うん、あの櫓をどうやって燃やすのか、早苗と知恵を絞ってるわ」
「……一斉着火ね。難しそうね」
 メリーが困ったように呟く、……にしても、
「はたてと椛ちゃんって、天狗よね?」
「そうよ?」「はい」
 なんで今さら? とそんな感じで首をかしげる二人に、
「空、飛べるわよね?」
「そりゃねえ」「はい」
「ならさ、どうして高いところにも普通に着火出来そうな二人を相談の場から外すの?
 どっちかっていえば火つけの主力になりそうだけど」
 あ、と声。
「ま、まあ大丈夫よ。
 にとりと早苗なら」
 はたては笑う。誤魔化す気だ。――――で、
「え、えっと」
 真面目な椛ちゃんは、言葉に詰まる。戻ろうか、それとも、…………そして、その手をメリーが取った。
「メリーさん?」
「一緒に遊びましょう」
「で、ですが、私たちが参加したほうがいいなら」
「いいじゃない、さぼっちゃえば」
 気楽に告げる私、視線の隅でサボる気満々のはたてが結構な勢いで頷く。
 けど、と躊躇する椛ちゃん。彼女をメリーは後ろから抱き締めて、
「私も一緒に怒られてあげるから。
 ね、一緒に遊びましょう」
「……は、はぃ」
 うーん、と。
「あのさ、蓮子」
「ん?」
 はたてが小さな声で、
「椛、妙に可愛いんだけど、どうしたの?」
「椛ちゃんが可愛いのは元からよ」
「そう?」
 ありゃ、聞こえちゃったかな?
 椛ちゃんは、さらに顔を赤くして俯いた。
「それよりさ、蓮子って京都から来たのよね」
「ええ、そうよ。
 鞍馬天狗はいないけど」
「それはいいわよ」
 いいんだ。――こういうところやっぱりそれぞれなんだろうなあ。
「京都って、どんなところ? 面白い?」
「京都で暮らしている私には面白いかの判断は難しいわね」
 首都、であると同時に観光都市でもある。外部の人が来たら面白い、とは思うけど、そこで暮らしている私にはなかなか。――――あれ?
 そういえば、私は東京から京都に来たのよね。――でも、
「ちょ、蓮子、どうしたの? いきなり沈んで」
 そういえば、私、……京都にある数多の観光地、……それ、ほとんど回ってない。
 そうだ、引越しする前はいろいろ見て回ろう、とは思ってたんだけど、慣れない学業、それにどうせ逃げないんだし、と後回しにしていて、気が付いたら。
「迂闊だったわ」
「なにがっ?」
「あ、はたてちゃん、あんまり気にしなくていいわよ。
 蓮子、たま、――ちょくちょく変な事を言うから」
「うるさいメリー」
 じと、と睨むと、メリーはわざとらしく椛ちゃんの後ろに隠れて、
「あら、怖いわ」
 まったく、とため息一つ。と、
「あら、蓮子ちゃん、メリーちゃん」
「こんにちわ」
 そういえば、この辺り幽々子さんと妖夢の和菓子屋があったわね。
 どうしよう、さっき食べたばかりだから、お腹は空いていない、だから、
「はたて」
「なに?」
「お菓子食べてく?」
 山って、そういうのない気がするし。
「えっ? お菓子っ、人のっ?
 食べるっ! 食べたいっ!」
 途端にテンションをあげるはたて、やっぱりそういうの食べないんだ。
「メリー、一服していきましょう」
「そうね、椛ちゃんも、いい?」
「はい」
「あら、これは思わぬお客さんがついたわね。
 妖夢っ、ラッキーよっ」
「そうですね」はしゃぐ幽々子さんを見て、妖夢は微笑「蓮子とメリーには感謝をしないとなりませんね」
「んー、気紛れだし、気にしなくていいわよ」
「蓮子ってたいていそれで片づきそうな気がする」
「どんだけ私気ままなのよ」
 たいてい、ってねえ。とぼやく。と、
「あ、あの、メリー?」
「どんだけ気ままか、教えてあげようか? 蓮子」
「う、うぐ、め、メリーが怖い」
 さっ、とはたてを盾にする。
「って、ちょっと、私の後ろに逃げないでよっ」
 逃げようとするはたての両肩を抑えて盾にする。
「はたてっ、お説教されたら一緒にされてっ」
「なんで私もっ? 一人でされてよっ! 私はお菓子を食べたいのよっ!」
 と、
「ふふ、いい機会ですね。
 はたてさんは修験者としての自覚がなさすぎます。ここで、一つその心得を思い出させていただきます」
「ひいっ、椛が怖いっ」
 くるくる、とそれぞれ相手を盾にしようと私とはたてはその場でくるくる回る。――そして、
「ぷっ、ふふ、あははははははっ」
 こらえきれない、と幽々子さんがお腹を抱えて笑いだした。
「ゆ、幽々子、様、わ、笑ったら、失礼、ですよ」
 必死に笑うのを堪えている、そんな表情で妖夢がたしなめる。
「だ、だって、あははっ、……ああ、ごめんね。ごめんなさい」
 笑いすぎで軽く涙が滲んだ目元を払う。なんでそこまで笑われなくちゃならないのか。
「ふふ、お説教ならお菓子を食べながらでもいいでしょう?
 こっちよ、椅子とテーブルは、妖夢、お茶とお菓子を持ってきて」
「はいっ、ただいまっ」
 ぱたぱた、と妖夢は奥へ。そして幽々子さんが歩き出す。
「やったっ、お菓子っ」
 はたてが続き、私も歩き出す。視界の隅、苦笑を交わす椛ちゃんとメリー。
 あそこ、かな。
 三人掛けの椅子が二つとテーブル。やっぱりそこみたい、幽々子さんが座って、隣に、「えいっ」
「きゃっ」
 隣に座ろうとしたはたてを、幽々子さんが押し返す。なんで?
 きょとん、とする私の手を幽々子さんが引きよせて、
「ふふ、ごめんね、はたて」隣から、むぎゅ、と私に抱きついて「こっちは譲れないわ」
「え、えーとー?」
 柔らかい感触と、ふわりと漂ういいにおい。うーむ。……ともかく、はたてはため息をついて私の逆隣りへ。
「それにしても、傍から見ると妙な光景よね、それ」
 向かい、幽々子さんの正面に椛ちゃん、そして、私の正面に座ったメリーが、幽々子さんに抱きつかれている私を見て呟く。
「そりゃそーでしょ」
 同性じゃねえ。しかも、何が気に入ったのか私の頭を撫でたりし始める幽々子さん。――と、
「幽々子様、何しているのですか?」
 きょとん、と妖夢が顔を出した。
「ん、」私の髪に顔をうずめるように寄せていた幽々子さんが「なんでもないわ、可愛い人を愛でてるの」
「はあ?」
「ふふ、後で妖夢にもしてあげるわね。
 そうね、…………」ふと、幽々子さんの動きが止まる、ただ、その力だけが強くなり「今日は、一緒に寝ましょう? ね、妖夢」
「あ、はい」
 その言葉、その意味、それをどれだけ察したのかな? ただ、妖夢は頷いた。
 そして、幽々子さんは離れる。――うむ。
「なに、蓮子、あのままがよかった」
 半目の視線と共にメリーが問いかける。
「いや、そんなわけないでしょ」
 確かに、暖かくて柔らかい感触と、あまい、いいにおいは心地いいけど、――とはいってもねえ。
「そりゃ、蓮子はメリーにしてもらった方がいいに決まってるじゃない」
「ええ、……って、なんでよっ!」
「え? 違うの?」
 はたて、頼むから真面目に首をかしげないで、……「なんで椛ちゃんは納得しているのっ?」
「え? いえ、違うのですか?」
「違うっ、私はそんな趣味はないわっ」
「あら、女の子同士もいいものよー」
 むぎゅ、――と、今度は胸にうずめられるように抱きしめられた。
「ふふ、ほら、メリーちゃん、羨ましい?」
「…………とりあえず否定するけど、幽々子さん、蓮子、苦しそうよ?」
 ぺしぺし幽々子さんの手を叩く私。
「あら、ごめんね」
「ふわっ、――――はー」
 正直、頭がくらくらする。
「ねっ、妖夢」
「ふぁっ? え、ええ、……と」話を向けられた妖夢は顔を赤くして「ど、同姓でなんて、……は、はしたない、です」
「全っ力で否定するわ。
 はたて、椛ちゃんも、わかった?」
「「はいっ」」
 姿勢正されてもねえ、と。
「蓮子、怖い、怖いから落ち着いて」
「あれ?」
「あの、蓮子、目が据わっていますよ」
 妖夢が苦笑する、椛ちゃんがこくこく頷く。私はため息をついて、眉根を軽くマッサージ。
「でも、お勧めよ、メリーちゃん」
「へ?」
「一番近くで、全身で誰かと触れ合うのはね。
 ここにいてくれる、って、そう感じられるだけでも安心するわ」
「そういうもの、ですか?」
 メリーは首をかしげる。幽々子さんは淡い微笑で、
「そういうものよ」

「うわっ、なにこれ、美味しいっ」
「は、はたてさん、あんまりがっつかないでください」
 ぱくぱく食べるはたてと、そんなはたてをみて慌ててたしなめる椛ちゃん。
「えー、だって美味しいわよ。
 ほら、椛も食べてみなさいよ」
「え、と、それは美味しい、ですけど」
 どれ、と食べる。――うわ、
 メリーも笑顔で頷く。
「ほんと、美味しいわ」
「あら、そう言ってもらえると嬉しいわ」
 おっとりと、幽々子さんは頬に手を当てて微笑む。
「ね、妖夢。
 嬉しいわね。美味しい、って言ってもらえて」
「はい」
 妖夢も笑顔で頷く。――作ったものを、食べてもらって、美味しい、と言ってもらう、か。
 それは、作り手として一番嬉しいことよね。
 だから、
「美味しい、ありがとう。
 妖夢、幽々子さん」
 告げた言葉に、笑顔が返る。極上の笑顔と共に、嬉しそうに跳ねる声で、
「「どういたしまして」」

 和菓子に感動している二人を置いて、――さて、そろそろかな。
「や、盛況そうね」
「ええ、思ったよりね」
 椅子に座って一息つくパチェ。
「あっ、蓮子さん、メリーさん、こんにちわ」
「こんにちわ、阿求ちゃん。
 調子はどう?」
「御蔭さまで好調です」
 見る、と。確かに本棚の絵本は結構なくなり、一部の本棚は撤去されている。――――で、
「大変そうね、文、ぬえ」
 それに必要な労働力は、片や椅子に座り、片やそのまま床に倒れてぐったりとしていた。
「そうですね」くすくす、と絵本を読んでいたさとりちゃんは顔をあげて「なにせ、図書館と博物館の出し物共同で手伝っていましたから」
「後半は働き方が自棄だったよねー」
 楽しそうに笑うこいしちゃん。
「う、うるさい、わよ」
 床に転がってるぬえがため息一つ。
「そういえば、向こうは?」
「基本展示だけですからね。
 やる事は受付の交代くらいです。たまに設置場所を動かしたりしますけど」
 で、その労働力はぐったりしている。
 だから、と。さとりちゃんは、
「今はてゐさんと鈴仙さんで対応していますよ。私とこいしは休憩です」
 それもそろそろ終わりですけどね、とさとりちゃん。
「次の交代って?」
「パチュリーさんと阿求さんです」
 くすっ、とさとりちゃんは笑う。
「いいタイミングですね」

「さて、それじゃあ巧くエスコートしてもらおうかしら」
 連れだしたパチェは待ってましたとばかりにそんな言葉を言う、そして、その言葉の内容と、実際に使われそうな状況を考えて、私は苦笑。
「デートじゃないんだから」
「それもそうね」
 まあ、状況は似ているかも、とは思う。
 パチェと二人、祭りの夜を歩く、メリーは阿求ちゃんが連れて行った。
「パチェってこういうのよく参加するの?」
「しないわ」肩をすくめて「今回もそのつもりだったのだけど、阿求に連れ出されてね」
「強引よね、彼女結構」
「生きる事に一生懸命なのです。……それが彼女の言よ」
「なるほど、なんか納得。
 それで周りを巻き込むあたりが阿求ちゃんよね」
 そうね、とパチェが頷く。さて、
「どこ行こう?」
「……連れだしたならせめて何か考えてきなさい」
 苦笑、ため息。――まあ、と、
「じゃあ、ちょっと付き合ってくれる? 私に」
「ん、お勧めの場所があるの?」
 問いに、パチェは頷いて、
「ええ、お勧めの休憩場所が」

 『南部神社』、に続く暗い石段。
「一度は夜、来てみようと思ってたのだけど、なかなか機会、……いえ、きっかけがなくてね」
 すとん、とその石段に腰を下ろす。私もその隣に座る。
 ひんやり、と夜の石段は冷たい。
 ここからだと、遠野駅中心の祭りは少し遠い。
「正直、疲れたわ。
 慣れない事はするものじゃないわね」
「初めてだと大体そんな感じよ」苦笑「まあ、そんな偉そうな事言ってるけど、私も夜店なんてやったことないんだけど、偉そうな事言ってごめんね」
「いいわよ」
 そして、ぼんやり、と遠くに見える祭りの明かりを見る。
「綺麗ね」
「そう?」
 問い、改めて祭りの夜を見る。
 階段の上、すこし高いところから俯瞰する縁日の風景。
 寂寥、あの場所にいない、という疎外感。……ただ、それでも、
「そうね」
 色とりどりの電飾と夜店の灯り。
 そして、駆けまわる参加者たち、浴衣を着て、思い思いの収穫物を持って、ぱたぱたと道を走る。
 聞こえてくるのはさざ波にも似た声、音。それと、虫の音。
「蓮子は、こういうのは嫌い?」
 ぼんやりとそんな街並みを見ていたパチェが問いかける。
「ううん、いいと思うわ。静かなのも」
「あら、意外ね。
 賑やかなのが好きだと思っていたわ」
「どっちも、その時の気分次第ね」
 でしょうね、と私の返答にパチェは笑って頷く。
 そして、また静かに、ただぼんやり、と。
「綺麗ねー」
「そうね」
 遠くに見える祭りの明かりを眺める。
 ただぼんやりと、……まあ、
 パチェが飽きるまで、付き合いましょうか。
 遠くに見える祭りの場。色とりどりの電飾と、祭りの明かり。
 夢見るような俯瞰の風景。――ただ、暗い暗い虫の音に囲まれた静かな石段で、私とパチェは静かにそれを眺めていた。

「さ、蓮子。行きましょう」
「ん?」
 戻って見ると、店をたたんでいる――主な労働力は文とぬえ――最中。
「なに? もう終わり?」
「ああ、もうそんな時間」
 パチェは納得、と頷く。――時間?
「なにかあるの?」
「一応、花火とキャンプファイヤー、とかが、遠野駅の近くで」
 本気で燃やすんだ。あの木造の塔。
「これから始まるようです。
 だから、一緒に行きましょう」
 とか? まあ、
「ええ、行きましょう」

「うわ、なんか舞台が出来てる」
 でん、と鎮座する木造の塔の傍ら、それなりに立派な舞台がある。
 それと、
「あっ、天子っ、衣玖さん」
 びくっ、と天子の肩が跳ね上がる。振り向いた衣玖さんが、
「あら、蓮子さん」
「あ、れ、蓮子、も、来てた、んだ」
 ぎこちなく振りかえる天子。
「どうしたの?」
 さとりちゃんはそんな天子に問いかける。うぐ、と天子は言葉に詰まる。
「いえ、天子様なのですが。
 今回の祭りの舞台で、舞を」
「舞?」
 へえ、そんな事もやるんだ。さすが祭り、さすが天人。
「けど」衣玖さんは困ったように頬に手を当てて「始めてのことで、緊張されているようで」
「う、うるさいわねっ」
 うがーっ、と吼える天子。その顔は見事に赤い。
「初めてなんだ」
 メリーが首をかしげる。そうね、とパチェが、
「見たことないわね。天人の舞なんて、
 楽しみだけど」
「もちろん、取材は私にお任せあれっ」
 ばっ、と文はカメラを取り出す。――いや、緊張している相手にその反応ってどうなのよ?
 そっか、とメリーは、呟き、なら、と。
「どうして、今日は舞う事にしたの?」
「…………それは、……その、」
 視線が逸らされる。衣玖さんは何か言おうとして、……口を噤む。
 メリーは視線を逸らさない。言いにくそうにしている天子を微笑を持って待つ。
 やがて、
「……だって、…………せっかく、なのよ」
 視線をそらして、顔を赤くして、言葉を途切れさせながら、
「せっかく、……会えたのに、……楽しかったから、…………だから、最後に、…………最後だから、見て、ほしい、の」
 そう、とメリーは微笑み、その頭を撫でる。
 あう、と、声。
「ちゃんと見てるわ。最後まで、ずっと、だから、楽しんで、
 私たちのために舞ってくれるなら、笑顔がいいわ」
「う、うん。……あの、笑わ、……ない?」
「あら、心外」心配そうな問いに、メリーは冗談めかして膨れて「私たちのために舞ってくれたのに、それを笑うなんて思われているの?」
 うぐ、と言葉に詰まる天子、そして、彼女の肩を叩く衣玖さんが、
「そうですよ。天子様。
 いくらなんでも、その問いは失礼です」
「ぁう、ご、ごめんなさい」
 ううん、とメリーは微笑んで、
「笑って、楽しんで、そして、一緒に楽しみましょう。
 貴女の舞を」
「一緒に?」
 不思議そうな天子の肩を、衣玖さんが叩く。
「ええ、一緒に、です。
 舞い楽しみ、それを見て楽しむ。……ほら、一緒に楽しんでいるではありませんか?
 ね、一緒に、です。
 だから、天子様、まずは舞い楽しみましょう。その舞は、間違いなく、見ている人を楽しませます」
「ほんと?」
「ええ、もちろんっ」
 ねっ、と笑顔で振り向くメリーに、私たちは苦笑か、真剣な表情か、それぞれの表情で、それでも、頷いた。
 うん、
「楽しめ天子っ、この地には、こんなに楽しそうに舞う天人がいるって、誇れるくらいにねっ」
「う、――――」ぐっ、と天子は、一度乱暴に目元を払って「わ、かってるわよっ! 天上の舞っ、見逃したら後悔するんだからねっ!」
 大見え切って、歩き出す。らしいな、と苦笑を交わす。
 と、ぷわーっ! と威勢のいい音が響いた。
『それではっ、お祭りのクライマックスっ、いっきまーすっ!
 暇なお客様は足を止めてっ! 興味のあるお客様は椅子に座ってっ!』
 この声、リリカのだ。声が響く、チンドン屋の声、祭り場で、その賑やかな思いを乗せた声。
 振り向く、頷く、椅子まで駆ける。どうせなら、座って見たいからね?
 軽く走る。メリーの手をとる。そして、椅子に座る。リリカの声が響く。
『今は、祭りの夜っ! 祭りの刻っ!
 楽しまなきゃあ嘘でしょうっ!
 遊ばなくちゃあ損でしょうっ!
 祭り場に集った喜楽の思いを、ここに集めてっ! さあっ! 舞台を始めましょうっ!』
 祭囃子、開演の祝詞が賑やかに響く。
『まずは、前奏っ!』
 たんっ、とリリカが舞台に跳び上がる。そこにはすでにルナサとメルラン。
 三人は即座にそれぞれの楽器をスタンバイ。一瞬さえ待てない、とその音を奏でる。
 チンドン屋は賑やかに、演奏家として全霊を、その思いを、音に託して想いを奏でる。
 響けっ! と、ここに集まる全てに、
 届けっ! と、この地に宿る全てに、

『『『 幻樂 −山川− 』』』

 流れる、流れ響く三種の音。
 バイオリンとトランペット、キーボードが奏でる、緩やかで、穏やかな音。苛烈で、激しい音。この地に響かせる音。山川、この地を恵み祟る。異界に捧げる音。
 そして、それに囲まれた遠野の地に捧げる音。
 祟りの激しさ、恵みの穏やかさ、そのすべてを調律した。調和の音。山川が隔てた小天地に捧げる。この音は、本当に、
「すごい」
 思わず、零れた声は、自分か、それとも、誰のものか。それはわからない。けど、
 行くよ、と。声。

『『『 幻樂 −神人− 』』』

 そして、曲調が変わる。
 アップテンポの曲、人は生き、神は遊ぶ。この遠野の地で、あらゆるものは思い思いに、生き、在り続ける。
 繰り返し、繰り返す、主旋律は変わらず、それを彩る音は違うものへ、でも、どの音も主旋律に調律して、響き続ける。
 大切なものは繰り返す、そして、変わっても、それでも、大切なものを大切なままにするように、
 営みはめぐる、時の流れは変わる、人は変わる、神も、あるいは変わっていく。…………でも、
 本当に大切なものは、変わりませんように、
 そして、声。
 山に、川に、人に、神に、――そして、この地に宿る全てに、捧げます。

『『『 幻樂 −遠野− 』』』

 拍手喝采、それにルナサ、メルラン、リリカの三姉妹は手を打ち鳴らす。
 いえいっ! と、そして、
 三人はこちらにお辞儀、ルナサの丁寧な一礼に、メルランの勢いがある一礼、リリカの気取った一礼、
 なんかそれぞれな礼に、さらに拍手の音が響く、夜空に響きわたる。

 そして、――――天人が舞う。
 傍らに従者を、彼女は座り、笛を構える。
 音が響く。高い音、天に届けと、地に響けと、音が鳴り、
 そして、天人が舞う。
 両手に持った羽衣を振るい、高く舞い、くるりと舞い踊る。
 笛の音と、連続するステップが響く。それはまるで、

 たんっ、と音。
 たんっ、たんっ、たんっ、と重なる音。そして、
 たんっ、たんっ、たんっ、たんっ、たんっ、たんっ、と音が連なる。

 笛を吹く彼女の口が歪む、そして、
 あはっ、と笑顔。
 舞う、踊る、舞い踊る、舞台を跳ねまわる、舞台を飛び回る、舞い踊る。
 鳴り響く手拍子、三姉妹はスタッカートの音を奏で、笛はテンポよく響き、拍子の音は調律して天人の舞を彩る。
 あはっ、と笑顔。――楽しいと、天人は笑う。地に落とされ、そして、地を望んだ天の住人は笑う。
 楽しい、と。

 たんっ、と音。
 たんっ、たんっ、たんっ、と重なる音。そして、
 たんっ、たんっ、たんっ、たんっ、たんっ、たんっ、と音が連なる。

 羽衣を纏い、舞い踊る、跳ねる、跳ねまわる。薄い羽衣が広がり、ふわり、彼女は舞台に降りる、そして跳ねる、ふわり、ふわり、羽衣が踊る。
 手拍子が響く、楽しい、と。拍子を奏でる全ての人の思いを乗せて、天人に届けと喜と楽と快の音を響かせる。
「ふふ、楽しいわね」
 メリーが手を打ち鳴らして笑う。その先、笑って手を打つてゐちゃん、その向こう、微笑して小さく手を叩く鈴仙。
 こいしちゃんははしゃいだような笑顔で手を打ち鳴らし、お燐は不器用に爪を鳴らす、お空はカチカチくちばしを鳴らして拍手の代用。さとりちゃんはそんな家族を見て優しく微笑む、手は柔らかく音を奏でる。
 文はカメラを横に置いて取材そっちのけで手を叩き、ぬえはリズムに戸惑いながら、それでも笑顔で手を鳴らす。
 阿求ちゃんは楽しそうに手を叩き、パチェは微笑で小さな音を奏でる。
 この場にいる全てが、天人の舞を彩り、楽しい、と笑う。
 そして、その行きつく先、天人の少女は楽しくて仕方ない、と満面の笑顔で舞い踊り跳ねまわる。
 笛の音が響く、バイオリンが響く、トランペットが響く、キーボードが響く、手拍子が響く、――――舞と祭囃子が夜に響きわたる。

 たんっ、と音。
 たんっ、たんっ、たんっ、と重なる音。そして、
 たんっ、たんっ、たんっ、たんっ、たんっ、たんっ、と音が連なる。

 そして、舞が終わる。
 たんっ、と天子は舞台に降りる。一息。そして、沈黙。
 え、と。――天子は不安そうに辺りを見渡して、……そして、
 拍手っ! 喝采っ! ――そう、天まで届け、と、手拍子が響く。
「あ、わ、わっ」
 響く大音量に天子が慌てたように辺りを見て、衣玖さんが微笑して天子の肩を叩く。
 何か一言の囁き、それを聞いて、天子は照れくさそうに、でも、声を張り上げる。
「ありがとうっ!」
 わっ! と、その言葉に同調して、祭りの夜に音が響く。

「……これ、絶対に頭悪いでしょう?」
 そうか、と隣にいる神奈子さんは首をかしげる。
 轟々、と燃え盛る火炎。なにをどうやったのか、木造の塔は一斉発火。夜空を焦がせと火炎を吐き出す。
 キャンプファイヤーでこれはないんじゃないの、と。
「見てくださいっ、蓮子さんっ、メリーさんっ」
 ぱたぱたと、にとりの首根っこを掴みながら息も荒く早苗が駆け寄ってくる。にとり苦しそう。
 彼女は自信満々に胸を張って、
「凄いでしょうっ! これも神奈子様への信仰ですっ!」
「……ああ、うん、凄さだけは認めるわ」
 私の言葉の意図は半分程度しか伝わらなかったらしく、早苗は誇らしそうに胸を張る。
 まあ、いっか。
『ではっ、これより締めのファイヤーに移りますっ!
 燃えろーっ!』
『リリカ、あんまり最後の意味が分からない』
『燃えろーっ!』
『メルランうるさい』
『ぷわーっ!』
 ファイヤー?
 ともかく、と、
『『『踊れーっ!』』』
 凄まじい指示が放送から飛び出した。ルナサ、自棄になってない?
 さて、どうしたものか、と首をかしげる私の手を、
「さ、蓮子さん、踊りましょう」
「踊らにゃ損損、ですよ?」
 さとりちゃんと文が掴む。まったく、
「なに踊れってのよ?」
「なんでもいいんでしょ?」
 並走するパチェが肩をすくめる、視線の先、星さんがナズちゃんに振りまわされている。
 くるくる、とそれぞれがそれぞれの踊りを踊る。一人なら回り踊り、二人なら手を取り合って、三人ならステップを重ねて、
 誰かと誰かで笑顔を交わし合って、思い思いに踊り回る。
 だから、
「そうね、踊りましょう。
 みんなで、ね」
「はいっ」
 さとりちゃんは満面の笑顔で、……さて、
 穣子さんと静葉さんは手に手をとって踊る、お雛様はスカートを翻してくるくる回る。
 その横を楽しいのか、楽しいんだろうなあ。諏訪子ちゃんがどじょうすくい。はたてがぐったりしているにとりの手を引っ張って、
「ぐわー」「あはははっ」
 火焔の塔の近くで踊り始める。あの熱量、河童にはきついのかなあ、悲鳴が上がる。そんなにとりを心配そうに見ていた椛ちゃんは手を引っ張られてバランスを崩す、巻き込まれろーっ、と叫ぶにとりにふらつきながら、それでも踊りだす。
 キスメちゃんは笑いながらとてとてと走り回る。その横を小傘ちゃんが、ゆらゆら独自な創作ダンスで踊り通過。
 誰もが笑顔で、皆が笑って、思い思いに祭の火と共に踊り踊る。くるくるくるくる、ばらばらなペース、滅茶苦茶なリズム、出鱈目な振り付けで、ただ、楽しもう。と、その意思だけで祭を彩る。
「あははっ、楽しいわね、妖夢っ」
「って、ちょっと待ってくださいよーっ、幽々子様ー」
 扇子を両手に、ぱたぱたくるくる一人舞い踊る幽々子さんを妖夢が追いかける。掴まえてご覧なさーい、と、それは何か勘違いじゃ?
「衣玖っ! のんびりしている暇はないわよっ!」
「って、天子様っ! 早いっ! 早いですっ!」
 自棄な感じに衣玖さんを振りまわす天子。衣玖さんは転びそうになりながらも、それでも笑顔で、
「さあ、手をとりましたよ。
 踊りましょう?」
「遅いわよっ!」
 握られた手に、天子は少し頬を赤くして、二人はくるくると舞い踊る。
「さあっ、チンドン屋本領発揮ねっ!」「どんどん行くわよーっ!」「曲か踊るか、どっちかに集中したほうがいいような」
 そんなチンドン屋の三人はステップを踏みながら思い思いの楽器を鳴らす、曲じゃない、ただただ賑やかな音を連続させる。轟々、燃える炎に負けじと音を掻きならす。
「ほらっ、神奈子様っ」
「あ、う、あ? 早苗、これでいいのかい?」
「知りませんっ! 気分ですっ!」
 そんなものか、と苦笑する神様は巫女と舞う。出鱈目な舞い、適当な踊り、それを楽しいと、二人は笑う。
 さて、――手を引かれる。さとりちゃん? 逆の手は文が握り、笑う。
「出遅れますよ?」
 気が進まなさそうなパチェは阿求ちゃんが背中を押して巻き込む。てゐちゃんと鈴仙はとん、とん、とん、とステップを踏んですでに踊りの輪の中。
 出遅れる、――確かにね。
 メリーもぬえとこいしちゃんに手を引っ張られて祭りの舞台へ。お燐はお空の上に乗ってにゃーにゃーかーかー、よくわからない騒ぎを起こしている。
「そうね、それは悔しいわね。
 だって、」

 祭りの刻は終わりを迎える。少しずつ、少しずつ、爆ぜる炎は消えていく。
 けど、まだ燃えている。夜空を焦がせと、祭りの炎は消えていない。その炎が消えるまでは、
 
 ――――楽しまないと、ね。

「ねえ、楽しかった?」
 輝夜?
 ええ、と彼女はころころと笑う。
 楽しかった? その問いに、頷く。もちろん、凄く、楽しかった。と。
「毎日が?」
 ここに来て、ずっと、ずっと、
 笑って、話して、ずっと、楽しかった。
 そう、と輝夜は微笑む。
「一つ、昔噺をしましょうか。
 語り部として」
 ええ、お願い。
 そして、語り部は語る、この、『遠野』の昔噺を、

「むかしむかし、あるところに、一匹の猫っ子がおったとさ。
 その猫っ子は、郷が大好きで、飼い主様がそれはそれは好きだったそうな。
 郷は貧しくて、飼い主様も決して豊かじゃなかった、猫っ子も毎日お腹をすかせていたけど、それでも幸せだったそうな。
 ある日、猫っ子は夢を見たそうな。
 夢の中で、村の長者どんが言ったそうな。
 郷を、もっともっと豊かにしよう。そして、みんなみんな幸せになろう、と。
 長者どんはたくさん商人や職人のために仕事をこさえて、みんなみんな幸せになるため、がんばって働いたそうな。
 飼い主様もたくさんたくさん働いて、猫っ子はお腹をすかせる事はなくなりましたとさ、
 毎日美味しいお魚を食べて、暮らしたとさ。
 けど、飼い主様はいつもいつも働いて、猫っ子は独りでいる事が多くなったそうな。
 夢から覚めた、猫っ子は独りぼっちになる事が寂しくて、山の神様にお願いに行ったそうな。
 山に行くと、そこには立派な狐どんがいたそうな。
 狐どんは言ったとさ。
 これこれ、猫っ子よ、御山に何の用かい? 郷の猫っ子がわざわざ御山に来たのだから、それはそれは大変な用事なんだろう?
 猫っ子は言ったとさ。
 聞いておくれよ狐どん、夢の中で飼い主様が構ってくれなくて寂しかったんだ。仕事ばっかりやってて構ってくれなかったんだ。
 狐どんは言ったとさ。
 それはしょうがなかんべえ、人は幸せになるためには働かにゃならん。
 銭をたくさんもらって、美味い物をたーくさん食って人は幸せになるんだあ。
 おめも美味いものたくさん食べたんだべ? 幸せだったべ?
 猫っ子は言ったとさ。
 美味い物はたくさん食ったあ。けど、飼い主様構ってくれないんよ。
 独りぼっちで、寂しんよ。幸せじゃなか。
 狐どんは言ったとさ。
 なら、御山の神様に祈ってみるとええ、わしも祈ってやっからよ。
 そして、狐どんと猫っ子は一緒になって御山にお祈りしましたとさ。
 そしたら、山の妖怪様がやってきて、言ったとさ。
 おめらのその熱心な祈り、ちゃあんと聞いたぞ。
 そだら、叶えてやろか。
 妖怪様は猫っ子のお祈りを叶えてやったとさ。
 そして、祈りの叶った遠野の地で、猫っ子は幸せに暮らしたとさ。
 どっとはらい」

 ねえ、教えて。
 猫っ子は、なにを祈ったの?



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