「メリー、変なところはない?」
「え? ありすぎてどこから指摘していいか解らないんだけど」
 とりあえず曲解されたので頭をはたく。メリーもいつもの帽子はない。かくいう私もだけど、
「冗談よ。浴衣でしょ?
 大丈夫よ」
「そう、ならよかった」
 咲夜さんが用意してくれた浴衣を着る。せっかくなので、と。
 さて、部屋を出る。
「お待ちしていました」
「わっ、メリーっ、蓮子もっ、綺麗っ」
「ありがと、こいしちゃん」
 ぱっ、と駆け寄るこいしちゃんをメリーが抱きとめる。うん、
「さとりちゃんも、こいしちゃんも可愛いわよ」
「えへへっ、ありがとっ、蓮子」
「ありがとうございます。蓮子さん」
 くるっ、と笑顔のこいしちゃんと、照れくさそうに微笑むさとりちゃん。
 そして、ひょい、と私の肩にお燐が乗る。メリーの肩にお空が止まる。
 準備はOK、だから改めて外を見る。
 外は夕暮れ、少しずつ暗くなる時間。
 窓ごしでもわかる、ざわめく空気、祭りの高揚。さあ、
「行きましょうか」
 いても立ってもいられない、そんな思いを持って、祭りの刻に跳び出した。

「うわーっ、賑やかねっ」
「ええ、お祭り好きが集まっていますから」
 『Scarlet』を出てみた道路、そこは色とりどりの小さな電飾と、赤い提灯に飾られた夜店が広がっている。
「さて、それじゃあそこらへんうろちょろしましょうかっ」
「おーっ」「そこらへんうろちょろって、どういう提案よ」
 手を振りあげるこいしちゃんと、苦笑するメリー。
「いいじゃない、どうせどこに何があるか解らないんだしさっ」
 私の肩に乗るお燐が楽しそうに言う。そう、どうせどこに何があるか解らないんだから、なら適当にいくで十分っ。
「では、まずは右に行きますか? 左に行きますか?」
 問いに、うーん、と悩んで、
「遠野駅?」
「ま、まずはそこを目安にね」
「目的地不明でうろちょろするのも面白そうですけどね」
 さとりちゃんが苦笑する。まあ、とはいえ、
「取り合えずそっち行ってみましょう」
 右、歩き出す、『博麗』は電気を落して、暗い。
「霊夢、今日は休みかしらね?」
「疲れたんじゃない?」
「そういえば、どんな事をして遊んでいたのですか?
 レミリアさんどころか、咲夜さんも帰ってくるなり寝ちゃいましたけど」
 さとりちゃんが首をかしげる。なんとなく、心当たりある。
「水鉄砲もって、川の中走り回りながら、あとはまあ、いろいろ」
「……まあ、なんとなく何やったか想像できるわね」
 きょとん、と聞いていたさとりちゃんが苦笑、こいしちゃんはむぅ、と。
「面白そうねー」
「まあ、面白かったわよ」
 だから、
「これからも楽しく行きましょうっ
 負けないように、ねっ」
「うんっ」
 ふと、
「そういえば、お雛様は?」
 問いに、さとりちゃんは笑って、
「夜店をやるみたいですよ。
 何か、は知りませんけど」
「人形のやる夜店って何?
 っていうと、ぬえとか早苗も?」
「さあ?」
 さとりちゃんは悪戯っぽく笑う。そして、歩き出す。
「あやっ、来ましたねっ」
「お、ほんとだ」
 早速、会った彼女たちが駆け寄る。文とぬえ、二人は私たちの前に来て、
「でも、まだ準備中ですよ?」
 確かに、辺りを見る、夜店は準備中、開いている店もあれば、看板をつけている店もある。
「えっと、すいません」さとりちゃんが困ったように瞳を伏せて「ちょっと、早すぎましたね」
 ぽん、とそんなさとりちゃんの頭に手を乗せて、
「甘いわよ、文っ、祭りは準備をしている時も楽しいと、聞いた事もないのっ?」
 びしっ、と最早ノリだけでポーズ、……えと、写真撮らないでください、恥ずかしいです。
「っていうか、蓮子だと大体なんでも楽しみそうよね」
 ぬえがけらけら笑う。
「違うわ、楽しんだもの勝ちよ。
 さて、それじゃあ」辺りを見て「準備、巻き込まれそうなところはどこかな?」
「って、ほんとに準備を手伝うのですか?」
 不思議そうな文に、うーん、と私は首をかしげて、
「どうする?」
「いいんじゃない? 知り合いもいるかもしれないわ。多分」
「ええ、いますよ。
 じゃあ、行きましょうか」
 さとりちゃんは歩き出す。
「どこに?」
「図書館」

「ほんと、とんでもない酔狂ね」
「あはは、いいじゃないですか、楽出来て」
 パチェと阿求ちゃん、片や呆れてため息一つ、片やけらけら楽しそうに笑う。
「お祭りの準備も花だそうですよ。物好きですよねえ」
「さて、私はその言葉を聞いてなんて言うでしょう。
 さん、はいっ」
「「「「それに付き合う貴女も物好きよ」」」」
 一斉に告げられた言葉に、肩をすくめようとした文は固まる。
 そして、
「ぷ、あははははっははっ、あははっ」
「なんでそこまで笑われなくちゃいけないんですかっ!」
 文字通り、お腹を抱えて笑い始める阿求ちゃんに文は顔を赤くして抗議の声。
 パチェは、冷静に、――けど、唇を歪ませて、
「見透かされているわね。
 それも、否定さえできないし」
「うぐ、だって、面白そうだし」
「ほら見なさいっ」
 びしっ、と指を突きつけると、文はひらひらと苦笑した。
「あやや、そうですね。
 私も物好きなのですね。きっと」
 うん、――にしても、
「パチェ可愛いわね」
「へ?」
 きょとん、とパチェがその動きを止めた。
 ふわりとした長い髪を結いあげ、その色にあった浴衣。
 人形みたいに色白な彼女が来ていると、何とも和洋折衷で、
「な、……な、なにを、言い出すのよっ」
 その白い顔が紅潮する。紅潮して、それを隠すように、必死、という感じで怒鳴る。
「いやあ、思った事をそのまま」
 どーしたものか、と頬を掻く、と。
「なに?」
 視線の先、阿求ちゃんとメリーとぬえとさとりちゃんがスクラム組んで何かごそごそ話してる。
 こいしちゃんが不思議そうに首をかしげている。
 ばさっ、と音。
「お空? さとり様達なに話してたの?」
 私の肩に乗るお燐が問いかける。対して逆の肩に止まったお空が、
「なんかね、蓮子って無自覚にナンパするタイプとか」
「なによそれ、思ったままを言っただけじゃない。
 どうしてそれがナンパになるのよ」
 ねえ、と向けた視線の先、パチェは聞こえないくらい小さな声で、何かを呟いている。
 言った言葉に、向こうでスクラム組んでた四人が顔をあげる。――――「やめてよ、ほんと、その笑顔」
 凄く優しい笑顔が妙に心に刺さった。
「さて、それじゃあ準備を始めましょう?
 手伝ってくれるのですよね、蓮子さん」
「手伝う、手伝います。
 だから、そのしっとりした笑顔やめてほんと」

「で、パチェは夜店やるの?」
「ええ、まあ、大体は阿求に任せるつもりだけど」
 そう言って持つのはたくさんの本。
「本屋?」
「まあ、そんなところよ」
 といっても、とパチェは紙袋を一瞥して、
「ほとんど子供向けの絵本ね。童話とか」
「もらっていい?」「買いなさい」
 ちぇ、と。まあ、それも当然よね。
「ん、じゃあパチェはずっとお店?」
 問いに、そのつもり、と答えが返る。――うーん、
「なによ?」
 なに、か。
「いや、どうせなら一緒に回らないかなって」
 夜は永い。どうせなら、いろいろな人といろいろ見て回りたい。
 だから、と誘いに、パチェはため息一つ。
「気が向いたらね。
 遊びに来なさい。その時、気が向いたら誘いに乗ってあげるわ」
 やったっ。
「あ、あそこです」
 阿求ちゃんが示した先、大きめのテントがある。そして、その横。
「あれ?」鈴仙はペットボトルの水を一口、首をかしげて「なんでメリーがそんなもの持ってるのよ?」
「お手伝いよ、お手伝い」
 ふぅん? と鈴仙が首をかしげる。そして、
「って、ずるいぞパチュリーっ、阿求っ。助っ人なんてっ!」
 ばさっ、とテントからてゐちゃん登場。
「知らないわよ、その酔狂なのが言い出したんだから」
 ぞんざいに私を示す。さて、
 視線を向ける、さとりちゃんは肩をすくめて、ぬえはため息一つ。
 まったく、蓮子は、と声を聞いて、
「じゃ、こっちも手伝いましょうか。
 準備をみんなで楽しんで、さっさと終わらして本番を楽しむために、ね」
「結局最初から最後まで楽しむんじゃない」
 鈴仙は肩をすくめる。呆れたような仕草に、笑みを持って、
「楽しんだほうがいいわよ。
 つまらないよりはましね、絶対」
「前向き、羨ましいわ」
「そう?」
 鈴仙は苦笑を深める。羨ましい、……うーん、そんなものかしらね?
「そんなもの?」
「そんなものよ。
 で、鈴仙、何か手伝える事はある?」
「そうね。
 …………じゃあ、メリーと、さとりとこいし、手伝ってくれる?」
「ええ」「わかったわ」「はーいっ」
 なら、と私は肩に乗る。
「お燐も、ね?」
「ん、わかったよ」
 ぴょん、と猫の身軽さでお燐は跳躍。そちらを見てこいしちゃんがお燐を抱きとめる。
 さて、
「じゃあ、文さんとぬえさん、蓮子さんはこっちの手伝いですね」
「お手柔らかにね」
 ひらり、手を振ると苦笑。
「あはは、まさか私まで準備を手伝う事になるとは思わなかったわ」
「諦めなさい。ぬえ。
 蓮子さんと関わった時点で」
「なによそれ」
 人をなんだと思ってるのよ。と抗議を込めて睨む。――の前に、
「なに笑ってるのよ、阿求ちゃん」
「ぷ、あははっはっ」
「なんで笑いだすのよっ!」
 くつくつ、と小さく笑っていた阿求ちゃんは、こらえきれない、と噴き出した。
「いえ、ううん、なんでもないです」
「さっさと始めるわよ」
 そんな私たちを横目で見ていたパチェが素っ気なく言う。
 ごめんね、と謝りながら私達はそっちに向かった。

 昔噺、童話、――そういった、噺を詰めた薄い本、それを夜店の中、小さな書棚に並べて行く。
「本屋の夜店っていうのも珍しいですね」
 背伸びしながら文が言う、よいしょ、と棚に本を入れていく。
「そうよね、買って、どこで読むのかしら?」
「家に帰ってじゃないですか?」
「ま、それもそうね」
 ただ、と手元の本。
「欲しいかも」
「まだ売り始めてないんですから」
 じと、と文が私を見る。私は渋々、その本を本棚に納める。
「私が来た時に残っていますように」
「阿求さんあたりに予約しておけばいいんじゃないですか?」
 それもそう、だけど、
「ま、運任せで手に入ったほうが縁起いいじゃない」
「手に入らなかったらすっぱりあきらめる、と?」
「まあ、うん、ちょっと残念だけど、縁がなかったって事で」
「ほんと、蓮子さんは不思議な人ですね」
「そう?」
 首をかしげると、文は真剣な表情で私を見る。
 じ、と。
「な、なに?」
 じりじり、と文はこちらに近寄ってくる。警戒、私はもちろん後退。――あ、
 背中に本棚があたる、後退できない、けど、文はこちらに近寄ってくる。
「え、と、な、なに?」
「蓮子さん」
 つ、と顎に手を添えられる。文の顔が近くにある。
「ちょ、あ、文っ、いきなりなんなのっ?」
 顎に添えられた手は存外強く、顔はそらせられず、整った文の顔が目の前に、
 吐息を感じられるほど、――まさに、その距離で、…………
「蓮子が浮気したっ!」「メリーさーん、事件ですよー」
 条件反射で私は文のみぞおちに膝を打ち込んだ。
「おごっ」
 もだえる文は当然放置、
「ぬえっ! なによ浮気ってっ!
 それと、阿求ちゃんは待ちなさいっ! 止まりなさいっ!」
「蓮子が浮気したーっ!」
「どこもあってないわ馬鹿ーっ!」
 力の限り吼える。
「何の騒ぎよ? 一体」
 パチェが奥から顔を出す。――は、いいけど、
「パチェっ、阿求ちゃんはっ?」
「メリーさん事件です、とか叫びながらどこかにいったわ」パチェは不思議そうに、のたうちまわる文を示して「なに遊んでるの?」
「あ、そんでなんか、けほっ、いません、よ」
 お腹を押さえてふらふら立ち上がる文。
「パチュリー聞いてよ。
 蓮子が浮気したわよ」
「……………………へえ、二重に驚きね」
「その二重の両方を否定させてもらうわ」
 ともかく、阿求ちゃんを捕まえないとっ、
「ごめん、ちょっと阿求ちゃんを追いかけるわっ」
「手遅れだと思うけど、まあ、がんばってね」
 ひらひら、とパチェが手を振ってくれる。私は手を振り返して、
「え? メリーと付き合ってる蓮子が文に迫られてるって、これは浮気じゃないの?」
「全部っ! 違うっ!」
 駆け出そうとした足を反転、真顔で首をかしげるぬえに跳び蹴りを叩き込んだ。
「きゃーっ」「あやーっ」
 そして、テントを飛び出す、たぶん。阿求ちゃんなら、
「ここねっ!」
 ばさっ、とテントの中へ。
「……で、一体何をやらかしたのよ。蓮子」
 半目の鈴仙に、きしし、と性質の悪い笑顔のてゐちゃん。
 じとー、とこっちも半目で黙っているさとりちゃんとこいしちゃん。
 そして、メリーは、…………「ね、蓮子」
 ぎぎぎぎぎ、とそんな音。
「な、なにかしら? メリー?」
「文ちゃんに、何を、やったの?」
 私、メリーさん、いま貴女の後ろにいるの。――とか、そんな気分で、
「えっと、……なにもやって、ないわよ?」
 血の気を失っている。そんな確信を持って、振り向く、……と、
「ぷっ、――ふふ、あははっ」
 へ? 笑い声、そして、改めてみると、
「やったっ、大成功っ!」
 いえいっ! と、そんな感じで手を振りあげるてゐちゃん。
「あはははっ、大成功ねっ」
「こ、こいし、あんまり、笑ったら、悪い、わ」
 言いながらも笑うさとりちゃん。鈴仙も小さく笑ってる。――――で、
「阿求ちゃん」
 そろそろ逃げようとする阿求ちゃんの首根っこを掴んだ。
「あうっ」
「な、に、を、やっているのかしら?」
「いや、ちょっとしたスパイスですよ」
 にっこりと笑う阿求ちゃん。うん、と私は笑顔で、
「余計な事はしなくていいのっ!」
 適当に放り投げた。阿求ちゃんはくるくる回っていまだ笑い続けるメリーに激突、そのまま一緒に倒れた。

「まったく、人をからかうのも大概にしてほしいわ」
「いや、ごめんね。蓮子。
 つい乗っちゃったのよ」
 なんでも、阿求ちゃんがいきなり飛び込んできて、これから蓮子さんが追いかけてくるから、黙って見ているように、と言ったらしい。
 で、慌てふためいた私がそのまま飛び込んできて、……まあ、ああなった、と。みんな悪乗りしすぎよ。
 手伝い要員没収、ということで引っ張ってきた鈴仙が両手を合わせる。ちなみに、阿求ちゃんは置いていた。
「それにしても、さとりやこいしじゃなかったのは意外ね。
 仲いいんでしょ?」
「こいしちゃんはともかくだけど、さとりちゃんは絶対に意地悪だからね」
「かもしれないわね」
 鈴仙はくすくす笑う。さて、
「戻ったわよー」
「お帰り、っていうか、急いで、
 蓮子のせいでそこの二人なかなか使いものにならなかったのよ」
「うう、蓮子さんを見たらまたみぞおちが痛み始めました」
「っていうか、蓮子の蹴り強力すぎるわ」
 げんなりとした表情を向ける文とぬえ。私は一息。
「自業自得よ」
「なに? ほんとに何かやったの?」
 鈴仙はそんな二人を見て半目を向ける。
「ええ」にた、とパチェが笑って「文が蓮子にキスしようとしていたわ」
 噴いた。
「なっ、ぱ、ぱぱっ、パチェっ」
「テントだもの、障子より視界を確保しやすいわ」
 壁に耳あり障子に目あり、と笑って呟くパチェ。そしてその横、苦笑から胡散臭そうな人を見るような目の、
「へえ」
「鈴仙っ、誤解よ、誤解、誤解だからあ。
 だめっ、行かないでーっ」
 テントから出ようとする鈴仙の手を掴んで引き止める。――ぬえ、なに納得してるのよ。
「文っ! 貴女が変なことやったせいで変な誤解が広まってるじゃないっ!
 っていうか、貴女そういう趣味なのっ?」
「違いますって、落ち着いてください」
 じと、と、ぬえ、パチェ、鈴仙の視線が文に集まる。
「いや、ただ蓮子さん誰かに似てるなあって思ったんですよ。雰囲気が。
 で、よく見ようと思っただけです」
 それだけですよ、と文は両手をあげる。
「なんだ。よかった」ほっと一息「もしかしたらこれから文を見かけたら引き返す、なんて面倒な事をしなくちゃならないと思ったわ」
「……まあ、いいですけどね」
「なんだ、文そういう趣味じゃないんだ。
 蓮子も浮気したわけじゃないのね」
「そもそも私はメリーと付き合ってないわよ。
 浮気じゃないわよ」
 そうなの、と真顔で首をかしげるぬえ、私はどうすればいいんだろう?
「ま、それはいいとして」鈴仙は肩をすくめて「文、蓮子が誰に似てるの?」
「別にいいわよ、言わなくても、
 それよりさっさと準備済ませちゃいましょ」
「ええ、そうね」パチェは辺りを見て「阿求は?」
「あっち置いてきた」代わりに、と鈴仙の肩を叩いて前に「助っ人を連れてきたわ」
「入れ替えただけじゃない。
 まあ、阿求よりは働いてくれるでしょうけど」
「ん、そうなるとあっちちっちゃい子ばっかりじゃない?」
 そういえば、……メリーはともかく、阿求ちゃん、さとりちゃん、こいしちゃん、てゐちゃんと、
「揃っちゃったわねえ」
「後で手伝えばいいでしょ?」
 だから、と鈴仙は、
「で、パチュリー、何手伝えばいい?」

 基本は棚に本を並べるだけ、と私と鈴仙は渡された紙袋から手分けして棚に詰め込んでいく。
「ふう、結構量あるわね」
「さすが図書館といったところかしら。
 それで、蓮子」
「ん?」
「今夜はどうするの?」
「どうって、わけでもないわよ。
 メリーたちと一緒にそこらへんうろちょろしているわ」
 うろちょろって、と鈴仙は苦笑して、
「そ、じゃあ気が向いたら遊びに来てね」
「ええ、もちろん。
 時間があったら一緒に回りましょ」
「それもいいわね」
 鈴仙はくすっ、と笑う。なんなら、
「多少なら店番変わってもいいわよ。
 てゐちゃんと一緒にいろいろ見て回るのも楽しいと思うわ」
「お気遣いありがと、
 大丈夫よ。ずっと店やっているつもりもないから、適当に切りあげるわ」
「そしたらてゐちゃんとデート?」
 にや、と笑うと鈴仙は目を閉じて、
「そういう蓮子も楽しめるといいわね。
 文とメリーの二股デート」
「ぐっ、……やるわね」
 一歩後退すると鈴仙は笑って、
「残念ね」
「……はあ、まあ、この手の話しはなしにしましょう。
 テントに耳あり目あり」
「それもそうね」
 鈴仙も肩をすくめる。そして、最後の一冊。
「これで終わり、と。
 じゃ、行きましょう」
「ええ」
 テントを出る、文とぬえの二人はまだ作業中で、
「パチェ、終わったわ」
「そう、ありがとう」
 パチェは顔をあげる。そして、
「じゃあ、こっちはもう大丈夫よ。
 あとは文とぬえに働かせるから、阿求を呼んできて」

「……それにしても、ちょっと意外だったわね」
「そうね」
 私は手伝いを終えたメリーと一緒に少しずつ、祭りが始まる道を歩く。
 意外、さとりちゃんとこいしちゃんはそのまま鈴仙とてゐちゃんの手伝いをする、という事。
 遊びに来てくださいね、と。約束して別行動。
 さて、とりあえず適当に立てた予定通り、まずは遠野駅へ。
「何かあるかしらね?」
「夜店ならたくさん、……まあ、誰かしらいると思うわ。
 出来れば、面白いものがあればいいんだけど」
 面白いもの、そうね。あればいいわね。
 そう、期待して遠野駅へ、ロータリーには、
「…………なに? これ?」
「さあ?」
 私とメリーはそろって首をかしげた。
 遠野駅のロータリー、真中にある芝生には、巨大な木造の塔。
 とりあえず見上げると、
「おーいっ、はたてーっ」「あっ、椛ちゃんっ」
 あ、と声。そして、ふわり、と。
 結構な高さで作業――というか木材の積み重ね――をしていた二人は、当り前のようにそのまま飛び降りて着地した。
「おお、さすが天狗」
 喝采、はたては満足そうに胸を張る。
「凄いわね、椛ちゃん」
 メリーは椛ちゃんを撫でる、椛ちゃんはくすぐったそうに目を細める。
「そういえば、二人だけ? 文とか一緒じゃないの?」
「文は図書館の準備の手伝いよ」
「へえ、――物好きねえ」
「そういうはたては何やってるの?」私は木造の塔を見上げて「というか、何作ってるの? これ」
「キャンプファイヤーで燃やす櫓よ」
 なにいってるの? とむしろ不思議そうに不思議な事を言うはたて。
「誰よ、そんなわけのわからない事を言い出したのは?」
 正直、『魔都』京都ネタのほうがまだましなんだけど。
「早苗よ」
 そして、はたては頬を掻いて、
「私も椛も、あんまり人のお祭りってよくわからないけど、でも、ただ見て回るだけっていうのももったいないし、何か参加したいから。
 だから、早苗の手伝いで参加しようって、決めたの」
 うん、と私ははたての手を握る。
「え? な、なにっ?」
「そうよ、お祭りはそうやって参加しなくちゃ楽しめないわっ。
 見て回るだけじゃもったいない、準備も楽しまないと」
 きょとん、としていたはたては、私の言葉に、
「うんっ」
 満面の笑顔で頷いた。
「あっ、出来てますねー
 キャンプファイヤーで燃やす櫓」
「「そんなわけがないでしょっ!」」
 メリーと私の声が重なった。
「ええっ! ち、違うんですかっ?」
 早苗は真面目に目を白黒させている。椛ちゃんとはたては首をかしげて、
「違うって? 櫓を作ってそれを燃やしてその周りで踊るんでしょ?
 はいほー、へいほー、って」
「違いますよ、はたてさん。
 よいさ、ほいさ、です」
 真剣なはたてと生真面目な椛、間違いなくどうにもならないから放っておく。
「何の悪魔儀式なのかしらね、それ」
「あんなに櫓は大きくないわよ。
 っていうか、どう見ても塔じゃない、木造の」
 数メートルと聳え立ってる。あれ燃やすの、大丈夫なのかしら?
「そ、そうなのですか?」
「はは、まあいいじゃないか」ふらり、と現れた神奈子さんは聳え立つ塔を見上げて一つ、頷いて「大は小を兼ねる、とも言うし、大きいほうがいいだろ」
「……滅茶苦茶大雑把ね」
 呆れてぼやく、が、神奈子さんははは、と笑うだけで取り合ってくれない。
「大丈夫だよっ」ひょい、とそんな神奈子さんの後ろからにとりが顔を出して「私は河童よ、消火はお手の物っ」
「そういうものなの?」
 まあ、水中に暮らしているなら、そういうのも、あり、かも?
 と、自信満々に胸を張っていたにとりが、少しずつ首をかしげて、
「大丈夫、だと、思う」
「自信ないんだ」
「何かあったら奇跡を起こしますっ」
「起こせるものなら起して見せてよ?」
 じとー、と横目で見る、早苗は少しずつしぼんでいった。
「はは、まあ何かあったら私がどうにかするさ」
 神様が言うと説得力があるんだかないんだか、と。
「そうだ。蓮子、メリーも、少し頼まれてほしい事がある」
「ん?」「なんですか?」
 ちょいちょい、と手招きに応じる。で、
「早苗の事なんだけど」
「ああ、うん」
 変だなー、と木造の塔を見て真剣に首をかしげる早苗。彼女を見て神奈子さんは苦笑し、
「まあ、小さいころから神社の巫女をしていてね。
 だから、お祭りの間は早苗に付き合ってやってくれないか?」
 その問い、――そういえば、お燐も言ってたなあ。と思い出しながら、
「「無理です」」
 即答に、神奈子さんは眉根を寄せる。だって、
「確かに早苗ちゃんと一緒に遊ぶのはいいけど、でも、他にも一緒に遊びたい子はいるの、だから、付きっきりっていうのは無理ね」
 メリーのウインク交じりの言葉に、神奈子さんは、噴き出した。
「ぷ、あはははっ、ああ、すまない」
「ま、出来れば、早苗の方から一緒に遊ぼう、って言ってくれた方が嬉しいかな。
 誘うより誘われたいし」
「あら、蓮子。
 言っている事が乙女っぽくてらしくないわ」
「私も、可愛い乙女ですわ」
 笑いかけると、メリーがくすっ、と笑って神奈子さんはからからと笑う。
 けど、
「ほんと、子離れできないっていう感じね。
 遊びの面倒まで見るなんて」
 神奈子さんは、私の言葉に苦笑を濃くして、
「そうかもしれないね。
 なにせ、小さい時からずっと一緒にいたのだから、そのころの印象が残ってしまっていてね」
 なんとかしないと、とは思うのだが、と神奈子さんは苦笑する。
 娘みたいなもの、か。……あたりをぐるり、と見る。まだお祭りは準備中。さて、
「ま、いっか。
 よし、じゃあ、神奈子さん」
「ん?」
「早苗、借りるわよ?」
「蓮子?」
「ふふ、私たちの手伝いを待っている人がまだどこかにいるはずよ。
 ヘルパーとして、まずは楽しみましょう」
「何のボランティアよ」
 メリーは苦笑、まったく、と呟く。
 そして、そのころには神奈子さんも笑って、
「早苗ーっ」
「あ、はいっ」
 ぱたぱたと駆け寄ってきた早苗。彼女に神奈子さんは重々しく頷いて、
「早苗、頼みたい事がある」
「はいっ、なんなりとっ」
 やる気、むん、と早苗は胸を張る。そんな早苗に、神奈子さんは微笑を押し殺して、重々しい雰囲気を維持して、
「蓮子とメリーと一緒に、祭りの準備を手伝いなさい」
「へ?」
 あ、きょとん、とした。
「あ、あの、神奈子様の、は?」
「こちらは大丈夫だ。
 それに、」
 にや、と格好よく笑う、笑って神奈子さんは、
「これは、私に捧げられるお祭りでもある。
 なら、祭りの手伝いは全て私への手伝いになる」
 詭弁っぽい。――いや、まあ、いいけどね。
「な、なるほど」
 それでいいの? と半目の私たちとは違い、早苗は目を輝かせて頷いた。
 まあ、いっか。――それはそれで、面白そうだからね。
 だから、
「よろしくね、早苗」「よろしく、早苗ちゃん」
「は、はいっ、よろしくお願いしますっ」
「お、早苗はメリーたちの手伝い?」
 にとりが首をかしげる。はい、と早苗は彼女にも頷く。
「すまないが、はたて、椛、にとり、
 このキャンプファイヤーの櫓は頼んだよ」
「これをまだ櫓といい張るか」
 私には木造の塔にしか見えない。
「違うのかい?」
「とりあえず高さを五分の一にしましょう。
 話しはそれからよ」
「ふむ」
「あ、そうだっ」
 名案を思い付いたらしい、はたてがこっちに来て、
「縦ばっかりじゃなくて横も増やした方がいいんじゃない?
 きっと縦と横のバランスが悪いから櫓じゃないのよ」
「そうだね。頼むよ」
「はーい」はたては振り向いて「椛ー、横幅増強するわよー」
「はい、わかりましたっ」
 むん、と胸を張る椛。さて、
「ねえ、メリー」
「なぁに? 蓮子」
「戻ってきた時、この木造の塔、どうなってるかしら?」
「燃えてるんじゃない、キャンプファイヤーだし」
 早苗は首をかしげた。――まあ、いいか。
「それじゃあ、行きましょう」
「ええ」「はいっ」
 そして、歩き出す、神奈子さん、にとり、椛ちゃん、はたてに手を振って、また通りを歩きだす。
「それで、お手伝いってどんな事をやるのですか?」
「いや、正直何も考えてない」
 へ、と。
「なにも?」
「まあ、その場の勢いだしね。
 知り合いにあって準備中だったらお手伝いを「なら、お願いするわ」……と思うわ」
 聞き覚えのある声。さっき言った状況に全合致な。
「幽々子さん、と妖夢」
「ふふ、ラッキーよ。妖夢っ。
 お手伝いさんが三人もいるわ」
「えっと、いいのでしょうか?」
 エプロン装備の妖夢が首をかしげる。それはもちろん、
「ええ、お手伝いしに来たわ」
「がんばりますっ」
 早苗も胸に手を当てて張り切る。
 なら、と妖夢が頷く。だから、
「幽々子さんと妖夢は何をやるの?」
「和菓子の販売です」
「今日朝から作り続けてたのよ。
 ふふ、張りきっちゃった」
 気合いを入れる妖夢と微笑む幽々子さん。
「それで、御手伝いってなにが出来るの?」
「そうね」幽々子さんは奥を示して「じゃあ、私とメリーちゃんで陳列するから、妖夢と蓮子ちゃん、早苗で、持ってきて」
 はい、と返事を重ねて、メリーは早速妖夢から和菓子の入った箱を受け取る。
 そして、奥へ。
「でも、いいのですか?
 幽々子様の言った通り、結構あるので大変ですよ?」
「大丈夫大丈夫」
「がんばりますっ」
 はあ、と妖夢。まだ納得してなさそうだから、
「お祭りをやるなら、準備も楽しむものよっ」
 胸を張って宣言、ここで妖夢は苦笑して、
「こういうふうに言うのも失礼ですが、なんていうか、物好きな人ですね」
「はっはっはっ」
 もう言われ飽きたわ。それと、妖夢は早苗に視線を向ける。
 貴女は、と問いに、
「うーん、……神奈子様にお願いされた、っていうのもあるのですが」
 苦笑、そして彼女は私を見て、
「なんていうか、蓮子さんと一緒にいると準備も楽しいかな。って」
「楽しみなさい、せっかくなんだから」
「なるほど」妖夢は笑いながら「わかりました。そういうことなら、お願いします」
 す、と店の奥、障子をあけた。
「「うわあ」」
 朝から作り続けたのよ。――その言葉を今さら実感する、そんな量の箱。
 思わず固まる私と早苗、妖夢はそんな私たちを見て、
「じゃあ、行きましょうっ」
 楽しそうに、
「楽しんで、行きましょう」
 ええっ、と、はいっ、と自棄になったような、そんな声が続く。
 よいしょ、と一つ。――あれ、
「あ、思ったより軽いですね」
「はい」
 これならいけそう、
「さて、私がここで箱を取って早苗に渡す、早苗は途中待機している妖夢の所に持っていく。
 そして、妖夢が外で陳列しているメリーたちに渡す。ってやり方はどう?」
 と、提案に、
「え、えっとお」
 早苗はあまり気が進まなさそう。
「それもいいかもしれませんけど、どうせなら三人で持っていきましょう」
 なら、その理由は?
「そっちの方が、楽しそうじゃないですか。
 お喋りもできますし」
「ええ、それもそうねっ」
「えっ? 蓮子さん、そんなすぐに意見を翻さなくても」
 早速箱を手に取る私の背中に、早苗の言葉が響く。
「なに言ってるのよ? 楽しい事は最優先でしょ?
 それは効率より上位に来るわ」
「そ、そうなのですかっ?」
「まあ、お祭りですからね」
 もっともらしく解説する私に、声をあげる早苗、そして、そんな私たちを見て笑いながら妖夢も続く。
 そう、今はお祭り、なら、楽しんだほうが得よ。
「そういえば、妖夢も作ったの?」
 『博麗』で霊夢の手伝い――で、いいと思う――をよくやってたわね、妖夢も。
「はい」
 ちょっと照れくさそうに頷く。うむむ、と早苗が、
「私、和菓子とか作った事がありません」
「楽しいですよ。お菓子を作るの」
 楽しいんだろうなあ。緩んだ笑顔の妖夢に、早苗は羨ましそうな目で、
「どこかで勉強をしたのですか?」
「いえ、幽々子様に教えていただきました」というか、と困ったように微笑んで「実は、私もまだ勉強不足で、教えてもらっています」
 なんとなく、なんとなくだけど、
「きっと、幽々子さんも楽しんでるわね」
「そう、でしょうか?
 迷惑をかけていなければいいのですが」
「誰かに物を教える事も楽しいわよ。
 妖夢もやってみたら?」
「わ、私はまだ教えられるほどではありませんっ」
 ぶんぶん、と首を振る妖夢。へえ、と。
「でも、作れるんでしょ?
 なら次はそのやり方を教えてあげれば、生徒さんはいるんだし」
 へ? と妖夢が変な声をあげる。そして、当然その生徒さん、というのは、
「お、お願いしますっ、妖夢さんっ」
「え、と、……」困ったようにこっちを見る、当然、と頷くと妖夢はため息「人に教えるのは初めてなので、不手際があると思いますけど、そんな私でもいいのなら」
 よろしくお願いしますっ、と早苗は嬉しそうに頷いた。



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