「それにしても縁日ねー」
「ええ、いろいろ面白そうなのはあるわ。
 あ、チンドン屋もあるのね」
「『プリズムリバー』?」
「え、ええ?」お雛様は意外そうに「知っているの?」
「なんていうか、旅行客なのに物凄く顔が広いですね」
 文が呆れる。――たぶん、『博麗』によくいっているから、だと思うんだけど、
「ええ、『博麗』で演奏しているのを聞いたわ。
 上手だったし、また聞きたいわね」
 メリーの言葉に私も頷く、なら、と。
「それでは、参加スポットの一つはそこですね」
「そうね。のんびりと聞きに行きましょう」
 お雛様の言葉には全員が頷く。
「さて、とりあえずは腹ごしらえね。
 メリー、よさそうな屋台はある?」
 そうねえ、とメリーはあたりを見て、
「さっき食べたばっかりじゃないですか」
 文は呆れ交じりに言う。私はおおらかに頷いて、
「そうね、中盤は作ってばっかりだったけどね」
「あややっ、それはそうでした。
 いえいえ、蓮子さんの手料理、美味しかったですよ」
「うるさいわね。
 まったく、御蔭で私たちはほとんど食べられなかったわよ」
「ま、かもしれませんね。
 蓮子さんに注文した三人もなんかぐったりしてましたけど」
 まあ、さとりちゃんにはこれでもかとぶちまけたケチャップまみれの真っ赤なオムライス、レミィにはやけくそに作った大量のオムライス、霊夢のは米そのまま。
「変な注文するからよ」
「似たような注文を受けたメリーさんのは好評でしたね」
「そりゃあ、私蓮子ほど捻くれていないもの。
 愛情は素直に表現するわ」
 その結果がハートマーク、……まあ、素直っちゃあ素直よね。
「ほほう、では蓮子さんへの愛情は?」
「はあっ?」
「私は、あんまり感じた事はないなあ」
 友情ならともかく、ね?
「な、何言ってるのよっ!
 私と蓮子は友人よ、友達っ!」
「……メリーさん、顔真っ赤ですよ」
「ち、が、う、わっ!」
 とりあえずメリーは無視、突っ込むと自爆しそう。
 さて、――――あ、
「あそこ、たべるところ?」
 大きめのテントに椅子が並んでる。そして、何かを食べている人たちの後ろ姿。――――人?
「あのさ、お雛様」
「なぁに?」
「これ参加しているのって人じゃないのよね?」
「ええ、そうよ」
 必死に自己アピールをする文は無視。
「じゃあ、あそこでいろいろ食べてる人って、何?」
「神様でしょ?」
 ……えっと、お雛様、それでいいの?
「あんまり細かい事を気にしちゃだめよ。
 おおらかに行きましょう、おおらかに」
 はあ、とため息。
「東北のおおらかさはメリーを超えるわね」
「え? なんで私が基準なの?」
 さて、と私は屋台へ行く。
 なに食べようかな? ……「ねえ、お雛様」
「なに?」
「作っているのも、神様?」
「そうよ。
 あ、あそこ、おーいっ、静葉ー」
「はーい、――って、雛。
 それと、」
 割烹着を着た細身の女性、静葉と呼ばれた彼女は不思議そうにお雛様を抱えているメリーを見て、
「人間?」
「ええ、特別参加」
「珍しいわね。あ、じゃあそっちの人も何か食べて行く?」
「そうね」メニューを見る、焼きそば、お好み焼き、たこ焼き、と「じゃあ、焼きそばとたこ焼きを二つずつ」
「了解」静葉さんは振り返って「穣子ー、焼きそばとたこ焼き二つー」
「ああっ、待って待ってっ、これから作るからっ」
 奥から声、しょうがないわねえ、と静葉さんが、
「じゃあ、適当なところで座ってて後で届けるから」
「え、ええ、ありがと」
「きゃーっ、焼きそばが焦げたー?」
「穣子っ、ちょっと待って、そっち行くからっ」
 きゃーっ、と悲鳴がもう一度上がる。――まあ、いっか。
「それじゃあ、適当なところに座って待ってますか」
「そうね」
 近くのベンチに腰を下ろす。
 そして、呆、と縁日の喧騒を見る。
 ざわめく声、賑やかな音、神様か何かは知らないけど、子どもは駆け回り、大人は歩く。聞こえる談笑、ただ賑やかに、縁日の灯りは遠野を染める。
 ただ、それでも、――――「あ、あの、お待たせしまし、た」
「あら、ありがとう。キスメ」
「う、うん」
 おどおどと、小さな女の子は手の中のパックを見て、こちらを見て、――――うん、と。
 置き場所に困っているのかな? だから、
「ありがと、キスメちゃん」
 パックを受け取って膝の上に、そして、頭を撫でてあげる。
「あ、……え、えへへ」
 キスメちゃんは心地よさそうに目を細める。と、
「あーっ、終わった終わった」
「ふう、疲れたわ」
「あ、静葉さん。穣子さん」
「やっほー」
 静葉さんは手を振る。穣子は首をかしげて、
「静葉、知り合い?」
「さっきのお客さんよ。
 雛の友達みたい」
「へえ」
 頷いて彼女たちは私たちの対面へ。
「キスメも座りなさいよ」
「あ、――え、う、あの」
 ? どうしたんだろ。
 キスメちゃんは、相変わらずメリーに抱きかかえられているお雛様を見て、向こうを見て、私を見て、俯いて、――と、忙しない。
「あっ、あれですよ。蓮子さんっ」
「ごめん、文。あれじゃあわからない」
「わかってないですねえ」肩を竦められた。なんか悔しい「ほら、お雛様、ああいうのしてほしいんじゃないですか?」
「私に?」
「ええ、是非してもらったら?
 いいわよー」
 メリーの首に両手をまわして抱きつくお雛様、メリーは苦笑してその頭を撫でる。
 そんなものかも、――さとりちゃんも好きだし、だから、
「ん、いいわよ」
 頷いて、ひょい、と抱えあげる。そのまま、すとん、と。
「わ、わあ」
 膝の上に載せてあげる。キスメちゃんは身を小さくする。苦笑、頭を撫でながら、
「いいわよ、そんなに小さくならなくても」
「う、うん」
「それにしても食べにくそうですね」
「あー、そうかも」
「え?」
 不安そうに見上げるキスメちゃん。
「落とさないように気をつけないとね」
「蓮子、それは当り前よ」
 メリーがお雛様を膝の上に載せて焼きそばを食べる。一口食べて、
「美味しいわ、こういう屋台のって味ばっかり濃い印象があるんだけど」
「あら、ありがと」
 穣子さんが嬉しそうに笑う、けど、
「穣子、あんまり喜ばないの、貴女焦がしてばっかりだったじゃない」
「べ、別に、ちょっと目を離したらああなってたのよっ」
「料理中に目を離しちゃだめでしょ。火を使ってるんだから」
「うぐー」
 …………なんていうか、
「随分と、家庭的な神様ね」
 静葉さんはたこ焼きを一口、「あつっ」と呟いて、
「まあね、私はゴンゲサマ、家宅の神だから」
「私もよ」
 にこにこ、と穣子さん、――なら、
「えと、キスメちゃん、も?」
「え? あ、う、ううん。ご、ごめんなさい」
「いや、謝らなくていいわよ」
「うん、私は、ゴンゲサマ、じゃない、の。
 カクラサマ、なの」
 カクラサマ。――なんだっけ?
 なにか、聞きおぼえがある。面白いエピソードがあったんだけど、……えっと、
「あややっ、カクラサマって言ったら祟りが怖い神様ですねっ」
「…………あ、そういえば」
「祟り?」
 問いに、キスメちゃんは少し膨れて、
「だ、だって、……せっかく、一緒に遊んでたのに、」
 祟り、遊んでた、神様、……あ、
「子どもに乱暴に扱われたのを咎めた大人を、遊びを邪魔したっていう理由で祟った?」
 いや、そりゃないでしょ、と内心で突っ込みを入れたのを思い出す。
「だって、一緒に遊んでたのに」
「神様は遊ぶのが大好きなのよ。
 ねえ、姉さん」
「そうよねっ、遊ぶのは好きよ。
 あとは田植とかのお手伝いも」
「……家庭的な神様ね」
 本当に好きなんだろうなあ、とにこにこと話す二人を見て思う、現世利益。――物凄く直接的な利益よね、それ、お手伝いって、
 ただ、それもある、『遠野物語』に語られている。田植を手伝い、神像の下半分を泥まみれにした神様。――確か、それがオクナイサマ、だっけ?
「まあね」お雛様は苦笑して「天神地祇みたいな、強い力を持つ自然の神格化みたいな神様じゃないし、人に近いのよね、私たち」
「まあ、仏みたいに輪廻転生の面倒を見るなんてことまで出来ないけどね」
 静葉さんは苦笑する、せいぜい田植の手伝いくらいよねえ、と穣子さん。
 天神地祇のような大きな力を持たず、仏のように救いのために現世を超えてまで人に影響をする事も出来ない。
 出来る事は、少しだけ、人の手伝いをするくらい。
 大きな力を持たないけど、とても、人に近い、土着の神様。……それでも、それは、
「そういう神様も素敵ね」
 にっこりと、メリーが笑う。
「私もそう思うわ。大切な隣人って感じで、なんていうか」
 なんていうのかな、……そう、天神地祇や仏も、そうかもしれないけど、
「誰よりも近くで見守ってくれてるみたいで、有り難いわ」
「あ、あははは、そういうふうに言われると、照れるわね」
 穣子さんが頬を掻く、その顔は赤い。
「ふふ、ありがと」
 静葉さんは微笑んで頷いた。
 ふと、神様。
「ねえ、諏訪子ちゃんって知ってる?」
 問いに、そろって、
「ええ、私たちの代わりにたこ焼き作ってるわ」
 これ? ねえ、手元のたこ焼きを一つ。美味しい。
「彼女、出来るのですか?」
 文も知り合いなんだ。――うーん、……
「イメージで言うけど、あんまり料理得意そうじゃないわよね」
「ですよねえ」
 それと、
「あのさ、文も、だけど、
 『猫っ子と狐どん』っていう昔噺、知ってる?」
「知ってますけど、肝心の部分はぶち抜けていますよねえ」
 いや残念、と文。
「妖怪が出るのよね、確か」
 穣子さんが首をかしげて、静葉さんが頷く。
「直接妖怪って表現しているのが珍しいかもしれないけど、でも、普通の昔噺でしょ?
 噺の欠落なんてたまにある事よ」
「でも、」
 不意に言葉が続く、キスメちゃん?
 彼女は、膝の上から私を見上げて、
「よ、妖怪さんは、ちゃんと、叶えてあげたって、……だから、たぶん、その、悪い御噺。じゃ、ないと思う、よ」
「そうね」
 精一杯言葉を紡ぐ彼女、何となく可愛くなってその頭を撫でてあげる。
 キスメちゃんは心地よさそうに目を細めた。

 ぷわーっ、ぱーっ! と、賑やかな音。
「なんでしょう?」
 文がぐるり、と辺りを見る。聞こえて来たのは路上で、それは、
「あっ、『プリズムリバー』っ」
 ぷわー? と、……器用ね、メルラン、トランペットで疑問符、って、
「あれ? 蓮子、だっけ?
 『博麗』で霊夢と飲み比べした」
 おおっ、と慄く文。――ともかく、
「ええ、そうよ。
 こんばんわ、リリカ」
「ええ、こんばんわ」
「こんばんわ」
 ルナサも手を止めて一礼、最後に、
 ぷわーっ、と。
「メルラン、挨拶くらいちゃんとしなさい」
「ん、ごめんねー
 それと、こんばんわーっ」
「ええ、こんばんわ」
 ちょいちょい、とメリーがお雛様の手を引いて、
「人は、参加できない?」
 必死に自己アピールする文は無視。
 そうなんだけど、とお雛様は首をかしげる。けど、
「かもしれないけど、でも、私たちは演奏家。
 聞いてくれる相手がいるのなら、どこにだって行くわ」
「そのために全霊を、ねっ!」「それが故に全力で、ねっ!」
 ルナサの言葉にリリカとメルランがそれぞれ応じる。ぱんっ、と二人は手を合わせて、
「音を楽しむのに人である必要はないっ!」「音を楽しむのは神である理由はないっ!」
「……リリカ、メルラン、楽しそうね」
 ルナサは苦笑、だから、と。
「どこにでも行くわ。
 誰かが楽しんでくれるなら、それで理由は十分よ。私たちはそこに行き、音を奏でる」
「……凄いわね」
 正直に、感想が出た。
 楽しんでくれる誰かがいるのなら、どこにだって行く、か。
「なんか、照れるわね。そう言われると」
 ルナサは困ったように言う。どんっ、と彼女の背が叩かれて、
「姉さん照れる必要なんてないわよっ!」
「私はメルランとは違うわ」
 笑顔のメルランに、苦笑のルナサ。
「でも、私も凄いと思うわ。
 それに、格好いいわ」
「あ、ありがと」
 頬を掻いてルナサ。
「おお、メルラン姉さんっ、ルナサ姉さんが照れてるっ!」
「可愛いーっ」
「う、うるさいよっ!」
 ぷわーっ、とメルランは無視して音を掻きならす。
「さて、じゃあ私たちはこのままチンドン屋続けよっか」
「なにをやるの?」
 チンドン屋、何をやるのか、出来れば、付き合ってみたい。
「なにってわけじゃないよ?」リリカはキーボードを見せて「チンドン屋、賑やかし、適当な演奏しながら町を歩くだけ」
 なら、
「ご一緒してよろしいですか? ですか?」
 にやーっ、と文が笑う。うーん、けど、
「いいよ。
 まあ、こっちは演奏しながらだからずっと話しているわけにはいかないけどね」
 ルナサもそう言ってくれた。――けど、
「いいわ。
 邪魔するわけにもいかないもの」
 え? と、視線が集まる、けど、
「私たちは気にしないわよ?」
 メルランが首をかしげる、けど、
「そういうことなら、」ルナサはメルランの肩を抑えて「あとで、演奏するから、是非聞きに来てね」
「ええ、もちろん」
「ルナサ姉さん、いいの?」
「いいから、行くよ」
 ルナサはこちらに一礼して、バイオリンを構える。メルランとリリカもこちらに会釈、会釈を返すとまた三人はそれぞれの楽器を鳴らしていった。
「よかったのですか?」
「うーん、まあ、ああ言ってくれたけど、――やっぱり、邪魔になっちゃかなって」
「そうねえ」お雛様を抱えたメリーも肩をすくめて「後ろにくっついてばかりじゃ気が散っちゃうかもしれないし」
「ふむ、蓮子さんはそのような気遣いも出来たのですね。
 文はびっくりです」
「殴っていい?」
 いえ、勘弁、と、文は両手をあげた。

 ふと、――――

「あ、れ?」
 ここは?
 暗い、暗い、暗い、町の中。
 影絵のようにのっぺりと立つ、祭囃子の喧騒が遠い。――ここは、どこ?
「縁日に参加してたつもりなんだけど」
 辺りを見る、一緒に歩いていたはずのメリーやお雛様、文もいない。
「さすが縁日ね、……それとも、遠野っていうべきかしら」
 町で隠される、のも予想外ね。内心で苦笑しながらネクタイを緩める。
 隠される、か。――――さて、
 適当に、月を見ながら歩き出す、星を見ながら歩き出す。ネクタイの結び目を弄りながら歩き出す。
「月の妖鳥に迷子は効かないわ。
 夜天は世界と私の存在を確立してくれるの、時刻と、場所を持ってね」
 それと、――と、暗い街を見て嗤う。
「私は世界の在り方を規定する。
 物理屋だもんね」
 とはいえ、さてどうしたものかな、と。私は辺りを見る。
 ここが分かっても、とはいえ出られるわけじゃない。
 何か、私を隠した何かは近くにいる、と思う。だけど、まずはここから出ないとね。
「メリーも心配、――してるわよね、たぶん」
 だから、適当に歩き出す。何かないか、なにか、外につながるものは、
 何か、――こんなところで隠されて終わり、なんて、絶対に御免ね。
 辺りを探る足が小走りになる、暗い、暗い町を一人走る。
 迷う事はない。私の瞳は私の存在を教えてくれる。ここにいる、と。
 あとは、ここから出ればいい。――んだけど、
「どうしたものかしらね」
 なら、……呼吸を整える。辺りに誰もいない事を確認。
 いや、無駄だったら虚しいからね。――いない、だから、私は息を大きく吸う。
 せーのっ、
「誰か助けてーーーっ!」
 困った時は助けを求める。と、声をあげる。町中で思い切り大声を出すのはなかなかできない体験。
 反響はない、ただ。ぐっ、と手を引かれる。
「まったく、なにやってるのよ?」
「うわ、本当に助けが来た」
「……余裕ね」
 助けに来てくれた人、隠され、それでも一度遠野に戻った彼女、
「サムトの「ぎろっ」――ごめん。レティ」
「まったく、町に隠されるなんて珍しいことしているわね」
「あははは、同感」
 呆れるレティに、私は苦笑して応じる。
「出られる?」
 山に隠され、それでも戻ってきたレティに問いかける。答えは、
「出られるわ」苦笑「行きましょう。相方が探してたわよ」
「心配かけちゃった?」
 レティは私の手を引いて走り出す。当り前よ、と彼女は、
「隣人がいきなりいなくなった。心配しない方がおかしいわ」
 暗い町を私とレティは走る。今までとは違う、走るたびに、少しずつ何かがずれる気配。それと、近くに、…………
「レティ、出口は近い?」
「ええ」
 なら、と私は笑う。
「ね、レティ」
「なによ? さっきから」
 手を引くレティは、少し不機嫌そうに振り返り、彼女を見て私は笑う。
「外出たら、ちょっと一緒に散歩しましょ?」
「…………ほんと、余裕ね。って、ちょっ」
 レティは目を見開く、彼女の手を振り払った私、そして、ひゅんっ、と緩んだネクタイを一気にほどく。
 近くにいた、ネクタイを振るう。
 なにもいない、ただ、その途中で、確実に何かに当たる。
「きゃっ!」「そこっ!」
 声、聞こえて来た位置は真横。
 だから、そっちを向くため、足を軸に体を振りまわす、そして、その動きとは別に、足を振り上げる。
「へ?」
 きょとん、とした少女、そのわき腹に足を叩き込んだ。

 ぶつんっ、

「…………蓮子さん、何やってるんですか?」
 お腹を抱えてのたうちまわる女の子が足元に、で、そんな私を呆然とした目で見る文。
「うわあ」
 レティは変な声をあげる。
「まあ、何やってるのかしらねえ」
「ぬ、おおお、い、いたい、物凄く痛い」
「あやや、経立じゃないですか」
「なんだっけ?」
「化け動物ですよ。
 猿が有名ですけどね」
 どうも、振り上げた足はわき腹にクリティカルヒットしたらしい、文字通り道路にのたうちまわる経立。
「でも、どうしたんですか?」
「さあ、どうも街中で隠されたみたいね」
 のたうちまわる経立から視線を外して、レティが肩をすくめる。
「へえ、神隠しから生還したのですか」
 凄いですね、と本気で言う文。
「まあ、レティのおかげよ」
「半分はね」レティは不思議そうに私を見て「完全に迷子になってたら見つけられなかったわ」
「そういうもの?」
「迷う、という意味を勉強しなさいよ」
 はあい、と私は呆れた目を向けるレティに肩をすくめて応じる。けど、
 現在位置を月から読み取る私に、迷子はない、か。
「で」文はぐったりとしている経立を示して「こっちの惨状は何ですか?」
「いや、近くにいるんじゃないかなあ、と」右手に持っているネクタイを見せて「これ、振り回したら案外近くで当たったから、そこめがけて、ガツンと一発」
「いきなりこっちの手を振り払って、何やるかと思ったわよ、ほんと」
「で、この惨状ですか。
 なんていうか、御見それしましたよ、ほんと」
 苦笑する文に私は胸を張って、
「ふふ、これでも実践派オカルトサークルなのよ」
「実戦派? 化け物退治でもしているんですか?」
「あ、いや、違うわ。
 こんなか弱き乙女がそんな危険なことするわけないでしょ」
 レティと文は黙って私の足もとでぐったりしている経立を示す。私は見ないふり。
「けほっ、――うう、痛い」
「あ、復活しましたね」「復活したわね」
「ほんとね」
 どーしよ、ともかく、手を貸す。
「ありがと、――うう、痛かったわ」
「そうでしょうね、物凄く綺麗に入ってたし」
「た、退治? 貴女はさては猟師っ?」
「なわけがないでしょ」
 回し蹴りで獲物をしとめる猟師がいたら見てみたい。
「まあ、いいでしょ。
 それで、蓮子さん、メリーさんとかが探してますよ。縁日なんですから」
「それは探している理由になるの? まあ、いっか」
 ふと、視線を向ける。むー、と警戒した視線が返される。
 だから、私は視線を合わせて、
「ね、貴女、名前は?」
「……ぬえ。
 言っておくけど、私だって簡単には退治されないからね」
「しないって」倒れている、その手をとって「どうせなんだから、一緒に行きましょうか」
「へ?」「蓮子さん、貴女馬鹿ですか?」
「…………なんでよ、文」
「貴女は馬鹿」
「レティ、恩人にこういう事を言うのも何だけど、蹴飛ばしていい?」
 レティは真顔で距離をとった。物凄く警戒された。――いや、別に格闘とかやってないし、ぬえ相手のだって偶然だから、
 そんな私たちを見て、文は肩をすくめる。
「隠されかけたのでしょ? どうしてそういう相手に手を差し伸べるのですか?
 退治しないというのならともかく」
「私は退治されないだけでも十分意外よ」
 だって、ねえ。
「せっかくの縁日なんだから、一緒に楽しんでくれる人は多いに越したことないわ」
 だから、と無理矢理私はその手をとって、
「一緒に楽しみましょう」
 呆れたようなため息、苦笑、蓮子さんらしいですね、と。
「変な奴」
「うるさい。もう一発蹴飛ばすわよ」
 ぐ、と向き直る。ぬえは慌てて後退。
「もうやめて、ほんと痛かったんだからっ」
「あははっ、それにしても、本当に面白い人です。貴女は。
 出会えたこと、感謝しなければなりませんねっ」
 あははっ、とお腹を抱えて笑う文。
「ほんと、変な人」
 レティも笑いながら言う。
 なにかな、――笑われた事、ムッとしてもいいと思うんだけど、
「まったく」
 お腹を抱えて笑う文、苦笑するレティ、それと、
「なんでぬえまで笑うのよ」
「あ、……あははははっ」
 肩を震わせるぬえ。私が声をかけたのを皮切りに、本格的に笑いだす。――ああもうっ、
「笑うなーっ!」
 縁日の夜に私の声が響く、響いて、それでもレティと文とぬえは肩を震わせて笑い続けた。
「笑い事じゃないわよっ、このバカっ!」
「あだっ!」
 すぱんっ、と音。
 振り返る、と。
「あ、メリー」
「まったく、いきなりいなくなって、どれだけ心配したと思ってるのよっ!」
「まあ、見つかってよかったわ」
 静葉さんと穣子さんも安心したようにため息。
「ごめん、心配かけたわね」
「まあまあ、メリーさんも、悪いのはそっちのぬえなので、あまり蓮子さんを責めないでください」
「そっち?」
 メリーの視線がぬえに向けられる。む、とぬえは警戒。
「そ、彼女が町に蓮子を隠したのよ。
 とりあえず何事もなくこっちに引っ張りこめたけどね」
「ま、らしいわ。
 なんとかなったし、別に害もなかったから気にしなくていいわよ」
「貴女が少し気にしなさい」はあ、とため息「それより、蓮子、行きましょ」
「ん、どっかいくところってあった?」
 あ、
「『プリズムリバー』は?」
「終わっちゃったわよ」
 はあ、とメリーがため息。そして、
「ぬ〜え〜」
「えっ? あ、な、ご、ごめんっ」
 睨むと、ぬえは文の後ろに隠れる。
「あややっ、私を盾にしないでくださいっ。
 っていうか、蓮子さん怖い怖い」
 だから、とメリーは声をあげる。
「花火がまだあるわ。
 それは見逃せないわよっ」
「ほんとっ?」
「だから探してたんじゃないっ! 急がないと始まるわよっ!」
 そう言ってお雛様を落さないように、走り出す。
 なら、
「文っ、ぬえっ、レティも、急ぐわよっ!」
「ええ、そうね」
 約束していたから、笑ってついてくるレティ。はいいけど、
「あやややっ?」「って、ええっ? 私もっ?」
「いいから付き合いなさいっ!」
 出遅れた二人の手をとって走り出す。つんのめるようにバランスを崩す、けど、
 振り返る、二人は困ったような、呆れたような、……それでも、
「楽しんでるなら、文句を言わないっ」
 二人は笑って、走り出した。

 どーんっ、と大音が響く。
 ぱっ、と大輪の花が咲く。
 そして、ぱらぱら、と。散る。

「綺麗ねー」
「縁日の花ですね」
 ぱしゃぱしゃ、文は写真に没頭。私は膝の上のキスメちゃんを撫でながらその光景に見入る。

 どーんっ、と大音が響く。
 ぱっ、と大輪の花が咲く。
 そして、ぱらぱら、と。散る。

 夜天を焦がす花火。夜空を彩る火の華。
 それは、とても綺麗な光景で、凄く。

 どーんっ、と大音が響く。
 ぱっ、と大輪の花が咲く。
 そして、ぱらぱら、と。散る。

「来て、よかったわね」
「うん」
 メリーの言葉に、私は頷く。それに、と。
「会えてよかったわ」
 お雛様がメリーの腕の中で、花火に見入りながら、ぽつり、という。
「ふふ、雛、照れる事なんてないじゃない」静葉さんはお雛様を優しく撫でて「せっかくの出会いだもの、誇りましょう」
「そうね」

 どーんっ、と大音が響く。
 ぱっ、と大輪の花が咲く。
 そして、ぱらぱら、と。散る。

 お雛様は頷いて、そして、照れくさそうに言った。
 会えてよかった、と。



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