「ねえ、蓮子。
 次どこに行ってみる?」
 自転車に乗りながらの問い――慣れたわね、メリー――に、私はまたハンドルに肘をついて地図を広げる。
 さて、と。どうしようかな。
 頭に引っかかってるのは、
「ねえ、メリー」
「なに? 蓮子」
「昨日さ、お雛様、縁日に行ってるとか、そんな事言ってたわよね。さとりちゃん」
「ええ」
「お祭りよね」「らしいわね」
「今日もかしら?」「それはわからないけど、お雛様なら知っている、かな?」
 うん、とメリーと視線を交わす。
 よし、と頷く。
 なら、と、ペダルに力を込めて、
「いざ征かんっ!
 『Scarlet』のお雛様のもとへっ!」
「って、蓮子蓮子蓮子急に飛ばすなーっ!」

「………………お帰り、早かったね」
 ざしゃっ、と急停止した私に、唖然と小町さんが言う。
 私は自転車から降りて、ふぅ、と一息。
「疲れたー」
「……まあ、随分急いでたみたいだからね」小町さんはへたり込んだ私の手をとってくれて「えと、とりあえず休んできなよ。中涼しいから」
「はぁい」
 自動ドアが開いて、私は中へ。
「すずしー」
「あ、御帰りなさい。蓮子」
 安心した、ほっとしたそんな、映姫さんの笑顔。
 心配かけたんだなー、と、その笑顔を見て思う。けど、
「蓮子、あのさ」
「んあ?」
 小町さんの不安そうな声、そして、映姫さんもその表情を曇らせて、
「メリーちゃんは?」
 ばたんっ、と。
「こ、――の、ば、か、蓮、子」
 ぐたっ、とメリーがのしかかってきた。
 べしょ、と私はメリーの重さに耐えられず倒れる。
 きょとん、とこっちを見ている小町さんと映姫さん、うん。
「「つかれたー」」
「……小町、どうしましょう?」
「とりあえず、飲み物じゃないですか?」

「はあ、縁日、ですか?」
 映姫さんは首をかしげる。
 知らないのかな?
「小町、なにかありましたっけ? 昨日」
「いんや、ないですよ。
 いたって普通な夜でした。御蔭でぐっすり快眠、遅刻はあたいのせいじゃありません」
 真顔で言う小町さんはすぐに「きゃんっ」と可愛い悲鳴をあげる。
「昨夜、……なにか、あったかしら?」
「あ、映姫様、あれじゃないですかい?
 ほら、ザシキワラシとかその辺の連中限定の」
 ぽんっ、と小町さんが手を打つ、そういえば、と映姫さんが頷いた。
「な、何か知ってるんですかっ」
 ただ、縁日、というだけでも楽しそうなのに、
 ザシキワラシとか、その辺、限定っ!
 これは、是非参加したいっ!
「いえ、私たちは知りません、というか、参加できませんので、詳しい事は、…………あ、あの、だから、その、蓮子、落ち着いて、近い、近いです」
「って、あ。」目の前、文字通り目と鼻の先にいる映姫さん「えと、すいません」
「ま、まあ、いいです。
 好奇心旺盛なのは感心な事なのですが、あまり我を忘れないように」
 はー、と一息。と。
「映姫様、顔赤いですけど?」
「黙りなさい小町っ!」
「きゃんっ! 何か今ものすごく痛かったですよっ?」
 さて、
「メリー、大丈夫?」
「そうね、『八意診療所』にはお世話にならなくて済みそうだわ」
 なら、――私はメリーの手をとる、メリーは一気に立ち上がって、
「行きましょう。
 面白ことができる時間は一分一秒で減っていくわ」
「忙しい人生が送れそうね」
 駆け出す、の前に、
「映姫さんっ、小町さんっ」
 ここを出る前に、振り返る。
 休ませてくれて、飲み物をくれて、……心配してくれて、…………まあ、いろいろあるけど、
「「ありがとうございますっ」」
 メリーと並んで頭を下げる。そして、顔をあげる。
「ええ、どういたしまして」「どういたしまして、また遊びに来なよー」
 ふわり、と微笑む映姫さんと、にかっ、と笑う小町さん。
 対照的な笑顔、だけど、一緒にあって全然違和感のない二人。
 いいな、とその思いを秘めて、
「行こう、メリー」
「ええ、行きましょう。蓮子」
 私はメリーと手をとって、駆け出した。

「あれ? 今日は物凄く早いですね」
「ん、ちょっとね」「ただいまーっ」
 お帰りなさい、と美鈴さんの声を聞いて、私達は部屋へ。そして、その向かい側、
「「お雛様っ!」」
 ばたんっ、と開けると。
「あら、私を御指名ね」
「…………」「…………」
「……あ、ごめん」「ごめんなさい」
 喜色満面に近寄ってくるお雛様。
 対して、正座から膝を抱えて、すすすす、と隅っこの方に移動したさとりちゃんとこいしちゃん。
 うわ、隅っこでのの字書いてる。
「ど、どうしよう」
 嬉しそうな表情でくるくる回るお雛様。対して、隅っこで幸福を呼び寄せるどころか不幸を招きかねない程度には暗いノリでのの字を書くさとりちゃんとこいしちゃん。
「さとり様ー」
「いいのよ。お燐、蓮子さんは私達よりお雛様を選んだのだから」
「お空ー、メリーに捨てられたー」
 隅っこでお燐を撫でるさとりちゃんと、お空を締めあげて抱きしめるこいしちゃん。
「ぷっ、ふふっ」
「お、お雛様に笑われたっ」
「あ、あははっ」ころころとお雛様は笑って「ご、ごめんなさい。二人とも、本当に困ってて、あはははっ」
「だ、だってえ」
 メリーの情けない声、他人事なら笑ってネタにするんだけど、
 文字通り、笑い転がるお雛様。そして、さとりちゃんとこいしちゃんも、
「ふふ、本当に心配していましたね」
「やったねっ、お姉ちゃんっ」
 ぱんっ、と手を鳴らす二人。
 はあ、
「「ほんと、勘弁してよー」」
 情けない声が重なった。
 ともかく、私とメリーはベッドに腰を降ろす。
「それで、どうしたの? 私に用事があったみたいだけど」
「……えっと、それよりお雛様、どうしたの?」
「え?」
 メリーの膝の上に乗ってご満悦なお雛様。
「どう、って、
 お人形さんは女の子に抱きかかえてもらうのが、一番幸せなのよ?」
「……そういうものかしら?」
「ふふ、人形の気持ちをわかってもらおうなんて思ってないわ」
 まあ、そういうものかもしれないわね。
 ちなみに、こいしちゃんは面白くなさそうにお燐の肉球をぷにぷにしている。――柔らかそう。
 で、
「えっと、さとりちゃんはわかる?」
「さあ」私の膝の上に座って顔をほころばせているさとりちゃんは「わからないわ。私はザシキワラシだもの」
 へー……まあ、いっか。
「それで、お雛様。
 昨日の夜、縁日がどうのこうのとか」
「ああ、それ?
 ええ、参加してたわ」
「それっ、私も参加できるっ?」「私も参加してみたいわ」
「ええ、出来るわ」くすっ、と笑って「私と一緒にいるなら、ね?」
「さとりちゃんとこいしちゃんも」
「ええ」
「じゃあ、みんなで一緒に参加しようか」
 うんっ、と返事が返ってきた。
「時間は?」
「夜よ。二十時からだから、夕ご飯食べてからになりそうね」
 時計を見る、まだ午後三時。――さて、
「蓮子、これからどうする?
 遠野の町でも散歩しようと思うんだけど」
「あ、それいいわねっ」
 ナイスっ、とメリーに応じて頷く。
 そして、私とメリーは一度借りている部屋に戻って、
「……あー」
「なんていうか、ごめんなさい」
 不貞腐れた表情のレミィとフランちゃん、そして、困ったように微笑む咲夜さん。
 どーしたものだろ、と言葉に詰まりながら、それでも、
「「ただいま」」
「お帰り、言うのが遅い」
 レミィは、少しだけ表情を和らげ、それでも不機嫌そうに応じた。

「あれ? えっと、パルスィ」
「ん、最近よく来るお客さんじゃない」
 買い物、と近くのデパートで彼女と会った。
「『博麗』の買出し?」
「そ、霊夢が今日はいやな予感がするって。
 リグルが『霧雨道具屋』に食器買いに行ったり、総出ね」
 ふぅん、と頷く。
「っていうか、予感で総出なの?」
 苦笑に、応じたのは、
「ええ、霊夢の予感はよく当たるのよ。
 まあ、貴女達が来る事までは当てられなかったみたいだけど」
 興味津々と、――何がなのかは分からないけど――付いてきたレミィ。
 ちなみに、メリーはフランちゃんと別行動。
「で、そっちの二人は?
 っていうか、オーナー姉が自分で買い物なんて珍しいわね、従者がいるくせに。
 妬ましい、私にもああいう仕事を手伝ってくれる人がほしいわ」
「手伝ってる、じゃなくて任せっぱなしよ」
「レミィ、それは胸を張るところがおかしい」
「妬ましいわっ!」「羨めっ!」
「……うん、レミィ、そんな変な対抗しなくていいと思うわ」
 胸を張るレミィの肩を抑えて退かせる。むぅ、とレミィ。
「まあ、私たちは、……ウィンドウショッピング、よ」
「窓なんて買ってどうするのよ?」
 あ、そう来たか。――ただ、ならなんて説明しよう。
 暇つぶし、とは仕事をしている彼女には言い難しい。
 が、パルスィは肩をすくめて、
「冗談よ。
 京都に何が売ってるのか知らないけど、そっちにはないものが売ってるかもしれないから、見て行くのもいい記念かもね」
「そ、そうよ、そうっ」
「はっきりと暇つぶしって言えばいいじゃない。
 夕食までの、……霊夢がいやな予感を感じている夕食までの」
「え? いや、レミィ、そこは言い直さなくていいと思うわ」
「この暇人がっ! 妬ましいわっ!」
「ごめんなさいっ!」
 なんか物凄い勢いで怒られた。
 とはいえ、
「売っているモノ自体はあんまり変わらないわね」
「そう?」
「うん、…………見た目は」
 場所は食料品コーナー、瑞々しい野菜とか、袋に入ったお米とかが売られている。
 そういえば、
「これ、全部天然よね? 凄い」
「…………えと、何に感動しているのか解らないんだけど?」
 パルスィが慄いている。
「あんたらって普段何食べてるのよ?」
「合成食料品、……………………」私はパルスィの肩を掴んで「毎日天然物を食べてる貴女達が妬ましいわっ!」
「ごめんなさいっ!」
 パルスィが項垂れた。レミィはけらけら笑う。
「ま、そんな不味そうな響きの食べ物はどうでもいいよ。
 それに『博麗』で出てくるのは百パーセント天然素材だから、今のうち堪能しておくといいわ」
「それはもちろん十分に」
「ま、そういうことなら手伝ってよ。
 ヒマなんでしょ?」
 どうしようかな、と私はレミィを見る。
 手伝うのは構わないし、一緒に買い物、というのもいいと思う。
 けど、
「いいんじゃない? 私は手伝うつもりないけど、付き合うくらいはするよ」
 そう、
「それじゃ、手伝うわ」
「ん、…………その、」
「ん?」
 パルスィは、何か言いにくそうに視線をそらして、小さな声で、
「あ、……ありが、と」
「ええ、どういたしまして」
 お礼の言葉、小さく告げられた言葉に、浮かぶ笑みをそのままに、そう返した。
 パルスィは、その言葉を聞いてそっぽを向いた。
「ああ妬ましい妬ましい」
「なにがよ?」
 そして、そんな私たちを見て、レミィはにやー、と笑っていた。

 私は買い物かごを持って、レミィは宣言通り特に何も持たず、ちょろちょろと私たちの周りを回る。
「それで、あと何を買うの?」
「野菜ね。
 かさばるのとかよく使うのはまとめて発注してる、から、細かいのをちょっと」
 そう言ってパルスィは歩き出す。けど、
 天然かあ。
 天然の野菜といえば、前に見たのは、…………メリーが夢から持ってきた謎のタケノコくらい、かしら? まあ、もう食べられるようなものじゃないけど、
「そんなに面白い?」
 レミィは首をかしげる。
「まあ、ね。
 さっき言った理由で」
「ふぅん、難儀ね。
 いや、それで楽しめるのは羨ましいかも」
「それで楽しめるようになったらある意味終わってると思うわ、日常」
 それもそうね、とレミィはけらけら笑う。
「そこ、手伝ってくれるなら急いで、忙しくなる前に戻らないと」
「ああ、ごめんごめん」
 先行するパルスィが振り返る。私は足を急がせ、レミィが続く。
 そして、シソ、かな? 束で売られている葉をまとめて籠の中へ。
「それと、ミョウガ、と、パセリ、と、」
 いくつかの香草類を無造作に取って私が持っている籠に放り投げる。
「私パセリとか食べないんだけど、なんで入ってるのかしらね?」
「彩りの問題でしょ? こういうのがないとテーブルの上が茶色くなるわ」
 茶色くって、――ああ、でも、確かにそうかも。
 唐揚げとかポテトとか、揚げ物ばかりが並ぶテーブル、それを想像して納得する。
「…………確かに、必要かもしれないわね」
 レミィも重々しい表情で頷いた。
「子どもは茶色いものばっかり頼むから、サラダとかも少しは食べなさい。野菜よ野菜」
「……う〜」
「レミィ、心当たりある?」
 問いに、レミィはムッとした表情で、
「う、うるさいっ。そっちの方が美味しいのよっ」
 うん、
「な、なんで撫でるのよっ!」
 顔を真っ赤にしてうがーっ、と、そんな勢いで吼えるレミィ。
「いやあ、つい、可愛くて」
「う、うるさいわねっ」
 むーっ、とした表情で睨むレミィ。――ごめん、そういうところが可愛いんだけど。
「妬ましい」
「ん? 何か言った?」
 小さな声で、何か言われたような気がする。
「別に、なんでもないわよ」
 パルスィはそっぽを向いて歩き出した。
「うーん、怒らしちゃったわね」
 苦笑、レミィも同意する、と思ったんだけど、
「…………変な奴」
「私が?」
「貴女以上に変な奴なんて言ったら霊夢くらいよ」
「失礼ね、……って、言っちゃっていいのかしらね?」
 ともかく、先行するパルスィを追いかける。
「ごめんね」
「怒ってないわ。別に、ただ何となくねた……不機嫌になっただけ」
「ネタ?」
「忘れなさい」
 びしっ、とパルスィがちょっと格好良く睨む。
「了解」
 降参、と私は両手をあげる。そんな私たちのやり取りにレミィがくすくす笑う。
「さて、次は何を買うの?」
 と、
「れーんこっ」
「わ、とっ、な、なに?」
 振り返る、と私の背中にしがみつくレミィ。
「え? なに? 実はレミィ子泣き爺だったの?」
「絞め殺すぞ?」
 ごめんなさい。
「いいじゃない、さとりもいないんだし、浮気気分で甘えさせてよ?」
「咲夜さんにやりなさいな、彼女、たぶん喜ぶから」
「それはいや。あいつ絶対余計な事考えるから」
「微妙に信頼してないわね、従者」
「信頼はしているわ。信用もしている。
 その上で確信する。ろくな事考えないって」
 それは信用しているのかしら? まあ、いいか。
 レミィは小柄で、背中にかかる負荷も気になるほどじゃない。
「落ちても文句言わないでよ?」
「大丈夫よ」
 言葉通り、ぎゅっと、しがみつく。
 大丈夫か、と歩き出して思う。――――「ぱ、パルちゃん?」
「……誰よ?」
 じとーっと、何とも言えぬ重々しい目で私を睨むパルスィ。
 やばい、何も考えず無条件で謝りそう。
 えっと、…………ど、どうしよ?
「羨ましい?」にやー、とそんな感じでレミィは笑う「どうせだれもいないんだから、少しは素直になってみれば?」
 言うなり、むに、と柔らかい感触。
「れ、レミィ」
「んー、蓮子の頬っぺた思ったより柔らかいわね。
 これは、たべたら美味しそう」
「いや、怖いから、怖いわよそれかなり」
 とはいえ、それはレミィも同じ、私の頬に押し付けられる感触は柔らかい。
 パルスィは、じゃれあってるんだかなんだか、ともかく私たちを見て、言いにくそうにそっぽを向いて、辺りを見たり、頬を赤くして睨んだりと、忙しい。
 そういえば、いつも妬ましい、とか言ってたっけ?
 自分もそうありたい、そうしたい、そうしてほしい、でも、口に出すのは照れくさいからそんな事を言ってたのかな。
「…………て」
 それでも、彼女は小さな声で、精一杯。
「お、お手伝い、したから、褒め、て」
 うん、
「がんばってるのね。
 偉いわ」
 腰を落とし、視線を合わせて、その髪を撫でながら言う。
 パルスィは、やっぱり俯いて、髪の間から見える耳まで真っ赤にして、――聞き取れないほど、小さな声で、呟いた。
「あり、が、と」
 さて、と。立ち上がる。まだ顔は赤いけど、少しすっきりした表情でパルスィも顔をあげる。
 うん、よかった。
「だが、蓮子の背中は譲らないわっ」
「……いいわよ、そのままへばりついてても」
「その表現は気に入らないわね。
 せっかく私が抱きついてるのに、ほら、どきどきしない?」
「しない」
 切り捨てるとレミィは後ろから文句を言う。
「まったく」パルスィは、苦笑一つ「好き勝手そんなふうに甘えられる貴女が、本気で妬ましいわ」
「ふふ、思う存分羨んでいいわよ」
「うるさ、…………い、……」
「パルスィ?」
「ん?」
 パルスィの表情が、じわじわと赤くなる。そして、何か言いたそうに口をぱくぱくさせてる。
 その視線は私たちを貫いて奥へ。……振り返る。
 腰に手を当てて、すっごく、物凄く、いい笑顔を浮かべる。彼女が笑いながら、
「へえええええええええ、パルちゃんかわいいー」
「や、やや、ヤマメっ! なんで貴女がいるのよっ!」
 にたーっ、と笑うヤマメ。
「なんでって、私も一緒に買い物してたじゃない。
 ふっふっふー」
「あ、あ、あわ、あ、あうぅ」
 ヤマメの出現に、パルスィは顔を真っ赤にする。――えっと、
「どこから?」
「そっちのお嬢さんが蓮子の背中にへばりついたあたり」
「その表現やめなさい」
 むすっ、とした表情でレミィ。ヤマメはにたーっ、と笑う。
 そして、そのままに、
「パルちゃん可愛いー」
「ヤマメーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
 パルちゃん爆発。
 買い物かごを放り出し、パルスィはヤマメに跳びかかる、ヤマメは逃げ出し、パルスィは追いかける。
 うーん?
「レミィ、どうしよう?」
「手伝ってるんでしょ? そのまま手伝ってあげれば」
 それもそうね。
「レミィ、手伝ってくれる?」
「この場は私が占領したわ」
「背中を占領されてもねえ」
 どーしたものだろ。
「ま、買い物は続けるんでしょ?」ふわり、とレミィは私の背中から降りて「とりあえず、こっちは持ってるからこの辺ぶらぶらしてましょうか」
「それもそうね。パルスィが戻ってくるまで」

「あっ、お姉様っ」
「フランドール、って、何見てるのよ? こんなところで」

 デパートの二階、キャンプ用品が売っているところ、
 メリーとフランちゃん、それと、
「白蓮さん?」
「こんにちわ、蓮子さん」
 優しく微笑む白蓮さん。――はて、
「『遠野ふるさと村』で使うの?」
「いいえ、違います。……まあ、いつか使おうとは思いますけど」
 けど、と彼女は笑って、
「明日はお休みですよね。
 猿ヶ石川の近くでバーベキューでもやろうって、メリーさんと話していたのです」
 バーベキュー、……うん。
 私は白蓮さんの手をとる。
「是非、やりましょうっ!」
「蓮子さんならそう言ってくれると信じてました」
「そりゃあお祭り大好きな蓮子だし、乗らないわけないわよね」
「当り前じゃないっ! ねえっ、フランちゃんっ」
「うんっ! 面白そうっ!
 お姉様っ! 参加するよねっ!」
「そうだね。咲夜と美鈴も誘って、ぱーっとやろうか」
「あ、川の近くだから、水着とは言いませんけど、多少濡れてもいい格好のほうがいいですよ」
「それもそうねえ」
 たぶん、テンションが極まったフランちゃんとか川に突貫しかねないし。
「あと、食材なのですけど」
 困ったように白蓮さんは首をかしげて、
「どうしましょうか? あまり沢山だと冷蔵庫に入りませんよね」
「っていうか、白蓮さんたちって家あるの?」
 問いに、苦笑が返され、
「それはもちろん、『遠野ふるさと村』で寝泊まりしているわけではありませんよ」
 あ、違うんだ。
「まあ、たまにそっちに泊っちゃうときもありますけどね」
 苦笑、それを見てか、ふとレミィは、
「うちの貯蔵庫にでも放り込んでおけばいいわよ。
 確か空きあったはずだし」
「そうですか?」
「こっちも食材持っていこうかな」
「お姉様っ、魔理沙とか霊夢とかも誘おうよっ
 きっと面白いわよっ」
「それもそうね」
 ふと、レミィはこっちを見る。
「ぱーっと、思い切り騒ぎましょうか」
「うんっ」
「うん、と、
 と、すると、蓮子。明日は町中で騒ぐ?」
 少し遠く、今まで通り自転車で観光地を回るのではなく、……その問いの答えは。
「メリー、貴女はどうしたい?」
「そうね、蓮子がまた出かけるって言ったら、御一人でどうぞ、と言おうと思ってたわ」
「あらそれは奇遇ね。
 じゃあ、明日は思う存分はしゃぎましょうか」
 よしっ、とレミィとフランちゃんが頷く。
「ふふ、明日はにぎやかな事になりそうですね」
 白蓮さんは楽しそうに微笑んだ。なら、と。
「そうですね。
 レミリアさん、ついでに私達も泊っていいですか? バーベキューに必要なもの買って、とりあえずレミリアさんのホテルに置かせてもらって、明日全部まとめて持っていきます」
「構わないわよ」
 けど、とレミィは首をかしげ、
「別に荷物を置いていくなら泊る必要もないでしょ?」
 あら、と白蓮さんが、
「面白そう、ではだめですか?
 ねえ、蓮子さん」
「……あははははは」
 横目でレミィを見る、レミィはにや、と笑って、
「まあ、そうだね。
 面白そうだからねえ」
「私そんな娯楽提供した覚えないんだけど?」
「提供はしてないけど、発散されているのよ。蓮子」
「……メリー、意味わからないわ」
「香水の匂いみたいに?」
「ええ」
「ちょっと待ってよっ、余計意味わからないわよっ!」
 首をかしげるフランちゃんにここぞとばかりに頷くメリー。
 っていうか、どういう発散よっ。
「ほら」「まあね」
「なにに納得しているのっ?」

 そして帰り、合流した水蜜と一輪と一緒に、『Scarlet』へ戻る。
 と、
「ま、負けました」
「ふふ、私の勝ちね」
「え? 何が?」
 『Scarlet』の玄関口、そこで不敵に笑う咲夜さんと、肩を落とす美鈴さん。
「美鈴と賭けていたのよ。
 蓮子さんがまた新しいお客さんを連れてくる、と」
「ほら、娯楽提供してる」
 どうだ、とメリーは胸を張った。――そして、こればかりは否定できなかった。
 って、
「メリーメリー、これは貴女もじゃないっ!」
「え? そう?」
「どっちもどっちですよ」
 水蜜は、苦笑して言った。

 さて、夕食。私たちは『博麗』へ。
 がらっ、と扉を開ける。と、
「蓮子ーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
「えっ? な、なに? 何で入ったら怒られるの私?」
「しょうがないわよ、蓮子だもの」
「意味わからないわよっ!」
「あ、あははは、こんにちわ」
 困ったような笑顔に、やってきたのは、
「早苗?」
 割烹着装備の早苗、彼女はえっと、と。
「とりあえず皆さんは奥へどうぞ。
 それと、咲夜さん、美鈴さんはお手伝いです」
「ええっ、またですか」「まあ、お客さんの多い、わね」
「白蓮っ、貴女達もこっち来なさいっ!
 人手がーっ!」
 奥から霊夢の叫び声が響く。あらあら、と白蓮さんが、
「それでは、夕ご飯まで少し働きましょうか。
 水蜜、一輪も、いいですか?」
「ええ、いいわよ」
「構いません、仕事の後のご飯はまたおいしいですから」
 苦笑を伴って五人は奥へ。――相変わらず、お客さんを働かせちゃだめな気がするんだけど、
 ともかく、早苗に案内された奥のテーブルへ。
「それでは、御注文は? ……とりあえず麦酒って感じですか?」
「それでいいですよ」
 さとりちゃんの言葉に早苗は頷いて奥へ。
「いやー、盛況だね。
 さてさて、蓮子の知り合いはどのくらいいるかな?」
「あんまりいないと思うんだけど」
「残念、私がいるさ」
 とん、と肩を叩かれる。その主、
「勇儀さん」
「よっ、思ったより早かったね」
 なら、とその奥を見る。
「んあ、やほー」「おおう、来たんだ」「こんにちわ」
 はたて、椛、にとり、と山にいた三人が揃い踏み、ならもちろん、
「はは、早苗が霊夢に連れて行かれたからどうしようと思ったが」神奈子さんは手元の御猪口を掲げて「こっち、座りなさい、話しをしようか」
 ぎゅっと、右、左。
「え、えっと」
「行かせませんよ?」「残念ね、先約よ」
 右手をさとりちゃん、左手をレミィに抑えられる。――――「あ、あの、咲夜さん、怖い、怖い、ほんと怖いから」
「…………」
 柱の陰から睨まないでください。っていうか、そのジャック・オ・ランタンみたいな笑顔はやめて、怖い。
「ほう、なら、メリーは」
「だめっ」「先約よっ」
 こっちも、こいしちゃんとフランちゃんが抑える。それを見て神奈子さんは苦笑。
「なら仕方ないな。
 そっち遊びに行った時は相手をしてくれ」
「はい、その時はよろしくお願いします」「ええ、楽しみにしているわ」
 神奈子さんに挨拶を返して、私たちは椅子に座る。
「あははっ、相変わらずお姉さん人気者だね」
 早速、さとりちゃんの膝の上に乗ったお燐が笑う。なんでかしらねー
「これも人徳、らしいわ。
 誰かが言ってた」
 なんでそんなものを持っているのか解らないんだけど、と。
「はいはーいっ、皆さん麦酒ですよー」
 くるくるー、とミスティアとルーミアちゃんがそれぞれに麦酒を並べる。
 さて、
「それじゃあ、みんな持った事だし、何人か抜けてるけど「ちょっと待ったっ」なによ?」
 ぱたぱた、と割烹着を外しながら萃香が、
「宴会っ、乾杯っ、乾杯だけは付き合わせて「働けーっ!」みぎゃぁっ!」
 奥から伸びて来た霊夢の手に掴まれて、引きずり戻された。
「萃香、あんなところにいたんだ」
「あはははっ、巻き込まれたからね」勇儀さんはけらけら笑って「萃香っ、安心しなっ、あんたの分も私が乾杯しておいてやるよっ」
 奥から響く抗議の声。
「まったく、せっかくのってきたのに」
 ぶちぶちと文句を言うレミィ。うん、
「じゃ、メリー、代わりに乾杯の音頭をお願い」
「へえっ? 私っ?」
 そんなレミィをにこにこ笑って見ていたメリーに振ってみる、メリーはきょとん、としてから慌てて立ち上がった。
「がんばってっ、メリーお姉ちゃんっ」
 無邪気なこいしちゃんに、メリーはしばらくおたおたして、
「う、うー」
 にやー、と笑う私とレミィとさとりちゃん。
 無邪気に応援するフランちゃんとこいしちゃん。
 そして、そこはかとなく集まる注目、……しん、と厨房の方も静まり返ってる。
「ちょ、な、なんで静かになるの、よお」
 それは、ねえ? ……沈黙を破るのも何なので口には出さない。
 しばらくおろおろして、やがて、「ああもうっ!」と麦酒を掴む。
「乾杯っ!」
「「「乾杯っ!」」」
 違うテーブル、おまけに厨房からさえ、
 『博麗』店内すべてでその言葉が響き渡った。



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