「お帰り、――っていうか、随分急ぎの到着だね」
 自転車を整理していた小町さんの前に滑り込む。
「メリーっ、時間はっ!」
「十七時十五分。
 やったわっ、蓮子」
「つ、つかれたよー」
 へふう、と変な声をあげる小傘ちゃん。
 そのまま自転車にもたれかかってぐったりする私達に、小町さんはからから笑って、
「ま、時間を護るのはいいことだね」
「そうですね。小町。
 貴女もちゃんと守ってほしいのですが」
 ふふん、と胸を張る小町さんの後ろから声。
「あ、映姫さん」
「こんにちわ、それと、お疲れ、のようね」
「あはは、飛ばしてきました」
「いいけど、あまり無茶な走行は控えなさい。
 多少遅れても私達が待てばそれで済む事だけど、もし怪我をしたらそれこそ大事なのよ?」
「「「すいません」」」
 私、メリー、小傘ちゃんと、頭を下げた。
 まあ、とそんな私達を見て映姫さんは笑みを浮かべ、
「真面目なのはいいことね。
 それと、三人にお客さんよ、二名」
 二人、と。
「幽香さん、と?」
「あ、来た」
「レイセン」
 『八意診療所』のか。いや、ほんと感謝。
「そうそう、二人とも、『Scarlet』に泊ってたのね」
「ん、ああ、そうだけど」
 幽香さんは微笑んで、
「そっちに届けたわ。
 メリーと蓮子からのお土産って、」
 そして、何かを思い出して笑う。
「な、なに?」
「オーナーの、妹の方が小躍りして喜んでたわ。
 好かれているわね、貴女達」
「ありがたい、わね。ほんと」
「夕ご飯の前だから気をつけなさい。
 じゃあ、楽しみにしてるわよ」
 最後、ふわりと微笑んで、幽香さんはどこかへ。
「じゃあ、私達も行きましょう。
 えっと、三人?」
 小傘ちゃんは、……小傘ちゃんは、少し悩んで、
「わちきはいいやっ」とんっ、と一歩「代わりに、夕ご飯一緒ねっ」
 そう、と私とメリーは頷いた。だから、
「またねっ」「また、会いましょう」
「うんっ、またねーっ」
 満面の笑顔に大きく振られる手、負けじと、私とメリーも手を振った。
 くすくす、と。
「レイセン?」
「あ、いや、なんでもないです。
 ただ、楽しそうだなあって」
 そうね、と私は頷いた。

「ふふ、随分な頻度で通うわね」
「あはは、面目ないです」
 情けない表情を浮かべているであろう私に、『八意診療所』の永琳先生は面白そうに笑う。
「京都に戻ったらもっと運動するようにしなくちゃだめね」
 メリーも苦笑。そして、
「ん、じゃあ今日は二人とも?」
「「お願いします」」
 深々と頭を下げる私達。永琳先生はそんな私達に微笑みを浮かべ、
「じゃあ、蓮子は、レイセン、お願い。
 メリーは依姫と豊姫ね」
 はい、と返事が重なる。
「じゃあ、蓮子はこっちです」
「出来るの?」
 問いに、レイセンは照れくさそうに笑って、
「まあ、見よう見まねですけど」
 そして、レイセンにいわれるままにベッドに寝転がる。
「悪いわね」
「ううん、大丈夫です。
 これも勉強の一環ですから」
「そう言ってもらえればありがたいわ」
「じゃあ、はじめますね。
 あんまり痛かったら言ってください。少し我慢してもらう事もありますけど」
「お手柔らかに〜」
 そして、ぐっ、と足が圧迫される。
「おおうっ?」
「えっ? 大丈夫ですかっ?」
「あ、いや、うん、大丈夫。
 続けて続けて」
 はい、とレイセンは頷いてぐっ、と力が込められる。
 いや、上手だわ。
 圧迫が心地いい、疲労した筋肉が弛緩してくるのが分かる。
 けど、
「あ、いたたたっ」
「あれ?」
「依姫、場所違うんじゃないかしら?」
「え、いや、ここであっています、よ?」
「いたーっ?」
「……なんか、メリーの悲鳴が聞こえるんだけど」
 ぐっ、とふくらはぎを圧していたレイセンが、苦笑。
「えっと、依姫様、なかなか力加減が苦手なタイプで」
 あの、生真面目な顔を思い出して、
「何事も全力投球っていうタイプ」
「はい、まさに、あ、仰向けになって」
 言われた通りにする、レイセンは引き続き、私の太ももに手を当ててマッサージを続ける。
 うん、
「上手、いい感じよ」
「あ、ありがとう」
 ぱあっ、と笑顔。
「うむむ、あんまり上手で結構意外」
「あはっ、…………まあ、このくらいは何とか」
 上手、と言われて笑い、そして困ったような笑顔。
「いやいや、謙遜しなくていいわよ」
 褒められるのに慣れてないっていう感じ、照れくさそうに笑ってる。
 だから、
「上手よ、凄く」
 真っ直ぐ彼女の瞳を見て、言う。
「ど、どういたしまし、て」
 うわー、照れてる、可愛いー
「ひゃーーーっ?」
「あれ?」
「依姫、それ多分違ってるわよ?」
 メリーの悲鳴を聞き流す、と。
「ちょっと痛いかもしれないけど、我慢して」
「あ、うん」
 ぐぐぐっ、と。
「おおうっ?」
「あ、大丈夫?」
「ん、大丈夫。続けて」
 うん、とレイセンは力を込める。その分だけ圧迫され、確かに痛みが走る。けど、
「大丈夫、慣れて来たから」
 だんだんと心地よくなってきた。
 レイセンもほっとしたように笑って、
「じゃあ、今度は座って、
 ついでに肩も」
「お願いー」
 よいしょ、と座る。レイセンは私の手をとって、ぐぐ、と逸らす。
「あんまりこってないんですね。
 なんていうか、都会の人って結構こってるイメージがあったのだけど」
「仕事柄とかあるけど、私は学生だからね」
 デスクワークや重たいものを持ち続けるような仕事の人はそうかもしれない。
 けど、まだ私は学生で、そこまでの労働はない。…………まあ、秘封倶楽部なんて肘肩張らないサークルにいるから、かもしれないけど。
「ん、こんなものかな。
 大丈夫? どこかだるいところとかはない?」
「大丈夫。
 ありがと、楽になったわ」
 だから、そんな不安そうに私を見なくてもね。
 なんとなく撫でてあげる。レイセンは心地よさそうに目を細めた。
「さて、それじゃあ戻りましょうか」
「うん」
 待合室のソファへ先に戻る、メリーの悲鳴を聞き流しながら、
「あら、終わったの?」
 永琳先生は新聞を読みながら問いかける。はい、と頷くと。
「レイセンが迷惑をかけなかった?」
「ううん、随分楽になったわ。
 上手だったわよ」
 えへへ、とレイセンは照れくさそうに笑う。
「そうね。まあ、つけあがるからあんまり言わないようにしているけど」
「それ、当人の前で言ってどうするの?」
 あらら、と永琳先生は笑って流す。っていうか、つけあがるって、それこそ当人の前でいうことじゃないわね。
「ひゅあーっ」
 メリーの変な悲鳴が聞こえた。そっちを見て永琳先生はおっとりと首をかしげて、
「まだ時間かかりそうね。
 レイセン、お茶を入れて来て、三人分」
「あ、はいっ」
 ぱたぱた、とレイセンが走り始めて、
「ひゃあっ?」
 べしゃっ、と。
「どうしてなにもないところで転べるんだろ?」
「とろいからじゃない?
 あれも伝統芸能かなんかだと思うと、なかなか趣があるわよ」
「それは難しいわね」
 いや、――――芸、か。それならなんとか。
 うん、
「可愛いかも」
「あら、貴女もそう思う?
 私も、ああやって転がっているところをみると無性に可愛がりたくなるのよ。
 こう、マスコット、みたいな」
「わかるわかる」
「そうよねえ」だから、と永琳先生はおっとりと、優しげな微笑で「いじめたくなるのよねえ」
「あー、……いや、それはどうかと思いますよ?」
 苛めるって、反論した私にも永琳先生は動じない、鉄壁の微笑。
「まあ、依姫も豊姫もあれでなかなかしっかりものだから、レイセンみたいなボケ担当がいてくれてありがたいのよ」
 それをいうのもなあ、と。
「お茶ですー」
 お盆を持って、レイセンがやってきた、コップにはお茶が三つ。
「暖かそうねえ」
「レイセン、今は夏なんだし、冷茶でもいいんじゃないかしら?」
「ふぇ? あ、はっ。
 す、すいませんっ、淹れなおしてきますっ」
「いいからまずはお盆を置きなさい」
「あっ、はいっ」
 わたわたと、レイセンはお盆を置いて、
「それじゃあ、淹れなおしてきますっ」
「いや、私はいいわよ。暖かいのでも」
「だそうよ。
 レイセン、蓮子に感謝しなさい」
「あ、ありがとうございますっ」
 素っ気なく――冗談だと思うんだけど――言う永琳先生に、レイセンは真面目に真顔でお礼を言った。
「いや、別に、気にしない、わ」
「な、なんで笑うんですかー」
 レイセンが顔を赤くして抗議の声、それがまた面白くて、
「え、永琳先生〜」
「レイセン、マスコットの扱いなんてこんなものよ」
「マスコットってなんですかっ?」
「あはは、――ああ、ごめんごめん、なんか妙に面白くて」
 一度深呼吸、何とも情けない表情のレイセンを見て、噴き出しそうになるのを堪える。
「まあ、とりあえず座りなさい」
「あ、はい」
「レイセン、マスコットっていうのはね。
 要するに苛められてその反応をみられて楽しまれる人の事を言うのよ」
「あー、永琳先生、たぶん違う」
 間違えてないかもしれないけど、
「わ、私苛められるんですかっ」
「ええ」
 慌てて言うレイセンに、永琳先生は寸分の間もなく頷く。
「ええっ、ど、蓮子さんっ、どうしましょうっ!」
「落ち着いてレイセン。
 永琳先生なりの冗談よ。そうやって慌てるから反応を楽しまれるんじゃない」
「そ、そうなのですか?」
 そうよね、と永琳先生を見る、と。
「ふふ」
 なんか、意味深長に笑った。
「あ、あうあ、れ、蓮子さん。わ、私」
「南無三」
「あら、合掌してもらえるなんて、幸せね。
 レイセン」
「ひゃーーーっ」
 にやあ、と楽しそうに笑う永琳先生を見て、とうとうレイセンは変な悲鳴をあげた。
「うん、マスコットね」
「そうねえ」

 さて、永琳先生たちにお礼を言って、私達は『Scarlet』に戻る。
「夕ご飯、間に合うかな?」
 小傘ちゃんや幽香さんと会う約束したし、
「まだ少し余裕あるわね。
 まあ、ただいまと土産話をするくらいには」
「そ、ならいいか」
 そんなひまもなく、っていうのも難だし、
「あ、御帰りなさい」
「ただいまー」「ただいま」
 外で仕事をしていた美鈴さんにただいま、と。
「あ、そうだ。
 お土産ありがとうございました。お嬢様も、とても喜んでましたよ」
「レミィも」
「ええ、まあ、あまり表には出さないんですけどね。
 ふふ、今日は夕ご飯を早めにして、夜にみんなで食べようって、妹様やザシキワラシの姉妹も、楽しみにしていましたよ」
 パジャマパーティーみたいな感じになるのかな。
「それもいいわね」
 うん、と楽しそうに頷くメリー、ただ。
「夕ご飯を食べて、そのあとお菓子を食べて寝る。
 一番太るパターンね」
 どむっ、
「こふっ?」
 がく、
「……えっと、蓮子さん、大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫ですよ。
 蓮子だし」
 おほほ、と胡散臭い微笑を浮かべるメリーと、苦笑する美鈴さん。
 わき腹をえぐったひじ打ちは、会心の一撃。…………がく。
「って、蓮子。こんなところで倒れないでよ
 美鈴さんの仕事の邪魔でしょ?」
「う、さ、い、あんたの、せい、だ」
 うあー、わき腹がじんじんする。ともかく、確かにここにいると邪魔だし、私はメリーに掴まって立ち上がる。
「大丈夫ですか?」
「ええ、わりと、たぶん」
 さて、私達は『Scarlet』に戻る。
 と、
「あーっ、やっと帰ってきたっ」
「おそーい」
 ぱたぱたっ、とフランちゃんとこいしちゃんが駆け寄ってくる。
 そのままメリーに抱きつく、メリーは二人を受け止めて、
「まあ、いろいろ回ったからね」
「そうそう、そういうわけで、蓮子、メリー。
 今日だけど夕飯早めにするわよ。お土産は夜に食べましょう」
 レミィと、あとさとりちゃん咲夜さんも来た。と、
「てゐちゃんと鈴仙は帰ったの?」
「帰った、と思います。
 今日、霊夢がふらりとやってきて鈴仙を拉致しましたので、何とも言えませんけど」
「……てゐちゃんは?」
「面白そうだからついていったみたいね」
 霊夢って、何やってるのよ?
「で、そういうわけだからこれから食べに行こうと思うけど、
 二人はどうする?」
「少し休んでからのほうがいいんじゃない?」
 さとりちゃんの問いに、私は首を横に振って、
「大丈夫、行きましょう」
「メリーも大丈夫?」
「大丈夫よ」
 なら、と私達は『博麗』へ、――で、案の定。
「お疲れ様、鈴仙」
「なんで私こんな事をやってるのかしら?」
 割烹着装備の鈴仙がぐったりしていた。
「鈴仙っ、嘆いてないで急いでくださいっ
 なんかやたらお客さんが多いですよっ」
「あ、妖夢も」
 なら、とあたりを見るとてゐちゃんと幽々子さんが並んで手を振っていた。で、その隣、
「はあい、思ったより早かったわね」
「やほー」
 さらにその隣に座っていた幽香さんとメディスンが手をあげる。
「あっ、蓮子ちゃんっ、メリーちゃんっ、早かったね」
「こんにちわ、この時間であってましたか」
「さて、せっかくだから退屈しないような話し、お願いしようかしらねー」
 小傘ちゃん、衣玖さん、天子、と手をあげて、
 ふと、視線が集まる。
「なるほど、馬鹿みたいに忙しいと思ったら、あんたらの仕業か」
「いや、売り上げに貢献しているんだから感謝しなさいよ。霊夢」
 やれやれ、と広いテーブルに座る。
「やっほーっ、団体さーん。
 最初は麦酒でいいー?」
 くるくる回りながらミスティア、お願い、と頷くと、ミスティアはむーぎーさーけー、と謎の歌を歌いながらどこぞへ。
「それにしても蓮子ちゃん友達多いのね、びっくりしたわ」
「そうですね。
 なんででしょうね」
「貴女が一番懐いてるじゃない」
「そうですか?」
 呆れたような目を向けるレミィに、さとりちゃんは私の手を握ったまま首をかしげた。
「これも人徳じゃない。
 ねえ、霊夢?」
「そんな事知らないわよ。
 ああもうっ、また増えて、咲夜っ、手伝いなさいっ」
「……私はおゆはんを食べに来たのだけど」
「あ、じゃあ代わりに私手伝おうかしらー?」
「よしっ、採用っ」
 はいはーい、と幽々子さんは厨房へ。そして、
「よし、じゃあ私もっ」
 てゐちゃんが意気揚々と立ち上がり、
「却下」
「なんでっ?」
 霊夢は速攻で追い払った。
「相変わらず霊夢は人使いが適当ですね」
「適当っていうか、なんて言うか。
 まあ、咲夜、食べ終わったら少し手伝ってやりなさい」
「そうですね。
 皆さんのデザートくらいは作りましょう。なにがいいですか?」
「「ケーキっ」」「餡蜜で」「パフェっ」「タルトがいいわね」「桃っ」
「じゃあケーキにしましょう」
「材料ないわよっ!」
「…………デザートはなしですね」
 えーっ、と抗議の声をあげるフランちゃん。
 と、ひゅうっ、と風が吹き込んできた。それも、
「さむっ、なに、今の?」
「霊夢、透間風なんてお店見直した方がいいんじゃない?」
 レミィの問いに霊夢は首をかしげて、
「変ね、そんなわけはない、……もしかして」
「心当たりあるの?」
 メディスンの問いに、答えたのは幽香で、
「ええ、『遠野物語』の一説にあったやつね。
 寒い日に、風と共に帰ってくる。神隠しの被害者」
 確か、とメリーと顔を見合わせて、
「「サムトの婆っ?」」
「誰がババアよっ!」
 がたんっ、と扉が開いた。
「あー、確かに、婆はないわね」
「あら、レティ、いらっしゃい」
「ん、どこの席あいてる?」
 問いに、ルーミアちゃんが、
「ばばあー」
「じゃないってのっ!」
「そうだよ、ルーミア。
 婆じゃなくて、――えっと、…………何とかの婆よ」
 リグルが首をかしげて、
「ばーばーあーー」
「このくそ忙しい時に飯を食べに来るやつなんて婆でいいわよ。
 ああ妬ましい妬ましい。働いていない全てが妬ましいわー」
「……パルスィって、よく働くわよね」
「口でああ言っていながら真面目に働いてるんだけど、なんかよくわからないわね」
 うーむ、とメリーと首をかしげる。確かに変な事を言う以外はちゃんと働いてる。
「じゃあ、ここに座ってー
 ご飯は氷ねー」
「えっ? ちょ、ちょっと待って、普通に食べ物を食べさせてよ」
「さむとー」
「意味わからないわよっ」
 それにしても、
「サムトの、…………って、『遠野物語』のよね?
 山に神隠しにあった」
「ん、……ええ、そういう立ち位置ね。
 本名はレティよ。貴女は?」
「っと、私は宇佐見蓮子。
 観光客よ」
 ふぅん、――こいしちゃんを撫でているさとりちゃんを見て、
「『遠野物語』って、事実なの?」
「そうよ。
 佐々木鏡石が嘘をついたわけないでしょ? 柳田國男翁が誠実な人って称してるんだから」
 確かにそうだったけど、うーん、それでいいのかなあ?
 まあ、ザシキワラシとか天人もいるし、案外そういうものかもしれない。――京都に戻ったらいろいろ動きまわってみよ。もしかしたら、本当に『魔都』が見れるかもしれない。
「ん、なに、なんか面白い噺?」
 ひょい、と天人が顔を出した。
「どうかしらね。『遠野物語』って本当の事なのかなーって」
「大体はそうよ」
「昔噺だからねじ曲がったところもあるけど」
「…………山に神様は?」
 問いに、むしろなに言ってるの、とか言いそうな表情で天子が、
「『早池峰神社』があるじゃない。
 神様を祭らないで何のための神社よ」
「なるほど、変な説得力ね」
「変は余計よ。
 まったく、京都の人ってこんな事も知らないの?」
 やれやれ、と肩を竦められた。…………馬鹿にされた、とはわかっているけど、
「似合ってるなあ。そういう仕草」
「ふぇっ? は、な、何言ってるのよっ」
「いや、思った事をそのまま」
「生意気の態度が似合ってるって。
 よかったわね。天子」
 にやー、と笑うレミィ。
「う、うるさいわねっ! 貴女にいわれたくないわよっ!」
 がーっ、と叫ぶ天子、そして、
「楽しそうね。衣玖さん」
「ええ、とても」
「はいはーいっ、びーるー、つーいーかーっ」
 くるくる回ってふわふわ歌いながらミスティアが来た。なんていうバランス感覚。
「そこらへん置いておいて、誰か飲むでしょって言うか、誰頼んだの?」
「わちき飲むーっ」
「私ももらうわ」
 小傘ちゃんとレティが手を伸ばす。けど、ジョッキは、――六?
「ミスティアさん。
 冷酒を、なんでもいいです」
「ワインの赤」
 さとりちゃんとレミィの注文にミスティアは頷く。
「お酒ばっかりじゃなくて食べ物食べなさいな。
 店員さん、サラダをくださいな」
 幽香さんが苦笑して言う、さーらーだー、とミスティアは繰り返してふわふわと、
「妖夢ー、サラダ作ってー」
「わかりましたよっ!」
「れーせーん、冷酒とワインの赤い奴ー」
「私も飲みたいんだけどっ!」
 厨房からなんか自棄っぱちな声が響いた。
「きしし、鈴仙がんばれーっ
 あ、私にポテトー、鈴仙のお手製ね」
「てゐーーーーっ!」
「ほらっ、御指名よっ
 酒出すのは私がやるからさっさと作りなさい」
「霊夢が楽したー」
「さーぼーりー」
「うっるさいわよっ!」
 霊夢の怒鳴り声が響く。と、
「おおっ、相変わらず賑やかだね」
「いつも以上だな」
 あ、――と。
「樵さん」
「ん? おお、いつかの娘さん。
 また会ったね」
 えっと、
「萃香さん」
「さんっていうほど年食っちゃいないわよ。私は、
 萃香でいいわ」
 そして、つい、と。
「おおっ、さとり? なんでお前こんなところにいるんだ?」
「別に、面白そうだからよ。
 ねえ、こいし」
「んー? うんー」
 ぱくぱくと何かを食べていたこいしちゃんは生返事。
「こいしちゃん、ほっぺた凄いわよ?」
「うむー?」
 メリーは苦笑してナプキンでほっぺたを拭く。
「………………まあ、いいわ」
「ま、確かにいいな」
「観光なんだっけ、おまいさん。
 どう、面白いかい?」
 その問いに、その答えは、
「ええ、もちろん、
 来てよかったわ」
 即答に、勇儀さんと萃香が嬉しそうに笑う。なら、と。
「霊夢っ! 麦酒、……って、あるじゃないかっ。
 これ二つもらうよっ」
「勝手にしな。どうせ誰が注文したかなんて覚えてないし」
「にしても、物好きよねー
 私は京都に行ってみたいな」
 天子が面白くなさそうにぼやく、応じるのは、
「京都から来たそっちの二人にしてみれば逆かもしれないわね。
 わざわざ京都に行きたいなんて、物好きねー、って?」
 それは、どうかな。
「そうでもないと思うけど、京都は観光都市でもあるからね」
 ただ、と口をはさんだ幽々子さんに、
「言いたい事はわかるわ。
 隣の芝は青い、ってことよね?」
「ええ、その通りっ」
 ぱちんっ、と嬉しそうに手を合わせる。そして、
「てゐちゃん。
 鈴仙特製のポテトよ、たーんと食べて」
「れーせん本気で、って、多いっ、こんな食べられないわよっ」
「真ん中に置きましょうか」
 よいしょ、と幽々子さん。そして、早速ポテトに手を伸ばすメディスン。
「んー、美味しいー」
 ぱくぱくと、負けじと手を伸ばすフランちゃんとこいしちゃん。
 そういえば、樵。
「二人は早池峰山にもいくの?」
「ああ、いくよ」
 なにやら天子とさとりちゃんと謎の舌戦を繰り広げ始めた萃香。そっちを見て笑ってた勇儀さんが応じる。そして、へえ、と。
「なに、もしかして次のターゲットはそこ?」
「に、したいんだけど、遠そうなのよねえ。
 自転車だと」
「あははっ、それは確かに大変だな。
 おいっ、萃香っ!」
「なによっ! 今忙しいのよっ」
「天子と遊ぶのはいつだって、……ああ、相手はさとりか。
 ごめん、遊んでていいよ」
「……なんですか、その差別は」
 じとーっとした目で勇儀さんを睨むさとりちゃん。
「ほらほら、そんなんじゃ可愛い顔が台無しよ」
 やれやれ、と撫でてあげるとさとりちゃんは顔を赤くして俯いて、萃香は唖然とした。
「誰?」
「……失礼、ですね」
「さとりは甘えたい盛りなんだとさ」
「ふふ、可愛いではありませんか」
「う、うるさいですねっ」
 茶々入れをするレミィと咲夜さんにさとりちゃんは叫び返す。
 そんな可愛いさとりちゃんを見て、きょとんとしていた萃香は、
「あははははっ」
「わ、笑わないでくださいっ」
 文字通り、お腹を抱えて笑う。さとりちゃんは顔を真っ赤にして反論。
「うわー、本気で誰、って感じね」
「うるさいですよ。天子」
 唖然としている天子に、じっとりとさとりちゃんが視線を向ける。
 そんなやり取りを一通り笑って見ていた萃香が改めて、
「で、勇儀、なに?」
「明日早池峰山行くけど、こっちの二人も行きたいんだとさ」
「おおっ、そうかいっ。……とはいってもこっちも仕事あるからなあ」
「トラックに自転車と一緒に積んでいけばいいんじゃないかい?
 神社まで乗せて行って帰るだけなら大丈夫だろ? たぶん」
「危なくないですか? それ。
 荷台、ですよね?」
 衣玖さんが不安そうに問いかえる。けど、それに応じたのは笑み交じりの、
「あら、結構楽しいわよ」
「えっ、幽香さんやったことあるの?」
 物凄く意外、が。彼女はくすくす笑って、
「私じゃないわよ。
 メディスン、まえにトラックの荷台に乗った時、楽しかった?」
「ん、うん、楽しかったわよ。
 いつもと逆方向に流れる景色とか」
「あー、わちきも見てみたーいっ」
 ポテト食べながら言うメディスンに小傘ちゃんは両手をあげて抗議。――されてもねえ。
「そうね。
 蓮子さんの自転車の後ろに乗っていた時、楽しかったわ」
「人の背中にしがみついてただけじゃない?
 景色見てたの?」
「ええ、一応」
 視線そらさないの。
「楽しいものかな?
 私もやろうかな」
「新鮮かもしれませんね。
 まあ、私はトラック持ってませんけど」
「いや、咲夜がトラックを運転するのって、……想像できないなあ」
 同感。――じゃなくて、
「残念ながら限定二人だ。
 そっちの観光客お二人さんでいい?」
「ん? 蓮子、どうしたの?」
「明日早池峰山いくでしょ?
 萃香と勇儀さんがトラックの荷台に乗せてくれるって」
「ほんとっ?」
「ええ、ラッキーねっ」
 やったっ、とメリーと手を打ち鳴らす。
「早池峰山いくの?」
 レティが首をかしげる。ええ、と頷くと、
「気をつけた方がいいわよ。
 そっちの慣れている樵ならともかく、あそこは神山だからね。下手すると隠されるわよ」
 神隠し、か。
「なぁに、行きだけは私達がエスコートしてやるさ。
 帰りは、変な気がしても振り返らなければ大丈夫。神隠しを避けるコツは迷わない事だからね」
「気をつけるわ」
 ならいいけど、とレティは麦酒を一口。
「咲夜っ、そろそろ手伝いっ! 手が足りなくなってきたわっ!」
「はいはい、――まったく、人使いの荒い店主ね」
「霊夢だからね。手伝ってやりな」
 はい、と咲夜さんは笑って奥へ。そして、
「あーっ、やっと終わった」
「お疲れ、鈴仙」
 ほれ、と麦酒を差し出すてゐちゃん。鈴仙は彼女に微笑んで、
「ありがと、てゐ」

「ちょっと、そこの観光客二人っ、
 買い物行って来て」
「「えっ?」」
 霊夢の人使いの荒さは、ここまで来た。

 リグルと私、メリーは店主霊夢に言われて近くの雑貨屋に買い物に向かう。
「なんていうか、申し訳ないわね」
 困ったようにリグルは言う、別にいい、んだけどね。ただ、
「いや、まあ、なんなんだろ」
 この、何とも言えない気分は一体。
「まあ、気にしなくていいわ。
 いつも食べさせてもらっているんだもの」
「そう言ってもらえればありがたいわ」
 それに、とリグルは笑って、
「お客様なんだから、いつも食べてるのは当たり前じゃない?」
「それもそう、か。
 っていうか、私達お客様なんだ」
「……蓮子、なにか凄い不思議な事言わなかった?」
「あはは、――うん、あんまりそんな気がしなかったわ」
「まあ、店の雰囲気がそういう感じだしね」
 リグルも苦笑。確かに、うーん、
「あっとほーむ、……とも、違うような」
「霊夢の人柄、かしらね」
「霊夢のねえ」
 なんとなく、そんな気も、する、ような。
 うーん、
「そんなに真剣に悩まなくてもいいじゃない。
 で、リグルちゃん。どこのお店?」
 リグルちゃん、……と、リグルは小さく呟いて
「あそこよ」
「『霧雨道具屋』?」
「御用達なの」
 そして、その道具屋の前に、――硝子戸、それも曇り硝子。
「……こういうのも趣があるわね」
「最初だと入りにくいけどね」
 呟く言葉にリグルは首をかしげて、
「魔理沙ー」
 がらっ、と扉を開けた。
「あら、『博麗』の、いらっしゃい」
 魔理沙?
「こんにちわ、アリス。
 買い物に来たわ」
「雑談に来られても困るんだけどね。
 で、何を買いに来たの?」
 これ、とリグルがメモを差し出す。アリスは頷いて、ふと、
「あれ? そっちの二人は?
 新しい従業員?」
「違うわ。お客様よ」
「…………なんでお客様が買出しに来るのよ?」
 それは私も聞きたい。
「霊夢、だからじゃない?」
 メリーが首をかしげながら言う。そして、アリスはそれで納得した。
「お、なんだ。アリス。
 客か? 霊夢か?」
「話題は霊夢だけど相手は客よ」
 おおっ、ともう一人の女の子。彼女は奥から軽い足取りで駆け寄ってきて、
「はじめましてだぜ。
 私はここの店長の魔理沙だ。
 で、あっちは平のアリスだ」
「二人でやってる店に店長も平もないでしょ。
 単に勢いだけで店長に収まっただけじゃない。で、リグル、これだけど」
「うわ、重そうね」
「で、二人は、霊夢の所の店員か?」
「いやあ、霊夢の所のお客さんなんだけど、なんで働いているんだろ?」
 改めて、凄い変な状況よね。――ただ、魔理沙は慣れっこなのかけらけら笑って、
「まあ、そういう事もあるってことだ。
 あんまり気にするな」
「ええ、気にしないわ」
「あ、そうだ。
 魔理沙、アリス、二人は観光で来たみたいなの。何かお土産になりそうなものとかある?」
 お土産、かあ。……っていうか、リグル結構気配りできるタイプ? 少し霊夢はその辺を見習ったほうがいいと思う。
「……っていうか、えと、このお店、なに?
 雑貨? 骨董?」
 なんか、どっちでもあってどっちでもなさそうな、中途半端な品々。
「私の趣味だぜ」
「うわあ、一番予想外」
「そうか?」
「魔理沙は集めるものが適当すぎるのよ」よいしょ、と紙に包んだお皿? を大きな紙袋に入れてアリスが「御蔭で雑貨屋だか骨董屋だかいまいち意味のわからない店になってるじゃない」
「ありがと」
「ええ、でも、どうしたの? 急に」
「なんか、やたらお客さんが来ているのよね」
 ちらちらと、その視線はこっちに向かっている。
「……私達のせい?」
「いや、悪い事はしてないと思うわ」
「お、とすると面白い事になってそうだな。
 よしっ、アリスっ、殴りこみに行くぜっ」
「まあ、面白い事にはなっているわよ。
 確かにね」
 リグルは、ただ曖昧に微笑んだ。

「うわっ、なんだこの繁盛具合」
「うわー、凄いわね」
「…………蓮子、なんであんた戻ってくると頼んでもないのに客連れてくるのよ」
 霊夢がげんなりとした表情で私を見る。私は胸を張る。
「さあ、感謝しなさいっ」
「絶対に嫌」



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