ふと、目を開ける。
「あら、起こしてしまいましたか?」
「ん、――あ? 白蓮、さん?」
 ぼんやりとした目が、優しく微笑む白蓮さんを見る。――て、
「あ、寝て、た?」
「ええ、可愛い寝顔でしたよ?」
 ね、寝顔、みられた?
「なに笑ってるのよ、メリー?」
「ううん」にやーっ、とメリーが笑う。「可愛い寝顔だったわよ。蓮子」
「う、うるさいわねっ!」
 顔が赤くなるのが分かる。そして、そんな私を見てさらに優しい笑顔を浮かべる白蓮さんとメリー、……なんか、メリーだけ張り倒そうかしら?
 は、いいとして、
「小傘ちゃん、よく寝てるわね」
 くかー、と、起きる様子のない小傘ちゃん。
 うむー、と、転がる小傘ちゃん。――――さて、
「起こす?」
「まあ、このまま寝かせているわけにもいきませんからね」
 小傘さんには悪いですが、と白蓮さんは苦笑、さて、どうやって起そうかな。
 いっその事くすぐって、とか思ったけど、とりあえず頬をつつく。ぷにぷに、と。
 うむむ、と寝ぼけたまま私の手を払いのけようとする小傘ちゃん。
「起きませんね」
 私同様覗き込む白蓮さんが困ったように言う。
「肩ゆすってみたら?」
「ううん、それより、」
 肩に手を伸ばすメリーを抑えて、私は別の所に手を伸ばす、つまり、
「きゃわーーっ?」
 わきの下をくすぐられた小傘ちゃんが、文字通り、跳ね起きた。

「うう、ひどいよー
 寝てる私をくすぐるなんて、蓮子ちゃんはさでずむだよー」
「いやー、やってみたかったんだよねえ」
「凄い勢いで起きましたね」
 白蓮さんが苦笑する。うん、文字通り跳ね起きた。
「蓮子、とんでもない起こし方するのね」
「後でメリーにもしてあげるわ」
「全力でお断りしますわ」
 ちぇっ、――と。
「そうだ、白蓮さん。
 用事は終わったの? その、水蜜、さん、だっけ?」
「ええ、
 ただ、ちょっと一輪の所に用があると言っていたので、先に戻ってもらいました」
 だから、と、微笑みながら、
「戻った時に、是非紹介させてください」
 うーむ、
「えっと、是非、というほどでしょうか?」
 メリーが首をかしげる。白蓮さんは力強く頷いて、
「ええ、水蜜も、いい人なのでお互いのためになります」
 なら、あってみたい、かな。
「ねえ、家の中見て回る?」
 っと、そうだ。
「そうね、お願い」
 引き続き案内を、というと小傘ちゃんは笑顔で、
「こっちだよっ」
 先頭切って歩き出す。遅れないように、と私も付いていく。
 振り返る、メリーも同様に少し急いで並び、少し後ろを白蓮さんが付いてくる。
「まあ、屋内って言っても普通の民家だから、そんなに面白いものはないけどね」
「それは地元の人の意見ね。
 大丈夫、面白いと思えば何かしら面白くなるものよ」
「え? そ、そうなの?」
「ふふ、楽しめるものは人それぞれですね。
 小傘さんも、改めてみると面白い発見があるかもしれませんよ」
 そうかなあ、と首をかしげる小傘ちゃん。
 そうかもね、と私は頷き、
「きっと面白いものが見れると思うわ。
 ほら、蓮子もいるし」
 ねっ、とメリーが私の肩に手を置く。その手をつねってやろうか、と思いながら、
「どういう意味かしら?」
「いや、蓮子もいるし」
「説明になってないわよっ」
 手を振り払う、メリーは軽く舌を出して、とんっ、と後ろに跳ねる。
「じゃあ、こういえばいい?」
 そして、メリーは可愛らしくウインク。
「貴女と一緒にいると、楽しいわ。
 蓮子」
 …………反則、と。そんな言葉を思う。
 反則、絶対に反則過ぎ、なんで、そんなストレートな言葉を、なんで、こんなところで、いうのよ。
「あ、……あ、あ」
「蓮子?」
 不思議そうに覗き込む。――そのことを意識して、
「い、な、なんでもないっ!」
 赤くなっている顔を見られたくなくて、断ち切るように顔をあげる。そして、振り返る。
「…………な、なによ?」
 にこにこと笑う小傘ちゃんと、穏やかに微笑む白蓮さん。
「ううん、すっごく仲いいんだね。蓮子ちゃんとメリーちゃん」
「ええ、素敵な友達ですね」
 他人事だから、と。情け容赦なくそれぞれ満面、と笑みを持って、対象の私は赤面するしかない、ストレートな言葉をぶつけてくる。
 もう、勘弁してほしい、……のに、
「うん。私の一番大切な友達よ」
 私、一人負けしてるのかなあ?
 崩れ落ちそうになる私をメリーは笑顔で支え、そんな私達を見て微笑む二人。
 と、あっ、と小傘ちゃんが、
「まあ、何かがあるっていうと、ここ、くらいかな?」
 小傘ちゃんが首をかしげて、障子をあける。
 あちゃー
「しまった、最初にやらなくちゃいけない事、忘れてた」
「蓮子?」
 不思議そうにする三人、は無視して、私はそこに正座する。
 そして、
「挨拶が遅くなり、申し訳ございません」
 おそらくは、この家をずっと見守っていた。
 だから、せめて、
「おそくなりましたが、
 お邪魔します」
 深く、頭を下げる。
 す、と。隣にメリーが座ったのがわかる。そして、私と同様に、
 お邪魔します。――と、家に祀られたオシラサマに、私とメリーは頭を下げた。

 肝煎りの家を出て道を下る。目指す先は上から見えた場所。
 田圃、――まだ青い稲はさらさらと風を受けてる。
「そんなに珍しい、のかな?」
「お二人は観光客ですから、きっと珍しいのでしょう」
「どうせなら秋ごろでもよかったかもしれないわね。
 刈り入れ時、黄金色の稲穂畑なんて御伽噺にでも出てきそうね」
「メリーはロマンチストねえ」
「そう? でも綺麗だと思うわ」
「かもしれないけど」
 と、
「あーっ、白蓮のお姉ちゃんっ」
 ん、と。
「サニーちゃん」
「あら、こんにちわ」
「あーっ、メリーと蓮子だっ」
 びしっ、と指差された向こう。
「はあ、ま、まってよ、サニー」
「急がなくてもいいじゃなーい」
 後ろ、ルナちゃんとスターちゃんも、
「どうしたの? 三人とも」
「遊びに来たのっ」
 べしょ、とルナちゃんが転んだ。
「大丈夫か? よく転べるな、こんなところで」
「う、うるさいわね」
 差し出された手をとって立ち上がる。彼女は、――確か、
「妹紅さん?」
「妹紅でいいよ。
 確か、――えっと、蓮子、とメリー、だっけ?」
「あら? 知り合い?」
「うん、昨日昔話村に遊びに来たんだ。
 いや、観光か」
 どっちでもいいけど、
 早速メリーの手を引っ張って、それと小傘ちゃんを巻き込んで遊び始めるサニーちゃん達。
 は、いいか、と私と妹紅、白蓮さんは近くの土手に腰を下ろす。
「ん、あーっ、疲れたー」
「あら、さっきお昼寝してたじゃないですか」
「うぐ、それはノーカンで」
「ああ、昼寝ね。
 私もたまにやるよ。風が通っていい寝床なんだよねえ」
 しんみり、と妹紅。と、
「それ、お客さんの前でやらないでくださいよ」
「あら、水蜜」
「こんにちわ」水蜜、と呼ばれた彼女は私を見て「貴女が、えと、蓮子さん、ですか? それとも、メリーさん?」
「あ、蓮子のほうです。蓮子。
 宇佐見蓮子です」
 そうですか、と彼女は笑って、
「すいません、白蓮は名前しか教えてくれなくて」
「み、水蜜っ、余計な事は言わなくていいのよ」
 慌てる白蓮さん。つまり、
「はじめまして、水蜜」
「ええ、はじめまして、蓮子」
 まあ、そんな感じで彼女に会った。
「にしても、元気ねー」
「私には無理だな。もう駆け回る元気もないよ」
「あら、どの口が言いますか?」
 へえ、とわざとらしいため息をつく妹紅に、白蓮さんが茶化す。
 そして、下、田圃道を駆け回り鬼ごっこをするサニーちゃん、ルナちゃん、スターちゃんと、メリー、小傘ちゃん。
「あの、金髪の子がメリー、さん、ですか?」
「ええ、そうよ。
 本名はマエリベリー・ハーン」
 ちなみに、メリーは私が本名を覚えていないんじゃないか、って疑っているみたいだけど、言うまでもなく覚えてる。
 まあ、発音しにくいんだけどね。
「ま、えりべりー、……難しいですね」
「まあね、だからメリーでいいわ」
 はあ、とため息をついて寝転がる、と。
「ん?」「こんにちわ?」
 同様に寝転がってた妹紅と視線が真正面からあった。変な事を言う私に、妹紅は頬を掻いて、
「ああ、こんにちわ」
「結構付き合いいいわね」
「そうかな?」
「ふふ、またお昼寝ですか?」
「しない、と思う」
 あんまり自信ないかも、
「あー、私は寝ようかな。
 水蜜、気が向いたら起こして」
「いやですよ。私だって仕事があるのですから」
「ちぇー」
 って、
「妹紅があのちっちゃい子連れて来たのよね?」
「ん、まあね。
 慧音に頼まれて」
「親?」
「はああっ?」
 いや、そんなに驚かなくても、――と、
「あら? 妹紅さんはお母さんだったのですね」
「……意外」
 おっとりと首をかしげる白蓮さんと、愕然と呟く水蜜。
「ん、な、わ、け、が、あ、る、かっ!
 ただの近所の子供だよっ! よく遊びに来るっ!」
「あはは、そうですよね。
 妹紅の旦那さまなんて、余程の豪傑ではないと」
「いや、っていうか、豪傑って、そうじゃないと釣り合わないって、どんな人?」
 あれ? と、水蜜が首をかしげた。
「ええ、妹紅さんに匹敵する殿方ではないと」
「あのさ、白蓮さん。
 釣り合うとか言おうよ。匹敵するじゃなくて」
 あら? と、白蓮さんが首をかしげた。
「…………もー、いい」
 ぼふっ、と妹紅がまた倒れる。
 脱力、と。そんな表情。
「うわ、ほんと眠くなるな」
 くあー、と大あくび、女性がそれでいいのかとは思うけど、妹紅が気にする様子もなく、そしてそれを気にする人はいない。
 強いて言えば白蓮さんあたりが咎めるかもしれないけど、彼女はただ笑って見ている。
 そして、遠くには子どもが遊ぶ声。
「あ、小傘さんが転びましたね」
「んー?」
 上半身を跳ねあげて下を見ると、べしゃあ、という感じで倒れている小傘ちゃん。スターちゃんとルナちゃんが右手と左手を持って立ち上がらせている。
「何かに躓いたとか?」
「いえ、そうは見えなかったのですけど」
「なにもないところで転んだ? ……前足に踏み出した後ろ足を引っ掛けたのかしら?」
「え? そんな事がありえるんですか?」
「うん、たまにレイセンがやるみたいよ。
 とろいほうの」
「普通に走るより難しいような」
 なんといったものか、と水蜜が曖昧な笑みを持っていう。
「それで、蓮子はこれからどうするのですか?」
「これから、――か。
 うーん?」
 時計を見る、午後三時。――五時半まで、あと二時間半か。
 ここ以外にいくところは決めてないし。
 と、
「そーいえば、蓮子」
「ん?」
「『早池峰神社』は行った?」
「いや、行ってない。けど」
「民俗学に興味あるならちょっと行ってみるといいよ。
 まあ、山の中だからこれから行くのは危ないけどね」
 『早池峰神社』、――思い出す『遠野物語』の一節、そして、
「ええ、有名ですね。
 聖なる山として」
「そうね。よし、明日はそこに行ってみよう」
 うん、と誰に問いわけでも頷く。
「メリーさんに相談しなくていいのですか?」
 水蜜の問いに、大丈夫、と手を振る。
 だって、
「なんだかんだいって、メリーだってそういうの好きだしね」
 じゃないと、私の相棒なんてやらないでしょ。
 くしゃみの音がした、見ると、メリーが不思議そうにあたりを見ていた。

「あうう、疲れたよー」
 ぐたー、と力なく歩く小傘ちゃん。
「あはは、子どもは元気だからねえ」
 そんな小傘ちゃんを見て、妹紅はからから笑う。
「小傘体力なーい」
「サニーちゃんが元気すぎるんだよお」
「そう? 私もまだ大丈夫だけど」
 右手にルナちゃん、左手にスターちゃんをつないで、楽しいのか――楽しいんだろうなあ、まあ、くるくる回るメリー。
「うう、わちきはいつからこんなひ弱っ子に」
「小傘はいつも全力だからよ。
 少しは緩急つけないと」
 同感、土手から俯瞰すればわかる。地力が元気な子ども、要領のいいメリーはよくサボる。全力で走り回る小傘ちゃんとサニーちゃんとルナちゃんの姿を肴にスターちゃんと雑談なんてしょっちゅう。
 だから、
「一生懸命なのもいいけど、ほどほども大事よ」
「そうそう、私みたいにね」
「妹紅さんは大体ほどほどではないでしょうか?」
「無理はしない性質なのさ、私はね」
 のんべんだらりと、そんな感じで歩く妹紅。
 っていうか、
「どこ向かってるの?」
 先頭を歩くサニーちゃんに問いかける、ちなみに私の隣。
「んっ、一番奥の神社っ! えっと、……お稲荷様、だっけ?」
 パンフレットを見るけど、神社、というものはない。
「いえ、お稲荷様じゃありませんけど」
 けど、と。
「別に何を祀っているわけでもないのですよ」
「なら、この地の守り神ってことね。――あ、あれ?」
 朱塗り、――ではなく、木目がそのまま残る、結構綺麗な鳥居。
 目印が見えたのかなんなのか、たっ、と私の手を握ったまま走りだすサニーちゃん。
 苦笑、そして、遅れないようにと走り出す。
「あー、待ってよー」
「いや、子どもは元気だねえ」
 からから、とそんな妹紅の笑い声を背中に、で、
「サニーっ、ちゃんと神社はお願い事をするやり方があるんだから、忘れちゃだめよっ」
「へ? そんなのあるの?」
 ええ、とルナちゃんが胸を張って、――――あ、首をかしげた。
「あれ? なんだっけ?」
「お金を入れるんじゃない? たぶん」
 スターちゃんが示すのは賽銭箱。
「それは知っているわよっ。
 えっと、拍手の順番があった、は、ず?」
「右の人から順番に、とか?」
 サニーちゃんとルナちゃんが仲良く首をかしげる。
 たぶん、二礼二拍一礼、の事だろうなあ。
「二回お辞儀をして、二回拍手をして、最後に一回お辞儀をするのよ」
 私が言うと、たたっ、と水蜜が先行してお賽銭を入れ、
「こうです」
 二度の最敬礼、目を閉じて、そして、頭をあげる。
 二度の柏手、高い音が響く。
 そして、一拍、……願いを告げるその間を持って、
 最後に、最敬礼。振り向いて、
「わかった?」
「うんっ」「よ、よし、やってみるわ」
 元気に両手をあげるサニーちゃんと、やたらと気合いが入ってるルナちゃん。
「ルナ、最初のお辞儀は三回よ」
「え? あ、あれ? 二回じゃなかったっけ?」
 あれ? と首をかしげるルナちゃんと、にやあ、と笑うスターちゃん。
「こらこら」そんなスターちゃんの頭を押さえて止め「最初は二回だよ」
「も、もうっ、変な事を言わないでよっ、スターっ」
「まあ、なんでもいいですよ。
 要は、ちゃんとお願い事をすること、あまり難しく考えなくても大丈夫です」
 うーむ、と再度首をひねるルナちゃんに、白蓮さんが優しくいう、うむ、と頷いて、
「それじゃあ、お願い事をしてくるっ」
「あ、サニーっ、スターっ、急ぐわよ」
「ええ」
 そう言って駆け出す三人、二礼、二拍、一礼、三人ともタイミングがばらばら。
「ちゃんとお祈りしてるなら、まあ、立派なものだな」

「あー、疲れたあ」
 一通り歩きまわって、私達はビジターセンターに戻る。……にしても、これからサイクリングで帰りかあ。
 永琳先生にマッサージお願いしたの正解かも、疲れそう、かなり、
「はい、どうぞ」
「あ、ありがと、一輪」
 こと、とお冷をくれた。礼を言って一口。
「休んだらお土産もあるから、見て行けば」
「ええ」『Scarlet』にいる女の子たちを思いながら「そうね、御土産、買って行こうかなあ」
「そうね」はー、とメリーはテーブルに手をついて「でも、もうちょっと待って」
「お疲れだね。そんなに楽しんでくれた?」
「あはは」そっち、もたれかかるように寝ちゃっているサニーちゃんとルナちゃんとスターちゃんを示して「子どもと一緒に遊ぶものじゃないわね、ほんと疲れたー」
「元気だからね。
 じゃあ、なに、走り回ったとか?」
 問いに頷く。一輪は苦笑して、
「筋肉痛には気をつけなよ?」
「「はーい」」
 明日は、――そうだ。
「メリー、明日だけど、山いかない?」
「へ?」
 提案に、メリーは首をかしげて、
「山? って、どこの?」
 載ってるかな、…………あ、
「早池峰山、……けど」
 うわあ、これは、
「と、遠いわね」
 『遠野ふるさと村』を抜けて、さらに山へと至る道。登り、という事を考えれば結構きつい、かも。
 ただ、遠野の聖地、か。
 そのことは当然『遠野物語』を読んでいるメリーも知っている。だから、
「行ってみたいんだけど、きつそうねえ」
 うーん、……まあ、
「とりあえず明日はここに行くわよっ。
 行き方は、遠野で考えるっ」
 もしかしたら、地元の人しか知らない様な方法があるかもしれない、バスとか。
「それもそうね」
「バスとかありましたっけ?
 一輪、知ってる?」
「いや、ない、と思うけど、よく覚えてないわ」
 うぐ、いきなり暗雲が。――映姫さんなら詳しいかな。
 さて、と。私はお冷を一気に飲み干し、
「それじゃあ、御土産見てきますか」
「ええ、そうね」
 視線を向ける、小傘ちゃんはまだぐったりしていた。……っていうか、
「寝てない?」
 テーブルに突っ伏して動かない、耳を寄せてみればすー、と寝息が聞こえる。
「寝る子は育つ、のかしらねえ?」
「こっちのちびどもも寝てるしね」
 妹紅さんはひらひらと笑う。
「小傘でしたら、帰るときには起こしますよ」
 水蜜が苦笑していってくれた。有り難い。だから、
「二人はゆっくり、御土産でも見て来てください」
「ええ、そうするわ」「ありがとうございます」
 そして、食堂を出る。その正面にいろいろと積まれている箱がある。お土産は、あそこね。
「うーん、どんなのが喜ぶだろ?」
「二人は観光客よね。
 配達する?」
「いいわ、地元で知り合った子に持っていくだけだから」
「そう?
 じゃあ大きめの紙袋のほうがいい? 持ってくのも大変そうだけど」
「……それもそうね。
 うん、纏めて入れられそうなの」
 右手左手に袋を持って自転車に乗るのは避けたい。怖いし。
 さて、御土産、クッキーやら何やら、……「メリー、それ、ホテルの子へのお土産じゃないわよね?」
「あ、あはは、つい」
 その手には分厚い文庫本。
「なにそれ?」
「『聴耳草子』っていう、佐々木鏡石の本よ」
 佐々木、――って、
「あれ? 聴いた事があるけど、誰だっけ?」
「『遠野物語』で柳田國男翁に語って聞かせた青年よ。
 自分でも出したみたいね。柳田翁の影響で民俗学に目覚めたとか」
 む、……なら、
 分厚い本、だから、
「メリー、半分出すから私にも読ませて」
「ええ、いいわ。
 後で貸してあげる」
 やったっ。

「うむー、まだ眠いー」
 もにもに、と。目をこする小傘ちゃん。
「はいはい、もう帰るのでしょう?」
「わちきはまだ大丈夫ー」
「あら? 小傘ちゃん、一緒に帰ってくれるんじゃないの?」
 にやー、と、メリーが笑う。
「そうだけど、蓮子ちゃんとメリーちゃんはもう帰らなくちゃいけないの?」
「レンタサイクルの期限は十七時半までよ。小傘」
「あ、二人は自転車借りてるんだ」
「さすがに自分のは持ってこれないわよ」
 そうだよねー、と小傘ちゃん。だから、
「それじゃあ」
「さよなら」
「ばいばーいっ」
 思い思いに手を振って、私達は『遠野ふるさと村』を出る。
 一輪、水蜜、白蓮さんが見送りに来てくれて手を振ってくれた。
 見る、窓の向こう、ひらひらと手を振る妹紅さん。――サニーちゃんたちはまだ寝てる。
「いい人たちねえ」
「うん、みんなすっごく優しいよっ」
 我が事のように嬉しく話す小傘ちゃん。
 そうだね。――ここで会った人たち。
「うん、来てよかったわね」
「蓮子、その感想早すぎるわよ」
 メリーは苦笑して言う。それもそうね。
 だから、と両手に抱えたお土産を見て、
「喜んでくれればいいなあ」
「きっと喜んでくれるよっ」
 何の根拠もないのに、それでも、小傘ちゃんは笑顔で頷いてくれた。
 うん、
「それもそうね」

 さて、誤算が一つ。
「け、結構、大変ね」
 お土産は結構な大荷物、もちろん、それを抱えての自転車は結構、きつい。
「れ、蓮子ー」
「メリーメリー、最初にいっておくけど助けないからね」
 私も手も籠もふさがってるし、両手を離して運転もできるけど、さすがにやりたくない。
「あはは、がんばれっ」
「小傘ちゃんも、悪いわね」
「大丈夫だよっ」
 自転車に乗ってにこっ、と笑う。その手には私達が買ったお土産が下げられている。
 持たせちゃってる。ほんと、悪いわね。
 悪い、とは思うけど、小傘ちゃんはてへへ、と笑って、
「蓮子ちゃんとメリーちゃんと知り合えたんだもの、このくらい全然平気よっ」
 うわー、また、嬉しい事言ってくれちゃって、だから、――あ、
「あ、どうしたの?」
 軽く眉根を寄せる私、小傘ちゃんがおどおどと問いかける。
 私は真面目に頷いて、
「今、無性に小傘ちゃんを撫でたくなったんだけど、両手ふさがっているわね」
「蓮子、それ真剣に言う事?」まあ、とメリーは苦笑して「確かに残念だけど」
「うー、……そういえば、蓮子ちゃんとメリーちゃんって遠野に泊ってるの?」
「ええ、そうよ」
「えっと、なんてホテル?」
「『Scarlet』ってところだけど、知ってる?」
 問いに、おお、と小傘ちゃんが、
「蓮子ちゃんとメリーちゃんってお金持ち?
 あんなすごいホテルに泊まれるんだー」
 うう、そのきらきらとした視線が痛い。福引なのよねー
「えっと、福引でね。たまたま当たったのよ。
 宿泊券ごと」
 メリーが困ったように笑う。
「そっか、それはラッキーだねっ」
 ほんと、それは同感。だって、
「そうね、小傘ちゃんにも会えたし」
 良き出会いのきっかけになったのだから、それだけでもね。
「あ、――ど、どういたし、まして」
 小傘ちゃんは顔を真っ赤にして、小さくそう言った。
 反撃成功、と内心でガッツポーズ。

 道半ば、やっと到着、『伝承園』の近く。
 疲れたあ。
「メリー、大丈夫?」
「一応は、ただ、荷物持ちながら自転車に乗るのって大変ね」
「わちきもー、疲れたー」
 小傘ちゃんもぐた、と自転車にもたれかかる。
 と、
「随分と大荷物ね」
 ん? 聞き覚えのある声、確か、
「メディスン?」
「はぁい」
 車から顔を出してひらひら手を振るメディスン。と、
「あら、奇遇、かしら?」
 運転席から幽香さん、彼女は首をかしげて、
「大荷物ねえ、大丈夫?」
「つらいかも」
 嘘偽りなく率直に本音を言ってみた。結構バランスが難しいのよ。
 ふぅん、と幽香さんが笑って、
「遠野駅までなら、荷物持っていってあげましょうか?」
 へ?
「「いいのっ?」」
「へえ、珍しいわね。
 幽香がそんな事言いだすなんて、っていうか、ありえなむぎゅっ」
「一言多いわよ。メディスン」
 襟首を掴んで幽香さんはメディスンを車の中に放り込む。
 そして、ただ、と笑って、
「夕ご飯、一緒にいいかしら?
 『博麗』っていうお食事処があるのだけど、そこ付き合ってくれる?」
「……ああ、うん、毎日そこで食べてるから、大丈夫」
「そう? それは運がいいわね。
 時間は?」
「十九時頃、よね、いつも」
 問いに、私は頷く、そう、と幽香さんは応じて、
「先に行って、そうね。遠野駅で待ってるわ。
 ゆっくり来なさい。メディスン、後ろの窓、開けてあげて」
「はーい。あ、幽香、私も夕ご飯『博麗』に行くからっ」
「はいはい、わかったわ」
 窓からお土産を入れる、メディスンが受け取って、
「それじゃあ、また遠野駅で」
「夕飯楽しみにしてるわね」
 そして、車は走り出す。はあ、
「楽になったわねー」
 ん、と両手を伸ばす、小傘ちゃんは走り去った車に合掌していた。
「さて、メリー、小傘ちゃんっ、時間がないわ、急ぎましょうっ」
「それもそうね」「おーっ」
 メリーが苦笑して頷き、小傘ちゃんが手を振り上げた。
 さて、帰りの道行き、がんばりますか。



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