おにぎりを持って、『遠野ふるさと村』への道をひた走る。 「うわ、さすがに遠いわね」 「まあね、でも、気合いよーっ」 と、がくんっ、と。 「下り坂っ?」 「よねー」 しゃーっ、と自転車がくだりを駆け降りる。 「これ、帰りは登りよね」 「鬱になるような事言うなーっ」 本来なら小突いてやりそうな応答、当然そんなことはできないから、必然会話が多くなる。 ブレーキを軽くかけて、ゆっくりと減速。本来ならこのまま駆け抜けてペダルを踏んで再加速、と行きたいところだけど、メリーを置いていくわけにはいかないわね。 と、 「次は登り?」 ペダルが少し重くなる、一日目の急坂、というほどじゃないけど、 「んっ」 メリーの気合いの声。気合いを入れて上りだす。 登り終えた、ペダルの感触が軽くなる。 「よしっ、メリーっ、急ぐわよっ」 「観光スポットは逃げないわよ」 「その楽しい観光スポットにいられる時間が、一秒短くなる事を憂慮しなさいっ」 「疲労困憊で倒れるリスクはーっ?」 「永琳先生のマッサージで解消っ」 そして、私はスピードをあげる。ああっ、と抗議の声。みるとメリーも、 「んっ、おいついた」 「あら、速くなったわね。おめでとう」 「ありがとう、これも蓮子のおかげよ」 横に並ぶ、笑顔を交わす、言葉を交わす、楽しい、と私たちは道を駆け抜ける。 と、 「メリーっ、あれっ!」 右手を離して、奥を指差す。 「見えてきたわね」 森が見える、木々の向こう、その間に見え隠れする、五重塔。 「メリーっ、なんてところだっけ?」 「『福泉寺』っ」 五重塔が見えなくなり、さらに進めば、見えてきた。 「入口ね」 「広いわね」 自転車を止めて降りる。車でも入れそうな大きな門。 「このまま自転車で入っちゃってもいいのかしら?」 「うーん、…………とりあえず行ってみましょう。 自転車、止める場所もあるかもしれないし」 そうね、とメリーが頷くのを確認して、私は自転車を押して中へ。 山門、仁王門をくぐり、その奥の小さな小屋。 「あれ、受付の類かしら?」 「お金取るの?」 「とるでしょうねえ。 御寺って賽銭箱ないし」 「……そういうもの?」 たぶん、と私は応じる、詳しくは知らないけど、 自転車を止める場所も聞かなくちゃならないし、その小屋の傍らに自転車を止めて中へ。 「ん? お客さん」 ばさ、と、新聞を置いたのは、……うーん、やっぱり年下くらいの女の子。 「拝観かい?」 「あ、はい。大人二枚。 それと、」私は振り向く、自転車は見えないけど「自転車、そこに止めたんですけど、大丈夫ですか?」 「ああ、通行の邪魔にならなければいいよ。 それと、大人二枚だね」 頷く、受付の女の子はチケットを手に、 「ん、どうぞ。と、そうだ」 「ん?」 「見学でしょ、私も一緒に行くよ」 へ? 「いいの?」 問いに、彼女はうん、と頷いて、 「ここで一緒に暮らしている住職と会う時間だからね。 上に行くんだけど、一人もつまらないし、道案内くらいはするよ」 そう、と私は頷いて、 「なら、よろしく。私は宇佐見蓮子よ」 「マエリベリー・ハーン、メリーでいいわ。 よろしくね」 「ん、よろしく。 私の名前はナズーリンだよ」 うん、とメリーと頷いて、 「「ナズちゃんね」」 ぴったりと合った言葉、ナズーリンもといナズちゃんは、しばらく何か言いたそうに沈黙した後、ため息。 「それでいいよ」 やったっ、とメリーと手を打ち合わせた。 「さて、とりあえずこの、大観音堂を目指すよ」 ナズちゃんが示す場所、受付から一番奥まったところにある、一番強調された建物。 「観音堂っていう事は、観音様がいるの?」 「まあね」はい、とパンフレットを渡して「一木彫のでかいやつ。日本でも最大級らしいね」 「日本最大、……まさか、そんなものにお目にかかれるとは」 来てよかったわー 「二人は観光客?」 問いに、私とメリーはそろって頷く、ふむ、とナズちゃんは頷いて、 「若い身空で随分と田舎に来るね。 どこから来たかは知らないが、そういうのが流行なのかい?」 「そう思う?」 問い返しに、ナズちゃんは肩をすくめて、 「さあね、こちとら仏門だ。 俗なこと、なんて偉そうなことは言わないけど、とはいえ流行廃りは鈍感でね」 「あら、それは奇遇ね。 私も流行り廃りはそんなに気にしないのよ」 メリーが笑って言う。視線は一度こちらへ、もちろん、私は頷く。 「へえ、そんなものかい? 二人は、……みたところまだ、学生のようだけど」 「そうそう、私達が面白ければそれでいい、っていうタイプなのよ」 主に蓮子が、とかいうな、貴女もでしょ、メリー? 流行り廃りを横目に、面白い事を突き進む。それが楽しいんじゃない。 「へえ、それはいいね。 なかなか楽しい毎日を送れそうだね」 「ええ、毎日が楽しいわ。 思わず早寝してぐっすり寝入るくらいに」 「またわかりにくい比喩だねそれは」 くすくす、とナズちゃんは笑う、そして、 「と、まずは本堂だけど、いいかい?」 そして、隣、ちょっと奥を示して、 「鐘楼堂もある、けど、見ての通り入れないから、本堂にお参りで勘弁してくれ」 「それでいいわ」 「二礼一拍一礼、だっけ?」 すっとぼけた事を言うメリー。 「メリー、メリー、それは神社の作法よ」 「あら、それは失礼」 「まあ、なんだっていいさ。 手と手を合わせて一礼しながら願い事を言う、でいいんじゃないかな?」 ナズちゃんが曖昧に言う、――うーん、あんまり、そういうの規則はないのかな。 まあいいか、と。手を合わせて、目を閉じる。 願わくば、―――― 猫っ子も、こんなふうにお願いしたのかな? ――――これからも、楽しい時間が続きますように、 眼を開ける。メリーはまだ眼を閉じて、何かを祈ってる。 ナズちゃんは、小さな声で呟いた。 「熱心だね」 「まあ、せっかくだからね」 そして、メリーが眼を開ける。私達を見て、笑みで、 「行きましょう」 「そうね」 「野暮な事を聞くけど、二人は何を祈ったんだい?」 確かに、ただ、 「この楽しい時間が、これからも続きますように、かしら」 「これからも、幸いな出会いがありますように、ってところよ」 ふぅん、とナズちゃんは笑顔で、 「なら、これからの時間もそうであってほしいものだね。 ずっと続いてほしいと願うほど楽しくて、幸いと感じてくれるような出会いであってほしいものだよ」 「ええ、それを期待して、いきましょう」 手を向ける。そうだね、とナズちゃんは手をとった。 「さて、そういうわけでこの上り坂だ、楽しんでいこうかな」 「楽しめればねえ」 「これも運動よっ。 ほら、旅行に来ると太るっていうじゃない。その対策と思えば問題ないわっ」 「今回はそれに当てはまらないわね。 物凄く運動している気がするわ。私」 「まあね、ここは田舎だから。 観光客とすると、『伝承園』とかにも行って来たのかい?」 「ええ、水車まで見て来たわ」 「ならわかると思うけど、観光地が点在しているからね。 運動にはなるだろう」 「ここも駅から遠かったわねえ」 「大体十キロ、…………八キロ、だったかな」 うわあ。 「ここ数ヶ月分の自転車の走行距離をここ数日で確実に超えたわね」 慄くメリー、っていっても、 「メリー、メリー、貴女自転車なんてほとんど乗らないじゃない」 「まあ、電車がたくさん通っているからね、あんまり必要ないし」 それもそうなんだけどね。 「そういえば、二人はどこから来たんだい?」 「京都よ」 とりあえずそうとだけ言ってみる。さて、なんていうか、 と、ナズちゃんは妙にしんみりとした表情で、 「そうか、頼豪鼠はその無念を果たせたのかな」 「……また、微妙にずれた位置の話を」 滋賀県でしょ、比叡山延暦寺は、 「らいごうねずみ? なにそれ?」 「書物を食らった巨大な鼠よ。 頼豪っていう僧がなんかの恨みで巨大な鼠になって比叡山延暦寺の書物を食い荒らしたらしいわ」 「書物を?」 「本の虫は紙魚だけじゃないって事よ」 「あの虫と一緒にされるだけでも無念だろうね」 まあ確かに、鉄鼠、の名前で結構有名だからね。 「あら、屋根があるわ」 「ん」そういえば、と話しながら歩いていたら、いつの間にか「ほんとだ。ナズちゃん、これどのあたり?」 「廊下、だね。 少し歩いたら五重塔とか見れるよ」 おおっ、 「よしっ、いきましょうっ」 「ああもうっ、走らないでよっ。蓮子」 面白いものが見れそうだ、と駆け出す私にメリーが声をあげて追いかける。その後ろを、苦笑交じりにナズちゃんがついてきた。 「君たちは元気だね」 「ええ、たくさんある取り柄の一つですわ」 「それは羨ましい事だね」 くつくつ、とナズちゃんが笑う。理由は、 「元気だけが取り柄、とは言わないんだ」 「突き進む意志のほうが大切よ。 目の前の面白いものを見過ごす位なら病人でいいわ」 それでも食らいついてやる、と笑う。 「はははっ、また面白い人が来たねっ 正直迷ったんだけど、案内役をやって正解だよっ」 「おかげで私は振り回されっぱなしなんだけどね」 「メリー、メリー、振り回されながら楽しんでいる、ってちゃんと言ったら? 迷惑な事にいつまでも付き合うほど悪趣味だったの?」 「あら卑怯な物言いね」 くすくす、とメリーは笑う。まあね、と私は肩をすくめる、怒られたら謝るつもりだったんだけど、笑ったならいいか。 と、 「君たちは」 ぽつり、と。 「ん?」 「君たちは、友達なのかい?」 「ええ」「そうだけど?」 問いに、私は胸を張りメリーは首をかしげる。 そう、とナズちゃんは頷いて、また、どこか皮肉っぽく笑った。 「腐れ縁かね? 皮肉の応酬を笑って流せるなら、随分と沈没した友情だね」 「誰も手出しできない?」「誰にも干渉させない?」 私とメリーの問いに、ナズちゃんは肩をすくめて笑った。 「ご自由に解釈するといいよ。 私がどういったところで、なにも変わらないだろ?」 変わらない、か。 「だと、いいわね」 小さなつぶやきは、隣にいるメリーにも届かないで、メリーは、そんなナズちゃんに小さく何かを言った。 「何か言った?」 「「いえ、別に」」 そう、とナズちゃんは首をかしげ、ふと、 「ああ、そっち。右だ」 右? 「……ねえ、メリー」 「なに?」 「獣道って、突入したくならない?」 「ええ、蓮子がそういうふうに考えるのよくわかるわ。主に被害を受ける私は」 「被害?」 ナズちゃんの問いに、メリーは服を撫でて、 「虫とか」 「ああ、なるほど、確かに気になるね。――――」ちらり、ナズちゃんは口の端を吊り上げて私を見て「女の子なら」 「メリー、なんで私女の子扱いされないのかしら?」 「まず獣道を見たら躊躇するようになりなさい。 話しはそれからよ」 「えーっ、ああいう道ってこの先に何かがある、って、そう思うとわくわくしない」 そう言って進む、道を進み、目指すは五重塔。 と、 「その考え、少し気をつけた方がいいよ」 ナズちゃんは、ぽつり、という。 「気をつける?」 「霧に閉ざされ、なにも見えない、一本道」 「メリー?」 「ハーメルンの笛吹きね。 ここはドイツじゃないけど、でも、神隠しのメッカ、遠野よ。あんまりうろちょろしていると、洒落じゃなく隠されるわよ?」 むぅ、――それはそれで、いってみたい、とも思うけど、 「まあ、そういう事。 蓮子も女の子なんだから、獣道を見かけたらとりあえず突入するのはやめたまえ」 「へーい」 見かけたら行きたくなるんだけどなあ。そういう道。 「おーっ、五重塔だー」 「京都にあるの、よりは小さい、かな」 メリーが首をかしげ、ナズちゃんが笑う。 「本場京都と比較されちゃ困るね。 まあ、大観音はパンフレットの通り見ごたえあるから、それは楽しみにしているといいよ」 「ん、もちろん」 五重塔、その意味は、 「鎮護国家。ね」 「もうそれを五重塔に願う人もいないだろうけどね」 さわさわ、と風が駆け巡る。 「護国を信仰で得るなんて考え方、もういないわね」 メリーは、そう言って手を合わせた。 けど、せめて、……私も、五重塔に手を合わせる、願わくば、 「せめて、この町が、平穏のままでありますように」 願いの言葉に、小さな笑い声。 ありがとう、そう、聞こえた。 「おや、ナズーリン」 「やあ、御主人様」 御主人様、と呼ばれた彼女、福泉寺の住職かな? 僧服を来た女性がこちらを見る。 ああ、とナズちゃんは頷いて、 「観光客だよ。せっかくだから案内してあげたんだ。 蓮子、それとメリーだよ」 「そう、ですか? …………では、はじめまして、私は星、といいます」 「はじめまして」「はじめまして、星さん」 うん、と星さんは頷いて、後ろを見る。 「大観音像を見に来たのですね?」 「そりゃもちろん、日本最大級なんて御触れ込みがあったら、なにはともあれ見たくなるでしょっ」 うむ、と頷く私に星さんは笑顔で、 「では、どうぞ」 そして、その扉が開いた。 沈黙、……その威容に、私とメリーは言葉を失う。 最大級の大観音像。――その言葉に浮かれていた自分が、恥ずかしくなる。 静かな表情を湛えた木造の大観音像、――ちはやぶる、その威を持つ神道の神々とは違う、危難や厄災から人を救う、そのための存在は、その表情に慈悲を持ってそこにある。 だからこそ、 「五重塔で祈った事、ここで改めて、祈りとさせていただくわ」 それは、 「どうか、この地に住む人々が、これからも過去を大切にし、そして、失われず穏やかに暮らしていける事を」 ――――祈る。どうか、その慈悲を持って、この祈りを聞き入れてくれる事を、と。 「ありがとうございます」 声、振り返ると、そこには星さんが、穏やかに微笑む。 「この地に暮らす人々の事を祈ってくれて、……ならば、その祈りはきっと御仏に届くでしょう」 「それじゃーねー」 「さようなら」 私とメリーは手を振る、わざわざここまで見送りに来てくれた星さんとナズちゃんに、 二人は、笑顔で手を振り返す。そして、また自転車にまたがる。 「さあっ、メリーっ、『遠野ふるさと村』まで、あと少しよっ、遠野基準でっ」 「京都基準だとかなりまだまだよね」 かもね、と頷いて私達は自転車を走らせる。 しばらく、会話の応酬を楽しみながら、ふと、右手を見る。そこには、 「メリー、メリー、本気でもう少しよ。 川が見えたわ」 「見えたけど、そうなの?」 「ええ、『福泉寺』と『遠野ふるさと村』の中間あたりで川が近くなるの。 えっと、猿ヶ石川」 「由来がありそうな川ねえ」 確かにね、と。 「メリー」 「ん?」 その川が近くなったところ、そこに、 「あれ? ハーメルンの笛吹きの道って」 え? とメリーは私が見ているほうを見る。そして、苦笑。 「近いかもしれないわね」 川を越える橋、そして、そこから続く道。 左右の田んぼを分かつように、奥の山へと伸びる一本の道。 もちろん、頭ではわかってる。この先にあるのはただの道で、これもただの道でしかない、という事は、けど、 真っ直ぐ伸びる一本道は、どうしても、どこか、知らない場所へ続くように感じてしまう。――そう、異界、へと。 「なまじ奥にあるのが山だからかしらね。 これ、そのまま何も考えずに進んだら、山に隠されそうね」 そうね、と私は頷いた。 と、 「あれ?」「ん?」 前から声が聞こえる。何とも弱々しそうな声で、 「お腹すいたよー」 ちょっと前、なんか、道端、自転車の上でぐったりとしている女の子がいた。 「…………蓮子、どうする?」 「…………まあ、放っておくのもあれだし」 幸いなことに、というか、バッグの中には幽香さん特製のおにぎりがある。 数は四つ、だから、 ぐたーっ、と自転車にもたれかかっている彼女に、 「あのー、よかったら、たべますか?」 おにぎりを出してみる。それを見て、彼女は、 「神様っ?」 「いやあ、おにぎりで神様はなあ」 物凄い評価がついた、……けど、彼女は不思議そうに私を見て、 「ええっと、もらっていいの?」 ええ、と頷く私の傍ら、メリーが顔を出して、 「ねえ、貴女はどこに向かってたの?」 問いに彼女はぐったりとしながら、 「『遠野ふるさと村』ー」 同じか、なら。 「そこって、食べ物を売っている場所はある?」 問いに、彼女は力なく頷く、 「あるけど、もたないよー」 「じゃあ、私たちはそこで食べるから、 気にしないで」 まだ、どこか躊躇したようにこちらと、そして、手の中のおにぎりをみる。 期待と迷い、だから。 「じゃあ、代わりに一つお願い」 「な、なに?」 身構える、そんな彼女に苦笑して、 「私たちも『遠野ふるさと村』にいくの。 付き合ってくれる?」 問いに、彼女はぱっ、と笑って、 「うんっ、わかったっ」 「じゃあ、ちゃんと付き合ってもらうためにも、ね?」 差し出したおにぎり、今度こそ受け取って、嬉しそうに食べる。――よほどお腹減ってたのかしら? 一つをぺろりと食べて、もう一つ受け取って、 「あ、いい?」 「いいわよ」 「メリー、私達も一個食べる? まだ距離あるし、腹ごしらえ」 「そうね」 頷くメリーに、彼女は嬉しそうに笑って、待つ。 一緒に食べよ、っていうことかしら? 「あ、そうだ。 私は小傘、っていうの。貴女達は?」 「はじめまして、宇佐見蓮子よ」 「マエリベリー・ハーン、よろしくね」 うんっ、と明るい笑顔で、 「はじめましてっ、蓮子、それと、ま、え?」 「メリーでいいわ」 「あ、ごめんね。 じゃあ改めて、はじめましてっ、蓮子っ、メリーっ」 それと、 「おにぎりっ、ありがとうっ」 ぱっ、と輝く笑顔。――うーん。 「可愛いなあ」 愛い奴め、 「へ、あ、あわわ、わ、あ、あの、ちょ、ちょっと待ってっ」 一転、顔を真っ赤にして手を振る小傘ちゃん。 「蓮子、初っ端から誤解されたわ」 「日本語って難しいわねえ」 「わ、わちきはそういう趣味はないよっ!」 「安心していいわ、私にもないから」 「あ、そうなんだー」 ほーっ、と小傘ちゃんは息をつく。 そして、かぷり、とおにぎりを食べて、 「美味しいね。これ蓮子ちゃんが作ったの?」 「ううん、『伝承園』で買って来たの」 「そうなんだ。 手作りっぽいから、蓮子ちゃんかメリーちゃんが作ったのかと思った」 「たぶん手作り、とは思うんだけど」 幽香さんの。 「小傘ちゃんは地元の人?」 地元? と、小傘ちゃんは首をかしげて、 「うん、遠野の、メリーちゃんは違うの?」 「ええ、私と蓮子は観光なの」 「そうなの?」 興味津々、と身を乗り出す。私はおにぎりを持ってどうどう、と。 「ほら落ち着いて、その辺の土産噺は道中行きましょう」 「はーい」 「京都、――って、あれだよね? 朧車が街道を爆走する街だよね」 「違うわよ」 即座の否定に、へ? と首をかしげる小傘ちゃん。 遠野の人の京都の認識は、随分と『魔都』になっているみたい。 「そうなんだあ。 でも楽しそうだねー、私も行ってみたいなー」 ふー、と自転車の上で一息つく小傘ちゃん。 天子もそんな事を言ってたわね。そんなに、憧れるもの、――か。 隣の芝は青い、とそんな言葉を思い出す。……いや、遠野の人の認識の『魔都』京都なら見てみたいけど、 あるいは、境界の向こう側、私達の知らない京都なら、 「行けるっ!」 「蓮子、蓮子、何妄想しているか解らないけど落ち着いて」 「どうしたの?」 「なんでもないわ、小傘ちゃん。 蓮子たまに変なエンジンが入るから、気にしちゃダメよ」 ひどいわメリー。――が、そう思ったのは私だけみたいで、 「あはははっ、面白いわねっ! ――あ、ごめんね」 「いいわよいいわよ、変なエンジン呼ばわりされたんだから、せめて笑ってネタにして」 拗ねて見せると、小傘ちゃんは自転車をこぎながら、物凄く笑った。 「そんなに面白い?」 「うんっ」 ぱっ、と笑顔。なんていうか、ほんと感情豊かな。 ちょっと羨ましい。――あ、 「そろそろね」 メリーが呟き、私は頷く。木の、大きな看板。―――― 『遠野ふるさと村』。 ――――は、全然すぐにはたどり着かなかった。 「なにが、そろそろ、よ?」 「だ、だってえ」 メリーが困ったように笑い、小傘ちゃんがどうどう、と手を振って、 「しょうがないよ、観光地なんだし」 それでいいの? まあ、いいか。 「自転車はどこに止めればいいんだろ?」 「いつもはそこかな」小傘ちゃんは奥の小さな小屋を示して「バス停だけど、その横に置いてるよ」 よしっ、と私は気合いを入れて頷く。妙な気合いに首をかしげた小傘ちゃんの頭を撫でてあげる。 「わ、わわっ」 少し驚いたけど、すぐに心地よさそうに目を細める。 「メリー」 「ええ、わかっているわ」 メリーも力強く頷く。また首をかしげた小傘ちゃんをメリーが撫でる。 で、私はこっそりお腹をなでる。 うん、 「「小傘ちゃんっ」」 「はいっ?」 「「食べ物、どこにあるのっ?」」 やっぱりおにぎり一つじゃ足りないわよねー 「あ、いらっしゃい、小傘」 「やっほー、一輪っ」 一輪、と呼ばれた受付の女の子。彼女は小傘ちゃんに笑みを見せ、 「お客さん?」 「うんっ、蓮子ちゃんとメリーちゃんだよ」 そう、と頷く一輪に、 「それより、食べ物はどこっ?」 ぐぐ、と迫る。一輪は困った顔で手をあげて、一生懸命制して、 「え、な、なに? なんでいきなりそうなるの?」 「お腹すいたのよっ」 むしろ胸を張ってやった。――あ、一輪がきょとんとした。 「あ、あのね。 本当は私がお腹すいてたんだけど、蓮子ちゃんとメリーちゃんのお昼もらって、だから」 小傘ちゃんが言うと、一輪はなるほど、と納得して、 「そういうことなら、まずは食堂。――っていい方も変か。 まあいいわ、食堂はこっちよ」 「ありがとーっ」 手を握って振ってみた。一輪も苦笑して付き合ってくれた。 うん、と頷いて、 「行くわよっ、メリー」 「……………………はあい」 我が相棒はちょっとだめそうだった。 そして、一輪に案内されるまま隣、食堂へ。 「姐さーんっ」 姉? 「どうしましたか? 一輪」 ひょい、と。どう見ても一輪に似てない女性が顔を出す。 食堂の人かな? エプロンを着てるし。 「やっほー、遊びに来たよー」 「いらっしゃい、小傘さん。 それと、」 まあ、ともかく、 「姐さん。 二人、ちょっとご飯抜いちゃったらしいんだ。 何か作ってあげてくれる?」 それと、と一輪は困ったように私を見て、 「手早く出来る簡単なもの、って注文しちゃっていい?」 「「御願しますっ」」 頭を下げる。と、 「わかりました」むんっ、と胸を張って「では、急ぎ作りましょう。適当なところで待っていてください」 「私はチケット取ってくるよ。 この後見学するんでしょ?」 問いに、私とメリーは頷く。頷いて、近くの椅子に座った。 考えてみれば、普通の椅子に座るのも久しぶりね。 遠野の町からここまで、自転車で走破して、途中の『福泉寺』でも歩きっぱなしだったし。 「はい、お水」 こと、と小傘ちゃんがお冷を持ってきてくれた。ありがたい。 「ありがと、小傘ちゃん」 メリーが笑って言う、小傘ちゃんも困ったように笑って、 「うん、でも、ごめんね」 「いいわよ、ここまで付き合ってくれたんだから」 「うん。……でも、私も元々来るつもりだったんだし、 あの、なにか、お礼、したいの」 真面目ね、ほんと。――それなら、 「じゃあさ、遠野に帰るまで私達に付き合ってくれる?」 「女三人集まれば姦しいってね。 賑やかな道中、期待させてもらうわ。ねえ、蓮子」 「うんっ」 頷くと、小傘ちゃんは、 「わ、わわ、なんかハードル高いの期待されてる?」 「「そりゃもちろん」」 ねー、と、メリーと頷きあう。小傘ちゃんは困ったように、けど、 「うんっ、わちきはがんばるよっ」 そう、笑って言った。 「あらあら、いいお友達ね」 あ、と。 「あ、白蓮っ」 白蓮、っていうんだ、ともかく彼女はこと、と。 「はい、冷やし中華です」 「「ありがとうございますっ」」 思わず、深く頭を下げる私とメリーに、白蓮さんはくすっ、と楽しそうに笑う。 さて、 「「いただきますっ」」 「うう、わちきも食べようかなー」 食べ始めた私達を見て、小傘ちゃんは小さく呟いた。 そちらは無視、つるつると、冷たい麺を食べる。 サイクリングで上がった体温を冷ますにはちょうどいい、そして、だからこそその冷たさが心地いい。 「美味しいですか?」 「うんっ」「はい、とても」 声をあげる私と、おっとりと頷くメリー、二人の対応を見て、白蓮さんは――――なんていうか、子どもを見守るような優しい笑顔で、 「それはよかった。 では、私はおにぎりを作ってきます。足りなかったらまた言ってくださいね」 「「はいっ」」 「びゃくれーん、わちきにもおにぎりー」 せめて、と小傘ちゃんが手をあげる。 「ええ、わかりました」 そんな小傘ちゃんに、仕方なさそうな、そんな微笑を浮かべて白蓮さんは奥へ向かった。 そんな彼女を見送って、つるつると食べる、付け合わせの野菜を口に放り込んで、……これ、合成じゃないわよね? 天然物、貴重品かも、と思ったけど、そんなこと気にしてたら不味くなる。だからそんなこと気にせず食べて感想を口にする。 「うーまーいーっ」 「蓮子ちゃーん、私にも一口ー」 「間接キスならメリーとやって」 「ええっ」 小傘ちゃんは変な声をあげて、そして、きょとん、としているメリーを見て、顔を真っ赤にして俯いた。 「だめですっ!」 ずばんっ、と奥から白蓮さん降臨。なんていうか、彼女は顔を赤くした一生懸命な表情で、 「女性同士で、き、き、キス、な、なんてっ! そんな事をやったらだめですっ!」 「やらないわよっ!」「やらないよっ!」 …………白蓮さんは先走ってしまうタイプみたいね。 顔を赤くして精一杯それぞれの主張を訴える三人を何となく見て思う。 「なに、どうしたの?」 奥から戻ってきた一輪は、そんな様子を見てただ首をかしげた。 「いえ、なんでもないわ。 勘違いと誤解の行き違い」 「ふぅん? まあ、いっか」一輪はひらひらと「はい、チケット。大人三枚ね?」 「ええ、ありがと」まだてんぱってる我が相棒の肩を叩いて「ほらほら、落ち着いて、チケット」 「あ、ええ」 「小傘ちゃんは?」 「買うよっ。えっと、お財布は、と」 それぞれお金を払ってチケットを購入、白蓮さんも落ち着いたのか、奥に戻る。 「なんでこう、突発的に何か起きるのかしら?」 「蓮子のせいでしょ」 「そうだっけ?」 「そうだよ、蓮子ちゃんが間接キスとか言うからだよ」 頬を膨らませる小傘ちゃん。………………「ひゃいっ」 「なにしてるの?」 「あ、」気が付いたらぷにぷにと小傘ちゃんの頬をつついている指を見て「あれ?」 「……蓮子、大丈夫? 空腹で頭とかやられてない?」 「ないわよ、失礼ね」 ぷに、 「うーっ、だったら指を離してー」 「あ、うん、ごめんね」 「おにぎり出来ましたよー」 白蓮さんが大皿にいくつかのおにぎりを積んで持ってきた。 「一輪、どうせだから私達も一緒にお昼食べちゃいましょう?」 「え、あ、うん。わかった。 水蜜はどうする?」 水蜜? ここの職員かな? 一輪の問いに、白蓮さんは頷いて、 「いくつか持っていきます」 だから、と、笑顔で白蓮さんはいう。 悪戯っぽい笑顔、なんか、意外と似合うなあ、とそんな事を考えながら、 「私も一緒に行っていいですか?」 「広いわねー」 「まあ、観光スポットですから」 案内について来てくれた白蓮さんが微笑する。 「軽く農村再現している感じね」 「はい、田圃とかもありますよ」 「前にそこで採れたお米食べたよー」 小傘ちゃんが嬉しそうに報告する。米、か。 「京都のとは違うわね、さすが産地直送」 「蓮子、直送もなにも産地ここよ」 っと、そっか。 ビジターセンターを抜けて、奥へと進む。木々に閉ざされてその先は見えない、けど。 いや、だからこそ、かな、閉ざされている、その奥が楽しみでしかたないのは、 木で造られた簡素な門を抜ける。そして、木で見えない道を抜ければ、そこは、―――― 「「うわーっ」」 思わずあげた歓声に、白蓮さんは微笑む。 そして、改めて、 「ようこそ、『遠野ふるさと村』へ」 広げた手の先、そこには、博物館で見た曲り家そのものがあった。 うん、 「……白蓮さんってさ、結構ノリいいよね」 「え、あ、」広げた手を困ったように降ろして、ちょっと顔を赤くして「はい」 ともかく、その家の近くへ。庭、なんだろうけど、 「現役っぽいね」 農家、曲り家の庭には小さな菜園、それと農具がいくつか。 「定期的に手入れはしていますよ。 家は、誰かが暮らして手入れをしないと、どうしても痛みますから」 「たまに私が居座ったりするのよ」 なぜか小傘ちゃんが胸を張る。っていうか、居座るじゃなくて家の手入れをする、くらいの事を言えばいいのに、 「土蔵もあるのね」 「ええ、といっても本当に物置ですけど」白蓮さんは苦笑して「お見せできるようなものではありませんよ」 「そうかな。 で、そこ入っていいの?」 「ええ、いきましょうか」 白蓮さんに続いて、私達は玄関口へ。――って、 「けむっ」 「煙り?」 もくもくと、焚かれた火から煙が出てる。けど、何か意味があるのかな? 「れ、蓮子、あ、あれ」 「ん?」 つい、とメリーが何かを示して私の袖を引く。 あれ? ――なんか、いいものじゃなさそうだけど、 ともかく、メリーの示す先に視線を向ける。…………って、 「幽霊っ!」 「へ? ゆ、幽霊っ? や、やあっ」 小傘ちゃんが私の後ろに隠れる。ぎゅっと、服の裾を握ってる。 煙る部屋、その奥、高い所に、うっすらと何か、ある。 あれは、……「いや、あれはお面ですよ」 「「「へ?」」」 私、メリー、小傘ちゃんの声が重なり、白蓮さんは、笑いを堪える、そんな表情で、 「竈神のお面ですよ」 「お、おめん」 メリーが呆然と呟く。そして、私は近寄って改めてみる。 確かに、煙の中、よく見るとそれは確かに木造のお面。 「び、びっくりしたあ」 はーっ、と、脱力。 「竈神?」 確か、とメリーが首をかしげながら、 「家宅の、っていう前提だけど火の神よ。竈の守護神か、そんな感じだと思うんだけど」 「ええ、なのでこういうところに飾って祀っているのです」 白蓮さんは、少し笑いを含んだ声で紹介してくれた。 そして、困ったように、 「小傘さん。知っていたんじゃないのですか?」 「ふぇ?」 まだ私の後ろに隠れてる小傘ちゃん。彼女は恐る恐る顔を出した。 その、何とも言えない情けない表情が、おもしろくて、 「あーっ、笑わないでよーっ」 抗議の声が、さらに面白くて追加で笑う。白蓮さんやメリーも小さく笑って、……そして、頬を膨らませて不機嫌です、と主張していた小傘ちゃんも少しずつ、 「えへへ」 照れくさそうに笑った。 その家を出て、いくつかの曲り家を横目に、上がってもいい、という場所へ。 「この一番奥、肝煎りの家です」 「肝煎り?」 「庄屋さんの家だよ。 集落で一番大きいところ」 小傘ちゃんが胸を張って解説。そして、細い道を抜けて、 「ここ?」 「ええ、それと、」白蓮さんは袋を掲げて「私は水蜜にこれを届けてきます。小傘さん、二人の案内をお願い」 「はーいっ」小傘ちゃんは白蓮さんに手を振って「蓮子ちゃんっ、メリーちゃんっ、こっちよ」 小傘ちゃんに連れられて、私とメリーはその、肝煎りの家に入る。――って、 「あれ?」 入ってすぐ右、木造りの柵と、その奥、藁が敷いてあるところにいる。 「蓮子、あれは?」 もそもそ、と、そんな音が聞こえる。 「あ、手を入れちゃだめだよ」 入れる? ぶるるるっ、と音。そして、頭をあげた。 「うわっ、本物の馬だっ」「ほんとっ?」 思わず、柵に手をついて身を乗り出す。メリーも隣でぐい、と。 「? そうだけど、そんなに面白い?」 そんな私達を見て小傘ちゃんが首をかしげる。 「そりゃねえ、生きてる馬なんて、見たの初めてかも」 「私も、大きいのね」 不思議そうに首をかしげる小傘ちゃん。 「あっ、こっち来たっ」 のし、のし、と馬がこちらへ。 「って、手を出しちゃだめだよっ、食べられちゃうよっ」 「メリー、注意書き」 「はっ」 慌ててメリーを後ろから羽交い締めにして止める小傘ちゃん、私はため息交じりに指差す。 『手を入れないでください。餌と間違えて噛まれます』 馬は、のんびりと首をかしげた。 「メリー、メリー、確かに可愛いかもしれないけど、注意事項は守らないと」 「はぁい」 しゅん、と肩を落とすメリー。そして、小傘ちゃんはメリーを離す。 「さ、それじゃあ奥に行ってみよう」 「そうね」 小さなげた箱はある。スリッパはないけど、まあそれはいっか。 靴を脱ぐ、そして、下駄箱の中にいれる。 「お邪魔します」 一応、とメリーは挨拶をして、 「い、いらっしゃい?」 小傘ちゃんは反射的にそんな事を言った。 「メリー、挨拶はいいんじゃない?」 「でも家に上がるなら礼儀は必要よ? 小傘ちゃんがいらっしゃいっていうのはどうか知らないけど」 それもそうね、だから、 「そうね。 お邪魔します、と」 誰に、というわけでもなく、私は挨拶をする。 「いらっしゃいませーっ」 小傘ちゃんは、自棄になったみたいな声でそんな事を言った。 「ほらほら、落ち着いて小傘ちゃん」 メリーが肩をたたく、むー、と小傘ちゃんがうめく。 靴を脱いで、屋内へ。 戸をあけて、すぐ、宴会でもできそうな広さの部屋がある。メリーはそこに足を踏み入れ、ぐるり、辺りを見る。 「うわー、畳だ」 感心する事かな? って、まさか、 改めて、メリーの金色の髪を意識し、その上で、 「メリーって畳敷きとか始めてみる?」 もしかしたら、と。 「あ、いや、そうでもないけど、ただ、珍しいなって」 『Scarlet』は完全に洋間でフローリングよね。 「珍しいの?」 「遠野は大体畳敷き?」 問いに、小傘ちゃんは当たり前のように頷く。 「フローリングのほうが少ないかな。 大体畳よ」 うん、そんなイメージ。だから、 「メリー、寝転がってみれば?」 「へえっ?」 畳敷きの間を珍しそうに眺めているメリーに提案。メリーは変な声を出した。 「畳に寝転がると気持ちいいよねー 思わずお昼寝しちゃうくらい」 なんとなく、なんとなく、の想像だけど、 「小傘ちゃん、それが理由で遅刻とかしそう」 「はっ、蓮子ちゃんっ、どうしてわちきの失敗談を知ってるのっ?」 「ああ、うん、予想。 小傘ちゃんならやるかなって」 「もしかして、わちき馬鹿にされてる?」 問いに、まさか、と私は首を横に振る。 「小傘ちゃんらしいなあって」 「そ、そう?」 うん、と頷いて、 「よし、メリー、寝なさい」 「寝は、しないけど」 どうしよう、とメリーは迷ってる。だから、 「小傘ちゃん、いくわよっ」 「ふぇ?」 ぐ、と手を引っ張って、転ばせるように、 「わ、わわっ」「っと」 倒れる寝ころぶ、意識して大の字で、 巻き込まれた小傘ちゃんも、反射的に手をついて、そして、 「えへへー」 ころん、と寝転がった。 ひんやりとして涼しい。畳は体を受け入れるように、少しへこむ。うん、これはなかなか。 と、いうわけで、 「さ」 私は手を広げて向ける。 「メリー」 「…………はあ」 メリーは諦めたようにため息、倒れるんじゃなく、座って、寝転がる。 「確かに、これは結構寝心地いいかも」 ぼんやり、と天井を見てメリーが呟く。 うん、……ただ、 やばい、本気でねむくなってきた。 考えてみれば午前中にさんざんサイクリングして、そのあとご飯食べて、また歩いて、そして、極めつけに、この、寝心地の良さ、瞼が重くなるのを自覚する。 視界が狭くなる。――――あ、これ以上は、やば、い。―――――――― 夢を見る。まどろみの夢。 夢の中で、猫と狐は妖怪に祈る。 何を祈ったのか解らないけど、けど、妖怪は笑って言った。 その祈り、叶えましょう。と、 |
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