朝、……ん、と。目を覚ます。
 午前八時、――やっぱり、このくらいがちょうどいいわね。
「おはよ、蓮子」
「ええ、おはよ。メリー」
 あいさつを交わす。軽く頭を振って眠気を払う。
「下行く?」
「そうね。誰かいるでしょ、たぶん」
「たぶんね」
 さて、浴衣を着替えて、私とメリーは部屋を出る。そして、一階へ。
「おはようございます」「おっはよーっ」
「ええ、おはよ、さとりちゃん、こいしちゃん」
「おはようございます。
 蓮子さん、メリーさん」
 と、奥から咲夜さんが顔を出す、頷いて、
「「おはようございます。咲夜さん」」
 重なった言葉に咲夜さんは微笑む。
「朝食、そろそろできます。
 みんな一緒でいいですね?」
「ええ、もちろん」
 むしろ願ったり、即答に、咲夜さんも微笑む。――そういえば、
「さとりちゃん、お燐とお空は?」
「まだ寝ているわ」
「あの二人の朝食はどうするの?」
 咲夜さんが首をかしげる。さとりちゃんは微笑んで、
「あとで適当に持っていくわ」
「咲夜ー、朝ご飯は?」
「おっはよーっ」
 ぱたぱた、と駆け降りるフランちゃんと、軽く目をこするレミィ。フランちゃんは、ふと、
「メリーっ」
 こいしちゃんと談笑しているメリーに飛びつく、っと、とメリーはフランちゃんを抱きとめて、
「おはよ、フランちゃん」
「うんっ」
 ふと、レミィは私を見て、にや、と笑う。
「なに?」
「ん、私もやろうかな」
「メリーに?」
 問いに、フランちゃんがレミィを警戒の視線で見ている。ちなみに、こいしちゃんは羨ましそうにフランちゃんを見ている。
 そっちに気づいてメリーはこいしちゃんを抱き寄せる。
「あっちはもう満席じゃない」
「なんか、意味が通じにくい言葉ですね」
「まあ、意味はわかるけどね」
「と、いうわけで、行くわよ。蓮子っ」
「さとりちゃんにでもやればいいじゃない?」
 ぐ、と突進――なんか違うような、――の構えを見せるレミィに、言ってみる。が、さとりちゃんは肩をすくめて、
「女の子同士で抱き合うわけないじゃない。
 レミリアさんと蓮子さんならともかく」
 視線を巡らせる、レミィを見て、さとりちゃんを見て、抱き合うところを想像して、
「…………ま、まあ、いいんじゃない?」
「聞かれても困るわ」
「っていうかさ、蓮子」
「ん?」
「さとりちゃんの言ったこと、気にならない?
 蓮子、女の子扱いされてないわよ」
 ……………………あ、
 見る、さとりちゃんは視線をそらしてじりじりと後退。レミィは、くつくつとお腹を抱えて笑ってる。
「さーとーりーちゃーんっ」
「きゃー」

 で、朝食。私たち六人で席に着く。と、
「えと、咲夜さん。なんですか? その視線」
 不思議と不信を合わせたような目で私を見る咲夜さん。彼女はその視線のまま、
「蓮子、なんでさとりに襲いかかっていたのかしら?」
 うぐ、
「そ、それは、成り行きで」
「成り行きで襲われてしまいました」
 よよよ、とさとりちゃん。こいしちゃんが肩を抑えて、
「大丈夫? お姉ちゃん」
「ええ、ありがとう。こいし」
「だめじゃない、蓮子。襲ったならちゃんと責任取らなくちゃ」
「責任って、どうとるの?」
 フランちゃんが首をかしげる、レミィは素っ気ない表情で、笑いそうな口元を押さえながら、
「嫁にでもするんじゃない?」
「ちょっと待て、ちょっと待ちなさいっ!」
「おめでとう、蓮子。
 結婚式には呼んでね」
「……なんていうか、性別と種族を超えて結婚というのも、……まあ、なんていうか、ハイレベル? ですね」
「咲夜さん、言葉選ばなくていいわ」
「それで、どちらが花嫁ですか?」
「蓮子、じゃないわよね?」
「私は女性よっ?」
「私も女性ですけど」さとりちゃんはおっとりと首をかしげて「私と蓮子さんと、どっちが花嫁、ですか?」
「さとりよね」「さとりだよねー」「お姉ちゃんっ」「さとり、ではないでしょうか?」「うん、さとりちゃんよね」
「なんでよっ!」
「私が男装しても似合わないと思いますよ?」
「私もそんな趣味ないわよ」
 なんとなく想像する、タキシードを着た私と、ウェディングドレスを着たさとりちゃん。
 うーん?
「……あ、ごめん。蓮子。
 さっきちょっと結婚式の所想像したら、なんか結構似合ってたわ、男装」
「そうね。タキシードなんてお勧めよ」
「いや、もうちょっと女の子らしい服を勧めてよ」
 当然の反論、が、咲夜さんは優しい微笑みで、
「だったら、もっと服装に気遣ったら?
 蓮子って、服選ぶの面倒とか言いそうだけど?」
「うぐっ」
 ぐさ、と。――こら、メリー、笑わないでよ。
「お姉ちゃん。立派なお嫁さんになってね」
「ええ、ありがとう。こいし」
 手を握り合うさとりちゃんとこいしちゃん。
「式場の手配はお任せください」
「そうだね。咲夜、タキシードの採寸、難しいと思うけど」
 がんばります、と気合いを入れる咲夜さん。
「私は女だーーっ!」
「ぷ、あははははっ」
 こらえきれない、とメリーが笑う。横目で睨むと、メリーは手を合わせて、ごめんね、と。
「蓮子っ、ごめんっ!」
 なぜかフランちゃんは両手をあげて謝った。

 咲夜さんの作った朝食を存分に堪能できなかった理由はいくつかある。
 理由は、咲夜さんが天然で、レミィが意地悪で、さとりちゃんが意地悪で、メリーは性格が悪い事、
 結論を言えばメリーが悪い。
「って、そんなに怒らなくてもいいじゃない」
「怒りたくもなるわよ。なんで朝っぱらからさんざんからかわれなくちゃいけないの?」
「あそこまでやるつもりはなかったわよ。
 単にさとりちゃんとレミィがノリノリだっただけで」
「あの二人も性格悪いわよね」
 ともかく、私たちは準備をして『Scarlet』を出る。
 まあ、準備って言ってもバッグに筆記用具を放り込んだくらいだけどね。
「あ、おはようございます。蓮子さん、メリーさん」
「美鈴さーんっ」
「へ?」
 とりあえずさんざんからかわれたあの場にいなかった美鈴さんに泣きついてみた。
 抱きとめておろおろする美鈴さん、と。
「……お姉様、とりあえず帰った方がいいでしょうか?」
「うーん、……ちょっと待ちましょうか、取り込んでるみたいだし」
 へっ?
 聞き覚えのある声に視線を向ける。
 『Scarlet』の門入り口付近、何とも言えない表情で依姫と豊姫がいた。

「…………まあ、いろいろありますよ。主にタイミングとか」
「ふふふ、これはまた新境地っ、ってどきどきしちゃった」
 苦笑する依姫に、くねくねする豊姫、依姫はともかく、豊姫はやめてほしい、本気で、
「これもメリーが悪いのよ」
「八つ当たりをする蓮子がかなり悪いわ。
 だから朝のは謝ったじゃない。フランちゃんと」
「なんで彼女が謝るのかしら?」
 しかも元気一杯に、
「で、二人は朝っぱらからどうしたの?」
「それなのですが、昨日、永琳先生にいわれたのです。
 お二人は、今日は市内の図書館や博物館に行くのですね」
「ええ、そのつもりよ」
「なら、勉強がてら二人に付き合いなさい、と」
「勉強にならないと思うわよ」
 医大志望の二人が地元の博物館を見ても、
「んー、まあ、それもそうなんだけど」豊姫は、おっとりと首をかしげてから、ぱっ、と笑って「面白そうだから、来ちゃったわ」
 そんなに娯楽提供した覚えないんだけど、私。
「ねー、依姫ー」
「わ、私は、別に、勉強になると思って」
「目泳いでいるわね」
「ええ、泳いでいるわね」
「ち、別にそんなことはありませんっ」
 わかりやすいなあ。
「なんでそんなに優しい笑顔なのですかっ!」
「まあ、可愛い依姫はともかく、メリー、どこに行く?」
「博物館行きましょ、予定通り。
 二人はいい?」
 問いに、依姫と豊姫はそろって頷く。
「そういえば、レイセンは?」
 なんとなく一緒にいる女の子の顔を思い出して問いかける、と。
「レイセンなら永琳先生のお手伝いです」
 冷静に、――けど、つまらなさそうに依姫。ふぅん。
「自分が手伝いじゃないから不満なのね。
 でも敬愛する永琳先生から言われたから、しぶしぶ従った?」
「な、べ、別にレイセンなんかに妬いていませんっ」
 あつー、あつー、と私と豊姫でお互いを扇ぐ。依姫は顔を真っ赤にしている。
 腕を振り上げたので豊姫と一緒に逃げ出した。
「ふふ、そんなに恥ずかしがらなくてもいいわよ。
 大切な人の役に立ちたいって思うのは素敵な事だと思うわ」
 それに、と、メリーは可愛らしいウインク付きで、
「だからこそ、そこに自分以外の娘がいる事に妬いちゃう事もね。
 女の子の特権でしょ?」
「は、はいっ」
 豊姫と顔を見合わせる。仲良く微笑みあうメリーと依姫を見て、
「……永琳先生、女性なんだけど、いいのかしら?」
「いいんじゃない? ……まあ、たぶん」

「いらっしゃいませー」
 『遠野市立博物館』に入ると、受付の女の子が、あれ、と。
「依姫様、豊姫様、珍しいですね」
「こんにちわ、鈴仙」
 あれ?
 何ともいえず気弱そうな私の知っているレイセンとは、当然違う。
 ストレートの長い髪、依姫と豊姫とは親しいらしいけど、二人と一緒に現れた私とメリーに向けられる視線は、警戒と好奇心がまざってる。
「そうそう、紹介するわ」豊姫は楽しそうに私の肩に手を置いて「友達、蓮子よ」
「はじめましてー」
 ひら、と、手を振る。そして、
「友人の、メリーです」
 依姫の紹介に、にこっ、とメリーは笑顔で、
「はじめまして、鈴仙」
「はじめまして」
 鈴仙は、――少し不思議そうに、少しだけ笑ってそう返した。
「見学?」
「ええ、大人四枚、いただける?」
「いいわよ、一枚三百十円ね」
 お財布からお金を取り出す、依姫が私が出しますよ、と言い出したけど、
「いいわよ、後輩におごってもらうなんて、恥ずかしいことはできないわ」
 見栄は張りたくなるものよ。
「なら皆に蓮子がおごってあげたら?」
「お金ない」
 悲しいかな私だって学生、金銭に余裕があるわけじゃない。
 というか、大体いつも余裕はない。高い本は洒落でなく高いし、
 あきれられたかな、とこっそりと後輩二人をうかがうと、なんとなく、安堵したような、そんな不思議な表情だった。
「およ、お客さんなんて珍しいね」
 とんっ、と女の子。
「てゐ? どうしたの、こんなところに」
 んー、とてゐと呼ばれた女の子は首をかしげて、少し考え、
「館内を案内してあげようって思ってね。
 これでも館長、ちっとは働かないと罰が当たる」
「たまには働きなさい、館長」鈴仙はひらひらと手を振って「なんかてゐがあんな事言ってるけど、いい?」
 いい、けど、
「随分とちっちゃい館長ね」
「うっさいわね」
 小さな館長、てゐちゃんは悪戯っぽく笑った。
 似合ってるなあ、と、素直な感想。

「さて、まずはこっちだよ」
 順路、と書かれた道なりに歩く、そして、到着した最初のホール。
「文字ばっかりね」
「そりゃそうさ、最初は伝承の御噺だからね。
 柳田翁の書が祀られているんだ。日用品の展示なんて野暮はしないよ」
 柳田翁の、書?
 なんか、物凄く魅力的に聞こえるその言葉。
「わっ、これっ」
 メリーが喜々として近づく、ガラスケースに封入された、色あせた本。
「『遠野物語』の初版じゃないっ!」
 思わずメリーと硝子に張り付く、この、色あせた書は、つまり民俗学、という学問と同等の歴史がある本。
 うわー、いいなー
「ちょっと、あんまりガラスに衝撃加えないでよ」
「あ、ごめんなさい」
 てゐちゃんの言葉に私とメリーは一歩離れる。
「なんていうか、熱心ですね」
「あたりまえよっ、『遠野物語』の初版なんて言ったら、民俗学という学問の始まりを告げた書よ?
 これをスルー? ありえていい話じゃないわ」
「確かにいろいろ出回っているけど、でもオリジナルはそれだけで価値があるわ。
 ああっ、読んでみたいわっ」
 ……なんで退かれるのかしら? ただ、
「読んでみたい? そりゃ駄目だよ」ただ一人、そんな私たちを笑ってみてたてゐちゃんが「気持ちは分かるけどね、でもだめよ。それは博物館で一番価値あるお宝だからね」
 ちぇ、
 名残惜しいものを感じながら、私とメリーはガラスケースから離れる。色あせた書はただ静かにそこにある。
 民俗学、という学問の創始となった本。物理屋である私とはあまり関係ない、かもしれないけど、それでも、偉業、それを成し遂げたのだから、敬意を持ちたくなるのよ。
「へえ、遠野の創世神話なんてあるのね。
 面白いわ」
 一歩先行していた豊姫が壁の展示物を見ていう。――地元の子なのに、とは思うけど、医大志望者じゃあんまり興味ないかな。こういうところ、
 それより、
「「どこっ?」」
「……蓮子さん、メリーさん、なんていうか、テンション高いですね」
 当たり前じゃないっ!
「って、博物館内で走らないでよ」
 はっ、
「あ、ご、ごめんなさい」
 立ち止まりメリーがばつが悪そうに謝る。
「ごめん」
「いや、楽しんでくれればいいけどね。
 どーせ客もいないんだから、滑って転んで展示品壊さなけりゃ文句は言わないよ」
 転ばないわよっ、と、文句を飲み込む。――うん、危なかったかもしれない。
 さて、と、一息。
「豊姫、そこ?」
「ええ、そうよ」
 どれ、と覗き込む。――って、
「遠野って、昔は湖に沈んでたの?」
「そう伝えられているのですね」依姫が首をかしげて「こんな山奥の村が、どうして水の底だったのでしょうか?」
「さあね、神話なんてそんなものさ。
 ほら、神様が降りたって」
「『遠野物語』にあるわね。
 山の女神の娘神が、早池峰と六角牛と石神のどの山を治めるかっていう噺」
 記紀神話とは違う、この地方土着の創世神話。――か。
「ねえ、メリー」
 先を歩く依姫と豊姫、そして、てゐちゃんには聞こえない、小さな声で、
「ん?」
「ここで見る向こう側の世界って、どう見えるのかしらね?」
 その、気持ちの悪い目は、ここでは何が映る?
 この、伝承の地、遠野の境界の向こうには、――ひょっとしたら、ここでしか見れないものが見えるかもしれない。
 メリーの夢語り。祭り囃子、赤い館、そして、何かがいる、竹林。
 それとは別の、まったく別の、境界の向こうにある、何か、それがここで見れるかもしれない。
 ぞくり、と。好奇心、という愉悦が疼くを感じる。
「そうね」メリーは艶やかに微笑む「面白いものが見れたら、行きましょう。この世界の裏側に」

「はてさて、次は城下町としての遠野さ」
 てゐちゃんが通路の展示品を示す。神話の静けさとは違う、活気のある風景。
「ふむ、遠野って結構栄えてたのね。昔は」
「そうですね。
 城下町として、それと、東北中央と海との交易の場として栄えていたようです」
 依姫が生真面目にいう。なるほど、と。ミニチュアの人が馬を引いたり売り物を売ったりと、生活の様子が描かれている。
「馬市?」
「っていうのもあったみたいね」
「馬は当時は貴重な収入源だったのさ。
 遠野の馬は良質だからねえ」
 てゐちゃんは笑っていう。……馬? なんだっけ?
 なんか聞きおぼえがあるような。
「良質なんだ?」
「まあね。
 なにせ寒くて山に囲まれているのが遠野よ、労動力としての馬が弱っちかったら話にゃならないわよ」
 そして、てゐちゃんは手まねき、
「来な、そんな遠野独特の家を見せてあげるわ。
 曲り家ってやつね」
「『伝承園』にあったわね、そういうの」
「この地方特有の家って事で有名なのよ。
 まあ、今じゃあ観光施設くらいしかないけどね」
 そう、――確かに、
「結構規模大きいみたいだし、気楽に作れるような家じゃないわよね」
 形状も独特だし、どういう理由であんな形をしているのかは知らないけど、――ただ、
 そういう伝統的なものが利便性を理由に失われていく。そのことが単純にさびしいって思うのは、私が当事者とは違う、気楽な旅行者、だからかしら。
 そして、てゐちゃんの案内で、曲り屋の模型を見る。――その独特な形状の、意味は、
「厩?」
「そうみたいね。
 家の中に厩があるって感じね」
「そ、馬が大事にされてるってね。
 この寒い中家の外に置いといたら凍死しちゃう。だから、家の中で暮らさせているのよ」
「家族みたいなものね。昨今のペット、…………」メリーは、苦笑「それとは全然違うわよね」
「生死を共にしてた、……って言ったら信じるかい?
 あんまり嘘じゃないよ。なにせ、貴重な労働力として重宝されていたんだからね」
 あっ、そうだ。
「オシラサマ」
 ん? と首をかしげるメリーの隣、
「そういえば、オシラサマって娘さんとお馬さんの恋物語なのよね」
「…………恋、物語? なのでしょうか?」
 ほんわかいう豊姫の傍ら、首をかしげる依姫、――「とは、ちょっと違うと思うわよ」
 いや、そうかもしれない、けど、
「そんなものかもね」てゐちゃんはきししっ、と笑い「娘をくれてやってもいいほど、大切だったって事じゃない? 私にはわからんけどね」

 ふと、私は最初の展示室で見えた、階段を上る。
 ちなみに、他のみんなはいない、てゐちゃんに案内されて展示室を回ってる。
 どうして私だけが抜けだしたのか、まあ、意味なんて別にないんだけどね。
 ただなんとなく、そんな理由で私は階段を上る。
 二階へ。――そこに、何かあるような気がして、

「あら、お客さん?」
 え?
 二階、なにもない、がらんとしたホール。
 ぽつぽつと、いくつかあるベンチに、一人の少女がいた。
 絶世、といってもいい美女。彼女はころころと笑って、
「見学者? もし、ヒマならお噺でもしましょう?」
「あ、う、うん」
 吸い込まれるように、惹きこまれるように、……気が付いたら私は彼女の隣に腰をおろしてた。
 暗い、暗いホール、わずかな明かりだけが灯るこの場所で、間近で私は彼女を見る。
 息をのむ、……凄い、美女。
「はじめまして、私は輝夜、っていうの」
 輝夜、……ん、
「はじめまして、私は、蓮子、宇佐見蓮子よ。
 予想通り、見学者よ」
 飲まれないように、私は意識して真っ直ぐ、彼女を見る。
「貴女も、ここの従業員?」
「あら、そう見える?」
 ころころと、輝夜は笑う。子供っぽい、楽しそうな笑顔。
「見えないわね」
 即答する、考えてじゃない、直感。そして、その解答に輝夜はぱっ、と笑う。
「ええ、大正解っ」
 楽しそうに拍手付き、――なんていうか、その動作も妙に子供っぽい。
「いや、貴女が従業員なんて言ったらそれこそ信じられないわよ」
「そうね」
 そして、輝夜は笑う。
 子供っぽい笑顔から、――ぞくりと、同性の私でもくらっ、とくる、妖艶な微笑。
「私はね、語り部なの」
「語り部? ……それが、貴女の仕事?」
 ええ、と輝夜は頷く。
 そして、暗闇の中、手を広げる。
 何かを抱くように、
「記憶の続く限り、伝承を伝える永遠の語り部。
 無くしたくない、失いたくない、その思いが生んだ。全ての物語を継ぐ者。それが、永遠の語り部、輝夜」
 芝居がかった大仰な仕草、――なにそれ、そんな当り前の言葉も出てこない。
 暗闇の中、そう言って笑う輝夜が、現実離れして美しいから。
「永遠?」
「そ、永遠」
 輝夜は笑う。暗闇の中、彼女の姿はその笑顔まではっきりと見える。
 怖気する美、あまりにも現実とかけ離れた、異界の、美しさ。
 永遠、もう一度、彼女はそう繰り返し、

「私は永遠なの、だから、私の継いだ物語は、永遠に此処にある」

「――――子、蓮子」
「ん、……あ?」
 目を開ける。と、
「メリー?」
「メリー? じゃないわよ、何こんなところで寝てるのよ?」
「大丈夫ですか?」
 依姫も横から覗き込む。
「熱中症? そんなわけはないと思うけど、何か飲む?」
 豊姫の問いに、私は軽く頭を振る。
「ん、大丈夫。
 ごめん、疲れてたのかな?」
 よいしょ、と起き上がると安堵したような溜息、そして、
「まったく、なんでもいいけど博物館で倒れないでよ?
 事後処理が大変なんだから」
 てゐちゃんがやれやれ、と肩をすくめて、
「館長なにもやらないじゃない」
 鈴仙がてゐちゃんを小突く、てゐちゃんは唇を尖らせる。
 そんな、日常の光景に、小さく苦笑。笑った、そのことを自覚して、ここにいる、という事を思い出す。
「ごめんっ」ぱちんっ、と手を合わせて「心配かけたわね」
「ま、いいわよ、大丈夫なら。
 それより、これからどうする?」
「お昼には、まだ早いですね」
 依姫が時計を見ていう。なら、
「図書館に行きましょ。下に併設されてる」
 よし、と立ち上がる。と、
「そーいえばさ、お嬢さん」
「……なんか、てゐちゃんにそう言われるのも不思議ね。
 で、なに?」
「お嬢さん旅行客でしょ?」
「へえ、よく知ってるわね」
「ん、私もここの館長勤めて長いからね」どーみても年下なてゐちゃんはちょっと可愛らしく胸を張って「顔を見りゃ大体わかるわ」
 へー、…………胡散臭い。
 まあ、いっか。
「そうよ。京都から観光旅行」
「ほほう」「京都?」
 へえ、と笑うてゐちゃんと、不思議そうに問い返す鈴仙。
「なに? れーせん知らないの?
 京都っていえばあれだよ、鬼が駆け鵺が笑い狐が化ける、毎日が百鬼夜行で毎日が地獄で毎日がお祭りの変な町さ。
 入るためには京都を常時覆っている呪詛に耐えられるようにしなくちゃならないよ」
「…………いや、見てみたいけどね、その町」
 何時代? と思ってしまうあたりは『魔都』とも呼ばれた京都故か、――平安とか。
「へえ、大変なところから来たのねえ」
「信じないでよっ」
「えっ? 違うの?」
 違うわよ、当たり前のように、
「鈴仙、貴女は少し疑いなさい」
「はいぃい」
 依姫に説教された。――っていうか、どっちの方が年上なのかしら?
 見た感じは依姫、けど、博物館で働いている鈴仙と学生の依姫、――まあ、一番幼く見えるのは館長のてゐちゃんだけど、
「あははっ、でも私はそういう素直なれーせんが大好きよ」
 けらけら笑うてゐちゃん、好き、といわれて鈴仙は少し頬を赤くした。
 うん、
「「あつー」」
「蓮子、楽しそうねえ」「お姉様、楽しいですか?」
 お互いを扇ぎ始めた私と豊姫に、メリーと依姫の胡乱な視線がつきささる。鈴仙は顔を真っ赤にした。
「ま、ともかく、私たちは『Scarlet』ってホテルに泊ってるわ。
 気が向いたら遊びましょ」
「了解」にやん、と悪戯っぽいのと楽しそうな、そんな笑顔を浮かべたてゐちゃんが「楽しみにしてるよ」
「そうね、まあ、気が向いたら遊びにくわ」
 最後、生真面目にいう鈴仙に笑みを返し、私たちは博物館を後にした。

 ……そういえば、あの、幻想か現実か、わからない少女。輝夜。
 彼女なら、『猫っ子と狐どん』が妖怪に祈った内容、知ってたかしら?



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