感じたのは、一瞬の違和感。
 見た事もない天井。そして、家にあるのとは違う。ふかふかの毛布。布団。
 ここは? と、ぼんやりした頭で思う。横、すやすやと眠るメリーを見て、改めて、
「そっか、遠野か」
 旅行に来た、のよね。
 日常と切り離された感覚。私は軽く頭を振ってこびりつく違和感を払い落す。
 時計を見る。六時半、いつもなら滅多に起きない時間、だけど、そろそろ、かな。
 八時にはレンタサイクルが開くし、なら、
 すやすやと眠るメリー、眠れる森のお姫様、という言葉を何となく思い出す。金髪だし、
 さて、ちょっと早いけど起きてもらいますか。
「おーい、メリー、あーさーよー」
 ゆさゆさゆさ、う、……ん、とメリーが声をあげる。
 うーん、にしても、こんなに艶があるのに付き合っている男がいないというのはどういう事か、……まあ、メリーじゃしょうがないわね。
「ん、……あ、あれ? 蓮子?」
 ゆさゆさゆさ、揺さぶると目を開けたメリーが問いかける。
「どうして、ここにいるの?」
「寝ぼけてるなら起きろー」
「ん、……あ、そっか。
 旅行中、よね」
「そうよ。
 さっさと起きなさいよ」
 早いわねー、とメリーは小さく欠伸をする。さて、
「おはよ、蓮子」
「ええ、おはよ。メリー」

「ふあー、眠い。
 まったく、都会の連中はこれだから慌ただしいって言われるのよ。
 もうちょっと朝位ゆっくり出来ないの?」
 レミィは何はばかることなく大あくび、ちなみに隣に座るフランちゃんは座りながら船をこいでいる。
 というか、
「わざわざ朝食に付き合ってくれなくても」
 朝、七時。メリーが言っておいたらしい。朝食は早いからいいです、と言ったらしいけど、
 ならその時間に、と咲夜さんはわざわざ付き合って朝食を作ってくれた。
 そして、わざわざ付き合ってくれるオーナー姉妹。
「うー、だってえ」
 ぼんやり、とフランちゃんが眼を開ける。
 眠そう。
「せっかくなのよー」
 ぼんやりと言われた言葉、それが、せっかく会えたのだから、だったりしたら嬉しい。
「まあまあ、お嬢様。
 それと、妹様も、お二人はこれからいろいろ回るのですから、ゆっくりだと時間が無くなってしまいますわ」
 苦笑して取りなしてくれる咲夜さんに感謝。ふぅん、とレミィが、
「咲夜、車出してやればいいじゃない?」
 そっちの方が楽かも、……と、一瞬の誘惑は、
「いえいえ、やはり自分の足で赴いてこそ、楽しいのでしょう」
 あはは、やっぱりないか。
「まあ、そういうわけです」メリーも苦笑を浮かべながら「途中に見える風景も楽しみなので、お気遣いなく」
「ふぅん、酔狂な都会者」
「二人が酔狂だなんて昨日からわかってたわ。
 京都かー、蓮子とかメリーみたいなのがいっぱいいるのかしら?」
「いやあ、それはないでしょ」
 変わり者、酔狂者は自認している。
「そういう変なところに好き好んで首を突っ込むようなのがたくさんいたら、………………京都も終わりねえ」
「スケールが大きいわね」
 終わりってなによ?
「それより、お客様。
 急いで食べないと、八時には駅に行かなくてはならないのでしょう?」
 ならない、っていうわけじゃないけど、――時計を見る、やばい。
「メリーっ、急ぐわよっ」
「ええっ?」
 というわけで、急いで食べた、泣く泣く、味わって食べたい。咲夜さんの朝ご飯、美味しいし。
「ふふ、明日はもう一時間早く起こしましょうか? ゆっくり食べられるように」
「そ、それはちょっと厳しいかも」
「えーっ? 私起きられないわよー
 おねーさま、一時間早く寝れば起きられるかしら?」
「そういうものじゃないでしょ、諦めて早起きすることね。
 よく言うでしょう? 早起きは三文の神徳」
「神徳だっけ?」

 泣く泣く絶品朝食を急いで食べて、私とメリーは『Scarlet』を跳び出す。
「いってらっしゃーい」
 ひらひらと手を振る美鈴さんにそろって頭を下げて、
「時間は?」
「あと十分、で、八時よ。
 まあ、後は歩いていきましょう」
 そうね、と頷いて私とメリーは駅へ。
「さって、何が見れるやら、楽しみね。
 河童の国とかあるのかしら?」
「どんな国よ? とりあえず水没してそうだけど」
「呼吸は厳しそうねえ」
 と、
「あら、早いのね」
 聞き覚えのある声、振り向くと、
「あ、幽々子さん」
「やっほー」
 ひらひらと手を振って笑顔の幽々子さん。彼女はおっとりと首をかしげて、
「どうしたの? こんな朝早くに?」
「観光よ。
 レンタサイクルあいてるから、さっさと行っていろいろ回ろうと思ってね」
「そ、がんばってねー」ふと、幽々子さんはあたりを見て「あ、ちょっと待って」
「はい?」「なんですか?」
 とととと、と幽々子さんは自動販売機へ、ごとん、ごとん、と音が二つ。
「はい、差し入れ」
「あ、ありがとうございます?」
 渡されたのは、ペットボトルの水?
「水分補給は大事よー
 熱中症とかには気をつけなさいね」
 なるほど、――東北、それにまだ早朝だからか、そんなに暑くないけど、
「「ありがとうございます」」
 重なったお礼の言葉に、幽々子さんは目を細めて、笑顔で頷いた。

「随分と早いのですね」
「おはようございまーす」「おはようございます」
 『観光案内所』に着くと、映姫さんが自転車を出し終えて、ふぅ、と一息ついてたところ、
「早速使いますか?」
「「はい」」
「ふふ、元気いいのですね」
 映姫さんは笑顔で『観光案内所』の中へ。と、
「お、はよー、ござい、まーす」
 …………うわー、凄いタイミング。
 冷や汗をかきながら笑顔を浮かべる小町さん。そして、
「小町、……」
「あ、あの、映姫様、お客さんの手前、お客さんの手前ですよ。
 落ち着いて、落ち着いて」
「遅刻とは何事ですかーっ!」
「きゃんっ!」

「では、料金ですが」
 余程痛かったのか、頭を抱えてうめく小町さん。
 彼女を横に置いて、映姫さんが料金表を見せて、
「最初の二時間は五百円、あとは二時間ごとに二百円増しとなります」
 よろしいですね? と、問いに頷く。
「では、こちら記入してください」
 名前、電話番号――は、携帯電話のものを、それと住所。
 枠内を一通り記入し「はい、ありがとうございます」
 映姫さんはそれを見て、びっ、と半分に破った。
「では、こちらを、なくさないでください」
「「ありがとうございます」」
「時間は十七時半まで、遅れないでくださいね」
「「はい」」
 メリーとお礼を言って受け取る。
「それでは、」振り返る、何とも言えないい笑顔で「小町、案内してあげて」
「はーい」
 びくびくと小町さんが立ち上がった。
 彼女と一緒に外に出る、自動ドアの向こう、映姫さんはもう何かの書類に視線を落としている。
 真面目なのね。彼女、
「なんていうか、大変ですね」
 メリーが苦笑する。小町さんはからから笑って、
「あはは、いや、あんなちみっこいのにどこにあんな力があるのか。
 ほんと痛かったよ」
 ちみっこい、――振り返る、カウンターの向こうに座って何か事務仕事をしている映姫さんは、確かに小柄よね。
「えっと、自転車はあれか。
 一応、どれがいいか希望は聞くよ? どれも一緒だけどね」
「いえ、どれでもいいです」
 どれも青い色のママチャリ、何が違うとも思えない。
 まあでも、と小町さんが、
「なんだかんだであたいを手元に置いてくれてるし、愚痴りながらでも付き合ってくれる。
 気が向いたら酒に誘ってくれるし、厳しい人だけど、有り難い人だよ」
 小町さんは、照れくさそうにそう言った。
 もしかしたら、聞こえたのかもしれない。
 ぱっ、と、顔をそむける映姫さんを見て、なんかいいなあ、こういう職場、とか思った。

「さて、それじゃあ行きましょうっ」
 自転車にまたがり、いざ、と声をあげる。――あ、小町さんが笑った。
「行ってきな。
 時間は十七時半まで、遅れないでくれよ。あたいが残業しないためにも」
「はいっ」
「っていうか、蓮子声大きいからっ」
 うぐ、怒られた。そんな私たちを見て、またくすくす笑う小町さん。
 ともかく、自転車にまたがる。ぐ、とペダルを踏み、
「なんか、自転車に乗るなんて久しぶりね」
「そう?」
 私はよく使うんだけど、
 ともかく、ひらひら手を振って見送ってくれる小町さんに手を振り返して、私とメリーは駆け出す。
 もちろん、いきなりパンクしていましたなんていう事もなく、最軽量に設定されたギアは軽快に滑り出す。
「って、ちょ、蓮子っ、速いわよっ」
「メリーが遅いのよ」
 ともかく、ハンドルに肘を預けて、地図を広げる。
「危なくない?」
「慣れよ慣れ。そこの信号左、そのあとは次の信号まで直進ね」
 しゃーっ、と音を立てて自転車は快走する。風を切る感覚が心地いい。京都とは比べるべくもない、なにもない光景さえ楽しく見える。
 あはっ、と自然と笑みが漏れる。期待してる。――なにもない、田と山に囲まれた、伝承の郷、そのイメージ通りの光景が見える事を、

「ぃやあっほーーーっ!」
「叫ぶなーっ!」
 メリーにはたかれた。帽子を慌てて抑える。
「なにするのよ? 危ないわね」
「危ないじゃないわよ、なんで叫び出すのよ?」
 眉根を寄せるメリーに、私は自転車にまたがりながら胸を張る。
「この光景を見たら叫びたくもなるでしょ? それが人情よ?」
「野性的な人情ね」
 どういう呆れ方よ? ともかく、
 まさにっ! 田んぼと山だけが見える光景、あの冥い町では到底お目にかかれない風景。
「来てよかったわー」
「……ごめん、蓮子がそこまで激しく感動できる理由がよくわからないんだけど」
「もう、メリーは、この光景を見て何とも思わないの?」
「新鮮とは思うわ、空気が美味しいなんて柄にもない事もね。
 だけど叫び出すほどじゃないわね」
 くぅ、
 その澄ました顔をどうしてやろうかと思ったけど、私とメリーは自転車をこいでいる最中、あまり派手に暴れたらそれこそ大惨事。――――自転車レンタルだし。
 しばらくの田園風景を楽しむ、ぽつぽつ、建物が増えてきたあたりで、似田貝の看板を確認、加えて『伝承園』の文字も、
「け、結構遠いわね」
「メリーメリー、まだ半分よ、『山口の水車』まで」
 うわあ、とメリーが苦笑。
 時計を見る、ざっと、――ここまで四十分程度、ね。
 ともかく、第一の目的地、『カッパ淵』、……わあ、親切、看板があるわ。
 『伝承園』にある駐車場に到着。『伝承園』はまだやってないけど、駐輪くらいはいいわよね?
 きっ、と停止。
「さて、自転車どこに止めればいいのかしら?」
「駐車場は、あるわね」
 頷く、けど自転車を止めるための場所、というのはなさそう。
 なら、
「解らなければ人に聞く、いくわよ。メリー」
 駐車場の所にある土産物屋へ。
「まったく、相変わらずの行動力ねえ」
「時間は待ってくれないわ」
 入る、と。
「いらっしゃいませー」
 ……なんか、お人形さんみたいな女の子がカウンターに座ってた。
 周りには花やら手作りっぽいお菓子とか、薄暗い店内にはいかにも手作りな感じの民芸品が並んでる。
「あ、すいません。
 ここ、自転車の駐輪場ってありますか?」
「別にないわよ。
 車の邪魔にならなければ、好きなところに置いちゃっていいわ」
「ありがとうございますっ」
 ひらひら、とその店員さんは手を振って応じる。
「なんだって?」
「車の邪魔にならなければどこでもいいって」店の横、自動販売機がある横の隙間を見て「そこでいいんじゃない?」
「それもそうね」
 自転車を置く、鍵をかける。よし、と気合いを一つ。
「んじゃ、行きましょうっ」
「いざ、『カッパ淵』へっ、……ってとこ?」

 そして『カッパ淵』へ、『常堅寺』をわき目に、そこに鎮座するカッパの像にさらにテンションをあげて、『カッパ淵』、その矢印が向かう方へ歩く。
 奥は墓地、ね。――ともかく、さわさわと、水の音が聞こえて来た。
「あっちね」
「うん」
 メリーと頷いて、私は奥へ。見える、小さな橋。
 と、
「おや、人間か?」
 その橋の手すりに腰掛ける、少女が一人。
 でも、――人間?
「貴女は?」
 問いに、少女はひらひらと手を振って、
「私? にとり、河童さ」
 ……うわ、ほんとに河童がいた。
 何気なく告げられる自己紹介に驚く、――けど、
 ありかもね、と、と私は受け入れる、そう、そっちの方が楽しそうだからね。
 彼女はひょい、と手すりから飛び降りて、
「そういう二人は人間?」
「ええ、そうだけど」
「そうかい、いや、遠野にはいろいろいるからねえ、人間も人間じゃないのも。
 ま、それならそれでいいさ」
 くるっ、と背を向けて、
「『カッパ淵』、見てくよね? こっちだよ」
「河童に案内されて『カッパ淵』探訪」
「……素敵ねえ」
「まあ、そんなにいろいろあるわけじゃないけどね。
 のんびりするにはいいところだよ。水は冷たいし、木陰は涼しいし」
 そういって、にとりは橋を渡る、とはいっても、と、
「ここが『カッパ淵』だけどね。
 案内もなにもないねえ」
「元ネタとかなんだっけ?」
 確か、『遠野物語』の「あそこに看板があるよ」
 記念碑みたいなのがある。覗き込むと、
「ああ、河童の悪戯」
「もうここには馬なんていないけどねい。
 ま、尻子玉もいらないから安心しな」
 振り返って、悪戯っぽく笑う。なんかにとりに似合うなあ、そういう笑顔。
 ただ、
「ほんとに尻子玉とか取るの?」
 メリーの問いに、もちろん、
「そんな器官なんてないわよ」
 あれは、そういう話じゃない、もっと現実的で、もっと、
「そうさ」
 よいしょ、と木造りのベンチに座り、
「座りなよ。
 盟友の人間に会うのも久しぶりだし、ちょっと話しようか」
 妖怪と、か。
 私とメリーは顔を見合わせて、頷く。
 境界の向こう側、その世界を暴く。妖怪との会合は、そこからは外れるけど、――いや、そうでも、ないか。
 人が常識にあるのなら、妖は幻想にある、その境界を暴く、……なんだ。
 口の端が笑みを浮かべるのを自覚する。うすうすとした予感が確信に変わる快楽。
 なんてことはない、この遠野への道行そのものが、現実と幻想の境界を突き抜けたのか。
 さて、と、興味津々と河童を見る相棒に視線を送る。
 その、気持ち悪い眼には、何が見えているのかしらね。
「まあ、改めて、
 私はにとり、河童さ、二人は?」
「宇佐見蓮子、人間よ」
「同じく、マエリベリー・ハーン。
 メリーでいいわ」
「ふむ、……メリーっていうのは愛称? いや、よかったよ。
 本名はちょっと言い難いね」
 メリーは苦笑、私はそうでしょ、と頷く。
「二人は地元の子?」
「ううん、観光よ。
 京都から来たの」
 京都? とにとりは首をかしげる。――説明、うーん?
 どういったものかしらね?
「この国で一番栄えている都市よ」
 あ、なるほど、
「ふーん、遠いのかい?」
「まあね」
「遠路はるばるか、大変だったろうね」
「そうでもないわよ。
 電車に乗ってきたから、ほとんど寝てたわ」
「でんしゃ?」
 にとりは首をかしげる。――知らない、か。
 とはいえ、改めて聞かれると、……さて、なんて答えよう。
「大型で高速の運送機械、……ってところ、ね」
 わかるようなわからないような。
 ただ、そんなメリーの説明に、にとりは顔を輝かせて、
「おおっ、機械っ!
 どんなのっ? もっと詳しくっ」
 ずずい、と迫ってきた。
「え、えっと、興味あるの」
 勢いに退こうとするけど、退いたらメリーがベンチから落ちる。とりあえず両手で制してみる。
「そりゃねえ。
 いや、さすが妖怪を制圧するだけあって、人間の技術はいろいろあるからね、分解して遊んでみたくなるってものよ」
 分解して遊ぶって、――は、いいとして、
「妖怪を制圧?」
 どういう意味だろ? と、答えたのは、
「妖怪の存在定義によるわよね。それ」メリーはえっと、と「柳田國男翁だったかしら? 妖怪の定義を提唱したのは」
「へえ、教えて、その定義」
 河童は興味津々、と身を乗り出す。妖怪の定義。メリーは全部じゃないけどね、と前置きして、
「自然現象の畏敬ね。元々それは神々が担っていたのだけど、一部が」
 メリーは、ふと口ごもる。困ったようににとりをみて、にとりは苦笑して言う。
「いいよ、私は気にしないから」
 ありがと、メリーはそう言って、
「恐怖という形で零落したもの、それが妖怪と言われているわ。
 つまり、自然現象の畏怖なのよね。人間は技術を持ってそれを払いのけた。異界としての山を切り開いたり、雷を現象として解析したり、がそれね。
 妖怪を制圧した、っていうのはつまりそういう事よ」
「御名答っ」
 ぱちぱちっ、とにとりは手を打つ。
 自然現象の畏怖、か。うーん、
「実感わかないでしょ? つまりそれが制圧したっていう事よ」
「ありゃ、わかっちゃった」
「大体みんなそうだからね。
 私も、わかっているのは言葉くらい」
「それが分かっているだけで立派さ」とんっ、とにとりは『カッパ淵』の小川の中へ「ここも、昔はね」
 ぱしゃっ、とさらさらと光を反射する水が砕ける、
 自然の畏怖、か。
 にとりは楽しそうにぱしゃぱしゃと水を跳ね上げる。木漏れ日がその水をきらきらと輝かせる。
 綺麗、と思う。
「どう? 涼んでいくかい?」
 だから、この誘いに、
「うんっ」
 反射的に乗りたくなってしまうわけなのよ。
 靴とソックスを脱いで、裸足になって『カッパ淵』へ。
 もちろん、右手には、
「ちょっとっ、蓮子っ!」
「早くしなさいよっ」
 靴を脱ぎかけのメリーの手を引く、――間に合うかなー、と。
「えいっ」
 ちょっと可愛らしい声で、ちょっと乱暴に放り投げるように、そしてそのまま、
 ぱしゃっ! と、
「うわっ、つめたっ」
「ひゃっ」
 思わず悲鳴をあげる私とメリーに、にとりはけらけら笑って、
「その恰好じゃあんまり水遊びは出来ないかな。
 私は気にしないけどねー」
 確かに、これからいろいろ回るのにびしょぬれは勘弁ね。
「くう、水着持ってくればよかった」
「さすがに予想できないわね」
 メリーが苦笑する、しょうがないか、
「ま、涼むだけ涼んでいきましょう」
 ぱしゃっ、と。素足が澄み渡る水を蹴飛ばした。
「うーんっ、いい感じねー」
 まだ朝、と言える時間。太陽は登って雲一つない青空。
 足元には澄み渡った水辺、ある意味出来すぎた夏の風景。
「京都だとこうはいかないわね」
 ぐるり、とあたりを見てメリーが言う。
 雑木林程度の小さな木陰。けど、その奥に見えるのはまた田圃。
「それはそれで想像できないな。
 私はずっとこういう光景しか見ていなかったからね」
 地元の河童は水を跳ね散らしながらそう言って笑う。羨ましい、とか。そんな事を思ってみる。
「二人は、これからどこか行くの?」
 っと、そうだ。
 珍しく膝までスカートをあげて水と戯れていたメリーも、はっ、と。
「そうよ。ここで遊び続けているわけにもいかないわっ。
 見なくちゃいけない場所もあるんだからっ」
「あらら、それは残念」にとりはひょい、と向こう岸に座って「それじゃ、そっち行ってくれば、私はどうせ此処にいるからさ、遊びにおいでよ」
 そう言われては、――それに、
 名残惜しいものを感じてまた水を跳ね散らす。冷たさが心地いい。けど、
「蓮子、また寄りましょ」
「そーね」
「あはは、待ってるよー」
 にとりはひらひらと手を振ってくれた。
 向かう先の地図は頭に入っている。遠野に戻るなら、またこの近くを通る事はわかっている。
「ま、帰るなら」にとりは奥に続く小さな道を示して「そっちさ、神社があるんだ、小さいの。一つお祈りしてはくれないかい? なんでもいいからさ」
 また、妙な事を頼まれたわね。――けど、
「うん」「あっちね」
 タオルで足を拭いて靴を履き直す、あっち、と向かった先。確かにぼろぼろになった道がある。
 転ばないように、メリーと手をつないで、一段一段登り、その奥。
「これ、かしら?」「これ、よね?」
 階段に負けず劣らずぼろぼろの鳥居。いや、手前のはそれなりのだけど、その奥の、傾いているわよ?
 なんかいろいろ不安になりながら、とりあずその鳥居をくぐる。その向かいにある、小さな社。
 その中には、
「これも信仰、なのかしらね?」
「難しいわね」
 メリーが困ったように微笑む。その社の中。
「これ、子供かしらね? 置いていったの」
「大人、は、ないわよねえ」
 所狭しと並ぶ子供のおもちゃ、それに囲まれて置いてある、御神体らしい、小さな木彫りの人形。
 これも信仰なのかな、と。おもちゃに囲まれてにこにこ笑っている小さな御神体に手を合わせた。



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