「さって、どういう順番で回ろうか」
 観光マップを広げる。えっと、と。
「明日は『カッパ淵』方面ね」右へ、『カッパ淵』、そして、その奥、『山口の水車』までをざっと指で囲って「この辺回りましょう。『山口の水車』にはザシキワラシがいるみたいだし」
「へえ、よく知ってるね」
 意外そうな諏訪子ちゃんの言葉に、
「ええ、地元の樵に教えてもらったの」
「そっか、それはラッキーね。
 まあ、行けば必ず会えるとも限らないけど、行って損はないと思うわ」
「行かずに後悔するよりは、行って会えないで残念に思ったほうがましよ。
 完全に無駄足でもね」
 諏訪子ちゃんがきょとんとし、そして嬉しそうに笑う。
「いいねえ、都会の人はそういう無駄を厭うって思ってたけど、こりゃ認識改めなくちゃかな」
「そういう物好きは蓮子くらいよ」「その物好きに付き合う人も同類だと思うわ」
 呆れ交じりに言うメリーに私は即座に言い返す、む、と黙ったメリーに胸を張る。反論できまい。
「あはははっ、いいねえ、仲がよくてっ」
「仲良き事は美しきかな。羨ましいわあ」
 こと、と。
「はい、どうぞ。
 白玉団子と、餡蜜と、抹茶アイス、お待たせしましたー」
 ことん、と私の目の前に載せられた餡蜜。
 とろり、とした黒蜜と、白玉、あんこが涼しげなガラスの器に乗せられている。
「いっただっきまーす」
 諏訪子ちゃんは嬉しそうに白玉団子を、まずは餡につけ食べる。幸せそうに緩む顔。
 私も一口。――――うん、
「なんで流行らないのかしら?」
「不思議ね」
 メリーもアイスを食べて首をかしげる。美味しい、見た目も悪くない、なんで流行らないのか解らない。
 からん、と音。
「ただ今戻りました」
「あ、お帰りなさい。妖夢」
 振り返ると幽々子さんより少し年下、そして私たちと同年齢くらいの女の子。
 その女の子は、きょとん、と私たちを見て、
「ゆ、幽々子様っ! お客さんがいますよっ?」
「……え? なんで驚かれるのかしら?」
「さあ」
「いやいや妖夢。喫茶店として開業して早○年、いい加減お客さんが入ったっていいじゃない」
「いや、なに、まる年て」
「触れちゃあいけない事もあるんだよ。
 いろいろね」
 諏訪子ちゃんは楽しそうに笑う。――いや、だったらわざわざまる年とか言わなくていいと思うんだけど、っていうか、年単位で客が入らないって?
「幽々子様、さすがに年単位ではありませんよ」
「いやいや妖夢。それはもののたとえ、様式美ってやつよ」
「例えにしてはわかりにくいうえ大袈裟ですし、様式美ってのも」
「いやいや妖夢「っていうか、それ繰り返さないでください」」
 ぴしゃりっ、と言葉をさえぎる。幽々子さんはちょっとしょんぼりとしてた。
 さて、と。私は改めて観光マップを見る。と、メリーがとある場所を示す、『山口の水車』その近くにある。
「『デンデラ野』もあるのね」
 前に行った蓮台野とは違う。墓場、ではなく、老人を捨てた場所。
 もしかしたら、と期待がある。蓮台野と同じ、境界の入り口がある、かもしれない。
「あ、そこは気をつけた方がいいわよ」幽々子さんは、幽霊お決まりのポーズで「そこは出るらしいわよー」
 幽霊? いや、っていうか、おどろおどろしく言われても、幽々子さん元々のんびりと穏やかな声だから、あんまり怖くないわよ?
 ただ、
「そっか、なら、行かないとね」
 うん、と頷く私とメリー。
「あれ?」
 と、そんな私たちを見て、幽々子さんはきょとんとした。
「残念、怖がらなかったね」
「あれ? 幽々子様、『デンデラ野』って幽霊が出るなんて話、ありましたっけ?」
 妖夢が不思議そうに首をかしげて、幽々子さんは上品に微笑む。
「大丈夫よ、幽霊は出ないわ。
 だから、安心して、怖くないわよ」
「べ、別に怖くはありませんっ」
「うわあ、わかりやす」
 そして、また怖くなんてないです、と自分に言い聞かせるように呟く妖夢。
「幽霊譚とかないんですか?」
 出そうなものだけど、
「ええ、ないわ。
 死者の魂は山に帰るの、現世にとどまる事なんてないわ。
 死の直前にその姿を現す事は、あるけどね」
「山に、……ですか」
 ぐるり、山に囲まれた土地、遠野。
「そうそう、山は異界、山中異界。神様がいる場所であり、死者が帰る場所。
 遠野は山から恵まれ、山に祟られ、山を祀り、山に還る」
「それも、遠野の信仰、ですか?」
 問いに、幽々子さんと諏訪子ちゃんはそろって頷く。
「確か博物館にありましたよね」妖夢が地図を示す、町中、『遠野市立博物館』「ここ、その一文ありましたよ」
「ああんもうっ、せっかく格好よく決まったのに、
 妖夢っ、ネタばれなんてひどいわ」
「へ? あ、すいません」
「……パクリ?」
 神様を見る、神様はばつが悪そうに笑って、
「違うよー
 私の創作だよー、それを博物館がぱくったんだよー」
 胡散臭い。
「どちらにせよ行ってみましょう? その博物館も」
「いやいや、もう閉まっちゃうわ」
 ほら、と時計が示す時間は十六時半。――結構経っちゃったわね。
 そして、『観光案内所』でもらった地図、裏面の営業時間は、十七時まで、残り三十分じゃ、ちゃんと回れないわね。だからため息一つ。ついでに、
「……もっと働け博物館」
「いや、蓮子。それ文句言うところ?」
「ま、明日の予定はそんなところで、
 明後日は、『遠野ふるさと村』行ってみましょう」
 離れた場所にある観光地、そこを示す。と、
「『福泉寺』もお勧めですよ」
 妖夢が手を伸ばしてその一点を示す。ふむ。――場所、時間を考えると、
「この二か所かしらね、明後日は」
「遠いわねー」
 苦笑、それもそうね。と。
「で、次は早池峰山行ってみましょう。神社」
「あら、より遠いところへ?」
「だけど聖なる山の神社とあらば、行かないわけにはいかないわっ」
 胸を張る。おお、と諏訪子ちゃんと幽々子さんと妖夢が拍手。――いや、されても困るんだけど、
「じゃあ、博物館はその次?」
「そうね、見ておきたいし」『遠野市立博物館』、『とおの昔話村』、と指して「この辺回りましょう」
「あら、その日は少ないのね?」
「いろいろ調べたいからね」
「博物館の所には図書館も併設されていますよ」
 よしっ、行くに決定っ。
「研究家みたいね。民俗学の」
「うーん、やっぱりせっかくの機会だし、いろいろ回りたいわ」
 暇なのか、暇なんだろうな、幽々子さんも近くの椅子に座る。
 そして、
「妖夢ー、アイスコーヒーおねがーい」
「って、なんで幽々子様が?」
「お金払うわよー」
「……それ、何にもならないような。
 ま、わかりました」
 妖夢はてきぱきとエプロンを着て、奥へ。
「あ、そうだ。
 こんな昔噺知ってる?」
「昔噺?」
 ええ、と、幽々子さんが頷いて、
「では、」
 こほん、と一息。
「むかしむかし、あるところに、一匹の猫っ子がおったとさ」
 目を閉じて、子供に読み聞かせるみたいに、丁寧に、

「その猫っ子は、郷が大好きで、飼い主様がそれはそれは好きだったそうな。
 郷は貧しくて、飼い主様も決して豊かじゃなかった、猫っ子も毎日お腹をすかせていたけど、それでも幸せだったそうな。
 ある日、猫っ子は夢を見たそうな。
 夢の中で、村の長者どんが言ったそうな。
 郷を、もっともっと豊かにしよう。そして、みんなみんな幸せになろう、と。
 長者どんはたくさん商人や職人のために仕事をこさえて、みんなみんな幸せになるため、がんばって働いたそうな。
 飼い主様もたくさんたくさん働いて、猫っ子はお腹をすかせる事はなくなりましたとさ、
 毎日美味しいお魚を食べて、暮らしたとさ。
 けど、飼い主様はいつもいつも働いて、猫っ子は独りでいる事が多くなったそうな。
 夢から覚めた、猫っ子は独りぼっちになる事が寂しくて、山の神様にお願いに行ったそうな。
 山に行くと、そこには立派な狐どんがいたそうな。
 狐どんは言ったとさ。
 これこれ、猫っ子よ、御山に何の用かい? 郷の猫っ子がわざわざ御山に来たのだから、それはそれは大変な用事なんだろう?
 猫っ子は言ったとさ。
 聞いておくれよ狐どん、夢の中で飼い主様が構ってくれなくて寂しかったんだ。仕事ばっかりやってて構ってくれなかったんだ。
 狐どんは言ったとさ。
 それはしょうがなかんべえ、人は幸せになるためには働かにゃならん。
 銭をたくさんもらって、美味い物をたーくさん食って人は幸せになるんだあ。
 おめも美味いものたくさん食べたんだべ? 幸せだったべ?
 猫っ子は言ったとさ。
 美味い物はたくさん食ったあ。けど、飼い主様構ってくれないんよ。
 独りぼっちで、寂しんよ。幸せじゃなか。
 狐どんは言ったとさ。
 なら、御山の神様に祈ってみるとええ、わしも祈ってやっからよ。
 そして、狐どんと猫っ子は一緒になって御山にお祈りしましたとさ」

 と、沈黙、聞き入るため閉じていた目を開ける。そこには微笑む幽々子さん。
 語りだす様子はない、つまり、
「どっとはらい」
「「終わりっ?」」
「ええ、終わり」
「なんか、ぶった切れて終わるよねえ。その昔噺」
 けろけろ、と諏訪子ちゃんも笑う。視線の先、エプロン姿でコーヒーを持ってきた妖夢も苦笑して頷く。
「祈ってどうなったの?」
「さあ、知らないわ。
 一説には山から妖怪が下りて来て郷を滅ぼしたらしいわ」
「まったく意味不明なバッドエンドね」
 あんまりな事を言う幽々子さんにメリーはため息。っていうか、それないでしょ?
「ちなみに、題名は『猫っ子と狐どん』っていうのよ。
 誰か結末知っているかもしれないわね。けっこうポピュラーだし」
「そうなの?」
「はい、私も幽々子様に教えていただきましたが、他の人にも教えてもらいました」そこの、と視線を向け「神様からも」
「有名だからねー」
 ぐわー、気になる。
「諏訪子ちゃんや妖夢さんは知らないのですか? 続き」
 メリーも気になるらしい、けど、
「知りません」「知らないよー」
「せ、せめて、祈った内容だけでもっ、落ちはいいからっ」
「さあ、わからないわ」
「ごめんなさい」「あはは、この御噺はここで終わり、ってやつ」
 はあ、――これは、ちょっと課題が増えたわ。
 猫っ子と狐どんは、何を祈ったのかしら?

 そろそろ夕食、私とメリーはホテル『Scarlet』に戻る。
 ちなみに、諏訪子ちゃんは喫茶『西行寺』を出たら消えてた。
 見送ってくれた幽々子さんに聞いてみると、一言。
 神様だから神出鬼没でしょ?
 当たり前じゃない、と、むしろ問いかけるこっちが不思議だというあたりに、東北の人の器のでかさを感じた。
 それはともかく、
「あ、咲夜さん」
 ホテルに戻ると、エントランスに咲夜さんがいた。彼女は、あら、と呟いて、
「お帰りなさいませ」
「あ、ただいま」「……っていうものかしら?」
 反射的に応じた私に、メリーが首をかしげる。――うん、普通言わないわね。多分。
 相変わらず変な反応をしちゃった私に、咲夜さんはくすくす笑う。
「夕食ですが、隣の食事処になります」
「『博麗』?」
 お昼食べた場所の名前を聞いてみる。咲夜さんは、首をかしげて、
「ええ、もう行かれましたか?」
「お昼に」
「昼時なら食事、この時間は宴会よ。
 メニューも違うし、悪くないと思うわ。お客さん」
 声、振り向く、より速く、
「やっほー、蓮子ー、メリー」
「フランドールちゃん?」
 たたたっ、と駆け寄ってくるフランドールちゃん、それと、
「妹が世話になったみたいね。
 蓮子、それと、メリー、でいいかしら?」
「あら、お嬢様」
 お嬢様? 見ると、フランドールちゃんと大差ない年齢の少女。
 ……この娘が、ここのオーナー?
「はじめまして、私はここのオーナーやってる、レミリアよ」
 そして、高貴、その印象を押し付ける、上品な一礼。
 少女な見た目とは裏腹、――いや、お嬢様って呼ばれる人なんだなあ。
 と、
「なんか、フランドールちゃんってすっごい違和感ある」
「確かに言い難いわね」
 メリーが苦笑する、私も、呼びかけて同感。マエリベリー、といい勝負かもしれない。
 だから、と。
「それじゃあ、愛称つけようか?」
「うんっ」
 何々? と期待の視線、まあ、面倒なのはなしにして、
「フランちゃん、でいい?」
「うんっ」
 喜色満面の笑顔、よしよし、と思わず撫でてみる、ふわふわの髪の毛、心地よさそうに細められる目。
 へえ、と。
「フランドールが随分気を許すわね。
 なかなか気難しいのに」
「それはお姉様限定よ。
 そうだ、お姉様も付けてもらったら? 愛称」
「私にはレミィと呼ぶ友人がいるから、新しいのは不要よ」
 レミィ、か。
「そう呼んでもいい?」
 問いに、「構わないよ」と返事。
 そして、そんな私たちを微笑みで見ていた咲夜さん。彼女は頷いて、
「では、お客様、お嬢様、妹様。
 お食事に行きましょう」

「咲夜さんはさっきゅんなんてどうですか?」
「全力でお断りさせていただきますわ」

 からん、と音。
「はいはーい、――って、恒例の『Scarlet』さん御一行かい?」
「恒例?」
「朝は私の手料理、夜はここですわ」
「いつも来てるんだ」
 ともかく、割烹着を着た店員さん、――確か、ヤマメがひのふのみの、と数えて、
「今日はお客さん二名追加」視線が向けられる、会釈をする、と「おお、お昼に来てたお二人さんかい?」
 覚えててくれたんだ。
「ええ、またお邪魔します」
 メリーが笑って言う。ヤマメは頷いて、
「どうぞどうぞ、席は大体いつもの場所で美鈴が取ってあるから、ゆっくりしてってくださいな」
「ええ、いつも通りゆっくりしていくわ」
 慣れたように応じて歩き出す、にしても、
「フランちゃん、いつもここで食事取ってるの? お客さんと」
「んー、さあ、私よく知らない。
 お客さんって言っても蓮子とメリー以外に会ったことないし」
 は?
「フランドール、あまりうちの名を落すようなことは言わないの」
 レミィも妙な事を言う、フランちゃんは口を塞いで、
「ん、なんでもないわ。
 二人は特別よ、特別、面白いお話を聞かせてくれたからね」
 そういうものかしら?
 それはともかく、広い店内をニ階へ。その中の宴会用らしい広い一室。
「あー、疲れたー」
 ぐったりしている美鈴さんと、広いテーブルに並べられた料理。
「疲れたって、なんで?」
「あー、お客さん?」ひらひらと美鈴さんは苦笑して「霊夢、――ここの店主なんだけど、二階に料理持っていくのは面倒だからあんたやれって、私が配膳する羽目になったのよ」
「いつもの事ですわ」「いつもの事ね」「いつもの事よね」
「っていうか、お客さんでしょ? 美鈴さん」
「顔見知りだし、霊夢あんまりそういうの気にしないのよ」
 それは店員としてどうなのかしら? まあ、馴染みの客ならそういうのもあるかもしれない。
 それはそれで楽しそうだけどね。
 それにしても、並んでいる料理は焼き魚や天麩羅、小分けしたうどんと、……これまた美味しそうな。
「……うん、太るかもしれないわね」
「れ、蓮子、そういうことを言ったらだめよ、だめよ」
 メリーは何か必死。
「そういうの気にしてるんだ」
 ふーん、と、あんまり興味はなさそうだけど、レミィが言う。
「私は気にしないんだけどね」親愛なる我が相棒の肩に手を乗せて「メリーはたいじゅ、がっ」
 わき腹いたい、痛い痛いすごく痛い。
 まあそれはともかく、私はメリーの隣に、逆隣りにはフランちゃん。
 メリーの隣はレミィ、隣に咲夜さんと、フランちゃんの逆隣りは美鈴さん。
 では、いただきます、と声が重なった。
「そういえばさ、レミィ」
「ん?」
 知ってるかな。
「『猫っ子と狐どん』の噺、って聞いたことある?」
「ああ、あるわよ。
 あのぶった切れ昔噺でしょ?」
 あ、やっぱり、
「私も聞いたことあるわ。
 でも、結局何をお祈りしたのかしらね?」
 フランちゃんも首をかしげる。
「私も存じませんわ。美鈴は」
「知りませんよー
 そこはかとなくいろいろ聞いては見たんですけど、誰も知らないんです」
 困ったように肩をすくめる美鈴さん。――ありゃ、結構残念。
「昔噺には多いんでしょうね。そういうの、欠落した噺。
 民俗学者はそれを追い求めてるんだか。なんなんだか」
 民俗学者、――当然思い出すのは、『遠野物語』の作者。
「それより、京都やら二人の話を聞きたいわね。
 フランドールの言う事はよくわからなくてね。テンションだけで話してるから」
「お姉様の理解力が足りないのよ」
 ふんっ、とそっぽを向くフランちゃんと、なんか、好戦的に笑うレミィ。
「えっとお」
 メリーは困ったように視線を向ける、その先にいるのは咲夜さん。
「お二人は基本仲はいいのですが、理解不能なところで険悪になります。
 まあ、気にしないのがいいと思います」
 それを当人の前で言う咲夜さんもなかなかだと思うわ。私。
「それに、まだちゃんと二人の紹介してもらってないしね」
 それもそうか、と美鈴さんと咲夜さんも頷く。
「では、改めて、私たちは「あー、いたいた」」
 ……いきなり躓いた。
 声のした方を見ると、ここの店員さんかな、割烹着を着た、黒髪をリボンで飾った女の子。
「霊夢?」
「レミリア、私もそこで食べさせてくれない? やっと一息付けたのよ」
「構わないよ」
 そ、と彼女はふと、こちらに視線を向けて、
「? 見ない人ね、新しい従業員?」
「どう見ればそう見えるのよ。
 お客様よ」
「「こんにちわ」」
 メリーと挨拶が重なる、彼女、――霊夢は頷いて、
「ええ、こんにちわ。
 相席いい?」
「いいわよ」
 レミィも構わないって言ってるし、私も別にいい、メリーに視線を向けると、頷いた。
 そして、すとん、とメリーの隣へ。
「んじゃ、これも何かの縁。
 はじめましてね、私はここの店主、霊夢よ」
 はじめまして、私もそう言おうとして、ひらり、と霊夢が、
「さっき、こいつらに自己紹介でもしようとしてたんでしょ? 悪かったわね。割り込んで、
 その続き、でいいわ」
 こいつらって、ま、いっか。
 ぞんざいな言葉にも誰も気にした様子はない。それだけなじみなのね、と少し羨ましく思う。
「それでは、改めて、
 私は宇佐見蓮子、京都の大学生よ。それで秘封倶楽部の提案兼実行役」
「……右に同じ、マエリベリー・ハーン、メリーでいいわ。
 秘封倶楽部の補佐全般兼暴走歯止め役」
 適当な秘封倶楽部としての紹介、乗ってくれたのは嬉しいんだけど、……なによ、暴走歯止め役って、
「秘封倶楽部?」
 美鈴さんの問いに、フランちゃんは両手をあげて、
「あれだよっ! なんか変なところに行って遊ぶヤツっ!」
「妹様、全然わかりません」
「終始これなんだよ」レミィは肩をすくめて「何が何だか全然わからないわ」
「大枠だけはつかめるわね」
 なるほど、確かにこれじゃあ何だかわからないわね。
 テンションだけで話す、何となく納得。
「まあ、大枠はあっているけどね。
 伝承に出た場所とか、怪談にうわさされる場所とか、そういうところに行って何かないかなーっていろいろ探索するのよ」
 結界暴きは、――言わない方がいいかもしれない。
 一応禁止されてるしね。
「物好き」霊夢は笑って「じゃあ、なに? 遠野に来たのもそんな理由?」
「半分は」
「くじ引きだよねっ。……あれ?」フランちゃんは首をかしげて「福引だっけ?」
「どっちでもいいわよ。多分福引だけど」
「正解よ、福引」
 ちぇ、とフランちゃん。
「それはそれは、残念でしたか?
 福引ならもっといい景品もあったでしょう? 白黒テレビとか」
「かなりほしいわね。その骨董」冗談じゃなく頷き「まあ、でも、一度来てみたいところでもあったし、よかったわ」
「こう言っちゃあ難ですけど、珍しいですね。
 お二人ともまだ若いのに」
「美鈴、とどのつまり二人は趣味が老いてるって言ってない?」
 レミィの口の端を吊り上げるような笑顔に美鈴さんは両手をぶんぶか振って、…………じとっ、と集まる沈黙に頭を下げた。
「ごめんなさい」
 ぷっ、
「あはははっ、いいわよ別に、女子高生らしくないって、私も思ってるわ」
「というか、蓮子自体が女子高生らしくないわよね。
 趣味とか、…………まあ、なんていうか、いろいろ」
「それに付き合う貴女に言われたくないわ」「それに付き合う貴女も大差ないんじゃない?」
 霊夢と視線を合わせる、何となくばつが悪くなってそらした。
「ふふ、なんか似てるわね」
「似てないわよっ」「そんなことないわよっ」
 うわー、周り中に笑われた。
「笑うなっ!」
 一喝、だけど霊夢の顔は少し紅い。――ああ、たぶん私も同じような感じになってるんだろうなあ。
「あはははっ、いや、なかなか面白ものが見れたよ」
「顔を赤らめた霊夢なんて貴重ですわ。
 ありがとう、メリーさん。これは永久保存です」
「するなーっ」

「あはは、あ、いや、話し戻すけど、
 近所の学生はこんな田舎出て都会に行きたいとか言ってたから、ごめんなさい。比べちゃったわ」
「なに? まだ天子はそんな事言ってるの?」
「ここはいいよー、いろいろのんびり暮らせるからねー」
 くたー、とそののんびりという言葉をテーブルに伸びて体現するフランちゃん。
「それが退屈っていうのかもしれないわね」
 言葉を交わし、会話を続けながらも食事は減っていく。美味しい料理は味覚を楽しませ、するすると胃に落ちる。
 程無く、ごちそうさま、と。
「酒はどうする?」
「飲むの?」
 問いに、飲むわよ、と霊夢。胸を張られても困るんだけど、
「うーん、お客さんもいるし、今日は遠慮しませんか?
 遠路はるばる来ていきなり酔っ払わせて明日寝込ませるのも」
 美鈴さんがおずおずと提案。――そして私は歓迎の意を表明すべく挙げかけた諸手を降ろした。
「気遣いありがとうございます」
 ぎりぎりと私の肩を掴んで笑顔を見せる秘封倶楽部の暴走歯止め役。
「そ、それじゃあ落ち着いたら飲みましょう。
 レミリア、フランドール、ホストなんだからちゃんと送ってやりなさいよ」
「はいはい」「わかったっ」
 肩をすくめるレミィと、笑顔で頷くフランちゃん。
 そして、その場はお開き、後はお風呂で寝るだけかなー、と。
「そういえば、霊夢」
「ん?」
「『猫っ子と狐どん』って昔噺知ってる?
 あれ、欠落の内容が気になるのよ」
「欠落じゃないわ。
 ただ、みんな忘れただけ」
 そして、霊夢はお客さんの美鈴さんにお皿を片付ける労動力として残れ、と凄まじい命令をした後に、
「私も、聞いた事はあるのよ。
 だけど、忘れちゃったわ」

 お風呂に入る、洋館といえども浴衣は完備らしく、私とメリーは浴衣になって、完璧なまでにメイクされたベッドに倒れ込む。
 ふわり、と。心地よさそうな感覚。
 そして、改めて、
「疲れてんだー」
「? なにいってるのよ、蓮子」
 だらしないわね、と優雅にベッドに腰を下ろすメリーがぼやく。
 ごろごろと寝転がりながらそっちへ向きなおり、
「いや、結構平気なつもりだったんだけど、お風呂入ってベッドに寝転がったら、一気に眠くなったわ」
「さっさと寝ちゃいなさい。
 明日も早いんでしょ?」
 レンタサイクルの営業開始時間は午前八時、だっけ。
「そうするわ」
 もぞもぞと、だらしない事承知で這うようにベッドの中へ。柔らかい、一気に眠気が襲ってきた。
 気力を振り絞って目覚ましのセットされた携帯電話を枕元に放り投げる。
 それと、最後に一言、眼を閉ざしたから真っ暗で、自分の耳にかろうじて聞こえるぼんやりした声。
「おやすみ、メリー」
「ええ、おやすみ、蓮子」



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