寄り道、と再度登り終えた妖怪の山。
「また神社に行くのも、――あれねぇ。
 ま、いっか」
 うん、と頷いて見下ろす、九天の滝。
 轟々、と瀑布に相応しい音。そして、
「まだそんなところにいたの? 輝夜」
 ふわり、と文が顔を出す。
「ええ、これから山を我が物にしようと思ってね」
 軽く告げられた言葉に、文は八つ手の扇で口元を隠す。その視線は探るように向けられる。
「本気?」
「本気、といえば貴女は遊んでくれるでしょ?」
 へえ、と笑って、
「安心しなさい。
 貴女はこれから山を強制退場。嫌でも遊んであげるわ」
「あら、それはよかった」
 輝夜は、ころころと笑って、ふ、と。
 その瀑布に身を投げた。
「逃がさないわっ!」
 ぼっ、とそれを文は即座に追いかける。
 投身自殺、――は飛翔可能な彼女に当てはまらない。
 追いかける、自由落下を続ける輝夜にはやすやす追いついて、――が、
「さて、遊びましょうか。
 『難題』燕の子安貝 -永命線-」
「っ!」
 全方位に掃射されるレーザー、それを文は紙一重で回避。
「このっ!」
 そして、団扇を振るう。スペルではない、力任せの突風。
「ふふ」
 が、自由落下を続ける輝夜は、笑ってその風に身を躍らせる。
 ふわり、と。
「あはっ、楽しいわ」
「馬鹿にされている気がして、腹が立ちますね」
「失礼ね。
 ほらほら、早くしないとどんどんいくわよー」
 そして、再度レーザーをばら撒く、様子見に来ていた白狼天狗を撃ち落とし、別の烏天狗の服をかすめる。
 この、と文は歯ぎしりして、
「そんなに遊んでほしければ、思う存分遊んであげるわっ!」
 そして、弾幕をばら撒く。速度にものを言わせて全方向に、――あはっ、と輝夜は笑って、
「砕けるものなら砕いてみよっ!
 『難題』仏の御石の鉢 -砕けぬ意志-」
 風の弾幕を、光が撃墜する。
 自由落下は止まらない、風を切る感覚を快いと、そして、睨みつける文を楽しいと、輝夜は笑って、
「『難題』燕の子安貝 -永命線-」
 再度、膨大な量のレーザーをばら撒く。全方位の照射は滝に穴を開け、まだ若い天狗は逃げ遅れて撃ち落とされ、文は回避しながら歯ぎしりをする。
 輝夜は文字通り遊んでいるだけ、だが、気楽にばらまかれる膨大な弾幕は、下位の天狗達を簡単に撃墜し、周囲に被害をばら撒く。
 それを、ただ楽しいと、笑う輝夜、まったく、と呟き文は言葉を叩きつける。
「なんて迷惑な奴。――椛っ!」
 ざんっ! と滝が弾け飛ぶ。そこから飛び出した、白の影。
「せ、ああぁああっ!」
 白狼天狗は大剣を振るう。
 不意打ち、――そして、文ほどではないにせよ、天狗の持つ速度を十分に生かした高速。そして、熟練の一閃。
 直撃確定の一撃に、輝夜は現在時刻を永遠にする。
 そっ、と、大剣に足を乗せて、――永遠となった時刻を解除。同時に、とんっ、と。
「なっ!」
 高速で振り抜かれる大剣を足場に跳躍。――不可能、と椛は目を見張り、
 文は自身の知る輝夜の能力と、傍観ゆえに感じた違和感を思考。その答えを叫ぶ。
「椛っ! 彼女は永遠を操るっ!
 時間に干渉してその間に跳躍をしたのよっ!」
「あら、正解。
 ご褒美よ。『難題』火鼠の皮衣 -焦れぬ心-」
 ご褒美、――大剣を振り抜いて蹈鞴を踏む椛に、振りかかる火炎の弾幕。
 直撃を覚悟し、せめて、と盾を振り上げる椛は、襟首をつかまれて強引に後ろへ。
「なめるなああっ!」
 直撃、――寸前に文は団扇を振り上げる。
 まき上がる暴風。逆巻く風は火炎の弾幕を粉砕し、その主。――輝夜に食らいつく。
 が、
「つっ、――やっぱり全部は無理ね」
 一転集中した暴風は横から迫る火炎を取り逃がし、かすめ焼かれた手を見て文は舌打ち一つ。
「…………文さん」
「ボケている暇はないわよ、椛。
 あの姫が、この程度でどうなるとは思えないわ」
 心配と感謝に呟く椛を視界にとらえず、文は暴風の行きついた先を睨む。――その先、
「あはっ」
 爛漫な笑顔、自由落下に任せた速度で、輝夜は滝を落ちる。
 楽しい、と。飛沫をあげる滝の怒涛、天狗の逆巻く暴風、それを全身で感じて、笑う。楽しい、と。
 その視界の先、歯ぎしりする天狗に笑顔を見せて、
「天駆けるものが貴方たちだけと思わないことねっ!
 『難題』龍の頸の玉 -五色の弾丸-」
「天の名をもつ私たちが、その程度で天を譲ると思わないことねっ!」
 文は迫りくる弾丸を見据えて吠える。――そして、その姿を消した。
 高速、――我が物顔で天を蹂躙する竜の爪牙を、天狗が駆け抜け回避する。
 膨大な質量の弾幕を紙一重で駆け抜ける烏天狗。――千里を見通す椛の目でさえ、追うことは不可能。
 それを見て、輝夜は笑う、へえ、と。
 そして、竜の蹂躙を避け尽くした文は、輝夜の正面で笑う。
「そのまま、滝壺までなにも出来ずに堕ちなさいっ!
 川に流れてるの見かけたら、拾ってあげるわっ!」
 渾身の力で、扇を振るった。
 天狗さえ抗うことが難しい、壁のような風が輝夜を打撃する。そのまま一直線に落下。
 ――――――寸前に、
「あや?」
「友は道連れ、私たち、いい友達になりましょうね?」
「あややっーーーーーーーーーーーーーーっ!」
 きょとん、と目を見張る椛の眼前。――風に押されて高速の落下を始める姫と、それに足首を掴まれて一緒に落下する烏天狗が通り過ぎた。
「って、文さーーーーーーんっ!」
 滝壺は、近い。
「は、離れてくださーーーいっ!」
「さあっ! 一緒にずぶ濡れよっ!」
「なにがそんなに楽しんですかーーーーーっ!」
 再度飛翔しようにも、全身でもってからみついて押さえる輝夜。椛がきいた事もない間抜けな悲鳴を上げて、文と輝夜は滝壷に消えた。
 千里を見つめるその目が最後に捉えたのは、涙目で手を挙げて助けを求める文と、後ろから抱きつき、なにが楽しいのかピースをして笑顔を見せる輝夜。
「あー、あ」
 どぼんっ、と間抜けな音と椛のため息が九天の滝に響いた。

「うはー、疲れたわー」
「こんなところで昼寝? まあ、気持ちはわかるけど」
 寝転がる輝夜、その隣、くるくる、と傘をまわしながら座る風見幽香はいつもの笑顔。
「それに疲れた? 永遠のお姫様が、なにやったのよ?」
「裁判」
「ああ、閻魔様。
 また、貴女には無縁のところに行ったのね。裁かれた?」
「ええ、永遠の大罪を裁くための弾幕裁判よ。
 閻魔なのに口下手なのかしらねあの娘。問答無用だったけど」
「彼女説教が趣味じゃないの? 口下手はないわよ」
「そう思うんだけどね」輝夜は横目で幽香を見て「そんなわけだから昼寝させてくれない?」
「こんなところで寝たら永眠になるんじゃない。――ああ、死なないんだっけ?」
「ええ、言っておくけど貴女まで弾幕とか言い出さないでよ」
「いわないわ。不毛だし」
「それと、ちょっと滝下りなどをたしなんでみたわ」
「滝? ああ、山にあるのよね。
 楽しかった?」
 穏やかな笑顔の問いに、輝夜はころころと笑って、
「楽しかったわ。
 高いところから飛び降りるのってなかなか爽快ね。これもまた発見よ」
「結構元気ねえ」
「ええ、死なないし」でも、と輝夜は欠伸を一つ「流石に疲れたわ。ちょっとここで寝ていくわね」
「ええ、おやすみなさいな」

「…………おはよ」
「ええ、おはよ。
 よく寝てたわね、思わず殺したくなったわ」
「生かしていてくれてありがと」
 ん、と伸びを一つ。あたりを見て、
「すっかり陽も暮れたわねえ。
 博麗神社、泊めてくれるかしら?」
「永遠亭には帰らないの?」
「帰らないわ。私は決めたの」
 むん、と胸を張って立ち上がる輝夜。幽香は「なにを?」と首をかしげる。
「幻想郷を散歩しつくすまで帰らない、と。
 まだ地獄に堕ちてないわ」
「地獄? ――ああ、あの嫌われた大妖のいる地霊殿にでも行くの?」
「ええ、嫌われ者、なら、会ってみたくなるのは当り前じゃない?」
「貴女も大概暇ねえ」
 幽香は苦笑する。輝夜はころころ笑って、
「ええ、花の周りをうろうろするだけの貴女並みに暇よ」
「ふふ、それもそうね」
 笑う幽香を見て、輝夜はふと、
「そういえば、貴女結構長生きなのよね?」
「永遠の民と比べられても困るけどね」
 なら、と輝夜は、
「ねえ、貴女にとって、幻想郷ってなぁに?」
 問いに、永く幻想郷に生きる妖怪は口を噤む。
 何か、――漠然とした問いに、答えは、
「原生林、かしら?」
「また、わけのわからない例えね」
 輝夜はころころと笑い、幽香はくすっ、と笑う。
「百花繚乱、幻想郷は今昔、あらゆるものを受け入れて、あらゆる存在を容認してきた。
 なんでもあり、そして、誰とて管理しきれない世界。――それでいて、完結した世界。
 それだけで生態系をはぐくむ原生林と同じじゃないかしら?」
「あっ、なるほど、納得したわ。
 それに、いい表現ね、特に百花繚乱、とか素敵」
 でも、と輝夜は首をかしげる。
「誰とて管理しきれない? 八雲紫はどうなの?」
 問いに、幽香は笑って、
「あら? 私はあんな奴に管理されるつもりはないわ。
 貴女は彼女に管理される?」
「冗談じゃないわ。
 それじゃあ、霊夢、――は、柄じゃないわね」
「本来はそういう立ち位置にいるはずなんだけどね。
 柄じゃないでしょ? そういうの」
「まあ、それもそうね。
 でも、私は彼女のそういうところ好きよ」
「自由奔放。それも幻想郷に相応しい言葉ね」
「それもそうね。
 大体そんな感じで生きてるし」
 ふと、輝夜は、
「ここが原生林なら、貴女はどんな存在かしら?」
 くるっ、と幽香は傘を回転させる、くるくるくるくる、――――「決して枯れることはない花、今昔幻想郷に咲き続き、咲き誇る、花。それこそ、私、フラワーマスターよ」

 ヤマメは巣に張り巡らした妙な振動を感じ取った。
「ん、ううん、眠い。
 またお客さん?」
 あれから出たり入ったり大変だなあ、とヤマメは「んー」と伸びをして、蜘蛛の巣を歩いて、

 その蜘蛛の巣を突き破って、人間が真っ逆さまに落ちてきた。

「…………えっと?」
 とりあえず目をこする、もう一度伸びをする、軽くほおをつねってみる。痛い。
 思い返す、黒髪の女性、豪奢な着物。なにからなにまで地下に似つかわしくない。
 それが、真っ逆さまに落ちてきた。
 幻ではない事は、綺麗に穴が開いた蜘蛛の巣が証明している。はて? なんだったんだろ?
 とりあえず行ってみよ。とヤマメは糸を伝って下へ降りた。

「幻覚、じゃないね?」
「なに言ってるのよ?」
 ヤマメは首をかしげる。地下、自分のいる場所から真っ直ぐ下、旧都の道。
 そこに、人がいた。やや陥没した地面の上に、
「いや、――えっと、貴女。上から落ちてきた? 私の巣を突き破って」
「ああ、あの蜘蛛の巣貴女のだったの?
 それは悪い事したわね」
 至極当然、と謝る少女にヤマメは再度首をかしげる。
「なんか、真っ逆さまに落ちて来たような」
「ええ、結構道程長いし、途中で面倒くさくなっちゃって」
 飛ぶのが面倒になったから、そのまま自由落下したらしい。
 えと、と地上からここまでの距離を考えて、
「生きている?」
「なに言ってるのよ?
 亡霊だろうが幽霊だろうがなんだろうがうろちょろしているのに、今さら生死に何の意味があるの?」
「いや、それは、どうだろうねえ」
「まあ、いいわ。
 そういえば、貴女地霊殿って知ってる?」
「知ってるよ、有名所さ」
「なら案内してくれない? 地獄って初めて来たからどこに何があるかよくわからないのよね」
「あらそう、まあ大歓迎よ。
 地獄はいいところ、賑やかで楽しいところさ、地霊殿以外にもいろいろ見て回るといいよ」
「そう? ありがとう。
 私は蓬莱山輝夜。これも偶さかの縁。名前を教えてくださらない?」
「丁寧な対応有り難いねえ。
 私は黒谷ヤマメ、見ての通りの蜘蛛さ」

「ふぅん、死なないねえ。
 あるものだね地上には、いやいや、永い間封印されていたから地上の世事には疎くてねえ。勉強になるよ」
「最近じゃないわよ別に、
 それと私が特別ってだけ、みんながみんな不死になったら閻魔様が退屈になるわ」
「おおう、あの御方を知っているのかい?」
「ええ、三途の川に行ったらお前はとりあえず罪人だとか言って襲いかかってきたわ」
 ふぅむ、とヤマメは一つ頷く、ひどい奴だねえ、と言おうと思ったその言葉を飲み込み、
「閻魔様にしてみれば不死は致し難い罪業なんだろうさ。
 私にはわからんがね」
「私もね。まったく、のんびり暮らしたいだけなんだけどねえ」
 はあ、とため息をつく輝夜に、ヤマメはけらけら笑って、
「なら三途の川にゃ近づかんことさ」
「いやよ。行こうって思ったのよ? なら行かない理由なんて何もないわ」
「あらら、難儀な性格だこと」
 そう? と輝夜は首をかしげる。
「好き勝手生きるのは楽しいさ、思うままに生きるのは理想さ、
 だけどそれがなかなか難しい。そういう連中が地下に落とされた。難儀な話さ」
 そう言ってヤマメは肩をすくめた。
「ふぅん、それは確かに難儀な感じねえ。
 まあでも」
 そういって、輝夜はあたりを見る。
 ヤマメはともかく、豪奢な衣をまとった輝夜は、明らかに浮いている。
 何となく集まる注目、それを気にするような神経など最初から持ち合わせていない輝夜はのんびりとあたりを見る。
「賑やかなところねえ。
 そして、騒がしい、浄土の静けさとは対極ね」
 赤い提灯に照らされた道。降りしきる雪をつまんで輝夜は思ったままの事を言い、それを聞いたヤマメは笑う。
「そりゃそうさ、ここが浄土? あり得んね。
 ここは忌み嫌われたものが集まり、封印された妖怪が跋扈し、鬼が笑う地下の地獄。
 極上の、穢土さ」
 そして、意地悪く笑う。
「浄土に焦れるかい? ならここは居心地悪いだろうねえ」
「浄土なんて飽きたわ。
 ここもここでいいと思うわよ。賑やかなのはいいことよ」
 それにしても、とあたりを見て、
「忌み嫌うなんて馬鹿馬鹿しいわね。
 地上も天界も冥界も地獄も、どこも穢れに満ちた大きな球の地。なら、どれも大差ないじゃない」
 きょとん、と封印された妖怪は目を見張る。
 そして、
「へえ、この地を地上と大差ないと、お前さんはそう思うんだ」
 ずい、と一人の少女が前に、ヤマメは「およ?」と首をかしげる。
「勇儀?」
「おう、ヤマメ。滅多に来ない客人の案内かい?」
「その通り、なんでも地霊殿に行ってみたいってさ。
 酔狂なことだね。忌み嫌われた地下で、さらに忌み嫌われた大妖に会いたいなんてね」
「いやまったく、……が、いいねえ。酔狂者は楽しくて好きだよ。
 でもまたどうしてだい? なにか用事かい?」
「そーいえば理由聞いてなかったねえ」
「特にないわね」ヤマメと勇儀の視線に輝夜は肩をすくめて「やりたいことが思い当らなくてね。それを探そうと思って幻想郷を散歩しているのよ」
 それで地獄に来た、あんまりな理由にきょとん、と勇義とヤマメは目を見張って、
「ぷっ、く、あははっははははははははははっはははっ! 酔狂だとは思ったが、まさかこれほどとは思わなかったよっ!
 ははははっ! 地上の連中もなかなか楽しませてくれるねえっ!」
 豪快に笑う鬼。なによ、と輝夜は視線をそむける、そして、文字通り笑い転がるヤマメにさらに眉根を寄せる。
「失礼な連中ね。
 そこまで笑うことないじゃない」
「あははは、ああ、いやいや、悪いねえ」くつくつ笑いながらヤマメは起きる「地上にいるのが皆あんたみたいなのなら、私たちは地下に封じられる必要もなかっただろうねえ」
「封じる必要なんかないじゃない。
 みんなで仲良く地面に這いつくばって生きればいいのよ。――あれ? ここって地面よりも下だっけ?」
「そういうあんたもかい?」
 傲慢、とそうともとれる言葉に勇儀はまぜっかえす。否定、私は違うわよ、そんな言葉の予想は、
「ええ、そうよ。
 私も同じ、下賎な地上に這いつくばって生きる民よ」
 堂々とした言葉に、再度ヤマメは笑い転がり、勇儀は豪快に笑う。
「ひー、ひー、あ、あはははは、お腹痛い。あはははははははははははは」
「や、ヤマメ、まさか一人で案内するなんて言わないだろうね?
 私も付き合うよ。こんな面白い客人、逃すのは惜しすぎるっ!」
「人を娯楽扱いしないでよ。酷いやつね」
 まあ、と輝夜は手を差し出す。
「付き合ってくれるなら改めて、私は蓬莱山輝夜よ」
「おう、私は星熊勇儀だ。よろしく」
 改めての自己紹介、そして勇儀は手を握る。
 力強い握手に輝夜はころころ笑って、
「ええ、よろしく、…………もちぐま、勇儀?」
「誰がもちぐまだっ!」
 顔を真っ赤にして吼える勇儀の傍ら、ヤマメが地面にのた打ち回って爆笑を始めた。

「ふーん、永遠亭ねえ。それに月の民。か、地上もなかなか賑やかなことになってるね」
 ふぅん、とヤマメは頷く。なら、と。
 なら、その妙な考えも、――まあ、納得は難しいけど、わからなくもない、かもしれない。
 絶対的な等価。彼女から見れば――彼女の言葉通り――地上も地下も大差ないのだろう。
 浄土たる月から来た、それなら、すべて地上は穢れた地、と一括り。
 そして、狂おしき浄土である月ではなく、騒がしき楽土、穢れた地上を選んだ。なら、
「地霊殿から出たら旧都も散歩してみな。
 見ての通り、ここはいつでもお祭り騒ぎ、楽しいところさ。あんたなら好きになるかもしれないよ」
「それもそうね」
 そして、見えてきた地霊殿。あそこね、と輝夜は頷いて、さて、と勇儀はその前に立ちはだかる。
「何のつもり?」
「なに、せっかく月の民がいるんだ。
 ちょいと力比べをしたいって、そう思うのも無理はないだろ?」
「ありゃりゃ、流石鬼だねえ」
 まあね、と勇儀は笑い、輝夜はため息。
「面倒ね。――弾幕ごっこ?」
「そういうこと」
「のるには、一つ条件があるわ」
 へえ、と勇儀は笑う。それを見て、輝夜は両手を広げて、
「貴女の一撃、私にあてられたら弾幕ごっこをしましょう。
 はずしたら退きなさい」
「弾幕かい?」
「ご自由に」
 なら、と勇儀は杯の酒を一口。
「行くよ?」「来れば?」
 一歩、ずんっ、と烈震が走る。
 輝夜の背後、膨大な弾幕が展開される。怪力乱神の威、へえ、とヤマメはそれを回避して、輝夜はそちらを見もせず力を開放。
「『矛盾』最遅に届かぬ最速」
 二歩、ずんっ、と烈震が走る。
 輝夜は笑って小さく一歩後退、逃がすか、と勇儀は笑う。怪力乱神の威は全方位に弾幕を構築。逃げ場は、ない。
「三歩」
 その一撃、力の名を冠する鬼に相応しく、あらゆるものを沈める。即ち、――――
「必殺」
 その一撃は、空振りした。
「あれ?」
「約束、届かなかったから弾幕はなしね」
 唖然とする勇義とヤマメに手を振って、輝夜は地霊殿に足を踏みいれた。

「………………また、とんでもない酔狂な輩がいるのね」
「そう? ま、なんでもいいわ。
 こんにちわ、地霊殿の主。私は永遠亭の姫、蓬莱山輝夜よ」
「自己紹介は必要ない、と言っていいかしら?」
「あら、礼儀知らずなんて思われたくないわ。
 挨拶くらいさせてよ」
「それもそうね」
 そういって、さとりは一礼。
「こんにちわ、永遠亭の姫。私は地霊殿の主、古明地さとりよ」
 さとりは酔狂な客の内心を読み取り、それでも、問いかける。
「それで、私の事は聞いているかしら?」
「嫌われているとはよく聞くわ。
 改めて教えてくださらない? どうして嫌われているの?」
「心を読めるのよ。私」
 やる気のなさそうな視線を向けられ、輝夜は肩をすくめる。
「ふぅん、便利ね」
「貴女は忌避しないのかしら? 考えていることはお見通しよ?」
 そして、さとりは眉根を寄せる。そして、ため息。
 その意味を理解した輝夜は笑う。
「もっとも忌避すべき穢れた土地に堕とされることさえ良しとした貴女に、言うことじゃないわね」

「へえ、なんか意外。
 地霊殿の主自らお茶を淹れるのね。給仕とか雇わないの?
 ………………しかも美味しいし」
「気に入ってくれたなら何よりよ。
 それと、忌み嫌われている私に誰が仕えるのかしら?」
「忌み嫌われている悪魔に仕える変なメイドなら心当たりあるわよ」
 問いに、さとりはそのメイドを思い出して肩をすくめる。
「私には運命の出会いを起こす事なんてできないわ」
「それ、聞いたら運命を操る悪魔、怒らない?」
「かもしれないわね」
 そして、さとりは苦笑。
「地霊殿の主、なんて仰々しく名乗ってもここにいるのは私と、ペットくらいよ。
 まあ、妖獣となって人の形をとるペットもいるけど、ペットにお茶を淹れさせる?」
「ええ、毎日淹れさせているわ。
 ペットの兎に」
「…………まあ、それもそうかもしれないわね」
 さとりはため息。
「さとり様ーっ」ばんっ、と扉が開く、そして、輝夜を見て「うにゅ?」
「空、ノックくらいしなさい」
 そして、ため息。
「ペットが失礼したわね」
「いいわよ。気にしないわ。
 元気でいいじゃない」
「あれ、お客さん?」
「ええ、お客さんよ。
 はじめまして、蓬莱山輝夜よ」
「はじめまして、霊烏路空。皆はお空って呼んでるわ」
 はじめまして、笑顔で応じて、
「それ、誰からもらったの?」
 その指を、胸元にある紅の瞳に突きつけた。
「山の神様よ。確か」
 ふぅん、と輝夜はその紅の瞳を見る。
「興味あるかしら?」
「っていうか、なんか懐かしいわね。――――あっ、そういえば」
「へえ、貴女は」
 その過去に思い至った輝夜は手を打ち、その過去を覗き込んださとりは興味津々、と身を乗り出す。
「それ、八咫烏でしょ?
 月夜見の姉の神使の」
「神威、は持たないようだけど、貴女も神代よりある存在ですか」
「うにゅ? この神様の力、知ってるの?」
「神様じゃないわよ。神様のお使い。――まあ、どっちも大差ないわね。
 見た事あるのよ。月夜見の所にいた時に」
「ふーん、貴女も神様なの?」
 空の問いに、輝夜は笑って肩をすくめる。
「違うわ。月の人よ。ただの、ね」

 外の時間ではすでに夜。と、いう事で輝夜は地霊殿に泊ることにした。さとりもそれを快く受け入れる。
 とくとく、注がれるワイン、それをグラスへ。
「ワインだけど、口に合うかしら?」
「注ぐ前に聞きなさいよ。
 それと、大丈夫よ。レミリアからもらって飲んだことあるもの」
 その時の事を思い浮かべる。で、
「…………なぜ、レミリアさんは涙目なのでしょうか?」
 その時の叙景を読み取って、さとりは首をかしげる。悔しいそうにワインを突き出すその光景。ちなみに、後ろでは咲夜が苦笑。
 では、と、
「この偶さかの縁に」「この酔狂な客に」
「「乾杯」」
 ちんっ、と音が響いた。

 やりたい事を探す事をやる、そのために幻想郷を散歩している、という輝夜の言葉にさとりは微笑で頷く。
「そう、なかなか酔狂なこと、それに、面白い事をしているわね。
 私もやってみよかしら?」
「嫌われている、その事を自覚して、自認して、なおそういう貴女も随分酔狂だと思うわ」
「かもしれないわね。
 で、見つかった? 面白い事は?」
 問いに、輝夜は肩をすくめる。
「なかなか難しいわね。
 まあ、楽しかったわ。お寺も、冥界も、神社も、天界も、三途は、――ちょっと、アレだったけど、地獄もね」
「そのリストにここも加わればいいのだけど」
 ワインを飲んで染まった頬を抑え、さとりは呟く、その表情を見て輝夜はころころと笑って、
「もちろん、安心なさいな。貴女と会えてよかったわ」
「ありがとう」
「本音?」
「ええ、貴女が本音で言ったのと同じ程度には」
 くすっ、と笑ってさとりはワインを一口。
「これからまたどこかへ?」
「そうね。旧都にはさんざん誘われているわ。鬼から。
 あとは、紅魔館にでも行ってみよかしら?」
「そうね、そこはお勧めよ」
「あら、嫌われた妖怪が言うのなら余程ね。
 あそこの悪魔は私が来てもいい顔しないでしょうけど」
 そう言って輝夜はワインを一口。思い浮かべるのは面倒な奴が来たなあ、とそんな表情を浮かべる悪魔。
「嫌われているのなら行くのはやめたら?」
「冗談じゃないわ。私が決めたの、行く、と。
 私の意思を阻む、その難題の答えは誰が持っているのかしらね?」
「ふふ、少なくとも、閻魔様は持っていなかったようね。
 博麗の巫女はどうかしら?」
 あの、絶対といえる巫女を思い浮かべ、輝夜は苦笑、そして、その答えを読んださとりは笑う。
「それもそうね。
 貴女の意思を阻む、その難題に取り組むとは思えないわ。あの巫女が」
「そ、だから私は彼女のこと好きよ。
 楽しいもの」
 それを聞いて、さとりは笑う。
「目的、達成できたみたいね。
 楽しい事、見つけたじゃない?」
「それも一つ。
 そして、一つ。――ううん、鈴仙、てゐ、永琳、私の大切な家族、皆と一緒にいるのも楽しい。
 けど、――だからね。もっといろいろと見て回りたいのよ?
 地上に落とされて千と五百、私が生み出されてさらにそれを超える過去、それさえ超える今、という一瞬を楽しむために」
「刹那主義ね。ふふ、忌み嫌われている私の所に来た理由もわかるわ。
 過去は今の一瞬には及ばない。なら、忌むことさえ、過去として思えるのね」
「ええ、すべては過去。永遠を統べる私にしてみれば、時間なんて意味は持たない。
 今、刹那の楽しみに勝る価値のあるものなど、なにもないわ」
 さとりは、その言葉を聞いて笑う。
「ふふ、閻魔さまとケンカしたことさえ、過去の楽しい思い出?」
「そうね、帰ったら永琳に自慢してみようかしら」
「その光景、ちゃんと見えたわ。
 それ見たら閻魔様怒るわよ。きっと」
「かもしれないわねー
 ううん、妹紅と閻魔さまと、退屈しないでいいわあ」
 輝夜は笑ってワインを一口。さとりもそれを見て口をつける。
「ねえ、さとり。貴女は、楽しい?
 地下に封じられて、忌み嫌われて」
 問いに、さとりは笑う。
「忌み嫌われても、私は私であり続ける。
 忌み嫌われる覚りの目を、私は閉ざさない。私は私を受け入れる。…………失礼。答えになってないわね。
 楽しいわ、忌み嫌われているなら、忌み嫌わないペットを飼って、
 地下に封じられるのなら、その地下でのんびりと客人と、」
 ちんっ、とグラスを重ねる音が響く。
「酔狂な客人と、酒を楽しんでね」
 それを聞いて、輝夜はころころと笑った。

「あ、お姉ちゃん、――と、あ」
「いいわよ、こいし、お入りなさい」
 さとりは視線を向ける、輝夜はワインに薄く染めた顔で頷く。
 恐る恐る、という感じで一人の少女が入ってくる。彼女、
「妹?」
「ええ」
 入ってきた少女、――古明地こいしはさとりのところへ。好奇心と、警戒が混じった表情で輝夜を見る。
「こいし、挨拶をしなさい」
「…………はじめまして、古明地こいし。古明地さとりの妹よ」
 その瞳、閉ざされた瞳ははじめての客に対する好奇心で少し、緩んだ。
 またすぐに閉ざされたけど、――いい傾向、とさとりは思う。微笑は、顔に出さないように気をつけて、
「あら、可愛い子ね。
 はじめまして、私は蓬莱山輝夜。散歩で来てみたわ」
「輝夜」
 確認するように告げた名前に、輝夜は笑って頷く。
 さとりは自分のワイングラスを掲げて、
「こいし、一緒に飲まない?
 客人も、構わないかしら?」
 問いは二つ、片方は即答、と返る。つまり、
「もちろん、歓迎するわ」
 輝夜はころころと笑って応じる。
 対して、こいしは少し悩む。というか、迷う。
 臆病で、怖がりだから、――自らを閉ざしてしまうほどに、
 だからこそ、悩む、それをさとりも輝夜も急かさない。二人は穏やかに、迷う少女の回答を待つ。
 やがて、
「う、ん」
 臆病な少女は、頷いた。
 よいしょ、とさとりの隣に座る、輝夜はグラスを渡して、
「飲める? それともジュースの方がいいかしら?」
 ワインを手に問う。こいしは少し頬を膨らませて、
「馬鹿にしないでよ。ちゃんと飲めるわ」
「あら失礼」
 応じる輝夜はころころと笑う。こいしはそんな輝夜を見て不思議そうに首を傾げる。
 とくとく、注がれるワイン。
 一口、――おいしい、と思う。
 と、
「あら、乾杯くらいさせてくれないの?」
「こいし、グラスを出しなさい」
「あ、」はっ、と向けられる視線、そして、「こ、こう?」
 輝夜とさとりを真似るように、こいしはグラスを前に、それを見て輝夜は笑う。
 では、改めて、
「偶さかの良き縁に」「酔狂な客と今この場にいる妹に」「――え、えっと、また、盃を交わすこの時に」
 おどおどと告げられた言葉。それを聞いて輝夜はころころと、さとりは嬉しそうに満面の、それぞれの笑みを浮かべる。
 その笑顔に、なれない言葉に頬を染めたこいしは、不思議そうに首をかしげて、
「「「乾杯」」」
 ちんっ、と音が響いた。

「えっと、輝夜。だっけ?」
「ええ、なぁに? こいし」
「輝夜って、いつも笑ってるね」
「あら、そう?」
「ほら、また」
 問いに応じる輝夜は笑う。こいしはそんな笑顔を指し示す。
「こいし、指差してはいけません」
「あ、ごめん」
「ふふ、いいのよ。気にしないで、
 これも借り一つ、あとで返しに来なさいな」
「えーっ、それだけで借りになっちゃうの?」
「ええもちろん、お姫様には些細なことも見逃さない洞察力も必要よ」
「かなり適当に言いましたね? 意味がわからないわ。
 ついでに言えば、けちなだけのような気がするわ」
「あら失礼ね。こっちは怒るわよ?」
 怒る、そういいながらも輝夜は笑う。
「答えてよー」こいしは閉じたままの瞳を撫でて「私はお姉ちゃんじゃないんだから、答えてもらわないとわからないわ」
「あいにくと、考えてもいないようなことは私にもわからないけどね」
「ふふ、そうねえ。
 よし、二人の頭を撫でさせてくれたら答えてあげる」
「えー」「何で私もなのですか?」
 不満そうに膨れる姉妹。そんな似通った姿が面白くて、輝夜はころころと笑う。
「ふふ、冗談よ。冗談。
 なぜいつも笑うか? 強者はいつも笑顔、私はとてもとてもとても強いの。
 だから、いつでも笑顔よ?」
「確か、幻想郷縁起にそんなことが書いてありましたね?
 受け売り? やはり」
「あら、読めちゃったかしら」
 苦笑。そして、ふ、と。
 ぽん、とさとりとこいしは自分の頭に乗せられた手の感触を感じた。
 いつの間に? と、思考さえ届かない時間で、二人の少女を撫でる姫は微笑む。
「無限に積み重なる過去、それを楽しいものにするのなら、いつも笑うことよ。
 思い出は、笑顔の方がいいでしょ?」
 さとりは問う。
「嫌なことでも?」
「そしたら怒りましょう」
 こいしは問う。
「辛いことでも?」
「そしたら嘆きましょう」
 さとりは問う。
「悲しいことでも?」
「そしたら泣きましょう」
 こいしは問う。
「憎らしいことでも?」
「そしたら憤りましょう」
 二人は問う。
「「どんなときでも?」」
「笑顔でいましょう。怒り嘆き哀しみ憤り、それを見据えて、最後に笑いましょう。
 そしたら、どんな今も過去には笑顔で刻まれるわ」
 輝夜はそう答えてさとりとこいしを撫でる。
 さとりは不思議そうに撫でられるに任せ、こいしはくすぐったそうに目を細める。
 なんていうか、なんとなく、と、姉妹の言葉が重なる。
「「変な人」」
「失礼なこというわね」
 輝夜はころころと笑った。



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