「うらめしやあっ」
「……………………あくりょーたいさーんっ。――あ、悪霊じゃなかった。まあ、なんでもいいや」

「で、何の用なのよ。小傘?
 こんな太陽も出てる夕刻じゃ驚くものも驚けないわよ」
「あうぅ、痛いよお」
 玉串に殴られた頭を押さえる。うう、痛い。
 目の前、ため息をつく霊夢。
「やっぱり驚いてくれないんだあ」
「せめて夜になさい。
 驚かせに来たならさっさと帰る。――ああ、賽銭入れてね」
「お金持ってないー」
 もっているわけなんてないよ。私は妖怪だし、霊夢ははあ、とため息。
「だったらさっさと帰る」
 じゃなくて、
「あの、霊夢。お願いがあるの」
 もちろん、出来れば霊夢を驚かせたかった。けど、今回はそれだけじゃないの。
「あん? なによ。化け道具が私にお願いって。
 傘の修繕はやらないわよ」
「壊れてないよっ。
 じゃなくて、霊夢は本とか読む?」
「本? ――記紀神話ならあるけど、あとは、風土記、霊異「そ、そういう難しいのじゃなくてっ」じゃあどんな本よ?」
 神話とか、そういうのじゃない、私が読みたい本は、
「その、怪談とか、
 どうすれば人を驚かせるのか、参考になりそうなのはない?」
「へえ、勉強熱心ね」
 あ、霊夢が驚いた。――けど、そういうところに驚かれても、……
 霊夢は「うーん」と軽く首を捻る。そして、
「明日、人里に行くけどその時に案内してあげるわ。ありそうな場所」
「ほんとっ」
 やったっ、
「ま、事のついでだしね。
 代わりに買い物するから、その荷物持ちやってよ」
「合点承知っ」
 勉強する方法がなくて行き詰ってたところ、その打開案を見つけたっ。荷物持ちくらいお安い御用よっ!
 請け負うと、霊夢は「うん」と頷いて、
「明日朝から行くけど、今夜どうする?
 泊ってく?」
「そうするー」

「ふはーっ、美味しー」
「そ、っていうか、よく食べるわね」
「久しぶりだからねー」
「というか、傘が飯食ってどうなるのやら、……まあ、亡霊が飯食ってもどうなるかわからないんだけど」
「でも美味しいよー
 霊夢って料理上手なんだね」
「ありがと」
 ご飯とお味噌汁、山菜のおひたしと焼き魚。どれも美味しい。
 ううむ、もしかして、
「霊夢って凄い人?」
「もちろんすごいわよ」
「むう、なら霊夢を驚かせるのは難しいか」
「まあ、今の貴女に驚く人は少ないでしょうけどね。
 そういえば、白蓮は驚いたの? なんか驚かせに行くとか言ってたけど」
「あんまり驚いてくれなかった」
「まあ、そんなものよね。
 千里の道も何とやら、適当に勉強しなさい。そうすれば驚いてくれるわよ。誰かしら」
「うむっ、頑張るっ」
 で、ご飯を食べて、お風呂に入って、さて、
「ふぁあーあ、……私はそろそろ寝るけど、小傘はどうする?
 化け道具なんだし、そこら辺に立てかけておけばいい?」
「いやよっ、私も布団で寝るっ!」
「傘なんだし、傘立てで寝るんじゃないの?」
 そんな不思議そうに首かしげないでよ、いやよ、そんなの。
 人の身をもつなら、ちゃんと布団で寝たいし。寒いのも、冷たいのも、独りも、いや。
「じゃ、いいっ、霊夢の布団で寝るっ」
 さっそく布団にもぐりこむ霊夢、その布団に私も入る。
「って、入ってこないでよっ! なんで傘と一緒に寝るのよっ!」
「わちきは化け道具だーーーっ!」
「知った事かーーーーっ!」
 むぎゅっ。

「…………さ、」
「ん、みゅう」
 誰か、呼んでる?
 んー、でも、
 手の中の暖かいものが心地よくて、布団の暖かさは気持ちよくて、
 まだ、起きたくないよお。
 げし、うぎゅっ、
「いたいぃ」
「痛いじゃないわよ。
 いい加減、手、放しなさいっ」
 はえ? と、
「あれ? れ〜む〜、どーして私の布団に手入れてるの?」
「あんたが人の手抱えてるんでしょっ!
 いいからさっさと放すっ! 起きられないでしょっ」
 むぅ、と私は――何となく名残惜しいものを感じながら――手を離す。
 霊夢は手をひらひらさせてため息。
「まったく、変な寝相ね。
 んじゃ、朝ご飯食べたら人里行くわよ」
「はーい」

 朝ご飯を食べて、私と霊夢は人里へ。
「人里かあ、頑張ればみんな驚いてくれるかなあ?」
 人がたくさんいるんだよね。たくさん勉強して、里で一番驚かれる妖怪になるっ。
 頑張ろう、と意気込む私に霊夢は苦笑。
「ま、頑張ってみれば。
 ただ、人里って言っても妖怪とか結構いるし、今のままじゃ夜顔出しても無理ね」
「うー、やっぱりコンニャク?」
「絶対に無理」
 う、凄い勢いで否定された。
「ならわちきはどうすればいいのさーーっ!」
 傘を振りまわして抗議すると、霊夢はため息。
「それ勉強しに行くんでしょ?
 いいから傘振りまわさないでよ。危なっかしいわね」
「うー」
「あ、そうそう。人里のルールは聞いてる?」
「弾幕とかなしでしょ? まだ朝だし大人しくしてるー」
「ならいいわ。
 言っておくけど、面倒事起こしたら即座に退治するわよ」
「さでずむ」
「うっさい、当たり前よ。
 付き合ってあげてるだけでも感謝しなさい」
「それはするけどさー、ご飯も食べさせてくれたし」
 そういえば、
「それで、人里のどこに行くの? 本屋さん?」
「お金ない奴を本屋に連れてってどうするのよ?」
「霊夢がおごってくれるとか?」
 あ、あうっ、いたっ、玉串で殴らないでー
「な・ん・で、私が化け道具に本買ってやらなくちゃならないのよっ!」
「けちー」
「ケチで結構。
 本屋じゃないわよ。まあ、本がたくさんあることは間違いないけど、頼めば読ませてくれるし、それで勉強しなさい」
「はーい」
 ま、それならいっか。
 で、そんな事を話しながら人里へ。
「さて、ここからは歩くわよ」
「はえ? そうなの?」
 お地蔵さんが立つ人里への道、ふわり、霊夢と一緒に降りる。
「そうなの」
「ふーん、面倒な決まりがあるのね」
「愚痴らない。ほら、行くわよ。
 それとも、あそこまで歩けないほど虚弱?」
 魔女じゃあるまいし、と霊夢は横目で問う。心外、と私は首を横に振り、
「あちきの体力甘く見るなー」
「知らないわよそんなの。
 んじゃ、行くわよ」

「あっ、巫女様だー」
「巫女様ー、……あれ?」
 なんか寄って来た子供たち。霊夢は受け止めたりしながら、
「相変わらず元気ね。
 寺小屋は休み?」
「ううん、これから」
「巫女様ー、お友達?」
 向けられた視線は私、そして、
「そうだよー」
 頷いた。あんたね、と霊夢はため息。
「変な傘ー」
 子供の一人が、私の傘を指していう。――この傘。
「そんなに、変、かな?」
「変だよー」
 そう、かな?
「こら、人のものを変とか言ったらダメでしょ」
 考え込む私より、霊夢は先にそう言って軽く頭を叩く。
「えーっ」
「こらっ、巫女様のいう事聞かなくちゃだめっ」
 不満そうに頬を膨らませる女の子を、それよりちょっと年上の女の子が諌める。
「そろそろ寺小屋行かなくていいの?」
「あっ、そうだ」
「わ、わわっ」
 その一言に、子供たちは慌てて走り出す。
 霊夢は肩をすくめて、
「ま、子供のいうことだし、気にしないことね」
「う、――うん、ありがと」
 だから、と霊夢は私の頭を撫でて、
「そんな辛気臭い顔しないでよ。
 こっちまで暗くなるわ」
「へ? ――私、そんな顔してた?」
 霊夢は首をかしげて、ため息。
「行くわよ」
 そう言って、手をとって歩き出す。
 その手が暖かかったから、私も握り返した。
 そのまま、しばらく歩く、と。
「あれ?」
「ん?」
 立ち止まる。と、霊夢もつられて足を止める。
 その視線の先。――「ああ、ゴミ捨て場ね」
「うん」
 頷く。脚の折れた椅子とか、曲がった傘とか、もう、使えなくなったもの。
 しょうがない、……しょうがないん、だよね。
「ほら、さっさと行くわよ」
「あ、ま、待ってよー」
 ぎゅっと、握られた手に引かれて、私は歩きだした。

「ここ?」
「ええ、ここ」
 ふわー、大きい。
 周りの家より、一際大きいその家。私は霊夢に耳打ち。
「霊夢、霊夢、押し込み強盗するなら、やっぱり裏口から」
「誰がするかっ」
 あう、玉串で殴るのやめてー
「ほら、さっさと行くわよ。
 あ、そうだ。小傘」
「ん?」
「この家の家主、貴女の事いろいろ聞いてくると思うけど、ちゃんと答えてね」
「ん、わかった」
 頷くと霊夢はその大きな家の戸をノック。しばらくして、
「はい、――って、あ、巫女様?」
 女中さんかな? 和服を着た女の人が顔を出した。
「こんにちは、阿求はいる?」
「はい、どうぞお上がりください」
 そして、私に視線が向けられる。霊夢はひらひらと手を振って、
「なんか無害そうな妖怪連れてきたわ」
「そうですか、ありがとうございます。
 では、」こほん、とその女中さんは一息「ようこそ、稗田家へ」

「こんにちわ、霊夢さん」
「こんにちわ、阿求」
 広い部屋に、小柄な女の子。
「あれ? そっちの方は?」
「無害そうな妖怪。縁起の足しになると思って連れて来たのよ。
 化け道具、多々良小傘よ」
「小傘さん?」
「うらめしやーっ」
 と、とりあえず言ってみる。――あれ?
「どうしたの? 阿求ちゃん?
 あっ、驚いたっ? 驚いたっ?」
 やったっ。
「っていうか、すっとぼけた妖怪ですねえ」
「ひどっ」
 すっとぼけたって、なんでっ!
「まあ、大体妖怪なんて意味不明かボケているかどっちかじゃない?」
「いや、慧音さんも妖怪ですけどね、半分」
 まあ、と阿求ちゃんは私を見て、
「改めて、はじめまして、小傘さん。
 私は稗田阿求。この家の当主で、幻想郷縁起の執筆者です」
「幻想郷縁起って何?」
 問いに、霊夢は苦笑して、
「ま、妖怪図鑑みたいなものよ。貴女もそれに載せようと思ってね。
 阿求、小傘、怪談話とか読みたいみたいなのよ。本読ませてあげてよ」
「構いませんよ。
 じゃあ、先にお話いいですか? 終わったら書庫に案内しますから、ゆっくり読んでいってください」
「やったっ、ありがとうっ! 阿求ちゃんっ」
「ああもうっ、こんなところで傘振りまわさないのっ!」
 …………玉串で殴るのやめてー
 あうう、と頭を押さえる。――うう、阿求ちゃんに笑われた。

「ふわーっ、本がたくさん。――霊夢っ、霊夢っ、どの本を読めばいいのっ!」
「そのくらい自分で決めなさいよ。
 ま、いっか。怪談、怪談、と」
 阿求ちゃんの部屋よりもっと広い部屋。そこに所狭しと並べられた本棚。
「でも、凄いね。
 こんなたくさんの本、はじめてみたわよ」
「紅魔館の図書館はもっとすごいわよ。
 まあ、カビ臭さも比じゃないけど」
「へー、ここより本があるところがあるんだ。
 想像できないわ」
「危ないところだからあんまり近寄らないことね。
 中に入ったらナイフが飛んでくるわ」
「あう、――痛いのは勘弁」
 霊夢の玉串も痛いのに、ナイフはもっと痛いよね。
 いやだなあ、痛いのは苦手。
「ところで、小傘。
 怪談って言っても種類いろいろあるけど、どんなのがいいの?」
「怖いのっ」
「また漠然としたのを、――まあ、いいわ。
 じゃあ、有名所は、…………と、これかな」
 す、と霊夢は一冊の分厚い本を渡す。
「うう、字が一杯なのは苦手ー」
「あらかた絵よ」
 あ、それならよかった。
「こわいの?」
「たぶんね。
 私はあんまり怖くなかったけど、結構知名度高いし、参考にはなるんじゃない?」
「むう、霊夢が怖いのー」
「ないわよそんなの」
 むう、やっぱり霊夢を驚かせるのは難しそう。ラスボスだね。
 ともかく、有名なら、と私はその本を受け取る。――タイトルは、

『累ヶ淵』

 怪談、怖いのを想像してページをめくる。

 せっかくだから、集中して視線を落とす。文字が心に入ってくる。
 描かれた人が、だんだんと読めてくる。

 ――――与左衛門は累を鬼怒川に突き落とし、殺してしまった。

「…………って、小傘っ?」
「へ?」
「どうしました、…………か?」
 見ると、ぎょっとした表情の霊夢と、不思議そうな阿求ちゃんが私を見てる。
 なんで? と、ふと、
「あ、……あ、あれ?」
 ぽろぽろと、私、まさか、
「まったく、なんで泣くのよ?」
 なんで? なんで、私?
 霊夢はハンカチで乱暴に私の目元をぬぐう。そのハンカチが湿ってるのを見て、改めて、
「なんで、――だ、だって、
 だって、」
 その理由を意識した、思い出したら、また、ぽろぽろと涙が滲んできた。
「ああもうっ、泣かないのっ」霊夢はため息をついて「悪いわね、阿求。本」
「構いませんけど、……でも、怪談ですよね?」
 怪談、――うん、そう、だけど、
「でも、…………可哀想、だよ。
 せっかく、――せっかく、……一緒に、いたのに、……ぐす、――醜い、からって、殺しちゃう、…………なんて、ひどい、よ」
 そんなの、可哀想だよ。
 と、
「あう」
「ったく」私を抱きしめてくれた霊夢は、ため息「それで泣く妖怪なんて、はじめてみたわよ。しばらく泣いてなさい」
「うん、ありがと」
 こんなことで泣くなんて、妖怪失格、かもしれないけど、…………でも、そんなの、寂しい。
 寂しい、――その思いから逃げるように、私は霊夢に抱きついて、……………………少しだけ、ほんの少しだけ、泣いた。

「えへへ、ごめんね。霊夢」
「いいわよ別に」
 そして、改めて本を見る。落ちた涙で、字とか絵が滲んじゃってる。
「阿求ちゃんも、ごめんね。本、汚しちゃって」
「いいですよ。
 それにしても、優しいのですね。驚きました」
「私も驚いたわよ。怪談で泣くなんて」
「うー、……驚くところが違うよお」
「さて、これかな」阿求ちゃんは一冊本をとって「はい、これをどうぞ」
「あ、ありがと」
 渡された本は、……『百鬼夜行絵巻』?
「はあ、で、阿求。ちょっと相談したいことあるんだけど、いい?」
「好都合ですね。私にもあります」
 うわあ、っていう感じの顔で霊夢。そして二人は外へ。
「小傘さん、とりあえず好きな本読んでていいですよ」
「うん、ありがと、阿求ちゃん」

 本に書かれていたのは、たくさんの妖怪が駆けまわっている図。
 楽しいな。幻想郷。――私も、ここにいるたくさんの妖怪と、こんなふうに遊んでられたら楽しいだろうなあ。
 誰も見ていないし、その事を想像してにへら、と緩むのを堪えなくていい。
 カエルやウサギ、動物の妖怪に鬼とか、なんかよくわからないのもたくさんいる。
 そして、私と同じ化け道具も、――みんな楽しそうに駆け回ってる。
 けど、
「うー、やっぱり退治されちゃうんだ」
 最後、大きな火の玉に逃げ出してる。それは、ちょっと残念。
 と、
「小傘、そろそろいい?」
「あ」
 あうっ、しまった、全然勉強してない。
 膝の上に広がっている『百鬼夜行絵巻』。それを見て阿求ちゃんはくすくす笑って、
「ずっとそれ見てたんですね。
 面白かったですか?」
「うんっ」
「んじゃ、勉強なんて碌にしてないって事?」
「勉強?」
「そ、人を驚かせる方法を勉強したいんだって」
「あれ?」阿求ちゃんはくすっ、と笑って「じゃあ、『百鬼夜行絵巻』じゃあまり参考になりませんね」
「うーん、面白かったんだけど」
「どっちにせよもう帰るわよ。
 買い物しなくちゃならないし」
 あ、荷物持ち、手伝わなくちゃ。
 けど、と振り返る私に、阿求ちゃんは、
「また来てくれたら見せますよ。
 お勧めがありますよ。『稲生物怪録』っていう、まさにうってつけの本が」
「ほんとっ?」
「ええ、小傘さんみたいな優しい妖怪なら歓迎します。
 もちろん、その時はまたお話を聞かせてくださいね」
「うーっ、あちきは怖い妖怪だぞーっ」
「いいから行くわよ」
 最後に、阿求ちゃんに笑われながら私と霊夢は稗田家を後にした。
「なんで笑うのよー」
「あんたが怖い妖怪だって自称したら誰だって笑うわよ」
「なんですとっ!」

「おおっ、博麗の巫女様っ」
「巫女様、いつものかい?」
「今年はいいお茶が手に入ったから、おまけに入れておくよ」
 霊夢が入ると、お店の人は笑顔で声をかける。霊夢はありがと、と頷いて、
「ええ、――と、ちょっと追加。
 お金は払うわ」
 そういってスカートのポケットに手を入れる。お店の人は首をかしげて、
「お、悪いねえ」
「巫女様、どうしたんだい?」
「あー、まあ、野暮用よ。野暮用」
 そして、渡される箱、お米とか野菜が見える。
「小傘、これと、これ持って」
「はーい」
 渡された荷物を持つ。――って、
「霊夢のほうが少なくない?」
「つべこべ言わないのっ」
「ちぇー」
 そして、私は荷物を持って霊夢と博麗神社へ。
 到着、と。
「じゃ、霊夢。ありがとね」
 ちょっと、寂しいな、とそう思いながら挨拶をする、と。
「で、あんたどこに帰るの?」
「どこ、――」どこ、それは、別に、ない、けど「どこ、って、わけでもないけど」
 何となく、そんなふうに言葉を濁した。なんでだろう?
 霊夢はやっぱり、とため息。
「阿求から頼まれてるのよ。
 あんた今夜も泊っていきなさい。明日、――えーと、あんた白蓮の知り合いだっけ?」
「うん、この前驚かせに行ったら一緒に遊んでくれた」
「あんた何やってるのよ? まあ、いっか。
 白蓮の所に置いてもらうよう掛け合ってあげるから」
 へ?
「い、いいよっ、悪いよっ」
「うるさい。私がいいと言ったらいいのっ。
 あんたの意見も白蓮も意見も聞かないわ」
 うわあ、凄い我がまま。
「うー、白蓮の意見は聞いてよ。
 それじゃあ今夜も泊ってくね」
「はいはい。
 ま、適当に待ってて、ご飯作ってくるから」
「あの、霊夢っ!」
 背を向けて歩きだす霊夢。慌てて呼び止めて、大きくなっちゃった声。
 驚いた表情でこっちを見る。私は、
「ありがとっ!」

「……なんか、やっぱり傘にご飯食べさせる意味がない気がする」
「あるわよー、私が美味しいご飯食べられて幸せ」
 と、言うわけでまた一緒にご飯。霊夢のご飯は美味しい。
「うぎぎ、妖怪を幸せにしてどうするのよ私」
「美味しいよっ、霊夢っ」
「……はーっ、もういいわ」
 そのままご飯を食べて、
「お風呂一緒に入る?」
「超撥水の傘と入りたくないわよ。
 さっさと一人で入ってくるっ」
「ちぇーっ。っていうか、それはわちきのスペルだー」
 ま、しょうがないか。と私はお風呂、――というか、温泉へ。
 なんでこんなところに温泉がわいてるんだろ? ま、なんでもいっか。
 気持ちいいし、と私は服を脱いで、傘を立て掛けて、
「うーん、広いー」
 体を洗って、そのまま温泉に入る。
 暖かい、心地いい。
「うー、ん、…………はあ〜」
 一つ伸びをして、私はゆっくりと力を抜いた。それにしても、
「えへへ、楽しかったなあ」
 霊夢にたくさん叩かれたのは痛かったし、変な傘、と言われていやだったけど、
 怪談は、悲しくて、泣いちゃったけど、それでも、
 霊夢とか阿求ちゃんとお話できて、楽しかった。
 明日、白蓮の所に行くんだよね。
 もし、白蓮が置いてくれたら。
 もう、…………独りぼっちにならなくて、いいの、かな?

「小傘、それと、霊夢?
 なんか珍しい取り合わせね」
「やっほーっ、いちりーん。おはよー」
 命蓮寺の庭を掃除していた一輪に声をかける。一輪は手を振って、
「おはよ」
 雲山さんもぺこり、と挨拶。私も頭を下げる。
「おはよ。
 ところで一輪、白蓮いる?」
「姐さん?
 いるよ。どうしたの?」
「ちょっとね。こいつの事で」
「小傘の?」
「えと、」
 こういう時なんて言えばいいんだろ?
 言葉に詰まる私と違って、霊夢はすぐに、
「大したことじゃないんだけどね。
 寝床貸してやってくれないかなって」
「? 私は別にかまわないと思うけど、
 でも、どういう心変わりよ? 霊夢が妖怪を助けるなんて、…………明日は嵐?」
「うっさいっ!」
 一輪が玉串で殴られた。
 雲山さんは特に助けなかった。――うーん、
「そういう言い方は失礼だよ」
「あはは」殴られた頭をさすりながら苦笑して「いやいや、悪かった。善意を疑うとは私も修行不足だね。入りなよ」
「お邪魔しまーす」
「邪魔するわ」
 一輪に連れられて奥の部屋へ。と、
「おや? 霊夢と、それに小傘。
 どうしたんだい?」
「やっほー、ナズーリンちゃん」
「ちゃんづけはやめてくれ」
 可愛いのに。
「ちょっと白蓮に用事よ。
 ちょうどいいわ、あんたにも関わるし来なさい」
「私に?」
 問いに、一輪は頷いて応じる。へえ、とナズーリンちゃんも頷いた。
「あっ」
「なに?」
「ナズーリンちゃんは長いからナズちゃん。でいい?」
「その前にちゃんづけをどうにかしてほしいんだけどね」
「いいじゃん、可愛いじゃない。ナズちゃん」
「いいんじゃない、可愛いわよ。ナズちゃん」
「…………もう、勝手にしてくれ」
 そして、奥の扉を開ける。そこには二人。
「白蓮と、――――ぬえ? なにやってるの?」
 目の前、机に座って何かさらさらと書いている白蓮と、頭を抱えているぬえちゃん。
「写経です」
「うぐー、も、もう勘弁してー、私が悪かったー」
「はあ、しょうがないですね」
「それでは、これで最後です」
 星がどすんっ、とたくさんの本を置いた。ぬえちゃんが悲鳴を上げた。
「もう勘弁してー、いやーっ! 一日中正座はいやーーーーっ!
 文字がゲシュタルト崩壊起すのいやーーーーーっ」
「……なにやってるのよ?」
「いえ、ぬえ。人里で正体不明の種を使ってまた人を脅かせたらしいのです。
 悪戯な混乱を招くのなら、もう少し精進していただこうと思って、昨日から写経をしているのです」
「精進どころかトラウマにしかなってないわね」
「小傘ー、助けてー」
 ずりずりと這いずってくるぬえちゃん。
 と、足が机を蹴って、その上に積まれている本が崩れ落ちてきた。
「きゃーーーーっ?」
 ばさばさばさ、と音とぬえちゃんの悲鳴が重なる。そして、
「いやーっ、御経が、御経が襲ってくるーーっ?」
「それで、何の用ですか? 霊夢」
 星が問いかけ、白蓮が顔を上げる。
「まあ、それなんだけどね」霊夢は私の肩を叩いて「小傘なんだけど、寝床貸してやってくれない? ってか、貸せ」
「…………なんか、命令っぽいですね。
 私は構わないと思います」
「なんだ、そんなこと?
 居候が一人増えるだけでしょ?」
 星とナズちゃんは頷いてくれた。やった。
 で、
「もちろん、歓迎しますよ。
 小傘さん」
 白蓮は、優しく微笑んでくれた。

「それにしても、珍しい事もあるものだね」
「そう?」
 小さな一室。そこにお布団とかを運びこみながらナズちゃんが、
「妖怪退治で有名な霊夢が、まさか妖怪を助けるとは、
 何かあったのかね?」
「きっと優しいんだよ」
「優しい? …………かね。
 まあ、かもしれないね。寺で仏心を疑ったら罰が当たる」
「どちらにせよ。その辺の事情は白蓮が聞いています。
 ただ、小傘。ここは小さいとはいえ寺です。ここに暮らすのなら、ここの習慣は守ってもらいます」
「うむ、…………ま、まさか、厳しい修行とか?」
 うぐ、もだえ苦しむぬえちゃんを思い出す。――苦しいのは勘弁。
「別に難しい事はないさ。
 お使いとか、家事手伝いとかだ。まあ、働かざる者食うべからずだね」
「はあ、よかったあ」
「なにをそんなに心配しているのですか?」
 星は、答えは見当ついているみたい。笑って問いかける。
「うう、毎日写経、――だっけ? ぬえちゃんがやってたのやるのかと思った」
「白蓮はよくやるけどね。
 ぬえ、正体不明の種使って人里の人を驚かせて回ってたらしいんだ。それがばれてね」
 な、なんですとっ!
「人を驚かせたらだめなのっ!
 わ、私の目標がっ! 私の夢がっ!」
 くぅ、――ど、どうしよう? 頑張って驚かせたら私も写経っ?
 と、
「…………まあ、君なら大丈夫だよ」
「…………大丈夫だと思いますよ。小傘なら」
「えっ? そうなのっ?」
 やったあっ
「………………ここのお寺は夜は閉まります。
 まあ、駆けこめるように門はいつも開いていますけど、玄関は夜には施錠するので、遅くなる場合はあらかじめ教えてください」
「ぬえはよく締めだされるけどね」
「ナズーリン、君もでしょう?」
「……まあ、ね」
「妖怪は夜が活動時間じゃないの?」
 あれ? と問いに、星は苦笑して、
「まあ、白蓮の習慣です。
 彼女はもともと人間でしたから、私は眠りが浅いので、いざとなれば夜でもすぐに起きれますから、特に問題はありません」
「へー、星すごいんだね」
 えへん、と胸を張る星。で、
「その割にはよく寝てるよね。御主人様」
「ナズーリンっ!」
「でも、いいの? お部屋とかかしてもらっちゃって」
「誰かと相部屋のほうがいいかい?」
「それでもいいよ」
 というか、そっちの方がいいかも、……近くに、誰かいてくれた方が、
「ふぅん、それも化け道具の性かね。
 一人で寝るのが怖かったら、枕もって誰かの部屋に行けばいいよ」
「別に夜が怖いわけじゃないーっ
 っていうか、わちしが怖がられる妖怪だー」
「君を怖がるくらいなら夜を怖がるだろうね。大体は」
「うぐぐ、ナズちゃんがいじめる」
 と、星は首をかしげて、
「化け道具の性? ですか?」
 そういえば、なんだろ?
 私と星の疑問を受け取ったナズちゃんは肩をすくめて、
「道具は誰かに使われ、傍にあるものだよ。
 なら、化け道具が誰かの傍にあろうとする事は、不思議なことじゃないさ」
 そう、かもしれない。
 ぎゅっと、私は自分の傘を抱きしめる。
 誰かの傍で、誰かと一緒にいる。――か。
「さて、小傘。
 ここが貴女の部屋です」
 小さな、畳敷きの部屋。
 小さな窓からは日光が降り注いで明るい。
「はー」
「好きに使って構いませんよ。
 まあ、あんまり汚してほしくないのが本音ですが」
「汚さないよ。
 大切に、使うね」
 ありがと、と私が言おうとしたところで、ナズちゃんが、
「御主人様、前に壁で爪研いでいろいろ怒られたよね」
「ナズーリンっ、変な過去ばかり持ち出さないでくださいっ!」
 顔を真っ赤にして怒鳴る星。そんな表情が面白くて、私はくすくす笑った。

「さて、んじゃ私は行くわ」
 一階に戻ると、水蜜ちゃんと何か話していた霊夢は立ち上がる。
「あ、帰るの?」
「これからちょっといろいろ行かないとならないのよ。
 まったく、面倒な事になったわー」
「いえ、いい事だと思います」
 白蓮とぬえちゃんはいない。――そして、代わりにいた水蜜ちゃんが笑顔で応じる。
「ま、これも仕事よ、仕事。
 それじゃ、頼んだわよ」
「ええ、週末ですね。
 まあ、ここはそんなに準備の必要はありませんが、楽しみにさせていただきます」
「はー、面倒だわー」
 軽く腕をまわして霊夢は外へ。どこかに行く、と。だから、
「霊夢っ」
「んー?」
「また遊びに行くねっ!」
「そうねえ、お賽銭入れたらお茶くらい出してあげるわ」
「……お賽銭ないよお」
 あう、とへこむと霊夢はため息。
「来たければ来れば? どーせ遊びに来たって賽銭入れない奴がほとんどなんだから、好きにすればいいわよ」
「うんっ」
 霊夢は外へ。また、いつか遊びに行こう。
 そして、いつか絶対に驚かせてあげるんだからっ!

 夜。――私はあてがわれた部屋へ。
「えへへー」
 ころん、と布団に寝転がる。…………ただ、
「道具の性、か。
 ナズちゃんも、よくわかってるなあ」
 昨日、霊夢の隣で寝た時は、なんか心地よくて、よく眠れた。
 誰かの傍にいたい。のかもしれない。
 誰か、大切にしてくれる、誰かの。
 ふと、
「人を驚かせて、見返したくて、…………でも、……………………結局、」
 ころん、と傘を抱えて布団に寝転がる。
 結局、私は、…………その、誰かに、構ってほしかった、のかな?

 小さなノック、まどろみかけていた私はその音を聞いて目を覚ます。
 誰だろ?
「はーい」
「小傘さん、起きてますか?」
 白蓮?
「どうぞー」
 返事をすると、す、と音。
「ごめんなさい。起こしてしまったかしら?」
「ううん、大丈夫だよ」
 どうしたんだろ?
 浴衣に着替えた白蓮は、す、と座る。
 えっと、……とりあえず、私も正面に座って、
「どうしたの?」
「霊夢さんから、話は聞きました。
 人に捨てられて、そして、妖怪になった、と」
「あ、ああ、それ?」
 じくり、と、古傷が痛む、そんな感覚。――は、
「あ、あわわっ」
 いきなり、白蓮に抱きしめられた。
「寂しかった、でしょう?」
 いきなりで、びっくりした。でも、
 暖かい感触。心地よくて、一息。そして、
「うん」
 問われた言葉に答えを返す。独り、雨に打たれて、風に飛ばされて、誰からも忘れられて、…………ずっと、独りでただ、独りぼっちだった。――けど、
 けど、
「けど、ね」
 寂しかったけど、
「でも、……あのね。
 昨日、霊夢とか、人里で阿求ちゃんに会って、――今日、また、ここに置いてもらって、」
 照れる事なんてなくて、言い難い事なんて全然なくて、――ううん、寂しかったでしょ? そう、優しく抱きしめてくれた白蓮には、ちゃんと言いたい。
「今は、全然寂しくないよ」
 私の事を気にとめてくれる人がいたから、――もう、独りぼっちじゃないから。

 もう、大丈夫だよ。――そう、白蓮に笑って言った。



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