//霧雨魔理沙

 凄まじい密度の弾幕を潜り抜ける。にしても、
「ぬおっ! お、おおっ!」
 頼むぜ相棒、無茶な操作に付き合ってくれる箒に願掛けして、

 見えた。

 弾幕。――針の穴程度の隙間を見つける。
 文字通り針の穴。刹那軌跡に狂いがあれば撃墜、瞬間速度が緩めばこれも撃墜、
「はっ」
 とはいえ、――――刹那の狂いで撃墜されようとも、
「ははっ」
 とはいえ、――――瞬間の緩みで撃墜されようとも、
「はははははっっ!」
 私は霧雨魔理沙。見抜いた可能性と自己の性能を疑うような、やわなやつじゃないぜっ!
「行くぞ相棒っ!」
 箒に魔力を叩き込む。――そして、その魔力をもれなく推進力に代えて、わずかな隙間を駆け抜ける。
 ――――抜け、――――――――たっ!
 いい子だ。右手で箒を握っている。残念だ、どうせなら撫でてやりたかった。
 そして、弾幕の隙間、きょとんとした少女。
 さぁ、出番だぜ。
 箒ともう一つの相棒に声を掛ける。
 もちろん応じる声はない。とはいえ、装填された輝きを私はOKの合図と解釈して、――さぁっ!

「『恋符』マスター、スパークっ!」

 恋色の魔砲が、紅い紅い少女を撃墜した。

 そして、また独りぼっちか。

「あー」
「どうしたのよ? 珍しく元気ないわね」
 神社の縁側に寝転がりボーっとしている私に、霊夢がやる気なさそうに応じる。――ああ、いや、いつも通りか。ともかく、
「そうかー?」
「五月病? 変な時期にかかるものねぇ」
「というか、なにに適応できないんだ。私は?」
「ま、確かに魔理沙ならどこでも適応できるわね」
 お前もだろ、と反論しようとしてしなかった。
 こいつ、適応するっていうヤツじゃないしな。
「そう簡単に適応できるかよ?」
「まあ、白黒だしね」
 なにがなんだかさっぱりだ。じゃなくて、
「ま、冗談はともかくどうしたの?
 紅魔館に様子見にいってから変よ?」
「私は普通だぜ?」
「変なのが変になったからって、普通にはならないと思うわ」
「百八十度ずれたやつが百八十度ずれれば普通になるぜ?」
「まー、確かに普通の魔理沙に比べれば普通か」
 っていうか、
「私、そんなに変か?」
「自覚ないの? 重症ね。
 そんな魔理沙の憂鬱は、そこにある素敵なお賽銭箱にお賽銭を入れれば解決するわ」
 何も関係ないと思う。いい加減何でも賽銭に結びつけるのはやめてほしいぜ。
「賽銭入れたってどうにもならないだろ? 第一何があるんだよ。賽銭入れて、ご利益でもあるのか?」
「ある、…………と、思うわ」
「自信もてよ」
 ここの巫女だろ?
 ともかく、
「あのさ、紅魔館行っただろ? 雨降りやまずで」
「やんだけどね」
「私が止ませたぜ」
「ま、そういう事にしておいてあげるわ」
 気楽に肩をすくめられた。そして隣に座る。
「はい」
「お、気がきくな」
「出涸らしだけど」
「出涸らしかよ? 新茶はないのか?」
「生憎ね」
 ないのか? いや、ないわけない。三度の飯より茶が好きなやつだ。
 ま、いいか。私は納得して起き上がった。
 しばし、ずず、とお茶をすする音が響く。私は胡坐を、霊夢は正座。
「フランドール」
「それ、魔理沙の人形?」
「そんなわけないぜ。
 なんか、地下にいたんだ。紅魔館の」
「ああ、レミリアが言ってたあいつってやつね?」
「たぶんそうだぜ。なんか、紫もやしみたいなのもいたけど」
「パチュリーでしょ?」
「あいつ、なんで紫色なんだ?」
「妖怪だから」
 あー、と納得。日光にあたってなさそうだしな、と応じると、
「それはあいつがもやしの理由よ」
「そうなのか? ま、なんでもいいぜ。
 ともかく、なんかレミリアの妹君っぽかったぜ」
「レプリカの?」
「それはわざとだな? そんな事言ったら黙っちゃいないぜ?」
「あいつが?」
「いや、絶滅危惧種」
「大切にしないとならないわねぇ」
「まあ、なにかやってもナイフ投げられたなら正当防衛だぜ」
「なるほど」
 と、また脱線した。
「で、そのレミリアの妹のドールがどうしたの?」
「フランが抜けてるぜ。
 いや、あいつ495年間地下で休んでいたらしいんだ」
「羨ましいくらい暢気ねぇ。
 でも、休んでた? 吸血鬼なのに?」
「病弱っ娘だぜ」
「まあ、いろいろ変なのに弱いしね。
 で、その病に臥せっていたフランドールがどうかしたの?」
「元気だったぜ。弾幕ごっことか」
「ふーん。
 で、その元気なフランドールがどうかしたの? 魔理沙も495年間休暇が欲しくなった?」
「私は週休二日だぜ。
 じゃなくて、そいつが言ってたんだ。また、独りぼっちなのか、って」
 つぶやいて、何となく自覚した。
 そうか、私は、それが気にくわないのか? でも、なんでだ?
「あー」
「重症ね。
 何悩んでるか知らないけど、気になるなら会いにいってくればいいじゃない」
「会いに、…………か?」
「別に行く分には問題ないでしょ?」
「あるぜ」
「あっても気にしないでしょ?」
「なるほど、それならないな」
 さて、ならば善は急げだぜっ!

「ぃようっ!」
「ひゃあっ!」
 シェスタしていた美鈴の耳元で大声を出してみたら飛び上がった。
「な、ななな、なにっ! 敵襲っ!」
「心外だぜ。
 普通の魔法使いだ」
「敵襲っ!」
「だから、敵襲じゃないぜ」
 なんか、すごく警戒されている。
 撃墜したりしただけなのに、
「そ、そう? なら何の用? お茶でも飲みに来たの?」
「あー、それもいいかもな」
 咲夜の淹れた茶は美味そうだ。
「ともかく、入るぜ?」
「せめて用件を言いなさい」
 ずずい、と前に立ちはだかる美鈴。
「フランドール、っているだろ?」
「い、妹様っ!」
 かなりびっくりされた。
「そんなに驚くことか?」
「そりゃそうよ。
 その、………………妹様に会いに来る人なんて、珍しいし」
 気まずそうに視線をそらしながら美鈴が言う。
 でも、そりゃそうか。
「じゃ、珍しい人のお通りだ。そこをどけ門番」
「何様よ? いいけど、でもどうしたの?」
 どうした? 改めて聞かれた。
 どうした、――――んだろう?
 フランドールに会って、私はどうするんだ?
 その問いの答えは、
「知らんっ、とにかく会いにきたっ」
「…………ま、別にいいか。
 妹様のお客さんなら無下にできないし」
 半分納得いかなさそうだったけど、それでも通してくれた。
「壊さないでよ?」
「別にそれが目的じゃないからな」

 のんびり、と紅魔館を歩く。
 特に弾幕をばら撒かないからか、周りにいるメイドも気にしない。
 気にしない、はずだけど、
「こんなところでなにしているの?」
 やっぱり例外がいた。
「散歩だぜ」
「外でやりなさい、外で」
 呆れた表情で腕を組むメイド。十六夜咲夜。
 呆れた。――でも、
「そんなに警戒するなよ」私は両手をあげて「別に弾幕遊びに来たわけじゃないぜ」
「そう?」今度は意外そうに「なら、何をしに来たの?」
 なにって、――えと、
 弾幕遊びじゃない。いいわけ程度に言って、それでも本心の言葉。
 別に、フランドールと弾幕遊びに来たわけじゃない。じゃあ、何しに来たか?
 ま、会えばわかるか。というわけで、
「フランドールに会いに来たぜ」
「妹様にっ?」
 また驚かれた。
「なんだよ。そんなに変か?」
「…………で、妹様に何の用事があるのかしら?
 出ようとしていたのを止めてくれたみたいだけど」
「何って、…………何だろうな?」
「茶化しに来たのなら帰りなさい」
 鋭い視線を適当に受け流して、ぼんやりと考える。
 フランドールに、何の用事があるんだ? 私は、
 わからない。だから率直に告げた。
「知らん。ただ会おうと思ったから会いにきた。
 まだ文句があるか?」
 なにか、絶句された。
 なんだよ? そんな変な事を言ったか? 私は、
「………………勝手にすればいいわ」
 すっ、となにか、怒ったような、変な表情で咲夜が背を向けた。そのままコツコツと去っていく。
「なんなんだよ。あいつ」
 気を取り直して、私は歩き始める。
 やたらと広い紅魔館。物珍しそうに私をみるメイド。
 そのすべてを適当に無視して、地下へ通じる階段へ。
「流石に、歩くのは面倒だな」
 ぼやいて箒に跨る。すぅーっ、と階段を滑り降りる。
 そして、――――

//フランドール・スカーレット

「……………………つまらない、なあ」
 ぼんやり、私は紅い部屋で呟く。
 慣れたはずなのに、――――――――

 鮮烈で、ただ、純粋に綺麗で、――――そんな、恋色の魔法。

「やだ、なあ」
 また、お外で遊びたくなっちゃった。
 だめなのに、お姉様が、だめだって言っているのに、
 お姉様は、たぶん、私のことを、――――――ただ、だめだから、
 だめだからここにいなくちゃいけない。ここにいるように、そう言われたからここにいる。それはいい、慣れた、諦めた、……のに、

 あの、綺麗な光が、もう一度見たくて、

「………………やだ、よぉ」
 人間をみたい、なんて、思わなければよかった。
 そうすれば、こんな思いは抱かないで済んだのに、当り前に、ここにいられたのに、
 と、
「ああもう、邪魔だなっ!」
 え?
「壊すなって言われているけど、ま、行くぜっ!」
 その、声は?
 声のしたほう、私を封じる紅の蓋。

 光、溢れる。

 その蓋を、綺麗な恋色の魔法が吹き飛ばした。

//霧雨魔理沙

「ふぅ、……ま、このくらいは必要経費だぜ」
 確か、香霖が何か壊してもこういえばいいような事を言っていたような気がする。
 さて、
「ま、魔理沙?」
「おう、魔理沙だぜ」
 きょとん、としているフランドール。
「なに、しに来たの?」
 何しにきた? ここに来るまでに何度か問われた言葉。
 だけど、結局見つからない。そして、ここに来てもわからない。
 何しにきた、か?
 ただ、
「そんな事はどうでもいいから、また遊ぼうぜ?」
「また弾幕ごっこ?」
 問われて、さて、と首をかしげる。
「いや、それは咲夜に禁止されているからな。
 別の遊びしようぜ」
「別? 弾幕ごっこ以外に遊びなんてあるの?」
「遊ぶことって、弾幕ごっこしか知らないのか?」
 なんか、それはないぜ。
「そうね。
 なんか、幻想郷に引っ越してきたときに咲夜が教えてくれたの」
「あれ? 人間に会ったことはないんじゃないのか?」
「咲夜って人間なの?」
 まあ、改めて聞かれると自信はない。時とか止められるし。まあ、人間じゃないかもな、どうでもいいが。
「ま、メイドが人間か人間じゃないかなんてどうでもいいぜ。
 それより、弾幕ごっこ以外の遊びをしようぜ」
「だからーっ、それってどんなのよ」
 うーん、と腕を組んで考える。手にあるのは八卦炉と箒だけ、
 あたりをみるけど、ソファと小さな机と椅子、ベッドだけの簡素な、そして、やたらと広い部屋。
 ぷくーっ、と膨れるフランドール。――よし、
「じゃあ、鬼ごっこでもやるか?」
「何それ、どんなの?」
「相手の体に触ったら追いかける方と逃げる方を交代するんだ。
 弾幕はなしだぜ」
「ふーん、…………魔理沙を捕まえればいいんだね?」
「そうだぜ。そのあとは私がフランドールを追いかけるから逃げる。
 それを繰り返す」
「何か意味あるの?」
「ないぜ。
 遊びに意味を求めたら面白くないぜ。とにかく、相手に触ったら交代だ」
 ぱっ、とフランドールが笑って、
「触ればいいんだね。
 なら、行くよっ!」
「っと、不意打ちは」ひらり、突進してきたフランドールをワンステップで回避し「ま、初めてだし大目に見てやるか」
 そして、箒に跨った。

「わ……忘れてた、ぜ。
 吸血鬼の体力って、底なしだったんだなぁ」
 疲れたぜー
「魔理沙ー、もう終わりなの?」
 ふわり、降り立つフランドール。
「流石に疲れたぜ」
「人間って不便よねー
 でも、楽しかった」
「そうか?」
「うんっ、あんなにお部屋の中飛びまわったの初めてっ」
 にかっ、と笑うフランドール。
 そして、何となく、ここに来ようと思った意味もわかった。
 わかった、から、
「んじゃ、私は帰るぜ」
「え?」
 そして、寂しそうな表情に一変した。
 だから私は、その綺麗な金色の髪を撫でて、
「今度はちゃんと別の遊び道具も持ってくるぜ。
 また、遊ぼうな」
「う、…………うんっ」

 ふよふよ、と私は家に戻る。それにしても、
「また、遊ぶか」
 何となくその場の勢いで約束してしまった。――けど、
「それもそれでいいか」
 何して遊ぶかな。改めて家をひっくり返しはじめた。
 あの少女と、また一緒に遊ぶために、

//パチュリー・ノーレッジ

 また、とため息をついて私は魔法を起動する。
 けど、
「ぱ、パチェ」
「妹様? どうしたの」
 珍しい、と内心驚きながら聞いてみる。
 私の本棚、その向こうから窺うようにこちらを覗き見る妹様。
「妹様? お久しぶりです」
「うん、久しぶり」
 私の使い魔にも挨拶をし、小悪魔は目くばせ、頷く事で紅茶を要求する。
「ともかく座ったら」
「うん」
 たたたたっ、と小走りでこちらへ。そして私の目の前に座る。
「それで、どうしたの? 珍しいわね」
「うん、その、パチェ。今日、魔理沙が来たの」
「魔理沙? ああ、あの白黒」
 妹様の部屋に突っ込んでいったので、止めた私を撃墜してくれた彼女。
 いつか、お返ししてあげないといけないわね。
 と、そんな事を考えながら、
「それで、どうしたの? 弾幕ごっこでもした?」
「ううん、鬼ごっこ」
 また、吸血鬼相手に酔狂な事をやるわね。
 とはいえ、やたら速く動く白黒と吸血鬼の運動能力を持つ妹様。結構甲乙つけがたいかもしれない。
「それで、また遊びに来てくれるっていってた」
「そう、よかったわね」
 酔狂は続く、あの白黒ならしょうがないわね。
 酔狂が白黒になって箒にまたがったらああなるかもしれない、と何となく思う。
「妹様、お茶です」
「ん」
 小悪魔の持ってきたお茶を両手で支えて飲みはじめる。こくこくと、
「血?」
「違いますよ。普通の紅茶です。
 ミルクたっぷりの」
「そう」
「それで、どうしたの?」
 飲み終わった頃合いを見計らって聞いてみる。と妹様はえっと、と。
「また、遊びに来るみたい。
 だから、おもてなしした方がいいのかな? どうすればいいの?」
 そんなこと私に聞かれても困る。
 とはいっても、妹様が頼ってきた貴重な機会。ふむ、と少し考えて、
 ふと、
「レミィは?」
「だめっ!」
 思わず立ち上がる妹様、やっぱり、とため息。
 どうにかならないものかしら? まあ、無理でしょうけど、
 永遠に紅い幼き月を思いため息一つ。
「とりあえずお茶とお菓子でも出してみればいいと思うわ」
 私もあまり誰かをもてなした覚えはないし、適当に言ってみる。
「う、……うん」
「あとで咲夜から調達しておくわ。
 明日ね」
「うんっ」
 自信なさそうな表情が一変、妹様は嬉しそうに部屋に戻った。
 それにしても、
「何するのかしら?」

//フランドール・スカーレット

「邪魔するわよ」
「あっ、パチェっ」
「はい、これ」
 パチェがくれた紅茶とクッキー。
「まだ魔理沙は来てないのね」
「うん」
 いつごろくるだろう。何して遊んでくれるのかな?
 早く、来ないかな。って、
「パチェ?」
「なに?」
 椅子に座って、そのまま本を広げるパチェ。
「どうしたの?」
「別に何でもないわ」
「パチェも魔理沙に会いたいの?」
 パチェは、ぎょっとして顔をあげて、しばらく何か考え込んで、
「………………そう、ね」
「じゃあ、パチェも一緒に遊んでくれる?」
「気分次第よ」
 ちぇっ、
 本を読み何も喋らないパチェ。
 私も話しかけることを思い浮かべられず、ただ、ぼんやりと考えた。
 魔理沙、今日は何して遊んでくれるのかな?
 どんなことをして遊んでくれるかな?
 紅茶、喜んでくれるかな? クッキーとか一緒に食べてくれるかな?
 そのときの反応を逐一考える。魔理沙。私と一緒に遊んでくれた人。

 知らなかった。そんな、無駄な時間が、こんなに楽しいなんて、

//霧雨魔理沙

「また、ずいぶんいろいろ持ってきたわね」
「そうか? ほれ、お前にも一つやろう。
 受け取れ、そしてこれからは無条件に私を通せ」
「いや、それは無理よ」
 ちぇっ、と美鈴に舌打ち。
 で、と美鈴は私が持ってきた本を見た。
「魔道書? じゃないわね。
 童話?」
「童話だぜ」
「童ってねぇ。私もだけど、ここにいる人はみんな貴女より年上よ?」
「そりゃまあ、レミリアなんて確実に私の二十倍以上生きているけど、」
 あるいは、彼女も、
「でも、童に見せるのは童話って相場が決まってるだろ?」
「……………………今日は通っていいわ。だけど、一つ約束して」
 美鈴は、真剣な表情で私を見て、
「約束して、途中で投げ出さないって」

 咲夜には会わなかった。私は紅魔館を適当に歩く。
 地下へ。大図書館を横切ろうとしたところで、
「あ、魔理沙さん」
「ん、……えっと、パチュリーの使い魔の、…………すまん、名前忘れちまった」
 ぱんっ、と手を合わせると使い魔はゆっくりと首を横に振って、
「名前はありませんよ。私」
 そういえば、使い魔なら名前をつけないのは不思議なことじゃないか。
「とりあえず、小悪魔、とでも呼んでください」
「ん、わかったぜ。
 それで、どうしたんだ? 私に相談事か? 今なら霧雨魔法店出張サービス中だぜ」
「…………なんですか、それ?」
「私の本業だぜ。
 異変解決から賭博の予想まで何でもござれだ」
「いえ、別に何もないです」
 ちぇっ、初めてのお客さんかと思ったんだけど、
「あの、これから妹様のところに行くのですよね?」
「そのつもりだぜ」私はバックを持ち上げて「今日はお土産持参だ」
「お土産?」
「童話だぜ。心温まる感動巨編ばかりだ」
 はぁ? と心底不思議そうに首を傾げる小悪魔。まったく、舐めすぎだぜ。
「そうですか。
 それと、パチュリー様も妹様のところにいますので、よろしくお願いします」
「パチュリーもいるのか? ま、ともかく、よろしくお願いされたぜ」
 何をお願いされたのかいまいちよくわからんけど、ともかく胸を張って応じる。
 小悪魔は、笑顔で頷いてまた本の奥に消えた。
「…………これも依頼になるのかな? しまった、依頼料に何か本をもらっていけばよかったぜ」
 ま、別にいいか。後でもらって行こう。
 さて、
「フランドールっ! 遊びに来たぜっ!」

//フランドール・スカーレット

「来たわね」
 パチェが顔を上げる。来た?
 と、
「フランドールっ! 遊びに来たぜっ!」
 ずっと聞きたかった声、同時に、ばたんっ! と扉が開け放たれる。
 その奥にいた、私と遊んでくれた人。
「魔理沙っ!」
「おう、魔理沙だぜ」
「本当に来たのね?」
「冗談なんていわないぜ?」
 ふぅ、と荷物を置く魔理沙、え、えと、
「今日は何して遊んでくれるの? また鬼ごっこ? それとも弾幕ごっこ?」
「あー、今日は読書だぜ。
 私に似合うだろ?」
 そう? とパチェに視線を向ける。
 パチェはふるふると首を横に振った。私も同感。
「魔理沙が読書なんてありえなーいっ」
「ありえないかっ! そこまで否定するのかっ」
「まあ、魔法使いなら必要なのは違いないけど、なにか、似合わないわ」
 そうか? と魔理沙は首をかしげた。
「読書? お手製の魔道書でも持ってきたの?
 見せてみなさい、採点してあげるわ」
「おう、存分に採点しろ。なんと桃太郎だぜ」
「……………………」
 パチェは、ぽかんとした。
 でも、
「魔理沙ー、ももたろうってなぁに?」
「それをこれから語り聞かせてやるぜ。ほれ来いやれ来い」
「その前に、紅茶でも飲みましょう」
 あっ、そうだ。
「魔理沙っ、クッキーと紅茶があるの。
 一緒に飲もう?」
「そうだな。まずはそっちもらうぜ。
 パチェはいらないな?」
「いるわ」

「む、これは美味いな。
 フランドールが淹れたのか?」
 おお、と驚く魔理沙。見てて楽しい。ただ、
「違うわ。咲夜よ」
「あー、なるほど納得だぜ。
 これも咲夜が焼いたんだな?」
 クッキーを食べながら呟く、パチェは頷いた。
 私も紅茶を一口、クッキーを食べる。
 比べたことなんてないけど、美味しい、と思う。
 上機嫌に食べる魔理沙。少し、咲夜が羨ましかった。

//パチュリー・ノーレッジ

「はー、美味かったぜ」
 御馳走様、と魔理沙。
「それで、魔理沙、どんな本を持ってきたの?」
 確か、桃太郎、――――童話よね。
 なんでそんな本を持ってきたのか、いまいち理解できない。
 少し、興味はあったのに、魔理沙の持つ魔道書。
「よっし、じゃあ読むか。
 フランドール、こっちこいこっち」
「うんっ」
「パチュリーも来い」
 ソファに仲良く並んで座る二人。――私は、
「ここでいいわ」
 そんな二人を視界に収められる。その程度の距離に椅子を引っ張り出して座る。
 ついでに机も、そこに自分の魔道書を置いた。
「なんだよ。どうせならパチュリーにもこの感動を分けてあげようと思ったのに」
 そんなに感動するものなの?
 魔理沙が持ってくるとしたらこの国の童話。……………考えてみれば、自分にはまったく接点ないわね。
 もしかしたら、何かのヒントになるかもしれないし、小耳にはさむ程度には聞いておこう。と私は本を開かずに、
「なら聞いてあげるわ。
 さっさと始めなさい」
「はやくー」
 妹様も魔理沙の肩を抑えて急かす。魔理沙は急かすな急かすな、と適当に言って、
「それじゃ、はじめるぜ」
 昔々、そんな切り出しから、ゆっくりと魔理沙の昔語りが始まった。

「――――めでたしめでたし、だぜ」
 ふぅ、と一息つく魔理沙。
 ふぇー、と感心する妹様。
「ふぅん、西洋とは違うのね」
「そんなに違うのか?」
「ええ」
 正直に言えば、想像以上に有益だった。これをとっかかりにしてこの国の土着の魔法を調査するのもいいかもしれない。
 頷く私を意外そうに魔理沙が見て、
「意外だぜ。パチュリーが興味持つなんてな」
「私は西洋から来た魔法使い、それで察しなさい」
 あー、と魔理沙がぼやいて、
「なるほど、魔法使いが神話民謡に興味を示さないわけないな」
「わかっているのね」
「私は普通の魔法使いだぜ? このくらい普通だ」
 そうね、と頷く。
「魔理沙っ、次の、次の聞かせてっ」
「うおっ」
 目をキラキラさせてにじり寄る妹様。
「なんだ、フランドールも興味津々だな」
「うんっ」
 それにしても、桃から生まれた、というのは何かのメタファーか?
 それに、鬼。確か幻想郷には鬼はいない、って前聞いた気がする。
 レミィや妹様は吸血鬼、――血を吸う鬼。ここにも鬼の文字が含まれている。
 なら、鬼とはどのようなもの?
「って、なんだよ。聞いてないじゃないか?」
「パチェも聞こうよー」
「そうね。
 魔理沙、さっきの本置いていきなさい」
「えーっ」
「だめっ、私が借りるのっ」
 むっ、
 魔理沙がごねるのは何となく予想していたけど、妹様まで興味を示すなんて、これは予想外。
「はあ、……じゃあしょうがない。
 これはパチュリーの図書館に置いておくぜ。けどパチュリー、フランドールが来たら貸してやれよ?」
「ま、それならそれでいいわ」
「はーいっ」
「それと、私が来たらその本はいいから別の本を貸してくれよ。
 私が死ぬまで」
「それは、貸すとは言わないわ」
 さて、
「それじゃあ、次は浦島太郎だぜ」
 むかーしむかし、変わらない切り出しに、私は大人しく、妹様は興味津々、と耳を傾けた。

//霧雨魔理沙

「霊夢ーーーっ」
 ざっ、と神社境内に着地。
「ん? ああ、魔理沙。
 どうしたの? お賽銭?」
「普通に違うぜ」
「そう、普通に残念ね。
 それで、どうしたの? お賽銭?」
「次言ったらしつこいぜ? 仏の顔も三度までだ」
「まだ二度目よ」
「二度あることは三度ある、だぜ」
「それでも仏の顔のままね。三度目だし」
 あーっ、
「で、冗談はともかくどうしたのよ?」
「本ないか?」
「はぁ? まあ、あるっちゃあるけど、ちょっと探してみるわ」
「掃除は?」
「そんなのゆっくりやればいいのよ。
 急ぐ必要はないわ」
 そういうものなのか?
「どういう本よ?」
「童歌とか、あとは、何か日本文学っぽいの希望だぜ」
「パチュリーの図書館は? あそこ本しかなかったわ」
「本棚もないんだな?」
 むぅ、とうめく霊夢。
「冗談はともかく、本ならそっち当たれば?」
「いや、ないらしい。
 ほら、外からきたみたいだろ? あいつら」
「いつの間に来たんだか。
 吸血鬼異変の後、だとは思うんだけど」
 あー、ととりあえず頷く。
「あれはあれで大変だったなあ。
 スペルカードとか弾幕ごっことかないからそれこそ殴り合いだし」
「あんたそんな事やってたの?」
「私の箒強度を甘く見るな?」
 しかもそれでなの? とあきれる霊夢。
「なんだよ、派手に蹴飛ばしていたお前より平和だぜ」
「武器を使うのが平和なのかしら? …………まあ、いいわ」
 針投げていたくせに、とは思うけど霊夢の興味が本に向かったのでここは静観。
「本ねえ、どこに片付けたっけ」
「本じゃなくても遊び道具ならいいぜ? わりと」
「誰と遊ぶの?」
 不思議そうな問いに、
「フランドールだぜ?」
 と、応じる。
「ああ、レミリアの妹の? なんだ、仲いいんじゃない」
「そう、か?」
 そう、なのか?
「仲いい相手だから一緒に遊ぶんじゃないの? よくわからないけど」
「お、じゃあ私は霊夢と仲いいんだな?」
 よく弾幕遊びするし、と呟くと、霊夢はきょとんとしていた。
「…………どうした? 吸血鬼が銀の弾丸をくらったような顔をして」
「さぁ? 銀の弾丸なんて持ってないから、そんな表情知らないわ」
「そうだな。というか鉄砲自体ないぜ?」
「霖之助さんのところにあったわ。
 火を噴くそうよ?」
「……それ、鉄砲なのか?」
 とはいえ、私はポケットの中に眠る相棒を軽く叩き、
「私はそんなのよりこっちの方が好みだぜ」
「同感ね」
 それが、私と八卦炉に関してなのか、あるいは自分と陰陽玉に関してなのかはわからないけど、
 当たり前だぜ。胸を張って応じた。
 どれだけ強力な武器よりも、ずっと一緒に闘い続けた相棒の方が、いいに決まってる。
「ともかく、…………えっと、ここに何冊か、と。
 はい」
「お、助かるぜ」
「返さなくていいわ。もう読まないし」
「そうなのか?」
 やたら重たい古書。中をみると、童話というよりは神話の類。
「ええ」霊夢はとん、と自分の頭を軽く指で叩いて「全部入っているもの、内容は」
「マジ?」
「マジ、記紀神話くらい頭に入ってないと、巫女なんてやってられないわよ」
「霊夢、勉強なんてしていたのか?」
 いや、そりゃ当然するだろうけど、――霊夢、変な事に詳しい。
 が、
「勉強?」小首をかしげて「茶と茶菓子傍らに寝転がって本を読むことって勉強なのかしら?」
「…………あー」
 やっぱりこいつらしいわ。それで内容を覚えるような事も含めて、

//フランドール・スカーレット

「また、明日も遊びに来てくれるんだよねー」
 楽しみだな。魔理沙のおいていった本をベッドに寝転がって読みながら思う。
 また、一緒に遊びたいな。
 ずっと、――――ずっと、一緒に遊んでいたいな。

//パチュリー・ノーレッジ

「楽しそうですね。妹様」
「そうね」
 我がことのように嬉しそうに言う小悪魔。
 確かに、妹様は楽しそうだった。今頃童話を読みふけっているだろう。
 ――――とはいえ、
「パチュリー様?」
「何でもないわ」

「ねえ、パチェー、今日は魔理沙来ないの?」
 心細そうに呟く妹様。
「今日?」
 ああ、一日終わったのか? 私は魔理沙から借りた童話と手元にある魔道書から視線を上げる。
 童話は浦島太郎。竜宮という異界に行った若者の話。
 時間軸のずれ、そして、その巻き戻り。世界の修正。――――は、いいとして、
「毎日来るわけじゃないでしょう」
「えーっ」
 私に文句を言われても困るわ。
「ずいぶん気にするのね。待つことなんてなれているんじゃないの?」
 なにせ、495年間地下で過ごしてきた少女。たかが一日二日で、――――ああ、
「なれてなんか、ないわよ」
 ふいっ、とそっぽを向いて歩み去る妹様。
 そう、か。
 待つことと、耐えることは、また、違う。

 495年間、存在し続けることしかできなかった妹様。

「よう、パチュリー」
「あら、来たの?」
 妹様が来てから数時間後、時刻にして午後二時、いろいろな物を抱えた魔理沙が現れた。
「おう、来たぜ」
「そう、妹様がお待ちよ?」
「なんだ、パチュリーは待ってないのか?」
「待ってはいなかったわ」
 腰を上げる。
「なんだ、待ってないのに来るのか?」
「また何かあるかもしれないわ。
 それを見逃すのは魔法使いとして普通かしら?」
「普通じゃないな」
 なら、言うまでもないでしょう?

「あっ、魔理沙っ」
 ここ数年分の回数を数日で訪れた妹様の部屋。暇そうにしていた彼女はぱっ、と笑って駆け寄ってきた。
「おう、来たぜ。
 じゃ、次は何して遊ぼうか?」
「ほかに本とかあるの?」
「あるぜ。…………って、とは言ってもそんなに広くないな。
 凧とか持ってきたんだけど」
「蛸? 海洋生物?」
「そんなの持ってきてどうやって遊ぶんだ? 食うのか?」
 く、食う?
 蛸、その言葉から思い浮かべるのはあの赤くて足が八本ある海洋生物。あれを食べるの?
 見ると、妹様も変な表情で、
「あれ、食べられるの?」
「焼いても刺身でも食べられるぜ」
 …………また、これも一つの発見ね。とりあえず食べる機会はないでしょうけど。
「ふーん」
「よし、じゃあまた話でも読むか。
 とりあえず霊夢のところから変な本をもらってきたからそれだぜ」
「あの巫女、本なんて持っていたのね」
 意外といえば意外。
「聞かせてっ、魔理沙っ」
「おうっ」
 そして、私もまた耳を傾けた。

 ゆっくりと、三人の魔法少女の時間が過ぎる。
 一人は本を手に聞かせるように丁寧に声を上げて読み、
 一人は読み上げられる本を嬉しそうに、楽しそうに聞き入り、
 一人は少し離れて内容を自分の知識を掛け合わせて吟味して、
 三人の時間がゆっくりと過ぎた。それはそれで、穏やかな時間。

//霧雨魔理沙

「――――さて、帰るか」
「あ、……もう、帰っちゃうの?」
 立ち上がって箒をつかむ私に、フランドールが寂しそうに声を掛ける。
 パチュリーも何となく残念そうだが、そうでもないかも知れない。まあ、いいか。――――っと、そうだ。
 明日、霊夢の家に行こうと思ってたんだ。遊びに、というわけで、
「ああ、それと、明日は来ないからな」
 約束があるし、と言って箒を掴む、――――っ!

 滲む、紅色。

「――――だ」
「フランドール?」
 うつむいて、震えるフランドール。パチュリーがため息一つ。
「やだっ!」
「はぁ?」
「やだやだやだやだっ! 明日も遊びに来てっ! 来ないなんて言わないでっ!」
 って、おい、
「あのなぁ、私にも用事ってものがあるんだ。
 そういうわけにはいかないぜ」
「やだぁぁあっ!」
 ごっ、と鈍い音。
 私は箒をつかみまたがる余裕もなく急上昇、パチュリーは精霊魔法を張り巡らしてかろうじて防御。
 そして、フランドールから放たれた波紋が私とパチュリー以外の部屋にあった全てを蹂躙した。
「フランドールっ!」
「ずっと、ずっと魔理沙と遊ぶっ! もう、独りぼっちはやだっ! もう、絶対に離さないっ!」
 癇癪を起して暴れるフランドール。解き放たれる弾幕の体をなさない波紋は全方位に無秩序にばら撒かれる。
 なんだよ? これ、
「まあ、予想通りではあるわね」
「っと、…………うわっ! パチュリーっ! 予想どおりってどういう事だっ!」
 波紋を無理矢理粉砕して、空いた穴を抜け、その聞き捨てならない言葉に怒鳴りつける。
「フランドールが暴れることがかっ!」
「ええ」
「どういう事だっ!」
 波紋を回避しながら会話に意識を向ける。――大変、とは思うけど、

 ぽう、と音。

「お、すまないな」
「あの紅白巫女の結界じゃないから、数分持たないわよ」
 精霊魔法を周囲に展開し、壁を作ってくれたパチュリー。
 心強い、とは思うけど、それを砕こうとしているのがあの赤い凶悪な破壊力じゃ、まだ心許無い。
 だから、
「それで、どういう事なんだ?」
「聞いたことなかった? 妹様は495年、独りぼっちだった。
 そこに貴女が遊びに来た。独りじゃなくなった。
 孤独だった妹様は、誰かがいるという楽しさを知った。そしたら、もう、孤独には耐えられない。
 だから、孤独にならないために貴女が離れるのを怖がる。これはその癇癪ね」
 わかる? とパチュリーは防御の魔法維持に汗を流しながら私を見て、
「妹様に孤独という怖さを知らせてしまった。「私の責任、か」」
 美鈴が途中で投げ出すなっていったのは、こういう事か。
 咲夜が私に怒ったような視線を向けたのも、これか、
 だから、確かに私の責任だ。
「どうするの? 言っておくけど、」
 私はパチュリーに手を振って大丈夫、と告げる。
「これは私の責任だぜ。
 人と係わったのなら、別れは必定だからな」
「そうね」
 だから、――私は箒を握る。
「私の人生換算で、長い付き合いになるかもな。
 一応言っておく、よろしくだぜ?」
「私の人生換算だと短い付き合いかもしれないけど、
 そうね。――とりあえず言っておくわ、よろしく」
 そして、と、パチュリーは波紋の中心、泣いている彼女を見て、
「妹様の人生換算でも、短い付き合いよ。
 その短い付き合いで、変えてみなさい。495の独りぼっちを」
 その言葉に、私は帽子を下ろして笑う。――返事はもちろん、
「言われるまでもなく、だぜっ!」
 展開され続ける波紋、あたりを砕く音はフランドールの泣き声のように響く。
 泣いている、か。
 私は箒を握り、波紋を見据える。

「なら、その恐怖、打ち砕いてやる」
 もう、独りじゃないよ。と、――笑みを持ち、箒を握り、その身に星の輝きをもって、

「その手をとれる場所まで、邪魔なものすべて砕いてっ!
 駆け抜けろ、――――恋の箒星っ!」

 独りぼっちはいやだというなら、
 その恐怖を砕き、大丈夫だよ。と、言ってやる。その願い、叶えよ流れ星っ!

「ま、――――り、さ?」
「よう、フランドール」
 突撃、そして、飛び降りてフランドールを抱きしめる、そのまま勢いを殺せず仲良く床に転がる私たち。
 そして、そんな私をぼんやりと見上げるフランドール。
「今日、帰っちゃうの? 明日、遊びに来てくれないの?」
「ああ、今日は帰るぜ、明日は来ないぜ」
 ぎゅっ、と離さない、と力が込められる。
 だけど、
「明後日、また遊びに来る。
 約束だ」
 え? と顔があげられた。
「来てくれるの?」
「ああ、約束するぜ。
 また遊びに来るって」
「明日も、一緒に遊びたい」
「それは出来ないぜ?
 私はフランドールの玩具じゃない。私は私だぜ。
 それとも、フランドールはただ命令したことを、そのまま実行する玩具が欲しいか?」
「え?」
「なら、」
 私はフランドールの頭を寄せて、首筋にその唇を触れさせる。
 柔らかい感触は、戸惑ったように震える。
「私を眷属にするか? そうすれば、私はフランドールの命令だけを聞く玩具になる。
 ずっとここにいる事も出来る」
 どうする? という問いに、フランドールは答えない。
 ただ、うつむいて、何かを否定するように小さく首を振る。
 そして、別の言葉を、答えた。
「じゃあ、私はまた、独りぼっちになっちゃうの?」
「だからまた遊びに来る、約束だぜ」
「ほんと?」
「ああ、約束だ。
 この霧雨魔理沙。一度した約束は破らないぜ」
 うん、――フランドールは頷いた。
 私は起き上がり、フランドールを立たせる。
「だからさ、フランドール。
 さようなら、って、言ってくれるか?」
「え?」きょとん、と目を見開いて「私、が?」
「ああ、そうだぜ。
 挨拶は大切だぜ?」
 なあ、とパチュリーに視線を向ける。私の意図を汲んでくれたのか、肩をすくめて、
「そうね。とてもとてもとても大切ね。
 魔理沙がちゃんと挨拶とノックをして、図書館に入ってくれればいいんだけど」
「これからは気をつけるぜ。
 返事は待たないが」
「何のためのノックよ」
 フランドールは、恨みがましそうに私を見ている。
 当たり前、か。
 独りぼっちだった、ということ偽りがあるとは思えない、眷族にする、という提案もさんざん悩んだんだろう。
 けど、それでも、しなかった。否定した。
 私は待つ、パチュリーもなにも言わず、フランドールは言いたくなさそうに、否定するように首を横に振る。
 でも、それでも、な。
 それでも、いつかは言わなくちゃならないんだよ。
 これから、ちゃんとそのことを教えてやらないとな。――また、難儀な奴と友達になっちまったな。と内心で苦笑する。
「ま、魔理沙っ!」
「おう」
「また、遊びに来てくれるんだよねっ」
「私が約束を破るように見えるか? 信用ないぜ」
「…………」
 ジト目で見られた。たぶん、パチュリーは信用してないんだろうな、私のこと。
 それを聞いて、フランドールは、ん、と小さくつぶやいて、
 言いたくなさそうに、でも、それでも、
「さようなら、……魔理沙」
 そう、言った。
 よしっ、ちゃんと言ったっ。
 当たり前の、どうでもいいような、小さな儀式。
 私はフランドールの髪をなでる。よく言ったな、と。
 さて、
「それじゃあ、さよならっ、フランドールっ」
 箒を掴んで飛び出した。……そして、聞こえた小さな声。

「約束、だよ。
 また、遊びに来てね」

 当たり前だ。

//フランドール・スカーレット

 あれで、よかったのかな?
 独りぼっちの一日、私はぼんやりとベットに座っていつも通り過ごす。
 いつも通り、――だけど、ぐるぐる頭を回っているのは魔理沙の言葉。
 魔理沙を眷属にする。
 初めてのこと、魔理沙を、玩具にする。
 そうすれば、よかったの、かな?
 だけど、それは、――――
 まだ、地上にいたころ、眷属というのをみたことがある。
 虚ろな、空っぽな表情。
 眷属にしたい、そう思った、魔理沙とずっと一緒に遊んでいたかったから、
 出来ることなら部屋から出したくない。毎日毎日一緒に遊んでいたい。
 だから、眷属にしようと、そう思った。――――思った、思った、…………のに、

 魔理沙の笑顔が、あの空っぽな表情になってしまう。――――それが、怖かった。

 翌日は曇天、今にも雨が降りそうな天気。
 そんな中、私はつらつら考える。
 明日、魔理沙来てくれるかな? と、
 一緒に遊んでくれるかな? がまんして待ってれば、遊びに来てくれるかな?
 期待する半面、怖くもある。
 昨日、思わず癇癪を起して、弾幕ごっこじゃない、加減抜きに魔力を暴走させた。
 人間の強度はよくわからないけど、――――ただ、私は間違いなく魔理沙を殺しかけた。
 掌をみる。そこに、あの時の自分の『目』はない。だから枕に顔を押し付けた。
 壊したくなるほどの後悔。魔理沙、怒ったよね?
 殺されかければ誰だって怒る。――――怒って、もう、来ないかもしれない。
 そんなことない、よ。だって、約束してくれた。
「魔理沙ぁ」
 思わずもれた呟きの意味はわからず、――――ぐちゃぐちゃの心は壊れた破片のように繋がらない。

 雑音が響き続ける心に同調するように、曇天がゆっくりと雨音を奏で始めた。
 それは、翌日にさらに勢いを増す。

 ざぁざぁ、ざぁざぁ、ざぁざぁ、
 ごぅごぅ、ごぅごぅ、ごぅごぅ、

「――――あ、れ?」
 蝙蝠に散らばり、内緒で抜け出して外を見る。そこは、暴風雨。
「うそ、――――――」
 すごい風、それに横殴りの雨。いつもは門にいる美鈴も、メイドも、誰もいない。
 それを見て、私は部屋に歩を進めた。
 とぼとぼ、と。自分の足音がいつもより重く感じた。

「妹様?」
 地下に戻る途中、パチェがいた。
「元気なさそうね」
「外、すごい天気だから」
 魔理沙が来てくれない。その言葉は続けなくてもパチェはわかってくれたと思う。
「今日は寝てる」
 そう? とパチェはそう言って、
「起きてなさい」
 え?
「魔女は契約を蔑にしないわ。それがたとえ、口約束程度でも、
 だから、起きるだけ起きていなさい。貴女が信じられるのなら」
 パチェは、眠たそうにそういってふらふら大図書館に入っていった。

 言われたから、というわけじゃないけど起きている。
 でも、何もせずぼんやりと、いつもどおりに座っている。――――……そうだよね。
「いつも、通り」
 膝を抱えて顔を隠す。
 いつも通り、地下にずっといた。そのまま、いつも通り。
 膝を抱えて泣きながら笑う、あははは、と空虚な泣き声にぽつりとつぶやき。

「私は、」

 そんな事はない。――――ずぶ濡れの魔法少女が紅魔館を飛翔する。

「結局、」

 そんなこと言わせない。――――纏わりつく白黒の服を鬱陶しく思い、怒鳴るメイド長を無視して突き進む。

「また、」

 約束したから、会いに行く。――――地上を走る彗星を紫色の魔女が笑みを浮かべて見送る。

「独りぼっちだ」

 その言葉を掻き消すように、恋色の彗星が紅の蓋を叩き壊す。
 煌めく光になお劣らぬ笑顔で、彼女は言う。

「よぉ、遊びに来たぜ。フラン」



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