「洩矢様ーーっ」 ずばんっ、と音が大きな一室に響く。その音が響いてびくっ、と中央にある小さな布団が震えた。 「ん、あーうー」 寝ぼけたような声の聞こえる中央の布団、それがもそもそと動いて、 「あうー」 動きが止まった。 「洩矢様っ!」 すたすたすたすた、扉を開けた少女が早足で歩み寄る。 そして、 「起きてくださいっ」 問答無用で布団をはぎとった。 「あうー」 もそもそ、布団の上でまどろんでいるのは小さな少女。 少女、――洩矢はもぞもぞと動いて、のっそりと顔をあげた。 「おはよー、佐久良」 のんびりとしたい挨拶に少女――佐久良はため息。 「おはようではありません。洩矢様。 本日はお祭りでしょう?」 「あうー? って、私やることあったっけー?」 起きぬけのぼんやりとした頭のまま首をかしげる。確か、 「ああ、そうだ。 みんなに挨拶に行かなくちゃいけないんだね」 「はい、そういうわけで起きてください」 「これはこれは、洩矢様。おはようございます」 「おはよー」 社を出ると道を進む御左口が、その蛇の体を器用に曲げて頭を下げる。 蛇の姿ながら礼を尽くした態度に洩矢はにこにこと笑いながら挨拶を返した。 「今日はお祭りなんだよ。 みんな遊びにおいでね」 「はい、しかと。 周りにもお伝えしておきましょうか?」 「それはいいよ。 これでも王なんだから、ちゃんと仕事はしないと」 「はい、では楽しみにしております」 言葉を交わした御左口はするするとどこかへ。洩矢はそれを見送って、またこの地に宿る御左口を祭りに誘うため歩き出した。 実際の仕事は蟹河原や須賀といった有力者たちの仕事だけど、この地に宿る御左口に呼びかけ、祭りに参加をさせるのは王たる洩矢のやることだ。 ま、楽しいからいいけどねー、洩矢は気楽に歩き出した。 「あー、疲れたー」 「お疲れ様です。洩矢様」 それと、と佐久良は苦笑して、 「いらっしゃい」 「遊びに来たーっ」 「おねーちゃんあそぼーっ」 いったいどこをどう回ったのか、神である洩矢のあとからぞろぞろと子供たちが顔を出す。 佐久良は苦笑。神様ってこれでいいのかしら、と思わなくはないけど、 ま、楽しければいいわね。 「おねーちゃん、お供え物ー」 「これもっ」 ずずい、とつきだされた野菜などなど食べ物、お供え物っていうか差し入れじゃ? 「ちょっとちょっと、お供え物だったら私に頂戴よっ」 洩矢が不満そうに顔を出して、お供え物を突き出した女の子が首をかしげる。 「でもー、お供え物はおねーちゃんにするものだっておっかさん言ってた。 佐久良様ー」 はいっ、はいっ、と野菜やら何やらを突き出す子供たち、その向こうにいる洩矢はおもしろくなさそうにしている。 そちらを無視して、うん、と頷き子供たちからお供え物をもらう。 「よっし、それじゃあ遊ぼうっ」 「あそぼーっ」 それーっ、とぱたぱた走っていく子供たち、少し見えた自分が仕える神様も不満そうな表情はどこへやら、満面の笑顔で子供たちと遊び始める。 「あらら、御左口様たちも」 そのあとを追うには御左口たち、神も人も王も民も、皆混じって境内で思い思い遊び始めた。 「あれでいいのかしらね」 「いいわけはないでしょうけど」 独り言に、似たような笑みを含んだ声。 「洩宅様」 視線を向ける。目の前にいる洩矢の子である洩宅がいる、神、と呼ばれる存在である彼女は人間臭い優しい微笑で、 「とはいえ、いいかな、と思ってしまうのですよ。 今も昔も、人と、神と、ともに戯れられるのなら、…………そこに、笑顔があるのならなおさら」 「そうですね」 頷いて、背を向ける。 さて、お茶の準備と祭りの準備、やることはいくらでもある。手の中にある野菜もしまわないと、 遠く、子どもたちが遊ぶ声が聞こえる。その中に混じる神の笑い声。 願わくば、―――― 「安心しなさい、佐久良」 洩宅は優しい微笑で、 「この平穏を乱す輩には、祟りの威を持って撃退するわ。 それが神である御左口たちの意思。だから人である貴女は人の世の平穏を見守りなさい。私たちの、――――洩矢様の治めるこの地に宿る魂として」 「はい」 ――――願わくば、この平穏が末永く続くことを、 「おーっ、賑やかだねー」 「それはもう、お祭りですから」 祭りにはしゃぐ子供そのものの表情で辺りを見る洩矢に、一緒にいた佐久良は微笑する。 「おおっ、洩矢様、佐久良様」 「あっ、おねえちゃんだー」 「洩矢ちゃんこんにちわー じゃなかったっけ? こんばんわー」 祭りに参加していた人がいっせいに沸いた。洩矢と佐久良はその様子に、片や満面の、片や静かな、笑顔で応じる。 「これっ、洩矢様と呼びなさいっ」洩矢ちゃんと呼んで手を振った子供の母親が慌てて頭を下げ「申し訳ございません。洩矢様、まだ分別もつかない子供ゆえ」 「いいよー子供だもんね。 ただ、ちゃんと礼儀は学ぼうね。大切なことだから」 「もちろんです」 むん、と小さな胸を張る洩矢に母親は畏まって頭を下げ子供は首を傾げる、佐久良は胸を張っても威厳なんてあんまりないのに、とぼやく。 と、 「洩矢様」 するすると、御左口たちも集まり始めた。うん、と洩矢はたたたたっ、と走る。 少女の軽快な走りにぶつかる人はいない。祭りの準備をしている人、辺りを見て回っている人、その誰もが自らの神を見て一礼し道を開ける。 奥の山から、古い木々から、岩から、そこに宿る御左口たちも顔を出して駆ける王を見る。 道が空いたこと、それに興味を持ってこれ幸いと洩矢に続く子供たち。そして、洩矢は、とんっ、と軽い足取りで神原廊へ。 しんっ、と空気が静まる。 ここに、王であり神である少女の言葉が祭りの開始を告げる。 「また今年もここ洩矢の王国は大過なく時を迎えることができた。 人の信仰が神を支え、神の加護が人を助けた。 人と神の融和こそこの地の幸いと知れ、ゆえに、人は神を崇めよ、神は人を助けよ。 この地の幸いを望むのなら、双方忌憚なくともにあることをここに誓え」 そして、と洩矢は手を上げる。 その手に持つのは佐奈伎鈴。祭りの開幕を鳴らす鈴を掲げて、 「その誓いをもって、宴を盛り上げよ。 今宵この場こそ神と人の融和の証と知れっ!」 鈴を鳴らす、神意に響く鈴が人と御左口に響き、――――人が、万物に宿った御左口が、それぞれの返事としてそれぞれの音を返す。 響き渡る歓声。大人も子供も人も神もそれぞれの返答をし、――――すべての民の意を受けた王は頷く。 「さぁっ! 開祭っ!」 一度始まってしまえば祭りは参加者が思う存分気楽に盛り上げる。 神も人も、神遊びの名にふさわしく遊び踊り舞い楽しむ。今宵は神遊びの刻限。大人は笑い合い少年は駆け回り少女は舞い踊り神は遊び楽しむ。 洩矢の祭りは一晩を遊び明かした。 「あーうー、ここでいいのかなあ?」 洩矢はあたりを見回しながら呟く。 この地方を治める主、呼び出されてみても誰もいない。 誰かいる、と聞いていたんだけどね。とため息。 「疲れ――――っ!」 反射的に回避、直後に地面が砕けた。 「はっ」 振り向く、そこには、二本の角をもつ小柄な少女。 「このっ!」 「んっ!」 追撃、だけど遅い、洩矢は手を振り上げる。 創造された土が突き上がりその追撃を阻む。――――否。 「いっ?」 追撃は止まり、刹那の判断で少女は霧散。 「はああっ!」 振り下ろした拳を、洩矢は自身の足元に創造した土に乗ってよける。創造した大地は少女の一撃で砕けるが「甘いよ」 創造継続、砕けた土を媒介にさらに土を連続創造。 散った土の一つ一つが岩石の質量をもって少女を叩き潰せと迫る。 「なめるなっ!」 対して、叩き潰される少女は拳を握る。 「うわ」 次に驚いたのは洩矢。 無数の岩石が、無理やり萃められ、圧縮し、粉砕し、砕け散った。 たんっ、と空中にいる洩矢に少女は跳躍一つ、――――できない。 「ちっ」 足元、創造された大地が食らいつく。 が、伊吹の名をもつ少女に物理的な束縛は意味をなさない。自らの存在を散らして「その芸、見あきたよ」 ごっ、と散ろうとする存在すべてを叩き潰すため迫る巨大な岩盤。 大質量を持って全存在を叩き潰す。――――刹那に、―――― 「呼ばれたのに、その歓迎はないんじゃないかなあ」 洩矢は自ら砕いた岩盤の向こう、茫然する少女を見た。 「いや、すまないね。 まさか、親父殿の客がこんなにちっちゃな小娘はとは思わなかったよ」 「あんただって小娘じゃないか」 うるさい、と少女――伊吹童子は洩矢を伴って奥へ。 「言っておくけど、親父殿はまだ治りきってないんだ。 くれぐれも妙な真似するなよ」 「ああ、だから警戒してたんだ」 当たり前だ、と伊吹童子はため息。 「で、私に何の用事なの? わざわざ使者まで出してさ」 「あんたの、今の能力が必要なんだってさ」 「私のねー」 何に使うんだろ? 気楽に考えながら、――と、 「ここだ」 「おっきいねえ」 見上げるほど巨大な社。――のわりには、 「この中にいるの?」 「そうだよ」 伊吹童子は先に進み、「親父殿、お連れしました」と、扉を開けた。 その奥にいる。その存在。 「来たか」 ずるり、巨体が動く。洩矢は見上げて確か、と。 「具合、あまりよくなさそうだね。 伊吹の蛇神」 ずるり、――――八の顔が鎌首をもたげた。 薄暗い部屋。洩矢は出された酒を、伊吹の蛇神は白湯をそれぞれ飲む。 「酒じゃないの?」 「懲りた」 懲りたか、あんな眼にあっちゃあねえ。 話は聞いている、酒を飲んで酔っ払ったところで首を落とされたとか。 「で、私に何の用?」 盃を傾けながらの問いに、 「聞くところによれば、そなたには大地を創造する能力があるそうだが」 「ん〜、まーねー」 頷く洩矢に伊吹の蛇神は頭を小さく垂れて、 「なら、手伝ってほしい事がある」 「要件次第かなあ?」 呟く洩矢は抜け目なく伊吹の蛇神を見る。 唯々諾々と従うわけにはいかないよね。 外見は幼いながらも洩矢の王国を作り上げ、繁栄させた王。故の冷静な打算を持って、 「私は何を協力するの? と、見返りは? ただ働きするほど私の能力は安くないわよ?」 「然り」 伊吹の蛇神は白湯を一口。 「見返りだが、――技術と設備の供給を約束しよう。 やってほしいことだが、大地に含まれるとあるものが欲しいのだ。そなたにそれを創造してほしい」 真っ赤に焼けた灼熱の部屋に、洩矢や幾柱の御左口、人が集まる。 人は上着を脱ぎ、筋骨たくましい上半身を汗で濡らし、洩矢は自身の能力により作り上げた土の行方を興味深く見守っている。 御左口のうち、風を司る一柱が風を送り、火を司る一柱が灼熱させる。 灼熱したそれを人が槌で叩き、洩矢は創造した砂鉄を送る。 かーんっ、かーんっ、と甲高い音が響く。風を送る音がごうごう、と潮騒のように流れる。 ざわざわと人が集まる。そして、 「できました。 水をお願いします」 するすると水に宿る御左口が現れ、灼熱したそれを水で包む。 膨大な蒸気があふれた。水が焼かれる音が響き、その蒸気を御左口が風を操り押し流す。 そして、 「これが、鉄?」 伊吹の蛇神から創造した大地と引き換えに教えられた製鉄。洩矢は自分たちで作ったそれを改めて見つめる。 「はい」冷めたことを確認した鍛冶師がそれを受け取り「まだ、加工できますが、どうぞ、お確かめください」 恭しく差しだされた鉄を洩矢は受け取る。 御左口の水により冷却された鉄は冷たい。今まで使っていた青銅などに比べて冷たく、味気ない。 だが、それでも、 「これ、みんなで作ったんだね」 「はい。 洩矢様に創造していただいた砂鉄を使い、御左口様に火と風と水をいただき、我々の手で作り鍛えました」 そっかあ、と優しく微笑みながらその鉄を抱きしめる洩矢。 みんなで作った、そのことが嬉しくて、それぞれの力で協力して作り上げたことがただ嬉しくて、 「ところで、本当にその形でよろしいのですか?」 問いに、洩矢は改めて手元の鉄を見る。――鉄、形状は、輪。 洩矢の小さな手のひらと同じ大きさの、小さな、鉄の輪。 「うん、これがいいの」 そして、洩矢は申し訳なさそうに、 「その、ごめんね。あんまり役に立つようなものじゃなくて」 鎌など、農具に加工したほうがいいに決まっている。 それでも作り出された鉄が輪の形をしているのはつまり、 「いえ」鍛冶師の男は照れくさそうに笑って「もともと洩矢様に捧げるつもりでしたから、洩矢様のご希望があればそれに越したことはありませんよ」 どのようなものがいいか、そう聞かれた洩矢はこの形を指定した。 希望通りのもの、それが出来て、洩矢は満面の笑顔で、 「ありがとう、みんな」 その言葉に、男たちは笑って、――そして、 「ぃよしっ! それじゃあ仕事に戻るぞっ。 これからこの国を発展させる最先端にいることを、自覚して行けよっ!」 おおっ! とその場にいる男たちが気合いの声を上げる。 「無理しないでよ?」 苦笑する洩矢。でも、とまだ若い青年が、 「そりゃ、大変ですけど、でも、俺たちもできることやりたいんですよ。 やっぱ、洩矢様や御左口様たちに比べりゃ出来ること全然少ないですけど、それでも、この国好きですから、この国のために出来ることしたいんです」 照れくさそうにつぶやかれた言葉、その言葉に洩矢は、嬉しくて、ありがとう、そう言おうとして、 「若造が何言ってやがるっ! 未熟者の分際でーっ!」 壮年の男が笑いながら声を上げる。若者は顔を赤くしてそっちに向かって吠える。 「う、うるさいなあっ!」 「その思いをお前だけの特権にするんじゃねえっ! 男は黙って働いてその思いを遂げろっ!」 「ああもうっ! 解ったよっ!」 喧々囂々、踏鞴場は一瞬で男たちの声で満たされ、それに追加される作業の音。鍛鉄の音が響く。 洩矢はしばらくその光景を見ていて、ふと、手の中の鉄の輪を見る。 その意味は、―――― 「幸いなことですね。王よ」 「うん、――そうだね」 御左口の言葉に、王は頷いて応じた。 鉄を打つ音、炎の猛る音、風の吹く音、水の鳴る音、――――そして、人の唄う音。 そのすべての音を、子守唄みたい、と洩矢は聞いていた。 手の中の鉄輪を握りしめて、静かに聞いていた。 材料を創造し、鍛冶師と御左口は再度製鉄に戻る。一足先に洩矢はできたばかりの味気ない鉄の輪を持って自分の社へ。 「あら? 洩矢様。 どうしたのですか?」 「あっ、佐久良っ。みてみてっ、これこれっ」 ずいっ、とつきだされた小さな鉄の輪に佐久良は首をかしげて、 「これは、――――先ほど洩矢様が呼ばれた製鉄の? また、随分変わった形ですね。洩矢様の希望、でしたけど」 「うん、この形がよかったの」 「そうですか」 それにしても、と一目で見てわかるその表情を見て、 「嬉しそうですね、洩矢様」 「だってっ、人と私と御左口がみんなで作ったのよっ」 それがすべて、と胸を張る洩矢に佐久良は、はあ、と首をかしげて、 「なんか、…………記念品かなんかみたいな理由ですね」 とりあえず思いついたことを言ってみた。 「うん、――記念、かな。 みんなで何かをやるって、いいよね」 はあ、とあまり実感のわかない佐久良は首をかしげそうになる、けど、 洩矢は、ずっとずっと昔からここにいた。神であり王である彼女は、自分の知らないことをたくさん見てきた。 人でない存在、神、――――だから、その眼がみているものは、 「そうですね」 できれば、その眼に映るものを私もみてみたい、その思いを込めて頷いた。 「あ、そうだっ!」 いいこと思いついた、と洩矢はひょい、と佐久良の前に、 「どうしましたか?」 足を止める佐久良に洩矢は手の中の鉄を見せて、 「これ、私の服に縫い付けてくれる?」 「は、あ?」 妙な声を上げる佐久良に洩矢は「あうっ」と小さく声をあげて、 「だめ、かな?」 おどおどとした問いかけ、佐久良はそんな不安そうな表情に微笑を返して、 「かまいませんよ。 でも、何だかお守りみたいですね」 「…………お守り、かあ」 何気ない言葉、おそらく、何となく言った言葉を洩矢は繰り返した。 そうだね、と。 手放したくなかった、できれば、いつも身につけておきたかった。 人と御左口が協力して作り上げた、小さな鉄。 それが、何だかこの国みたいで、――それをお守りとして身につけることは、この国に守ってもらっているみたいで、なんだか、そう思うとうれしいから。 布どこにあったっけ? と首をかしげる佐久良の傍ら、王としては失格かもしれないけどね、とそんなことを考える自分を苦笑する。 「それにしても、なぜ伊吹の蛇神は洩矢様を? 材料は大地より取れるのでしょう?」 技術を外に流し、さらにはその設備一式を渡してでも洩矢に協力を依頼した伊吹の蛇神。 なぜ? という問いに、洩矢は困ったように頬を掻いて、 「あーうー、いろいろあるみたいよ。 もともとは大地を掘り返して材料を得ていたみたいだけど、そんなことすると大地そのものが疲弊してね。崩れちゃうんだ」 その結末は、土砂崩れ、自分の住処その物を破壊する。 「なるほど、それで洩矢様を、――――って、戻ってきて大丈夫なのですか?」 材料を得るためなら、と視線を向ける。対して洩矢はむっ、として、 「私はここの神であり王だよ。 長い間この国を空けるわけないじゃない」 なら? という問いに先じて、 「明日、伊吹の蛇神から使者が来る。 とりあえず酒と、あとはまあ、つまみくらい用意しておいてね」 「って、使者って貴女なの?」 「なんでかな」 はあ、と使者――伊吹童子は盛大にため息をついた。 「へえ、――――なかなかだねぇ」 「私が治める王国だから当然よ」 胸を張る洩矢に奥から声がかかる。 「失礼します。洩矢様、それと」 「伊吹童子だよ」 「伊吹童子様」 「様はいらないよ。 さって、それじゃさっさと用件済ませちゃおうか」 「お、早いね」 意外な言葉に洩矢は不思議そうに首をかしげて、伊吹童子はため息。 「親父殿の様子がよくないからね」 「ご病気ですか? 良ければ薬草などを調合いたしますが」 気遣いに伊吹童子と洩矢は顔を見合せて、 「まあ、薬草でなんとかなればいいんだけどねえ」 「酒飲んで寝てたら首を八本ばかり切り落とされたんだけど、――まだなかなか再生が追い付かなくてね」 「………………はあ?」 「おかげでまだ具合悪そうなんだよねえ。 酒が飲めないなんてかわいそうだよね」 そこじゃないよ、と伊吹童子はぼやいて肩をすくめる。 「ま、そういうわけで私もあんまり家を空けたくないのよ。 踏鞴場ぐらいは見ていくけどね」 「それじゃ、そっちから先に行っちゃおうか」 「あ、御酒はどうされますか?」 佐久良の言葉に伊吹童子はどうしたものか、と。 「親父殿は酒を飲まないからなあ」 「そりゃ、首落とされた原因ですからね」 しみじみと佐久良がつぶやく。とはいえ、と手持無沙汰の酒。 「伊吹童子が飲めば? さすがに飲めるでしょ。 その角は伊達?」 にやにや笑う洩矢にむっとした表情で伊吹童子が、 「いいよ。私が飲むっ」 そして、びしっ、と指を突き付けて、 「そこのちっちゃいのこそ、実は飲めないんじゃない? 神の名を冠するくせに」 「なっ! 私が酒を飲めないっての?」 「ふふ、どーだか?」 受け取った酒をゆらゆら揺らして問いかける。ぎりっ、と洩矢は伊吹童子を睨みつけて、 「佐久良」 「は、はいっ」 「酒、もっと用意しておいて、 客に酒で負けるようじゃ、王名にも神名にも関わる」 いや、そうでもないのではないですか? 内心だけで佐久良はぼんやり否定。少なくとも自分は気にしない。 けど、 「はあ、分かりました。 では、さっさと踏鞴場いってお仕事をお願いします。お二方分用意しておきますので」 「「頼んだよっ」」 早く帰るのではなかったのですか? 伊吹童子様。 ぽつりと内心だけでつぶやいて、けど、 まあ、遊び相手にはいいですね。 子供の戯言としか思えないような言い合いを繰り返す、そんな姿を苦笑で見送り、佐久良は早速酒の手配に移った。 踏鞴場にていくつかの情報交換と教授。 角ある彼女は姿は異端、小柄なその姿は不釣り合い、とはいえ、崇敬する洩矢の客分、そして、確かな技術をもつのなら、――と踏鞴場の男たちはすぐに熱心に話を聞き、その技術を吸収する。 さらなる硬度と、高度な加工技術を、――その熱心さに伊吹童子は感心して笑う。よくやるねえ、と。 これも洩矢様とこの国のためなら、至極当然と答える男たちに洩矢はにこにこ笑って見守り、踏鞴場を後にした。 「それじゃ、今日の分」 ずい、と突き出された手に、はいはい、と洩矢は、手をかざし、 「へえ、――――材料だけを作り出せるようになったんだ」 目を丸くする伊吹童子に洩矢は胸を張って言う。 「まあね。私の能力を甘くみちゃいけないよ」 あらゆるものを含む大地、――確かに、その全てを創造したほうが楽だが、細やかな制御も不可能ではない。 将来の自らの国のために、自己の能力鍛錬、と洩矢はあえて難易度の高い方法で伊吹童子の要請にこたえる。 「で、この塊持っていくの?」 言われた通りの質量、追加技術の伝達と踏鞴場の調整は十分それに見合うもの、とはいえ、 「言っておくけど運搬までは手伝わないよ」 「それは必要ないよ。 だからこそ、私が遣わされたんだからね」 そういって、掲げた手を握る。と、 「おおっ」 今度は洩矢が感心の声を上げた。 萃めて圧縮、巨大、ともいえる鉄塊は中心に萃まり、その大きさを減じさせる。 「ふぅ、こんなところか」 一抱え程度の大きさになった鉄塊をよいしょ、と一息で持ち上げる。 「重くない?」 「別に、このくらいなら大丈夫さ」 巨大な塊を圧縮したのなら、質量はそれ相応。それでも、その質量を感じさせない気楽さで伊吹童子は鉄塊、――鉄球を服に仕舞う――仕舞おうとして、 「だめだな、服に穴が開く。 くそっ、持ち続けなくちゃだめかー」 ため息をついた。 「…………いや、佐久良、気合い入れすぎだと思うよ?」 「うあー」 洩矢と伊吹童子は呆れてその光景を見る。 社の中、ずらり、並べられた酒樽と、 「いえ」パタパタとつまみやら料理を並べている佐久良は微笑んで「伊吹童子様の歓迎の宴を開きたいと、踏鞴場の者や御左口様たちのご意向です」 「おっ、宴会かいっ」 とたんに伊吹童子の顔が輝く。――宴会好きなのね、と洩矢はため息をついた。 |
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