「これ以上の失敗は天津神たちに不満、不安を招きかねません。 思兼命、いかがいたしましょうか」 「気は進まないけど、武力平定するべきね」 「はい」 「天安川へ使者を出しなさい」 天安川。――そこにいるその存在を思い出して、天照は頷いた。 「かの神に武力平定が不可能なら、あきらめるべきね」 「はい。 一応、親か、その子か、どちらかを向かうように天鳥船も手配しましょう」 天安川へ使者が放たれ、その後、天鳥船が動き出す。 天津神最強の軍神、――――建御雷を乗せて、 「あれは」 社は騒然としていた。 そのさなか、建御名方は厳しい眼差しで空を見る。 空、――そこには遠くにありながら、それでもそれとわかる巨大がある。 「あれは、天鳥船」 「まさか、天津神が」 「建御名方神、どういたしましょうか」 どうする、か。 「交渉ならあんなものを持ち出す必要はない。 武力侵攻と見るのが妥当か」 なら、と建御名方は手をかざす。 「入れる、道理はない」 す、と目を開けた。 「揺れているが、何事だ?」 順調な航行は唐突に烈震という形で終わりを迎えた。 大鳥船が揺れる。 「ずいぶんな揺れだが」 問いに、船を操る一柱の神が申し訳なさそうに、 「申し訳ございません。建御雷命。 どうも、嵐に巻き込まれたようで、時期に回復するでしょう」 否。 「これは神威だ。 回復などしない。このまま押しつぶされるだけだ」 立ち上がる。 「ちょ、神威って、 建御雷命、国津神にこれだけの威を振るえる存在などおりませんっ」 無視して歩きはじめる。周囲はばたばたとあわただしい音。それを無視して外へ。 「ふむ」 大嵐、まさに状況はそんなところだ。 「あ、建御雷命。 もうしばらくお待ちを」 「不要だ。降りる」 は? とその場にいた一柱の神が首をかしげて、建御雷は、笑う。 「天割る雷を、止められると思うな。国津神」 十拳の剣を下にある社に向ける。―――― ――――神威。 社に、金色の剣が突き刺さった。 「な?」 船の上陸を阻んだ大嵐そのものを両断して突き刺さる黄金。それはまっすぐに大国主のいる社へ。 「っ! 父上っ!」 「いや、まったく。 ずいぶん派手な到着だね。天津神の、」 「建御雷と申す」 そう、と大国主は来訪者にうなづいて、困ったように、 「そこ、座りにくくない?」 「心配は無用」 はあ、と大国主はとりあえず見上げて頷いた。 柄を地面に突き立て、剣先に座る建御雷。 すごいのは認めるけどなあ。と大国主は見上げてため息。 「単刀直入に行こう。 神権交代だね」 「かたじけない。 私としても早めに済ませたい。何分、王が待っているゆえ」 「事代主」 言葉に、すっ、と事代主が顔を出す。 彼は、見たこともないほど難しい表情で、目を閉じた。 「――――。――。――――――。――。――――。――――」 目を開ける。そして、 「――確かに、 父上、一百八十柱の子らはみな同意しました」 「そう、かい」 百八十、その言葉に大国主は眼を伏せる。 「下がりなさい。事代主。 みんなの面倒、頼んだよ」 「…………」 歯を食いしばる音が聞こえた。ぎりっ、と音。そして、 ぱぁんっ! と音が鳴った。 「王命、確かに」 そういって、背を向けた。 ありがとう、そんな声を聞いて事代主は部屋を出て、――――――爆音。 その主は戸に遮られて見えない。せめて、 「天の逆手が、――せめて功を奏せばいいが」 呟く。 「死ぬなよ。建御名方」 そして、誰もいないことを前提として、うつむき、震えそうになる口を、歯を噛みしめ抑えて呟く。 「………………御達者で、…………父上」 「父上っ!」 扉が砕け、吹き飛ばされる。 その中に二柱、まずは大国主の無事を確認し、建御名方はもう一柱の来訪者を睨む。 「天津神かっ」 「いかにも」 「それが、何の用だ? 何故あんなものでここに来た」 敵意に満ちた言葉に建御雷は剣に座ったまま、 「神権の交代。 ここ葦原中国を、天照大御神の正当なる御子に譲るために来た」 「ふざけるなっ」 だんっ、と音。そして、 大風を宿したその手で、――――――っ? 刹那、剣から飛び降りた建御雷の手が、 氷柱? 真っ直ぐ尖ったものが突き付けられた。反射的に身をそらして避ける。――そして、目を見開いた。 氷柱、そう思ったものは、つい先まで建御雷が座っていた剣。 あの一瞬で抜いて突き付けた、というのか? 「風神、か。 外は風がひどかったが、そなたの神威か?」 「そうだ」 ふむ、と建御雷は頷いて、 「今さら国津神だ天津神だ言うつもりはないが、――――とはいえ、驚いた。 天津神の中でもあれだけの威をもつものは少ない」 「そう」 頷いて手を振るう。 「なんでもいい。 高天原に帰れ、ここは父上の治める地だ」 「…………大国主」 「反対意見があった、というだけの事だ」 その言葉に建御名方は振り返る。 「父上、――事代主は?」 「一百八十柱の子らは同意した」 え? ――建御名方はその言葉の意味を理解できず、――やがて、 「…………どういう、……こと、ですか?」 「それぞれに思いがあった。建御名方、君が戦おうとしたのと同じようにね。 民がそれを選択したなら、王はそれを受け入れる」 「私はっ!」 建御名方は叫ぶ。否定を、自分の意思を、たとえ、それが自分ただ一柱であろうとも、絶対に、 「私は認めませんっ! この地は父上が平定した地、ここは、父上が王であるべき場所っ、私たちの居場所だっ! それを、それなのに、――絶対に、」 認めない。建御名方は睨み、その意思を受けた建御雷は頷く。 「然り、――とはいえ、私は高天原の剣。 その王が命じたならば当然の如くその意を実現する」 「なら、答えは一つ」 答え、――即ち、これ以上の言葉は不要。その武威をもち己がやり方を貫くことこそ軍神の在り方。 風の宿った手を向ける。 雷を纏った剣を向ける。 が、 「双方、待て」 触れただけで爆ぜそうな戦意の中、大国主が間に立ち手を向けた。 緊張に水を差された二柱の視線を受け、それでも大国主は冷静に、 「ここには力のないものもいる。 そんなところで国津神最強の軍神である建御名方や、――おそらくはそれに比肩する軍神の建御雷が暴れることなど、王の名において許可できないよ。 君らとてただ戦うだけが能じゃないはずだ」 「――――然り」 「わかりました。父上」 たんっ、と音が響く。 「はっ!」 手を振り上げ、振り下ろしその威を放つ。 疾走する建御雷を叩き潰せと大風の打撃が連続して叩き込まれ、それでも、 「止められる、思うなっ」 振り上げた刃が、風を断ち割る。 「剣神かっ」 「分類など不要っ!」 手を振り上げる。巻き上がる暴風が真正面から建御雷に叩きつけられる、が。 「無為っ!」 斬っ! 風そのものが切り裂かれた。一歩、刹那に間合いを詰められて、一閃。――――は、宙を舞う風の神に届かず、 「穿てっ!」 振るう手に追従して放たれる大風、地面、空間、その場にあるあらゆるものを蹂躙する風の暴威。 「むっ」 建御雷は風の打撃に削られる。直前に、ふっ、とその姿が消えた。 「ちっ!」 背後、迅雷の速度で駆け抜け現れた建御雷に、反射的に建御名方は御柱を打ち込む、が。 「遅いっ!」 斬っ! 「つ、――――このっ!」 落される。直前に、風を繰る。 剣を振り下ろした建御雷。風を叩き斬ろうと無理な体勢から振り上げて、 「それで、風をとらえられるかっ」 風が舞う。乱れ狂う風が刃を流れ、建御雷を打撃し、空から叩き落とす。 だんっ、と建御名方は着地して、 「おまけだっ」 御柱を連続で叩き込む。落下する建御雷を追撃し、大地へ平伏させるために、――その威を見て建御雷は、笑う。 なめるな、と。 神威、神の力が解き放たれる。 「くっ」 あらゆるものを断ち割る破壊力が下へ、建御名方は風をまとい後ろへ。 直後、必殺の雷が大地を砕く。それを成した建御雷は即座に刃を構えて疾走。 「逃がさんっ!」 迅雷の速度で後ろに逃げる建御名方を追い。その背後で御柱の打撃が地面をさらに砕く。 「と、その速度もか」 ぱぁんっ、と柏手ひとつ。 周囲の大気が渦を巻いて収斂する。 風の防壁。圧縮された大気が渦巻き中にある存在を全方向から叩き潰す――が、 「無為っ!」 それさえ、雷を纏う刃は切り裂く。 「天割る雷が天に宿る風を割れぬ道理はないっ!」 速度では追いつけない。 刃が届けば風さえ雷は断ち割る。 それでも、――風の神は笑って、 「速度で風を捕らえられると思うな」 斬っ! 大気そのものに光を残す一閃を、ふわり、建御名方は紙一重で回避。 「ちっ」「遅いっ!」 振り向いた。が、風には及ばず、 「飛べ」 ふわり、――――風が流れた。 その手に収斂された千人力の破壊力を持つ風が、雷を打撃する。 「ぐっ」 言葉通り吹き飛ぶ建御雷。――――が、 「負けぬ」 口元がゆがむのは破壊力による痛みか、強敵に対する軍神の笑みか、 「我とて、軍神としての、意地があるのだっ!」 がっ、と音。がががががっ、と大地を削り着地、直後にその姿をかすませ疾走。 大地を駆け抜ける音を聞いて、建御名方は手を振り上げる。 その速度により、姿を捉えることは不可能、――ならば、 「その芸は見飽きたっ」 建御名方は全方位に風を巻き上げる。 「ぐっ」 疾走中の建御雷は不意の打撃に吹き飛ばされる。 見つけた、と建御名方は空に飛ばされた建御雷を見据えて「終わりだっ」 そして、――御柱が解き放たれた。 大嵐の質量をもつ風が暴威を持って空を昇る。 逃げ場のない空にいる雷神を粉砕するため、必中必殺の破壊力がまっすぐに、空にいる建御雷に迫る。――――それを見て笑うのは軍神が故か、 「それが、どうした」 壮絶な笑みに、雷が爆ぜる。――――神威。 天を割る光が、御柱を断割る。 あ、と小さな声、そして、 爆音、――――天を割り地を砕く最強の破壊力が、戦いの幕を叩き落とす。 「賞賛を受けとれ、国津神。 そなたの神威、我ら天津神においても並ぶものなどそうはいない」 倒れた建御名方に、建御雷は雷撃の爆ぜる剣を突き付けた。 終わりか、――建御名方は決定した死を、それでも睨みつけ、 「真、惜しいものだ」 真っ向から刃を睨みつけるその気概に、建御雷は同じ軍神として敬意を、そして剣を「我統べる、軍力よ。ここに」 「っ! ――ちっ!」 反射的に、下ではなく前に、その神威を解き放つ。 そして、王が持つ八千の矛を砕いた。 「っつっ、――さすが、軍神というだけの事はあるね」 ぱたた、と血が滴り落ちる。 建御名方は立ち上がり、最強の軍神に立ちはだかる父を見る。守ってもらっている安堵と、危険なところにいる危機感を覚えて、 「父上」 「無粋な、軍神の戦いに介入するのか?」 「ん、まあ、そうだね。二柱にはすまないんだけど」 王は手を向ける。 八千矛。――王の統べる軍力の解放。 打ち砕かれれば自ら傷つく諸刃を、それでも目の前にいる雷神に向けて、 「それでも、――子が殺されるのを黙って見ているつもりはない。 親は何としてでも守らなくちゃいけないものがあるのだよ。天津神」 「…………然り」 毅然として立つ王に、剣士は敬意を持ち、それでも刃を向ける。 「が、――私とて王の命により遣わされた剣だ。 そなたの守るべきものと同じよう、王命は絶対。ゆえに、退くことは許されぬ」 はあ、とため息。 「だろうね。――――それも、軍神の在り方か」 苦笑、そして、 「建御名方」 「はい、父上」 声は、小さく震えていた。――その意味を理解して、それでも、王は告げる。 「君の負けだ。退きなさい」 王の言葉に、ついで困ったような、 「あまり、私を困らせないでほしいな」 父の呟きに、建御名方は歯を食いしばる。 負けた、事実に、 終わる、日常に、 歯を食いしばり、その原因を睨み、――――それでも、 「わかり、……ました」 負けたのなら、せめて潔く、――――そんなことは無理でも、せめて、 歯を食いしばり、失われるものに涙を滲ませて、呟く。 「…………建御名方、……神権、交代に、……同意、します」 その言葉に、建御雷は謹直に頷いた。 「まったく、呆れたやつだ」 「天穂日か」 はあ、と大国主より命じられて遠征していた天穂日はため息。 「かの、建御雷は天津神最強の軍神。 まったく、よく生き延びられたものだ」 「うるさい」 はあ、と天穂日はため息。 「建御名方」 「父上」 掛けられた声に、建御名方は振り返り、 「申し訳、ございません」 頭を下げた。 負けなければ、勝てれば、また、みんなで一緒に暮らせたのに、 歯を食いしばる、負けた、軍神として、その事実が悔しくて、 彼の子として、ここを失ったことが悲しくて、 ぽん、と音。 「御苦労さま、よく頑張ったね」 撫でられる。そのことが嬉しくて、ただ、もう終わりと思うと、悲しかった。 「…………東、ずっと行ったところ」 ぽつり、と声。 「天穂日?」 「悪神も、神々も誰も寄り付けない場所がある」 そう、と大国主は頷いて、 「建御名方、最後の命を送る。 その地を平定し、そこを護りなさい。 また、平穏に暮らせる場所を、作りなさい」 最後、――――その言葉に建御名方は歯を食いしばり頷いて、 「王命、――――確かに」 東。まだ誰もいない場所。 そこを、またみんなで一緒にいられるように、するために、 いつかきっと、また、 「建御名方」 投げ渡されたのはなにかの蔦。 「天穂日?」 「受け取れ、大国主からの土産だ」 「父上?」 「ん、まあ、お守りだよ」 大国主は視線をそむけて言う。お守り、と蔦を見て、それを手に縛る。 大切にしよう、そう思って、 「ありがとうございます。父上」 頷いて受け取る。ふと、そういえば、 「天穂日、あんたはどうするんだ? これから」 天津神と合流するのか? その問いに天穂日は苦笑し、 「この地の平定は天津神としても望むべきこと」 それに、と顔をそむけ。 「一応、宿の恩は返すつもりだ。 この地の名、は残すようにしよう。私の平定した土地くらいなら、母上も名を残すことを許してくれるはずだ」 「そう、ありがとう」 ふん、と鼻を鳴らして天津神――そして、国津神となった一柱の神は行ってしまった。 別れか、手を振って、――そして、それを見届けて、建御名方は頭を下げる。 さあ、行きなさい。と、声が聞こえた気がしたから。 だから、――万感の感謝を持って、 「御達者で、父上」 最後にそれだけ呟いて、建御名方は長年暮らしていた家を出た。 「――――――やれやれ、みんな行ってしまったか」 大国主は、もう誰もいない社の戸に背を預けて座る。 一百八十柱の子は事代主が、はずれの一柱、建御名方も行ってしまった。 天穂日も自らが平定した土地に向かい、おそらくはここの名をそこに残してくれるだろう。 あるいは、――そこに隠居するのもいいなあ。 大国主はぼんやりと、燦々と輝く太陽を見つめて、ふと、目を閉じた。 まぶたに思い描いた、その姿に向かって、 「あのさ、少彦名」 かつて、兄弟と呼び合った小さな親友の名を呟く。 「すまないなあ。 いろいろ頑張って、国、何とかしてたけど、結局終わっちゃったよ。 まあ、始まりがあればなんとやら。――――けど、すまないなあ、ほんと」 なんていうだろうか、この結末を見たあの小さいのは。 そして、私の一番最初の友。 彼女は、―――― 「相変わらず、何ぼけてるのよ。大国主」 目を、開けた。 「やあ、因幡」 目を開けて苦笑する。 「やあ、じゃないよ。 ぶつぶつ独り言して、気色悪いったらないね」 「相変わらずひどいなあ」 苦笑する。そして、 「なんて顔してるんだい。因幡」 「う、うるさいっ」 顔をそむけた。だけど、その泣きそうな顔は隠せない。 その意味は、―――― 「聞いたよ。 神権交代して、ここ、出て行くんだろ?」 ――――もう、会えない。大国主は困ったように微笑んで頷く。 「まあ、そうだね。 現世は、天孫が治めるだろから、私は常世か、あるいは幽世か、 どちらにせよ。現世にはいられないだろうね」 はは、と苦笑した。 因幡、少彦名、天探女、須勢理毘売に父上、――子供たち、事代主や建御名方、――ここ、葦原中国を駆け抜けた今まで、自分を支えてくれたすべてを思い。 そして、 「あのさ、因幡」 「ん?」 「みんなは、…………幸せ。だったのかなあ?」 一番古い友に、そんな事を聞いてみた。 問いに、因幡は歯を食いしばる。 泣くものか、と少女は笑い飛ばして、いつも頼りなく、自信がなく。それでも、みんなに慕われた王に伝える。 あんたが王だったからみんな幸せだった。そんな事を言っても彼は否定するかもしれない。だから、 嘘をつこう、そう思った。嘘をついてでも、みんなが幸せだった、ということは否定してほしくないから、幸せだったから、絶対に否定させたくないから、――因幡の素兎は、その長い生涯で、最も下手な嘘をつく。 「私は、……私は、さ、みんなを、幸せにする。能力、が、あるんだよ。 だから、……だから、さ、」 笑い飛ばした顔が、――笑い飛ばそうとした顔が、それでも、泣きそうに歪んで、だけど、幸せだったよ、と笑って言いたかったから。 泣き笑いの、滅茶苦茶な顔で、因幡は、 「みんな、……この国にいた、みんなは、さ、……本当に、……幸せ、だよ」 そう、いった。 そっか、大国主は微笑んでそっとなでる。 みんな幸せ、だったか。 幸せだったなら、それが一番いい。大切な皆が幸せだったのなら、――大国主は、万感の感謝と、親愛をこめて、大切な友を撫でる。 その手の感触と、その行為に、そして、 「ありがとう、因幡」 大国主は微笑む。 「私も、因幡と一緒に居られて、幸せだよ」 穏やかで優しくて、暖かい微笑み。――捻くれた自分だから、どうしようもなく惹かれていた。 一緒に居られて、本当に、幸せだった。 「…………ば……か、……」 ぽろぽろ、と因幡は涙をこぼした。 泣いているところなんて見せたくない、小さな意地で俯いて、それでも、ぽろぽろと、涙がこぼれおちる事を止められない。止めたくても、止める事が出来ない。 大国主は何も言わず、因幡は何も言わず、静かに、……永い、永い間一緒にいた、その想いを、短いこの時間に託して、………………そして、手が降ろされる。 「行きなさい。 因幡、これからも、家族を大切にね」 「うっさい、当たり前だ。――あんたに言われたくない」 そうだね、大国主は微笑し、因幡はたんっ、と兎の身軽さで離れた。 大きく手を振って、そして、 「さよならっ、大己貴っ! 私も楽しかったっ!」 「さよならっ、因幡っ! 長生きするんだよっ!」 最後に、友を見届けて、大国主は立ち上がる。 その視線の先。 「天孫、降臨。か」 |
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