月でも最も清浄な座に、月の主とその相談役が一柱。
 月の主の言葉に、相談役が頷く。
「ええ。これより高天原に向かうわ」
「面倒なこととは思うが、今は頼れるものも少ない」
「やることもたくさんよ。
 まったく、これではあの娘の養育もなかなか本腰が入れられないわ」
 ため息交じりの言葉に依頼者である月の主――月夜見は申し訳なさそうに苦笑する。
「とはいえ、月のためなのだ。
 あれを月に入れるわけにはいかない。――まったく、何が楽しくて姉上のいる高天原に攻め込んだのやら」
「さんざん暴れたらしいわね。
 その前も黄泉に下るんだとか駄々をこねたとか」
 ため息交じりの言葉に月夜見は眉根を寄せる。
 あれ、――自分の弟である須佐之男。
 愛着はない。どうなっても困るわけでもない。ただ、一つ懸念することがある。
 彼が母親に会いたいと泣き叫んだ事で無数の災いが起きた。あれとて三貴子に名を連ねているだけの神威をもつ神だ。その威を持って発する災いなど、考えたくもない。
 清浄を極めたこの月に、あんなものを入れるわけにはいかない。断固として、そのためにも、
「そんなことをここでやられないようにするためにも、必要なことだ。
 頼んだぞ。思兼」

「――――父上っ!」
 ずばんっ、と戸が乱暴に押し開かれる。
 部屋の主は聞きなれている声にのんびりと顔をあげて、
「建御名方、どうしたんだい? そんなにあわてて」
「慌てて、ではありませんっ!」
 ずだんっ、と部屋に入り込む一柱の神――建御名方は自分の父である大国主に向かって、
「また因幡にお供えのお団子を取られていましたっ!」
 その神格そのままに猛る建御名方に向かって、大国主は困ったように顔を上げる。
「因幡は悪戯好きだからなあ」
「だからなあじゃありませんっ!
 もっと厳しく言うべきでしょうっ!」
「とはいえなあ、気がつくといなくなってるし。なかなかつかまらないんだよ。
 兎だけあってすばしっこいからねえ」
「ねえじゃありませんっ!」
 建御名方はため息をついて、
「いいです。私がきつく言っておきますっ」
「御手柔らかに頼むよ」
「知りませんっ」
 ぴしゃっ、と戸が閉まった。

「まったく、父上も因幡には甘いんだから」
 ため息をついて建御名方は長い廊下を歩く。
 尊敬もしているし、偉大な父だと思っている。そして、その子であることを誇り思っている。
 とはいっても、優しすぎるのも考え物だ。溜息。そこも美徳と言えば美徳かもしれないけど、
 そんなことを考えていると、くすくす、と苦笑。
「因幡かしら?」
 と、
「須勢理毘売命」
 振り返ると、そこには困ったように佇む一柱の女神。
 父である大国主の正妻は苦笑して、
「大国主神の初めての友達なの。
 だからか、あまり強く出られないみたいなのよ」
 妬けちゃうわよね。とどちらかといえば優しく微笑する女神に建御名方は苦笑。
「まあ、だから私が言って聞かせておきます。
 須勢理毘売命、因幡はどこにいるかご存知ですか?
 また父上に供えられた団子を盗み食いしたみたいです」
「さあ、あの子は気紛れだから」
 まったく、建御名方はため息をついて一礼。そして長い廊下を歩きだした。

「失礼します。大国主神」
「須勢理毘売か」
 はい、と頷き、彼女はしずしずと書簡に視線を落としている大国主の隣りへ。
 そして、
「噂は誠なのでしょうか?」
「ほぼ間違いなく。だろうね」
 苦笑して空を見上げる。
「猿田彦が言ってた。
 裏は取れているみたいだよ。じゃないとうわさを流したりしないからね」
 窓枠の向こうにある、燦々と輝く太陽。視線を細めてそれを見て、
「伯母上は本気だろう。
 そうなれば、――――この平穏ももう終わりか」
「はい」
 大国主は妻の肩を抱き寄せて、
「みな、納得してくれると思う?」
 問いに、
「先ほど、建御名方がいました。
 お供え物のお団子を因幡が盗んだといって怒っておりましたわ」
「建御名方は真面目だからなあ」
 困ったような大国主に須勢理毘売は微笑し、
「母君である沼河比売に似たのでしょう。
 それに、それだけ、大国主神の事を慕っているということですわ」
 須勢理毘売は微笑から一転、困ったように眉根を寄せて、
「だからこそ、認めないでしょう。
 たとえ、認めざるを得ないとしても、――――たとえ、大国主神がお認めになっても」
「仕方がないこと、なんだがなあ」
 大国主は外を見上げる。
 そこには、燦々と太陽が輝いていた。

「なんだよ。いいじゃん、あんなにあるんだから団子の一つや二つ」
「いいじゃんじゃないっ。
 供えられているものを勝手に持って行くなんて、何を考えてる?」
「だって美味しそうだったし」
 ふんっ、とそっぽを向く因幡の素兎に建御名方はため息。何を言っても聞かない。
「美味しそうだからって、あれは父上に供えられたものだ。
 貴方が食べていいわけがない」
「前にもらったよ」
「前は前っ」
「前例があるってことでいいじゃーん」
「よくないっ」
 と、そんな様子を周りにいる国津神たちは何ともなしに眺めていた。誰も助言もせず助けもせず、どちらかといえばいつものこと、と流している。
 生真面目な建御名方といたずらばかりしている因幡。つまらないことで言いあう――というか建御名方が一方的に言い募り因幡がのらりくらりと流している――のはそれこそ日常茶飯事だ。
 何より、建御名方の親にして、因幡を葦原中国にある自分の社に好きに出入りしていいといっている当の大国主が傍観しいているのだ。余計な口出しなど暗黙的にだれもしない。
 もっとも、建御名方の威にも因幡の口車にも勝てるものがそうそういないという事実もあるが、
「まったく、貴女は確かに父上の客としてここにいるけど、それでも好き勝手ふるまっていいっていうことじゃない。
 客には客の礼がある」
「知らないよー」
「知れっ!」

 まったく、と建御名方はため息をついて板張りの廊下を歩く。
 また、因幡に逃げられた。
 と、
「建御名方」
「事代主?」
 呼ばれて反射的に応じ振り向く。そこには同じ大国主の子である一柱の神。
 事代主――宣託の神は、
「何を思いつめた顔をしている?
 また妙な予言でもしたか?」
 茶化していう建御名方はいつものこと、と気楽に考えていた。
 宣託の神である事代主はだいたいいつもこんな表情だ。が、
「それなのだが、……どうも、不穏な気がある」
「不穏?」
「ああ、天津神なのだが」
「天津神?」
 聞きなれないわけがない名。ただ、
「何でいまさらそんな名前が出てくる?
 もうずっと高天原に引っ込んででてこないじゃないか」
「そうだ。
 が、近々その天津神が来る、と言う宣託がある」
「あってどうする? 何が目的だ?」
 問いに、事代主は瞳を伏せ、ふと外を見上げた。
 空には燦々、と太陽が輝いている。
 一瞬、それに見とれた瞬間。
「ここにいるかっ! 大国主っ!」
 響く声は高らかに社を貫いた。
「何事だっ」
「事代主は父上にこのことをお伝えしろ」
「建御名方はどうする?」
 私は、と建御名方は笑う。
「出迎えてやるさ。何を考えているのか、問いただしてやる」

「あいにくと、まずは父上、と言うのは性急じゃないか。
 天津神」
 こいつが天津神か、と見て納得する。
 そして、苦笑。なるほど、大した威を持っているが、
 父上や私には及ばない。
「貴様は何だ。名乗れ」
「大国主神が子。建御名方だ。
 そういうお前は何者で父上に何のようだ。場合によっては通すわけには行かない」
「子ごときに用はない」天津神はふん、と一息「退くがよい。そもたかが国津神ごときが天津神である私を拝する事自体、光栄と思え」
 ああ、そういうやつか。
 納得した。だからこそ、
「用件を言え、それとも言えぬ用なのか?
 こそこそと密事を抱えてくるとは、天津神も堕ちたものだ」
 さも呆れたように肩をすくめる建御名方に、天津神の誇りを笑われた神――天穂日はその神威を解き放つ。
「国津神ごときがっ!」
 穂のようだ。建御名方はなんとなくその威を思った。
 地面から吹き上がる炎、それ自体が動き、灼熱を持ったまま建御名方を絡めとろうとして、

 ごっ、と音が打撃する。

「な?」
「舐めるな。天津神」
 御柱。――――建御名方の神威。
 柱状に束ね、殺到する大気の打撃が上から打ちのめし叩き潰し平伏させる。
 足元から生えた炎は、その一撃に文字通り、叩き潰された。
「続けるか、
 ならば武器を取れ。その程度の神威で私に抗えると思うな」
「っくっ」
「用件を言え、といいたいが、戦いを望んだのであれば、最後までやりぬくが軍神の流儀だ」
 すっ、と手を向ける。
 ごっ、と音が響く。
「ひっ」
 先の御柱打撃。それに匹敵する風の力を手に宿す。
 暴風があたりをなぎ払いながら建御名方の掲げた手に宿る。小規模な嵐を圧縮した力を手に宿し、建御名方は笑い。

「まったく、根性がないやつ」
 気を失った天津神に溜息をついた。

「それにしても、どうしていきなり天津神が来たんだ?
 結局理由もわからない」
「お前がいきなり襲い掛かるからだろ?」
 呆れた声の兄――事代主に建御名方はじろりと視線を向け、
「別に襲い掛かったわけじゃない。理由を聞こうとしただけだ」
 どうだか、と溜息。
「ともかく、理由については今父上と天探女が聞きだしている。
 それを待とう」
「待つ、というのはあまり性分に合わないな」
「そもそも待つ時間が長くなったのはお前が気を失わせたからだ。
 少しは丸くなれ、建御名方」
「父上は暢気すぎ、兄上は考えすぎ、なら一柱くらいそういうのがいた方が「建御名方」」
 眼を閉じて言葉をつむぐ建御名方の肩が優しい声に跳ね上がった。
「は、は、母上」
 事代主が苦笑する。それにさえ気付かない建御名方は顔を青くして振り返る。
 母上――沼河比売は優しい笑顔で、
「大国主神から話は聞きました。
 何でも、天津神の使者を叩きのめしたとか、」
「そ、――それは、その」
 視線が泳ぐ。事代主はふらり、といなくなってしまった。
「ですが、委細は聞いていませんわ。
 建御名方、あなたの口から、よく聞かせてもらおうかしら?」
 はい、と小さな声が応じた。

「父上」
「ん、――ああ、事代主か。
 入りなさい」
「はい」
 すっ、と主の部屋へ入る一柱。――事代主は中にいる座布団を並べて行儀悪く寝そべっている小さな影と、静かに座る同様に小さな影を見て、
「因幡、それに、天探女?」
「おお、小難しい奴が来た。
 なんだい。あの小煩い方じゃないんだ」
「建御名方は沼河比売とお話? ご愁傷様、といったところね」
「きしし、お話っていう名前の説教じゃねえ」
「沼河比売も真面目だからなあ。
 あれは遺伝だね、遺伝」
 なら貴方のそののんきさはどこから来たのですか? 聞きたくなるのを抑える。ふと視線の先、心を読む少女は同感です。という表情で頷いた。
「それで、因幡はなぜここに?」
「あんたがそれを聞くの? 愚問じゃない?」
「そうか。
 それで、父上」
「で、大国主。あの使者は結局何の用だったわけ?」
「それは、――――まあ、なんでもいいと思うなあ」
 のんびりと応じる大国主に因幡は杵を振り下ろした。めり込む杵。
 唐突な暴力にぎょっとする事代主の傍ら、因幡は杵を突きつけて、
「次は首をつぶすよ?」
「怖いなあ」
 降参、と大国主は両手を挙げた。
「天探女、教えてあげなさい」
「はあ、――まあ、いいわ」
 そして、天探女は現れた天津神――天穂日から聞きだしたことを伝える、つまり、
「天孫降臨?」
「うん、どうも上でそんなことをやろうとしているみたいなんだな」
「何でまた、天津神なんて高天原に引っ込んでずっとこっちに干渉してこなかったのに」
「使者もそこまでは知らないようね」
「伯母上の考えることは私もよく解らないなあ。
 父上なら話は別かもしれないけど、父上に会いに行ったら殺されるよなあ。間違いなく」
 困ったようにつぶやく大国主。
 そして、一転表情を改めて、
「事代主、因幡、このことだが、建御名方には言わないでくれないか?
 最悪、高天原まで殴りこみに行きかねない」
「そうなったら、天の岩戸の再来になりかねませんね」
 はあ、と事代主。
「うん、でも、それ以前に伯母上はあれで容赦がないからなあ」
「あんたみたいに甘っちょろい王なんてそんなにいないさ」因幡は座布団に胡坐をかいて座り「あの捕虜だって生かしたままなんだろ? あんたのことなんだから」
 睨みつける視線に大国主はたはは、と苦笑。
「因幡は鋭いなあ」
「父上、私としても予想どおりです」
「心を読む必要さえないわ」
「あれ?」
 真剣に首をかしげる大国主に、はあ、と因幡と事代主と天探女はそろってため息。
「まあ、高天原に戻るようなつもりはなさそうだし、特に叛意とかなければおいてあげてもいいと思う」
「…………勝手にすれば、どうせ国津神と天津神の問題なんだからね。
 私は適当に眺めてるよ」
 ふい、と因幡はそっぽを向く。そっちに向かって大国主は微笑んで、
「すまないなあ」
「はいはい、ったく、変に甘いところは死んでも変わらなさそうだね」
「それで、父上」
「ん?」
「その、天孫降臨、ですが、どのようなものなのですか?
 建御名方に言うなというと、穏やかな事ではないようですが」
「使者も、よく知らないみたいなんだけど」
 大国主は窓から空を見上げる。
 燦々と輝く太陽。視線を向ける因幡と事代主、――というよりはその太陽に向かって、
「天津神、――――正当な支配者による地上の支配、らしんだ」

「――――以上、です。母上」
 話し終えた建御名方は叱られることを覚悟した子供のように、恐る恐る顔をあげた。
「建御名方」
「はい」
「そのまままっすぐ大国主神のもとへ案内する。という選択肢もあったでしょう?
 いえ、相手が天津神ならそれを選択すべきでした。どうしてそうはしなかったの?」
「それは、――もし、父上に害をなすような相手なら、そんなことはさせられません」
「それでも行ったことは挑発以外の何物でもありません。
 以後、控えなさい」
「ですがっ、もし王である父上を狙った刺客である場合どうするのですかっ?」
 声を上げる建御名方に沼河比売は苦笑し、
「大国主神とてそう弱くはありません。
 まあ、頼りないですけど」
「それでも」
 それは、分かっている。
 小彦名命と二柱で国造り、葦原中国の平定をした偉大な神。
 八千矛の雷名は伊達ではないことも、分かっている。
 でも、――それでも、
「それでも、――――父上に危険がある可能性があるならば、まずは私が防ぎたいのです。
 父上はこの国の要です。絶対に、守らなければならない御神です」
 建御名方はかみしめるように、そういった。
 それを聞いて、ふっ、と微笑し、
「は、母上?」
 そっと抱き寄せた。
「優しいのですね。建御名方は」
 抱きしめられ、声の出ない建御名方に言葉は続く。
「それでも、不安なのです。
 天津神には、強力な武神や軍神、剣神もいます。
 もし、そういったものたちと建御名方に何かあったら、――確かに、建御名方の言うことも一理あります。
 大国主神はこの国の要で、命を賭してでもお守りしなければならない御神であることも確かです。
 それでも、――母として、子が危険なことをするのは心配なのです」
「…………母上」
 やっと零れた一言に、そっと沼河比売が身を離して、
「しかと、覚えておきなさい。
 確かにその命をどう使おうと、あるいは勝手かもしれません。――ですが、その命を大切に思っているのは自分一柱だけではないと。
 私や大国主神、兄上である事代主も、皆大切に思っている、ということを」
「はい、――――」
 申し訳ございません。母上。
「ありがとうございます。母上」
 胸に秘めた言葉と口から出た言葉。
 その両方を真と思い、建御名方は深く頭を下げる。
 優しい微笑が聞こえた。

「――――で、何で私がこんなことを」
「捕虜がぼやくな。
 第一、なんで私までかりだされるんだ」
「軍神ならうってつけの命であろう」
 天穂日はため息交じりに呟く。その眼の前に、
「悪神。か。
 名さえ与えられぬ神というのも哀れなものだが」
「情けで武を振るえないとでもいうか? 建御名方」
 意外そうな問いに、何を馬鹿な、と建御名方は苦笑。
「我らが国に手を出すやつに手加減する道理はない。
 そういう天穂日こそ、そもそも戦えるのかい?」
 それから、ふと首をかしげて、
「そういえば、私と戦ったとき火が出たな」
「………………天照大御神の子でもある。
 太陽を司る一柱でもある。今さらだが」
 天照、ね。
 建御名方は空、――そこにある太陽を見る。
 天照。高天原の主。――――で、
「そういえば、どうしてお前はここに?」
「まずは目の前のことだっ」
 と、そうそう、と建御名方は前の悪神を見据える。
「まったく、どうして会ったこともない祖父の起こした問題を、私たちが相手しなくちゃならないんだ」
 ため息をついて、手を掲げる。
 轟っ!
 掲げた手に風が宿る。
 悪神の動きが止まる。はっ、と建御名方は笑う。
「秩序ない悪神が、神威というものを思い出させてやる」
 だんっ、と音。
「ちょっ」
 天穂日はぎょっとして、そして、
 だんっ、と集った悪神の真ん中に建御名方は着地。これ幸いと悪神が取り囲み――――「吹き飛べ」
 取り囲んだ悪神を、大風がなぎ払った。
「ぐっ」
 天穂日は反射的に目を閉じて、刹那にあけた。そして、溜息。
 吹き飛ばされた悪神が周囲に転がる。まったく、とため息をついて、
「これだから軍神は、大雑把というか、好戦的というか」
 倒れた悪神に追撃をかける建御名方、それを見てため息を一つ。そして、自らの神威を開放する。
 稲穂が生えるように地面から炎が噴き出す。勢いよく萌え燃え上がる火炎の稲穂が神威によって伸びあがる。
「面倒な。
 どうして天津神の私がこんなことを」
 ぼやきながらさらに手を掲げる。
 稲穂の力をもつ火は消えることなく悪神をからめ捕る。その成長速度を持って一気に吹きあがり、悪神を焼き祓う。
 建御名方の風による打撃が効いているのか悪神の動きはまだ鈍い。動き出す前か、と天穂日はさらに神威を解き放つ。
 神威に加速された穂火はさらなる成長速度を持って悪神を焼き、炎熱の塵と化す。轟々と穂火が噴きあがりあたりが炎の金に染まる。
「へえ」ざんっ、と戻った建御名方は感心して「なかなかやるものだね」
「軍神と比べるな」
「まあ」すっ、と手を振り上げる「確かに、ね」
 そして、振り下ろした。
 頭上からの打撃。残っていた悪神は叩き潰され平伏する。ふわり、浮かび上がった建御名方はさらに手を振り御柱打撃を連続する。
 打撃打撃打撃打撃、大風の打撃が地面を連続して穿ち、そのたびに風が吹き出す、吹きあがる。かき回された風は嵐となって周囲をなぎ払いながら駆け巡る。
「つっ、と」
 この馬鹿力、毒づきながら天穂日は後退してその惨状を見た。
「…………まったく、ここは空ではないのだぞ?」

「うん、ご苦労様だね。
 建御名方」
「はい」
 報告を受けた大国主は穏やかな表情で頷く。
「それにしても、天穂日はちゃんと協力してくれたようだね」
「一度した誓約を破る神なんていません」
 うんうん、と頷く大国主。
「それで、父上」
「ん? なんだい。建御名方」
「結局、どうして天穂日は地上に?
 問い詰めても結局話そうとしませんでした。父上は御存知なのでしょう?」
 ああ、えーと、とぼやく大国主。
「父上」
「まあ、なんでもいいと思うなあ。
 ほら、――観光とか」
「父上っ!」
 詰め寄る建御名方に大国主は逃げようと腰を浮かせて、
「悪神の平定だよ」
 ため息交じりの声に、建御名方は振り返り大国主は座りなおした。
「因幡?」
「地上が騒がしいからちょっとおとなしくさせてくれって、天照だっけ? そいつに言われたらしいよ」
「…………なぜそれを私に言わなかった?」
「隠したかったんじゃない?
 天穂日だって天照とやらの命で降りたのに、まさか国津神と一緒にやりましたなんて言いにくいでしょ」
「……そうなのですか? 父上」
「あ、――うん、まあ、そうだよ。
 天穂日には言ったことは内緒にしてほしいな」
「…………わかりました」

「まったく、嘘つけないの自覚すれば?
 あんなんじゃ一流の詐欺師は遠いよ」
 建御名方の後ろ姿を見送っていた因幡がぼやく。
「いや、詐欺師になるつもりはないんだけどなあ。
 なんていうか、王だけで手一杯だよ。私は」
「あーはいはい。わかったわかった。
 ま、あっちに関しては適当に言いつくろっておくよ」
 うん、と大国主は頷いて、
「って、やめろっ! このばかっ!」
 丁寧に因幡の頭を撫でる。因幡は慌てて払いのけた。
 手持無沙汰の手をひらひらさせて大国主は苦笑。
「ああ、ごめん、ついつい」
「ついじゃないよ、ったく」
 ぼやいて因幡は背を向ける。とん、とん、と歩き出す。
 それを見送って大国主は、ふと、空を見上げた。
 燦々と輝く太陽。そこに向かって、
「さて、――――伯母上の次手はどうなるのかな?」



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