「ねえ、和博。」
 ホームルーム(というより言い訳の時間)が無事に終わり、先生の命令で学校案内をする段になって、ようやく奈緒が和博に疑問をぶつける。
「セティリスさんのこと、なんとなくで分かんなかったの?」
「無茶言わないでよ。」
 分かったらそれこそ人類であることを疑われる。
「なんかあるとは思ったけど、このパターンまで分かるわきゃ無いでしょ。」
 なんとなく、一月前に一度だけあった人物が転入してくる、なんて分かったら、それは勘ではなく予知である。関係者には果てしなく同じようなものだとしても、そこははっきりさせておかねばならない。
「まあ、さすがにそうか。」
 奈緒が苦笑しながら納得する。
「あの、何のお話ですか?」
「ああ、和博って予知能力でも持ってるんじゃないの? ってぐらい勘がいいからね。セティリスさんが転入してくるの、分からなかったのかな、って。」
 セティリスのもっともな疑問に、さっくり答える奈緒。
「そういえば、サーシャも探し物とかは和博さんに頼るのが一番、とか、和博さんがなんとなく、といったことには従ったほうがいい、とか。」
「そんなに、全面的に信用してもらえるほどのものじゃないって。」
 なんか、困ったときにはなんでも勘で解決してもらえ、という勢いの台詞に苦笑しながら釘を刺す。
「まあ、でもおおむね間違ってないかな。」
 刺した釘をわざわざ抜く奈緒。
「奈緒……。」
「重ねてきた実績ってのは、どうがんばっても否定できないんだよ、和博。」
 澄ました顔で、和博の抗議を叩き潰す奈緒。
「えっと、そんなに?」
「うん、そんなに。」
 まあ、どうせすぐ分かるけどね、という奈緒の言葉に首を傾げるセティリス。まあ、実際に、すぐに分かることになったわけだが。


「あ、ちょっとストップ。」
 声をかけると同時に、奈緒と並んで前を歩いていたセティリスを、自分の側に引き寄せる。何を察知したのか、その動作にあわせて和博の後ろに回る奈緒。
「わ。」
 きっかり三秒後、恐ろしい勢いで飛んできた硬球が、そのまま歩いていたらセティリスが立っていたであろう場所を通過して、体育館の壁にぶつかる。
「……今のもなんとなく?」
 恐る恐る確認を取るセティリス。
「まあ、なんとなく。」
 あっさり肯定する和博。すでに4回、この調子でトラブルを回避している。もっとも、前の3回は、気がつかなくてもせいぜい、こけて擦り傷でも作るか、という程度だが。
「……本当に、予知能力とか持ってないんですか?」
「全部、単なる勘。そんな気がしたってだけで、能動的なものじゃない。」
 はっきりと何が起こるかがわかるわけでもなく、本当に「なんとなく」こうしたほうがいい、と思うだけである。
「悪い! 大丈夫だったか!?」
 微妙な会話に割り込むように、野球部のユニフォームを着た男子生徒が駆け寄ってくる。
「って、なんだ柊か。心配して損した。」
「どういう意味だよ、安藤。それから柊って言うな。」
 去年のクラスメイト、野球部の安藤の台詞に、即座に突っ込みを返す和博。
「……んとね、和博宛の電話を、美羽さんが取ったときに……。」
「ああ、なるほど……。」
 二人のやり取りを、不思議そうに聞いているセティリスに、奈緒が小声で解説を入れる。あだ名なんてそんなもんだと思うが、和博がそこまで全力で拒絶する理由はよくわからない。乙女たちがそんなこんなしてる間も、微妙なやり取りは続く。
「別にいいじゃん、柊で。」
「なんかその呼ばれ方は、何かが下がりそうでいやだ。」
 安藤の言い分をきっぱり拒絶する和博。
「下がるって……。」
「それは私にもよくわかんない。」
 乙女たちのひそひそ話は続く。
「で、僕だったら心配するだけ損、とはどういう意味かな?」
「五体満足の状態のお前が、こういうのの直撃食らうなんて、今すぐ地球が割れてもありえないって事。」
 えらいいわれようだ。
「何を根拠に……。」
「今までの前科。」
 苦笑しつつ、さっくり止めを刺す安藤。後ろでうんうんとうなずく奈緒。
「で、こっちのむちゃくちゃ綺麗な子が、例の宇宙人のお姫様か?」
「ん。」
 紹介しなくても、噂が伝わっているというのは実に楽だ。セティリスも軽く微笑んで会釈を返す。
「セティリス・ルーファ・リゼルです。よろしくお願いします。」
「あ、よろしく。」
 気品あふれる物腰と、柔和な性格を感じさせるむちゃくちゃ綺麗な笑顔に、かなり緊張気味の安藤。免疫が無いわけではないが、さすがにこのタイプとはあまり縁は無いらしい。顔が真っ赤だ。
「で、こいつは安藤。去年クラスが一緒だった野球部のエース。先だっての地区大会で大活躍した期待の星、らしい。」
 一応安藤を紹介する。まあ、隣のクラスだし、関わることもあるかもしれない。
「あれを活躍とはいわねえよ。」
 和博の紹介に、とたんに機嫌を悪くする。どうやら、先だっての地区大会準決勝敗退がかなり腹に据えかねているらしい。接戦の末、勝てる試合をエラーで逆転され、しかも負けた相手が全国大会で準優勝だ。逃がした魚が大きいにもほどがあるのだろう。
「まあ、今年は十何年かぶりに戦力が充実してるらしいし、故障しない程度に気合入れれば、夏は甲子園にいけるんじゃないかな。」
「それはなんとなくか?」
「割となんとなく。」
「そうか。」
 妙な会話であるが、さすがにセティリスもこの会話の意味が理解できるようになっている。
「じゃあ、その事監督とか部長にも言っとくわ。」
「あくまでも保障してるわけじゃないんだけど?」
「でも、やる気は出るだろ?」
 そう言って、奈緒とセティリスにもう一度詫びを入れてから去っていく安藤。
「なんというか、さわやかで異性に人気のありそうな方ですね。」
 セティリスが、率直な印象を述べる。
「ん、安藤君はもてるよ。」
「成績はいまいちだけどね。僕がいえた義理じゃないけど。」
 和博の台詞に複雑な表情を覗かせつつ、あえてコメントは控える奈緒であった。


 大方の案内もすみ、とりあえず帰るかという段になって、狙ったように和博の携帯がなる。
「もしもし?」
『あ、かず君? そろそろ帰る時間だと思って電話したんだけど。』
 電話の向こうから、美羽の声が聞こえてくる。
「ん、ちょうど帰ろうと思ってたところ。」
 校内の施設はちゃんと説明したし、部活は今日は新入生の勧誘の打ち合わせがメイン、というところも多い。ゆえにセティリスは、新入生に混ざって、部活の説明を受けることになるようだ。
『ならちょうどよかった。姫様は今日からうちで暮らすから、帰ったら部屋の用意をお願いね。』
「は?」
 いきなりの言葉に固まる和博。
「うちで?」
『うん、うちで。とりあえずかず君が学校行ってる間に、全部屋掃除は済ませておいたから。どこの部屋を使ってもらうかはかず君が決めて。』
 結城家は客間を含めて4つほど部屋が空いている。今は亡き両親の部屋のほかに、父と母がそれぞれ仕事に使っていた部屋で、今ではその機材は物置に収納され、空き部屋となっている。
『あ、後ね、今晩は歓迎会もかねて、夜桜を見に行く段取りになってるから、適当にお友達を誘っておいて。』
「姉さん、そう言うのはせめて朝のうちに言っておいてほしい。」
『先に言っちゃ、ドッキリにならないじゃない。』
 分かっていた返事とはいえ、頭の痛い言い分である。
「まあ、花見の件は了解。とりあえず適当に声かけて、確定人数は折り返し連絡する。」
『ん、よろしく。それじゃあね。』
 電話を切り、非常に疲れた表情で奈緒に向き直る。
「たぶん事情は察してると思うけど、セティリスさんの住所はうちになるらしい。」
「……お疲れ様。」
 ため息しか出ない。
「すみません、本当は先にお話しておくべきだとは思ったのですが……。」
「いいって。どうせ姉さんが力ずくで口止めしたんでしょ?」
 言うまでも無いことを、それでも一応確認しておく。
「で、今夜花見だそうだから、参加者捕まえるの手伝って。」
「はいはい。」
 携帯を取り出しながら、苦笑を返す奈緒。申し訳なさそうなセティリス。
「まあ、今日はいい月らしいし、今年は開花が遅かったからちょうど見ごろっぽいし、いいんじゃない?」
「だね。夜桜ってのも乙なもんだ。」
 セティリスに対して二人でフォローを入れながら、さっさと連絡を飛ばす。捕まえた参加者は5人ほどだった。


「奈緒、昼飯ご馳走するから、悪いけどちと、お使い行って来てくれない?」
「ん、OK。何買ってくればいい?」
 冷蔵庫の中を確認して、ざっと作るものを考える。そして
「細切れ肉もしくはチャーシューの類、それとふかひれスープの素と好きな飲み物1.5のやつで。」
「ほかに入れてほしい具材と、餃子もOK?」
 買出しの内容を聞いた奈緒が、そんなリクエストをぶつける。
「予算の範囲内で。」
 財布から2千円を出して渡し、奈緒を送り出す。
「さて、じゃあ、奈緒が帰ってくるまでに、部屋を決めて荷物を運んでおこうか。」
 ざっと家の中を案内し、どの空き部屋を使うかを決めてもらう。
「ん〜、ここがいいかな?」
 セティリスが選んだのは意外にも、一番景色のいい部屋でも、一番広い部屋でもなかった。
「ここでいいの?」
「はい、ここがいいです。」
 セティリスが選んだのは、和博の隣の部屋、イラストレーターであった亡き母が、使用頻度の低い機材やら資料やらを置いてあった部屋である。物置というほど狭くは無いが、広いともいえない。机と箪笥と鏡台をおけば、あまりスペースが残らない感じだ。
「なんというか、ここが一番落ち着けそうな気がして。」
「まあ、セティリスさんがそう言うなら、いいんだけどね。」
 とりあえず、ここがいいというなら、生活に足りないものを運び込む段取りが必要だろう。
「んじゃまあ、箪笥は今日明日ぐらいは向こうの部屋のを使ってもらって……。」
 実のところ、この部屋には最初からベッドがある。両親の仕事の問題で、たまに客間の許容量を越える泊り客が来ることがあり、仕事部屋にも寝泊りのスペースを用意してある。
「とりあえず、今ほしいのは鏡台と机、かな?」
「あ、そうですね。」
「机は、今は折りたたみのテーブルで我慢してね。」
「はい。」
 居候のセティリスに、否も応も無い。
「本棚は麻耶の隣の部屋を書庫にするほうがいいか。」
 リゼル人の性質からすると、この部屋に無理に本棚を詰め込んでも意味があるまい。
「すみません、いろいろお手数をおかけします。」
「こちらこそ、いろいろ準備不足で。」
 少なくとも、次の日曜日は、家具やら日用品やらの買出しであろう。


「ご飯できたよ。」
 荷解きを女性陣に任せ、昼食の準備に専念していた和博がみんなを呼ぶ。
「ん、いい匂い。」
 食堂に入ってきた奈緒が、待ちきれないという風情でつぶやく。
「麻耶、取り皿配って。」
「はーい。」
 着々と配膳が進み、中央のサラダボウルと餃子の皿を囲むように、人数分の炒飯とふかひれスープが並ぶ。
「兄さん、なんか今日の具材は豪華だよね?」
「奈緒が結構いろいろと、ね。」
 普段わざわざ入れないエビだとかグリンピースだとかが混ざっている、ちょっと豪華版の炒飯。ほかにもこっそり、徹底的に刻んだ野菜なんかが入っている。
「いただきます。」
 辛抱たまらなくなった奈緒が、それでも律儀に両手を合わせて、挨拶をする。その流れで、なし崩し的に全員箸をつける。
「あ、セティリスさん、お箸は大丈夫?」
「ええ。リゼルにも、お箸みたいな食器はありますから。」
 麻耶の問いにそう答えて、器用に餃子をつまんで見せる。はっきり言ってクラスの一部の人間より、はるかに綺麗な箸使いだ。
「やっぱりご飯物は、和博のに限るわ。」
 最初の一口目にして、堪能した、と言う風情の奈緒に苦笑する和博。
「とても美味しいです……。」
 同じく、炒飯の味に感動した風情のセティリス。
「まあ、ほかの物はあんまり上手くないんだけどね。」
 和博の料理は、ご飯ものだけは超一流の腕なのだが、それ以外はなぜか普通である。こう、不味くは無いが一味足りない、という感じで、なかなか弱点が克服できない。
「そこら辺不思議だよね。」
 この手のものだけは、どう逆立ちしてもかなわないと悟っている麻耶が、苦笑しながら言う。
「なんにせよ、セティリスさんも気に入ってくれたみたいでよかった。」
 その言葉に微笑みながらうなずくセティリス。が。
「ん? お昼、口に合わないものとかあった?」
 違和感を覚えた和博が、少し心配そうに聞く。
「いえ、お料理の味は、大変満足させていただいています。ただ……。」
 少しだけ言葉を濁しつつ、それでもほんの少しだけの不満、というか寂しさをぶつけることにする。
「今日から寝食を共にするのに、ずっと『セティリスさん』と呼ばれるのは、少し寂しいな、と。」
「あ〜、でもそっちも『和博さん』、だし」
 言いたいことを察して苦笑する和博。
「敬語だし、ね。」
 奈緒も苦笑する。
「あ、すみません。言葉遣いのほうはもうしばらくだけ大目に見てください。まだちょっと、油断できないというか……。」
「油断?」
 どう説明するか、と考えてあきらめる。
「リゼル人は染まりやすいので……。」
「ああ、なるほど……。」
 なんとなく、本当になんとなく、セティリスの言いたいことを察してしまう和博。
「どういうこと?」
 よくわからなかったらしい奈緒。麻耶も、さすがにそれだけで理解は出来なかったらしい。
「多分、意識してないと、テレビとか本とかの妙な言葉遣いが移るとか、そんな感じでしょ?」
「はい……。」
 和博にずばり言い当てられ、少し赤くなりながらうつむく。
「環境が変わると、言葉遣いもいろんなものが移ったり混ざったりして、かなり混乱しがちでして……。」
 まあ、判る気はする。正直、彼女の外見や雰囲気で、スラングが混ざり倒したハイブリッド方言とかを話されると、確実にこっちがフリーズするだろうが。
「まあ、言葉遣いは了解。そのうちちょうどいい落とし所とか見つかるだろうし。」
 どっちにしても慣れの問題だ。
「で、呼び方は……。」
「あ〜、部下以外の相手のさん付けって、もしかして私たちの呼び捨てに近い感覚?」
 麻耶の質問、それに対して、はっきりうなずくセティリス。
「少なくとも、ファーストネームをさん付けで呼ぶのは。」
 意識のギャップに先行きの不安を感じる奈緒。
「……まあ、王族だし。」
 しょうがないなあ、という感じの和博。
「でも、自分のことは呼び捨ててほしい、と。」
 奈緒の念押しに、まじめな顔でうなずく。
「ん〜。」
 少し考え込んで、なんとなく思ったことを口にする和博。
「じゃあ、セティ、って呼ばせてもらっていい?」
 和博の言葉に、顔を輝かせるセティリス、もといセティ。
「もちろんです。むしろそう呼んでください。」
 愛称をつけてもらって感動している様子の王女様。なんというか、いろいろ厄介な深みに足を突っ込んでいる気がしないでもない結城家関係者。
「さすがに私は、年上の人を呼び捨てるのは気がひけるから、セティさん、で。」
 麻耶のその言い分も理解できるので、そこは譲歩するセティ。とりあえず、お昼も終わり、呼び名の問題も解決した一同は、美羽が指定した時間まで、荷解きを続行するのであった。


「皆、今日はありがとうね。」
 集合場所の学校から、マイクロバスで会場まで運ばれた一同を、美羽が出迎える。
「姉さん、別に花見だったら近場でもよかったんじゃないの?」
「タチの悪い酔っ払いとか出たら、殿下の折角の地球での初日が台無しじゃないの。」
 美羽が確保した花見会場、それはこのあたりの大地主の私有地だった。私有地ゆえにほかの人間が入ってくることは無く、私有地といえど民家からは離れているので、少々騒いでも迷惑にはならない。
「というか美羽さん、片加辺さんと面識あったんだ。」
 奈緒がビックリした、という感じで言う。
「お孫さんとゼミが一緒だったのよ。その縁で仲良くなってね。」
 まあ、とりあえず座って、という言葉に、全員ござの上に集まる。
「では、姫様、挨拶を。」
 飲み物を全員に配り終えたサーシャが、セティリスを促す。
「はい。」
 すっと優雅に立ち上がると、集まった一同をさっと見る。
「本日は、急な話にもかかわらず、ご多忙のところ時間を割いていただき、ありがとうございます。」
 思ったよりはるかに硬い挨拶の出だしに、苦笑する和博と奈緒。一瞬身構えるそれ以外の学生組。態度を決めかねる麻耶。
「今回の留学は……。」
「セティ、硬い挨拶は抜きで。」
 多分わざとやってるんだろうな、となんとなく思った和博が、一応突っ込みを入れて場を和ませる。
「私たちの出会いと前途を祝福してくれるかのような、すばらしい月と桜です。折角の風情を、目一杯楽しみましょう。」
 一気に話を省略して、締めにつなぐ。やっぱり分かっててやっていたようだ。予定通りのツッコミがきたらしく、上機嫌だ。
「乾杯。」
 軽くコップを掲げる。それに習う一同。場の雰囲気が一気に和む。
「しかし、お姫様って結構お茶目なことをするんだな。」
 挨拶に真っ先に身を硬くしていた和博の友人その2、北川大和が意外そうに言う。
「まあ、お前は隣のクラスだったからなあ。」
 シバチュウがしみじみと答える。さすがに、宇宙人であることを証明するのに、一人オーケストラだのゴ○ラの火炎放射の音の再現だのをやって見せられれば、その辺の幻想は少しばかりは薄れる。
「まあ、北川君、意外とお茶目で親しみやすい人だといっても、とりあえずちゃんと自制はしようね。」
 和博たちのクラスの男子のクラス委員、大石義則が大和に釘を刺す。中肉中背で、眼鏡が生真面目というかくそ真面目というか、そう言う雰囲気をかもし出す人物だ。
「自制って何だよ。」
 大和が気を悪くしたように言う。この男、ハンサムとか美男とかかっこいいとか、そう言う言葉とは無縁ながら、少々背が低いことを除けば見てくれは悪くは無い。だが。
「要するに、エロスはほどほどに、でしょ?」
 と、奈緒の親友、久留間沙紀が、大和の最大の欠点をさっくりばらす。シバチュウが無害な変態なら、大和は常時発情している下半身直結男である。それさえなければ、悪い男ではないのだが……。
「俺らぐらいの年の男がスケベで何が悪い!!」
「あんまり堂々とさらしすぎるのもどうかって話よ。」
 胸を張りながら高らかに宣言する大和に、疲れたように突っ込む委員長こと須藤かなみ。
「てか、結城。この馬鹿呼ばなきゃだめだったの?」
「まともなのが大石君しか捕まらなかったんだよ。」
 委員長の言い分に、和博がため息をつく。
「まだ、石動君が居ないだけましだと思わないと。」
「ですね。」
 沙紀の言葉にしみじみ同意する麻耶。知らぬ名前に反応するセティリス。
「石動さん?」
「ん? ああ、大和と同じクラスの変人。」
 話題に出ている石動とは、フルネームを石動大智という。シバチュウ・大和とセットで北高の三馬鹿、もしくは変態三銃士と称される人物だ。見た目はともかく中身は真性アキバ系の男で、有り余る才能を徹底的に無駄遣いしていると評判である。
「で、大智のやつは何でこねえんだ?」
「何ぞ、ライブがあるんだって。」
 大和の問いかけに端的に答える和博。
「まあ、どうせやつのことだ。関わらずにすむことは無いだろうさ。」
 シバチュウのとどめのような言葉に、苦笑するしかない和博であった。


「で、飲み物とお菓子ばっかりだけど、お弁当とかは用意してないの?」
 和博が気になっていたことを聞く。
「そろそろ届くから心配しないの。」
 美羽が平然と切り返す。
「姫様の初めてのお花見です。当然それなりのものは用意してありますよ。」
 サーシャの言葉に、いやな予感がする和博。
「用意って……。」
 そういえば、仰々しい包み方をした一升瓶が実に大量にある。ほかの人間は気にしても居ないが、よく見るとなんか仰々しい名前がかいてある。
「あ、来た見たいね。」
 美羽の言葉につられて視線を追うと、バンが一台入ってきていた。
「容器はリゼル大使館のほうに回収しに来て下さい。」
「分かりました。」
 出前に来たらしい板前風の人物に、そう声を掛ける美羽。配られているこれまた仰々しい感じの容器に、さすがに違和感を覚えるほかの参加者たち。
「……。」
 蓋を開けて、すべてを悟る和博。
「セティ、セティ。」
「はい?」
 本物のお寿司だ〜、とか小声で喜んでいたセティに、一つ釘を刺すべきだと感じた和博。
「このお寿司、多分僕たちみたいな一般庶民は、下手したら一生口にしないかもしれない代物だから。」
 ご飯もののプロフェッショナルだから分かる。これはそもそも、ネタからして、都会に住む一般庶民がどう手を尽くしても調達できまい。
「そうなんですか?」
「うん。まあ、機会があったら、庶民の味方・回転寿司に連れて行ってあげるから。」
 和博の言葉に苦笑する奈緒と麻耶。
「確かに、これはねえ。」
「怖くて一人前の値段聞けないよね。」
 大トロとか、全力で時価、とか書かれていそうだ。ほかの面子も、普段食べているものとは違いすぎるそれに絶句する。そもそも、寿司桶ではなく、一人前ずつ分けてあるのが仰々しい。
「ん?」
 美羽の弁当箱の近くに無造作に置かれていた、熨斗のようなものを見咎める奈緒。
「和博、和博。」
「ん?」
 小声で和博にそれを指し示す。
「なんか、内閣総理大臣とか書いてある気がしない?」
 そう、たぶん寿司と一緒に届けられたであろう熨斗紙、そこには「引越祝い 内閣総理大臣」と、見事な筆跡で書かれている。
「いまさらそんな些細なこと、気にしない。」
 和博が言い切る。些細と言い切っていいのかどうかはともかく、確かにいまさら気にすることではない。
「本当に、僕もここに居てよかったんだろうか……。」
「まあ、あたしとかシバチュウとかも居るんだから、いいんじゃない?」
 浮いている気がする自分の存在に、真剣に悩みだす大石君。苦笑しながらなだめる委員長。
「多分、これから散々お世話になると思うし。」
 和博もフォローする。
「そもそも、大和君とシバチュウだけだと、まともな男子が全滅だし。」
 奈緒が身も蓋も無いことを言う。苦笑する和博。
「えっと、奈緒さん、和博さんもまともな男子から外れるんですか?」
「微妙なライン。」
 身も蓋も無い奈緒のとどめの言葉に、苦笑を深める和博であった。


「そうそう、こんなものも用意してみました。」
 ごちゃごちゃやってる和博たちを無視して、サーシャが甘酒を全員に振舞う。どうやら、用意していたのを忘れていたらしい。
「たまにはこういうのも、いいでしょう?」
 こういう機会でもなければ、めったに飲まない類のものだが、こういうものにもちゃんと高級品は存在するんだなと、心底感心する代物ではあった。
「美味しい……。」
 ため息とともにセティがつぶやく。空を見上げ、月を見上げ、桜を見上げながら、一口、また一口とゆっくり甘酒を口に運ぶ。
「こういうのが、日本の風情、なんですね……。」
 夜を煌々と照らす満月、光を受けてはらはらと舞い落ちる花びら、その光景を心に焼き付けるように見つめるセティ。蒼銀の髪に桜の花びらと月の光が照り映える。
「セティ、セティ。」
 手元の湯飲みが空になっているのに気がついた和博が、自分の分のついでにセティにも聞くことにする。
「もう一杯、どう?」
「いただきます。」
 にっこり微笑んで、湯飲みを差し出してくる。適量を注いでやる。またしてもにっこり微笑んでくる。ついでに、奈緒にもお代わりを注ぐ。こっちはわざわざ確認など取らない。
「ねえ、お二人さん。」
 なんというか、やたらいい雰囲気の和博とセティに、沙紀が代表して質問する。
「ん?」
 和博がその呼びかけに反応する。
「なんか、今朝と比べても凄く仲良しさんになってる気がするんだけど、何かあったの?」
 その台詞に、委員長が尻馬にのって質問をぶつける。
「いつの間にか、愛称までつけてるし。」
 二人の質問にどう答えるか、とか考えてると。
「そりゃまあ、これから一緒に住むんだし、荷解きも手伝ったし、仲もよくはなるよね。」
 言うべきか否かを悩んでいたことを、さっくりばらす美羽。
「一緒に住む?」
「そ、最初から決まってたことだったしね。」
 美羽のあっけらかんとした言葉に、つつくだけ無駄だと悟るほか一同。多分、和博には抵抗の余地も何も無かったのだろう。
「愛称は、私が無理を言ってそう呼んでいただいています。」
「つけたのは和博だけどね。」
 和博のことだから多分、なんとなくそこが落としどころだと思ったのだろう。
「まあ、そう言うことですから、皆さんもよろしくお願いします。」
 何がそう言うことなのかは分からないが、セティの穏やかな笑みに気おされて、誰も余計な突っ込みは入れない。
「……先のことはともかく、今日は桜を見よう……。」
 考えるのが面倒になった奈緒のその言葉で、なんとなく質問はうやむやになったのであった。


 しばらく、騒がしくならない程度に雑談をする一同。真面目そうでお堅そうな大石君が、マイナーなロックバンドのファンだったり、奈緒が軽音部なのに歌が下手だとか、いろいろ意外な側面が暴露される。
「まあ、委員長の料理と比べたら、奈緒の音痴は可愛らしいもんだって。楽器はちゃんと弾けるし。」
「悪かったわね、殺人料理で。」
 去年の調理実習のときに、そのすさまじい腕前を披露してしまった委員長。毒物で無いだけで、完食すれば本気で死人がでかねない代物を、堂々と作ってのけたのだ。
「まあ、まあ。」
 沙紀がなだめる。ちなみに彼女も、分類上はどちらかというと出来ないほうだ。
「そういえばお姫様は? イメージだとあんまり出来ない気がするんだけど。」
 同じような弱点を持つ仲間がほしいらしい委員長が、かなり失礼な言い方で聞いてくる。
「あ〜、えっと。」
 図星かと思いきや、ちょっと違う感じの反応のセティ。
「とりあえず、恥ずかしいのでノーコメント、で。」
 どう判断するか、微妙な線である。
「まあ、奈緒ちゃんとか兄さんほど出来なくても、別にぜんぜん恥じゃないと思うけど。」
 そう言うラインの麻耶が、かばうように言う。というか、麻耶はこのメンバーのうちでは、十分料理が出来る分類に入る。むしろご飯ものに関しては、和博が例外なのだ。
「……ノーコメントで。」
「料理だけが人間のすべてでもあるまい。」
 委員長の殺気を察したシバチュウ(特技:ピアノ)が、話を変えることにする。
「大和なんぞ、これといって特技が思いつかん男だ。それからすればましだろう。」
「誰が不能だ!!」
 言った瞬間、車田調ですっ飛ばされる大和。
「下品なネタを振るな。」
 抜く手も見せずに拳を振りぬいた委員長が、冷静に言う。
「あ、あはははは。」
 思わず乾いた笑いを浮かべる奈緒。どうにも収拾がつかなくなりそうな場をごまかすように、空を見上げるセティ。はらはらと、花びらが静かに舞い降りてくる。
「…………。」
 見上げているうちに、ふと思いついて湯飲みを構える。花びらが甘酒の上に静かに舞い降りる。
「…………。」
 それをゆっくり上品に口元に運ぶ。
「……。」
「……。」
 その様子を思わず見つめる一同。さっきの収拾という単語と無縁だった空気が、いつの間にか消えている。
「……あの、お姫様?」
「はい?」
「そう言う風情を理解しきってる行動、どこで覚えてくるの?」
 沙紀の質問に、小さく首を傾げるセティ。
「いけませんでした?」
 だめだったのだろうか、と思いつつ聞き返す。
「いや、いいんだけど、いいんだけど。」
 自分たちの立場やいかに、という疑問にとらわれる沙紀であった。


 セティの風情を理解しきった行動から、その場をしばらく不思議な沈黙が支配する。
「……。」
 セティのまねをしているうちに、なんとなくその場の全員が騒ぐ気をなくしたようだ。月明かりを背に舞い散る桜に、魅入られてしまったのかもしれない。
「……ラ……ク……コ……メ……。」
 空を見上げたまま、セティが突然小声でぼそぼそとつぶやきだす。
「……?」
 近くに居た和博だけがそれに気がつく。それほどの小声である。よく見ると、顔がうっすらと赤い。
(もしかして、酔った!?)
 確かに結構な量飲んではいる。普通の甘酒よりやや度数も高い。だが、それでも普通酔うほどのアルコール量ではない。
「……君がつぶやいた、何気ない一言が……」
 だんだん声が大きくなってくる。どうやら歌っているらしい。
「履きかけの靴で、開けた扉の向こう、君に重なる景色、僕はときめいた」
 はっきり聞き取れるぐらいの声量になったあたりで、和博は考えるのをやめた。正確には、思考が完全に止まった。
「高まる鼓動抑えずに、二人で、感じる季節を越えていく」
 周囲にもはっきり届く大きさで、伸びやかに歌うセティ。全員が驚いたように彼女を見て、そのまま動きが止まる。
「かけがえのない瞬間と、出会いが作る物語、舞い散る桜に、願いを込めて」
 座ったまま桜を見上げ、セティは最後のフレーズを感情の赴くままに吐き出す。
「歩んでいく、花は開く。」
 最後のフレーズを吐き出し、余韻が消えてなお、しばらく誰も動かない。それほどに上手く、力のある歌だった。が、その反応を歌った当人だけが理解できなかったらしい。
「……?」
 不思議そうな表情で、呆然としている和博の顔を覗き込むセティ。至近距離だ。後数センチ間合いが狂えば、接触事故発生である。
「わ、ちょっとセティ、近い近い!!」
 その行動で我に返った和博が、慌てて距離をとる。
「なんか呆然とこっち見てたから、どうしたのかなって。」
 明らかに酔った、微妙に怪しいろれつでくすくす笑いつつ和博にいう。
「セティ、今自分が酔ってるって自覚ある?」
 奈緒の突っ込みに
「酔っちゃだめですか〜?」
 さっきよりかなり酔っ払い風味になっている返事を返す。そのまま和博と奈緒をがばっと抱きしめる。
「ちょ、待って、セティ!!」
「てか、この程度のアルコールで酔わないでよ!!」
 和博と奈緒の抗議をくすくす笑いながら流し、なんか陽気にうれしそうに抱きしめる力を強くする。
「あ〜、忘れてたわ。」
「リゼル人はこのぐらいの度数のお酒を飲みすぎると、酔いやすいんでした。」
 和博たちの様子を見て、苦笑しながら状況を説明する美羽とサーシャ。
「ノンアルコールに近い酒のほうが酔いやすい?」
「はい。今回みたいに0.5%未満とかが一番回りやすいですね。むしろ、強いほうが酔わない。」
 シバチュウの質問に正確に答える。
『なるほど。』
 同時に、彼女の酒癖も理解する。歌い上戸に抱き上戸らしい。もっとも、反応を楽しんでいるだけ、という説もあるが。
「そういえば、かず君は大丈夫なの?」
「あ〜、ちっと飲みすぎたかも。」
 何とか引き剥がそうとしながら答える。かすかに頭が痛い。ただ、酔っ払ったそれというより、脳の情報処理量が増えすぎたときのそれ、という感じである。
「あれ? 結城は酒に弱いの?」
「ん〜、弱いといえば弱いんだけど、どうも下戸のそれとは違う感じというか……。」
 美羽がどう説明するかなあ、という感じで委員長に答える。
「てか、普通高校生が酒に強い弱いを語ったらまずいと思うんだけど。」
 麻耶が突っ込みを入れるが
「今日ぐらいので、飲みすぎたとか話をすると、普通弱いと思うじゃないの。」
 沙紀が苦笑しながら突っ込みを返す。
「なんというか、今の話と状況だとお屠蘇で酔う口とか、そう言う感じだと思うよな、二人とも。」
 和博とセティを見て言う大和。現実には和博はともかく、セティは多分そう言う酔い方はしない。
「セティ! このまま寝るのはやめて!!」
 奈緒が脱出したあおりで完全に捕縛されている和博。
「ん〜、酒癖が昔見たそれとは変わってますね。」
「心を許せる人間が出てきたから、たがが外れてるんじゃないかしら。」
 何かたくらんでる感じで、ひそひそやる二人。
「あ〜、もう。」
 とりあえず、和博に手を貸して、どうにかセティを引き剥がす奈緒と委員長。
「姫様を寝かさないといけないから、今日はお開きかな?」
 苦笑を浮かべながらの美羽の言葉に、うなずくしかない一同。しっかりひざをのっとられて動けない奈緒の代わりに、ほかのメンバーがてきぱきと片づけをはじめる。
「まあ、これから忙しくなりそうだね。」
「そうね。」
 大石君と委員長の言葉が、和博たちの今後をそのまま示していたのであった。



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