土樹良也は、基本的に凡人である。どこから見てもスーパーマンではないし、スペースオペラの主役なんて絶対に不可能だ。危機一髪はなって救われるほうである。御期待通りには現れるが、誰も活躍は期待していない。能力面はともかく、立ち位置的には巻き込まれる普通の人、それが良也である。
 そんな彼が最近、師匠の言いつけに従い、割と嫌々ながら没頭していること、それが能力開発である。何でも、自分だけの世界の中で、時間を操れるらしいと判明したからなのだが……。
「それで、どんな感じ?」
 一応師匠だから、という理由で、さして興味もなさそうにパチュリーがたずねる。
「そうですね、普通、といったところでしょうか。」
「そう。」
 指導を頼まれた咲夜が、可もなく不可もなく、という感じを伝える。
「つまり、使い物になりそうもない、ということかしら?」
「そうですね。」
 二人そろって散々だが、地力の中途半端さと極端なジャンルの分散加減に足を引っ張られ、あまり使い物にならない感じなのは事実だ。
「だから、どうせ、大して、使いもしないだろうって、言ったじゃないか……。」
 肩で息をしながら、当の良也が抗議の声を上げるが。
「使うかどうかと、鍛えるかどうかは別問題よ。」
 師匠がにべもなく言い切る。
「まったくもう……。」
 ぼやくようにつぶやいて、荷物から携帯を取り出す。能力開発中は腕時計が狂うため、時間をあわせなおす必要があるのだ。
「げっ! もうこんな時間か!!」
 博麗神社に戻って夕食を用意して帰る、となると、地元の終電に間に合うかどうかがかなりきわどい時間だ。飛んで帰るにしても限界というものはある。
「帰れないのなら、博麗神社に泊まっていけばいいじゃない。」
「そういうわけにも行かないんだって。」
 主に単位の問題で。
「まあ、がたがた言っててもしょうがないか……。」
 取りあえず、とっとと帰るために扉を開ける。このとき、自分が能力を展開中であることを忘れて、しょうもないことを考えたのがいけなかったらしい。
「ゑ?」
 扉を開けると、そこは見慣れた、雑然とした、オタク趣味満開の部屋。
「妙な声を出して、どうしたのよ。」
 良也に興味をなくしていたパチュリーが、あまりに素っ頓狂な声を出した弟子に意識を戻す。
「また、汚い部屋ね。」
「ほっといてくれ!!」


「それで、扉を開けるとき、また妙なことを考えなかった?」
「あ〜、えっと……。」
 確かにチラッと考えた。しょうもないが切実なことを。
「時間も空間も操れるんだったら、この扉開けたら僕の部屋につながらないかな、ってチラッと。」
「それね……。」
 小さくため息をつく。大規模な能力がいくつもあるのに、どうして毎度毎度きっかけはこんなくだらない事なのか。
「まあいいわ。博麗神社には連絡を入れておいてあげるから、能力の確認もかねて、そのまま帰りなさい。」
「大丈夫なのか、ここくぐって?」
「だから、それを確認しなさい、と言っているの。」
 だよなあ、と嫌そうな顔をしながら、何度か向こうとこっちを行き来する。無論問題なく行き来は出来たのだが……。
「閉じたら、当然元通り、か……。」
 弟子の無駄に強力で大雑把な能力に、さすがにため息が漏れるパチュリーであった。


「それで、新しく出来た能力って、どんなものなの?」
 次の週。いつものように博麗神社でお茶を飲みながら、さして興味もなさそうに霊夢が聞いてくる。
「いわゆるど○でもドア。」
「何それ?」
 ざっと、日本人の夢のアイテムについて説明する。
「それは便利ね。」
「待て、あくまで僕の能力だ。そんなに便利なわけがない!」
 それぐらい便利だったらいいなあ、と言う願望もあるが、今までが今までなので過度の期待はしない。そもそも、霊力を馬鹿食いすると言う欠点は、すでにはっきりしている。
「結局、どの程度使えるか、分かってないわけね。」
 どうせそんなところだと思った、と言う感じの霊夢。良也の新能力が半端で微妙なのは、いつものことだ。
「でまあ、それを確認するために、顔を出すようにってパチュリーから言われてるわけだ。」
「そう。いってらっしゃい。」
 面倒くさそうに良也を送り出すと、だらけたままもう一枚、煎餅をかじる霊夢であった。


 結論から言うと、良也の能力は、あまり使い勝手はよくなさそうだった。
「分かったことを整理しましょうか。」
 パチュリーが、大して感情の感じられない声で言う。
「まず、扉がないと発動しない。」
 領域内の扉を利用して、まったく関係のない二つの空間をつなぐ。これが良也の新しい能力らしい。
「行ける場所は、自分のテリトリーと認識した、開き方が同じ扉のある場所のみ。つまり。」
「外の世界の自分の部屋か、博麗神社の玄関ぐらいしかいけない、って事か……。」
「しかも、扉の構造が違うから、同じ扉ではどちらかにしかいけないわね。」
 便利そうに見えて、微妙に不便である。
「あと、運べるのはあなたが持てる程度の荷物だけ。少なくともあなたの部屋には、あなたが生きていると認識した物は、博麗大結界に阻まれて移動できない。」
「まあ、運べても騒ぎになるだけだし……。」
 そして、後二つほど重大な欠陥が。
「霊力を馬鹿食いするから、今のままなら、特別な回復手段無しではせいぜい二日に一回程度。発動するのが十回に一回程度。発動率ははイメージの問題ね。」
 いろいろと、あまり体によくなさそうな霊力の急速充填手段を用意した上での実験だ。すでに良也はへろへろである。
「霊力のほうは、地道に鍛えていくしかないわね。」
「練習すれば、一発でつながるようになるのかな?」
「多分ね。」
 あとは、外の世界から博麗神社に移動できるかと、守矢神社辺りから博麗神社まで移動できるかを実験すれば、大体実験は終わりである。
「予想通りだけどなんか、便利そうで使い勝手が悪いなあ……。」
 とくに、霊力の問題と扉の種類の制限がきつい。自分の部屋に直で帰れる場所はかなり限られてくるようだ。
「そんな大規模な力を、そうそう簡単に便利に使えるとは思わないことね。」


 なお、霊力を馬鹿食いする割りに無意識での誤爆率が高いなど、新たな問題が発覚したものの
「良也はどこっ!?」
「さあ?」
「もしかしてあいつ!!」
「……逃げたわね、外の世界に。」
 少々不便でも、使い方さえ分かっていれば、人間それなりに便利に使うものである。



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